穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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※内容を追加したり修正したりして再投稿しました。
真ん中あたりから、色々追加しています。


不死鳥の騎士団
覚醒


 目を覚ました時、おれはすべてを理解していた。

 いや、理解というよりも、受け入れていたと言う方が正しいかもしれない。

 

 まず、おれは紛れもなくレギュラス・アークトゥルス・ブラックだった。

 レギュラスは、一般に「闇の陣営にある程度まで入り込んだ時、恐れをなして身を引こうとした為、数日後にヴォルデモートの命を受けた他の死喰い人に殺された」ということになっているが、実際は違う。彼は死んでなどいない。

 ――助けられていたのだ。死の間際、ルイーズ・レヴィルに。

 

 その時のレギュラスの精神は、ほとんど霞のように消えかかっていたが、確かに覚えている。

 ルイーズさんに助けられたあと、彼女の治癒魔法の影響で肉体年齢が巻き戻ったこと。

 その当時、闇の陣営の加入を再三断ったことで死喰い人に狙われていたルイーズさんは、夫のグレアムさん、一人娘のクラウディアと共に隠れ住んでいたが、その日からおれも一緒に隠れ住むようになったこと。

 ついにクロックフォード家が死喰い人の襲撃を受け、ただ一人生き残ったレギュラスは新しい名前を与えられ(それがきっかけかは分からないが、以降レギュラスとしての記憶や何やらも封じられて)、グレアムさんの母であるドリスお祖母さまに引き取られたこと。

 それからずっと、エドガー・クロックフォードとして生きてきたこと……。

 そして、先日。エドガーの正体(レギュラス)を知る人物の手によって、闇の帝王の復活現場に送られて、再誕した帝王の死の呪文を受け――記憶を取り戻して今に至る、と。

 

「はあ」

 

 ……クラウチ・ジュニアに色々言われた時、意味分からないって思ったけど……真相がわかった今でも、やっぱり全然意味が分からない。

 実際にレギュラスの自覚があるし、記憶もあるから確かなんだろうけど……。

 それに、死の呪文が直撃したのに生きているのも信じられない。生き残った男の子の肩書きって、ハリーの専売特許じゃなかったの?

 

 意味が分からないのは、それだけではない。

 信じられないことに、おれは未来の知識を持っている。

 『ハリー・ポッターシリーズ』――この世界の出来事が物語として記されていた本と、そこから派生した映画の内容を、どういうわけかおれは知っているのだ。

 しかも、気づいていなかっただけで、ずっと昔から。

 入学前に頻繁に見ていた不思議な夢や、人や物の未来が見える能力は、この事実に起因していたのである。

 

 ところで、この二つの出来事と、今現在の状況を照らし合わせると、一つ不自然な点がある。

 そう、エドガー・クロックフォード――おれの存在だ。

 本にも映画にも、そんな人物は存在していない。

 にもかかわらずおれは確かにここにいるし、しかも物語に色々な影響を与えている。

 セドリックが良い例だ。彼は本来ならば三校対抗試合の最終試合で、ハリーと共にあの墓場に連れてこられ、ピーターに殺されている。いつかおれが夢で見ていたように……。ところが実際は、あの墓場に行ったのはセドリックではなくおれだったので、セドリックは生存している。

 他にも……去年だったらシリウスは無罪が証明されない筋書きだったし、その前の年ならロックハートが記憶を失っていたはずだった。さらに時を遡ってしまえば、そもそもレギュラスは既に亡くなっているはずなので、おれがいるのは到底おかしな話なのだ。

 

「おれって、何なのかな」

 

 なぜ存在しないはずのキャラクターとして生まれ、未来の知識を持っているのか。

 何のために生まれ、何をするべきなのか……。

 未だに分からない点はたくさんあるし、受け入れたとはいえ納得できない部分もたくさんあるけど……今はとにかく体を治すことが大切だろう。

 おれが目覚めたことに気づいて、慌ただしく駆け寄ってくる人たちをぼんやり眺めながら、おれはそんなことを考えていた。

 

 

 癒者の話を聞くには、どうやらおれは対抗試合の最終試合が行われたその日に、ここ聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運び込まれたとのこと。

 死の呪文が直撃したという証言があったにも関わらず生きていて、しかし外部刺激に全く反応しないほど深く眠り込んでいたというのだから、まあ当然の処置だと思う。ちなみにクラウチから受けた切り傷だけは、マダム・ポンフリーがその場で治してくれたらしい。……毎年一回は絶対に校医のお世話にならないといけない星の下の生まれたのかな、おれ。

 

 話を元に戻して、と。

 病院に運ばれ、眠り続けておよそ一か月。

 ようやく目を覚ましたおれは、ひと月も寝たきりだったせいで筋力の衰えこそあったけど、死の呪文の後遺症は全くないそうだ。

 これには癒者も揃って首を傾げていた。うん、そうなるよね。

 元祖生き残った男の子には稲妻型の傷痕が出来たのに、おれには何もないんだから。

 それでも、念には念を、とのことで。

 翌日のおれの病室には、そういう呪いの類や「例のあの人」に詳しい魔法使いがお見えになった。

 

「久しぶりじゃの、エドガーよ」

 

 ――ええ。アルバス・ダンブルドア校長であります。

 なんていうかさ、もう少し心の準備をさせてほしかった。

 突然の来訪にもびっくりだし、何より諸事情で横になったまま対応しなければいけないこの気まずさが、胸にぐさぐさ突き刺さる。

 

「お、お久しぶりです」

「癒者たちが、医術ではなく呪術の視点から意見が欲しいと言うのでな」

 

 一瞬、脳裏に「来ちゃった」とお茶目にウインクする先生の姿が浮かんだ。

 一秒もしないうちに頭から追い出す。

 

「さて、さて。まずは当たり障りのないことを聞こう。体の調子はどうかね?」

「筋力の低下で以前のように動けないこと以外は、概ね良好です」

 

 目を覚まして、体を起こそうとして、全身に全く力が入らないあの感覚。

 人間は四週間寝たきりだと、筋力が九割近く低下するなんて知らなかった。

 一週間飲み続ければ元通りになるという、やたらと粉っぽくて、なかなか喉を通ってくれない、すごくまずい魔法薬が近頃の食事のお供です。うう、つらい。

 砂糖を入れると効き目がなくなるのが残念だと言いながら、まずそうに薬を飲んでいたあの人の気持ちが今ならわかる。良薬は口に苦しと言うけど、出来るなら薬も美味しくいただきたいものだ。

 ……いけない、思考が脱線してしまった。

 

「ふむ。では次に、自分の中で何か変わったと思うことは?」

 

 明確な変化は二つある。

 自分がレギュラスだと思い出したことと、未来の知識を持っていること。

 このうち、後者は隠し通した方がいいだろう。

 おれとは違い、正式に物語に組み込まれている登場人物が今後の展開を知ってしまえば、どんなバタフライ効果が生まれるか分からない。知識よりも多くの犠牲者が出てしまうかもしれないし、最悪の場合だとハリー(主人公)が負けてバッドエンドを迎える可能性だってあるのだ。

 それに何より、この未来の知識が正しいという確固たる証拠もないし。

 故に、おれが伝えるのは片方だけ。

 

「そうですね……確実な変化はありました。眠っている間に思い出したんです。おれがレギュラスだったということを」

 

 考えてみれば、これは別に隠すことでもない。

 エドガー(おれ)がレギュラスであると、闇の帝王が直々に証明してくれたあの現場には、ハリーもいたのだ。

 知識通りならあの後ハリーは帝王と決闘をし、それからポートキーで学校に戻って、事のあらましをダンブルドア先生に伝えたはず。そこでおれの話題が出ていてもおかしくはないし、そもそもおれは老け薬の効果で腕に闇の印がある状態で……。

 と、そこまで考えて、おれは思わず顔を覆った。

 これはもしかして……全校生徒におれが死喰い人だと気づかれた可能性が……?

 

「ふむ。やはりそうか。いやなに、既にハリーから話を聞いてはいたが、彼の言う一番の証拠である闇の印が、戻ってきた君の腕には欠片たりとも刻まれてなくての」

「……それ、本当ですか?」

「本当だとも。恐らくは、死の呪いによって薬の効果も切れたようじゃ」

「それじゃあ、おれがレギュラスだと、死喰い人だと知っているのは……」

「今のところはわしとハリー、それからシリウスの三人だけじゃな」

 

 手を顔から離して、安堵の息をもらす。

 それなら、寮や友達に「死喰い人を隠していた」、「死喰い人の友達」なんてレッテルは貼られていないはず。

 

「よかった。本当に、よかったあ……」

 

 ひとしきり「よかった」を繰り返すおれに、ダンブルドア教授が穏やかな声で続ける。

 

「さて、エドガーよ。次の質問じゃ。君は、誰かね?」

 

 それは、おれはエドガーとレギュラス、どっちなのかということだろうか。

 ……実はその辺りは、おれも結構曖昧なのだ。

 

「なんというか、不思議な感じなんです。エドガーとレギュラス両方の記憶や精神があって、しかもそのどちらも自分の物だという自覚がある。一応今はエドガーですが、いつレギュラスになるかもわかりません。現に今も、二つの思考や精神が混同しているし」

 

 なんだろう。

 感覚としては、つよくてニューゲームを自覚した二周目主人公の気分だ。

 レギュラス(一周目)の知識とか、記憶とか、能力とか……色々なものを引き継いで、エドガー(二周目)になっている。そんな感じだから、何かきっかけ――スイッチのような物を見つけることが出来れば、エドガーとレギュラスを任意で入れ替えることが出来るはず。……たぶん。

 

「……なんだか、ふわふわした返答で申し訳ないです」

 

 ダンブルドア校長はにっこり笑った。

 もしかして、上手く答えられないことは想定済みだったのだろうか。

 

「さて、時間も迫ってきているし、次で最後にしよう」

 

 そんなに時間が経っただろうかと思いつつ、病室の時計を確認する。

 校長が来てから、実に一時間は経過していた。

 ……どうやら質問の度に、おれは長い時間考え込んでいたようだ。

 

「――君の知り合いに、東洋人……日本人はいるか、教えてほしい」

 

 キラキラした青い目が、まっすぐにおれの顔に注がれている。

 無言で首を振ると、ダンブルドア先生は「なら、良いのじゃ」と言って、サイドテーブルに蛙チョコレートを置いて病室を出て行った。

 

 おかしな質問だった。日本人の知り合いがいるか、なんて。

 いったい何の目的でそんなことを聞いたのだろう。

 日本……日本か。

 食べ物がおいしくて、お菓子もおいしくて、ゲームやアニメが有名で、あと試合に負けると自分達の箒を燃やす伝統があるクレイジーなクィディッチチームがあって、様々な超人的能力を有する戦闘集団・ニンジャがいて……いや、これは違うか。

 数分悩んでも一向に答えが出なかったので、おれは考えるのをやめて蛙チョコレートに手を伸ばした。

 久しぶりのチョコはやっぱり美味しかった。

 

 

 

 入院中、色々な人から手紙が届いた。

 お祖母さまはもちろん、ザカリアスやスーザンをはじめとするお馴染みの面々、セドリックやスプラウト教授、ロンやハーマイオニーたちも送ってきてくれた。

 意外なところではフルールからの手紙もあった。フランス語で書かれた回復を祈る旨の他、なんとも驚くことに、文法のいくつか間違った英語で好みの男性を見つけたと書かれていた。どうやら相手はイギリス人(記憶通りならロンの一番上のお兄さん、ビル・ウィーズリーだ)で、彼と会話をするために、これからたくさん英語の勉強をする予定だとか。頑張れ、フルール。

 他にも、リーマス(チョコレートも一緒にくれた)やまさかのロックハート等々……毎日のように、誰かが手紙を送ってくれた。

 少し寂しかったのは、ハリーからの手紙が一通もなかったことだ。

 まあ、人畜無害なハッフルパフ生だと信じていた友達が死喰い人だったのだ。相当ショックだろうし、裏切られたと感じて縁を切ったとしてもおかしくはない。……そう、何もおかしいことは、ない。

 むしろ、今まで通り接してくれると思っていたおれが図々しいのだ。

 自分の身分はわきまえなくてはいけない。

 おれはエドガーである以前に、レギュラスなのだ。

 ハリーとは、立場も年齢も身分も、まるで違う存在だ。

 腕に闇の印が刻まれている以上、光に手を伸ばすことは許されない。

 

「……仕方がないんだ」

 

 その道を選んだのは、他でもない自分自身だから。

 

 

 

 手紙を読んだり、まずい薬を飲んだり、ちょっとナイーブになったり、癒者の目を盗んで外出しようとしたり、それが未遂に終わって怒られたりしているうちに、とうとう退院の日がやって来た。

 結局一度も外に出られなかったし、お見舞いに来てくれたのもディア一人だけ(癒者に聞いたけど、おれは面会が禁じられているらしい。余計な刺激を与えないようにするのと、情報が洩れるのを防ぐためとのこと)だったので、おれは何よりこの日を心待ちにしていた。

 荷物をまとめ、身支度を整えて病室を出る。

 受付には既にお祖母さまがいて、おれに気づくと軽く手を振ってくれた。

 

「久しぶりね、エディ。少し痩せたんじゃないかしら」

「これでも回復した方だよ。一週間前はもっとひどかった」

「チョコレートをたくさん用意してあるわ。早く帰りましょう」

 

 癒者にお礼を言って、病院を後にする。

 しばらくは会話もなくのんびり歩いていたが、やがて唐突に、お祖母さまが切り出した。

 

「ディアから聞いたわ。全部思い出したのね。あなた自身のことも、ディアのことも」

「……ええ、まあ」

 

 お互いに顔を見ず、ただただ歩く。

 

 ――面会謝絶など知ったことかと言わんばかりに、数日前に病室に姿を現したディアに、おれはすべてを伝えた。

 自分の正体がレギュラスだということ。

 如何にしてエドガーになったか。

 そして、お祖母さまの本当の孫――ルイーズさんとグレアムさんの間に生まれたのが、他ならぬディアだということを、全部。

 案の定、ディアは信じられないと言った。

 それならばなぜ、わたしは吸血鬼なんだ。どうしてトランシルヴァニアで暮らしていたのだ、と。

 それに対して、おれは必死でエドガーとレギュラスの記憶を探った。

 

 ハーマイオニーが探してくれたことには、グレアムさんが超のつく魔法動物愛護家だったらしい。

 そしてグレアムさんには、「秘密の守人」を任せられるほど親しい吸血鬼の友人がいた。確か、オーソンという名前の。

 ――クロックフォード家が襲撃された日。

 グレアムさんとディアが亡くなり、ルイーズさんも瀕死の状態になった時に、オーソン氏が家に来たことを確かに覚えている。

 あの時彼は、「約束を果たす」と言い、ディアを連れ去った。

 吸血鬼は同族同士の生殖の他に、人間との生殖や生きている人間、または死んだばかりの人間に血液を提供することなどによって数を増やすことが出来る。あの後、オーソン氏がディアに血液を提供したとすれば、ディアが吸血鬼になったことの辻褄が合う。オーソン氏の住処がトランシルヴァニアだったとすれば、なぜ森に住んでいたかの説明もつくはずだ。

 

 そう、自分なりに見つけ出した答えを、伝える。

 ディアはずっと目を伏せながら聞いていたが、やがてぽつりと呟いた。

 

『わたしの父の名は、オーソンだ。……おまえの言うことは、全て正しいようだ』

 

 それからディアは口を閉ざし、音もなく病室を出て行ってしまったのだ。

 

 

「――ディア、ショックを受けていませんでしたか?」

「そうね……塞ぎ込んではいないけど、やっぱり何かしら思うところはあるみたい」

「少し、軽率でした。もう少し後……いえ、ずっと隠しておいた方が……」

「あの子は知るべきだったわ、自分が何者なのかを。もちろん、あなたも」

 

 本当にそうだろうか。

 今まで吸血鬼だと信じてきた自分が、元々は人間で、しかも一度死んでいる。そんな重々しい事実だったら、知らない方がよかったのかもしれない。

 おれの個人的な都合ですべて伝えてしまったが、もっと考えてから話すべきだった。本当に、軽率だ。

 

「……ところで、お祖母さまはすべて知っていたのですね」

「事前にルイーズから手紙を受け取っていたし、オーソンさんにも教えてもらったから」

「そう、ですか」

 

 そこで会話が途切れて、重たい沈黙が流れる。

 何かを話す気にもなれなくて、そのまま歩いていると、ようやく人気のない場所に辿り着いた。

 差し出されたお祖母さまの腕を掴み、自宅に姿現しをする。

 ……なんとなく気まずい。

 挨拶もそこそこに自室に戻ろうとしたら、お祖母さまに呼び止められた。

 

「エディ」

 

 返事をし、お祖母さまに向き直る。

 お祖母さまはゆっくりと近づき、おもむろにおれの顔を両手で挟んだ。

 

「これからあなたがどう生きるのか、決めるのはあなた自身よ。でもね、もし祖母のお願いを聞いてくれるなら――どうか、私の前ではエドガーのままでいて。あなたは、私の大切な孫なのだから」

「でも、おれは」

 

 赤の他人で、死喰い人で。

 しかも、本当の孫を差し置いて15年間ものうのうと暮らしてきた。

 そんなおれが、今まで通り彼女の孫を名乗っていいのだろうか。

 答えあぐねていると、顔を挟む力が強くなった。

 

「……男の子ならはっきり返事なさい。今のは命令ではなくお願いだから、断ってもいいのだから。でもね、これだけは言っておくわ。私は15年間育ててきた孫を簡単に手放す気はないの。例えあなたが逃げようと、どこまでも追いかけて、家に連れ戻すつもりよ」

 

 お祖母さまは微笑んで、両手を話した。

 なに、それ。

 お願いと言いつつ、選択の余地がないじゃないか。

 

「さあ、選びなさい、エディ」

「……わかったよ、お祖母さま。お祖母さまには今まで通り接する」

 

 お祖母さまが、そう望むのなら。

 

「でも、たまにレギュラスになることもあると思うから――自分でも区別がまだ曖昧だから――その時は、どんな手を使ってもいいから、エドガーに戻してほしい」

 

 お祖母さまは微笑んで、もちろんよと返した。

 それから、思い出したように手を叩いて、目を細めながら、今度はそっとおれの頬に触れた。

 

「――思い出すわ。私が少し無茶なお願いをする時、グレアムは決まって、困ったように眉を下げながら笑っていたの。気付いていないだろうけど、あなた、今、とってもグレアムそっくりの顔をしているのよ」

 

 ――言葉が、上手く出なかった。

 似ている。

 おれが、グレアムさんに、似ている。

 

「……っ」

 

 なんでだろう。

 グレアムさんは赤の他人のはずなのに。

 彼に似ていると言われて、嬉しいと感じるのは、どうしてなんだろう。

 

「エドガー」

 

 頬にあった手が滑るように移動して、心臓の位置まで下りてくる。

 

「忘れないで。あなたが私の――私たちの大切な家族であることを」

 

 小さく頷いてみせる。

 お祖母さまは嬉しそうに目尻を下げた。

 

「――さあ、荷物を部屋に置いて、ディアを呼んできてちょうだい。ケーキを食べながら、三人できちんと話をしましょう」

「……はい」

 

 その後の時間は、お世辞にも楽しいものとは言えなかった。

 ディアの口数は少ないし、おれもいつものように能天気にはなれなかったから。

 それでも……それぞれが抱えていた秘密が明らかになった分、精神的な距離が近づいたような気がして、少しだけ嬉しかった。

 ようやく、本来の家族の形に戻れた気がしたのだ。

 

 

 

 その翌日のことである。

 すっかり日も暮れた時間になってから、ディアが突然おれを夜の散歩に誘ってきた。

 話したいことがあるらしい。

 きっと病室で色々話したことについてだろうと検討をつけたおれは二つ返事で了承し、お祖母さまの目を盗んで、ディアと一緒に夜のリトル・ウィンジングへ飛び出した。

 夜の街には人の気配がなく、街灯の明かりだけがぼんやり浮かんでいるだけだった。カーテンの掛かった窓々が、暗闇の中で点々と宝石のように輝いている。それらをぼんやり見つめながら歩いていると、隣を歩いていたディアが静かに語り出した。

 

「……おまえから話を聞いて、色々考えた」

 

 やっぱり、その話だったか。

 おれは何も答えず、彼女の次の言葉を待つ。

 

「考えた結果、これは考える必要のないことだと気づいた」

 

 ……んん?

 この展開は予想していなかった。

 

「わたしが元々人間だったのは本当のことだろう。ドリスにも確認してあるし、わたし自身も認めている。だが、それがなんだというのだ。わたしは物心ついた頃からずっと吸血鬼として生きてきた。その生き方はこれからも変わらないし、変えるつもりも毛頭ない。そもそもな、わたしには肝心の人間だった記憶がないのだぞ? 憶えてもいない過去によってあれこれと憂うなど、時間の無駄だ」

 

 ええと、つまり。

 

「昔のことは関係なく、これからも吸血鬼として生きていく……ってこと?」

「ああ。重要なのは過去より今だからな。わたしは吸血鬼であることに誇りを持っているし、何より人間の血の味を知ってしまったのだ。今更人間に戻れるものでもない」

「でも……」

「どうしておまえがそんな複雑そうな顔をするのだ。これはわたしの問題だろうに」

 

 いや、これはおれの問題でもある。

 彼女が死んでしまったのも、吸血鬼として生きることになったのも、おれが関係しているからだ。

 クロックフォード一家の居場所が洩れて襲撃されたのはおれのせいだし(一度だけ、ルイーズさんがレギュラスの件でお祖母さまに手紙を出したことがあった。恐らくその時に気づかれた)、襲撃された時も、ディアの代わりにおれが殺されていれば、今頃吸血鬼になっていたのはおれだった。

 つまりは、おれのせいでディアは普通の女の子として生きる道を閉ざされたも同然なのだ。

 

 正直に白状しよう。ディアにすべてを伝えたのは、これからは彼女に普通の人生を送ってほしかったからだ。だけどディアがそう決意したのなら、おれの独りよがりな願望は胸の中にしまっておこう。……この分だと、伝えたところで怒られそうだし。

 ――わたしの生き方と誇りを侮辱する気か?

 とか、そんな感じで。

 

「しかし、そうだな。わたしには吸血鬼の血が流れているが、もう半分は人間のものであり、その中にはドリスの分も含まれている。それを自覚した以上、まあ、少しくらいはそれらしく振る舞ってもいい」

「そ、それって!」

 

 願ってもない発言に、思わず声が上擦った。

 ディアはおれに不審そうな視線を送り、それから肩をすくめた。

 

「以前、ドリスに言われたことがある。『エドガーと一緒に卒業してね』と。……祖母が望むささやかな願いを叶えるのも、そう悪い話ではないだろう」

「けど、ディアは」

 

 まだ、正式に生徒として認められていない。

 それなのにどうやってと尋ねようとした矢先、ディアが少し誇らしげな顔でポケットから手紙を取り出して、おれに突き付けた。差出人は――ダンブルドア校長だ。

 まさか、これは。

 

「ネセレを借りてダンブルドアに手紙を送ったんだ。正式に生徒にしてくれ、吸血は間に合っているから生徒に危害を加えない、そもそも禁じられた森で過ごしていた時間を、教室に変更するだけのことだ……と、概ねそんな内容だ。そうしたら翌日にはこの手紙が送られてきた」

 

 ディアに促されて、中の手紙を読む。

 そこには、彼女の編入を認める旨が書いてあった。

 ぜひともホグワーツでの学生生活を楽しんでほしい、との言葉も添えられている。

 

「ドリスには内緒でやったんだ。驚かせようと思って」

「もしかして、おれを外に連れてきたのも?」

「そうだ。家の中では聞かれてしまうからな」

 

 ふふん、と鼻を鳴らしてディアが胸を張った。かわいかったので、思わず頭を撫でたら、「年上面をするな」と顔を赤くして怒られてしまった。

 ……そういえばおれの方が19歳年上だったっけ。

 

「話はそれで終わりだ」

 

 ディアはそっぽを向いて、足早に歩いていく。

 月の光でキラキラ輝く銀髪を追いながら、おれは体温が上がっていくのを感じていた。

 単純に、すごく嬉しかった。恩人の子であり、自分のせいで人間をやめた少女であり、大切な家族であるディアと、ようやく一緒にホグワーツで同じことを学べるのだと思うと、自然と口元が緩んでしまう。

 

「ディア。ディーア。待って」

「っさい。もう帰る」

「つれないなあ。……あれ、どうかした?」

 

 不意に、ディアの足がぴたりと止まる。

 ディアはそのまま周囲を見回したかと思うと、舌打ちをして、有無を言わさずおれの腕を掴んで走り出した。

 

「ど、どうしたのディア。あとごめん、筋力は回復したとはいえ、さすがに病み上がりだから急な運動は……」

「わたしの感覚が間違っていなければ、この先、マグノリア・クレセント通りにディメンターがいる。しかも、二匹。あの辺は魔法使いがほとんどいない。放っておいたら大変なことになるぞ」

「……え、あっ」

 

 ――マグノリア・クレセント通り、ディメンター。

 そうか、今日はハリーがディメンターに襲われる日だったか……! 8月の早い段階だったような気はしていたけど、まさか2日目だったとは。

 確かハリーはそこで、従兄(マグル)の前で守護霊の呪文を行使してしまう。それが「未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令」に抵触して一度は退学処分が決定するものの、すぐさま変更され、最終的には懲戒尋問によって無罪放免になる、という筋書きだ。

 あれ、ということは、別におれたちが現場に急行しなくても事件は解決するのでは?

 

「おい、何をぼんやりしている。すぐそこだぞ!」

 

 ディアの声に注意を現実に戻すと、そこは狭い路地だった。

 明らかに雰囲気が違うとすぐにわかった。その路地だけが星も、月も、街灯の明かりも届かない暗闇に覆われていて、数歩先さえ満足に見通せない。すべての音も途絶え、まるでそこだけが世界から切り離されているようだ。

 

「――口を閉じろ! 何が起こっても、口を開けるな!」

 

 路地の向こう側からハリーの声が僅かに届いた。

 

「……人がいたか。行くぞ、エドガー」

 

 ディアが再び舌打ちをして、手の平に青い炎を灯す。その光を頼りに先に駆けだそうとするので、おれは慌てて彼女を制した。

 

「何だ?」

「……おれが先に行くよ」

 

 不審そうなディアの視線を躱し、アニメ―ガスの能力で黒獅子に変身する。

 ディメンターに対する攻撃手段は持ち合わせていないけど、防御ならこの通り。ディアを危険な目に遭わせたくないし、露払いくらい務めないと。

 さて、夜目が利く特性のおかげで、今のおれには路地の様子が良く見えた。

 

(あれは……ダドリーだっけ)

 

 遠く向こうに、地面に丸くなって転がる人影が見える。その上にはディメンターが屈み込んでいて、ぬるりとした手でダドリーの両腕をこじ開け、今にも顔を近づけて接吻を施そうとしているところだった。

 そうはさせまい、と地面を強く蹴りだす。一瞬だけ背後を確認し、ディアがしっかりついてきていることを確認してから、そのままトップスピードでディメンターに飛び掛かった。

 

「おい、おまえ、平気か?」

「あ、あ……僕は、ぼくは……」

「魂は無事か。だが、だいぶ影響を受けているな」

 

 ディアとダドリーの声を背中に聞きながら、ディメンターと対峙する。

 こちらはディメンター追い払う手立てを持っていないし、向こうも向こうで、アニメーガスによって複雑な感情が抑制されたおれから感情を吸い取れない。

 お互いに有効な攻撃手段を持たず、長期戦になるかと覚悟した次の瞬間、半透明で銀白色の大きなもの――形のぼんやりしたパトローナスが、ディメンターに直撃した。

 衝撃でディアの方に吹き飛んだディメンターは、そのまま彼女の手に掛かり跡形もなく消え去った。どうやったのか気になるところだが、今は追及している場合ではない。

 パトローナスが飛んできた方向に顔を向ける。そこには杖を構えたハリーがいて、ダドリー、ディア、そしておれを順番に見ていた。

 

「ダドリー! ……と、えっと、クラウディア? それに、黒いライオン――まさか、君……」

「ハリー、後ろだ」

 

 ディアの鋭い声が飛んだ。

 つられてハリーの背後を見てみると、もう一体のディメンターがハリーに襲い掛かろうとしていた。おれは反射的に飛び掛かったが、頭の中には疑問符で覆いつくされていた。

 おかしい、どういうことだ。知識だと、ハリーは一体目を退けてからダドリーの救出に向かっていたはずだ。追い払え切れていない? なぜ?

 

(まさか、おれが未来を変えた所為で)

 

 3年目。アズカバンの囚人。

 本来の物語であれば、真犯人のピーターは逃亡し、シリウスは無罪のまま「吸魂鬼の接吻」を施される危機にあった。それをハリーとハーマイオニーが逆転時計(タイムターナー)を使って時間を遡り、シリウス逃亡させる筋書きだ。その過程でハリーは初めて完璧な有体守護霊を造り出すのだが……実際は、その出来事は丸々なくなった。――おれがあの場にいて、知識よりも良い未来に変えてしまったからだ。

 もしかしたら、ハリーが完全に守護霊の呪文を習得するきっかけになったのは、その出来事だったのではないか。

 それをおれが奪ったせいで、今、ハリーは呪文が不完全な状態で吸魂鬼に立ち向かう羽目になっているのではないか。

 それじゃあ、もしおれたちがここに来なかったら――。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 どんどん思考の海に沈んでいく意識を浮上させたのは、ハリーの声だった。

 呪文が唱えられた瞬間、路地全体が温かな光に包まれる。

 

「やっつけろ!」

 

 咄嗟にその場を離れると、入れ違いになるように巨大な銀色の牡鹿がディメンターに向かって行った。その角が黒い影をとらえ、空中に放り投げる。ディメンターは宙に飛び上がり、暗闇に吸い込まれて行った。

 驚いた。先ほどとは違う、完璧な有体守護霊だ。

 牡鹿はディメンターが消えたのを見届けると、路地の向こう端まで駆け抜け、銀色の靄となって消えた。

 

「なかなかだな。エドガー、もう戻っても平気だ」

 

 ディアに言われて、変身を解く。

 ライオンの姿ではあまり実感がなかったが、気づけば路地の状態は元通りになっていた。月も星も街灯も生き返り、生温い夜風が吹いている。周囲の庭の木々がざわめき、通りを走る車の音が再びあたりを満たしていた。

 ふと見ると、ハリーが泣きそうな顔でおれを見ていた。

 ――そうだった。ハリーはおれが死喰い人だと知っている。それはつまり、帝王の配下であり、彼にとっての敵と認識されていてもおかしくないわけで。

 そんな奴に助けられたのだ。素直に感謝するわけにもいかないし、そもそもディメンターで消耗した精神状態でおれと会うのは苦痛で仕方ないはずだ。

 手紙をもらえなかった時点でわかっていた。もう、昔みたいに普通の友達として接することが出来ないことを。わかっていたし、受け止めたつもりだった。

 ああ、だけど。それでもやっぱり、悲しいなあ。

 

「エドガー……」

 

 とか何とか考えていたら、ハリーが目の前でボロボロ泣き出した。

 え、うそ。そこまで嫌われているの?

 

「ご、ごめんねハリー。嫌な思いをさせて。あ、これチョコレート。毒とかは」

「いつ、退院したの?」

「入ってないから安心して……って、え? あ、昨日だけど」

「生きてて……よかった……」

 

 てっきり罵声の一つや二つ飛んでくるかと思ったら、予想に反して掛けられたのは温かい言葉だった。

 ……どういうことだ? おれはハリーに嫌われているはずなのに。

 

「ええと、ハリー?」

 

 自覚がなかったとはいえ、色々と隠し事をしてきたことは事実だし、正体が正体だし。

 むしろ嫌われない要素の方が少ない気がするのに。

 困惑しながら問いかければ、返って来たのは嗚咽交じりの切実な声だった。

 

「君が、君の正体が死喰い人のレギュラスだったって知った時は、確かに裏切られた気分だった。でもそのあと――君がヴォルデモートに殺された時、そんな思いは全部吹っ飛んだ。過去がどうだろうとエドガーはエドガーだし、僕の大切な友達だから……」

「……おれのこと、嫌いになったんじゃないの? ほら、その、手紙とかくれなかったし」

「それは……君は死の呪文を受けて、ずっと昏睡状態だったから。送った手紙の返事がずっと返ってこないと、まるで君が死んじゃったみたいで嫌だったから。だから、手紙を送らなかったんだ」

 

 ハリーはぐいと涙を拭って、まっすぐにおれを見つめる。

 

「ねえ、エドガー。僕らは4年間一緒にいたんだよ。賢者の石を一緒に守ったり、秘密の部屋の事件を解決したり、シリウスの無罪を証明したり、ヴォルデモートの復活の現場に居合わせたり……。これだけ色々な苦難を一緒に乗り越えた友達なんだ、今更嫌いになれるわけないじゃないか!」

 

 ――じんわりと体中に熱が広がるようだった。

 顔まで火照って、上手く表情が作れない。間抜け面を隠そうとして顔を覆った手が、いやにひんやりとしている。数秒後に顔が熱いだけだと気づくと、手の平が余計に冷たく感じられた。

 

「な、なんで君がそんなに照れているのさ」

 

 ハリーは戸惑った様子だ。

 ごめん、おれも、自分がどうしてこんなになっているか分からないんだ。

 

「……分からないけど、嬉しくて。ハリーはおれが嫌いになったと思っていたから、そう言ってもらえて、すごく嬉しいんだ」

 

 あれ、おれってこんなに感情や表情の制御が下手だったっけ。

 なんとか表情を取り繕おうとしていると、路地の向こうから誰かが走ってくる大きな足音がした。ええと、ここで来るのは確か……ハリーの近所に住んでいるフィッグさんだっけ。

 指と指の隙間から覗くと、息せき切った様子の女性が見えた。灰色まだらの髪がヘアネットからはみ出し、手首にかけた買い物袋はカタカタ音を立てて揺れ、タータンチェックの室内用スリッパは半分脱げかけている。

 ハリーが急いで杖を隠そうとしたのを、彼女が大声で止めた。

 

「そいつをしまうんじゃない! まだ他にも残っていたらどうするんだね? ああ、マンダンガス・フレッチャーのやつ、あたしゃ殺してやる!」

 

 物騒な物言いだが、この言葉は確かにフィッグさんのものだ。

 ようやく顔の火照りが落ち着いてきたので、手を外す。

 

「あいつめ、行っちまった! ちょろまかした大鍋がまとまった数あるとかで、誰かに会いに行っちまった! あたしゃあいつに忠告したのに、あんたに何の護衛もつけず置き去りにして――ああ、大変なことになった! あいつめ、殺してやる!」

 

 フィッグさんは勢いのままにフレッチャーに悪態をついてから、ようやくおれとディアに気づき、驚いた声を上げた。

 

「あんたらは……ホグワーツの子かい?」

「ええ、一応」

「そうかい。今の話は忘れとくれ。ほら、ここは危険だ、さっさと家に帰るんだ!」

 

 ものすごい勢いで背中を押される。

 ハリーはがっかりした様子だったが、これは仕方がない。不死鳥の騎士団は魔法省にも秘密で活動しているくらいだし、部外者に余計な情報を流したくないのだろう。

 おれは諸事情で全部知っているから、あまり意味はないのだけれど。

 

「ハリー、これ。きみと彼の分」

「エドガー、その、……あとで手紙を送るから」

「ん、待ってる。ネセレもね、ヘドウィグと会えるのを楽しみにしていると思うから――」

 

 軽く言葉を交わして、常備している蛙チョコレートを十個ほどハリーに手渡して、さあ戻ろうと方向転換しようとしたところで。

 

「……ちょっと待っとくれ」

 

 フィッグさんに引き留められた。

 はてな、と彼女に視線を送ると、存外に真剣な眼差しで見つめられた。

 

「あんた、エドガーって言うのかい? もしかして、エドガー・クロックフォードってのは」

「それはおれの名前ですが……ええと、どうかしましたか?」

「そうかい。あんたがもう一人の、ねえ……。それじゃ、隣がクラウディアって子かい。あんたらも随分と大変な――」

 

 目を細めておれとディアを見、しみじみと話していたフィッグさんは、しかし、すぐにはっとした表情になる。

 

「――ああ、いや、何でもないよ。引き留めて悪かったね。もうお戻り。あまり家の人を心配させるもんじゃないよ。さ、早く」

 

 先ほどよりも穏やかだが、有無を言わさない声色に急き立てられ、おれとディアはハリーに別れを告げてその場を後にした。

 そして、家に戻ると。

 

「エディ、それにディアも。ああ、良かったわ」

 

 ひどく心配した様子のお祖母さまに出迎えられた。

 ……そういえば無断だった。

 

「外に出るなら一言教えてちょうだい」

「何をそんなに心配することがある?」

「心配するわよ、もう。病み上がりだから外出しないと思っていたのに、こんなことなら、今日から騎士団に護衛してもらうべきだったわ」

 

 騎士団? 護衛? ……まさか。

 

「ね、お祖母さま。もしかして、おれもハリーと同様に……?」

「どうしてポッターさんのことを?」

「さっきまで一緒にいたから。護衛がどうのって言ってたし」

「……ええ、そうよ。6月にあんなことがあった後で、ダンブルドアが当事者のあなたを放っておくと思う? 病院であなたの面会が許されなかったのだって、情報を聞きつけた死喰い人が来院するのを警戒してのことだったのよ」

 

 なるほど。

 余計な刺激を与えないようにという理由は聞いていたけど、そんな理由もあったのか。

 というか。

 

「……お祖母さま、ごめんなさい。軽率だった」

「あなたはもっと賢いと思っていたのだけど……」

「待て、エドガーを誘ったのは――」

「ディア」

 

 何だ、と言いたそうに顔を向けたディアに、言わなくていいよと首を横に振って示す。

 ディアは不服そうな表情を浮かべたが、素直に口を噤んだ。

 

「……まあ、いいわ。とにかく、もう無断で外出しないこと。いいわね?」

「はい」

「ディアも、彼が危険なことをしようとしたら止めてちょうだい」

「う、む。わかった」

「話は終わりよ。さあエディ、あなたはもう休みなさい。ディアはこっちに」

 

 おれは言われた通り、おとなしく自分の部屋に戻った。

 ネセレが低く鳴いて出迎えてくれる。

 

「ネセレ、ただいま」

 

 ケージ越しに羽を撫でると、指を甘噛みされた。やっぱりかわいい。

 実は昨日、1か月以上会えなかった寂しさをすべてぶつけるように2時間ほど撫で続けていたら、さすがに怒られてつつかれた話はおれとネセレだけの秘密だ。

 さておき、つやつやすべすべの羽毛の感触を楽しんでいると、ゴツンと窓に何かがぶつかる音が響いた。何事かと見てみると、小さなふくろうが窓の外を飛び回っている。

 

「あ、ピッグウィジョン?」

 

 約1年前、自分のせいでペットのネズミがいなくなってしまったので、その代わりとして飼って欲しいと、シリウスからロンに送られた豆ふくろうがこのピッグウィジョンだ。

 ネセレやヘドウィグと違って落ち着きのない性格なのでロンは悩んでいるが、おれとしては元気があってとてもかわいらしいと思う。仕事もしっかり出来る子だし。

 そんなことを考えながら窓を開けると、ピッグウィジョンは弾丸のように部屋に飛び込んできて、ベッドの上に手紙を落としてから部屋中をブンブン飛び回った。仕事を終わらせることが出来て嬉しいのだろう。かわいい。

 

「ネセレ、ピッグウィジョンをお願い」

 

 ネセレは威厳たっぷりに鳴き、目にも留まらぬ速さでピッグウィジョンを捕らえ、ケージの中に放り込んだ。ピッグウィジョンは何が起こったのか分からないのか首を傾げていたが、目の前に水とご飯があるのを見つけると、ピーピー鳴いてから夢中で食べ始めた。やっぱりかわいい。

 相好が崩れているのを自覚しつつ、持ってきてくれた手紙を確認する。差出人の名前はどこにもなかったが、なんとなく見覚えのある字だったし、ウィーズリーの誰かだろうと検討をつけて中身に目を通した。

 そこには、非常に短い文章が綴られていた。

 

 ――近いうちに迎えに行く。荷物をまとめておけ。

 




※前書きにもあるように、内容を追加、修正して投稿し直しました。
日数がそれほど経っていないので(翌日)、まとめた方が流れとして自然かな、と考えた次第です。

以下、前回と同じ後書き。

※一話後書きにて、イラストをご紹介させていただいております。

お待たせしました。最新話です。
活動報告の方にも少し書きましたが、まだ修正作業は完了していません。
ですが、修正に時間をかけすぎてエタるより本編を進めた方が良いとのアドバイスを頂いたので、こうして再開することになりました。
残りの修正は本編と並行しながらまったりやっていくつもりです。
とにもかくにも、今後ともよろしくお願いします。

不死鳥の騎士団編以降のエドガーは
・レギュラスを通じて、いわゆる親世代の物語を追っていきつつ
・未来予知(原作知識)を利用したりしなかったりで
・ぐだぐだうじうじ悩んだりします
今までと比べると面倒な性格になりますが、何卒お付き合いいただければ嬉しいです。

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