フーリッシュ・ソウル~FS~ 作:ガン☆ガン
つらい。苦しい。倒れてしまいたい。
そんなトレーニングも三週間もしたら慣れる。部活に属していた中学一年の時ですら、経験したことのない運動量とスパルタ具合だったが、人間というものは恐ろしい。
トレーニングメニューの締めくくりとなる腕立て伏せを終えた俺は、汗まみれのままその場に倒れた。情けないように思えるだろうが、初日はトレーニングメニューを終わらせた瞬間に、意識を失ったのだから、成長したと言えるだろう。ああ、トレーニングルームの床の冷たさが心地いい。
ふいに目の前にペットボトルが現れる。よく冷えたそれを持っているのはトレーニングのコーチである
「お疲れ。差し入れだ」
「ありがとうございます」
俺はペットボトルを受け取り中身を勢いよく飲んだ。最高に冷えたスポーツドリンクの甘さが体に染み渡っていく。
「ぷはー!うまい!あれ、そういえば勉さんいつからここにいたんですか?」
「…もうかれこれに十分ほど前からだ」
全然気が付かなかった。もしかして、勉さんは忍者なのだろうか。
「太一は集中力があるな。いいことだ。集中力がある奴はあらゆることの伸びが速い」
「あ、ありがとうございます!」
「だがお前の場合は最初にやってることに集中しすぎている。それではアドリブに対応できないぞ。周りにも適度に気を配るように」
「了解でーす……」
勉さんに上げて落とされ、気分は地面に真っ逆さまだ。
そんな俺を見て、勉さんは少し笑っている。トレーニングの時にうすうす思ってはいたが、この人絶対にSだ。俺が落ち込むのを見て楽しんでやがる。
「じゃあ、アドリブが苦手な太一にサプライズだ」
「へ?」
「ついてこい」
そう言うと、勉さんは足早にトレーニングルームを出る。慌てて俺は勉さんの後を追った。
ていうか速いな!絶対楽しんでるだろ!
何とか勉さんを見失うことなく、目的地らしき場所にたどり着いた俺を、勉さんと幸助さんが迎えた。そこは訓練場の入り口だった。
いつものように自信を備えた柔和な笑みを浮かべながら、幸助さんは言った。
「よく来てくれたね太一君。……これは俺たちからのプレゼントだよ。受け取ってくれ」
訓練場の扉が開かれる。
――『黒い』、な。とりあえず初めはそう思った。
まるでほかの色を拒否しているかのように、そのISは黒い色をしていた。
初めて、俺はこの兵器に目を奪われる。どこか排他的なそのISは、俺たちに、テロリスト
「これが君のIS。『
言われるまでもなく、俺は黒獅子に手を伸ばした。この時、俺は不覚にもこう感じていた。『こいつに早く乗りたい。早く動いてみたい』と。
手が触れ、黒獅子が俺を包み込む。意外なほど滑らかに行われるその作業に、また少しだけ気分が高揚する。
そして、完全に俺は黒獅子と一つになる。視界が開け、重かった体が少し楽になる。確か、ISは操縦者の体調を安定させるとか言っていたので、それだろう。
「気分はどうだい太一君?」
「はは、気持ち悪いですよ。体中に目と耳と鼻が付いてるみたいです」
嘘である。
本当はありとあらゆる微細な変化さえもとらえるハイパーセンサーが、俺の心を先ほどまでよりもさらに高い所へと引き上げていた。
そんな俺の興奮に、幸助さんも気が付いたのか、いつも以上に笑みを浮かべている。
「じゃあ、しばらく好きに動いてれば一次移行が終わるだろうから、俺たちは外に出てるよ。好きに動くといい」
「わかりました」
幸助さんたちが訓練場からいなくなるのを確認してから、俺は黒獅子を動かし始めた。実に自然だ。まるで生まれた時からずっと装着していたかのように、自由自在だった。
それから俺は、走り、跳び、止まって、剣を振り、銃を撃って、そして飛んだ。
三十分ほどたっただろうか、空を適当に飛び回っている最中に、それは起こった。
――フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください。
やっとか。俺は迷わず確認ボタンを押した。
その瞬間、ISは形を失い。そして再構築された。
光の中で生まれた漆黒の黒獅子は、先ほどまでよりも流線的で、しなやかさと強さを両立させたような印象を受けた。
ハイパーセンサーが何者かが訓練場に入ってきたことをとらえる。その何者かに対して、俺は顔をしかめた。
『一次移行が終わったようだね。さっそくで悪いが、太一君。性能を確かめたいから君には模擬戦をしてもらうよ』
幸助さんの声が、放送で訓練場に鳴り響く。
『でも、あいにく今はメグも奏ちゃんもいない。だから君の相手は
俺は何者に向き直った。間違いなく、それはFSだった。
◆ ◆ ◆
「いいのか?あいつに本当にやらせて」
俺は幸助にそう質問した。奴は少し考えるそぶりをしたあと、言う。
「いいのいいの。ISにのってれば太一君は死なないしね」
「太一はな」
「……まあ、もし万が一が起こったとしてもそれは
幸助はごまかすように笑う。こいつもわかっているのだろう。
蓮も太一も俺たちには重要な人物だ。特に太一は。
「正直言って、これは賭けだと思うよ。しかもリスクの高いね。だけど、やらなければ戦力の低下は免れないからね」
「蓮も気難しい奴だからな」
「彼の部下も含めて、ね」
自分でもいやになるくらい、大きなため息をする。
とりあえず頑張ってくれ太一。
◆ ◆ ◆
俺は改めて思った。いつも自分のことを『天災に挑む愚かな凡人』なんて言っているが、幸助さんは間違いなく天才だ。たぶん篠ノ之束なんて規格外の化け物がいなかったら、歴史の教科書に載るレベルだろう。
フーリッシュ・ソウル。通称FSは全身を覆うように体を包むパワードスーツである。それは、世界の覇権を握ったISと同等の攻撃力を持ち、また俊敏性においてもISに全く引けを取らない。しかし、FSはISと比べて、防御性能が著しく劣っている。具体的には自らの出力に耐えることができずに操縦者の体が破壊されてしまうのだ。しかし、幸助さんはナノマシンにより操縦者自身を強化することにより、この問題を解決した。もっともこのナノマシンを体内に入れた場合、生存する確率は三割程度らしいが。しかし、FSにはISに存在する絶対防御が存在しない。あまりに強い衝撃を受ければ、あっさりとこのパワードスーツは破壊されてしまうのだ。それこそがこのスーツがもっともISと違う点であろう。ハイパーセンサーや飛行能力のことなど、それに比べればなんてことはない。つまりは死ぬ兵器。それがFS。
だがそれゆえに、操縦者の精神は極限まで研ぎ澄まされる。
「どうした?もっとがんばれよ」
「く、そ!」
「おせえな」
俺のソードの攻撃はいとも簡単にFSに避けられた。これでいったい何度目だろうか。とりあえずは両手足の指を使っても数えきれない。
「ダメダメだな」
今度はライフルでFSを狙う。だが撃つことさえもできずに、FSの蹴りがISの腕に炸裂。さらに、間髪入れずに胴体に強力な前蹴りをくらう。その反動でFSは俺から離れていった。
――シールドエネルギー残り146
初めは500以上あったそれも、かなり少なくなってしまっている。対して、俺がFSに与えたダメージは0。せいぜいが激しく動いたことで少しエネルギーが減った程度だろう。
このFSは自分より強い。わかっていたことではあるが、もっと善戦できるものと思っていた。
しかし、結果はこのざまだ。俺は驕っていた。不適合集団は打倒ISを掲げる組織。そこの精鋭が俺ごときのISに敗北するはずがない。
だが、それでも負けたくはない。俺は勝つためにここにいるのだから。
(考えろ…!最善の手段を…!)
FSの弱点は防御性能と飛行能力にある、と幸助さんは教えてくれた。防御面は致命的なものだが、飛行能力は操縦者の技量でカバーができる。っと言ってもやはり空中での戦闘はISに劣る。そここそがFSのつけ入る隙なのだが、悲しいことに俺もそんなにうまく飛べるわけじゃない。そもそも俺の技量ではFSを空に引っ張り出すことすら難しい。かと言って地上戦で勝つ見込みはほぼゼロだ。
しかし、万策尽きたわけではない。
黒獅子の装備はかなり豊富だ。初見なのでどれがどのくらいの威力を持っているのかはわからないが、合計で7種類ある。そのうち既に使ったのは四種類。ライフル二丁とソードと盾。それぞれの特性はすでに把握した。
それらと後三種、そして俺のとっておきを組み合わせれば何とかなるかもしれない。
息を深く吐く。
さっきまでの浮ついた気分と焦りが体の奥底に消えていく。
世界が狭まる。心が集束する。集中力が感じ取れるすべてのものを鮮明にしていく。
――よし。いける。
持っていたライフルを収納し、俺は拳を構えた。
ボクシングの構え。プロのそれなどではなく、もっともスタンダードなファイティングポーズ。
深夜の放送で知って、知り合いに少し習っただけのアマチュア未満のもの。
それでも、唯一できる格闘技。
俺はそれにかける。
今までで一番真っ直ぐ、そして鋭く踏み込んだ。流石のFSも反応しきれない。
そこに打ち込む最速の拳、ジャブ。
生身ですら人間の反応速度の限界を超えるそれは、ISの力と重なることによりFSの防御をぶっちぎって命中する。
初めて、当たった!
わずかにFSの状態が傾く。
間髪入れずに顔面を狙った右ストレート!
しかし、FSはこれを首を傾けるだけで回避し、俺との距離を詰める。
近い!だけど、
「想定、内!」
伸びた右腕を素早く動かし、そのまま抱き寄せるようにFSをとらえる。
五つ目の装備、アングリーボム。左手に持っていたそれを素早く起動させた。
俺たちは爆発をもろに受けて吹っ飛ぶ。
地面に打ち付けられ、シールドが削られる。
――シールドエネルギー残り88
アングリーボムが思ったより威力がなかったことと、FSを盾に使ったことが幸いし、俺は生き残った。
しかし、盾にされた方はそうもいかない。20m程離れた場所のFSは明らかにダメージを負った様子で、立ち上がろうとしていた。
六つ目の装備、雷電槍。美しい稲妻を連想させる槍を俺は思いっきり投擲した。
ISの補助のおかげで槍はまっすぐFSに飛んでいく。当たればただではすむまい。
「なめるなああああああ!!」
初めてFSが叫ぶ。
そして、搭載されたブレードをもって、投げられた槍を撃ち落とした。
どういう反射神経と動体視力してんだよ!!
俺は心の中でそう考える。
確か、FSのセンサーは申し訳程度でほとんど操縦者に依存していると聞いたのだが。ナノマシンでそこらへんも強化されているのだろうか?
ISとFS。この二機の戦いにおいて20mなどという距離はないに等しい。
そう実感した瞬間には、すでに懐に侵入を許していた。
「ぐっ!!」
油断していたため、ろくに防御もとれずに、一撃くらう。そして反撃の隙すらなく、再び距離を開けるように離脱された。
――シールドエネルギー残り42
中距離からのヒット&アウェイ。おそらく防御性能と遠距離武器に乏しいFSの対IS戦における最高の戦法。
対してこちらがしなければいけないことはわかっている。
「うらあ!!!」
残りわずかなシールドエネルギーではライフルを使うことはできない。よって、引かない。止まらない。突っ込む。
エネルギー的に見て、そしてFSの状態から見ても最後の攻撃。
そして、その瞬間は訪れる。
絶対防御の上からですら、死を感じそうな威力を持った拳を放ったFSに、俺の
「チク…ショウ」
そんな声と共に、FSはその動きを停止する。
俺は勝利の余韻に浸りながらも、疲労からくる睡魔に抗うこともできずに眠りに落ちた。