「この年は、話すことは1つだけですね」
「秘密の部屋、継承者騒動。いやはや、私でも想像できないほど、エドガーは深く関わってしまいましたね。予想外の連続でした」
ハロウィーンからの数日間は、ハリーにとってホグワーツ入学以来最低の日々だった。
ダンブルドア曰くの公正な選者であったはずの『炎のゴブレット』が、ハリーを4人目の代表選手とするありえない行動を取ってから、城の住人の、ハリーへの対応が目に見えて変化したのだ。
いくら主張してもハリーを信じてくれる者は少なく、グリフィンドールからは期待と羨望の眼差しを、スリザリンからは露骨な嫌がらせを受け、レイブンクローもこれっぽちもハリーを信用せず、普段は温厚なハッフルパフさえも冷たい態度を取るようになった。
ただ、ハリーにはハッフルパフの態度だけは、嫌なものではあったが理解できた。自分たちの寮から選ばれた代表を応援するのは当然だし、そのためにはハリーが邪魔だと思うのも仕方のないことだ。それに、セドリックは優秀だしずば抜けた美形なので、ハリーよりもずっと代表選手にぴったりのはまり役だというのも事実だからだ。
「聞いたよ、代表選手に選ばれたって。トラブルはきみのことが本当に大好きみたいだね」
「……なんか、エドガーはいつも通りだね」
「そう?」
だから、そんな穴熊の寮の友人がいつも通りに話しかけてきたことは、驚いたと同時に嬉しかった。
親友のロンが信じてくれず、挙句には嫉妬して口も利いてくれない今、こうして気兼ねなく話せる同性の友達はエドガーだけだったのだ。
「皆、僕がゴブレットに名前を入れたんじゃないかって疑っている」
「でも、ハリーはやってないんでしょ?」
「そうだけど……そうすんなり受け入れられると、変な感じだよ」
「信頼する友達の言葉だからね。あとは……自分でもわからないんだけど、ハリーはやっていないって確信があるんだ。何でだろう」
そう言って首を傾げるエドガーは、嘘をついている様子など少しも見受けられない。
彼が無条件で信じてくれることに疑問を覚えないわけでもないが、それよりも安心感の方が上回ったハリーは、浮かんだ疑問を頭のどこかに追いやった。
「それじゃあエドガーは、今回のことについてどう思う?」
「ダンブルドア先生は生徒の考えることなんて全部お見通しだろうから、生徒が年齢線を攻略するのはほぼ不可能だと思う。そう考えると、仕掛けはゴブレットの方にあるんじゃないかな。例えば……誰かが錯乱の呪文をかけて、ハリーの名前を出すようにしたとか」
あ、とハリーは声を出した。
それは、自分がゴブレットに選ばれた日、ムーディが言ったことと同じだったからだ。
――ゴブレットを欺き、試合には3校しか参加しないということを忘れさせるには、並外れて強力な錯乱の呪文をかける必要があったはずだ。わしの想像では、ポッターの名前を4校目の候補者として入れ、そこにはポッター1人しかいないようにしたのだろう……。
ハリーはエドガーの言葉に首を縦に振ると、早口でムーディの言葉を伝えた。エドガーは考え込む素振りを見せた。
「ムーディ先生のいうことは一理あるし、それなら、誰がやったのかは一気に絞り込める。ゴブレットの仕組みを理解し、魔法についての豊かな知識と優れた能力がある人物――つまり、主催者側に犯人がいる可能性が高い」
「それは、先生たちってこと?」
「そうなるね。……ああでも、おれの考えが絶対に合っているわけじゃない。まるっきり見当違いって場合もある。だから、あまり疑心暗鬼にならないようにね」
「うん……」
「ところで、第一の課題の内容はもうわかった?」
穏やかな声色で紡がれた言葉に、顔がこわばるのが分かった。
三校対抗試合の最初の競技が11月24日に行われる。選手の勇気を試す課題で、杖だけを武器とし、過酷で時間のかかる試合を受けなければいけないのだと、ハロウィーンの日にクラウチ氏から説明されたのだが……未だにハリーはその内容について少しも掴めていなかった。
敵がわからない以上、対策のしようもない。ただでさえ年齢というハンデを抱えているのに、これじゃあ無様な姿を全校生徒の前で晒すだけになってしまう……。
険しくなったハリーの表情を見て、エドガーは少し慌てた様子で言葉を繋げた。
「あー、えっと、セドリックもまだ分からないって言うんだ。フラーとビクトールも。だから慌てなくても大丈夫。ごめんね、焦らせるようなことを言って……」
「いや、いいんだ。それより……」
エドガーが親しげに呼んだ、他校の代表選手の方が今は気になった。
問うような視線を向けると、彼は察したらしく、小さく笑った。
「フラーはフランス語で話しかけたら打ち解けてくれたんだ」
「えっ」
「ビクトールはディアがきっかけだったよ。ほら、彼はブルガリア出身で、ディアはルーマニアで育った。暮らしていた国が隣接していたことで、何かしらの親近感が湧いたみたい。その流れでおれとも話してくれるようになったんだ。朴訥で優しくて、ロシア語の間違いも教えてくれるいい人だよ」
「ちょっと待って」
きょとんとした顔を向ける友人に、ハリーは思わずため息をついた。……今、自分で結構すごいことを言っていたことに、気づいていないのだろうか。
「フランス語とロシア語、わかるの?」
「ああ、うん。他の国にはもっと色々なチョコレートがあるから、いつでも旅立てるように勉強していたんだ。夏休みとかに、こっそり。そうしたら結構話せるようになったんだけど、まさかここで使うことになるとは思わなかった」
もはや何も言う気力はなかった。
元から才能に恵まれた人だとは思っていたけど、まさか他の言語をあっさり習得できるほどだったなんて。背も僕より高いし、顔だって往時のシリウスに似て整っているし……なんて不公平なんだろう。
つい、エドガーの額を指で弾いたら「わっ」と小さな声が漏れた。額を抑えて、少し涙目になって自分を見つめる顔がこれまた整っていたので、イラッとしてもう一度エドガーを小突いた。
「いつだったか、ロンが『エドガーは将来的に異性を惹きつけ、同性に敵を作る人間になる』って言ったこと、今なら理解できる。……あ、シリウスで思い出した」
「今の話にシリウス関係あった?」
「僕の中ではね。はい、これ」
ローブから封筒を取り出して手渡せば、エドガーはかすかに首を傾げた。
「僕からじゃないよ、シリウスから。フレッドとジョージから聞いたけど、君、ハロウィーンの時にうっかり老け薬を飲んだでしょ? シリウスへの手紙にそれをサラッと書いたら、君宛にってこれが送られてきたんだ」
「おれに直接渡せばいいのに。同じホグワーツにいるんだし」
少しだけ眉を顰める顔がどことなく名付け親と重なって見えて、ハリーは休暇中のシリウスとの会話をぼんやり思い出した。
+
シリウスは叫びの屋敷でエドガーを見て以来、ずっと彼を気にしているようで、僕がエドガーと仲が良いと知るや否や、性格や彼のこれまでの行動をあれこれと聞いてきた。
行動については、賢者の石の攻防とか、秘密の部屋事件、シリウス関係のことなど、僕が関わってきた大きな事件では、彼もまた高い確率で当事者になることが多く、一緒に協力して解決してきたことを。
性格については、ハッフルパフらしく優しくて穏やかな性格で、だけど僕たちと一緒に色々な冒険に首を突っ込むあたり、グリフィンドールらしさも兼ね備えているし、成績で言ったらレイブンクロー、蛇語を話せる点ではスリザリンにも当てはまる。頼りになるけど、掴みにくい人でもあるよ。チョコレートと動物好きっていう単純な部分もあるけど、と答えた。
どうしてそこまでエドガーを気にするか理由を尋ねると、彼はきまりが悪そうに一言、死んだ弟にそっくりなんだと呟いた。その後で、これは事件がひと段落した際に、弟の名前と一緒に本人に伝えてあると言った。
それから、ハリーだから話すんだと前置きしてから、彼の両親――グレアム・クロックフォードとルイーズ・レヴィルがホグワーツでの友人だったことを教えてくれた。
ルイーズさんが同期で、グレアムさんは一つ上の先輩。シリウスが親しかったのはルイーズさんの方で、曰く実に“らしくない”スリザリン生だったとの事。優しく明るくて穏やかで、性格だけならハッフルパフの方がよっぽどふさわしく、スリザリンらしかったのは身内に甘いところだけだったそうな。スリザリン=マルフォイ=嫌な奴で繋げている僕からしたら、これっぽちも信じられなかった。だって、優しいスリザリン生なんて、考えられないよ。
……個人的な感想はここまでにしておいて、シリウスの話を続けると、ルイーズさんは成績も極めて優秀で、戦闘の実力にも秀でていた。しかもスリザリン出身だったので、闇の陣営は何としても彼女を味方に引き入れたかった。けれど彼女は応じず、死喰い人の敵である闇祓い局に勤めたので、グレアムさん共々命を狙われるようになってしまった。だから、2人は僕の両親と同じように身を潜めることにしたんだとか。
ここでシリウスは少しだけ言い淀んでから、重々しく口を開いた。
『やがてどこからか情報が洩れ、2人は押し入った死喰い人に殺された。ただ、その時に難を逃れた男の子がいて、その子はグレアムの母に引き取られた。それがエドガーのはずだが……ああ、もうこの際だからはっきり言うが、俺はエドガーが二人の子供じゃないと思っている。誰の子か? 誰の子って――レギュラスだよ。俺の弟。あいつもあいつで訳アリだったから、隠し子がいて、その子をルイーズがこっそり育てていたとしても不思議じゃない。……ルイーズはレギュラスのこと、本当の弟みたいに可愛がっていたからな』
シリウスの予想が当たっていたとしたら、エドガーはシリウスの弟の子供で、つまりは彼の甥になる。それなら、顔が似ているのも頷ける。血が繋がっているんだから当然だ。
それにしても……自分は本人が知らないような事実をいくつか知ってしまったが……言うべきなのだろうか。
「ハリー、どうかした? おれの顔に何かついてる?」
「いや、なんでもない。えーと、うん。僕はこれからハーマイオニーと作戦会議があるからそろそろ行くね。じゃあ、また」
――いいや、言わない方がいいだろう。
不自然にならないような笑顔を浮かべて、エドガーの視線を背中に受けながら走り去った。
去り際に、ふと、去年彼が新しい家族だと紹介した吸血鬼の少女が頭に浮かんだ。彼女はいったい何者なのだろう。ただの吸血鬼なのか、それとも……なんて、下手に踏み込むのはやめておこう。
今は、自分の課題をどうにかしないと。
+
ハリーが去った後で、エドガーは封筒を開いた。
中には便箋1枚と写真が2枚入っており、エドガーはまず手紙を見た。
思わず呼吸が止まった。
写真に共通して写っていたのは、黒髪の少年だった。片方は今の自分に近い年頃で、もう片方にはちょうど老け薬を飲んだ時と同じくらいの年齢でそれぞれ写っている。そしてその顔は――どちらもその時の自分とそっくりだった。双子、鏡、まね妖怪……それらで例えられるくらい、似ていたのだ。
震える手で便箋を開く。
『以前話した、弟のレギュラスだ。俺からは何も言わないが、忠告はする。
スネイプはこいつを知っている。カルカロフもその可能性が高い。
それと……マッド-アイもカルカロフと同様だが、こっちは君の両親も知っているはずだ。ルイーズは闇祓い局の期待の新人だったからな。
迂闊に老け薬を服用しないこと、もしうっかり飲んでしまった時でも、この三人にはその姿を見られないように気を付けるんだ。平穏無事な生活を望むなら』
――ごめんシリウス。もう、1人には見られている。
エドガーは素早く写真と便箋をしまって、重い足取りで寮に向かった。
……そうか、スネイプ先生があの時いつもと違う様子だったのは、いるはずのない人間が目の前に現れたからか。それなら驚きもするし、おれだとわかって気が抜けてしまうのもわかる。
「……ん、あれ、ということは?」
はた、と足を止めて思い返す。
――クロックフォード、お前の両親は真の両親か?
静かな声で紡がれた言葉。
もしかしたら……自分の本当の父はレギュラスで、スネイプ先生はそれに気づいたか、あるいは知っていた? ……いや、知っていたならそんな質問をしなくてもいいだろうから、きっと知らなかったんだろう。
レギュラスに似ていること、もしかしたら親子かもしれないこと。これらをリストアップされた人物に知られた場合、どのような問題が起こるのか、エドガーにはまだ見当がつかなかった。
疑問と不安を胸に抱えつつ、エドガーは再び足を動かし、寮までの道を歩き出した。
+
「ごめん、もう一度言ってもらえる?」
「第一の課題の内容は、ドラゴンだよ」
第一の課題が目前に迫った日曜日の昼、談話室で課題に向けて作戦を練っていたセドリックのもとに、エドガーが勢いよく走り寄って、衝撃的な内容を伝えた。
セドリックは思わず持っていたペンを取り落とした。ドラゴンだって? そんなのと戦うなんて……いや、それよりも。どうやってエドガーはその情報を掴んだのだろう。
疑いの目を向けると、エドガーは「内緒だよ」と口元に人差し指を寄せてから、小声で耳打ちしてきた。
「昨日、ハリーが見たんだって。1人1頭、選手はドラゴンを出し抜かないといけないんだ。フラーとビクトールももう知っているし、セドリックだけ何も知らないのはフェアじゃないから、伝えてほしいって頼まれたんだ」
「でも……どうしてそんなことを? 僕に教えなければ、自分が優勝する確率が上がるのに」
「たぶん、去年の試合があったからだと思う。ほら、吸魂鬼におれたち2人がやられちゃったあの試合。あれでセドリックがフェアな姿勢で臨んだから、今回ハリーもそうしてくれたんだと思う」
セドリックは少し考え込んで、それから穏やかに微笑んだ。
「それなら、彼の行為を無駄にしないように、できる限りのことはやらないとね。エドガー、手伝ってもらってもいいかい?」
「もちろん。セドリックが優勝できるように――」
ちらりと、例の夢が脳裏を掠めたが、不安を悟らせないように、表情を変えずに続ける。
「――精一杯、サポートするよ」
「頼もしいな。それじゃあ早速、ドラゴンを出し抜く方法を一緒に考えてほしいんだけど……」
「お安い御用だよ。まず、ドラゴンは強力な魔力を持っているから呪文が効きづらいんだ。魔法使いが束になってかからないと抑えるのは難しい。だから、正面からの決闘で出し抜くのはほとんど不可能だと思う」
聞きながら、セドリックは変わらず穏やかな表情を浮かべているが、瞳の中には恐怖感が滲み出しているのを、エドガーは見た。
何とかしてそれを払拭させたくて、エドガーは少しだけ声を張った。
「ただ、ドラゴンにも弱点はある。ドラゴンは体中が固くて魔法が通りにくいけど、目だけは別なんだ。『結膜炎の呪い』は特に有効だし、魅惑呪文とかで思考力を奪うのもありだよ。ただ、前者の場合はドラゴンが苦しがって暴れる可能性があるから、気を付けた方が良い」
「エドガーは物知りだね」
「生き物は何でも好きだから、つい知りたくなるんだよね。そのおかげで、今こうして役に立てるのは嬉しいな」
セドリックの瞳から恐怖感が薄れていることに気づいて、エドガーはほっと息をついた。
「参考までに聞きたいんだけど、囮を使う方法はどうかな」
「何を囮にするかにもよるけど、ドラゴンの気が変わる可能性もあるから、確実性には不安があるかな。でも……そうだな、圧倒的な物量で押せばいけないこともないかも。えっと、つまり、相手がよそ見する隙を与えないくらい次々に囮を繰り出せば、もしかしたらって感じかな」
「なるほど……。エドガーはこの後予定はあるかい」
「いや、特に何もないよ」
「それじゃあ、少し手伝ってくれるかな。いくつか試してみて、一番自分に合った作戦を選びたいんだ」
「そういうことなら、喜んで手を貸すよ」
と、意気揚々と談話室を出て、玄関ホールに差し掛かったところで……。
「あ、大変! セドリックよ!」
「本当? どうしよう、カメラも羽ペンも持ってないわ!」
「あら、よく見たらエドガーも一緒にいるわ。よくわからないけど、追うわよ!」
大勢の追っかけ女子生徒に取り囲まれてしまった。
「……セドリック、人気者だねー。どうする?」
「彼女たちには申し訳ないけど、今は時間がないから……」
言うが早いが、セドリックとエドガーは一目散にその場から逃げ出した。もちろん、女子生徒がそのまま見送るはずもなく、一斉に追いかけてくる。しかし性別や体格の差もあって、2人は女子生徒の集団を段々と引き離すことに成功していた。
が、彼女たちも一筋縄ではいかない。距離が開いても、なおも追いかけてくる。
「――キリがない。セドリック、練習場所は森の近くの人目につかない場所でいい?」
「いいけど――」
「それじゃあ乗って。落ちないように、しっかり捕まっててよ!」
瞬き1つの間に、エドガーはすっかり馴染みになった黒い獅子に変身した。セドリックがその背に跨って、そのまま近くの窓から外へ飛び出し、駆けて行った。
後に、その光景を見ていた女子はこう語る。
――まさに、白馬に乗った王子様ならぬ、黒獅子に乗った王子様だったわ、と。
前半はハリー視点。無自覚優等生はイラッとする、はっきりわかんだね。
エドガーがようやくレギュラスに似ていることを自覚しました。アンド、もしかしたらレギュラスが本当の父親かも、というところまで辿り着きました。はてさて、真相はいかに。
ところで、シリウスがエドガーには何も言わなかった(書かなかった)のは、突然自分が両親の実子じゃないことを知ったらショックかな、と思って気遣った結果です。まあ、本人は既に知っていたんですけど。
あとエドガーのマルチリンガルは、エドガー本人にとっては特に重要なことではないのでサラッと流してください。
ザビニの近況:「セドリック応援バッジ」を付けていたらクラウディアにむしり取られた。