穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「吸血鬼……狼男……フランケンシュタイン……うっ、頭が」
「……」
「冗談です」


ライオン

 ルーピン先生の部屋を出た後、おれは禁じられた森に寄った。ハンナたちがディアの分までお菓子を買ってくると言ったので、ディアを呼びに行ったのだ。そのついでにヒッポグリフたちの顔を見て、それから談話室に戻った。

 ディアにちょっとした確認をしつつ、しばらく待っていると、黄昏時にホグズミードからみんなが帰ってきた。

 たくさんの色とりどりの鮮やかなお菓子を持って、どこに行った、何をした、など楽しそうに語るの聞いていると、おれも行きたかったな、なんて思いが湧いてくる。ああ、でもだめだ。お祖母さまに言いつけられているんだ、おとなしくハリーと待っていないと。

 

「――というわけで、エドガーにはたくさんのチョコレートを」

「ディアには血の味がするキャンディを、宣言通り買ってきたわ」

「ありがとう、二人とも。早速いただくよ」

 

 かすれ声で言うと、みんな一瞬驚いた顔をした。それからアーニーが納得したような顔になる。

 

「君、声変わりの真っ最中か!」

「……あー、そっか。声変わりか。道理で上手く声が出せないはずだと思った」

「しばらくはそのままだぞ。せっかくだし、この機会に無言呪文でも練習したらどうだい?」

「そうするよ」

「それにしても、君が一番早かったか。まあこの分だと、僕たちももうすぐだろうな」

 

 ぱきり、と軽い音で会話が止まる。

 音のした方を見てみると、クラウディアが真っ赤なキャンディにかじりついていた。これが血の味がするキャンディのようだ。

 

「あら、クラウディアはもう食べているのね。どうかしら?」

「ふむ、悪くない。しかし、なんだ。こういうのを食べると、無性に本物(・・)と比べたくなるな」

「えっと、ディア? 今月分はもう……」

「来月分を今もらう。さあ、おとなしくしろ」

 

 後に、ディアはこう語った。

 ――確かに味はそっくりだ。しかし、やはり血液は新鮮な本物に限る、と。

 

 パーティの時間になって、おれは少しふらつく体をアーニーに支えられながら、みんなと大広間に向かった。去年と同じように、大広間は何百ものくり抜きかぼちゃに蝋燭が点り、生きた蝙蝠が群がって飛んでいた。荒れ模様の空を模した天井の下で、燃えるようなオレンジ色の吹き流しが、何本もの鮮やかなウミヘビのように泳いでいる。

 少し血色の良くなったディアの隣で、豪勢な食事と会話を楽しむ。会話の中心はもちろん、今日のホグズミードについて。さっき談話室で伝えた分だけじゃ足りないようで、みんな少し興奮気味に話していた。

 宴の締めくくりは、ホグワーツのゴーストによる余興だ。壁やテーブルからぽわんと現れて、編隊を組んで空中滑走した。我らがハッフルパフの太った修道士も、生き生きと(死んでいるけど)した表情でふわふわ飛び回っていた。

 それが終わると、後は寮に戻って眠るだけだ。

 ディアはこっそりと森に戻り、おれたちがホグズミードとパーティの話をしながら寮に戻る道中、突然スプラウト先生が焦ったようにやってきて、寮生全員に大広間に戻るように告げた。

 

「何かあったのでしょうか」

「……あ、おれ今すごいことに気づいた。今日はハロウィーンなのに、医務室のお世話にならなかった」

「エド、少し黙ってくれ」

 

 一年生の時には睡眠不足で、二年生の時には風邪で、それぞれ医務室にお世話になったおかげで満足にハロウィーンパーティに参加することができなかった。

 だから今年、初めてまともにパーティに参加できてすごく嬉しかったのに……ザカリアスには血も涙もないのだろうか。こんなにバッサリ切るなんて。

 

「声が出しづらいだろ。余計なことは話さなくていい」

 

 なんと。冷たいのではなく、おれを心配しての発言だったようだ。まったく素直じゃないなあ。そういうところが彼の良いところでもあるんだけどね。

 それはさておき、ハッフルパフの生徒が全員大広間に戻ると、スプラウト先生は全員に向かって、深刻な表情で説明を始めた。

 ――シリウス・ブラック。アズカバンを脱獄した凶悪犯が、グリフィンドール寮に忍び込もうとした。生徒の安全のため、今夜はみんな大広間に泊まることになる、と。

 生徒たちが動揺する中、ダンブルドア先生が紫色のふかふかした寝袋を出して、「ぐっすりおやすみ」と出て行くと、たちまち大広間はがやがやと騒がしくなった。どうやって入ったのか、何が目的だったのか、など様々な憶測が飛び交っている。

 おれたちはその議論には参加せず――たぶん、みんな今日のホグズミード訪問で遊び疲れていたんだと思う――に、寝袋を掴んで部屋の隅の方に移動して、早々と眠ってしまった。

 起きていたのは疲れていないおれと、スーザンだけだった。

 

「ねえエドガー。私たちがホグズミードに行っている間、何かあった?」

「えっと、どうして?」

「表情が少し暗いから」

 

 ……隠していたつもりだったけど、筒抜けだったようだ。スーザンは鋭い。

 みんながホグズミードに行っている間、おれはルーピン先生の部屋で、先生とお茶をしながら話をした。具体的には、防衛術の最初の授業でボガートが変身した青年と、両親について。

 前者は思いがけずルーピン先生の過去について少し知ることができた。そして、後者では……思いがけず、両親と、おれが二人の本当の子供ではないのでは、という事を知った。知ってしまった。

 

 ふと、何かを閃いた気がした。

 

 もしかしたら、おれの本当の父親は、ボガートが変身したあの青年……ルーピン先生の友達「だった」人なのではないか。そう考えると、その人がおれに似ているのも納得できるし、お祖母さまが何も語らなかったのも頷ける。父親が友達を殺した、なんて事実は、知らない方がいい。……お母さまについては、分からないけど。

 しかし、ここで乗り越えなければならない問題がある。おれは両親の顔を知らないのに、なぜボガートが変身できたのか、という問題だ。幼い頃に虐待でもされていたのだろうか? そうだとすれば、深層心理に恐怖と顔が強く根付いていてもおかしくはないけど。

 

「大丈夫?」

「あ、ごめん、少しぼんやりしていた。……そうだね、何もなかったと言ったら嘘になる。今まで知らなかった事を思いがけず知って、それで混乱していたんだ」

「そう。……ねえエドガー、自棄になって行動しないでね?」

「自棄? どうして?」

「私はね、あなたが死んでしまうのが一番怖いの。ボガートの授業、覚えている?」

 

 覚えているも何も、今日その話を防衛術の先生としてきたばかりだ。

 確かあの時、アルマはお姉さんのパトリシアに、ハンナはスネイプ先生でジャスティンはバジリスクだった。わかりやすかったこの三人に対して、あとの三人は後に本人から理由を聞かなければわからなかった。

 

 例えばアーニーの時計は、かつて彼が秒刻みのスケジュールで厳しいしつけを受けていたことに起因していた。数年前に彼がストレス太りする体質だと判明してからは、それらは随分落ち着いたようだけど。ちなみに、「ん? じゃあ、今太っているのはストレスが原因じゃないの?」とアルマが無邪気に聞いたところ、アーニーは静かに目を逸らしていた。

 

 ザカリアスの豚のマスクを被った男性は、幼い頃に彼の家に押し入った強盗だった。今にして思えば間抜けな格好だが、当時は幼かったし、本当に恐ろしかったんだな、とは本人談である。なお、強盗はその場で彼の家の者に抑えられ、すぐさま魔法警察に引き渡されたとか。

 

 それから、スーザン。おれは彼女が変身させたものを知らない。ホグワーツの生徒であることは確かだけど、確認する前にアルマに視界を塞がれ、なおかつスーザンも教えてくれなかったからだ。

 しかし今の発言からすると、ボガートが変身したのは……。

 

「あの時、私の番になったボガートは、あなたの死体になったの。……ずっと隠していたけど、この際だから言うわ。私の叔父は、私が一歳になるかならないかの時期に殺されたの。その叔父の名前はね」

 

 スーザンはそこで言葉を区切り、深呼吸をした。少し間が空いて、重々しく口が開かれる。ルーピン先生が両親の容姿について語った時と、同じような仕草だ。心が騒めく。

 

「――エドガーって言うの。あなたと同じ。もちろん、叔父とあなたが別人だって事はよくわかっている。けどね、やっぱり怖い。いつも心配なの。あなたって毎年危険な事ばかりするから、今年も『シリウス・ブラックに会いに行く』って言いだすんじゃないかって。自棄になって、無鉄砲に行動するんじゃないかって」

「……危険な事ばかりに首を突っ込んでいるのは否定できないけど、少なくとも、おれはシリウスに会いに行こうとは思わないよ。凶悪犯らしいし、そもそもおれには関係ない人だからね」

 

 スーザンは驚いたように小さく口を開けた。

 しばらく何か考える素振りをしていたが、やがて咳払いを一つして、「今の発言は忘れて。なんでもないから。おやすみ」と早口で告げて、おれ何か言う暇もなくハンナの横に寝袋を置いてもぐりこんだ。

 おれはしばらくぼんやりしていたけど、おとなしく寝袋で横になった。隣からジャスティンの規則正しい寝息が聞こえてくる。

 ――スーザンはおれの知らない何かを知っているのだろうか。そういえば、彼女の叔母は魔法省に勤めているといつか聞いたことがある。そこから何かしらの情報を得ていたとしても不思議ではない。

 もしかしたら、おれはシリウスと何かしらの関係があるのだろうか。

 

 

 それから数日、学校中はシリウス・ブラックの話題で持ちきりだった。

 

「たぶんね、ブラックは花の咲く灌木に変身できるんだよ!」

「……ハンナ、少し落ち着け」

 

 今回の事件の一番の被害者となった、グリフィンドール寮の入り口を守っていた「太った婦人(レディ)」は、いまやその職を「カドガン卿」に譲っていた。が、その彼は誰彼かまわず決闘を挑むか、とてつもなく複雑な合言葉をひねりだすかで、グリフィンドール生を大いに困らせていた。ちなみに一番泣きそうな顔をしていたのはネビルだった。……いつも合言葉覚えるのに苦労していたもんね。

 

 さて、婦人が卿に変わったように、変化というものはある日突然起こるものである。

 ちょうどおれの声が完全に変わった頃(あまり低くはならなかった)、ある土曜日の午後八時過ぎ、マクゴナガル先生の個人授業での事。

 

「……やりましたね、クロックフォード」

 

 なんていうか拍子抜けするくらい、あっさりと動物もどきが完成した。今まで一瞬しか姿を保っていられなかったのに、この日、いつも通りにやって十分以上姿を保つことができたのだ。

 おれが変身したのはライオンだった。普通のライオンと比べると少し小さいし、何より体が真っ黒だ。メラニズム個体のライオンなんて聞いたことないとか、習得出来たきっかけは何だろうとか、色々思うところはあるけれど。

 

「――かっこいい」

 

 とりあえずは、この一言に尽きる。

 おれがこんなかっこいい動物に変身していいのかな。

 

「やや小柄な黒いライオン、ですね。後日魔法省に登録をします。それまでは、迂闊に人前で変身しないように」

「はい」

 

 言いながら、おれは何度も変身した。

 動物になると、普段と同じような事は考えられるのに、口を開いて出るのは人間の言葉ではなくてライオンの勇ましい声。それに、感情も単純化するようで、辛うじて喜怒哀楽が判別できるくらいだ。人間の時とは違う、不思議な感覚だ。

 一瞬、何かを思いついたような気がしたけど、何度も変身している間にすっかり忘れてしまった。

 

 

 第一回のクィディッチ試合はグリフィンドールが相手だ。

 本来であればグリフィンドールとスリザリンの試合の後で、レイブンクローと対戦するはずだったのに、シーカーの怪我を理由にスリザリンが変更を申し出たのだ。

 

「マルフォイの奴、ぜーったいに怪我治ってるよ! この天気でプレイしたくないだけなんだ。もう、こういう堂々としていないところがスリザリンの悪いところだよ!」

 

 試合が近づくにつれて、天候は着実に悪くなっていった。

 ある日の練習中、雨風で満足な動きが出来ない中で、アルマが力任せにブラッジャーを叩いた。雨粒を蹴散らすようにまっすぐに飛んだブラッジャーが、ザカリアスのすぐわきを通り抜けて、その後ろにいたイヴによってはじき返される。

 

「落ち着けアル。そうはいっても、証明できないんだ」

 

 ブラッジャーは今度はヘンリーのそばまで飛んでいく。ヘンリーはそれをひょいと避けて、ウィリアムがゴールに向かって投げたクアッフルを片手で止めた。

 

「でもさー、ちょーっと困ったよねー。これまでレイブンクローを想定していた練習ばかりしてきたから、今から調整するのも骨が折れるよー」

「……それは、グリフィンドールも同じだよ」

 

 一人だけ離れた場所で練習していたセドリックが、ブラッジャーを急旋回で避けながら、みんなのところに飛んできた。

 

「でも、向こうはメンバーもキャプテンも変わっていない。それに対して、僕たちはキャプテンが――スタイルが変わった。だから、僕たちの方がむしろ有利だ」

「勝算があるのかい?」

 

 ザカリアスが額に貼りついた髪を払いながら聞いた。

 セドリックは穏やかに微笑んだ。

 

「君たちは優秀な選手だ。そしてこのチームは、公正な試験の末に僕が編成した強力なチームだ。大丈夫。気を抜かず、集中して、これまで通り練習を重ねれば、必ず勝てる相手だ」

 

 いつの間にか隣に来ていたアルマが、こっそり耳打ちしてきた。

 

「セドってさ、他の寮の人の前じゃクールな感じだけど、私たちの前だと結構アツいよね」

「それって、おれたちには気を許しているみたいで嬉しいよね。ふふ、次の試合はセドリックに褒めてもらえるように頑張ろうっと」

「エドはほんと、セドに懐いているよね。髪も目の色も一緒だし、兄弟みたい」

 

 

 その後も、天候は悪くなる一方だった。

 来たる試合に備えて練習を重ねる日々の中で、一つだけ変わった出来事があった。

 試合前日にあった闇の魔術に対する防衛術の授業で、体調が悪いルーピン先生の代わりにスネイプ先生が教壇に立ったのだ。

 突然の育ちすぎた蝙蝠のような先生の登場にも、ルーピン先生の体調不良にもみんなは驚いていたけど、特に何かを言う生徒はいなかった。ハッフルパフ生は基本的に穏やかで素直なのである。

 

「我々が今日学ぶのは、人狼である」

 

 本来なら、まだ狼人間までやる予定ではない。だけど、やっぱりハッフルパフの生徒はおとなしいので、言われたままに教科書を開いて狼人間に関する写し書きを始めた。

 その間、スネイプ先生は机の間を往ったり来たりして、ルーピン先生が何を教えていたかを調べて、あれこれと文句をつけていた。

 

 それにしても――人狼か。

 

 スネイプ先生は基本的に贔屓著しい意地悪な先生だけど、無駄な事はあまりしない(と、おれは思っている)。つまり、この授業にも何らかの意味が込められていると考えてもいいだろうけど……。

 このタイミングでやるのは、どう考えても“ルーピン先生が人狼である”と生徒に気づかせるためにしか思えない。

 

 ――『トリカブト系脱狼薬』。近年、ダモクレス・ベルビィが開発した魔法薬だ。人狼が満月の夜の前の一週間、この薬を飲むと、変身した際も理性を失わずにいられるらしい。

 ルーピン先生がこれを飲んでいるのを、おれは確認している。

 そう。第一回目のホグズミード訪問の日、彼の部屋で、だ。

 

 あの時、スネイプ先生が持ってきたゴブレットからは、注意しなければ気づかないほどの、かすかなトリカブトの匂いがしていた。

 トリカブト。別名ウルフスベーン、「狼殺し」だ。薬として使うのは東洋の一部の地域だけで、基本的には脱狼薬か、そうでなければ毒としてしか使わない。

 そもそもなぜおれがトリカブトの匂いを知っているかと言えば、一番最初の魔法薬学の授業で、スネイプ先生に「モンクスフードとウルフスベーンの違い」を尋ねられたのがきっかけだ。その時はどうにか切り抜けたけど、どうせだからとスプラウト先生に頼んで実物を見せてもらったのだ。そこで、匂いを覚えたわけである。

 人より優れた嗅覚が、まさかこんな事実を発見してしまうなんて。

 

 ちなみに、これはディアにも確認してある。

 部屋を出る際ルーピン先生から「よろしく伝えておいてほしい」と頼まれ、それをディアに伝えると同時に、先生が人狼なのではないかとの疑問をぶつけると彼女は事も無げに「そうだ」と答えた。

 

「汽車で会った時、匂いで気づいた。おまえにだけなら言ってもよかったが、あの三人が来たから言うのをやめたんだ。で、その後で本人に念のため確認を取った。あいつはひどく動揺していたが、わたしが吸血鬼だと知るとだいぶ打ち解けてくれたぞ」

 

 報告するか否か問われたけど、おれははっきり否と答えた。

 少し前にルーピン先生にディアについて語った内容は、先生に対しても同じように言える。つまり、人狼だろうと、先生は先生であると言う事だ。

 なんて、ぼんやり考えていたら「集中していない」とスネイプ先生から減点された。ひどい。でも今までだったら五点のところが二点しか減らされていないから、少しは容赦されているのかな。

 授業終了間際に人狼に見分け方と殺し方に関する、羊皮紙二巻分のレポート提出の課題が出され、いつもと違う防衛術の授業が終わった。

 




動物もどき習得しました。黒いライオン。
変身する動物については、ちょっとしたフラグも立ててありました。
一度だけ出た主人公のフルネーム、エドガー・ラサラス・クロックフォードの「ラサラス」はしし座の恒星なのです。アラビア語で「南を向いた獅子の頭」が語源です。
体毛は髪の毛と同じ黒色。メラニズム個体かっこいい。
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