「主人公たちなのだから、大胆な行動力と決断力は欠かせないのはわかりますが……」
「……でも、それを支えるのが、きっと『私たち』の運命なのでしょうね」
螺旋階段の一番上で降り、マクゴナガル先生が扉を叩いた。音もなく扉が開き、おれたちは中に入った。マクゴナガル先生は「待っていなさい」と、おれたちを残してどこかに行ってしまった。
校長室は広くて美しい円形の部屋だった。形だけならハッフルパフの談話室に似ている。おかしな小さな物音と不思議な道具で満ち溢れていて、ハリーが興味深そうにそれらを眺めていた。壁には歴代校長先生の写真が掛かっていたが、みんな額縁の中ですやすや眠っていた。
「エドガー、これ、組み分け帽子だ」
ハリーが棚から帽子を取り、おれに目配せしてからそろそろと被った。ハリーは自分の組み分けが正しかったのか気にしているようだった。無理もない。グリフィンドールにいるのにスリザリンの継承者だとか何とか言われて、不安にならないはずがない。それに、おれだって組み分けについては気になることがある。
――君はどこへ行ってもうまくやっていくことができるだろう。……だが、しかし、同時にどこへ行っても、ある一定以上の成果はあげられないだろう。君には何か……隠されている物がある。それは君の無意識の奥深く、誰にも、私にもわからない領域にある。
ホグワーツに来た最初の日、組み分け帽子にそう言われた。結果的におれはハッフルパフに組み分けされて、そこで一年以上楽しい時間を過ごしてきた。だけど……おれの隠された「何か」がわかった時、おれは今まで通りハッフルパフ生として過ごすことができるのか。もしかしたら、おれもスリザリンになるべきだったのではないか。そんなことを考えていると、よくわからなくなってしまう。
「――君はスリザリンでうまくやれる可能性がある」
「あなたはまちがっている」
ハリーが落ち込んだ様子で帽子を脱いで、おれに手渡した。被ってみると、以前と同じように視界が帽子の内側の闇に覆われた。
「エドガー・クロックフォードか。君もわたしの組み分けについて、疑問を感じているようだね」
「はい。おれの中にある『何か』は、まだ誰にもわかりませんか?」
「……さよう。幾らか壁は薄くなっているようだが、やはり誰もそれに気づくことはできない。きっかけ――何か大きなきっかけさえあれば、その『何か』の正体も、君に相応しい寮もわかる。だから、今はこれだけ伝えておこう。君は、どこへ行っても上手くやっていける。だか、どこでも一定以上の結果は出せない。獅子の寮ではあと一歩が踏み出せず、穴熊の寮では優しくなりきれない、鷲の寮では知力以外を重んじ、蛇の寮では狡猾になれない。……そういうことだ」
「そう、ですか」
少し落ち込みながら、帽子を脱いで元の棚に戻す。ふと、奇妙な音が聞こえてきて、おれたちは振り返った。
入る時には気づかなかったが、扉の裏側に金色の止まり木があった。羽を半分むしられたよぼよぼの鳥が止まっている。目はどんよりと濁り、尾羽が尾羽が次々と抜け落ちて行く。そうして突然、鳥は炎に包まれた。ハリーが驚いているのも気にせず、鳥は見る見る火の玉になり、一声鋭く鳴いたかと思うと跡形もなく消えてしまった。一握りの灰が、床の上で煙を上げている。
校長室のドアが開いた。ダンブルドア先生が暗い表情で現れたが、床の灰山を見て表情を和らげた。
「ハリー、エドガー。ちょうど『燃焼日』にこの姿を見ることになって残念じゃったの」
「あの、先生……鳥が急に燃えて……僕たち、何もしてないのに……」
「フォークスは不死鳥じゃよ。死ぬ時が来ると炎となって燃え上がる。そして灰の中から蘇るのじゃ。見ててごらん……」
見下ろすと、ちょうど小さなくしゃくしゃの雛が灰の中から頭を突き出しているところだった。
「フォークスはいつもは実に美しい鳥なんじゃ。羽は見事な赤と金色でな。うっとりするような生き物じゃよ、不死鳥というのは。驚くほどの重い荷を運び、涙には癒しの力があり、ペットとしては忠実この上ない」
「……素敵ですね」
屈みこんで、小さな鳥をまじまじと見つめる。なるほど、なかなか可愛い顔をしている。もう少しよく見ようと体の位置を変えたその瞬間、大きな音を立てて扉が勢いよく開き、ハグリッドが飛び込んできた。……場所を変えていなかったらぶつかっていた。まったく危ないなあ。
「先生、ハリーじゃねえです。俺はハリーと話してたです。先生、ハリーそんな時間はねえです。俺は魔法省の前で証言したって……」
「ハグリッド、落ち着きなさい。わしはハリーがやったとは考えておらんよ」
「へっ……へい、そうですか。じゃあ俺は外で待ってますだ、校長先生」
ハグリッドは決まり悪そうに出て行った。彼が出て行ったことで、今まで彼の巨体に隠れて見えなかったもう一人の姿も確認することができた。屋敷しもべ妖精のカルビンだ。カルビンはダンブルドア先生に向かって深々と頭を下げる。
「このカルビンめが恐れ多くも進言させていただきます。エドガー坊ちゃんは、騒ぎが起きる少し前まで厨房にいらっしゃいました。このことは厨房の者が証言するでしょう。また、坊ちゃんはお友達の姿が見えないことに気づいたとき、大層慌てた様子で追いかけたと仲間が申しておりました。そのようなお優しい心を持つ坊ちゃんが犯人のはずございません」
「カルビン……」
「わかっておる。わしはエドガーがやったとも思っておらんよ」
「さようでございますか」
カルビンはまた深々と頭を下げ、おれにチョコレートの包みを持たせてから、校長室を去っていった。後でお礼を言わないと。
「……先生は僕たちじゃないとお考えなのですか?」
「そうじゃよ、ハリー」
ダンブルドア先生は机の上に散らばった鶏の羽根を払いのけていた。さっきハグリッドが手に持って、振り回していた鶏の死骸から抜けたものだ。先生はまた暗い表情に戻った。
「しかし、君たちには話したいことがあるのじゃ。まず二人に聞いておかねばならん。わしに何か言いたいことはないかの? どんなことでもよい」
「いいえ。先生、何もありません」
「……そうか。では、エドガーは?」
明るいブルーの、すべてを見透かすような瞳が向けられる。
組み分けについてとか、おれの中にいる「何か」についてとか、不思議な手紙、パーセルタングについてなどを思い浮かべたけど、結局おれは首を横に振った。
「おれも、何もありません」
+
ジャスティンと首無しニックの二人が一度に襲われた事件で、これまでのように単なる不安感では済まなくなり、校内はパニック状態に陥った。特にゴーストのニックが石になってしまったことが、より一層恐怖を煽ることになった。もう死んでいる者に危害を加えるなんて、どんな恐ろしい力を持っているのかと、生徒たちはその話題でいっぱいだった。クリスマスに帰宅しようと、彼らは雪崩を打ってホグワーツ特急の予約を入れた。
お祖母さまからは今の状況を心配してか、「不安なら帰ってきてもいい」との手紙をもらったけど、おれはそれを断った。ホグワーツが手薄になった時を見計らって、継承者が今度こそジャスティンの息の根を止めに来るかもしれないと考えると、のんきに帰宅する気持ちになれなかったのだ。もう目を離した隙に友達が襲われるのは嫌だった。
「驚いたな! まさかエドも継承者様だなんて!」
「継承権を賭けた争いが繰り広げられるのも、そう遠い日ではないな!」
「兄弟、どっちに賭ける?」
「俺はハリーだな!」
「じゃあ俺はエドだ!」
校内中がハリーとおれを「本当に継承者じゃないか」と疑う中で、フレッドとジョージが冗談めかしてそんなことを言うのはありがたかった。二人はおれたちが継承者だなんて、まったくおかしな考えだと思っている。そう思うと気が楽になった。
おれが継承者じゃないと考えているのは彼らだけじゃない。ハッフルパフのみんなも、「エドガーがジャスティンを襲うはずがない」とザカリアスやスーザンが強く主張してくれたおかげで、少なくともおれの知る限りではおれを疑う人はいなかった。ウィリアムやイヴ、ヘンリーはよく声を掛けてくれるし、セドリックは会うたびに心配しながらチョコレートをくれる。いつものメンバーは言わずもがなで、「君が継承者なら今ごろスリザリンは博愛主義者の集いさ」と軽口を言うくらいだ。そういうわけだから、こんな状況でもおれの精神衛生はすこぶる良好だった。ありがたい。
とうとう学期が終わり、降り積もった雪と同じくらい深い静寂が城を包んだ。ハッフルパフ生は自分の寮の生徒が襲われたとあってか、休暇に残っているのはおれだけだった。人の少ない校内はやっぱり去年と同じように物悲しかったけど、ひそひそと後ろ指を指す人もほとんどいなかったので、一種の安らぎさえ感じた。
そういえば、休暇中に少し不思議なことがあった。
いつものように厨房でお茶をいただいていたら、カルビンがお菓子を用意してくれた。今日はオペラ、フランス発祥のケーキだ。イギリスとフランスはそれほど良好な関係ではないけど、お菓子は別。チョコレートは国境を越えて愛されるものだ、とかなんとか考えていたら、カルビンが「そういえば」と口を開いた。
「坊ちゃん、『必要の部屋』はその後うまく使っておりますか?」
「『必要の部屋』?」
聞けば、一年生の早い段階で、おれはカルビンに「必要の部屋」について詳しく聞いていたらしい。……のだが、全く記憶にない。素直にそう伝えると、カルビンはもともと大きな目をさらに見開いてから、穏やかに笑った。
「坊ちゃんは正直でございますね」
――八階、「バカのバーナバス」のタペストリーが目印です。必要なことに気持ちを集中して、向かいの石壁の前を三度往復すると、部屋への扉が開きます。
カルビンは二度目の説明でも嫌な顔をしなかった。お菓子と部屋のお礼を言って厨房を後にし、言われた通りに八階まで上がって、試しに「動物もどきについて学べる部屋」を強く念じて歩き回ってみると……。
「本当だったんだ」
何もなかった壁には磨き上げられた扉が現れていた。真鍮の取っ手に手を伸ばして扉を開き、中に入ると、たくさんの本棚が並んだ広々とした部屋が広がっている。
一度外に出て、「魔法の練習ができる部屋」、「魔法薬学の勉強ができる部屋」など色々な望みを試してみたけど、どれも最適な部屋が現れた。なんて便利なんだろう。それだけに、この部屋をおれが忘れていたことが気にかかる。
「まあ考えていても仕方ないか」
去年一年間だって自分の理解の及ばないことが色々起こったし、おそらくその一環なのだろう。そう考えたおれは、ひとしきり「必要の部屋」を楽しんだ後、寮に戻ったのである。
クリスマスの朝は寒くて真っ白だった。この景色だとどこかにヘドウィグがいてもわからないな。ぼんやり考えながら身支度をしていると、どこからかネセレが飛んできてベッドの上に降り立った。……ハッフルパフの寮に入るためには入口の樽を叩く必要があるんだけど、まさかネセレはキツツキのようにつついたのだろうか。それ、少し見てみたかったかも。
着替えを終えてベッドに腰かけると、ネセレは小さな包みをおれの手に落としてから、指を甘く噛んで短く鳴いた。最近ネセレはおれの指をかじるのが好きみたいだ。
包みの中身はお祖母さまからの手紙と数枚の写真だった。手紙にはおれの身を案じる言葉が綴られていた。写真にはアラドの街並みや教会、シビウの大広場と共に、微笑みを浮かべるお祖母さまとそのお友達が映っている。トランシルヴァニアのあたりを観光しているようだ。
「帰ったら、たくさん話を聞かせてもらおうね、ネセレ」
つやつやのすべすべの毛を撫でると、ネセレはまた低く短く鳴いた。
そのあと、ネセレを伴って談話室に届いたプレゼントを開封した。驚いたことに、ネセレは包装を解くのが上手かった。くちばしと爪を使って器用に開けている。たまに「どうだ」と見つめてくるのがかわいくて仕方なかった。ちなみにプレゼントの中身はほとんどチョコレートだった。おれがチョコだけで喜ぶ単純な人間だと思ったらおおまちが……あ、おいしい。
ホグワーツのクリスマス・ディナーはいつだって楽しい。去年はハッフルパフにもまだ何人か残っている生徒がいたから、食事はハッフルパフのテーブルでいただいたけど、今回は一人きりでさすがに寂しかったのでグリフィンドールのテーブルにお邪魔した。
豪華絢爛な大広間の飾りつけは、実は今年も少しだけ手伝いをした。具体的にはツリーを輝かせたり、天井にヒイラギとヤドリギの小枝を飾る手伝いなどである。そういえばヤドリギの下では男女がキスをしてもいい習慣があるけど、さすがに大広間でするカップルはいなかった。パーシーはそわそわしていたけど。
校長先生のクリスマス・キャロルの指揮も終わり、デザートのクリスマス・プティングを食べたところで、おれはハリー、ロン共々ハーマイオニーによって大広間から連れ出された。
「あ、そうだ。パーシー、バッジ」
去り際に、「劣等生」に変えられた監督生バッジを指摘しておいた。
……パーシーが驚いた顔から怒った顔になるのと、裏切られたような顔をするフレッドとジョージの顔は、見なかったことにしておこう。さすがにやりすぎだよ二人とも。
大広間の外で、ハーマイオニーが例の計画の決行が今夜だと言うことを告げた。
「二人には今朝話したけど、ポリジュース薬がとうとう完成したの」
「そっか、頑張ったねハーマイオニー。きみはやっぱり優秀な魔女だ」
「あ、ありがとう……じゃなくて、あなたはわかっていると思うけど、最後にこれから変身する相手の一部が必要なの」
「それなら大丈夫。おれの分はあるから」
「本当? それは誰なの?」
「ブレーズ・ザビニ」
決闘クラブで組んで以来、彼はやたらとおれに絡んでくるのだ。もしかしたら、おれには本当は姉妹や親戚がいるのに隠しているのでは、と疑っているのだろうか。その嘘を暴こうとして、俺に接触しているのだろうか。……わからない。まあそんな感じなので、彼の髪の毛を一本拝借するくらい容易い事だった。
「ハリーとロンは、クラッブとゴイルから取るのがいいと思うの。マルフォイの腰巾着だからなんでも話すでしょうし」
「そうだね。それじゃあ、マルフォイと話しているときに本物が来ないように、何か手を打たないと」
「それも考えてあるわ」
ハーマイオニーはふっくらとしたチョコレートケーキを二個差し出した。こ、これは。
「簡単な眠り薬を仕込んでおいたわ。これを食べさせて、眠っている隙に髪の毛を引っこ抜いて、それから二人を箒用の物置に隠すのよ」
「名案だ。こんなにおいしそうなケーキを目の前にして食べない人はいないよ」
「ねえロン、僕思ったんだけどさ」
「ハリー、奇遇だね。僕も同じことを思っているよ」
「この二人、頭はいいのにたまにバカだ」
+
「嘆きのマートル」のトイレの中には、「女子」トイレに相応しくない光景が広がっていた。体の大きなスリザリン生が二人、褐色肌の整った顔立ちの同じくスリザリン生が一人、そしてハッフルパフの生徒、つまりおれ、合計四人の男子生徒がトイレの一角を占めていた。マートルもさすがに困惑した様子で眺めている。視線を合わせたら逃げられてしまったけど。
ハリーとロン曰くの「バカ二人」の作戦はすんなりと成功した。無事に彼らの髪の毛を奪うことに成功し、女子トイレの中で完成したポリジュース薬を四等分して、それぞれが持ち寄った「相手の一部分」を入れようとしたそのとき、おれは思い出した。
“ハーマイオニーに、猫の毛と人の毛を間違えないように忠告する”
ハーマイオニーが持ってきたのはミリセント・ブルストロードの髪の毛だった。決闘クラブで取っ組み合いになった時、ローブについていたと言っていたが、それが本当に人間の毛であるかは疑わしい。もしかしたら、彼女が飼っている猫の毛なのかもしれない。そう思って、今まさに髪の毛を入れんとするハーマイオニーにストップをかけ、詳しく調べてみたら案の定だった。
「本当に猫の毛なの?」
「間違いないよ。おれは動物は間違えない」
「そう……でもどうしよう。これじゃあ私は行けないわ」
「そんなことないよ」
何を、と言いかけるハーマイオニーに、小瓶に入れたザビニの髪の毛を渡す。
「おれが行くより、きみが行ったほうがいい。機転が利くし、二人のフォローも任せられる。ね?」
「……任せて!」
こうして三人はスリザリン生に変身した。あらかじめ用意していた制服に着替え、お互いに具合を確かめ合う。特に問題はなさそうだ。
「じゃあ、無理をしない程度に頑張ってね。いってらっしゃい」
三人を送り出したおれは、せっかくなので待っている間にマートルとのコミュニケーションを図ろうとしたけど、彼女は自分の小部屋から出てきてくれなかった。嫌われているのかな。初対面がまずかったか……?
それから、一時間後にすっかり元の姿になった三人が戻ってきて、マルフォイが継承者ではなかったことを教えてくれた。
「やっぱり君の言う通りだったよ」
「でも、収穫はあったでしょ? これまでの時間は無駄じゃなかったよ」
「うん、そうだね。パパが五十ガリオンの罰金を言い渡されたとか、五十年前にも部屋が開かれて、その時にマグルが一人死んだとか、あとはあいつの家の床下にも『秘密の部屋』があるとか……まあ色々聞けたよ」
ここまでの原作との変更点
・車は暴れ柳に突っ込んでいない。ただし消息は原作通り不明
・ロンがリドルの盾を磨いていない
・ロンが壊れていない杖を持っている
・ミセス・ノリス発見現場でのマルフォイの「穢れた血」発言なし
・フィルチさんのスクイブ宣言なし。よって、彼がスクイブだと知る者は少ない
・ハリーが骨抜きになっていない
・ハッフルパフ勢のロックハートに対する評価が低め
・ハッフルパフ勢のハリーへの疑いは原作より控えめ
・継承者として疑われるのはハリーだけではない←new
・ハーマイオニーが猫にならない←new