「記憶や知識なんかは混同するし、力関係が存在していれば片方は自由を奪われる」
「せめて何らかのきっかけで統合してくれれば、もう少しやり易くなるのですけどね……」
こうして自由に話ができるのは何年振りでしょうか。
……おや、失礼。ご挨拶が遅れてしまいましたね。
ごきげんよう、皆さま。私はエドガー・クロックフォードと申します。皆さまがご存知の「彼」とは同一人物であり、かつ別の存在でもあります。別人格、というのが適切かもしれませんね。
このあたりの詳しい事情は話にすると多少長くなってしまいますので、まずは皆さんが気になっているであろう物語の続きを先に語らせていただきますね。
語り手がいつものあの子ではないことに不満がある方もいらっしゃるとは思いますが、まあそのあたりはご容赦くださいませ。
さてさて、どこから物語を辿りましょう。
そうですね。では、エドガーたちが試験を終えて、談話室に戻るところから始めましょうか。
エドガー、ザカリアス、ジャスティン、アーニー、ハンナ、スーザンといういつもの面々は、この後の一週間をどのように過ごすかとか、試験の答え合わせなどを簡単に行いつつ、歩きなれた道を通って談話室に戻る途中でした。
その流れを止めたのは、赤毛が特徴のロン・ウィーズリーでした。
「エドガー、ちょっといいかい?」
エドガーはもちろんと頷いて、他の五人には先に寮に戻ってもらうよう頼み、ロンに連れられて人気のない場所までやってきました。
そこでロンは、かいつまんで言えば「スネイプが賢者の石を奪うのを止めたいから手伝ってほしい」といったことをエドガーに頼んだのです。
「まだスネイプ先生を疑っているの? 前にも言ったけど、おれあの人がそんなことするようには思えないんだよね」
「スネイプじゃなくてもこの際いいんだ。ただ、誰かが石を盗もうとしているのは本当なんだ。だからお願いだ、力を貸してほしい」
ところで、このような誘いはてっきり「主人公」のハリーか、もしくはあの三人組の中では一番エドガーの付き合いの長いハーマイオニーが持ち掛けてくるかと私が思っていたのに対し、予想はできたと言えど確率の低いロンがやってきたことはやはり意外でした。
ですが、よくよく考えてみればその二人はかの一五〇点減点の主犯ですから、騒ぎが沈静化したと言えど未だ嫌われ者の立ち位置にいるわけで、そうなると友人たちに囲まれた状態のエドガーとはまともに話ができない可能性も大いにあり得ますから、この場合はロンが来て正解だったのでしょうね。
はたしてエドガーはその誘いを受けました。
賢者の石を手に入れるまでの過程は、およそ原作どおりに進みました。
まず最初の三頭犬ですが、これはすんなりといけましたね。ハリーが笛を吹いてフラッフィーを眠らせている間に、ロンが床にある仕掛け扉の引き手を引っ張って扉を開き、エドガーから順番に飛び降りてここを突破しました。
余談ですが、エドガーが先頭になったのは彼が「おれから行くよ」と緊張感のない笑みを浮かべて、三人が何か言う暇もなく飛び降りてしまったからです。……我ながら、無茶をしますよね。
次の『悪魔の罠』も問題ないでしょう。ここには薬草学と呪文学の得意な二人がいましたから、ハーマイオニーが植物の名前を、エドガーがその性質と弱点を言い当てて、二人同時に「インセンディオ、燃えよ」の呪文で植物を撃退しました。
続く羽の生えた鍵も、今世紀最年少のシーカー、ハリーの手にかかれば簡単なものです。エドガーも飛行訓練の成績は良好ですから、うまく連携して原作よりも時間をかけずに鍵を掴むことができました。
そうそう、原作と違うと言えば、エドガーはハリーが鍵を使って扉を開けて、お役御免とばかりにその鍵を離そうとしたときに慌てて制止させました。そして、謝罪の言葉とかけてから呪文を唱え、杖を振りました。二度も捕まったために羽がひどく傷んでいたのが気になったのでしょうね。彼はそれをすっかり直してあげてから解放し、少し驚いた顔をする三人を促して次の部屋へと向かいました。
次は巨大チェスですが、これはロンが奮闘しました。彼の采配でたった一人の犠牲でここをクリアしました。そうです、ロン自身の犠牲で。
ハリーとハーマイオニーはロンを置いて次の部屋に行くのをためらいました。それもそうでしょう。いつも三人一緒にいたのに、今更彼一人を置いていくことは彼らの友情が許しません。……まあ、そこに空気を読まずに入り込むのが私ことエドガーなんですけどね。
「エピスキー、癒えよ。……それから、エネルベート、活きよ」
治癒の呪文と、意識を回復させる呪文を受けたロンは、たちまち目を覚ましました。お察しの方もいらっしゃるかとは思いますが、前者はかのハロウィーンの際に「私」が彼に教えたものです。私はトロール事件の際に使うと思っていましたが、まさかこの日が初使用になるとは思ってもいませんでした。
「ねえエドガー。あとでその呪文、教えてもらってもいい? ハリーとロンったら、いつも怪我ばっかりしているんだもの」
「いいよ。ハーマイオニーは優秀だからすぐ覚えられるよ。呼び寄せの呪文もあっという間に使えるようになったくらいだからね」
そういうわけで、彼らは四人で次に進むことになりました。
チェスの次はクィレル先生のトロールですが、これはすでに気絶していたので何事もなく通過しました。
スネイプ先生の論理パズルは、行く手も来た道もそれぞれ炎に閉ざされて動揺するハリーとロンを傍目に、ハーマイオニーが見事に解いてみせました。
「この一番小さな瓶が先に進む道……黒い炎を通り抜けて『石』の方へ行かせてくれる。右端の丸い瓶が、紫色の炎をくぐって元の道に戻れる薬よ」
「でも、これどっちも一人分しかないよ」
そう、問題はパズルなどではなく分量です。原作ではチェスの部屋にロンがいるので、ここではハーマイオニーが紫色の炎をくぐって戻り、ハリーが黒色の炎を通って最後のステージへと行くわけですが、今は状況が違います。ロンは置き去りにされず一緒にいますし、完全にイレギュラーな存在のエドガーもいます。はてさて、どうしたものでしょうね。
「よし、じゃあハリーとハーマイオニーがそれぞれ飲もう。ハリーは進む方、ハーマイオニーは戻る方ね」
まあ、やっぱりエドガーは空気を読まないんですけどね。
「ちょっと待ってよ。そうしたら、僕たちはここに取り残されちゃうよ」
「それに、ハーマイオニー一人だけにするのは危ないよ」
「ん、別に戻る方はハーマイオニーでも、ロンでも、おれでも構わないんだけどさ。多分これ、中身回復すると思うんだよね」
彼が言うには、スネイプ先生かどうかはわからないが、おれたちより先に誰かが来ていることは否定しようがない。とすると、その人はすでにこの部屋も突破しているはずだから、誰かが補充しない限り瓶の中身が減っていないのはおかしい。でも誰がいつどのタイミングでここを突破するかなんてわからないし、次の人もいつここにくるかもわからないから、人の手で補充することは難しい。だから、瓶の中身は誰かが飲むと自動的にまた一回分補充されるのではないか、ということらしいです。
試しにハリーとロンが薬を飲み干して、心配そうな顔でそれぞれ炎をくぐっていきました。残ったハーマイオニーとエドガーはじっと瓶を見つめていましたが、しばらくすればエドガーの読み通り、瓶の中身はみるみる回復して一人分の薬が補充されました。
「本当だわ。……じゃあ、エドガーはハリーのところへ行って」
「いいけど、その理由を聞いてもいい?」
「恥ずかしいけど、もしこの先に『例のあの人』がいたとしたら、私は怖くて動けそうにないの。でも、あなたなら大丈夫そうな気がして」
「ふふ。そこまで言われたら期待を裏切るわけにはいかないよね。おれたちが戻ってこないようだったら、先生たちに知らせて助けてくれると嬉しいな」
微笑んで、エドガーは一番小さい瓶の薬を、ハーマイオニーは右端の丸い瓶の薬をそれぞれ飲み干して、色の違う炎をくぐり抜けて行きました。
エドガーが進んだ先、最後の部屋にいたのは、体を縄で拘束されたハリーとクィレル先生でした。ハリーはこの人物には大層驚いたと思いますが、エドガーは特に驚いた様子は見せませんでした。まあ、以前スネイプ先生よりはクィレル先生の方が怪しいと言っていましたからね。想像できていたのでしょう。
「誰かと思えば、ハッフルパフのミスター・クロックフォードではないか。君が来るとは予想していなかったよ」
言いながら彼は、ハリーと同じようにエドガーも縄で拘束しました。
「まあ、子供が一人増えたところでさしたる問題ではない。ああ、それにしてもいったい『石』はどこだ……私がご主人様に差し出しているのは見えるのに……」
そこで、ようやくエドガーはクィレル先生の陰にあった鏡に気が付いたようです。そっとハリーに目配せすると「あれはみぞの鏡と言って、見た人の心の底にある望みを映す鏡なんだ」と彼は小声で教えてくれました。冬休みにロンが言っていた、ハリーが見ておかしくなったという鏡はあれのことかと、エドガーは推測しました。なかなか察しが良いですよね、彼は。
やがてクィレル先生は「ご主人様」に助けを求め、それに応ずるように低いしわがれた声が響きます。
「その子たちを使うんだ……その子たちを使え……」
「わかりました。まずはクロックフォードだ。鏡の前に立って何が見えるかを言え」
エドガーは静かに鏡の前に立ち、そして「私」を見ました。
と、こんな具合で現在に至るわけでございます。
ふふ、これでは説明不足ですよね。補足しますと、彼は私の望みを見ましたが賢者の石は手に入れることができませんでした。よって「不要」と判断されクィレル先生によって突き飛ばされたところ、体を拘束されていたのでうまく受け身が取れず、頭を強打してそのまま気絶してしまったのです。ああ、あまりかっこよくないからお伝えしたくはなかったのですが……まあ仕方ありません。
「彼」の意識が完全にノックアウトされてしまったので、こうして「私」が出てきたというわけでございます。
……ふむ、ちょうど良いですから、この機会に「私たち」についての話をさせていただきましょうか。
まず、エドガー・ラサラス・クロックフォードは「原作」には登場しないイレギュラーな存在です。その正体はこの世界にもともとあった肉体に「私」の精神が宿った、レディメイドのキャラクターでございます。――唯一のオーダーメイド部分は、これまで皆さまと間近に接してきた「エドガー・クロックフォードとしての精神」だけです。
そして、そんな「私」の素性は、かつて日本に暮らし、『ハリー・ポッターシリーズ』に傾倒していたごくごく平凡な一般人でございます。信じられない話ですが、ある日事故で短い人生の幕を下ろしたと思ったら、死後の余韻すらなくこの世界に誕生したのです。前世の記憶をすべて引き継いだ状態で、ね。
記号的に説明いたしますと、この世界にもともとあった肉体+転生してきた「私」の精神=エドガー(精神込)と、このようになりますね。
それにしても不思議なこともあるものですよね。一つの肉体に二つの精神が宿るなんて。いや、もしかしたら肉体にも別の魂が宿っているかもしれませんから、三つの精神でしょうか。もうケルベロスですよ。
ところで「表面に出て動いているのはエドガーの精神だけで、『私』がちっとも出てきていないぞ」と思った方もいらっしゃるでしょう。はい、これは単純なことで、私はこの体を自由に動かせなかったのです。この体の主導権を握っているのは、私ではなくエドガーでした。
私はエドガーの心の奥深く、外部からも(例外として組み分け帽子はなんとなく気づいていましたが)エドガー自身もわからないような深奥に存在していたのです。地球で例えるならば、私の精神は内核から外核部分、エドガーの精神がマントル、肉体が地殻といったところでしょうか。ふふ、意味わからないですね。
そうそう、その影響でエドガーの精神面は私に左右されることがよくあるんです。スネイプ先生を他の生徒以上に嫌っていないところとか、クィレル先生を多少疑っていたこととか。この調子だと、「三巻」のシリウスにも友好的に接するかもしれませんね。
それからもう一つ影響があって、エドガーはやや感情が希薄なんですよね。表情こそよく変わりますが、強い感情、例えば怒りとか憎しみ、恐怖や愛情や欲求などが人よりも欠けているのです。先ほどフラッフィーのところで臆さず飛び降りたのだって、恐怖がなかったからですし。
話を戻しましょうか。外核とマントルの境界、つまり私とエドガーの精神の境目にはグーテンベルグ面のごとき強固な壁が立ちふさがっていました。お互いに干渉できないようにする仕切りのようなものですね。
ただ、その壁はエドガーの意識がなくなる時、例えば睡眠時や気を失っている間だけは若干脆くなりましたから、その時だけは自由に精神に干渉して体を動かしたり、夢や無意識などに干渉して多少言動を操作することくらいはできました。
例えば、そう。夜な夜な「必要の部屋」で魔術の特訓をしたり、原作の内容を思い返したり、過去に思いを馳せたり。彼が言う「未来予知」や「不思議な夢」、ハロウィーン以前の睡眠不足やその間の不思議な出来事(彼が知っているはずのない知識や呪文など)はすべてこれが原因なのです。
――そうですね。ハロウィーンのことは大変申し訳なく思っています。あの時、私は焦っていたのです。エドガーが早々とセドリック・ディゴリーと接触したので、「四巻」のことを否応なく意識しなければなりませんでしたから。連日特訓を繰り返していたらあんなことになってしまって……。
あの時本当は「私」が「必要の部屋」で身に着けた能力で「エドガー」がどれほど戦えるかを試したかったのです。トロール襲撃事件のあらましを夢で伝える用意は出来ていましたし、朝起きて彼がそのことを忘れていた時の保険としてネセレにも手紙を持たせていましたから、準備は万端だと思っていたのですけどね……まさか自分の体調の変化にすら気づけなかったなんて。何らかの防衛機構が作動していたのか、寝ている間も気を失っている時も、壁も強固なままで干渉することもできなかったし。
それでも幸運だったのは、彼が随分昔の、彼が言うところの「未来予知」を思い出し、なおかつ偶然にも事件現場に辿り着いたことです。そこで彼はハリー、ロンと連携しながら、教えた呪文もうまく使ってトロールを撃退しました。うまくいったからよかったものの、私はその日以来行動を慎むようになりましたよ。大切な「エドガー」にまた何か起こったら大変ですからね。
おっと、別に何もしていなかったわけではありませんよ? 閉心術の訓練をしたり、彼に正確かつ重要な「これからの展開」を教えたりしていました。彼があの日以来、私の過去の記憶を夢としてみなくなったのも、未来がはっきり見えるようになったのも、私の特訓の賜物です。ふふん。
そうだ、忘れるところでした。私の望みについてまだお話していませんでしたね。
彼がみぞの鏡の中に見たのは「原作」で死んでしまうキャラクターたちが、生きて楽しそうに思い思いの行動をしている姿でした。そう、この世界で誰も死なないハッピーエンドの物語を作り出すことが、私の望み……いえ、野望なのですよ。
さてさて、私たちについては今はこのくらいで十分でしょう。そろそろ彼の意識が戻ってきますからね。次回からはいつも通り「彼」が語り手となって物語を紡ぐでしょう。なんてね。
それでは、長々とお付き合いいただきありがとうございました。また会える日まで、ごきげんよう。
内容を三行で。
エドガーには
本人の精神とは別に
転生者の精神もある
ここまで読んでくださりありがとうございます。