「それが、ご都合主義のハッピーエンドの物語を作ることでした」
「すなわち、私は彼を通して死ぬ運命にあるキャラクターと接触し、彼らの運命を変えようとしたのでございます」
車内に響き渡る声が聞こえた。あと五分でホグワーツに到着するらしい。ありふれた言葉だけど、長いようで短いような旅だった。残っていたお菓子をトランクに詰め込んで、案内に従って通路の人の群れに加わって汽車を降りた。
汽車が止まっていたのは、小さな、暗いプラットホームだった。
しばらく待っていると、大きな髭面の男がやってきて、独特な言葉づかいで一年生の誘導を始めた。
「また後で。ハッフルパフで会えるのを楽しみにしているよ」
爽やかな笑顔を残して別の方向へ行ったセドリックの背中を見送って、大男の後を遅れないようについていく。ああ、そういえばあの人、この間イーロップのふくろう百貨店の前で見かけたような……気のせいかな。
考え事をしていたら、うっかり転びかけた。危ない危ない。
大男に誘導されてひたすら歩き続け、最後に角を曲がると大きな黒い湖のほとりに出た。その向こうには物語の世界でしか見たことがないような、いや、もしくはそれ以上に壮大かもしれない城が、堂々とそびえたっていた。星や月の光を受けて輝く窓が、それらと一緒に満天の夜空を彩っているようで、あまりの景色に思わずため息が零れた。本当に来たんだな、ホグワーツに。ゆっくりと、実感が湧き上がってくるようだった。
そこから先は小舟に乗って進んだ。鏡のような湖面に映る夜空に目を奪われていたら、同乗していた少女三人がこちらを見つめながら、顔を寄せ合ってなにやら囁き合い始めた。何かおかしなところがあったのだろうか。他の生徒がみんな城の方を見ているのに、ひとり湖面を眺めていたから変に思われたのだろうか。伺うように視線を送ると、更に囁き合いが加速したような気がする。え、なんで。
思い切って尋ねようとしたけど、その時にはすでに小舟は岸についていたので、結局一言も交わせずに陸に上がることになってしまった。
巨大の樫の木の扉が、一年生を迎えた。
大男が扉を三度たたくと、扉が開いて、エメラルド色のローブを着た背の高い女性が現れた。マクゴナガル先生と言うらしい。引率が大男から彼女に引き継がれて、小さな空き部屋に誘導される。
入学についての祝辞、寮についての説明、身なりについてなどを一度に伝えた先生は「準備が終わったら迎えに行きます」と部屋を出て行った。残された生徒たちの間には不安そうな囁きが広がる。見覚えのある眼鏡の少年や赤毛の少年は不安そうに話し合っていたし、先ほど汽車で出会った栗色の髪の少女なんて、何種類もの呪文を早口で唱えていた。
「あ、ねえ。えっと、寮ってどうやって決めると思う?」
不安そうな表情で、ネビルが話しかけてくる。そういえば、まだ名乗っていなかったな。前置きとして名前を伝えてから「そうだね」と彼の問いに口を開いた。
「おれもわからないけど、でも、無茶な要求はされないと思うよ。例えば、トロールと戦うとか、ね」
遠くで聞いていたらしい赤毛の少年が、ほっとしたように息をはいた。
「だから、案外簡単な方法で決められるんじゃないかな。杖を振るだけとか、椅子に座るだけとか、何か道具を触るだけとか」
思いついたことを適当に言っていただけなのに、ネビルだけではなく、おれの周辺にいた生徒数人が、安心したように肩の力を抜いた。ごめん。これでドラゴンと戦うとかいう無茶難題がでたら本当にごめん。
さりげなく、ネビルのずれているマントの結び目を直してあげながら、マクゴナガル先生の登場を待っている間に、後ろの壁からゴーストが現れて新入生を驚かすという不思議な出来事が起こった。その中の一人、太っていて小柄な修道士のようなゴーストは、なぜかおれと目を合わせると片目を閉じた。
「ハッフルパフで会えるとよいな。楽しみにしているぞ」
偶然にもセドリックと同じような言葉を投げかけて、彼はふわふわと壁をすり抜けて出て行った。気づかないうちに笑っていたようで、ネビルが不思議そうにおれの顔を覗き込んでいた。目を合わせると、すぐに視線を別のところに移してしまったが。
それからゴーストと入れ違いになるようにマクゴナガル先生が戻ってきて、一列に並んだ状態で大広間へと案内された。そこで生徒たちは、また歓声を上げることになった。
数えきれないほどの蝋燭が空中に浮かんでいる。上級生たちが着席している四つの長テーブルには、蝋燭に照らされて輝く金の皿やゴブレットが置いてあった。広間の上座にあるもう一つのテーブルには先生たちが座っていて、先ほど引率をしてくれた大男の姿もあった。それから、広間のあちこちにはゴーストたちが銀色の霞のように光りながら浮遊していた。
「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ」
誰にともなく、あの少女がそう言うのが聞こえた。
やがてマクゴナガル先生は、一年生の前に四本足のスツールを置いた。その上には相当年季の入ったとんがり帽子が置かれた。皆の視線が集まる中、その帽子はおもむろに歌いだして、広間にいた全員から拍手喝さいをあびていた。要するに、組み分けの儀式とはこの帽子を被るだけでいいそうだ。つまり、おれの「案外簡単な方法ではないか」という予想はあっていたらしい。少し、嬉しいかも。
そんなことを考えている間に、マクゴナガル先生が長い羊皮紙の巻紙を手にして前に進み出た。アルファベット順に名前が呼ばれて、帽子を被って組み分けを受けなさい、とのことだった。アボット・ハンナと呼ばれた金髪の少女から、いよいよ組み分けが始まった。
クロックフォードはCから始まるので、おれの順番がくるのは比較的早かった。
「クロックフォード・エドガー!」
名前を呼ばれ、いつもの調子で前に進み出た。なぜか、緊張感はなかった。数百の顔に見つめられる中、スツールに腰かける。妙に広間が静かだったが、そのことについて考える前に視界は帽子の内側の闇に覆われていた。低い声が、耳のすぐそばから聞こえてくる。
「ほう、これは不思議な。君はどこへ行ってもうまくやっていくことができるだろう。……だが、しかし、同時にどこへ行っても、ある一定以上の成果はあげられないだろう」
「よく言えば凡庸、悪く言えば中途半端。そういうこと?」
「いや、そうではない。君には何か……隠されている物がある。それは君の無意識の奥深く、誰にも、私にもわからない領域にある。その正体さえわかれば、最適な寮を見つけることができるのだが……。さて、どこの寮にしようか」
帽子はしばらく唸っていたが、ふとこんなことを尋ねた。
「ところで聞いておくが、君はどの寮に入りたいかの希望はあるかね?」
「シンボルの動物が一番かわいいところでお願いします」
「ハッフルパフ!」
僅かな呆れの色をにじませて宣告されたのは、アナグマをシンボルとするハッフルパフだった。
帽子を脱いでハッフルパフのテーブルへ向かうと、他の生徒に送られたのと同じくらいの拍手と、心なしか多いような気がする女子の歓声に迎えられた。セドリックが立ち上がって、手を振りながら自分隣の席を示すので、その好意に甘えて彼の隣に収まることにした。
「来てくれてよかったよ。ハッフルパフへようこそ」
「ありがとう。おれも、ここに組み分けされて嬉しいよ。アナグマもかわいいし」
「念のために聞くけど、寮をシンボルの動物で選んだんじゃないよな?」
「まさか。そんなことあるわけないよ」
穏やかに笑いあって、残りの組み分けを見守る。汽車の少女、ハーマイオニー・グレンジャーはグリフィンドールになり、ネビルもグリフィンドールに決まった。そして。
「ポッター・ハリー!」
彼の名前が読み上げられた瞬間、広間中は水を打ったように静まり返った。おれも、その名前には聞き覚えがある。そうか、あの少年が祖母が何度も握手を求めた、生き残った男の子の……。
ぼんやり考えながら彼の顔を見た瞬間、これまでの誰よりも、何よりも強い衝撃が頭を殴りつけてきた。それは未来予知などという生易しいものではない。これから彼が体験するであろう出来事が、五感を通して鮮烈に襲い掛かってくるのだ。それも、休みなく、一気に。
こんな状況でも、おれはこのことを悟られまいとして、必死に冷静を装った。広間の全員がハリー・ポッターに集中していたから、おれの少し変な挙動を気にする人は一人もいなかったのが幸いだった。彼がグリフィンドールに組み分けされたころには暴力的な未来予知もすっかり終わって、「彼がここじゃなくて残念だったね」と軽くセドリックと話せるくらいには回復した。
それにしても、なぜ急にあれほどの衝撃が襲ってきたのだろうか……。
組み分けはそのあとも滞りなく行われた。赤毛の少年、ロン・ウィーズリーもグリフィンドールに組み分けされ、兄弟らしい同じく赤毛の少年たちに迎えられていた。
最後の生徒がスリザリンに決まり、マクゴナガル先生が巻紙をしまったところで、アルバス・ダンブルドアが立ち上がり、なんとも不思議な短い挨拶をして、ようやく歓迎会が始まった。
アア、なんだかお気に入りに入れてくださった方がいたみたいで、恐悦至極存じます……。
ご期待に添えるよう精進してまいりますので、今後ともよろしくお願いします。
ここまで読んでくださりありがとうございます。