IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅩⅩⅨ:

大隊長の創造の発動により、学び舎は一瞬にして戦場跡地となった。

中庭を囲むように建っていた4つの校舎は全て瓦礫の山へとなり、中庭に植えられていた木々は極炎を灯すための燃料となり、平らに整備されていた地面は所々大きくえぐられている。煙が上がり、物が焼ける匂いが充満していた。

 

「出し惜しみも、手加減もしていない。私が今出すことの出来る全力で持って貴様に当たった」

 

この光景を作り出したエレオノーレは焼け野原の中を悠々と歩く。

100年前のシャンバラでエレオノーレは格下の螢と戦った。勝てる負けるはずがないと確信していた。だが、負けた。蓮の流出が発動した際に女神の斬首の呪いの力が増したことで、一瞬の隙が生じてしまい、その隙に首を突かれ、敗北した。この事実を彼女は受け止め、一切の慢心を捨て、全ての敵に対し全力で当たることを己に課した。

如何なる脆弱な相手でも、己の牙を使うことを。

 

「名乗れよ、小娘。スワスチカが半分ほどしか開いていないとはいえ、私の砲撃に耐え、それを守り切った貴様にはその資格がある」

 

エレオノーレは目の前には倒れている楯無に問いかける。

スワスチカが4つまでしか開いていない現状において、エレオノーレは完全な力を発揮することができない。精々出せても本気の3割だろう。だが、それでも、彼女の激痛の剣は脆弱な物であるとは言えない。それは辺り一帯の光景が示している。

エレオノーレはヴィルヘルムと同様にIS学園の生徒を殺すなという命令を受けていたが、IS学園の生徒であろうと相手が敬愛する君主に対し敵対する者であるならば、容赦しない。命令違反だと粛清されたとしても、相手を倒すことができたのならば、主君を守ることができたのならば、構わないと彼女は納得している。

激痛の剣を正面から受けた楯無は重度の火傷を負い、肌が焼けただれていた。皮膚の下の肉は露出し、空気に触れることで楯無の体中に激痛が走る。

一方の簪は比較的に軽傷であった。簪が軽傷であったのは、理由がある。エレオノーレは簪を標的として、創造を発動させた。だが、結界が完全に簪を取り込む直前で楯無が結界内部に飛び込み、楯無が簪を守るために、自ら盾となり、ISのシールドエネルギーを全て妹の為に使ったからだ。楯無は自分のことを顧みず、妹を守れば、自分はただでは済まないということを理解していた。だが、それでも楯無は自分の大切な妹を見殺しにすることはできなかった。

 

「更しき…楯な……し」

「サラシキタテナシ。その勇ましさ、称賛に値する。敵ながら見事だ」

 

エレオノーレは楯無の横を通り過ぎ、簪に近づき、簪を見下ろす。

値踏みするかのようなエレオノーレの視線に、簪は息苦しさを感じていた。呼吸は早くなり、指先が痙攣したかのように細かく震えている。

嘘だ。こんな威圧感のある人間が居るはずがない。

 

「……だが、何故貴様はこんなものを守ろうとしていたのか甚だ疑問だ」

 

エレオノーレは指揮者のように腕を振るうと、無数のパンツァーファウストが現れ、砲弾を放つ。最初に放った砲弾の数はたったの十発だったが、撃ち終ると、次々とパンツァーファウストを出し、砲弾を放つ。

殺されると感じ取った簪は打鉄二式を展開し、春雷でパンツァーファウストの砲弾を打ち落としながら、後退する。だが、簪の春雷による迎撃が追い付かない。春雷が連射型とはいえ、搭載された数はたったの二つであり、エレオノーレが使うパンツァーファウストは無数であった。簪はそれら全てを打ち落とさなければならない。上空に逃げるという手もあったのだが、一瞬でも手を止めたら、パンツァーファウストの餌食になってしまうことに、簪は気づいていた。

 

「存外にしぶとい」

 

エレオノーレが再び腕を振るうと、パンツァーファウストとシュマイザーを同時に出し、一斉射撃を開始する。パンツァーファウストの迎撃だけでやっとであったため、簪はシュマイザーの小さな銃弾を対処できなかった。シュマイザーは対人用の短機関銃であるため。ISへのダメージは少ない。だが、それは銃弾一発一発の話であり、数千発も受ければ、支障は出てくる。数千発のシュマイザーを受けた簪は春雷を操る手元が狂ってしまい、パンツァーファウストの迎撃が出来なくなってしまう。

そこから先、数秒間は、エレオノーレの銃撃と砲撃による蹂躙だった。たった、数秒。だが、その間に簪の打鉄二式に叩き込まれた砲弾と銃弾の総数は一万発を越えていた。一万発のパンツァーファウストとシュマイザーを受けた打鉄二式は原型をとどめていなかった。そして、止めを刺すかのように、エレオノーレは満身創痍の簪を全力で蹴った。

打鉄弐式を纏った簪はまるでボールのように、蹴り飛ばされ、地面の上を転がる。

砲撃と射撃、そして、蹴りによって、打鉄弐式の損傷レベルが限界を超え、打鉄弐式は自動で解除される。

エレオノーレは左手で簪の胸倉を掴むと、片手で持ち上げる。苦しさのあまり、簪はもがこうとするが、恐怖のあまり体が思ったように動かない。

エレオノーレの左手に力が籠る。まるで万力のような力で締め上げられた簪は自分の喉を掴んでいるエレオノーレの手を掴み、爪を立て、逃れようとする。だが、簪がどれだけ力を籠め、反撃を行っても、エレオノーレの憤怒に満ちた表情が変わることは無かった。

 

駄目だ。こんな相手、勝ってこない。

 

「有利な時にしか剣を抜かず、圧倒的なものを目の前にした瞬間に心が折れる。貴様は戦士ではなく、唯の臆病者だ」

「違…う」

「ならば、何故貴様は戦うことを放棄し、私に屈服している?本物の兵士ならば、本物の騎士ならば、己の胸に掲げた誇りという名の炎を燃やし続ける。何があろうとだ。だが、貴様はこうして屈伏している。本気で守ろうとする誇りや自負が微塵もないからだ。飢えていることは自覚しているが、その起因を内的要因では外的要因だと決めつけ、他者の所為にし、戦わず他者を憎むことしかしない。……だから、貴様は地を這う虫にすら劣る家畜だ。汚らわしい」

 

エレオノーレが右手を振るうと、彼女の背後に無数のシュマイザーが現れる。銃口は全て簪に向いている。いつでもエレオノーレは自分を殺すことができると分かり、簪は己の死を覚悟した。

 

「あぁぁぁぁあ゛ああ゛あ゛あ゛!」

 

咆哮の主は瀕死の重傷を負った楯無だった。簪の危機を察知し、体に鞭を打って、ISを動かす。意識が朦朧としているため、操作は正確ではないうえに、数秒ほどしかISを操作できない。簪を救うなら特攻しかないと判断した楯無は最大の技であるミストルテインの槍でエレオノーレに襲い掛かる。

ミステリアス・レイディの装甲表面を覆うアクア・ナノマシンを一点に集中させ、特攻する楯無のミステリアス・レイディの最大最強の大技。

それがミストルテインの槍である。

 

「まだ、動けたか」

 

楯無のミストルテインの槍に対し、エレオノーレは形成で答える。

創造の発動には時間が掛かるため、対処できないということもあったが、相手の状況と技、そして、相手との距離を考えた結果、外すはずがないという結論になったからだ。

 

「極大火砲・狩猟の魔王」

 

ミストルテインの槍は小型気化爆弾4発並みの威力を持っている。これは現存するIS兵器の中においてトップクラスの威力である。だが、エレオノーレの砲撃の火力はその上を行った。10年弱ISの操縦訓練を行った楯無の出す最大の技が100年以上只管砲撃の火力を上げ続ける鍛錬を積んだエレオノーレの獄炎に勝てるはずが無かった。

圧倒的な獄炎が楯無を飲み込む。この炎から逃げることは不可能と判断した楯無はそのまま獄炎の中を突っ切ろうとするが、高熱を受けたアクア・ナノマシンは蒸発し、楯無の身を守る物が無くなり、彼女の体とISは燃え尽きてしまった。

楯無が消滅したことを確認したエレオノーレは形成を解き、簪を睨みつけると、手を放した。

 

「貴様のような不純物をグラズヘイムに混ぜるわけにはいかない。それ以前に、貴様は殺す価値すらない。さっさと、私の視界から失せろ」

 

エレオノーレは胸ポケットから煙草を取出し、手を翳し、煙草に火をつける。大きく息を吸い、煙草の味を堪能すると踵を返し、主である黄金の獣の元へと向かった。

 

 

 

死の旋風を受けたマドカは遠くに飛ばされ仰向けに倒れていた。意識はあったが、朦朧としている。壊れた瓦礫などで頭を強打したことで、唯一聴覚だけが機能したが、それ以外の五感が麻痺していた。更に、下半身を失うという完全な致命傷を負ったため、己の死は回避できない状況にあった。半身を食われたことで、夥しい量の血が大地を濡らしていく。

死に直面したからか、走馬灯のようなものをマドカは無数に見た。

何処かで聞いた話だが、走馬灯は生物の生存本能によるものらしい。似たような状況におかれた過去の自分はどうやって生き残ったのか思い出し、その時と同じ行動をしようとする現象だとか、なんとか。

過去の自分を見たマドカは笑っていた。そういえば、あんなことがあったなと懐かしんでいたからというのもあったが、恋愛小説であったような普通の人生とは程遠い人生を送った自分に呆れていたからというのもあったからだ。だが、時間が経つにつれ、マドカの表情は曇り始める。

 

「……死にたくない」

 

碌でもない人生だった。自分のアイデンティティは必要とされない。誰かに操られ続けるだけの機械のような人生だった。機械のような人生から逃れようと、自由を手に入れようと何度も足掻いたが、無駄だった。結局最後は誰かの手によって捕まり、再び機械の人生が始まる。そして、人間であるはずの自分が機械のような人生しか送れなかったことに納得できなかった。

 

「へぇ、面白いね」

 

自分に致命傷を与えた存在であるシュライバーはマドカを見下ろしていた。

シュライバーは形成を行わず、拳銃すら手にしていない。誰よりも速いという自負がある彼にとって、無防備な状態で敵の前に現れることはごく自然な事であった。

 

「死ぬのが怖いから死にたくないって言っているわけじゃない、こんな自分の幕引きを認めたくないから死にたくない。外見からしてブリュンヒルデと似ているから興味があったけど、……すっごい興味湧いたよ。良いね、すっごく良いよ。このまま君が終わっちゃうのはもったいないな」

 

シュライバーはルガーを抜くと、マドカの額に銃口を当てる。接触を嫌うシュライバーがここまで相手に接近するのはマドカが致命傷を負っていたからだ。接触は聖者からの暴力だと考えているシュライバーにとって、死者との触れることは接触とならない。

 

「君、名前は?」

「織斑…マド……カ」

「織斑マドカ、君はこのままじゃ終われないそう言った。だったら、納得できるまで勝利を手に入れるまで戦い続ける覚悟はあるかい?」

「私は……勝てるの…か?」

「さあね。結局のところ勝利なんて相手の力量を自分の力量上回らないと駄目だから、君の努力次第と心の強さでしか言いようが無い。途中で“もう駄目だ”“勝ってっこない”なんて思っちゃえば、その瞬間から永遠にソイツに勝利なんて訪れない。そうだろう?……何度でも戦うことのできる力があったとしたら、そんな力が君の目の前に落ちていたとしたら、君は手に入れたいかい?僕は君にそう聞いているんだ」

 

シュライバーの言葉は悪魔の囁きだった。

自分殺した相手が手を差し伸べようとしている。どういう裏があるのか分からなくとも、相手の考えていることが碌でもないのは少し考えれば、分かることである。

だが、今のマドカには悪魔の言葉が神からの祝福のように感じられた。

 

「欲し…い。……わだ…は……のい……ま…が欲じぃぃぃ!」

 

マドカは最後の力を振り絞り、シュライバーに触れようと手を伸ばす。

その姿は天から降りてきた蜘蛛の糸に救いを求めて縋る罪人のようだった。

だが、手が届く直前でマドカは眉間をルガーで撃ち抜かれた。

 

「Bis bal……また会おうね、織斑マドカ」

 

マドカの腕は支える力を失い、地に落ちると、動かなくなった。やがて、脳波は止まり、心臓も動かなくなる。こうして、織斑マドカという人間の人生は終わった。だが、マドカとサイレント・ゼフィルスの核の魂はグラズヘイムに落ち、幾千の戦場を駆け抜けるハイドリヒの戦奴となった。

 

 

 

「幾分か窮屈ではあるが、この姿は心地よい」

 

ハイドリヒ化した一夏はため息をつくが、直後嬉しそうな表情を浮かべた。

エイヴィヒカイトの鎧がなくとも、元々ハイドリヒは強固な肉体を持っている。それは術を施される以前に外道であったシュライバーやヴィルヘルムを一蹴できた事実によって証明されている。故に、危機感破壊でエイヴィヒカイトの鎧を失っていたとしても、ハイドリヒ化により聖餐杯の贋作の耐久性を上げれば、単一仕様能力ならまだしも、通常のISの攻撃など彼にとって無意味である。無論、ハイドリヒ化は攻撃の余波に対しても有効である。彼が攻撃を受ける前後でハイドリヒ化していたのにはそのような理由があった。

 

「だが、これ以上、この状態は維持できぬか」

 

黒煙が晴れると同時に、一夏はハイドリヒ化を解き、織斑一夏の姿に戻る。亡国企業の大半が死亡したことにより危機感破壊の術式は解除されたため、エイヴィヒカイトの術式の機能は復活した。術式の復活により回復力は元に戻り、一夏の右腕は元に戻っていた。

戻った右腕の感触を確かめていると、煙草を咥えたザミエルが現れた。

 

「ザミエル、城の外に出るのは久々であろう。卿の目には今の世はどう映る?」

「今の段階では何とも。英雄の資質を持つ者と戦うこと忘れた劣等を同時に見せられては判断しかねます。ですが、副首領閣下が手引きをなさっているのでしたら、我々の戦場(舞台)に立つに相応しい役者が現れるはずです」

「そうだな。ならば、我らはその役者を絶たせるための舞台を作らねばなるまい。行くぞ。ザミエル。我らの怒りの日はすぐそこだ」

「Jawohl. 」

 

一夏はエレオノーレを引き連れ、IS学園の森の中の教会へと向かう。ナチスのSSの軍服を着た人間と居るところを見られては面倒であるため、姿を隠す必要があったからだ。この場は瓦礫の山となっているため、現在人気は無いが、騒ぎを聞きつけ、教員部隊が訪れる可能性があるため、この場から離れる必要がある。寮の自室は部屋の中に入ってしまえば、問題はないが、そこに辿り着くまでに生徒と遭遇する可能性があり、人気のない場所に行かなければならなかった。IS学園で人があまり来ない場所、それば森に囲まれた教会だった。一夏は教会に向かって歩きながら、シャルロットたちと連絡を取り、歩いて森の教会に向かうように指示をした。ISを使い上空から教会に向かうことはできるが、誰かに見られる心配がある。シャルロットたちが見られること自体は問題ではないが、連鎖的にザミエルやシュライバーの存在を悟られることを回避したかったからだ。

 

森に向かう途中で一夏たちは蓮たちを見つける。

蓮は久々の、それも覇道型創造をしようしたことにより疲労していたが、一人で立って歩くことは出来そうだったため、マリィに手を貸してもらい何とか立ち上がった。危機感破壊の術式によって、回復能力が低下しており、傷の治りが悪い。歩く速さは遅いが、なんとか歩けるらしい。その場に居た香純や箒、ラウラもついてくる。

 

「お前にこんな醜態に見られるとはな。末代までの恥だ」

「気にすることはあるまい。誰にだって、不調はある。私にだって無論ある」

「曾お祖父ちゃんが不調ね……どんな時?」

「スワスチカが開いていない現状はまさに不調そのものだ」

 

そして、歩き始めて数分後だった。突然、一夏の打鉄にプライベート・チャンネルで呼び出しがかかった。一夏は打鉄を部分展開し、呼び出しに応じる。

 

『一夏、今手元にテレビか携帯電話ある?』

「携帯電話ならあるが?」

『今すぐワンセグでテレビを見て! 大変なことになってる!』




文字数が少なくて、すみません。
もう少し頑張って書こうと思ったのですが、これ以上掛けませんでした。
次の話は既に一部書いており、今回の話に入れることは可能なのですが、区切りが悪くなってしまうため、ここで終わらさせていただきます。



屑霧島

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