IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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今回の話は、前回のギャグパートと全く違う雰囲気の話です。

前半はベイ中尉、後半はラウラです。


ChapterⅩⅤ:

深夜、一人の男が港の倉庫が立ち並ぶ倉庫街を走っていた。

この男の表情をみれば、この男が減量目的にランニングしているのではないということは誰の目にも明らかである。全力疾走しているため、滝のように汗は流れ、息は荒い。

血走った目で身を潜めることの出来そうな場所を探している。

男は追われていたからだ。

だが、この男の手にはサブマシンガンがある。

現代日本において、このような武器があれば、相手が武器を携帯している警察や自衛隊、暴力団でない限り、逃走する必要などない。にも関わらず、この男は逃走している。

男の逃走の要因となった相手の戦力が強大であり、サブマシンガン程度でどうにかなるはずがないと男は自覚したからだ。

男がそれに気づいたのは、先ほどまで数十人いたはずの仲間が全滅したからである。

ある者は串刺しにされ、ある者は追跡者に桁外れの力で殴られ、頭部が吹き飛んだ。

幾ら銃を撃ってもほとんど当たらない上に、当たっても相手は負傷しない。

理解の範疇を超えた現状に対し、このような小さなサブマシンガンがたった一つで、打開できるはずがない。故に、男は逃走という選択肢を取った。

サブマシンガンを手放し、人通りの多い場所へ向かいたくとも、深夜の倉庫街から人の居るところは遠すぎる。追跡者から逃げるには身を隠し、自分を見失うことを待つことが最も生存率の高い選択であると男は経験則から察した。

だが、行けども行けども倉庫であり、身を隠す場所がない。所々障害物があるのだが、身を隠すという役割を果たすことが出来る程の大きさはない。

 

「神はまだ俺を見捨ててないようだな」

 

だが、幸運にも身を隠すことが出来そうな物を男は見つけることが出来た。

廃棄されたタイヤが平積みにされていたのだ。この大きさからしておそらくこのタイヤはダンプカーなどの特殊車両のタイヤなのだろう。大の男が1人入るには十分の大きさだ。

男はタイヤの中に隠れ、息を潜めることに専念する。呼吸音が漏れないように、全く別のことを考え、気持ちを落ち着かせ、息を整えようとする。

息を整えるには、ゆっくり大きく呼吸し、穏やかな光景を思い浮かべることが効果的だと師からの教えを男は思い出した。

ここから、逃げ切り、暗殺対象を殺せば、遠くの国に高飛びし、莫大な報酬でゆっくり余生を過ごすのが良いだろう。南の島の温かい島が良い。

男はそんなことを考え、息を整えた。だが、突如聞こえてきた声により、男は緊張し、落ち着き始めていた息と心臓が激しさを取り戻した。

 

「ハハッ、Versteckspielってか?確か、この国じゃ、かくれんぼっつーたか?」

 

追跡者の高ぶった声が男の耳に入ってきた。

どうやら追跡者はこのかくれんぼを楽しんでいるらしい。

男の耳に聞こえてくる追跡者の足音が次第に大きくなることから、男に追跡者が近づいてきていることを男は察し、息を止める。

……10m……5m……3mと、追跡者は男との距離を詰めた。

 

「確か、こっちの方に来たのは分かるが、……どこ行きやがった?」

 

だが、男からすればこのような生死を賭けたかくれんぼなど堪ったものではない。

辞められるものなら辞めたい。辞められるのなら、なんでもしよう。裏稼業で稼いだ金なら幾らでもある。一文無しになっても構わない。言われた額を絶対に払おう。

だから、俺を見つけないでくれ。殺さないでくれ。

何時間経ったか分からないほど、男はタイヤの中で必死に祈り続けた。

だから、祈り始めてからその声が聞こえるまで、数秒だったのか、数分だったのか、数時間だったのか男は分からない。

 

「……あーあ、止めだ止めだ。海風でこの服が汚れやがる。今さらあんな小物逃したところで、雑魚とはいえハイドリヒ卿が認めた後任共が殺されるなんてありえねぇ。まあ、殺されたら殺されたで、劣等が数匹くたばるだけだ。俺の知ったことじゃねぇ。俺に認められたいってのなら、俺と殺し合いができるぐらいになってもらわねぇとな……まあ、いい。こんな時はさっさと帰って、酒を飲むに限る」

 

追跡を諦めたのか、踵を返し始めた。

次第に足音は小さくなり、追跡者が遠ざかっていっていることが分かる。足音が聞こえなくなると、男はタイヤの中から、這い出て、この場から離脱しようとする。

九死に一生を得た感覚の男は極度の緊張感からの解放により、失禁する。

平時の大の男なら、濡れる下着の感触を嫌がるものだが、今のこの男はこの感触を味わえるのも生きている証拠だと感激している。

 

「と思ってるが、それでもハイドリヒ卿の命令は絶対なんだわ」

 

頭上から血に飢えた獣の声が聞こえてきた。

その声は追跡者の声だった。

声が聞こえてきた直後、男の目の前に何かが落ちてきた。

白貌の吸血鬼、ヴィルヘルム=エーレンブルグだ。

ベイの落下の衝撃により、目の前のアスファルトは陥没し、轟音が鳴り響く。男は腰を抜かし、その場に座り込み、どう足掻いても覆せない絶望感というものを初めて知った。

 

「こちとら、殺しを生業にしてんだ。俺がテメェら劣等ごときを一匹でも見失うとでも思ったか?目を瞑っていようが、耳塞がれようが、ぬるま湯につかって平和ボケしたテメェらを殺すことなんざ余裕すぎて、欠伸が出るぐらいだ」

「……」

「おい、なんとか言ってみろよ。劣等」

「……」

「あー駄目だ、こりゃ、気失ってんな」

 

ベイは放心状態の男の表情を見て、嬉しそうだ。

自分に銃を向け、殺そうと粋がっていた人間の表情が絶望に変わるこの瞬間がベイは好きだった。絶望に打ちひしがれる者の行動は様々であり、見ていて飽きないことが多い。

この男の場合は、一時的な自我崩壊だった。

 

「だったら、目覚ましのマッサージはどうだ?」

 

ベイは失神している男の足を踏みつけ、男の足の甲の骨を砕く。

車を壊すための粉砕機によって、紙細工が壊されるようだった。

踏みつけられた男の足は骨が粉状になるまで粉砕されたことにより、形を保てなくなってしまう。もはや人間の足の姿をしておらず、ゲル状になっていた。

更に、アスファルトで摩り下ろされた足からは夥しい量の血が溢れていた。

変形と大量出血により、男の足は元が足だったと分からないものになっていた。

耐えがたい激痛は男の脳に自我を取り戻させるために十分なショックを与えた。

 

「Guten Abend. 気持ち良すぎてイキかけてるところ悪いんだがよ、テメェにちぃと聞きたいことがあるんだわ。…あーっと、『1.何が暗殺対象だ?』だ」

 

ベイはポケットからクシャクシャになった紙を広げ、読み上げる。

この紙にはイザークが書いた暗殺実行犯に対する尋問表だった。

男の目の前にいるベイはやる気がなさそうだ。実際、ベイのやる気は微塵もない。ベイはベアトリスに『脳筋バトルジャンキー』と評されるほどの戦闘狂だ。

目標抹殺というシンプルな任務以外の任務をまともに熟せないベイは尋問の内容をよく忘れる。故に、複数の尋問をするときは、このように誰かに尋問表を持ち歩かされる。

今回ベイが持たされている尋問表は、イザークが臨機応変という言葉を知らないベイのために、分かりやすく樹形図化してある。

 

そんなベイの事情を知らない男だったが、ベイの機嫌を損ねるわけにはいかない。

ベイが怒れば、自分はあっさりと消されてしまう。

あっさり消されるのならまだ良い。最悪、拷問が始まるかもしれない。

あの圧倒的な腕力と得体のしれない杭の正体が何なのか分からないが、口を割らすための道具になりえるからだ。

故に、男の中には正直に答えるという選択肢しか存在していなかった。

 

「シャルル=デュノアだ!」

「こっから、こういって……『→シャルル=デュノアの場合:2.どうして狙う?』」

「電話の男に依頼されたんだ!目的なんか俺たちは知らない!」

「んで、此処に行くから……『→依頼の場合:3.依頼人はデュノア社か?』」

「知らない!俺たち殺し屋は情報が漏れないためにも、互いの素性を知ってはならない暗黙の掟があるんだ!本当だ!殺さないでくれ!」

「ワンキャン五月蠅ぇぞ。もう良い。死んどけ、餓鬼」

 

一気に機嫌が悪くなったベイは形成により体中から杭を出現させる。

唯でさえ、イザークの書いた紙が彼にとって複雑すぎてイライラしているのに、彼の言う劣等の耳障りな喚き声を聞かされたのだ。我慢の限界突破などすぐだ。

殺さないでくれという男の嘆願はベイの耳に入っていない。ベイにとって、生殺与奪は自分の気分次第であり、相手の事情など知ったことではない。

殺気を出すベイは右腕を振り上げ、拳に力を込める。

ベイの拳は岩をも砕く鋼鉄を超える強度を手に入れ、巨大で頑丈なハンマーとなった。

しかも、唯の巨大で頑丈なハンマーではない。このハンマーには指という鍵爪がある。まともに喰らえば致命傷は必至である。仮に直撃を免れたとしても、鍵爪が人体を抉り、体を内部から掴まれてしまう。最悪、そのままベイの拳が体を食い破るだろう。

ベイの拳は人を殺すために進化し、人の生き血を啜ってきた結果である。

こんな拳を喰らえば、誰であろうと、生命維持は不可能になることは自明の理だ。

ベイの殺気に恐怖した男はポケットの中から携帯電話を取り出し、ベイに差し出してきた。後数センチのところで男の頭に触れ、アスファルトに叩きつけ、殺しそうになった手をベイは止める。

 

「あん?」

「依頼人から送られてきた携帯電話です。この電話に唯一登録されているのが今回の依頼人です。依頼人が誰か知らないけど、これさえあれば、依頼人が分かるかもしれません」

「なるほどな。確かに、これをイザークに渡せば何とかなるだろう」

 

ベイは男から携帯電話をひったくるように受け取る。

 

「もう、テメェは用済みだ。じゃあな、Auf Wiedersehen.」

 

男の座っていた地面から数本の赤黒い杭が現れ、男の体を貫いた。

地面から生えた杭が男の血を啜ると、男の体は水気と生気を失っていく。最後に男の体は灰のようになり、宙へと舞っていった。これがベイに追われた男の結末だった。

その場には男の遺留品のみが残る。ベイはそれらを漁り、金になりそうなものをポケットに詰め込むと、余った遺留品を近くの海に投げ捨てた。

これで、遺体もなければ、遺留品もない。

万が一、この男の遺族が捜索願いを警察に提出したとしても、行方不明扱いになり、ベイに辿り着くことはないだろう。

 

「とりあえず、今日はんなもんか。今日の収穫は魂36……数は悪くねぇが、所詮は劣等だな、魂の重みがまるでねぇ」

 

それに比べて、先日のIS学園の戦闘で無人機のISを破壊したときに核から奪い取った魂はかなり良質だった。故に、ベイは今のところ殺人衝動は抑えられている。

 

「んで、金が……765万と…飛んで961円か。この国の暗殺者は相変わらず羽振りがいいねぇ。数が少ねぇし、ポリ公どもがダリィから、依頼料は高くなるんだろうが、手持ちでこの金額たぁ、依頼料はぼったくりだな。一人殺るのに、幾らとってんだ?」

 

金勘定をするために倉庫にもたれ掛かっていたベイは立ち上がると、歩き出した。

此処は近くの港からIS学園に様々な物資を搬入するために、建てられたIS学園近くの倉庫街であり、ベイの居城でもある。魂を食らうために網を張るには不向きな場所ではあるが、此処を離れるわけにいかない理由があった。

 

「ハイドリヒ卿の命令がなけりゃあな」

 

シャルロットは現在シャルルとして、IS学園に席を置いており、世間一般的には二人目の男のIS操縦者である。

だが、シャルロットの正体が一夏にばれたことがデュノア社に伝わってしまっているはずだ。なぜなら、デュノア社が一方的に、シャルロットの連絡を打ち切ってきたからだ。

真相は不明だが、幾つかその要因が考えられる。

一夏に正体がばれたシャルロットはIS学園を去るつもりであったため、その日のうちに盗聴器は撤去してしまった。他にもシャルロットの動きを監視するためのスパイがIS学園内部に紛れ込んでいる。など、様々な可能性が考えられる。

シャルロットからこれを聞かされた一夏は、シャルロットが正体を明かす前に証拠隠滅を図り、デュノア社は刺客を送り込んでくると考えた。

シャルロットを黒円卓の第三位に迎え入れた一夏からすれば、数十年かけて探し当てた英雄の卵が狙われるこの事態を見過ごすは毛頭ない。

デュノア社に消される前に、真実を公表し、デュノア社を潰すという手もあったが、シャルロットが今の自分の立場を維持し、その幕は自分で引きたいという願いを一夏は無碍にできない。

となれば、刺客を迎撃するしか方法はない。デュノア社を潰すということも考えたが、破滅しても、一部の者らが刺客を送り込んでくる可能性はないとは言い切れない。

他にも、夜都賀波岐のこともある。ツァラトゥストラと現在話をするつもりはない。

他者との対話によって真相を知っても何の面白味もないからだ。

真相を知るのは相手をねじ伏せ、口を割らす方が性に合っている。

そこで、一夏はベイにIS学園近辺にある倉庫街で堅気でない人間を尋問し抹殺せよという刺客一掃の命令を出した。

相手が堅気であるか否かはベイの勘任せだが、ベイの勘が外れたことがない。

人殺しが纏う独特の死臭を見つければいいだけだからだ。

ベイの本音としては『ヒャッハー!死にたい奴はどいつだ!』と叫びたいところだが、生を謳歌する表社会の者に対して襲撃を掛けるのはハイドリヒによって、固く禁じられている。人を戦うことしか頭のないベイだが、ハイドリヒへの忠誠心は揺るぎないものであり、ハイドリヒの命令を破るわけにはいかない。

破れば、自分はハイドリヒの騎士でなくなる。

故に、ベイは此処から食事と一夏への報告以外で離れることが出来ない。

 

「命令が無けりゃ、ジンバブエか…スーダンだな」

 

昼間はこの倉庫街にある西の廃倉庫の事務室で眠り、夜になると活動する。

幾ら廃倉庫と言えども、人が来ないとは言いきれないため、昔組んでいたマレウスから教え込まれた人避けの魔術を行使し、昼寝を邪魔される要因を排除する。

 

「まだ、続いていたのかチェチェンは」

 

根城に戻ってきたベイは新聞を読んでいた。

ベイは戦闘狂であり、これまで幾つもの紛争地帯で暴れてきた。こういった紛争地帯を見つけるのには世界情勢を知っておく必要がある。そして、世界のどこかの国の戦争のきっかけを探すことにおいて、メディアというツールは最も便利である。

戦争のきっかけを見つければ、後は持っているスマートフォンで深い情報を探す。

普段『ヒャッハー』と叫んでいる脳筋であるが、戦争とハイドリヒがらみとなると普段使わない脳みそが活性化する。むしろ、この時だけ脳を動かしすぎるからこそ、普段のベイの脳は休眠状態になり、『ヒャッハー』になっているのかもしれない。

一通り新聞に目を通したベイは立ち上がる。

 

「後はこれをハイドリヒ卿に送れば、今日のやることは終わりだな」

 

 

 

同時刻、ドイツ、ベルリン郊外

 

ドイツ国産の有名高級車に女性が乗っていた。

黒髪のボブカットの女性は運転席でハンドルを握っている。そして、その横の助手席には銀髪の長髪の女性が腕を組み座っていた。二人とも眼帯をし、軍服を着ていた。

運転席の女性より助手席に座っている女性の方が若干年下に見える。

 

「隊長、施設自体は2年前に閉鎖され、施設閉鎖後に研究員や職員が研究のデータを持ち出したという可能性もありますので、残っている情報は少ないと思われます。ご了承のほどよろしくお願いします。それと、現在、黒兎部隊の隊員が研究員や職員の足取りを追っています。索敵なら得意なのですが、情報収集を不得手とする者たちは多いので、研究員や職員の発見には時間がかかると思われます」

「しかし、良いのか? 下手をすれば、この国の暗部に狙われることになるぞ?」

「構いません。あの『ドイツの冷氷』と評された唯我独尊のラウラ=ボーデヴィッヒ隊長が『他者と繋がりを知りたい』と心を開き、私たちに頭を下げたのです。それだけで十分です……それに」

「それに?」

「それに、黒兎部隊の中には隊長と同じ施設出身の者もいます。私もその内の一人です。だから、貴方のお気持ちは分かりますよ。ラウラ=ボーデヴィッヒ隊長」

「そうか、迷惑をかける。これからも頼むぞ。クラリッサ」

 

二人はある場所に向かっていた。ベルリン郊外にある工場地帯の一角にある『白い一角獣(ヴァイス=アインホルン)』という研究機関の研究施設である。

この研究施設ではある物が研究され、生産されていた。

 

この研究機関で研究されていた物はドイツという国の事情に絡んでいた。

ここで、軽くドイツ近代史を話す必要がある。

数十年前、EUの国の中でドイツはかつて非常に優秀な国だった。国民は規律に厳しく守り勤労に勤しみ、税金を納め、国庫は潤っていた。だが、ドイツという国は転落した。

EUの複数の国の財政破綻が発生した。財政破綻した国の負債を補填するために、EUの同盟国のドイツの国庫が使われた。これだけなら、問題は内閣の支持率低下で話は済んだ。問題はドイツが消費拡大と労働力獲得のために行った移民政策が予測以上に進み、安い賃金で働く移民たちにドイツ国民が仕事を奪われたことだった。

何故、急激にドイツへの移民が急増したのか。それは財政破綻した他国から職を求めて安定していると思われるドイツに移住する者が急増したことが要因だった。

本来なら、国庫などを使いドイツ国民の所得を保証するのだが、国庫が他国の負債負担をしてしまったため、自国民の所得を完全に保証するほど残っていなかった。移民政策により、移民の納税が一部免除されていたため、移民からの国の収入は少なかった。

政府は移民政策を止めるが、ドイツ国内に出稼ぎという形で入国する他国民に対し入国拒否の権限をドイツ政府は持っていなかった。EUの規則で入国拒否の基準を定められていたからだ。結果、ドイツ国内から金が流出してしまい、ドイツ国民の経済は悪化した。

これにより、ドイツ国民の中で移民排斥運動が多発した。移民の企業が襲撃されるような暴動は無かったものの、一部の者たちによる移民への傷害事件は頻繁に起こった。

政府はこれに対する打開策を見つけることが出来ず、政治家を辞職する者が後を絶たず、国の政治経済は崩壊の危機に陥った。

そんなとき、一人の政治家がある提案をした。

 

『優秀なドイツ国民を育てれば、この国は安定するはずだ』

 

この提案は的を得ている。だが、この提案の実行案が異端だった。

優秀な人材を遺伝子組み換え技術により人工的に産み出し、高水準の教育を受けさせる。優秀な子どもは優秀な大人になり、国の指導者となって、国の立て直しを図るというものだった。その研究と人材の育成を国から委託されたのが、この機関だった。

そして、この機関で生まれたのが……

 

遺伝子強化試験体

 

当初は時間や予算が掛かり過ぎ、非人道的であることから世論の反対の意見は多かった。

だが、国はこの委託事業を強硬に推し進めた結果、三十五年でドイツ政治経済は回復した。

増えすぎた移民を国外退去させ、EU内で起きた財政破綻国の負債を見捨てた。

EU内部からは非難の声があったが、『国とは自国民のために存在するものであって、他国民のためにあるものではない』と毅然とした態度を取り、これ以上の他国の非難は内政干渉であり戯言だと切り捨てた。結果、EU内の他国はドイツを軽視することはなくなった。

ドイツ政府の委託事業は成功だと国内では称賛され、反対意見は減少した。

 

ラウラとクラリッサはこの『白い一角獣』機関の出身である。

ともに、ISの高い適正とISの好成績を収めたことから、IS配備特殊部隊に所属している。特に、ラウラは異例の出世をし、最年少で少佐に就任した。

 

「では、何故、『白い一角獣』という研究機関は消えた?」

「表向きでは、非人道的であると主張する人権保護団体による反対意見によるものだとされています。ですが、我々の調査の結果、『白い一角獣』機関を遡っていきますとある機関に辿り着きました。」

「なるほど、その機関に問題があり、公になってはドイツの立場がなくなる。だから、強引に閉鎖させたということだな?」

「その通りです」

「その機関の名前は?」

「生命の泉(レーベンスボルン)です」

「何だ、それは?」

「第二次世界大戦頃にドイツに存在した機関です。現代風にいうのでしたら、母性養護福祉機関です。ドイツ民族の人口増加とドイツ国民の純血性の確保を目的とした機関です」

「ナチス絡みか」

「はい。レーベンスボルンの一部が優生学の研究を始め、その一部が何度も組織名を変えて、脈々と繋がり、最終的に『白い一角獣』機関へとなったわけです。『白い一角獣』機関のおかげでドイツは復興しましたが、それがナチスと関わっていたとなると、諸外国から追及されかねません。ですから、露見する前に、ドイツ政府の手で潰す必要があったというわけです。『白い一角獣』機関の閉鎖が行われる数年前から、国営放送で『白い一角獣』機関の人道性について論議される番組が増えたのは、世論を操作するためだと考えられます。……到着しました」

 

クラリッサは白い建物のゲートの前で車を止めた。

研究機関は三年前に閉鎖された為か、敷地内の草木は荒れ放題だった。芝生は手入れされておらず、伸びきってしまっている。落ち葉も堪り過ぎて、ほとんどアスファルトが見えない。にもかかわらず、寂れた感じはしない。

ラウラとクラリッサは車から降りる。

 

「ラウラ=ボーデヴィッヒ隊長、お気づきですか?」

「あぁ、人が居るな」

 

研究施設の門の近くのアスファルトに出来た水たまりから濡れたタイヤが通った跡があった。昨日は雨だったことから、この水たまりは昨日できたと予測できる。

そして、水たまりから出来た真新しいタイヤ痕がついさっきできた物であると分かる。

ラウラとクラリッサは身を隠しながら、施設の周りを散策する。

すると、一台の黒塗りの最新の高級車が止まっていることを視認した。

しかも、この高級車はロケット弾を食らってもフロントガラスが割れないという頑丈さが売りの車だ。このような車を買うものなど、よほどの物好きか、誰かから狙われるようなことをしている者しかいない。

 

「クラリッサ、最悪の場合ISの使用を許可するが、今回の目的は情報収集だ。人が居れば、殺さず捕縛しろ。できるなら、先ほど渡した消音機付きのハンドガンで対処せよ。それと、これから私たちが乗り込むのは敵地だ。襲撃の可能性は十分ある。気を抜くな。」

「了解(ヤヴォール)」

 

銃を手にした二人は『白い一角獣』機関の研究施設の中へと突入した。

音を立てず、息を殺し、奥へと二人は進んでいく。

突入直前に施設の図面を見ていたため、迷うことなく、奥に進めた。

そして、何事もなく二人が目指す場所である地下の『資料室』へと辿り着けた。

目的の場所にすんなりと辿り着けた二人に緊張が走る。少しだけ資料室の扉が開いていたことから、資料室に誰かが居ると二人は推測したからだ。

だが、不可解な点が一つあった。資料室の扉の取っ手の埃が無いことから、最近誰かがこの取っ手を握ったと分かるのだが、資料室前に積もった埃に足跡がない。

此処に人が来たのなら、施設の玄関から此処まで足跡があるのが普通である。空中を移動することが出来ない限り、ありえない。侵入者はISを使っているのかと仮説を立てたが、ISで飛行するにはこの廊下は狭すぎる。この廊下に足跡を残さず進む方法は蜘蛛のように、壁や天井に張り付いて進んだとしか考えられない。

資料室の扉を開け、二人は銃を構えたまま、中を見て回る。

 

「隊長、こっちには誰もいません」

「……こっちもだ。クラリッサ、周囲を警戒したまま、資料を回収せよ」

「了解(ヤヴォール)」

 

ラウラとクラリッサは利き手に銃を持ったまま、資料室の本棚の本を虱潰しに探していく。二人の予想に反して、資料はほとんど残っていた。

普通、組織を解体するのならば、資料は研究員や職員が受け継ぐなり、廃棄する。

一般人に見られて不味いものであるならば、敷地内で焼却処分をするのが通常であり、資料を放置するなど普通に考えれば、ありえない。

では、何故ここまで資料が残っているのか?とラウラは考えていた。

そして、目的の資料である研究結果の概要と遺伝子強化試験体の交配一覧を見つけた。

ラウラは銃を置き、遺伝子強化試験体の交配一覧の中から、夢中になって自分を探し始めた。だから、背後に迫るそれが声を掛けてくるまで、ラウラは気付けなかった。

 

「おや、これは可愛らしいお嬢さんだ」

 

ラウラの首に数本の糸が触れた。


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