IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅩⅩⅧ:

二機のISがIS学園の上空を音速で飛行していた。

一機は第二世代型ISの訓練機として流通している打鉄。

そして、もう一機は第三世代型ISの白式である。

打鉄を操縦するのは専用機とする織斑一夏、白式を操縦するのは一夏の姉である千冬だ。

千冬の乗る白式の方が打鉄より機体の性能が高く、彼女のISの技能が一夏のそれを凌駕している。結果、千冬の乗る白式が一夏の乗る打鉄の前方を疾走していた。

 

「アレが侵入者か?」

「あぁ」

 

千冬は更に連続瞬時加速を行うことで、白式の飛行速度を上げる。

瞬時加速の感覚を狭めることで、夏休み直前のヴィルヘルム戦の時の連続瞬時加速とは比べ物にならないほどのスピードが出た。急な加速によりかなりの空気抵抗が生じる。国家代表候補生レベルの技量をもってしても、バランスが取れなくなり墜落するほどの空気抵抗を千冬はものともしていない。千冬は連続瞬時加速を行いながら、雪片二型を出し、零落白夜を発動させる。このまま一気に、最初の無人機を狩るつもりだった。

一夏も同様に瞬時加速を試みるが、それでも千冬の連続瞬時加速には追い付けない。

死世界・狂獣変生を使えば、楽に追いつくことができるが、聖餐杯でない上にエイヴィヒカイトの鎧を失った今の体では加速によるGに耐えきれない。今の体が崩れれば、戦いどころではない。だが、このままでは千冬に追い付くことができず、千冬との勝負に負けてしまう。誰よりも勝利を望むこの男がそれを許すはずがなかった。

 

一夏は黎明を展開し構えると、ISの望遠機能で標的を凝視し、狙いを定める。

ただまっすぐ目標に向かって槍を投擲すれば、必ず当たる。彼はそう確信していた。風速や風向、空気抵抗や距離や重力などを一夏は一切考えない。彼から言わせてみれば、風や空気抵抗や重力によって投擲が影響されるのは環境が悪いのではなく、非力が原因である。圧倒的な力を持ってすれば、外的要因など無に等しいはずである。

 

「これで勝たせてもらうぞ。姉上」

 

黄金に輝く瞳をした一夏は黎明を投擲する。

だが、今の一夏の器は聖餐杯ではなく、それを模した偽りの器。どれだけ似せても所詮15歳の未発達な肉体であり、その器は一夏の全力に耐えきれない。

黎明を投擲した一夏の打鉄の右腕の装甲は、投擲時の衝撃によって完全に剥がれ落ち、彼自身の右腕も肘から先は無くなり、二の腕も半分は無くなり、残った腕も骨のみとなっている。更に、肩や胸筋や背筋も千切れ、かなり出血している。黒円卓の制服に使われている布を使ったISスーツを彼が着ていなかったら、彼の右上半身は完全になくなっていただろう。出血量は多いが、一夏はそれを全くと言って良いほど気にしてなかった。危機感破壊の影響力もあるが、それ以上に、彼には己に対する絶対的な自信があったからだ。

一方、一夏の限りなく全力に近い力によって投擲された黎明は全ての外的要因を無視し、誰も視認できないぐらいの速さで黎明は空中を駆け抜ける。

音速を越え、光速の域に達したことで膨大なエネルギーを得た黎明から逃れられる方法はない。数秒先の未来で見るであろう無残な無人機の姿を一夏は容易に想像できた。

 

千冬の連続瞬時加速の数倍速さで飛ぶ黎明は、コンマ数秒で前方百メートル先に居る千冬に追い付こうとしていた。後ろから迫りくるモノに気が付いた千冬は更に連続瞬時加速の間隔を狭める。操縦者と機体への負荷を完全に無視した連続瞬時加速により、千冬の体と白式の装甲は悲鳴を上げるが、此処で悲鳴を聞き入れれば、自分は一夏に負けてしまう。

更に、これだけではいずれ後ろから迫りくる一夏の攻撃に追い越されてしまうと考えた千冬は連続瞬時加速を行いながら、標的に向けて零落白夜を発動させた雪片二型を投げた。

手首を素早く返したことで、雪片二型は高速回転し威力が増すが、力加減をしなかった結果、代償として彼女の右手首の関節は外れ、重度の脱臼を負うこととなった。

 

零落白夜の発動により切れ味が増した雪片二型は無人機の首を切断した。ISの本体である核からセンサー類を切り離したことで、ISの核が破損したことによるISの暴走を完全に抑えた。そして、それと全く同時に、一夏の投擲した黎明が無人機の胸部に突き刺さり、貫通し、無人機のはるか後方へと飛んでいき、打鉄から離れすぎたことで粒子化した。センサーとの接続を切断された上にISの各自身も破壊されたことで、無人機はあらゆる状況判断要素を知ることができなくなり、思考能力を失い、完全に沈黙した。

更に、無人機の背部に備え付けられた射撃用の増設エネルギータンクをも黎明が貫いた衝撃によって、タンク内部のエネルギーが暴走を起こし、無人機は爆散した。

 

「引き分けだな」

 

脱臼によって外れた右手首を千冬は力技ではめ込むと、手を開いたり閉じたり、手首を曲げたりして、手首の感触を確かめる。若干の違和感が残るが、無人機の性能や残機から考えれば、今の千冬にとって問題にならない。

むしろこれぐらいのハンデがある方が楽しめそうだと彼女は笑みを浮かべる。

 

「残念ながらな。では、どちらがより多く敵を倒すことができるのかというのは如何かな?」

 

一夏は左手で無人機の胴体を殴る。

ISの力だけでも十分な破壊力を発揮することができるが、部分的なラインハルト化したことで一夏の攻撃を防ぐことの出来るものはこの世に存在しなくなる。ISを纏った今の彼にとって、自分の出す力に耐えることはできないが、己の体に対する負担を考慮しなければ、厚さ数センチの特殊装甲版ですら、紙に等しい。

一夏の圧倒的な力を受けた無人機の胸部が砕ける。壊れた箇所に一夏は腕を入れると、無人機の機体内部でヴィルヘルムの闇の賜物の形成を行う。一夏の腕から生えた血の杭はISの核を破壊すると同時に、核に含まれる魂を奪う。

 

「二機目」

「私もだ」

 

一夏が千冬の方を見ると、首腕脚が切断され胴体だけとなったISが刺さった零落白夜の発動している雪片二型を片手に持った千冬が居た。

瞬時加速で一機の無人機に接近し、すれ違いざまに首を刎ね、背後に着けると雪片二型で両腕と両足を斬り、胸を突いた。この一連の動作を瞬く間に行うことができるからこそ、彼女は世界一の称号を手にすることができた。

 

犠牲を顧みずにIS学園に在籍する黒円卓と夜都賀波岐と女神を始末するようにという束の命令を受けていた無人機だったが、圧倒的な力を目にしたことで、無人機の思考に撤退の二文字が浮かび上がる。更に、IS学園側の増援である二年と三年の専用機持ちが現れたことで、無人機側の状況は更に悪くなる。

結果、無人機の下した決断は散開だった。

個々の戦力は非常に高い上に、織斑姉弟の連携は目を見張るものがある。こちらは連携を取ることができないが、数は多い。故に、戦力を分散させ、追われなかった無人機で目的を果たそうと判断した。

 

「サファイアはケイシーと、更識は織斑と行動しろ」

 

千冬も生徒に対し指示を飛ばす。

本来ならば、イージスというコンビネーションを組んでいるフォルテとダリルだけを組ませて、一夏と楯無は好きにさせるのが王道である。今の一夏は先ほどの勝負でムキになり本気を出した結果、片腕を失っている。出血量は尋常でなく、命の危険があるが、危機感破壊の効果によるものか、一夏自身は何も感じておらず、止血すら行っていない。放置は不味いと感じた千冬は楯無と組ませ、楯無の専用機のナノマシンで止血をさせることにした。

 

「何かあったら、連絡しろ」

 

千冬はそう言い残すと連続瞬時加速で無人機を追った。やる気のなかったイージスコンビも内申点に響きそうだからという理由で無人機を追うことにした。

千冬から一夏の右半身の治療を任された楯無は治療に専念する。傷口をナノマシンで覆い、浸透圧と水圧を利用し、出血を抑える。危機感破壊によって回復力が落ちており、血が完全に止まらない。このまま、完全に放置していては不味いが、術式が解除されるまでの応急処置としては十分だろう。危機感破壊が終われば、後はカール・クラフトにでも見せれば、すぐに治る。

 

「織斑君、私に似た女の子見てないかしら?」

「……あれではないのか?」

「え?」

 

一夏が左手の人差し指で指した方向には楯無と瓜二つの女子が現れる。

髪のカールの剥き方や、眼鏡をかけていること、彼女自身から出ている雰囲気など差はあるが、パッと見では差が分からないほど似ていた。

手を後ろに回した状態で、真正面から二人の方へと歩く。

 

「簪ちゃん、今まで何処に居たの?心配したのよ」

「……」

「簪ちゃん?」

「……発射」

 

簪は山嵐を展開し、一夏に向けてミサイルを射出する。

彼女が手を後ろで組んでいたのは、山嵐のマルチロックオン・システムに環境情報を入力するのを一夏と楯無に見られないようにするためだった。山嵐のマルチロックオン・システムに入力する環境情報は大型の端末に行わなければならないのだが、あらかじめ大まかな環境情報を打ち込んでいたため、この時に必要だったデータの入力は小型の端末で十分に行うことができた。

普段ならものともしないような48発のミサイルは、自滅により負傷しISを待機状態にし危機感破壊によりエイヴィヒカイトの鎧を失った一夏にとって、十分な脅威であった。

48発のミサイルは全弾一夏に命中し、爆発による爆風と炎が辺りを襲う。地面のタイルは剥がれ、校舎の窓ガラスは割れ、校庭に植えられていた木が燃えだす。

一夏が立っていた場所は爆発による黒煙で見えないため、一夏がどうなっているのか分からない。そして、6基のブルー・ティアーズが一夏の立っていた場所を取り囲むように配置に着くと、一斉射撃を開始した。

一夏の傍に居た楯無はISを展開していたため、何とか防御を取ることができたが、何故妹このような行動に出たのか理解できなかったため、唖然としていた。

ただ、分かるのは、妹は一夏を殺そうとしていたことと、妹に加勢しているISは先日イギリスで強奪されたサイレント・ゼフィルスであることだけだった。

あまりにも想定外で、最も転んでほしくない展開になったことに、楯無は自分の中から湧き出る焦りというものを感じていた。だが、すぐに楯無は冷静を取り戻す。焦りは判断ミスを起こし、最悪の結末へと転がっていく。冷静を取り戻した楯無は、妹を連れて、この場からの離脱を試みることにした。

手負いの相手に反撃を許さないほどの攻撃を浴びせている現状において、逃走など普通に考えれば、ありえない。だが、楯無は山嵐の爆発の寸前に見てしまったのだ。

 

棚引く金髪の鬣を

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒはシュヴァルツェア・レーゲンを展開し、母である綾瀬香純を抱いた状態で、逃げ遅れた来場者が居ないかチェックを行っていた。捜索開始数分後、箒を見つけ合流し、再び来場者が居ないか見て回っていた。途中、セシリアからISを展開した侵入者と交戦に入り、シャルロットが相手を殺したという連絡があった。

 

「アレは」

 

ラウラが指す先には右腕から黒い刃のギロチンを生やした蓮が立ち、彼の手には女性の生首があり、彼の足元にはその女性の物と思われる体が横たわっていた。彼の右腕から生えるギロチンの刃の一部が血と思われる液体で紅く染まっていることから、蓮が彼女の首を切ったのだと箒とラウラは推測した。

さらに、蓮の傍には頭部を半分失い倒れている黒いカソックを身に纏った男と、ISを展開した黒髪の女性が頭を抱えた状態で立っていた。

 

「箒、母よ。藤井以外の者に見覚えは?」

「……神父さん」

「知っているのか?」

「夜都賀波岐のヴァレリアン・トリファだ」

「箒も知り合いか。……普通に考えれば、トリファという男が倒され、その敵であるあの女を藤井が殺したといったところか?」

「おそらく」

「ラウラちゃん、神父さんを早く助けないと」

「母の願いとあらばと答えたいところだが……あれは致命傷だ」

「そんな」

 

その直後、恋人であるスコールを殺されたことで我を忘れたオータムは、蓮に向けてマシンガンを乱射する。激情と頭痛の影響で、オータムの射撃は精密さを欠いてしまい、何処に当たるか自分ですら分からない乱射となっていた。相手が精密射撃をして来るなら、相手の視線などから弾道を知り、回避しながら距離を詰めることは可能だが、乱射であるならば完全に弾道を見切ることは困難である。なぜなら、相手の照準と意思が一致しないからだ。

創造の発動にはある程度の集中力を要するため回避しながら、照準が十分逸れたと判断した瞬間に、美麗刹那・序曲を発動させ、蓮は一気に間合いを詰めることにした。

 

「美麗刹那・序曲!」

 

エイヴィヒカイトの脚力で十分相手の照準から離れた瞬間、蓮は己の創造を発動させた。

美麗刹那・序曲の発動により、蓮の見える世界が遅くなっていく。

オータムの放つ銃弾はまるで掴み取れる程遅くなったように、蓮は感じていた。今なら倒せるそう考えた蓮は足に力を入れ、一気に距離を詰めようと足に力を入れた。

だが、蓮の目の前に突然壁が現れた。突然現れた壁に戸惑いながらも、蓮は方向転換し、別の方向に跳び、オータムへの接近を試みようとするが、目の前の景色が変わらない。いや、それどころか、目の前の壁が次第に近づいて行く。そこで、蓮は初めて気が付いた。

自分の目の前にあるのは壁ではなく、地面であることに。

跳躍しようとした瞬間、蓮の足は折れてしまったのだ。

危機感破壊により鎧を失った結果、通常の人間の肉体程度の耐久しかなくなった。その結果、一夏と同じように、自分の力に自分の器が耐え切れないという現象が起きてしまった。

蓮は美麗刹那・序曲を発動させたまま地面の上を転がり、オータムの乱射を回避する。

 

「まさか自滅とは……司狼が聞いたら、大爆笑もんだな」

 

美麗刹那・序曲の発動により、相手の動きや銃弾の動きが遅く感じられるため、蓮は地面の上を転がるだけで、オータムの乱射を回避することができていた。

加速する時の中で蓮はオータムに近づくことは出来るが、無傷とはいかない。

蓮はオータムのマシンガンが弾切れを起こすまで、回避に徹することにした。

悲しみのあまり忘我し乱射するオータムと蓮との間にラウラは割って入る。そして、AICを起動させ、オータムのマシンガンから発せされる銃弾を全て止めていた。ラウラが銃弾を止めている間に香純は蓮を担ぎ、逃走を図ろうとする。

 

「退け!餓鬼!」

 

AICにマシンガンは相性が悪いと判断したオータムは上空に向かってクラスター爆弾を放った。空中でクラスター爆弾は分解し、無数の小型の爆弾がラウラに向かって降り注ぐ。

正面からの乱射と上空からのクラスター爆弾の雨、多方向からの攻撃にAICは対処しきれないため、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは削られてしまう。

ラウラの危機を救おうと、箒は上空からオータムに向けて攻撃を行う。箒の空裂の攻撃が届く寸前でオータムは後退し、攻撃をかわすと、箒に向けても射撃を行う。

 

「香純、お前何のつもりだ」

「何のつもりって、アンタを連れて逃げるつもりよ」

「そうじゃない。俺はお前に日常であり続けてほしいって言ったよな。だったら、なんでこんなところに足突っ込んでやがる」

「勝手に意地張るな!かっこつけるな!どれだけアタシが心配しているのか知ってるの!?いつも邪魔者扱いされてアタシがどれだけ悔しかったか知ってるの!?いつも一人で勝手に重荷背負って、自分で何でも解決しようとして!」

 

香純は蓮の頬を抓る。蓮は香純に対して文句を垂れるが、頬を抓られた状態では何を言っているのか香純に伝わることはなかった。香純は一通り文句を言い終えると蓮を担ぎ、その場から逃げようとする。だが、蓮はそんな香純を突き飛ばした。

 

「知ってる。でも、俺はそれでもお前にはこっち側に来てほしくないって言ったよな? 俺の自分勝手な願いだけど、俺はお前には笑っていてほしいって言ったよな? 俺に自分勝手だって香純は言うけどな、俺からすれば、お前も自分勝手なんだよ」

「蓮?」

 

その時になって、蓮は己の渇望を思い出した。蓮の渇望が日常という儚い刹那を永遠に味わうだけではなく、永遠にして守り続けることもだと。であるならば、求められることは己の変化ではなく世界の変化であり、求道ではなく覇道でなければならない。自分がどれだけ速くとも、今という時間は様々な外部要因によって変わっていってしまうから。

それを理解した彼は己の渇望が満たされるルールを新たに創造する。

 

「日は古より変わらず星と競い

定められた道を雷鳴の如く疾走する」

 

蓮の創造の力の一端の発動により、香純は蓮に向かって手を伸ばした状態で停止する。

誰よりも蓮の傍に居たが故の結果だった。

 

「そして速く 何より速く

永劫の円環を駆け抜けよう 」

 

彼の覇道は彼の放つ瘴気と共に、一気に彼の周りを飲み込んでいく。

蓮と香純を守ろうとしたラウラ、オータムが飲み込まれていく。ラウラに加勢していた箒も彼の覇道に飲まれそうになったが、彼女の性質上、蓮の覇道の効果は薄かった。だが、箒への効果が皆無というわけでもなかった。

 

「光となって破壊しろ

その一撃で燃やしつくせ 」

 

彼の覇道に犯されていくのは人だけではない。舞い上がった砂埃や、木に燃え移りそうになる炎や、ラウラに向かって飛来する銃弾や立ち上る煙すら動きが鈍り始める。

 

「そは誰も知らず  届かぬ  至高の創造

我が渇望こそが原初の荘厳」

 

彼の願いこそ……

 

『Disce libens』

 

“時よ 止まれ”

 

「創造――涅槃寂静・終曲」

 

蓮の右腕から生えていたギロチンは消え、代わりに背中より死神の大鎌を彷彿とさせる黒いブレードが4対生える。背中から刃が生えた結果、上半身の服は刃によって切り刻まれ、布きれとなり、地に落ちる。それと同時に、肌は死人のように黒くなり、両の眼と髪は血のように赤くなり、左の目から血涙が垂れ、腹に水銀の汚染を主張するかのようにカドゥケウスの紋章が浮かび上がる。

 

「ぐっ」

 

変貌した蓮を目の当たりにしたオータムは直感的に危機を感じ取り、逃走を図る。

だが、彼女は気づくのが遅かった。すでに、蓮の覇道に犯されていたため、彼女の動きは自覚できる程遅くなっていた。PICを作動させ、急上昇し、方向転換を行い、瞬時加速でこの場から離れるという数秒あればできる動作を実行することが彼女はできなかった。

頭でどれだけ命令を送っても、体とISがそれを実行してくれない。

地面を這いずりながら、蓮はオータムに近づく。蓮の速度は四つん這いの赤子より遅くなっていたが、時間の停滞が強くなっているため、誰であろうと今の蓮から逃げられない。

迫りくる危機に対し、オータムはなす術が無かった。

 

「俺の刹那を塗り替えるなど誰であろうと許さない」

 

吠える蓮の姿を見た箒は感嘆のあまり、言葉を失った。最初はただ何が起きたのか理解できなかったからだった。夏休み直前の会談で、蓮の理が時間の停滞だと聞かされていたことを思い出しため、すぐに、自分が今まさに体験しているものがそれだと理解できた。だが、それでもなお、彼女は言葉を失ったままだった。蓮の外見の禍々しさに恐れおののいたのではない。だが、好感触を抱いたわけでもない。彼の願いが具現化したことで、このような渇望が許されるのなら、己の願いも抱くことはおかしくないのだと、己の思考に安堵したのだ。

 

そして、時間の停滞が始まってから数十秒後、蓮はオータムの足元に辿り着き、見上げると、背中に生える4対のブレードの刃先をオータムに向けた。

相手は重傷であるにもかかわらず、自分が追い詰められている。

相手が地に伏しているにもかかわらず、自分が遥かなる高みから見下ろされている。

こんな奴に…スコールが…私が…

 

「どうして負ける?とでも聞きたそうだな。だったら、教えてやるよ。……この世界を一つの小説と考えてみろ。ジャンルはお前の好きなように思い描くといい。お前はその小説の登場人物で、お前が見ている光景こそがその小説の一端だとする。そこで質問……お前は何役だ?」

 

オータムは自分の人生を振り返った。普通の人とは言い難い人生を送ってきた。何度も死にかけたことはあるし、何度も人を救ったこともあれば、人を殺したこともある。

自分を客観的に見て、自分は正義のヒーローとは言い難いが、悪役でもないだろう。自分は裏社会の人間で、裏社会の法を司るような立場に居た。だったら……

 

「どこにでも居そうな血圧の高い厚化粧のおばさんだな」

 

蓮の言葉を聞いた直後、オータムは視界がぼやけ、風切り音が無数に数秒間聞いた。更に、体の中を何かが通り抜ける感覚が無数にあった。だが、途中からオータムは何も感じることができなくなる。

オータムが感じていたのは、ギロチンの処刑。

視界がぼやけたのは、眼球を通る形で頭部を切断されたため。途中まで聞こえていた聞こえていた風切り音が聞こえなくなったのは、聴神経が切断されたため。体の中を通り抜けたものはギロチンの刃だったため。そして、途中から何も感じることができなくなり、何も考えられなくなったのは時間停滞の拘束力がオータムの精神に影響したためでもあり、ギロチンがオータムの頭部を細切れになるまで斬殺したからである。

 

「なんでかって?あえて言うなら……顔だな」

 

涅槃寂静・終曲を解除した蓮の声はオータムには届かなかった。

 

 

 

 

 

4つ目のスワスチカが開く。

一つ目は、数か月前、クラス代表戦現れたベイが無人機を破壊することで開き、

二つ目は、本日、一夏と千冬が無人機を破壊したことで開き、

三つ目は、本日、シャルロットがクゥを殺害し、彼女の専用機の核を破壊したことで開き、

四つ目は、今、ヴァレリアン、スコール、オータムが死に、二人の専用機の核が破壊されたことで開く。

黒円卓第6位補佐であり、ゾーネンキントの資質を持った香純が、四つ目のスワスチカが開く現場を見たことで、死を想った。

 

 

 

 

 

楯無の耳に入ってきたのは爆音のエンジン音だった。

IS学園はバイクを所持していない。そして、IS学園の関係者もバイクや車を所持していない。となれば、バイクか車の主が外部の人間となるのが同然なのだが、外部の人間は現在全員避難しており、この場に居るはずがない。

楯無はバイクか車のエンジン音の聞こえる方を見ようとするが、振り向く直前に突風が楯無のすぐ真横を吹いたため、楯無は吹き飛ばされた。吹きぬける時に起きた衝撃はもはや風の次元を超えている。だが、突如起きた風である以上、突風以外に言い表すことの出来る言葉はない。

ミステリアス・レイディのPICを使い、楯無は空中で体制を整える。

 

「今のは?」

 

楯無はISの索敵機能でエンジン音を発するモノと風の正体を探し出そうとする。

エンジン音を発するモノと風の正体は同じであるということが何とか分かったが、それがあまりにも速く縦横無尽に動いているため、自動の補足機能では正体を見極めることができない。更に、銃声が数発聞こえてきた。ISの銃ではなく一般的な拳銃の銃声であり、現状から拳銃を持つ者がエンジン音を発するモノであるとに気付いた。そして、ミステリアス・レイディに損傷が無い上に、サイレント・ゼフィルスのブルー・ティアーズが爆散したことから、狙っている物が自分でないことも理解した。

 

「見ぃつけた♪……あれが…僕の獲物か」

 

銃を撃っていたものがようやく止まった。

第二次大戦以前に生産されていたドイツの軍用バイクに跨っていた人物は自分より年下に見える中性的で、白髪で右目に眼帯をつけ、ナチスの軍服を着た特徴的な少年だ。とても楽しそうに嬉しそうな口調で少年は喋る。だが、そんな少年からは人間とは思えないほどの獣性が感じられた。

少年の視線の先には屋上で狙撃退性に入っているサイレント・ゼフィルスが居た。バイクは急発進し、少しの坂を利用し、飛翔する。少年が操作するバイクの駆け抜けた衝撃でサイレント・ゼフィルスの居た建物は崩壊し、大きな更地が出来る。

 

「何だ、もうおしまい?…でもなさそうだね」

 

瓦礫の中から、満身創痍のサイレント・ゼフィルスが現れる。

少年の駆け抜けた衝撃でシールドエネルギーと装甲の一部を失ったからだ。

すでに、勝敗は明らかだった。

 

続いて聞こえてきた音は、砲撃による轟音。襲い掛かってきたもの、は猛火と熱風。

全てを焼き払うかのような炎が簪の横を掠め、IS学園の校舎を融かした。

 

「やっと、来たね。ザミエル、遅いよ」

 

少年は目の前のサイレント・ゼフィルスから視線を逸らし、楯無の後ろに視線を送る。

そこには、赤毛の顔が半分焼けただれた女軍人が立っていた。

 

「貴様が速いだけだろうが……それで、ハイドリヒ卿に銃口を向けた愚かしい賊は貴様らだな。喜べ、劣等。私が貴様らの児戯につきあってやる。私とハイドリヒ卿を楽しませろよ……聖槍十三騎士団黒円卓第九位大隊長、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ、ザミエル・ツェンタウァ」

「同じく、第十二位大隊長、ウォルフガング・シュライバー、フローズヴィトニル」

 

楯無は自分を犠牲にしてでも、妹である簪を逃がす算段を立てようとする。簪を逃がすなら、黒円卓の大隊長が本気を出す前しかない。どのタイミングで、どのように逃がすか、楯無は無数のシミュレーションを行った。結果、30通りの逃走方法が可能であると分かった。シミュレーションの結果は悪くはない。大隊長の能力が未知であるということは考慮しているし、一夏がいつ手を出してくるか分からないため大隊長と共闘する可能性も考慮している。だが、シミュレーションを行う際の前提条件を立てる段階で楯無は致命的なミスを犯してしまった。……それは

 

「「創造――」」

 

大隊長がいきなり本気を出すはずがないという前提条件を無意識に立ててしまったことである。

 

「焦熱世界・激痛の剣」

「死世界・狂獣変生」




ぶっちゃけますと、ひたすら本気を出した結果、獣殿と蓮が自滅するだけの話でした。
そうでもしなければ、唯でさえ、獣殿&蓮無双カールキモ話なので、ちょっと作者なりに裏切ってみました。これが皆様にとって好評だったのなら、幸いです。

大隊長のお二方が格好良く、城から出てきました。
エレ姉さんがネタキャラという汚名を返上できると嬉しいです。

それでは、また次回に

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