「今年はどう動くか迷うところですね。下手に動けば原作で最小限だった被害が拡大して、助かるべき命が助からなくなるかもしれない」
「おとなしくしているのが得策でしょうけど……それは難しそうですね。どうやら彼には、トラブルを引き寄せる力があるみたいですから」
風を切って進む
今年の夏休みはハードだった。
ホグワーツから帰ってきたその日に、一年間の冒険譚と学期末試験でマクゴナガル先生に変身術の能力を買われて特別講義を受けることになったことを告げると、お祖母さまが穏やかな微笑みを浮かべながら
「それなら、夏休みの間にあなたを鍛えないといけないわね」
と半ば強制的に杖を掴ませて、休む間もなく新たな魔法を次々叩き込んでくれたからだ。曰くその理由は二つで、前回はおれの力不足で肝心なところでハリーの役に立てなかったから、次に同じ場面を迎えた際には今度こそ力になれるように、というのが一つの理由。もう一つはマクゴナガル先生はとても優秀な魔女で、そんな彼女に認められたのだから夏休みの間何もしないでいるのは失礼だ、できる限り能力を高めたうえで臨むべき、とのことである。
そういうわけで、今年はどこかに遊びに行くこともなく、ひたすら家で杖を振るうだけの夏休みを過ごさざるを得なかったのだ。ああ、きつかった。ザカリアスとスーザンからの手紙がなかったら、心がへし折れていたよ。
――ところで、魔法省は未成年の魔法を発見するために、十七歳未満には「臭い」をつけている。『十七歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』と言って、魔法を使うとそのことが魔法省にばれる仕組みになっているのだ。
ただしこれには穴があって、その名のとおり未成年の魔法使いの近くで使われた魔法を検知するだけだから、誰が魔法を行使したかまではわからない。魔法省もそれを理解しているから、魔法使いの家庭内では、親が子供を従わせるのに任せているらしい。要するに、家に成人の魔法使いや魔女がいれば、未成年が魔法を使っても魔法省にはばれないのだ。
そういうわけで、おれは未成年にも関わらず家で自由に魔法を使えるのだ。……と、お祖母さまは嬉しいでしょう、と言わんばかりに説明してくれた。魔法省もっと仕事して……!
ちなみに肝心のマクゴナガル先生の特別課題については、まずは地道に力を付けて、ゆくゆくはO.W.L(ふくろう/普通魔法レベル試験)やN・E・W・T(いもり/めちゃくちゃ疲れる魔法テスト)レベルの魔法に早いうちから着手していきたいと思っている。つまり、先生から学びたいことはより高度な「知識」と「技術」だ。堅実に、確実に。
……本当は昔から家にあった童話「吟遊詩人ビードルの物語」の中の「バビティ兎ちゃんとペチャクチャ切り株」で触れられていた
後で自分でも調べてみたけど、完全に習得するには相当の学問と修養が必要だし、多くの魔法使いたちは「動物もどき覚えようとするくらいなら、もっと他のことに時間を費やしたほうがいい」と考えているようだった。
と言うのも動物もどきの能力を使う場面は日常ではほとんどないし、身を隠したり変装するなら他の魔法でも間に合ってしまうからだ。それにこの魔法が最も役に立つのは隠密行動や潜伏、あるいは犯罪を行うときだけなので、下手に習得しようとすれば魔法省に睨まれてしまう危険もある。
ちなみに動物もどき習得したら魔法省に登録しなければいけないが、今世紀登録されているのはマクゴナガル先生を含めて七名だけだとか。まあ、魔法省の目を逃れている非合法の動物もどきもいる可能性はあるし、単純な数でいったらもっといるのだろうけど。
なんにせよ、おれには無理そうかな、という理由で断念したというわけだ。あわよくば鳥に変身してネセレと空の散歩を楽しもうかな、なんてほんのわずかに抱いた夢はものの見事に崩れ去ったのである。人の夢、かくも儚き。
あ、そうだ。空の散歩と言えば、8月の始め頃にロン、フレッド、ジョージの三人が空を飛ぶ車を使ってハリーを親戚の家から連れ出すという事件が起こったらしい。
年老いたウィーズリー家のふくろうのエロールごと運ばれてきたロンからの手紙にそんなことが書いてあった。相変わらず無茶苦茶するなあ。
余談だけど、おれは車があまり好きではない。単純に車酔いしやすいだけなのだが、その原因はエンジンやら何やらの振動だけではなく、車内のにおいの影響も大きい。シートやマット、食べ物や煙草(お祖母さまは吸わないけど)、それから車に乗った人の体臭などが混ざった複雑なにおいには、一息吸っただけで完全にノックアウトされる。しかも不思議な事には搭乗者はみんなそれが分からないと言うし、においがする車の中には普段からしっかり掃除してあるものだってある。……シンプルに考えるなら嗅覚が鋭いってことなんだろうけどなあ……薬草学と魔法薬学で少しだけ役立つけど、正直なくても良い長所だよねこれ。
それで、話を元に戻すと、親戚の家から脱出したハリーはしばらくロンたちの家「隠れ穴」で楽しく過ごしたようだ。ネセレやヘドウィグが運んでくる手紙には「空飛ぶ車なんて初めてだよ」とか「ロンたちと庭小人を退治したよ、楽しかった」とか「
おれはそれを見て微笑ましい気持ちになりつつ「みんなで買い物なんて楽しそうだね、おれも誘ってくれればいいのに」とか「空飛ぶ車なんて乗ったことないよ。どうだった?」とか、色々なことを書いて送った。
送った、けど。
「ロン、ほんと、むり。ふくろう便、ふくろう便を送ろう」
「ふくろうを待っている余裕なんてないよ! 新学期に遅れちゃう!」
まさか空飛ぶ車の乗り心地をその身で体験するとは思わなかった。
車体が地面に接していないから恐ろしく不安定だし、空中であらぬ動きをするし、独特のにおいはするし……しにそう。
件の「買い物に誘ってくれればよかったのに」の手紙を送った後、それならばとハリーとロンから「キングス・クロス駅で待ち合わせして一緒に汽車に乗ろう」とのお誘いが来て、おれは間を開けず了解の手紙を送った。
9月1日。お祖母さまと一緒に駅に行ってしばらく待てばウィーズリー一家とハリーがやってきた。彼らの来る時間が遅かったから乗り遅れるのを危惧して挨拶もそこそこに、パーシー、ロンたちのお父さん、フレッドとジョージ、ロンの妹で新入生のジニーとお母さん、お祖母さまの順で9と4分の3番線のホームに滑り込んだ。
それからロン、ハリー、おれの順番で駅の9番線と10番線の間の堅い柵を通り抜けようと駆けだしたら、信じられないことに、ロンとハリーのカートが柵にぶつかって二人が後ろに跳ね返ったのだ。衝撃でハリーのカートからヘドウィグの籠が落ちてしまい、彼女は怒ったように鳴いている。おれはすんでのところで止まることができたが、見物客がぞろぞろと集まってきてしまった。
「どうして通れなくなったんだろう?」
「さあ――」
二人が囁き合いながら、もう一度カートで柵を推してみたが、びくともしなかった。入口が閉じてしまったのだ。そして、右往左往している間に汽車が発車する時刻を過ぎてしまった。なんてこった。
まだヘドウィグが鳴いているので、ハリーに断っておれのカートに乗せてネセレの籠と近づけた。少し落ち着いたようだった。あ、この光景すごくかわいいかも、大きくて凛々しいワシミミズクと雪のようなきれいなふくろう。案外お似合いなのかも……じゃなくて。
「どうする? お祖母さまたちが戻ってくるのを待つ?」
「いや、ここを出た方がよさそうだ。人目につく。僕たちが乗ってきたウィーズリーおじさんの車のところで待とう」
「……車、そうだ、車だよ!」
「車?」
「パパの車で、ホグワーツまで飛んでいけばいいんだ!」
……まあ、こんな具合でおれは空の散歩を望んではいない形で実現させることになった。
これでも必死でロンとハリーを説得しようとしたんだけど、事前に手紙で「車酔いがひどい。乗った瞬間から酔って何もできなくなる」なんて書いてしまったものだから、おれは二人掛かりで後部座席に放り込まれてしまい、なすすべもなく車は発進してしまった。あ、もうだめだ。
「だめ、しぬ……。あれは、お父さまとお母さまなのかな? それに見知らぬ人たちもたくさん……川の向こうで手招きしている……そっちに行けばいいの?」
「エドガー、それ渡っちゃいけない川だ! 戻ってきて!」
「さんず……三途の川? なんだか昔に聞いたことある気がする……けど、どこでだっけ……まあ、いいか……」
「ロン、エドガーが死にそうだ!」
結局、ホグワーツに到着するまでおれは後部座席で横たわったまま何もできなかった。
訂正、旅の最後に車が暴れ柳に激突しそうになったその瞬間だけは、去年一年間で寮監のスプラウト先生に鍛えられた植物愛によって意識が覚醒し、またお祖母さまの特訓において特に重点的に意識して行われた「どのような状況でも確実に魔法を成功させる」という指導の甲斐あって、車を安全な場所へ着地させることができた。
着地と言っても軟着陸ではなく、二、三度車体が跳ねるほどの硬着陸だったけど。
「もう二度と空飛ぶ車には乗らない……」
ぐったりと弛緩した体を両側から二人に支えられながら城の正面のがっしりとした樫の扉の前まで歩く。
扉の前の階段下に荷物を置いたロンがこっそりと大広間の様子を確認しに行った。
「組み分け帽子だ! ほら、ハリーとエドガーも見てごらんよ」
ハリーと一緒にロンの元へ駆け寄り、三人で大広間を覗き込んだ。
四つの長テーブルの周りに生徒たちが座り、その上に数えきれないほどの蝋燭が宙に浮かんで、金の皿やゴブレットを輝かせていた。天井にはいつものように魔法で本物の空を映し、星が瞬いていた。
去年のおれたちと同じように、おずおずと行列で大広間に入ってくる一年生の長い列が見えた。ロンの妹(ジニーというそうだ。ロンが彼女を指さしながら説明していた)は赤毛ですぐにわかった。マクゴナガル先生が丸い椅子の上に組み分け帽子を置いている。
「エドガーは確か、シンボルの動物が一番可愛いところが良いって言ったんでしょ? それで、ハッフルパフになったんだよね」
帽子を見つめているとハリーが笑いを含ませた声で囁いた。
「うん。我ながら変な決め方だったとは思うけど、でも今ならはっきり言えるよ。おれはハッフルパフでよかったって」
「――ほう。そちらのご学友と一緒でなくてよろしかったのかな」
はっ、この冷たい声は。
「日常的に校則を破る大胆さ、危険極まりない方法で学校に来る勇敢さ、自身の能力を過信する傲慢さ。ふむ、もう一度組み分けをやり直せば、次は彼らと同じ寮に入れるやもしれませんな」
背後からのひどく冷たい声に振り向くと、夜風に黒いローブをはためかせたセブルス・スネイプ先生が立っていた。ハリーとロンが「げっ、スネイプ!」と言いたそうな顔をしている。
青白いおれの顔を見て一瞬だけ、注意して見なければ分からないほど僅かに驚いた顔をしたスネイプ先生は、しかしすぐに口元に笑みを浮かべると、「ついてきたまえ」と歩き出した。
相変わらずふらふらする体を二人に支えられながら、先生のあとに従って階段を上がり、たいまつに照らされたがらんとした玄関ホールに入った。大広間から楽しそうな声とおいしそうなにおいが漂ってくる。しかしスネイプ先生はおれたちを、暖かな明るい場所から遠ざかる方へ、地下牢に下りる狭い石段へと誘った。
「入りたまえ」
冷たい階段の中ほどで、スネイプ先生はドアを開け、その中を指差した。先生の研究室だ。
真っ暗な部屋に三人が入ったことを確認すると、スネイプ先生はドアを閉めておれたちの方に向き直った。
「なるほど。有名なハリー・ポッターと、忠実なご学友のウィーズリー、クロックフォードはあの汽車ではご不満だった。ドーンとご到着になりたい。それがお望みだったわけか?」
「ちが――」
「すみませんでした」
反論しようとするハリーを遮って頭を下げる。まだ車酔いが抜けていないせいで視界がぐるぐる回るが気にしてはいられない。
スネイプ先生がスリザリン以外の寮、特にグリフィンドールに厳しいのは有名な話だ。そのグリフィンドールの中でも最も嫌われていると噂のハリーが何かを言っても、一喝されるだけで余計に怒らせる結果になるのは見えている。だから、こういう時は素直に謝るのが得策なのだ。
「……まことに至極残念だが、おまえたちは吾輩の寮ではないからして、三人の退校処分は吾輩の決定するところではない。これからその幸運な決定権を持つ人物たちを連れてくる。三人とも、ここで待て」
案の定スネイプ先生はそれ以上は何も言わず、鼻を一つ鳴らし今日の夕刊予言者新聞をロンに放り投げて研究室を出て行った。
――新聞の見出しには「空飛ぶフォード・アングリア、いぶかるマグル」と書かれている。意識が混濁していたからよく覚えていないけど、そういえば飛んでいる途中で二人が「透明ブースターがいかれてる」とか「車が現れたり消えたりしている」なんて言っていたような……。え、見られていたの?
「エドガー、どうして止めたのさ。これじゃあ誤解されたままだよ」
「今のスネイプ先生に言っても怒らせるだけだと思ったから。それに、最終的な取り決めをするのはたぶんダンブルドア先生だから、彼にさえ分かってもらえればいいと思って」
「……そうか、それもそうだね」
「……それよりも二人は、ふくろう便を送るという提案をはねのけて、おれを強制的に車に乗せたことに対して何か言うことがあるんじゃないかな」
「ごめんなさい」
「蛙チョコレート一人十個で許す」
「案外簡単なんだね」
10分後、スネイプ先生はマクゴナガル先生とスプラウト先生を連れて戻ってきた。ほくそ笑むスネイプ先生と対照的にマクゴナガル先生は唇を真一文字に結んで怒っている。スプラウト先生は……穏やかな表情だけど目は笑っていない。怖い。
マクゴナガル先生が杖を振り上げて暖炉に火をともし、スプラウト先生が暖炉のそばの椅子に掛けるように促した。おれたちが座ったのを見てから、マクゴナガル先生が一言「ご説明なさい」と眼鏡をギラリと光らせた。
ロンが駅の柵の話から語り始め、おれとハリーが補足する。なぜふくろうが二羽もいるのにふくろう便を送らなかったのか、との問いにはロンの言葉を借りて「待っていられなかった」と答えた。
やがてドアがノックされ、今度はダンブルドア先生がいつもと違う深刻な表情で現れた。彼も「どうしてこんなことになったのか、説明してくれるかの?」と言うのでおれたちはまた説明を繰り返した。車の持ち主がロンのお父さんであることを伏せて。話し終わっても、ダンブルドア先生は眼鏡の奥からじっと三人を覗き続けるだけだった。
「僕たち、荷物をまとめます」
「ウィーズリー、どういうつもりですか?」
「でも、僕たちを退校処分になさるんでしょう?」
観念したような声でロンが言い、ハリーは急いでダンブルドア先生を見た。
ダンブルドア先生は退校は今日ではない、しかし君たちのやったことについては今晩三人のご家族に手紙を書く。今後このようなことがあれば退学にせざるをえないと告げて、マクゴナガル先生とスプラウト先生に後を任せて、苦い顔をするスネイプ先生を連れて部屋を出て行った。
「――あの、先生、おれたちが車に乗ったのは新学期が始まる前ですから、ハッフルパフもグリフィンドールも減点されないはずですよね?」
「あなたは何よりも先に寮の得点を気にするのですね。まったく、あなたらしい」
「クロックフォードの言うとおり、減点はいたしません。ただし、三人とも罰則を受けることになります」
二人の先生は少しだけ表情を和らげた。ハリーとロンもほっとした様子だ。
マクゴナガル先生がまた杖を振り上げ、スネイプ先生の机に向けて振り下ろした。大きなサンドイッチの皿、ゴブレットが三つ、冷たいかぼちゃジュースのボトルが、ポンと音を立てて現れた。ここで食べるようにと指示を受けたので、先生たちがドアを閉めて出て行ってから三人で雑談しながら食べた。ハリーとロンはたくさん食べたが、おれは車酔いの影響がまだ尾を引いていたのであまり食べられなかった。車ほんと嫌い。
食事を終えて、おれは二人と別れて懐かしい寮への道を進んだ。見慣れた樽を二回たたいて、開いた蓋の中に身をもぐりこませて土の坂道を上り、天井の低い談話室に入ると――嵐のような拍手と共にスーザンが胸に飛び込んできた。ふわりと甘い香りがする。
「もう、心配したのよ。歓迎会に来ないし、あなたが空飛ぶ車で墜落して退校処分になったって変な噂も流れるから、何かあったんじゃないかって……」
「ごめん、スーザン。おれはこのとおり何ともないから、大丈夫だよ」
「本当に? あなた、前に車には弱いって言っていたじゃない」
「うっ……まあ、車酔いはひどかったけど、怪我はないから安心して」
そう言って笑いかけると、スーザンは「それならいいの」とおれから離れた。そこを見計らって、他の生徒たちが次々に話しかけたり、背中を叩いたりしてきた。まるで英雄のような扱いだけど……おれ被害者なんだけどなあ。
――まあ、なんだかんだで今年のホグワーツの生活も、波乱に満ちたものになりそうである。
設定その1
ドリス・クロックフォード
原作では一巻に登場。漏れ鍋に初めて訪れたハリーに何度も握手を求めた魔女。
主人公、エドガーの祖母。亀の甲より年の劫で、使える呪文はそれなりに豊富。教え方は非常にスパルタ(ただしエドガーに限る)。
週に三日以上は漏れ鍋に行って、友人の魔法使いや魔女たちとお喋りに興じている。
ネセレ
同種の個体の中でもとりわけ大きな体を持つワシミミズク。雄。
一度にたくさんの荷物が運べることと、飛ぶ速度が速いのが特徴。
エドガーのことは父親目線で見ている。社交的な性格らしく、友梟がたくさんいる。
魔法動物ペットショップの店員
イーロップふくろう百貨店の店員
気の良い青年たち。お互いに店のペットを自慢しあう仲。
ちなみに二店の店員は彼ら以外にも数名いるが、エドガーの接客を担当したのは毎回この二人だった。
※間違った方を投稿してしまったので差し替えました。申し訳ない。