IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩ

時間は過ぎ去り、クラス代表戦の日となった。

第一戦目で、セシリアと鈴が衝突することとなった。一年一組と一年二組なのだから、このような展開になったのも道理と言えるのだろう。一夏とシャルルはセシリアの応援のために、アリーナのピットに居た。

 

「単一仕様能力がどういった力なのか未だに掴めていないため、この試合における戦略を立てられないのが、今の不安要素ですわ」

 

セシリアは将棋のように頭を使い戦うため、戦略を立てるのは彼女のスタンスである。故に、能力は優秀なのだが不明な動きしかしない駒を持ってしまったため、勝負ははもはや運任せである。

そして、そんなセシリアの相手である鈴のISは中国の甲龍で、燃費と安定性を第一に考えられ、設計された中距離を得意分野とするISである。

以上のことから考えて、両者ともに長期戦を得意としているため長期戦にもつれ込むか、逆に相手の苦手とすることをし、一気にケリを付けようと短期決戦になるか、いずれにせよ、極端な試合になることは容易に予想がついた。

 

一通り話が終わると、セシリアは試合のために、ピットから飛び立った。

 

「やっと来たわね。味覚音痴」

「安い挑発には乗りませんわ。ちんちく鈴さん」

「なんですって!アンタね!言っていいことと悪いことっていうのがあるでしょ!アンタ、それも分らないの!飯マズ!」

「先に挑発してきた貴方にだけは言われたくありませんわ。それと、味覚音痴と飯マズって同じ意味ですわよね?」

「うっさい!味盲貴族!」

「語彙を増やされてはいかがですか?貧乳さん」

「ひんにゅ!」

 

鈴は固まった。セシリアが鈴の逆鱗に触れてしまったからだ。

瞳から光を失った鈴は二本の双天牙月を構える。鈴から敵意ではなく、殺意が出ている。

 

「……よし…殺そう」

 

壊れたボイスレコーダーのような声で鈴はセシリアに宣言する。

鈴は昔から同年代の娘達に比べて少々小さい胸のことを気にしていた。最初は少し気にしていた程度だったのだが、弾と数馬が胸は大きい方が良いと言っていたことを聞いてしまい、もしかしたら、一夏も胸が大きい方が良いのかもしれないと思った。そこから、一夏も胸が大きい方が好きなのだと鈴は思い込んでしまい、胸が大きくなる運動をした。

だが、努力に対し結果は伴ってくれなかった。そればかりか、胸の大きくなる運動をすればするほど、小さくなってないかと不安を覚えたほどだ。

その後、鈴は胸なんか小さくても良いやと開き直ったが、あくまで表面上の話であって、内心は胸が大きくなってほしいと望むようになっていた。結果、やり場のない悩みはやがて彼女の中で禁句となり、他人に指摘されたくないコンプレックスとなった。

 

セシリアは挑発に成功したが、少々言い過ぎたと後悔する。

理性がぶっ飛び過ぎると、たいていの人間は碌な事をしないと知っていたからだ。

だが、今さら何を言っても鈴は止まらないだろうし、止めるためには無茶苦茶な要求を飲まなければならないかもしれない。それは英国騎士道精神が許さない。

吐いた唾は呑み込めないし、今の行いは自業自得だからだ。

 

「ミンチになりたい?それともひき肉が良い?やっぱり、すり身が良いのかな?ミンチだったら、水餃子よね。ひき肉だったら、揚げ餃子。すり身だったら、焼き餃子ね。セシリアはどれが好み?どれでも良いわよ。あたし、餃子は得意だし」

「どれもお断りですわ!」

 

瞬きせず、死んだ魚のような目をした鈴はセシリアに向かって急接近してくる。

鈴は理性が吹っ飛び、リミッターを越えたらしく、セシリアの思った以上の動きをする。身軽さと体の柔らかさを使うことで、鈴は非力を補っている。

そんな鈴に対し、少し萎縮するセシリアはスターライトmkⅢで応戦する。

 

「あ、そうか!セシリアはチャーハンが好きだったわね。だったら、みじん切りね!あたし得意だから安心して。その胸、切り刻んであげるわ!それと、脂が乗り過ぎているとギトギトになっちゃうから、ご飯と一緒に炒める前に、炙って余分な脂を飛ばしておいた方が良いわね。アハ!アハハハハハハハ!!」

 

奇声を発する鈴から距離を取ろうと、セシリアは後退する。

それと同時に、ブルー・ティアーズを横に展開し、鈴の迎撃を行う。無数のビームの雨が鈴に降り注ぐ。鈴は回避を試みる。回避できないものは双天牙月でガードし、シールドエネルギーの減少を抑えた。

理性を失っていても戦いに対する判断力まで鈴は失っていなかった。判断力を失っていない狂戦士ほどやっかいな敵はいない。相手は止まらないのだから。

セシリアと鈴の試合には変な緊張感があった。

 

「やっぱり、チャーハン以外のも作った方が良いわよね。何が良い?あたし作れる料理限られているんだ。麻婆豆腐でしょ、麻婆麺でしょ、春巻きでしょ、焼売でしょ、肉団子のあんかけでしょ、ミートボール酢豚でしょ、担担麺でしょ…それぐらいかな?ひき肉料理しか作れないのよ、あたし。…セシリアはどれになりたい?」

 

どの料理を食べたい?ではなく、どの料理になりたい?という質問はおかしい。

さっきから鈴の話す肉料理の話がなんとも怖い。試合中に選手同士がする話ではない。

千冬もISの選手としての経歴が長く、これまで様々な選手と戦ってきた。故に、様々な選手と試合中に話をしたことがある。IS操縦者になった経緯や家族の話などだ。

だが、さすがに料理の話をしながら戦う選手はこれまで見たことがなかった。

普通なら呆れかえるのだろうが、鈴の気迫を感じた限り、鈴にふざけている様子が微塵もないように千冬は感じた。これはアリーナの放送から聞こえてくるセシリアと鈴の会話を聞いていた観客席に居た生徒たちも同じことを思ったらしい。

同時に、鈴の前で胸の話は絶対にしてはならないと心に決めた。

 

セシリアはある程度鈴との距離を取ると、振り返り、スターライトmkⅢを撃つ。

数発撃つと、距離を詰められているので、再び距離を取ることに集中する。

ISの機動性においてブルー・ティアーズと甲龍との差はほとんどないが、空中戦での駆け引きの上手いセシリアは鈴との距離を開けることが出来る。

だが、鈴は必死にセシリアに食らいつこうとしているため、中々距離は開かない。

故に、セシリアと鈴の戦いは必然的に長期戦となる。

 

「アタシの部屋にねひき肉にする機械あるから使う?」

「お願いだから、ひき肉料理は勘弁してくださいな」

「どうして?イギリスでもハンバーグは食べるんでしょ?別に良いじゃない」

「普段でしたら、問題ないのですが、その無表情で言われると怖いですわ」

「何言ってるの?セシリア?あたしが怖いって傷つくわ…ね!」

 

鈴は双天牙月をセシリアに向かって投げる。

セシリアは鈴の投擲を避けることが出来ない。なぜなら、セシリアの決めていた進行方向の先に鈴が武器を投擲してきたからだ。頭で考え、理論的に動くセシリアにとって、イレギュラーは弱い。現実の出来事に回避のための思考が追い付かない。

だが、必ず鈴の攻撃を避けなければならないという決まりはない。

なぜなら、鈴の攻撃を迎撃してしまえば、セシリアの進行方向に障害は無くなるからである。

 

「処女神の狩猟弓 (トクスォ・テーレウシス・アルテミス)!」

 

セシリアのスターライトmkⅢは洋弓へと姿を変える。

己の渇望を力にする能力、単一仕様能力をセシリアは発動させた。

同時に、セシリアは素早く矢を引き、放った。セシリアの手から離れた矢は瞬時に方向を変える。物理法則から考えて、あり得ない動きである。

矢は大きな弧を描き、鈴の投擲した双天牙月の柄に命中し、破壊する。

 

「これで一気にケリを付けさせてもらいますわ!」

 

セシリアは弓を引き絞り、鈴を狙う。弾道が修正されるとはいえ、相手を狙っていると言うことを相手に見せつければ、牽制になると思ったからだ。

セシリアによって放たれた矢は直線に鈴に向かって飛ぶ。

弾速はブルー・ティアーズの放つビームに比べて遅いモノの。ISというパワードスーツの助力で放たれた矢は一般的なアーチェリーの矢とは比べ物にならないほど速い。

幾ら速くとも、機動が直線であれば、見切ることは困難ではない。

鈴は残っていた双天牙月でセシリアの放った矢を弾いた。

 

セシリアは自分の単一仕様能力によって放たれた矢が鈴の双天牙月を回避しなかったことに驚く。なぜなら、セシリアは自分の単一仕様能力を弾道修正による絶対必中だと思っていたからである。自分の仮説が正しいなら、どうして狙った筈の鈴に当たらない。

 

「いったい、どういうことですの?」

 

こういったことは試合前の練習の時に行って調べておくべきなのだが、練習の時に単一仕様能力が発動しなかったため、単一仕様能力の研究をセシリアは出来なかった。

故に、セシリアは試合本番中に単一仕様能力を使用し、研究するほか方法は無かった。

ここでセシリアが立てた仮説は「障害物は関係なく、矢を目的物に向かわせる」というモノだった。シャルルが矢を受けた理由も、双天牙月を破壊できた理由も、鈴が矢を防げた理由も納得いく。

 

「これが本当ならあまり使えた能力ではありませんわね」

 

セシリアは単一仕様能力を解除し、洋弓と化したスターライトmkⅢをライフル型に戻す。

弓よりライフル型の方が狙うのに慣れていると言うこともあるが、連射速度があまりにも違うからである。矢筒から矢を手に取り、弓を絞り、狙いを定めて、矢を放つことで初めて弓による攻撃となる。だが、ライフルは狙いを定めて引き金を引くだけで良いため、次の弾発射までの時間が短い。

故に、現状ではライフル型の方が好ましい。セシリアはそう判断した。

 

「ねえ、知ってる?セシリア?お肉の形状を変えて、火の通りを良くする方法はね、ひき肉にする以外にも方法があるのよ」

「また、料理の話ですの?貴方のひき肉料理の話は聞き飽きましたわ!」

 

距離を取ったセシリアは鈴を包囲するようにブルー・ティアーズを配置し、鈴を狙い撃ちにする。四方八方からのビーム射撃。

鈴はセシリアの攻撃を可能な限り回避しつつ、距離などを目視で図り、狙いを定める。

 

「答えはね……ミートハンマーで叩き潰すよ!」

 

鈴の甲龍の左右の非固定浮遊部位は突如変形し、何かを放った。

何かと表現したのは目に見えないものだったからである。

その2つの何かの内の片方はブルー・ティアーズの一つに命中する。

 

「一つだけか。二兎追う者は一兎も得ずね」

 

鈴が使った武器は龍砲という衝撃砲である。

空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す第三世代型の武器である。しかも、砲身も砲弾も眼に見えないという特徴がある。

その上、砲身斜角がほぼ制限なしで撃てるものだから、死角がない。

不意打ちにこそ、龍砲は真価を最も発揮する。見えない砲身と砲弾で相手を翻弄し、試合の流れを相手の流れから自分の流れに変えることのできる逆転のための武器である。

実際に、セシリアはブルー・ティアーズを破壊され、困惑している。

 

「肉はしっかり叩いておかないとね!」

 

鈴は数発セシリアに向かって龍砲を撃つ。

困惑していたセシリアに一つは命中するが、撃たれた衝撃で我に返ったセシリアは回避行動を取りながら、再び距離を取る。

 

「叩かれる前に、ハチの巣にして差し上げますわ」

 

セシリアはブルー・ティアーズを横並びに配置し、鈴を狙う。

 

「最近ね。一夏やシャルルから和食や洋食も教えてもらっているの。ロールキャベツ、ハンバーグ、つくね、ミートスパゲティ、グラタン、ピーマンの肉詰め、ミートローフ、鶏肉団子、ミートボール、コロッケ。ひき肉料理ならある程度はいけるわよ。さ、何が良い?」

 

鈴も左右の龍砲をセシリアに向ける。

 

「結局、ひき肉料理ですわね。ミートハンマーはどこに行ったのかしら?」

「ミートハンマーはステーキ焼くときに使うのよ。知らなかった?」

「えぇ、私、一度も使ったことありませんでしたからね。だいたい、お肉に火が通らないのなら、業火で焼き尽くせば問題ありませんわ!」

「そんなんだから、アンタは料理が下手なのよ!」

 

そこからはセシリアと鈴の罵り合いと射撃武器の打ち合いが続く。

武器の数においてセシリアが勝っていたが、鈴は連射によりこれをカバーする。

となれば、後は火力だ。

衝撃砲は空間に圧力をかけて砲弾が出来るため、遠距離になると威力が落ちる。

だが、ブルー・ティアーズのビーム兵器は距離に関係せず、威力は一定である。

セシリアはこれに早い段階で気づき、距離を取る。

逃げるセシリアに対し、鈴はセシリアを上空から追い込んでいく。

セシリアが鈴の行動の法則性を読み切るより先に、鈴がセシリアの動きをなんとなく察し、勘で追いかけたことがこの試合の流れを掴んだ理由である。

セシリアは次第に下へと追いやられていく。

 

「あは♪逃げても無駄よ。お肉はミートハンマーから逃げられない運命なのよ」

 

鈴はセシリアとその周囲に向けて衝撃砲を最大出力でかつ最速連射で放った。

セシリアのブルー・ティアーズはシールドエネルギーを失い、グラウンドの砂ぼこりで視界を奪われてしまう。センサーがあるとはいえ、この状況は不味い。

このまま、この場所に留まっていては、相手の居場所が分らないため、攻撃できない。

故に、セシリアは舞い上がる砂ぼこりの中から脱出しようと後退した。

 

「バッチリ、読み通りね」

 

上空には双天牙月を手にした鈴が居た。

鈴はセシリアが怯んでいる隙に、セシリアが逃げることを読み、その先に向かうことで距離を詰め、セシリアの真上を取ったのだ。

鈴は渾身の力で双天牙月を振るい、試合を決めようとする。

 

その時だった。頭上から大きな光が降ってきた。

光はアリーナのシールドを突き破り、グラウンドに着弾した。

爆音がアリーナ中に響き、着弾の衝撃でグラウンドにクレーターができ、焼夷弾でも落ちたかのように黒煙がグラウンドから上がる。

 

「何が起きましたの?」「何よ!」

 

セシリアと鈴は手を止め、爆心地を見る。

この状況を見て分かることは、テロに近い、悪い出来事ということだけだった。

もし、本当にテロならば、試合どころではない。アリーナ中に警戒のサイレンが鳴り響く。やはり、自分たちの予測は間違っていなかったようだ。

 

黒煙は次第に晴れ、見たことのないISが佇んでいた。

全身黒ずくめで、腕は長く、各所に無数の穴がある。手に得物はなく、装備に格闘武器は見えない。故に、セシリアと鈴はこの無数の穴が銃口であり、この所属不明のISは射撃戦闘に特化したISなのだと推測した。

ISのモニターに『ステージ中央に熱源 所属不明のISと断定 ロックされています』というウィンドウは現れた。所属不明と聞き、二人の間に緊張が走る。

この所属不明の黒いISが今の騒動の元凶であると推測した。

二人は武器を構え、所属不明のISへと狙いを定める。

 

『試合中止!オルコット!凰!すまないが、観客の避難が済み、教師部隊の到着まで足止めを頼まれてくれるか?』

「分かりましたわ!」「はい!」

『ヒット・アンド・アウェイを繰り返して、時間稼ぎをするだけで構わない。制圧する必要はない。くれぐれも無理するな。ISのシールドエネルギーの残量が危なくなれば、すぐにピットに戻れ。いいな?』

「了解しましたわ」

「はい…でも、アレ、倒しちゃっても構いませんよね?千冬さん」

『できるなら、やってみるが良い。だが、無茶をすれば厳罰だということだけは分っておけ。…それと、学校では織斑先生だ』

 

セシリアはスターライトmkⅢを、鈴は衝撃砲を襲撃に対し放つ。

襲撃者はスラスターを使い、横移動で二人の射撃を躱す。また、同時に両手を二人に向け、射撃を始める。威力はセシリアのブルー・ティアーズより高い。砲撃と言っても違和感のないモノだった。しかも、連射速度も鈴と同等の速さである。砲口の数が多いため、発射されるビームの数はセシリアや鈴の比ではなかった。

ビームは嵐となって、二人を飲み込もうとする。

 

「何者か知らないけど、向こうはやる気ね」

「そうでなければ、こちらもやる気が出ませんわ」

「それで、アンタ誰よ!」

 

鈴は襲撃者に質問をする。

だが、襲撃者は何も答えず、無言で攻撃をしてくる。

 

「腹立つわね!ミンチ!?ひき肉!?すり身!?どれがいいの!?」

 

鈴は龍砲を放ちながら、襲撃者に接近を試みる。

ちまちま遠くから攻撃するより、双天牙月で撲殺する方が速いと睨んだからだ。

なぜなら、相手は近接格闘の武器を持っていないため、格闘戦が苦手と判断したからだ。

そして、鈴の推測は間違っていなかった。

 

「また、ひき肉料理ですわね。ですが、同意ですわ。騎士の決闘に横やりに入れる無礼者に作法の一つを叩きこんで差し上げますわ!」

 

そんな鈴の援護射撃をするために、セシリアは距離を取り、ブルー・ティアーズとスターライトmkⅢで狙撃を行う。しかも、相手の命中率を下げさせるために、セシリアは鈴から離れる。即興にしては役割分担の出来た見事な連携だった。

そんな二人に対し、襲撃者は回避と射撃を繰り返すだけだった。

 

襲撃者の連射能力と機動力は思った以上に高く、鈴はなかなか距離を詰められない。

やきもきした鈴は少し強引に特攻をかけた。

「兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきを睹ざるなり」という言葉がある。

これは孫子の兵法に書かれた有名な言葉である。要するに、同等の力を持つ相手に対し、長期戦になれば戦いは泥沼化していくため、少々強引でも短期決戦に持ち込んだ方が良い結果が得られる可能性が高いという言葉である。

鈴の行動は兵法上間違ったことはしていない。

事実、鈴は襲撃者の多くの攻撃を回避し、間合いを詰めることに成功している。

鈴は双天牙月を襲撃者に向かって、薙ぎ払う。

 

だが、先ほどの兵法の話はあくまで上手く行く可能性が高いと言うだけの話である。世の中、万事上手くいくはずがない。要するに、失敗する可能性とてあるということだ。

襲撃者は鈴の攻撃を避け、攻撃直後で隙の出来た鈴に掴みかかった。襲撃者に捕まえられた鈴は龍砲を放とうとするが、襲撃者は鈴を掴んだ掌の砲口を使い、零距離射撃を行う。

この衝撃をまともに受けてしまった鈴は脳震盪により意識を失いかける。

襲撃者は鈴を投げ捨てる。投げられた鈴は地面の上を転がり、地面に一本の溝を作った。

 

「やって……くれたわ…ね」

 

朦朧とする意識の中、鈴は最後の力を振り絞り、龍砲を放つが、狙いが定まっていないため、襲撃者に掠りもしない。その間に、襲撃者は鈴との距離を詰める。そして、襲撃者は右腕を鈴に向けると。手の甲にある方向が光り出した。

襲撃者は最大出力で砲撃を行い、絶対防御を突破し、鈴を倒そうとする。

セシリアはブルー・ティアーズとスターライトmkⅢで鈴にとどめを刺そうとする襲撃者に対して射撃する。そんなセシリアの攻撃を襲撃者は避けると、砲撃という名の反撃を始めた。手数と威力で勝る襲撃者の攻撃にセシリアはペースを乱し始めた。

 

「射殺して差し上げますわ!」

 

気持ち的に追い詰められてきたセシリアは逆転になればと単一仕様能力を発動させる。

単一仕様能力の発動が逆転のきっかけになればと思ったからだ。

セシリアは襲撃者の攻撃を避けながら、弓を絞り、狙いを定める。

放たれた矢は蛇行し、襲撃者の放ったビームを掻い潜り、襲撃者の砲口の一つに刺さった。

 

「…これは」

 

セシリアは驚く。なぜなら、鈴との試合中に立てた仮説が間違っていたものだと気づいたからだ。あの仮説が正しいのなら、自分の放った矢は襲撃者のビームによって迎撃されているはずだからだ。ならば、自分の単一仕様能力とは何か、セシリアは考える。

 

最初の使用の時はシャルルとの試合である。シャルルのグレー・スケールに攻撃されそうになった時に使った。結果は、矢は弾道を変え、グレースケールに命中し破壊した。

二度目は先ほどの鈴の試合中に鈴が投擲した双天牙月に放った時である。矢は双天牙月に命中し、双天牙月を破壊した。

三度目は鈴の甲龍を狙ったものである。だが、この時、矢は弾道を変えず、まっすぐに飛び、鈴の双天牙月に弾かれる結果となった。

そして、今の四度目は襲撃者のビーム砲撃に対する反撃。矢は弾道を変え、襲撃者のビームを全て避け、襲撃者の砲口に命中した。

セシリアは三度目とそれ以外の時の違いと、一度目、二度目、四度目の共通点を探す。

 

「分かりましたわ!」

 

セシリアは襲撃者の砲撃を避けながら、弓を構え、弓を引き絞った。

狙いは定めておらず、矢の先は何もない所を向いていた。だが、それでも構わない。なぜなら、この矢は絶対に狙ったところに当たるのだから。セシリアの手元から離れた矢は物理法則を無視したような動きをし、襲撃者へと飛んでいく。襲撃者は砲撃でこの矢を撃ち落とそうとするが、矢はこれをすり抜け、襲撃者の肩の砲口に刺さった。

 

「単一仕様能力で放たれた矢が当たった時のことを考えましたわ。共通点を二つ見つけましたわ。私が攻撃されているということと、相手の武器に命中すること。以上のことと、私の渇望の形を考えた結果分かりましたわ。『武器破壊による絶対迎撃』。これが私の処女神の狩猟弓の能力ですわ!」

 

『自分の大事な物を壊すものを射倒したい』という渇望を形にした能力だった。

敵本体を狙えない理由にセシリアは心当たりがあった。

これは両親から受け継ぐ財産の相続争いに関係している。セシリアを騙し、親族だと言って財産を奪おうとする者が居たが、これをセシリアは嘘だと見破り、証拠を相手に出し、詐欺で訴えると脅すと相手は逃げ帰った。

敵の牙や爪を折ることができれば、相手は戦意を喪失し、襲ってくることはない。逆に追い詰めすぎると窮鼠猫を噛むとなってしまうとセシリアは知っていた。

そのことが単一仕様能力に反映されたのだと推測している。

そして、三度目の発動で弾道修正されなかったのは、相手が攻撃していなかったからであると推測している。

 

セシリアは単一仕様能力を発動させたまま、ブルー・ティアーズを操り、一気に畳みかける。攻撃すれば絶対に武器を破壊されると分かった襲撃者は攻撃できず、ただ回避するしかなかった。

 

「アンタ、良いとこ持っていき過ぎなのよ!」

 

脳震盪から回復した鈴が龍砲を放つ。

ほとんど不意打ちに近かったため、半分以上が襲撃者に命中する。かなりの近距離で放つことが出来たため、襲撃者のISの装甲や砲口を幾つか破壊できた。

これで、一気に戦局はセシリアと鈴の有利へと変わった。

勝てる。セシリアと鈴は確信した。

 

その直後、アリーナ全体が闇に包まれ、空には禍々しい紅の満月が浮かんでいた。アリーナが夜に包まれたようだった。空を見ることの出来た誰もがこの状況の異質さに驚く。

襲撃者の能力だと判断したが、すぐに、違うと分かった。

空から大量の何かが降り注ぎ、地面と襲撃者に刺さったからだ。鈴はいち早く空から降って来る物に気付き、上空に龍砲を放ったため、セシリアと鈴は無傷だった。

地面と襲撃者に刺さったのは赤黒い杭だった。

 

「今度はなんですの!」

 

杭が地面に刺さってから数秒後、セシリアと鈴と襲撃者の間に何かが落ちてきた。

落下の衝撃でグラウンドに砂塵が舞い上がる。

砂塵は次第に晴れていき、落ちてきた物の正体を露わにした。

三人の間に落ちてきた物は漆黒の軍服に身を包んだ白髪白貌の青年だった。

 

「ヒーーーーヤッハーーーー!」


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