IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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『IS -僕は屑だ-』の読者様に謝罪します。
執筆がうまくいかないため、次話の投稿が遅れます。
更識姉妹戦は書き終わったのですが、次話で速攻ラウラ戦というのもいかがな物かと思い、現在推敲しております。
大変申し訳ありません。

屑霧島



ChapterⅩⅩⅧ:

シャルロット・デュノアは自分の置かれた状況に戸惑いを隠せなかった。

その理由は幾つかある。

まず、一つ目、シールドエネルギーの残量が残り少なかったため、銀の福音の一撃で沈められると思っていた。自分の見た未来における銀の福音の攻撃は強大であり、死んでいてもおかしくない代物だったからだ。にもかかわらず、自分は生きている。意識もあるし、目も見えている。どこも痛くないし、自分の拍動が感じられる。

要するに、自身が無傷であることに、驚いているということだ。

次に、何故、此処に自分の師であり、一夏の友人であるカール・クラフトが居るのかと言うことである。男子専用の保健医であるため、臨海学校に同行しているのは知っていた。だが、銀の福音の撃墜命令が出てからは、旅館で待機しているはずだ。だから、こんなところに居るのはおかしい。

三つ目はカール・クラフトの服装が襤褸切れ一枚であり、傍から見れば、完全変質者の格好をしていたからである。

四つ目はISを使わずに、カール・クラフトが宙に浮いていることである。だが、彼が一夏の友人であることを考えれば、取り立てて騒ぐほどのことでもないと納得する。

そして、シャルロットが一番動揺したのは、カール・クラフトに抱きかかえられていることである。首の後ろに左腕を、膝の裏に右腕を回し、自分を支えている。カール・クラフトの顔は近く、手を伸ばせば届く距離だ。

要するに、一般的な女性が憧れるお姫様抱っこというものだ。

誰よりも胡散臭そうに見えたこの男の顔が、今のシャルロットからはいつもより格好良く見えてしまった。カール・クラフトが格好良く見えるなんてありえない。吊り橋効果による一時の心の迷いだと、シャルロットは自分に言い聞かせる。

 

「カール……クラフト」

 

自分たちより遥か下からベアトリスの声が聞こえてくる。

ベアトリスは負傷した螢を抱えている。

 

「やぁ、久しぶりだね。ヴァルキュリア。そちらは君の後任だったレオンハルトか」

「……貴方は誰の味方ですか?」

「誰のとは……愚問。私は誰の味方でもない。マルグリットの為につくすマルグリットの奴隷だよ。獣殿は私の友人であり、ツァラトゥストラは私の愚息であるだけで、それ以上でもそれ以下でもない」

「では、何が目的ですか?」

「それは追々話そうではないか。まずは……」

 

銀の福音がカール・クラフトとシャルロットに向けて銀の鐘を放つ。

シャルロットは創造の力で未来予知を行うが、完全に回避できる道がない。ラファールの専用防御パッケージであるガーデン・カーテンを使用しても防ぎきれないほどの数のエネルギー弾にいつものシャルロットなら焦っただろう。

 

「用済みの役者には退場願おう」

 

だが、今の自分にはカール・クラフトがいる。彼の真意は分からないが、状況から判断して、彼はどうやら自分を助けてくれたらしい。この場は彼に任せるのが得策だとシャルロットは判断した。策士であるカール・クラフトはあまり表だって戦うことはないが、実力は折り紙つきだと一夏から聞かされていた。

彼ならば、この現状を打破できるかもしれない。シャルロットはそう考えた。

 

「Noli me tangere.」

 

カール・クラフトは何処かの国の言葉で呪いのような詩を唱える。彼が行ったのはそれだけで、迫りくるエネルギー弾に防御や回避行動を取ることはなかった。なぜなら、防御や回避は必要なかったからだ。カール・クラフトとシャルロットを飲み込もうとするエネルギー弾は二人に当たる直前で弾道が変わり、逸れていく。

目標に攻撃が着弾しなかったことを確認した銀の福音は再び銀の鐘を放つが、結果は同じであった。

射撃が効かないと判断した銀の福音はカール・クラフトへ接近し、格闘を挑もうとする。

 

「Cornu bos capitur, voce ligatur homo.」

 

カール・クラフトまで後10mのところで、銀の福音は急停止した。

銀の福音は停止したのではなく、縛られ停止させられたかのようだ。だが、銀の福音が何によって縛られたのかは全く分からない。

スラスターの出力を上げ、更に前に進もうとするが、見えない何かによって縛られているため全く前に進まない。前進以前に、この異様な摩訶不思議な束縛から逃れなければならないと判断した銀の福音は、この束縛から逃れようと機体を振るい、もがくが、全く動かない。この束縛の力は圧倒的だった。

銀の福音の力と束縛の力は赤子と重機ほどの差があった。

この束縛の圧力は次第に増していく。束縛の圧力で銀の福音の機体は軋み始めた。銀の福音は悲鳴のような声を上げる。

 

「Veritas liberabit vos.」

 

銀の福音のシールドエネルギーは急激に減り、0となった。

見えない束縛から逃れようともがいていた銀の福音の悲鳴は止まり、青白い光を放っていた光の翼は閉じられ、銀の福音は強制的に待機状態へとさせられた。銀の福音の操縦者であるナターシャ・ファイルスはカール・クラフトの魔術によって、空中を浮遊する。

 

たった数秒で銀の福音が沈黙させられたことにシャルロットは言葉を失った。

カール・クラフトは師であり、一夏が実力を認めたほどだ。故に、圧倒的に自分より格上の銀の福音を赤子の手を捻るかのように無力化させるのは出来て当然である。頭ではこのような事態になるのは分かっていたが、実際に目にすると圧倒されるというものである。

 

「シャルロット・デュノア、君は銀の福音の操縦者を連れて、虞美人と合流し、獣殿のところへと向かうが良い。私は彼女らに話がある」

 

カール・クラフトに睨まれたベアトリスは思わず強張ってしまう。カール・クラフトと初対面であった螢は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。

カール・クラフトのお姫様抱っこから解放されたシャルロットはナターシャを受け取ると、合流するために鈴と連絡を取ろうとウィンドウを開くと、呼び出し音が鳴った。

シャルロットは自分を呼びだそうとしている人物を確認すると、呼び出しに応じた。

 

『カールの力を察知したが、何かあったか?シャルロット』

 

ラファールのウィンドウにハイドリヒ化していた姿を元に戻した一夏が映っていた。更に、新しくウィンドウが開く。そのウィンドウにはISを部分展開したラウラと千冬が映っていた。どうやら、IS学園側の人間を納得させるために、会話に参加させているようだ。

 

「カリオストロの介入で第二次形態移行した銀の福音を撃墜、ヴァルキュリアとレオンハルトも何とかなりそう」

『そちらにカールとヴァルキュリアにレオンハルトは居るのか?』

「うん」

『結構。ならば、そちらに居る全員に聞こえるようにしてくれ』

「分かった。鈴たちも呼び出すね」

 

シャルロットは鈴を呼び出し、会話に参加させる。

だが、ISのオープンチャンネルで会話をするより、直接会って話をした方が良いと判断したシャルロットは鈴に単一仕様能力でこちらに向かうように伝え、通話を切る。

数秒後、単一仕様能力でシャルロットの元に鈴は箒とセシリアを連れて現れた。

 

『久しいな、ヴァルキュリアにレオンハルト。何十年ぶりになるのか、私は忘れてしまったが、卿等の顔を見ることが出来てうれしいぞ』

「貴方は相変わらず変わっていませんね。ハイドリヒ卿」

『私は私だ。幾年の月日が経とうと、私が変わるはずがなかろう。…と、無駄話を長々としていては日が暮れてしまう。さっそくだが、ヴァルキュリア、カインはすぐにでも卿らの元に送り返そう』

 

自分たちを黒円卓から離れることを許可したことがあったため、一夏の言葉はある程度予測できたが、まさかこんなにも早く解放すると言ってくるとは思っていなかったため、ベアトリスも螢も驚く。

 

『卿等がツァラトゥストラを連れてくればの話だが』

「藤井君に何の用ですか?」

『事態が単純ならば、カインを人質にツァラトゥストラを呼び出してツァラトゥストラ相手に再戦していた。だが、思った以上に我らの置かれた状況というのは複雑らしい。ツァラトゥストラが認知しているもの、私が認知しているもの、カールの認知しているものに大きな差が生じているようだ。一度我ら三人で話し合う必要があろう』

 

戒をグラズヘイムから解放する条件としてはベアトリスにはあまりにも良すぎる。話し合いをして一夏にとって何の得があるのか、ベアトリスはそれが分からなかった。

 

「ハイドリヒ卿、貴方の目的は何ですか?」

『無論。女神の守護者としての責務を果たすためだ』

「だったら、何故戒を殺したのですか?」

『私の前に障害として立ちはだかったからだ。私の障害として立ったのならば、私が破壊するのが、愛であろう?守護者の責務どうこうは関係ない』

 

ベアトリスは改めて思い知った。

そうだ。これがヴェヴェルスブルグの城主、ラインハルト・ハイドリヒだ。

頭は斬れ、冷静な判断で臣下を指揮する。それでいて、約束を違えぬ義理堅さがある。

だが、自分の障害となる物や壊すべきものを見つければ、破壊の限りを尽くす。

彼の行動の根幹は彼が全てを愛しているが故にだ。全てを全力で愛する。愛でるべきものを愛で過ぎた結果、繊細に出来ていたそれが砕け散り壊れてしまったとしても、その物の存在価値を貴ぶことが出来たのならば、それで良い。それがハイドリヒの全てである。

 

無論、ベアトリスは今回の篠ノ之箒強襲計画の立案の時には分かっていた。

だから、一夏に対し、人質という手を使い、彼の行動を制限させるという策に出た。彼の行動を制限させ、IS学園側を混乱させれば、一夏はIS学園側の指示で篠ノ之箒の救助には来ることはないだろうとベアトリスは考えていた。そして、狙い通り、IS学園側が混乱し、一夏本人が篠ノ之箒強襲作戦の本命に直接的に介入してくることはなかった。

だが、この策は一夏に障害…いわゆる破壊するべき対象というものを与えてしまい、戒を一夏に奪われてしまった。戒を一夏に奪われたのは、作戦を立案した自分の責任だ。

 

「分かりました。藤井君を貴方との対話の席に連れてきます。だから…」

『安心しろ。あの者を私は一度破壊しつくした。再びカインに危害を加えるようなことをしたところで既知感しか残らぬ。それでは私にとって、何の娯楽にもならん』

「……そうですか」

『無論。カールにも出席してもらう。否は言わせんよ』

「私としても、これ以上脚本通りに事が進まぬことに苛立ちを感じておりました故、卓に着くことに異論はない」

『決定だな。他にも、篠ノ之箒、我が姉上も参加してもらうとしよう。我らの目的を知ってもらわねば、こちらとしては何かと都合が悪い。だが、我々の存在は大多数の凡人からすれば到底認められるものではないだろう。全面戦争をしても構わんが、そちらとしても不本意であろう。故に、我々を認めてもらうが、他言は禁ずる。当然、我々と会談するという事実もだ。だが、姉上に我らのことを伝えた者には許可する』

『お前たちが何をしようとしているのか見定めるために卓に着くのは理解できるが、何故、篠ノ之も出なければならない?』

『それについてはその時に話そう』

『良いのか?篠ノ之?』

 

話について行けず戸惑いの色を隠せない箒に千冬は尋ねる。無論千冬も黒円卓の正確な事情を知らないため、一夏たちの話についていけていなかったのは同じだ。

だから、千冬は一夏達の話合いに参加し、黒円卓が更識楯無から聞いたようなこの世界に害のある存在なのか確かめるために、話を聞く必要があった。

 

「……」

『無論、出なくても構わん。卿が己の真実を知る機会を与えようとしているだけ故、私が損をするわけではない』

「……私の真実だと」

『左様。卿の知らぬ卿を私は知っている。そして、それ以上に、カールは卿のことを知っているだろう』

「おやおや、気付いて居られましたか」

『たとえ、この身が脆弱な身であろうと流石に気付く』

 

自分の知らない自分を誰かが知っているだと?ありえない。箒は自身にそう言い聞かせようとするが、やはり一夏の言葉が耳から離れない。

箒は一夏とカール・クラフトを交互に見る。

好意をまったく抱けない野獣のような男である一夏は破壊に溺れた嫌悪の対象。

だが、それ以上に、カール・クラフトという男から箒は目が離せなかった。

 

カール・クラフトは襤褸を纏い、虜囚や浮浪者のようにみすぼらしい風貌をしていた。だが、箒の見たことのある炉修や浮浪者のように絶望に満ちた表情を彼はしておらず、満たされた表情をしていた。

 

「……」

 

そんな彼に箒は釘付けになった。無論、彼の襤褸や表情が箒の目を引いた一因とはなっているが、主因ではなかった。

大空のように澄みきった青い瞳と、少し癖があり漆器のように艶のある黒髪。

この二つが彼女の目を引いた主因だった。

何故なら、箒は鏡の前に立った時にこの二つを見ることができたからだ。

 

「良いだろう。そこまで言うのならば、私が何者なのか証明して見せろ」

『決まりだな。では、明日の晩、日付が変わるときにIS学園の第一アリーナで再び会い見えよう』

 

一夏はそう言うと、通信を切った。ベアトリスと螢は何処かへと跳び、姿を消した。気が付けば、カール・クラフトは居ない。

 

「話も終わりましたし、旅館の方へと向かいましょうか」

「鈴、篠ノ之さんと銀の福音の操縦者を連れて単一仕様能力で先に戻ってくれないかな?僕はセシリアとゆっくり戻るから」

「そうね。外傷なさそうに見えるけど、万が一ということもあるしね。ほら、アンタ行くわよ」

「あぁ、分かったが、私の名前は篠ノ之箒だ。アンタという名前ではない」

「はいはい、んじゃ行くわよ、箒」

 

鈴はシャルロットからナターシャを預かると、詠唱し、単一仕様能力を発動させた。

数回単一仕様能力を使うと、臨海学校の宿泊先である旅館に辿り着く。

腐敗した旅館を見た箒は唖然とした。だが、それ以上に中庭の光景は衝撃的だった。

中庭には一夏と千冬、ラウラに数人の教師が待っていた。ラウラと数人の教師はISを展開している。どうやら、黒円卓の首領である一夏を警戒しているようだ。無論、黒円卓に席を置く自分も警戒されていることに鈴は気づく。

一方の一夏は旅館の中庭にあった岩に腰掛け、くつろいでいる。ISの武器を向けられても余裕があるように見えるが、ハイドリヒ化により余裕がないことを鈴は知っていた。

故に、鈴はISを展開したまま、千冬たちを警戒している。

ただ一人、状況が全く把握できていない箒は戸惑いを隠せなかった。

箒が口を開き、この場の状況を知ろうとするが、千冬の言葉によって遮られた。

 

「凰、お前も聖槍十三騎士団なのか?」

「はい」

「……分かった。ボーデヴィッヒ、ISを解除しろ」

「ですが、教官、彼らはナチスの残党です」

「お前の言い分は分かる。今のお前たちの国ではナチスは自国の過去の恥部であり、存在してはならないのは重々承知している」

「だったら!」

「だが、一夏と凰と話して分かった。聖槍十三騎士団というのは私の思っていたような虐殺を目的としているテロリストのような連中ではないらしい」

「何故、そう言えるのですか?」

「そもそも、一夏は嘘をつかない。それに、凰に聖槍十三騎士団に入っているのかを聞いた。答えは肯定だった。もし、黒円卓がロクデナシ集団ならば、凰は否定しただろう。だが、凰は肯定した。肯定は黒円卓に席を置くことを誇りにしていると意思の表れだ」

 

十数年人生を共にした弟を千冬は熟知し、そして、信頼している。

この時に千冬を騙すためだけに、今まで嘘をつかなかった。そして、今この瞬間一夏は嘘をついている。そんな疑念を千冬は抱いたが、一夏の性格を考えれば、そのような回りくどく、曲がったことをするはずがない。

 

「……分かりました」

 

ラウラはISを待機状態にする。それにつられて、教師陣もISを解除する。脅威がなくなったと判断した鈴もISを待機状態にする。鈴がISを解除したことで、千冬は闘気を収め、箒は紅椿を待機状態にした。

鈴は千冬にナターシャを引き渡す。ナターシャに目立った外傷はなく、呼吸も安定していたが、念のためにと近くの病院へと搬送された。

そして、ナターシャを載せた救急車が旅館を去った直後に、セシリアとシャルロットが旅館に到着した。

 

「ご苦労だったな、シャルロット。卿は首領代行の職務を全うした。明日の夜まで安息を与える。体力と生気を養っておけ」

「……僕たちはヴァルキュリアとレオンハルトに負けそうになったんだよ。それでも職務を全うしたって言えるのかな?」

「卿は思い違いをしているようだな。私は篠ノ之箒を助けろと命じたのであって、彼女らに勝てとは言っていないはずだ」

「っ」

 

自分がベアトリスと螢に勝てると一夏に思われていなかったことがシャルロットは悔しかった。

 

「卿の心の内に忸怩たる思いがあるのならば、次に勝てばよい。これでも私は卿に期待している。首領代行の地位に座らせたのはその証だ。卿が凡夫であったならば、この場にはおらぬ。違うか?」

「……違わ…ない」

「ならば、卿は己の剣を研磨しておけ。いつか必ず卿の力を必要とする時が来る。そのときに、私を失望させないでくれ」

 

一夏に期待されている。自分という存在を認めてくれる。求めてくれる。その事実だけでシャルロットは歓喜に打ち震えた。一夏はセシリアと鈴にも労いの言葉を掛ける。

 

こうして、銀の福音、夜都賀波岐の強襲、聖槍十三騎士団の露呈問題は解決した。

 

その後、戒の腐敗毒によって倒壊寸前の旅館の一部の掃除を行うこととなった。

だが、旅館を支える支柱が腐っていたため、意図的に取り壊し、立て直すしかないと判断した。腐った部分に人が立ち入らないように立て看板を設置し、後は専門の業者に任せることとなった。

 

旅館の後片付けが終わると、日が暮れていたため、夕食となった。夕食は騒動解決の褒美なのか、贅沢な物だった。6人の専用機持ちは一つの机につき、共に夕食を取る。

一夏はいつも通りの雰囲気で食べているが、箒とラウラは一夏を睨んでいる。

箒は先ほどまでまったく事情を全く知らなかったが、千冬から聖槍十三騎士団についていろいろ聞かされた。ナチスの残党ではあるが、目的がナチスとは関係ないようだと釘を刺しておいたが、それでもナチスという言葉には良い印象を持てない。そのため、箒は一夏に対して敵意を露わにする。

このような張りつめた空気の中、セシリアも、鈴も、シャルロットも箸が止まることはなかった。なぜなら、三人とも人間失格者ともいえる師に散々振り回され、慣れてきたからだ。敵意むき出しの箒とラウラを出来るだけスルーしながら、夕食を取る。

 

 

 

一方、その頃、旅館近くの海岸にある崖に一人の女性が座り、モニターを見ていた。

その女性こそ、今世界で一番有名なISの専門家、篠ノ之束だ。

彼女のモニターにはベアトリスと螢相手に苦戦を強いられた箒と紅椿が映っていた。

そんな束の後ろから足音が聞こえてくることに束は気づき、振り向く。

 

「やあ、ちーちゃん」

 

束に近づいてきた者は千冬だった。

 

「ちーちゃんは、今の世界は楽しい?」

 

千冬にとって今までの人生は波乱万丈だった。

両親が行方不明になり、弟と二人となった。ISが誕生してからはISに乗って日本に来たミサイルを迎撃したり、ISの大会に出場してIS操縦者の頂点に立った。

その後はISの教官をやり、金を稼ぎ、弟を養っていた。金を稼ぐためとはいえ、半分弟を放置していた。だが、弟は捻くれることなく育ってくれた。

今年度になってからは、聖槍十三騎士団や夜都賀波岐、無人ISの襲撃や銀の福音事件と騒ぎは多く、平凡な日常を送ってきたとは言い難い。だが、このような騒動だらけの人生を彼女は心底嫌っているわけではなかった。なぜなら、彼女は何かを失ったわけではなかったからだ。故に、千冬の答えはこうだった。

 

「……そこそこにな」

「そうなんだ」

「お前はどうなんだ?」

「私?」

「あぁ、貴様は今の世界は楽しいか?」

「楽しくないね」

「そうだろうな。だから、貴様は世界の根底をひっくり返すような何かを企んでいる。……束、私はこれでもお前の友人のつもりだ。だから、お前が悩んでいるのなら、お前の悩みを聞いてやることができる」

「悩みを聞いたところで、ちーちゃんには束さんの悩みを解決する力を持たないよ」

「何故、そう言える?」

「だって、私は世界の理を塗り替えるには、神になる資格がいるからね。神になる資格を持たないちーちゃんに話したところで協力なんか出来っこないからね」

「神だと……馬鹿馬鹿しい。そんなありもしないようなものに信じ込んでお前は何をしようとしている?」

「言ったはずだよ。世界の理…いわば、法則を塗り替える」

「神の次は、世界の法則と来たか、まるで御伽話みたいだな」

「おとぎ話みたいな話だけど、神は実在して、その神が作った法則が存在する。束さんはそれを壊して、束さんの理を世界に流れ出させる」

「……何のために?」

「世の中って争い事が多すぎると思わない?」

「ま、そうかもしれんな」

「束さんはその無駄な争いの根底を断ち切りたい。でも、それをするには一度世界をひっくり返さなければならない。」

「……」

「次会うとき、ちーちゃんは束さんの敵になっている。いや、ちょっと前から、ちーちゃんは束さんを警戒していたから、束さんのことを敵だと思っていたのかもしれない。だから、ちーちゃんが友人って言ってくれて嬉しかったな」

「親に捨てられた直後孤独感に苛まれていた私に良くしてくれたのは、お前が私に対し友情を感じていたからだろう?だったら、私はその友情に答えなければならない。私たちは友人なのだから」

「ありがとう。嬉しいよ、ちーちゃん」

 

束は崖から飛び降りた。千冬は走って崖の淵まで行くが、何かが落下する音も、何かが衝突する音も聞こえなかった。だが、おそらく、友人は無事だろうと千冬は判断する。

自分が本気で殴っても痛がらなかったのは弟と今飛び降りた友人しかいないのだから。

 


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