「あれって、実は勉強しているけど悟られるのは恥ずかしいからそう言ったのか、あるいは本当にしていないのか、気になるところですよね」
「まあ、確実に言えることは、私は後者が嫌いだということです」
それに真っ先に気づいたのはアーニーだった。
試験をおよそ一か月に控えたある日の朝、いつものように朝食をとるために大広間へ行くと、なにやら一部の生徒たちが、各寮の得点を記録している砂時計の前に集まっていた。見たところ、グリフィンドール生が多いようだ。
昨日の夕食の時点ではグリフィンドールとスリザリンが僅差で、それをレイブンクローが追い、ハッフルパフはそんな三寮に大幅な遅れをとっているという状況だったが……たった一晩で何かがあったのだろうか。
「まあ、ハッフルパフが一位になっているということは、万に一つもあり得ないけどな」
「あら、ザカリアス。そう言うあなたが、試験で全教科満点を取って特別点をもらって、ハッフルパフに貢献してくれてもいいのよ? もっとも、試験の結果が発表されるのは学年末パーティーの後なのだけど」
「君こそ魔法薬学で満点を取ってみたらどうだ? いつもの成績からは考えられない結果にスネイプ先生も努力を認めてくれて、十点くらいもらえるかもしれないぞ」
「まあまあ、ザカリアスもスーザンも落ち着いて。今年は勝てなくても、まだ来年以降もチャンスがあるんだから」
「それにしても、本当になにがあったんでしょうかね」
笑顔で火花を散らす二人を気にもせず、ジャスティンが砂時計の様子を確認しようとその場で背伸びをする。が、グリフィンドールの様々な学年の生徒に囲まれた砂時計の様子は、簡単に窺い知ることはできなかった。
後からでも確認することはできるからと、おれたちは砂時計を気にしながらもテーブルについた。トーストやらシリアルやら、思い思いの朝食をとりはじめたところで、広間に来てから今までずっと砂時計を凝視していたアーニーがぽつりと零した。
「おや、グリフィンドールの得点がおかしなことになっているぞ」
言葉に反応するように、おれたちやその周囲にいたハッフルパフ生も砂時計の方を見た。もうグリフィンドール生やその他の生徒も全員テーブルに座っていたので、砂時計の様子ははっきりとわかった。
驚いたことに、グリフィンドールの点数が昨日より一五〇点も減っている。誰が見てもわかる、断トツの最下位だ。
「掲示の間違い……なんてことはありえないよね。ということは、本当に一晩であれだけ減っちゃったの?」
「そうみたいですね。せっかくグリフィンドールがスリザリンから寮杯を奪ってくれると思っていたのに、これじゃあ今年もスリザリンの天下ですよ」
「残念ね。一体誰が何をしたのかしら。あんな大幅な減点なんて滅多にないはずなのに」
その犯人はすぐわかった。食事を終えて談話室に戻る途中や談話室の中でも、出会う生徒たちはみなその話題で持ち切りだったからだ。だから、わざわざ調べなくても、耳を済ませなくても、グリフィンドールの点数を大幅に減らしたのが、かの有名人ハリー・ポッターであることは一日もしないうちにすべての生徒の知るところとなった。
たった一夜にして、学校で一番の人気者だったハリーは一番の嫌われ者になってしまったのだ。
寮対抗杯を掴みかけていたのにその道を閉ざされたグリフィンドール、スリザリンの連勝を阻止してくれることを望んでいたレイブンクロー、ハッフルパフなど、ほとんどの生徒がハリーに対して隠すこともなく悪口を言うようになった。スリザリンだけは例外で、彼を見るたびに囃すように感謝の言葉を投げていたけれど。
動揺収まらぬ三日後、おれは偶然にも廊下で渦中の人物、ハリーにばったり出会った。隣にはロンとハーマイオニーもいる。ハリーと仲が良かった友人やクィディッチチームのメンバーさえも今はみんなハリーを嫌っていると聞いたから、三人がいつも通り一緒にいることに少し安心した。
「あー、その、なんて言えばいいのかな」
ただ、彼らにはいつもの明るさとか元気さがほとんどなかった。他人に悪口を言われたり責められたり、それから寮の点数をあんなに減らしてしまったという罪悪感で、相当落ち込んでしまっている。そんな姿を目の当たりにして、おれはうまく言葉が出てこなかった。
「……よかったら、話を聞いてもいい?」
三人はお互いに顔を見合ってから、ハリーが代表するように力なく頷いた。
曰く、森番のハグリッドがドラゴンの卵を持っていて、それが孵ったと思ったら瞬く間に成長してしまったので、ロンのお兄さんに引き取ってもらうために夜中に輸送作戦を決行したのをフィルチさんに見つかってしまい、その後マクゴナガル先生によって一人五十点ずつ減点されたのだと言う。
「じゃあ、あの減点はきみたち三人が?」
「いや、僕はその時ドラゴンに噛まれた傷の治療があって、参加していなかったんだ」
「減点されたのはネビルなの。マルフォイ……ドラコ・マルフォイっていういけ好かないスリザリン生がいて、彼が私たちを捕まえるって言ってたのを聞いたみたいで、それを教えるために夜中に出歩いていたのをマクゴナガル先生に見つかっちゃったの」
「それは……災難だったね」
「それだけじゃないんだ。マクゴナガル先生はドラゴンのことをこれっぽちも信じていなくて、僕たちが作り話でマルフォイにいっぱい食わせようとしたって考えたみたいで、それをネビルの前で言っちゃったんだ」
ネビルの様子が容易に想像できた。友達のために危険を知らせようと、夜中に抜け出して二人を探すなんてどんなに大変なことだったろう。それなのに、それが全部作り話だと先生に言われて、大きなショックを受けたに違いない。しかも、追い討ちをかけるように五十点も減点されるなんて、泣きっ面に蜂だ。……あとでチョコレートをあげて慰めておこう。
「……ところで、エドガーはどうして変わらずに僕たちに話しかけてくれたの? その、ほら、僕たちって今すごく嫌われているから、こうやって普通に接してくれる人って少なくて」
「ふふ、簡単なことだよ。誇り高きハッフルパフの生徒は、簡単に友達を裏切ったり見捨てたりしないんだ。おれは三人のこと、それからネビルのことも大切な友達だって思っているからね。一五〇点の減点くらいじゃ、そう簡単に嫌いになったりしないよ」
「今、心の底から君が友達でよかったって思ったよ」
「えー、じゃあ今まではそう思ってなかったってこと? ひどーい、おれはこんなにも好きなのにー」
茶化すように言えば、ようやく三人にいつもの笑顔が浮かんだ。よかったよかった。
その後もしばらく話を続けていたが、やがてハーマイオニーが「これ以上一緒にいるとあなたまで良くない噂が立ってしまうわ」と言うので、きりが良いところで別れることになった。
去り際に、ふと三人が三つの頭を持つ巨大な犬(おそらく、以前ロンやハーマイオニーが言っていた、『賢者の石』を守っている三頭犬だろう)と相対している姿が見えた。それは、すっかり鳴りを潜めていた未来予知だった。
一週間も過ぎれば、ハリーたちの減点について騒ぐ生徒は少なくなった。起こってしまったことは仕方がないことだし、何より学期末試験がすぐ先に迫っていて、勉強以外のことを気にしている余裕がなくなったのだろう。
おれたちは相変わらず、六人とプラスアルファでお茶会をしつつ試験勉強に励んでいた。図書館や部屋に缶詰めになって勉強するよりも、こっちの方が何倍も集中できた。お茶のお礼として、上級生が分からないところを教えてくれるのもありがたかった。
おれが特にお世話になったのは誰あろうセドリックだ。彼は非常に優秀で、おれが中途半端に理解したつもりでいた部分や、間違って覚えていた部分をしっかりと見抜いて適切な指導をしてくれた。その説明もわかりやすくて、特に闇の魔術に対する防衛術に至ってはクィレル先生に代わって教壇に立てるレベルだった。そんなかっこよくて文武両道なセドリック先生のおかげで、試験に全く不安がない状態にまで持っていくことができた。
他の五人も思い思いの勉強をしていた。
アーニーはおれのノートと上級生たちのアドバイスによって、曰く「魔法史はもう怖くない」状態まで仕上げることができたようだ。役に立てたようで何より。ジャスティンはまだ実技に不安が残るものの、呪文の成功率は順調に上がっているし、基礎的な部分での失敗は少なくなった。試験本番でも落ち着いて取り組めば及第点は問題なくもらえるだろう。
ハンナとスーザンの魔法薬学も、ザカリアスの指導によって少しずつ上達していった。ザカリアスとスーザンの言葉の応酬もさることながら、時折その中に入り込む空気を読まないハンナの発言など、傍から見ている限り不安しかない集団だったが、思いのほか勉強の相性は良かったらしい。それにしても、ハンナは置いておくとして、おっとりとしたスーザンがザカリアスと舌戦を繰り広げる様にはいつも驚かされる。穏やかな笑顔から発せられる毒を含んだ言葉は、いつ聞いても間違いではないかと思うほどだ。
そんなザカリアスは、二人に勉強を教えることで自身の知識をより深め、隙をなくして完璧に仕上げてきた。以前から得意だった呪文学や変身術も一段と腕を上げ、この間などはティーカップをクッキーに変えて自在に躍らせるという技を披露して見せた。お、おれだってそのくらい……。
そうこうしているうちに、学期末試験が始まった。
試験の一番の敵は気温だった。うだるような暑さの中、筆記試験の大教室はことさら暑かった。一気にやる気とか知識が蒸発してしまいそうだったけど、今までの努力とセドリックを裏切るわけにはいかないからと、必死に気分を奮い立たせた。
走り出した羽ペンは止まらない、なんて状態にはならなかったものの、解答が埋められない問題はなかった。要するに、手ごたえありだ。
筆記試験の不安な部分をカバーするように、実技試験は持てる力をすべて出し切る気持ちで臨んだ。
フリットウィック先生のパイナップルを机の端から端までタップダンスさせる試験では、指示通りの動きをさせつつ時折アレンジを加え、最後にはお馴染みのハッフルパフ・リズムですっきりとまとめた。
マクゴナガル先生の試験では、ねずみを繊細で華やかな装飾が施された「嗅ぎたばこ入れ」に変身させた。蓋にはきらきら輝くダイアモンドを散りばめた、フランス宮廷にでも備えられていそうな無駄に豪華な仕様である。マクゴナガル先生は呆れとも驚きとも取れる表情をしていた。あれ、何かおかしかったかな。
スネイプ先生の「忘れ薬」を作る試験は、ザカリアスから教わったコツを踏まえて製作に取り掛かった。大きな失敗はしなかったが、こればかりは結果は発表されるまで分からない。
一番最後はビンズ先生の魔法史の試験で、大半は教科書の内容がそのまま出たが、数問は授業中に先生がぽつりと言った内容が出されていた。ずっと起きてしっかりノートを取っていてよかった。全部太った修道士のおかげだ。
この試験が終わるや否や生徒たちは歓声を上げて、半数近くは陽の射す校庭に一斉に繰り出していった。いやはや、長い戦いだった。
「いやあ、ようやく解放されたなあ。エドガーのおかげで魔法史はほぼ完璧だよ。今から結果が楽しみだ」
「結果は一週間後でしたっけ。その間、皆さんはどうします?」
「答え合わせもいいけれど……やっぱり盛大にお茶会がしたいわ」
「そうだね。最近は規模を縮小していたから、試験終了記念にどーんとやろうよ。もちろん、寮のみんなも誘ってね」
「浮かれるのはいいが、君たち二人は魔法薬学はどうだったんだ? ジャスティンも、パイナップルとねずみにうまく呪文をかけられたのかい?」
「ええ。先生が優秀だったから、問題ないわ」
「及第点はもらえているはずだよ」
「僕も大丈夫ですよ。エドの言うとおり、落ち着いて強くイメージしたらできました」
「ザカリアス、試験明けなんだからもっと気を楽にしたらどうだい。君はいつもピリピリしているから、この一週間くらいは息抜きにあてたらいいぞ」
「余計なお世話だ。……だが、お茶会には参加させてもらおう」
試験の余韻に浸りつつ、六人でゆっくりと談話室へ戻った。
六月中に終わらせる(投稿するとは言ってない)
あと一話か二話で「賢者の石」終了です。次回は解説回の予定。
ところで改めて映画を見返すと、ハッフルパフ勢の美男美女揃いには驚かされます。ヘルガは案外面食いだったりするんでしょうか。
ここまで読んでくださりありがとうございます。