穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「このあたりから、なんとなく雲行きが怪しくなっていったのですよね」
「手紙にあの子とは関わらないように、という注意も書いておくべきでした」
「これまで接点がなかったし、寮も違うから平気だと思ったのです。いけませんね、少し慢心していたようです」


薬と魔除けと恋心

それからしばらくは、学校中がミセス・ノリスの襲われた話で持ちきりだった。犯人が現場に戻ると考えたのか、フィルチさんは猫が襲われた場所を行ったり来たりすることで、みんなの記憶を生々しいものにしていた。壁の文字を消そうと奮闘していたところに居合わせた時は、一緒になって「ミセス・ゴシゴシの魔法万能汚れ落とし」でこすったけど、効果はなかった。後日、魔法も試してみたけどやっぱりだめだった。

思えば手紙はこの事を示していたんだなと思いつつ、奇しくも第一発見者の一人となってしまったおれは、その時の様子についていつもの面々から追及されることになった。

 

「なるほど。確かにその状況ならポッターの犯行と考えるのは難しいな。しかし……」

「まあ、確かにハリーを疑うのもわかるよ。おれもその場に居合わせなかったら少しは疑っていたかもしれないし」

「『秘密の部屋』、『継承者』……まったくわからないことばかりね」

 

魔法史のビンズ先生は、ハーマイオニーから「秘密の部屋」について聞き出された後、どうせならと他の寮の授業のときにも同じ内容を聞かせてくれた。

当時、最も偉大なる四人の魔女と魔法使いによってホグワーツは創設された。ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリンの四人だ。当初、創設者たちは和気藹々と学校を運営していたが、やがて意見の対立が出てくる。グリフィンドールは勇敢な者を、レイブンクローは知性のある者を、スリザリンは純粋な魔法族を、そしてハッフルパフはすべての者を受け入れるとして、それぞれの名を関する寮がつくられた。しばらくして、スリザリンは他の三人との亀裂が広がり、最後にはグリフィンドールと激しく言い争った末に学校を去ったと言われている。

しかしスリザリンは、学校を去る前に隠された部屋を作った。そして、その部屋はスリザリンの真の継承者が現れるまで、誰にも開けることができないように閉ざされている。そして、その継承者のみが「秘密の部屋」の封印を解き、その中の恐怖を解き放ち、それを用いてこの学校から魔法を学ぶものに相応しくない者、つまり「継承者の敵」を追放するのだという。

 

「その恐怖とやらも気になるな。魔法か、それとも何かの怪物なのか」

「『継承者の敵』がマグルやスクイブを表すのだとしたら……ジャスティンも危ないってこと?」

 

言ったハンナと、言われたジャスティンの両方が不安そうな表情を浮かべる。

ザカリアスやアーニー、ハンナは由緒ある純血の家系だ。スーザンやアルマ、おれは彼らほどではないが、純血の両親から生まれているので間違いなく純血だ。それに対して、ジャスティンだけはマグル生まれだ。当初はイートン校に行くことが決まっていたし、未だに魔法界には多少疎い。

 

「も、もし襲われたら石になるんですよね? 死なない……んですよね?」

「ミセス・ノリスは石になっただけだった。でも、ジャスティン。厳しいことを言うようだけど、死なない可能性はゼロじゃない」

「そう、ですよね」

「うん。だから、これからはみんなと一緒に行動しよう。みんな純血だし、全員でジャスティンを囲んで生活していれば、継承者だって迂闊に手を出せないよ。ね?」

「……せっかくの申し出ですけど、それって結構不気味な光景ですよね。でも……ありがとうございます。エドのおかげで元気が出ました」

「どういたしまして。これから移動するときは、面積の問題からアーニーを先頭にしようか」

「それは暗に、僕が太っているといいたいのかい?」

「安心できる背中だってことだよ」

「ああ、なんだかいいように丸め込まれている気分だ」

 

 

ある日、例の三人組に呼ばれたおれは、三階の故障中の女子トイレにいた。

ここには「嘆きのマートル」と呼ばれる、この場所で亡くなった女子生徒の幽霊が住み着いている。分厚い乳白色の眼鏡をかけ、ずんぐりとした体型の、にきびの目立つ少女だ。どうやら新参者に厳しいようで、初めて訪れたおれをしきりに追い出そうとしたが

 

「ごめんね、マートル。きみに危害を加えるつもりじゃないんだ。ただ少し、場所を借りたいんだけど……だめ、かな」

 

と彼女の目を見つめて頼み込んだら、言葉にならない叫び声をあげて自分の小部屋に引っ込んでしまった。よくわからないけど許可が頂けたようだ。ロンが何か言いたそうな顔をしていたけど、この際気にしないでおこう。

 

「それで、何か用事が?」

「ええ。単刀直入に言うけど、スリザリンの継承者を探すためにあなたにも手伝ってもらえたらと思って」

 

ハーマイオニーはそう言って、湿ってしみだらけの本を見せた。「もっとも強力な魔法薬」――「禁書」棚にある本だ。おれも一度、例の手紙の指示で借りたことがあるから覚えている。もっとも、その時に調べた魔法薬は、今彼女が開いたページにある「ポリジュース薬」ではないけれど。

うーん、それよりもたぶん三人がこの本を手に入れるのに使ったのはロックハートだと思うけど、あの人も短期間で同じ学年の生徒が同じ本を借りるのに、何の疑問を持たなかったのだろうか。……いや、そもそも本の題名すら見ていないのか。それなら納得だ。

 

「これを使って、スリザリンの誰かに変身して寮に忍び込み、継承者が誰か調べる、と。そういうこと?」

「その通りよ。私たちはマルフォイじゃないかって疑っているのだけど」

「ああ、あの。水を差すようだけど、おれは彼じゃないと思うけどな」

「……あなた、去年も似たようなことを言っていたわよね。私たちが『賢者の石』を狙っているのがスネイプ先生だって言ったとき、あなたは違うと思う、って。それよりも、クィレル先生の方が怪しいって」

 

三人はお互いに顔を見合わせた。

去年、この学校には「賢者の石」という永遠の命を与える石が隠されていて、それを狙って闇の帝王ことヴォルデモートが学校に入り込んでいた。この三人はひたすらスネイプ先生犯人説を推していたけど、おれはスネイプ先生が犯人だとは到底思えなかった。……それがなぜだかはわからないけど。それ以上に、自分が本当の犯人であるクィレル先生を疑っていたこともわからなかった。これも一種の未来予知だったのかな?

 

「ねえ、エドガー。君はスリザリンの継承者がマルフォイじゃないと思っているんだよね? じゃあ、君は、誰だと思う?」

 

ハリーが眼鏡越しに、まっすぐな視線を投げる。

その質問に対して、おれの脳裏には燃えるような赤毛の女の子の姿が浮かんだけど、さすがに突拍子がなさすぎるから伝えるのはやめた。……これも予知なのだろうか。

 

「エドガー?」

「ごめん、少し考え事。継承者か……。おれもわからないけど、スリザリンにいる生徒じゃないかもしれないよね」

「そうか……」

「うん。で、ポリジュース薬はどうする?」

「そうね。念のために作ってみるわ。エドガーはそういうけど、やっぱりマルフォイ以外に考えられなくて」

「そっか。じゃあできる限り手伝うよ」

 

 

それから数日の間に大なり小なり色々なことが起きた。

土曜日に行われたシーズン最初のクィディッチ試合(グリフィンドール対スリザリン)では、二つあるブラッジャーの片方が狂ったような動きで執拗にハリーを追いかけまわした。ハリーがスニッチを掴んだことで試合はグリフィンドールの勝利に終わったが、不幸にも彼は腕の骨を折る怪我を負った。「Break a leg(幸運を)」とはよく言うけれど、やっぱり怪我をしないに越したことはないよね。あと折ったのは足じゃなくて腕だし。

その後、腕の怪我を治そうとしてロックハートがおかしな呪文をかけるのを盾の呪文で阻止したり、視線で感謝を伝えるハリーをそのまま医務室に運んだり。

それから――

 

「なあエド、もう知っているだろう?」

「我らがグリフィンドールの可哀想な一年生が石にされた話!」

「もちろん。ハッフルパフでも朝食のときにその話で持ち切りだったから」

 

ハリーが医務室にいる間に、マグル生まれのコリン・クリービーという生徒が襲われた。ミセス・ノリスと同じように石になり、死んだようにベッドに横たわっているそうだ。そのニュースは月曜日の朝には学校中に広まっていて、これを聞いたジャスティンは真っ青な顔になり、教室を移動する時には本当にアーニーの背中に隠れるようになってしまった。

 

「そうか、それなら話は早い」

「エド、君に頼みたいことがあるんだ」

「おれにできることなら、なんでも」

「二つあるんだ。一つは、今校内中が疑心暗鬼の状態だろう? 皆自分の身を守ることに手一杯で、俺たちがこっそり捌いていた悪戯グッズの売り上げががくんと落ちてしまったんだ」

「どうにかして今月も十分なお小遣いを稼ぎたいんだ。何か知恵を貸してくれ」

「ええと、なぜそれをおれに?」

「エドは俺たちが認めた次期悪戯仕掛け人候補だからな。それに頭も良いし、突飛な発想も出来る」

「ううん、褒められているようないないような……」

「気のせいだ! で、もう一つはウィーズリー家のかわいい妹君、ジニーの事だ」

「妹さん、どうかしたの?」

「ジニーは呪文学のクラスで例の少年と隣り合わせの席だったんだ。それですっかり落ち込んでしまって。どうにかして励ましてあげたいんだが、方法がわからなくてな」

「毛を生やしたりおできだらけになったりして、銅像の陰から目の前に飛び出してみたんだが、逆効果みたいでパーシーに怒られたんだ」

「それは……パーシーが怒るのも無理はないね」

「そういうわけだから、手を貸してほしい」

 

とは言われても、どうしたものか。

ジニーの件は、とにかく何もしないように言うしかないだろう。二人は人をからかうことにかけては天才だけど、人を励ましたりするのは悲しいくらいに向いていない。

これ以上やっても、さらにジニーを落ち込ませてパーシーに怒られるだけだ。

それからお小遣い稼ぎの件か。それにしても、双子がホグズミード村やダイアゴン横丁のいたずら専門店で買った商品や、最近では自作の悪戯グッズを、先生たちやフィルチさんにばれないように売っているのは風の噂で聞いていたけど……“十分なお小遣い”になるほどに稼いでいるとは。二人には商売の才能があるのかも。もしかしたら、将来自分たちでいたずら専門店を開いたりして。

さてさて、話が少し脱線したから戻して、と。悪戯グッズが売れないなら、別のものを売ればいいのかもしれない。今の時期に売れそうなものと言えば……あ。

 

「どうだ、いい案は出たか?」

「良い案かはわからないけど、一つ目については、悪戯グッズじゃなくて護身用グッズを売ればいいんじゃないかな。人の弱みに付け込むみたいでよくないけど」

「なるほどな、悪くない」

「ジニーはどうすればいい?」

「あー……何もしないほうがいいと思う」

「なんだって? じゃああのままにしておけと?」

「二人はまたいたずらしようとするでしょ?」

「まあ、その可能性はなくはないな!」

「それがだめなんだって。ジニーは一年生の女の子で、ただでさえ繊細な心が、今や事件で大きく乱されているんだ。いたずらは逆効果なんだよ」

「なるほどな。じゃあエド、そこまで言うなら俺たちの代わりにジニーを励ましてくれ。今の話を聞く限り、女の子の扱いは俺たちよりも心得ているようだからな」

 

――と、いうわけで。

翌日には、おれはジニー・ウィーズリーを人気のない湖のほとりに呼び出していた。いや、まあ呼び出したのはおれの名前を使った双子なんだけど。

特に接点もない上級生に呼ばれたジニーは、わかりやすく動揺し、おれを警戒していた。

それでも、立ち話もなんだと思ったので、近くのベンチに座るように促した。彼女が座ったのを確認して、同じベンチに距離を空けて座る。

 

「あの、何かご用ですか……?」

「ああごめん、少しお話が出来たらいいなって思って。おれはエドガー・クロックフォード……って知ってるか。ジニーだよね? ロンの妹さんの」

 

ジニーは小さく頷いた。

 

「知っているわ。兄さんたちがよく話しているもの。ハグリッドも」

「え、ハグリッドが? あまり接点はないはずなんだけど……」

「ロンやハーマイオニーと、それから……」

「ハリー?」

 

その名前を出すと、ジニーの顔が見る見る真っ赤になった。髪と同じ色だ。なるほど、この反応は……。

 

「三人からよく聞いているんだって」

「そっか。知らないところで自分の名前が出るのって、なんだか不思議な感じ」

「……知らないの? あなた、結構な有名人なのよ」

「一年生の間でも?」

「ええ。成績優秀の素行不良って」

 

参ったな。何か仕出かした記憶はないんだけど。――いや、嘘だ。結構色々やっている。いやいや、でもそのうちの何割かは不可抗力だし、自分の意思でやったわけじゃない。そういう事を必死に伝えたら、ジニーはくすりと笑った。よくわからないが、彼女の緊張をほぐすことに成功したようだ。

 

「あー、まあいいか。それでねジニー、本題に入るんだけど。最近悩み事とかない?」

 

我ながら単刀直入な物言いである。

案の定彼女は怪訝そうな顔をした。

 

「フレッドとジョージが心配していたんだ。最近きみの元気がないって」

「……あなたには、関係ないでしょ」

「確かに関係ないね。……でも、おれは友達の大事な家族が落ち込んでいるって聞いて、無関心でいられるような性格じゃないんだ。ふふ、ごめん。いい迷惑だよね」

「そうね」

「これは、手厳しい。まあでも、赤の他人の方がかえって話しやすい事ってあると思うからさ。愚痴でもなんでも、言いたいことを言ってくれたら嬉しいなって。相談に乗るから」

 

ジニーは大きなため息をついた。彼女が呆れてこの場を去ってしまうことを恐れたけど、それは杞憂でジニーはベンチに座ったままだった。

しばらくは二人の間に重たい沈黙が流れた。ジニーは何かを言おうとして口を開いて、でもすぐに閉じてを繰り返して、おれはそんな様子を黙って見守った。

十分ほど経ったあたりで、ジニーはぽつぽつと語り始めた。兄たちにからかわれること、お下がりの教科書や制服で学校に行かなきゃならないこと、そして。

 

「そうか。やっぱりきみはハリーが好きなんだね」

「……や、やっぱりって」

「なんとなくそんな気がして」

 

ジニーは最後に恋の悩みを打ち明けてくれた。おれが言ったとはいえ、ほとんどかかわりのない異性の上級生に伝えるなんて、内気で儚げな印象を持っていたけど撤回する必要がありそうだ。グリフィンドールに相応しい度胸を持った物怖じしない子、よし、これだな。

いやはや、それにしても二年生で固定ファンを作るなんて、ハリーもなかなかやるものだ。あの石にされてしまったコリン・クリービーもハリーを追いかけていたらしいし。……あれ、何か忘れているような?

 

「でも、対して才能もないし容姿だって飛び抜けているわけじゃない。それに、彼の前だといつも緊張して何も話せなくなっちゃう。こんな私が彼に釣り合うはずないもの」

「……そんなことはないと思うけどな。話す練習ならおれやおれの友達も手伝うし、何とでもなる。それに……そうだ、ジニーは『七人兄弟の七番目』って知ってる?」

「知らない。それはなに?」

「七という数字は特別な力を秘めているから、七番目の子には特別な才能があるんだっていう古い言い伝えだよ。闇の帝王を倒した英雄には、特別な才能を持つ魔女がお似合いだと思わない?」

「エドガーさん、その……」

「呼び捨てでいいよ。エドでもいいし」

「前者にするわ。エドガー、ありがとう。……こんなことを話せたのはあなたが二人目」

「二人目? おれの前にもいたんだね」

 

何の気なしにそういうと、ジニーの顔がさっと曇った。うっかり言ってしまった、そんな表情だ。

また何か言おうか言わないか逡巡してしまったが、しかし今回はさっきよりも短い時間で答えを出したらしい。意を決したようにベンチから立ち上がって、おれの目の前に移動した。

 

「あなたに話したいことがあるの。でも、まだ私の心が決まってなくて……」

「いいよ。いつでも待ってるから」

「……ありがとう。覚悟が出来たら、手紙を送るわ」

 

それだけ言って、彼女は駆けて行ってしまった。

 

 

数日後、ネセレがフレッドとジョージからの「おかげでお小遣いが確保できた。それと、ジニーも大分元気になったみたいだ、ありがとな!」という手紙を持ってきた。それと同時に、先生たちに隠れて、魔除けやお守りなど護身用グッズの取引が校内で爆発的に流行り始めた。知らない。おれは何にも知らないぞ。ちなみにジャスティンもいくつか買ったらしい。アーニーだけじゃやっぱり不安か……。

 

「エドガー、聞いているの?」

「え、ああ、うん。スネイプ先生の研究室から薬を盗む話だよね?」

「そうよ。私が実行犯になるの。二人は前科があるし。エドガーも同じでしょ。だから」

「それ、もし気づかれたら大変なことになると思うけどなあ」

 

最近この三人とは、この三階の女子トイレでポリジュース薬を囲みながら話している記憶しかない。なんだか複雑。

半分ほど出来上がったポリジュース薬は、しかしまだ二角獣の角と毒ツルヘビの皮が揃っておらず、それを手に入れるためにはスネイプ先生の個人の薬棚から盗み出さなければいけないとか。まったく危険な賭けに出たものだ。さすがグリフィンドール、勇猛果敢である。

 

「ちなみに作戦は?」

「誰かの大鍋の中に『フィリバスターの長々花火』を入れて、教室中を騒ぎの渦に陥れる」

「……なかなか過激だね」

 

はたしてグリフィンドールとスリザリンの合同で行われた魔法薬学の授業で、三人は作戦通り必要な材料を奪取して見せた。なお、その際に教室で起こった燦々たる事件の様子も頼んでいないのに教えてくれた。……大惨事だった。

そんなこんなで、ポリジュース薬はあと二週間で出来上がることになった。

 




>ジニーとの友情フラグが立った
>エドガーに少し危ないフラグが立った
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