幻想小咄   作:殺多鴉

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僕は何を言われても仕方無い。
だけど、君が何を言ってもいいわけじゃない。




月の兎と地上の因幡

 その少女は孤独を抱いて生きていました。

 少女の周りには彼女の孤独を理解出来る者は存在していなくて、少女自身もまた、自分自身の孤独を理解していませんでした。

 置いてきた物、忘れてきた物。人であれ妖怪であれ、生きていれば必ず、誰かを置いてきて、忘れていきます。それは寧ろ、前に進む為に必要な事。だから、それを罪とする事は出来ません。

 ですがその少女は、忘れてなどいなかったのです。気づかない内に心の中に蓄積する何か。

 それはとてもとても小さくて見つけづらい、ほんの些細な感情なのかもしれません。だけどその、小さな小さな何かを探し当てなければ、何時しか彼女の心は壊れてしまうのでしょう。

 だから、私は願いました。そんな少女の小さな小さな探し物が見つかりますように、と。

 だから、私は願いました。そんな少女達の小さな小さな探し物を見つけてほしいと。

 だから、私は願いました。全ての妖怪が、その小さな探し物を見つけて、救われますように、と。

 きっとそれが出来るのは同じように小さくて、同じようにどこか寂しさを抱いている、そんな小さな探し物が得意な子だけ。

 だから私は、今も願っています。少女達が、その小さな彼女たちに依って、無くしていたものを見つけられますように、と。

 これは、そんな小さな探し物を探す、小さくて穏やかな物語です。

 

 

 幻想郷の空を舞う二人の少女。その一人は背丈の小さな一人の少女だ。

 後頭部には青いリボンを付けていて、その双眸は同じく青い。薄い水色を呈したウェーブのがかったセミショートヘアに、白いシャツの上から、スカートの縁に白い波模様の施された青いワンピースを着ている。首元には赤いリボンが巻かれていて、足には水色の小さな靴。

 極め付けに、背後には六対の氷で出来ているであろう羽が浮いていた。しかもその氷の羽は、氷特有の透明感に、硬い質感まで感じられる。

 鼻歌交じりに宙を飛ぶ一人とは対照的に、もう一人は少し冷たい風を受けて(なび)く髪を掻き上げながら空を見た。

 癖のある灰色のセミロングに真紅の瞳瞳。頭には丸い(ねずみ)のような耳が生えており、腰からはネズミの長い尻尾。その先には子ネズミたちの入った(かご)を吊るしている。先の方が切り抜かれた奇妙なスカートを着用し、肩には水色のケープを羽織っている。首から下げた宝石が動きに合わせて揺れていた。

 視界の中で少しだけ飛ぶ赤とんぼが本格的に季節が変わり始めたんだなと気付かせてくれる。後一月か二月でも経てばまた寒い冬の季節になるだろう。

 青色の少女に半ば連れて来られるようにやって来たのは、人里から少し離れた青竹が幾重にも立ち並ぶ場所。一般に「迷いの竹林」と呼ばれる場所だ。

 

「こっちこっち! こっちだよネズミっ子!」

「私はナズーリンだよ、チルノ」

 

 灰色の髪の少女はナズーリンと名乗った。ナズーリンに呼ばれた少女の名はチルノ。

 満面の笑みと共に竹林の奥を指差すチルノを、ナズーリンは呆れたように眺めながら追い掛ける。同じ程の背丈でありながら、その姿は仲の良い親子のようにも見える。

 

「おっけー、ナズー! 兎に角、こっちにビンビン最強の雰囲気があるよー!」

「こっちって……、こっちには確か永遠亭があるんじゃなかったかな……。まあ確かに、あそこの宇宙人達は最強の妖怪の一角かもしれないけれど……」

 

 欠けた満月が登り続けた異変。その異変の首謀者達が住んでるのが永遠亭だ。

 ナズーリンの独り言を聞いてチルノは首を傾げる。しかしそれは一瞬。些細な疑問だとチルノは笑い飛ばす。

 

「んあ?えい……、えん……、てい……? まあ、そんなのはどうでも良いの!」

「どうでも良いのか……(困惑)」

「そんな事より、妖怪探しだよね! やっつけるんだよね!」

「いやいや、やっつけるつもりはないよ? 妖怪が探し物をしていたら、それを手伝うだけさ」

 

 ナズーリンは自分の上司に頼み事をされていた。探し物をしている妖怪を探す事。そして見つけたらその探し物を手伝う事。

 チルノと一緒に居るのは色々な偶然が重なったからだ。チルノの言うように妖怪をやっつける為ではない。

 チルノは少し考え、頭の中で点と点が繋がったのか、分かったと言わんばかりに、握り拳を(てのひら)に打ち付ける。

 

「つまり……、やっつければいいのね!」

 

 ナズーリンの説明を完全に無視してチルノはナズーリンに親指を立てた握り拳を見せ付けた。柔らかそうな幼い頬には仄かに朱色が浮かび、楽しくて堪らないと云った感じの大輪の笑顔の花。

 ナズーリンは思った。コイツはガチな馬鹿だ、と。

 結果ナズーリンが取った行動は諦めると云う最も簡単なものだった。

 

「君がやっつけられてから、ゆっくり探し物をするとするよ……」

「おっけー! ばっちりやっつけるわよ! あたいったら、最強だからね!」

「うん。取り敢えずそれでいいから……。期待しているよ」

 

 それにしても、何か成り行きでこの妖精と一緒に行動する事になってしまったけど、何か、余計に事態がややこしくなってるような気がする……。湖で出逢った時に手伝ってくれるって言われた時は、多少なりとも心強く思ったものだけど……。

 

「あ、居た! ほら!」

「ん? あれは……」

 

 

 笹を踏む音が鳴り響く。吹き頻る風が下手な口笛のような音を鳴らして通り過ぎる。竹の葉が風に揉まれて(ざわ)めく。

 此処は迷いの竹林の奥深く。こちらもまた少女が二人、歩いていた。

 一人は背の小さな少女。癖っ毛の短めな黒髪と、ふわふわな(ウサギ)耳、もふもふなウサギの尻尾を生やしている。服は桃色で、裾に赤い縫い目のある半袖ワンピースを着用している。名前は因幡てゐ。

 もう一人は十六、七にも見える少女。白のワイシャツに赤いネクタイを締め、紺色のブレザーをその上に着ている。その胸元には三日月を模したブローチを付けている。薄桃色の、膝下くらいまでのスカートを着用し、足元は茶色のローファー。彼女は鈴仙・優曇華院・イナバと呼ばれている。

 二人共竹林には少し似つかわしくない姿格好だが、不思議と違和感は無い。まるでこの竹林をいつも歩き回っているような自然さがあった。

 

「ちょっとてゐ、何処に連れて行くのよ!」

「いいからいいから! 鈴仙こっちこっち!」

「こっちって……。どんどん竹林の奥深くに入っていくじゃない!」

「こっちにあるんだってばぁ」

「本当に? 師匠ってば、こんな奥で無くしたって事?」

 

 二人はこの広い竹林の中で彼女等の師匠が落とした薬の小瓶を探していた。時々前をチラリと窺いつつも下を見ながら歩く姿を見れば探し物をしているのは一目瞭然だ。

 

「うんうん。お師匠様は、よく薬の材料を採る為に、この竹林の中をウロウロするでしょ? だから、その時にうっかり落としたのよ」

「あの師匠がうっかりって云うのがイマイチ信じられないんだけれども……」

「いいからいいから! ほら、あの先。ちょっと開けた広場あるでしょ?」

「うん、あそこに?」

 

 てゐの小さな指が指し示す先にあるのは、不自然に開けた広場だった。実はそこだけ土の色が微妙に変わっていたりするのだが、鈴仙は気付いていない。

 

「そう。行ってみたら?」

「まあ……、うん。あんたが見つけたなら本当かもしれないけど……」

「本当ですってぇ。むふふふ」

 

 口元を隠していても目が笑ってしまっている。鈴仙は何故てゐが笑うのかを考えながら、それでも広場へ近づいていった。

 鈴仙の唇からは本人が居ないのも手伝って、日頃の愚痴が自動機銃のように飛び出してくる。

 

「それにしても師匠ってば人使いが荒いわよね……。自分で落とした物を私に拾って来いだなんて……。そもそも何処で落としたのか分からない物を私に探させるってのがおかしいって云うかぁ……。まぁ…、いいけどさぁ……」

 

 愚痴吐きに夢中なのか、てゐが不自然に距離を取って付いてくるのも気にならない。鈴仙はてゐの方は見ずに声だけで問い掛ける。

 

「で、てゐー。この広場の何処にあるのよー?」

 

 鈴仙は右足を一歩前へ踏み込んだ。

 刹那、バタン! という音が彼女の足元から響き、地面の感覚が無くなった。次の瞬間、体に衝撃が走り、目の前が真っ暗になる。

 

「 ひ、ひゃあああああああああ!」

 

 鈴仙は重力に引かれ、真っ逆さまに穴の中へと落ちていった。

 穴の中には植物の(つる)が敷き詰められていた。落ち方が悪かったのか、まるで(つた)本体に意識があるかのように鈴仙の体に絡み付く。

 (たちま)ち身動きが取れなくなってしまった鈴仙の耳に届くのは、悪戯兎の笑い声。

 てゐは穴の(ふち)から鈴仙を覗き込み、指を指して笑っていた。

 

「にゃはははは、落とし穴に引っ掛かったー!」

「こ、コラー! てゐー! まさか、この為に私をこんな所まで連れて来たって事!?」

「そのまさかさ! 鈴仙ったら本っ当に正直者だよねー」

「くぅぅ……。こんな単純な悪戯に引っ掛かるなんて……。何か蔦が絡み付いて取れないしぃ……」

 

 鈴仙は蔦を引き千切ろうと四肢に全力を込めるが、蔦は軋むような音を響かせるだけで千切れる気配はない。心無しか更に締め付けが強くなったような気さえする。

 

「あ、でも安心して?鈴仙」

「何よぉ! っていいからここから出るの手伝ってよ!」

 

 てゐは手持ちのポーチをガサゴソと漁り、一つの小瓶を取り出した。緑色の液体が瓶の中で揺れている。

 

「じゃーん! お師匠様の探していた薬は、とっくに私が見つけて於いたのでした!」

「え! そうなの!」

「だから鈴仙は、安心して穴の中で一生、過ごしてね」

「一生!?」

「じゃあ、私はお師匠様に届けてくるからー! ばいばーい!」

「てゐ! ちょっと待って! せめてここから出してから行って! ちょっと、てゐってばぁー!」

 

 竹林に響き渡る鈴仙の声も虚しく、てゐはスキップしながらその場を後にしてしまう。気付いていながらも、もしかしたらと望みを捨てずに鈴仙はてゐを呼ぶ。

 

「てゐー……。もしもーし! ……」

 

 返答は静寂と風の音。

 

「本当に居なくなった!? もうどうしててゐってば悪戯ばっかり! って云うかどういう蔦なのこれ! 全然解けないし、千切れないし!」

 

 仮にも少女がしてはいけないような形相で鈴仙は蔦を引き千切りに掛かる。歯を食いしばり足をばたつかせるが、それでも効果は見られない。

 いっそ蔦が枯れるまで諦めようかと思った所で、鈴仙の耳に聞きなれない声が届いた。

 

「今落っこちたのはこっちだよね?」

「そのようだね」

 

 数度聞いた事のある氷精の声と聞いた事の無いもう一つの声。鈴仙は助けを求める為、自由にならない手で拳を握り、大きく息を吸い込んだ。

 

 

 空を飛んでいたチルノ達が見つけたのは、何故か落とし穴に嵌っている月のウサギだった。

 取り敢えずナズーリンは着地し、穴の中へ呼び掛ける。チルノは何故か自慢気な表情だ。

 

「よっと。これは落し物と言うより落とし穴だね。おーい、居るかい?」

「あ、すみませーん。ちょっと蔦が絡んでしまって……。抜け出すの手伝って貰えませんかー?」

「ほら、落し物があったでしょ!?」

「物と言うよりは妖怪のようだけど……」

 

 興奮したチルノの言葉に対する冷めたナズーリンの指摘に、鈴仙は少し苦笑いした。

 

「あはは……。ちょっと悪戯っ子な奴に落とされてしまいまして……」

「ふむ。まあ少し待っているといいよ。私の小さな友人達に手伝ってもらうから」

「友人達ですかー」

 

 鈴仙が誰が来るのか想像していると、足元を小動物か何かが這い回る気配がする。その音は段々と大きくなり、更には鳴き声まで聞こえだした。

 

「ってネズミ! こんなに一杯!」

「ああ、あんまり動いたり騒いだりすると、全身を齧られて……死ぬよ?」

「ひぃ!」

 

 割と冗談に聞こえない口調で言われ、鈴仙は竦み上がる。

 

「落ちてるウサギも食べないと勿体ないもんね!」

「私は食べられるウサギじゃないわ!」

「はは、まあ君を食べないようには言って於くよ。服は齧られてセクシーになってしまうかもしれないけどね?」

「それも嫌よ!」

 

 鈴仙は目の端に涙を浮かべて叫んだ。

 ナズーリンとチルノの追い討ちに、鈴仙は既に涙目に成りかけている。

 

「おお! さあびすと云う物ね!」

「それを期待している人物も意外と多そうだしね」

「そんな期待には応えたくないわよぉ!」

「はは、ならじっとしているといいさ」

「ぅぅ……。じっとしてよ……」

 

 目の前を幾匹ものネズミが駆け擦り廻り、蔦を次々と噛み切って行く。時々ネズミの目と目が合うのが怖い。

 細かく震えながらネズミ達が作業を終えるまで(しば)し。

 

「おっと、そろそろいいようだね」

「あ、本当だ……。蔦が切れたわ」

 

 先程まで動かす事すら出来なかった手足が動かせるようになっている。手足の指を握ったり開いたり嬉しさを隠し切れない鈴仙とは対照的に、ナズーリンは特にこれといった感想も無く穴の中の鈴仙を見つめていた。

 強いて言えば鈴仙の服から何やら変な物を見つけた事くらいだろうか。

 

「おや、服は無事だったか。私の子ネズミ達も、月のウサギはお気に召さなかったようだ」

「それは助かるわ……」

「それに、何やら面白いものも齧れたそうだしね……」

「ん?確かにこんなにグルグル絡み付く蔦なんて、面白いかもしれないけど……」

「ああ、それもそうなんだが……。ともあれ、そろそろ出ておいで」

「そうするわ!」

 

 未だに落とし穴の中に居る鈴仙にナズーリンが呼び掛ける。

 鈴仙は自由になった体で空を飛び、穴の中から抜け出した。そのままフワリとナズーリンの横へ着地する。

 

「よっと。酷い目に遭ったわ……。助けてくれてありがと。えっと、氷の妖精のチルノと……」

「ナズーリンさ。訳あって、探し物をしている妖怪を探しているんだ」

「えっへん! ほら、やっぱり居たでしょ?」

「まだ彼女が何かを探しているとは限らないんじゃないかな」

 

 チルノの言葉にナズーリンは冷静に指摘する。しかしチルノの頭の中には確たる証拠があるようだ。現にナズーリンの言葉を受けて首を全力で左右に振っている。

 

「探してるって! あたいの勘がそう言っているもの!」

 

 バカ()の勘とは。

 

「探し物? さっきまでは確かに師匠が落とした薬を探していたんだけれども……」

「ほら!」

「だけど?」

「私を落とし穴に落とした奴が、それを見つけて持って行ったから……。今は探していないわ」

 

 鈴仙の言葉を受けて、ナズーリンは顎に手を当てて考え始める。チルノは、丁度そこをヒラヒラと通り掛かった蝶を凍らせて大笑いしていた。

 

「ふむ、もう探し物は済んでしまったと云う事か……」

「助けてもらって難だけど、役に立てなくてごめんね」

「そんな事無いわ! このウサギは確実に何かを探しているもの!」

 

 氷漬けにした蝶を何処(いずこ)へと放り投げて、チルノはナズーリンと鈴仙の会話に割って入る。

 当然、ナズーリンはチルノに言葉の意味を問い掛けた。

 

「ん? 当人はそんな事は無いと言っているけれど?」

「よし! じゃあ、何を探しているかを、探しに行くわよ!」

 

 チルノは返答に成っていない返答をして、自信満々に適当なポーズを決める。そのままチルノは明後日の方向へと舞い上がった。

 陽の光を受けて、氷の六枚羽が磨き抜かれた水晶のように輝く。

 去っていくチルノに、残された鈴仙は困惑するばかり。

 

「えーっと……?」

「さて、仕方無い。追い掛けるとするかな」

 

 ナズーリンは慣れた物、一人飛んで行ったチルノ追い掛ける為フワリと浮き上がる。

 ナズーリンの態度を不思議に思った鈴仙がキョトンとして尋ねた。

 

「チルノと一緒に探し物をしているの?」

「さっき湖付近に立ち寄ったら成り行きでね。まあ、それなりに役に立つようだよ?」

「んー、そうなのね」

 

 イマイチ納得のいかない鈴仙を見て、ナズーリンは微笑む。少し宙に浮いたまま、鈴仙へと手を伸ばした。

 

「此処で助けたのも何かの縁かもしれない。ちょっと位は付き合って貰えるかい?」

 

 伸ばされたナズーリンの手を鈴仙は握り返した。

 

「そう云う事なら。でも、別に私は何かを探したりなんてしていないんだけどなぁ……」

「なあに。落とした物、無くした物なんて後から気付くものだろうさ」

 

 二人を待つ事に飽きたのか、猛スピードでこちらへ飛んでくるチルノを見やり、ナズーリンは口元を緩めた。

 

「あの妖精はそう云う物に気付く、そんな感性でも有るのかもしれないね」

「うん。分かった。あんまり遅くまでは居られないかもしれないけれどね。帰らないと、師匠怒られるかもしれないし」

「時間の許す限りで構わないさ」

 

 空中で急ブレーキを掛けて、チルノが静止する。腕を組み、肩を怒らせ、小さな柔らかそうな頬を限界まで膨らませている。

 

「ほーらー! 何してんの! 早く探さないと何を探すのか分かんなくなっちゃうよ!」

「当人が一番分かってなさそうだけど……」

「ま、そう云うものかもしれないね。それじゃ行こう」

「ええ」

 

 ナズーリンと鈴仙は空へ舞い上がった。眼下にはポッカリと口を開けた落とし穴と迷いの竹林が在るばかり。

 

 

 鈴仙がチルノとナズーリンと空を飛び回っていると、空は既に暗くなっていた。 其処に広がっていたのは綺麗な円を描く月に、宝石を散りばめた様な満天の星空。

 夜空に広がる小さな星々の瞬きに、太陽の光とは違う月の優しい光が幻想郷を白く照らし出していた。

 そんな夜空とは対照的に、鈴仙は白く光り輝く大きな月を眺めて悲しげ表情を浮かべている。

 チルノがそんな鈴仙に気付いて話し掛けた。

 

「どうしたのよ?」

「う、ううん。何でもないの」

「そう? 何だか赤い目がキラキラしてたけど。どっか痛い?」

「キラキラって……。別にそう云うんじゃ無いから! 大丈夫よ。心配いらないわ」

 

 震えてしまいそうな声を大声で誤魔化し、鈴仙は自分に言い聞かせるように言う。

 チルノは詳しく分からなかったが、勘で何かを理解したのか、深くは問い掛けなかった。

 

「うーん、なら良いけどさ!」

「うんうん! いいのいいの!」

 

 口ではチルノにそう言ったものの、矢張り鈴仙は浮かない顔をしている。今度はナズーリンが問い掛けた。

 

「どうしたんだい? 何だか浮かない顔をしているね」

「あ、いや……」

 

 鈴仙は目元を服の袖で擦り、口元をゆっくりと無理矢理笑みの形に曲げた。本音を覆い隠し、それらしい理由を並べ立てる。

 その姿は本心を悟られまいとする鈴仙なりの意地だ。

 

「……帰ったらまた叱られると思うと憂鬱で」

「ふふ、中々手厳しい所のようだね、永遠亭と云うのは。確か住んでいるのは宇宙人だったかな」

「確かに月から来たから、宇宙人とも呼べなくはないわね」

「ふぅん……。君達はあの大きなお月様からの来訪者、と云う訳か」

 

 ナズーリンは飛翔の速度を緩め、空に浮かぶ月を見る。

 鈴仙も同じように速度を落とし、ナズーリンの横に並んだ。

 

「私は元々、月の妖怪兎だったの。姫様達は月の民だったのよ」

「君を罠に掛けたのは?」

「てゐは地上の妖怪兎ね。ホント、悪戯好きで困るったら、もう……」

 

 口では散々に言っているが、声から滲み出る隠し切れないてゐへの好意。自身はそういう者に疎いナズーリンでも、人のそれにはよく気付く。

 ナズーリンはおや、と云う表情を浮かべて鈴仙を見た。

 

「そもそも今回だって、アイツがあんな悪戯仕掛けなければ、私は叱られないで済むのに……」

「ふむ、成程ね……」

「ん?」

「いや、結構愚痴が溜まっているみたいだなな、と思ったのさ」

 

 初対面の人に愚痴を吐いていた事実に今更ながら気付かされ、鈴仙は顔を真っ赤にする。

 

「はぅゎ! ご、ゴメンナサイ……」

 

 鈴仙の謝罪に、ナズーリンは笑いながら手のひらをヒラヒラと振る。

 

「いいさ、構わないよ。そういう細かい所も探し物のヒントになっているから」

「それなら良いんだけど……でも……」

 

 不自然に鈴仙の言葉が途切れる。ナズーリンが目線で鈴仙に続きを促すと、鈴仙は小さく溜息を吐いて語り出した。

 

「本当に探し物なんて心当たりが無くて……そりゃあ落とした物とか忘れてる物とかはあるかもしれないけど……」

「今、別にそれで困っている訳じゃない、と」

「うん。だから、良いのかなって」

 

 ナズーリンは少し考えてから口を開く。

 

「時間の無駄かもしれないと言われたら、そもそも無駄の積み重ねが物探しだからね」

「と言うと?」

 

 理解しにくいナズーリンの物言いに鈴仙が聞き返す。ナズーリンも言い方が(まず)かったかと思い直し、二度目はもう少し噛み砕いた表現で言い直した。

 

「いきなり何かを見つけられる事なんて無い。沢山の無駄を積み重ねた結果、(ようや)くそれっぽい物を見つけるものなのさ」

「そうなんだ」

「そう。だから最初は勘だけで探す事が殆どかな」

 

 ナズーリンが前を見ると、フワフワとワルツを踊るように飛びながらチルノが御機嫌で適当な歌を口ずさんでいる。

 音程もリズムもあった物じゃ無いが、それでもその楽しそうな雰囲気は、チルノが満面の笑顔なのだろう事を容易に想像させる。

 鈴仙もそんなチルノを見て思わず微笑を零した。

 

「だから彼女みたいに、勘だけで生きているような妖精と組んでいるのね」

「そう云う事。しかし、意外とその勘も侮れないんじゃないかと思っているよ」

「そうなの?」

「ああ。チルノが迷わず向かった先に君が居た訳だからね」

 

 月光の下で(あお)い宝石のように輝くチルノを目だけで追いながら、ナズーリンは隣の鈴仙に聞かせるでもなく言う。

 

「後は君が何を無くしているか。それが分かればラッキーなんだけど」

「うーん……。自分でも心当たり無いからなぁ」

 

 大きな音と共に吹き荒ぶ風が、鈴仙とナズーリンの髪を弄んで通り抜ける。と同時に、大粒の小雨のように止む事無く一応続いていた会話が途切れ、二人共に話を切り出す切っ掛けを失ってしまう。

 だからこそナズーリンは大きく話題を切り替えて鈴仙に話し掛けた。

 

「君は月から来た兎だそうだけど」

「うん、そうよ」

「たった一人で月からやって来たのかい?」

「っ……、それは……」

 

 先程までと何ら変わらない口調で切り出された話に、鈴仙は思わず言葉を詰まらせる。

 辛そうに柳眉を歪める鈴仙にも関わらず、ナズーリンは淡々と問いかける。

 

「理由は分からないが、たった一人で月から逃げて来て、そんな君を置いて於いてくれるのが君の師匠。そう云う訳だ」

「……うん……」

「だから君は叱られる、お仕置きされると分かっていても、ちゃんと帰らないといけないと云う訳か。殊勝な心掛けだね」

 

 ナズーリンの物言いが鈴仙の琴線に触れた。

 

「……何が、言いたいの?」

 

 感情的に眉を吊り上げこちらを睨む鈴仙に、ナズーリンは冷静に謝る。

 

「おっと、気を悪くしたなら謝ろう。別に君を怒らせるつもりは無いんだ」

「?」

「私の目的は、先にも述べたが君の探し物なんだしね」

「だから、私は探し物なんて……」

 

 同じ問い掛けの繰り返しに、鈴仙は戸惑いと苛立ちが()い交ぜになった口調で詰問する。

 ナズーリンは鈴仙のそんな様子を歯牙にも掛けず、空に場違いな程明るく輝く月を見上げて単調に返した。

 

「さて、どうかな……。私は(ようや)く君の探し物が何なのか見えてきた気がするよ」

「嘘! ホントに!?」

 

 途中から話を横で聞いていたチルノがナズーリンに背中から抱きつく。肩から出てきたチルノの頭を優しく撫でながら、ナズーリンはチルノと鈴仙に言った。

 

「確証は無いけどね。そして多分、それはもう見つかったのかもしれない」

「やた! これでナズーと遊べるね! 早く見つけようよ!」

「いや、別に遊ぶつもりは無いが……。まぁ早く片付ける事には同意だ。と云う訳で、その失くし物を渡そうと思うから、さっきの場所に案内してくれないかい?」

「さっきの場所って?」

 

 鈴仙の質問にナズーリンは片目を瞑り、人差し指を真っ直ぐ立てて答えた。

 今までの飄々とした態度とは違う、見た目相応の女の子らしい仕草に、鈴仙はそんなポーズも出来るのかと少し驚いた。

 ナズーリンは数瞬言葉を溜めて、それからゆっくりと吐き出した。

 

「君が悪戯兎の罠に掛かって、落し物になってしまった場所さ」

 

 

 迷いの竹林。

 深い霧が立ち込め、竹の成長が早く日々変化するためこれと言った目印が無く、緩やかな傾斜により方向感覚も狂うため、妖精ですら迷うとも、よほどの強運が無ければ脱出できないとも言われている。

 そんな竹林の自称持ち主たる因幡てゐは自分の仕掛けた落とし穴を覗き込んで途方に暮れていた。

 

「全く……、鈴仙の奴、何処行っちゃったんだろ……。まさか助けに来たらもう居ないなんて思わなかったよぉ……」

 

 鈴仙の力では引き千切られないだろうと踏んでいた蔦の網は見るも無惨に喰い千切られ、人っ子所か妖精一匹見当たらない。

 

「仕込んで於いたアレは無いし、屋敷には帰ってないし、ウサギ達に聞いても知らないって言うし……。ちょっとやり過ぎたかな……」

 

 穴の淵に落ちていた小石を摘んで穴の中に落とすと、小石は勢い良く穴の壁を転がり落ちて行く。

 そんな意味の無い行動を二、三度繰り返し、てゐは再び溜息を吐いた。

 

「でも、いつまでもしんみりした雰囲気の鈴仙が悪いのよね。……ったくぅ、まさか私にまで心配掛けるなんて……。ホント、鈴仙は仕方無いなぁ……」

 

 言葉の終わりに近付くにつれ、徐々に自分の声が震えてきている事にてゐは気付いていた。何故か視界が少しだけぼやけて、てゐは慌てて目元を擦る。

 膝を抱え込み、膝頭に額を乗せて座るてゐの耳に、二つの声が聞こえてきた。

 

「本当にここにあるの?」

「恐らく、だけどね」

 

 僅かに心配そうな鈴仙の声と、てゐとはあまり面識の無い妖怪寺の鼠の声。

 上空から聞こえた声にてゐは肩を揺らして驚いた。

 

「うわ! 帰ってきた! 妖精に、ネズミと一緒? 良く分からないけど、ちょっと隠れて於こう…」

 

 辺りを見回し、近くにあった茂みの中に頭から潜り込む。

 葉と葉の隙間から僅かに視界を確保し、様子を伺っていると、てゐの視界に六本の脚が入り込んだ。

 

「うー……、やっぱり誰も居ないし、穴も埋まってないし……。これを片付けるのも私なんだろうなぁ……」

 

 最初に聞こえたのは悲壮感すら漂う鈴仙の声。萎れたウサギ耳を更に萎れさせ、額に手を当てている。

 

「落とし穴作りは基本よね! 最強のあたいもよく作るもの! あ、つまり、この落とし穴こそがウサギの探し物だったのね!」

 

 次に聞こえてきたのは氷の妖精の元気な声。知らない人が聞いたら的外れに聞こえるその発言が、今のてゐには本心をピタリと言い当てられたように思える。

 動揺してピクリと動いてしまいそうな体を必死に抑え、てゐは三人の様子を観察し続ける。

 

「いや、落とし穴なんて流石に探してないって……」

 

 チルノの言葉に苦笑いして鈴仙は手をヒラヒラと振る。三人の最後の一人たるナズーリンは、顎に手を当てたまま小さな声でチルノの答えた。

 

「うん。当たっていると言えば当たっているかな」

「ええええ!」

 

 ナズーリンがチルノを肯定した事で、鈴仙は思わず大声を上げて驚いた。

 

「ほらね! あたいったら最強なんだから!」

「いやいや。でも私、落とし穴に思い入れなんて無いわよ?」

 

 首を左右に振り鈴仙は否定する。ナズーリンはそんな彼女を見ても表現を変えない。今日の一連の流れで何かを確信しているのか。

 

「落とし穴には無いだろうけどね。実は落し物は落とし穴の中にあったのさ」

「え?」

「正確には君と一緒に落ちたと言うべきかな」

 

 ナズーリンはポケットから緑色の液体が入った小瓶を取り出した。小瓶にはビーカーのような目盛りが刻まれ、コルク栓で口を(しっか)りと閉ざされている。

 

「実はさっき君を齧ろうとした子ネズミがこういう物を見つけてね」

「ん?あ! 師匠の薬!」

 

 ナズーリンは瓶を軽く振って中の液体を揺らす。それから鈴仙の手のひらに小瓶を優しく置いた。

 (ようや)く見つけた探し物を、鈴仙は愛おしそうに胸に押し当てる。

 

「これを君の服のポケットから見つけた子ネズミは、おっかなくなって君の服を齧るのを止めたのさ」

 

 頬に人差し指を当て、少し上を向いてチルノは何かを思い出す。

 

「あー……。薬って苦いもんね! あたいも試しにウサギが売ってるのを舐めた事あるけど、とっても苦くて舌が焼けるかと思ったもん」

「薬は毒から作られるからね。あまり舐めない方がいい。特に病気とかで無い限りはね」

「うーん。あたいは病気になった事ないからなー」

「風邪は引かなそうだよね……」

「えっへん! あたいったら最強だもんね!」

 

 腰に手を当てチルノは薄い胸を大きく張る。皮肉が通じず褒め言葉として受け取られてしまった事にナズーリンは苦笑いを浮かべた。

 会話から取り残された鈴仙は一人困惑するばかり。

 

「え、ええっと……」

「おっと、話が逸れたね。つまり君の探し物はとっくに君が持っていたと云う訳さ」

 

 自分の最強自慢から突然話題が元に戻った事で、チルノの意識は(ようや)く現実に戻ってくる(理解しているとは言ってない)。

 

「おおー! お?おおー! 成る程ぉ! すごーい!」

「あぁ、そう云う事だったのね……。それなら安心したわ。てゐが持ってったってのは嘘だったのね」

 

 チルノは頭上にクエスチョンマークを浮かべたまま大きな拍手を送る。

 鈴仙は(ようや)くナズーリンの言いたかった事を理解したようだ。フムフムと頷いている。

 ナズーリンはそんな彼女達を見て満足気に微笑した。

 

「うん。悪戯心もあっただろうけど、果たしてそれだけかな……」

「え?」

 

 ナズーリンが近くの茂みに目を向ける。鈴仙とチルノもナズーリンに合わせてそちらへ目線を合わせる。

 やがてそんな三人の視圧に耐えられなくなったのか、隠れていた人物が草葉を掻き分け姿を現した。

 

「そうよ! 鈍いにも程があるわ」

「てゐ! そんな所に居たの!?」

 

 黒髪とウサ耳に付いた木の葉を振り払い、てゐは眉を釣り上げ鈴仙を睨みつける。

 

「鈴仙が居なくなっちゃってたんだもの。折角の計画がおじゃんじゃない」

「そんな事言われても……。どんな計画だったのよ」

「そ、それは……。ええっと……。だから! ……その…」

 

 鈴仙が問い掛けると、てゐは更に文句を言おうとしていた口を急に閉じた。目線を左右へキョロキョロと動かし、モゴモゴと言葉を発するも、それは文章としては成り立っていない。

 突然の変化にキョトンとする鈴仙と、それを見て更に縮こまるてゐ。そんな二人を見かねて、ナズーリンが助け舟を出した。

 

「ふふ。さて、それじゃあ順番に考えてみよう」

 

 ナズーリン可愛く腰に手を当て、右手の人差し指をピンと立てる。

 

「君が無事に落とし穴から出られたとして、真っ先に師匠の所に戻るだろう?」

「まぁ、うん。叱られるのは確かだけど、報告はしないといけないもんね」

 

 続いてナズーリンは右手の中指を立てる。指を二本立て、フルフルと左右に振りながらナズーリンは言葉を続ける。

 

「そこで、師匠は問いかける筈なんだ。『それで、目的の薬は探せたのか』と」

「その時は正直に、てゐが持ってますって……。って、あれ?」

「そう。その薬は君のポケットに入っていた。彼女が持っている訳無いんだよ。だからきっと彼女は君が報告する前にこう言うつもりだったんだろうね。『その薬なら、ちゃんと見つけてましたよ』と」

「ええ!? 何だってそんな……」

「それは勿論……」

 

 続けようとしたナズーリンの言葉は、横から会話に入ってきたチルノに掻っ攫われた。六対の氷の羽を揺らし、授業中のように大きく手を上げ、チルノは言い放つ。

 

「お手柄にしてあげる為ね!」

 

 チルノの言葉にナズーリンは首肯した。

 

「うん。チルノの言う通り。君のお手柄にしたい、そう思ったのだろうさ」

「お手柄って……。でも、そんな…。だったらアンタ、何で落とし穴なんて……」

 

 鈴仙がてゐを見ると、てゐは慌てて鈴仙から顔を背けた。てゐの白い頬には仄かに朱が差している。指の先を付けては離し、下を向いたまま目線だけで鈴仙の表情を伺う。

 ナズーリンは鈴仙に言った。

 

「それはほら、恥ずかしいんじゃないかい?」

 

 チルノもナズーリンの発言に乗っかる。

 

「そうね。悪戯は許してくれそうな大好きな人にするのが大事なのよ! 巫女とか、魔法使いとかね!」

 

 チルノの無邪気な発言に、てゐのふわふわした尻尾が小さく跳ねる。

 一方の鈴仙はそんなチルノの言葉に同意しかねている。

 

「大好きな人って、そんな筈……」

「正直な所、どうなんだい? てゐさん」

 

 チルノとナズーリンの言葉を受けてもなお半信半疑な鈴仙に、ナズーリンは切り札、本人の気持ちをぶつけさせる。

 てゐは、ナズーリンの言葉に一瞬表情を固めて、そして諦めた。

 

「う……。もう大体見抜いてるって顔ね」

「まあね。(おおむ)ね把握しているよ」

 

 てゐは小さく溜め息を吐き、ポツポツと胸の内を語り出した。

 

「鈴仙がちょくちょく月の仲間の事考えてしょぼくれた顔してるからね。悪戯されて怒ってる時は元気だったりするから。まあ、元気ならそれはそれでいいかなって」

「てゐ……」

「別に! ……元気付けたいとか、そんな事は思ってないんだけど!」

 

 てゐの主張する声が徐々に大きくなる。自分でそれに気付いて言葉を一旦止めると、迷いの竹林の中に静寂が(よみがえ)る。

 笹の葉が擦れる音が鳴り響く。吹き頻る風が下手な口笛のような音を鳴らして通り過ぎる。青竹が風に揉まれて(ざわ)めく。

 聞き取れるかどうか危うい程に小さな声で、てゐは再び語り出す。

 

「……目の前で友達がしょぼくれてたら、何か悲しいじゃない?」

「あ……。……ごめん」

 

 てゐが抱え込んでいた本心を聞いて、鈴仙は申し訳なさから謝ってしまった。

 本気で落ち込んでいる鈴仙に、てゐは慌ててフォローに入る。

 

「謝らなくてもいいわよ! さ……全く、本っ当に鈴仙は鈍いんだから」

「うん。じゃあ、ありがとう、だね。てゐ」

 

 てゐは腰に手を当て鈴仙を攻める。その怒り方が照れの裏返しなのは流石に今の鈴仙は気付いていて。

 目尻に浮かんでしまった何かを手の甲で拭い取り、鈴仙はてゐに微笑んだ。

 

「ふんだ! 別にお礼なんて要らないわよ」

「そっか。ふふふ」

「むぅ……」

 

 ありがとう、を強調した鈴仙の言葉に、てゐの心中に羞恥心が溶岩のように湧き出てくる。

 頬を赤くして顔を背けるてゐに、鈴仙は今までに感じた事の無い愛おしさを覚えた。

 すっかり二人だけの空間になってしまった竹林に、灰色ネズミの声が水を差す。

 

「さて、これで」

「探し物ごっこは終わりだね!」

「いや、ごっこと云う訳でもないんだけど……。まぁ、それでもいいかもしれないな……」

 

 探し物が終わったと聞いて、チルノは大きな水色の瞳を更に大きく開いて輝かせる。

 

「よーし! じゃあ遊びに行こう!」

「今日はもう遅いから、寝てからにしよう」

 

 ナズーリンはこの受け答えを予想していたのか、チルノの誘いをサラリと受け流す。

 

「それもそうね! あたいも眠くなってきたし。明日にしよう!」

 

 全く眠そうには見えないチルノが拳を突き上げナズーリンに同意した所で、ナズーリンは(ようや)くウサギ達へ話し掛ける。

 

「うん。それじゃあそこのウサギの二人もそろそろお別れだね」

「あ、ナズーリン!」

「ん?」

 

 空へ飛び去ろうとしたナズーリンをてゐは慌てて引き留める。てゐにはどうしても一つだけナズーリンに訊いて於きたい事があった。

 息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出してから、てゐはナズーリンに問い掛けた。

 

「何で、鈴仙の事色々分かったの?」

 

 ナズーリンはてゐの質問に少し考えてから、納得して優しくてゐに笑い掛けた。

 

「ああ、それは簡単だよ」

 

 灰色の前髪を軽く払い、ナズーリンは探し物の理由(わけ)をてゐに語る。

 

「孤独な少女が探しているのはいつだって仲間であったり友達であったり」

「恋人だったりだね!」

 

 ナズーリンの横に浮かんだチルノのが叫び、ナズーリンに向かって親指を立てた握り拳を突き出した。

 チルノを見て満足気に微笑むナズーリンが、言外にチルノの発言が正解である事を物語る。

 

「恋人って……」

「……」

 

 鈴仙がてゐを見ると、てゐは顔を伏せて鈴仙の方を見ようともしない。表情を覗き見ようとも、鈴仙が動く度てゐは体の向きを絶妙に変え、鈴仙に顔を見せさせはしない。

 ただ、両手で覆った顔からはみ出た耳の色が、今のてゐの心中を容易に悟らせる。

 そんな彼女等にナズーリンは淡々と一言。

 

「ふむ。そういうのは私にはよく分からないが、お幸せに、と伝えておくよ」

「お幸せにー!」

 

 何とか表情を見ようとてゐの周りをクルクルと跳ねていた鈴仙の動きが急に止まる。

 そして段々と顔の色を赤く染めていく。先程までの自分の行動を思い返して恥ずかしくなったのだろう。

 

「わぁん、もう! そういうんじゃないってばぁ!」

 

 必死な鈴仙にもナズーリンは微笑するばかり。

 

「ふふ。まぁ、今は小さな仲間意識かもしれないけれど、(いず)れゆっくり周りを見ながら自分でも見つけると良いと思うよ?大きな物になればそうそう無くしたり、落としたりする事はないのだからね」

「うん。まだ、正直よく分からないけど……」

 

 鈴仙は(ようや)く顔色の元に戻ったてゐを見て破顔した。

 

「まぁ、ちょっとくらいはこの悪戯兎の事を信じてみるのもいいのかもな、って思ったわ」

「ワッハッハ! あたいに感謝しまくるといいわ! あたいったら、最強だからね!」

「私に礼は要らないから、その分この妖精にでもしてあげるといいよ」

 

 ナズーリンを中心に弱い風が吹き出す。そろそろ本当に飛び去るのだろう。

 ナズーリンは片手を軽く上げた。

 

「それじゃ、私達はこれで」

「ありがとね、小さな賢将さんに、小さな妖精さん」

「まぁ、鈴仙がお世話になった分の御礼くらいは言って於くわね。小さなお節介さん達」

「まぁ、また何か無くしたら言うといいよ」

「うん! あたいとナズーが解決してあげるわ!」

 

 ナズーリンの横に飛び込んだチルノが足を肩幅に開き、両手を腰に当てて叫ぶ。

 

「それじゃ、機会があればまた」

「まったねー!」

 

 二人は月に向かって舞い上がっていった。

 笹を撒き散らすが鳴り響く。吹き頻る風が下手な口笛のような音を鳴らして通り過ぎる。竹の葉が風に揉まれて(ざわ)めく。

 残されたのは兎の少女が二人きり。

 

 

 墨を流したように(まば)らに真黒な夜空。所々で白く光を放つのは、空に薄く伸びた筋雲か、それとも季節外れの天の川。

 常より一際大きな満月が伸び放題の竹の間から覗く。笹と竹との僅かな隙間を潜り抜けた月光が光の柱となって、笹の葉が敷き詰められた地面から斜めに突き生えていた。

 鈴仙は隣のてゐに囁くように話し掛ける。

 

「ふう。すっかり遅くなっちゃったわね」

「鈴仙がグズグズしてるからよ」

「うん。ちょっとぐずついてたかも」

 

 鈴仙は大きな満月を見上げる。数瞬の沈黙の後、鈴仙はてゐへと振り返った。

 

「えっと……、てゐ」

「ん?」

 

 鈴仙はてゐの目線の高さに合わせて腰を縮める。突如至近距離まで近づいた鈴仙の整った顔と赤い目に、てゐの心臓がドキリと跳ねる。

 

「ありがと。色々考えていてくれてたのね」

 

 泣き出しそうな、感情を爆発させたような表情で、てゐの背中に手を回して抱きしめてきた。

 

「きゅ、急に何するのよ!」

「いや、偶にはいいかなって」

 

 てゐの黒色の髪がはらりと舞い、思わず見入ってしまって思い切り目が合う。

 

「ま、まぁ……。偶にくらいはだけど…」

 

 てゐはそれ以外に何か言葉を発した訳でも無いのに、そのあまりにも真剣な表情に見惚れてしまった。涙ぐんだ目で、いつものあざとさがまるで無い、意味深な表情を浮かべる。

 口をつぐんで、溢れ出す思いと言葉を必死で抑えるようにしながら、絞り出すように言われた言葉に鈴仙は驚きながらも(おどけ)て返す。

 

「ふふ。珍しいじゃない。てゐがそんなに焦ってるなんて」

「れ、鈴仙の癖に生意気な……! 覚えてなさいよ! もっと面白い悪戯してやるんだから!」

 

 てゐは、鈴仙の胸に顔を埋めて唸る。

 切なそうに漏らすその声は、泣き声のようにも聞こえた。

 

「うんうん。それでも良い気がしたわ。いつも、気に掛けてくれてありがと。てゐ」

「むぅぅ……。とっとと帰るわよ!」

「ふふ。はいはい」

 

 どちらからともなく手を握り、笹の葉を踏み締めながらサクサクと竹葉の黄色い絨毯を歩いて行く。

 足元を見れば枯れ落ちた竹葉が視界一面を覆ってしまい、地面がどこかわからない状態になってしまっているが、視線を少し上に戻せば変わらぬままに青々とした竹林が、同じく視界いっぱいに広がっていた。

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