IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


ChapterⅩⅩⅩⅩ:

一夏は左手で携帯電話を操作し、テレビを見る。

まず映し出されたのは篠ノ之束だった。不思議の国のアリスに出てくるような格好で、薄気味悪い笑みを浮かべている。他のチャンネルに変えても、同じ映像が流れている。イザークと連絡を取ったところ、世界中のテレビのチャンネルが束によって電波ジャックされたことが判明した。

 

『はいは~い、天才篠ノ之束さんだよ~♪実は、世界の皆に知ってほしいことがあって、ちょっとテレビを乗っ取っちゃった。まずはこれを見て、VTRスタート!ポチッとな♬』

 

すると、突如、画面が白黒に変わる。鉄十字勲章を左胸に着け、右手を高らかに上げナチスの敬礼をしながらゲシュタポの本部前を歩く160年以上前の自分の姿だった。

あの老いぼれの下で働いていた頃の自分を見た一夏は思わず苦笑いをしてしまう。

白黒の嘗ての自分の映像に束のナレーションが入る。

 

『戦前のドイツ、秘密国家警察の長官、ラインハルト・ハイドリヒ。アレが今もなお生きていて、世界征服を企んでいる。その証拠を手に入れたから、全世界に教えるね』

 

白黒の映像は変わり、色のある映像となった。画面にはある旅館の中庭が映し出されていた。その旅館に一夏は見覚えがあった。IS学園の臨海学校で泊まったあの旅館だ。そして、その映像の中央にはハイドリヒ化した自分の姿が映っていた。他にも、黒円卓の聖槍を持ちIS学園を襲撃したカイン、リザ、アンナ、無人機を殴り倒したヴィルヘルム、ドイツの基地を襲撃した司狼、エリー、ミハエル、そして、箒を襲撃したベアトリスと螢と戒、黒円卓所属だと名乗ったシャルロット、鈴、セシリア、銀の福音を無力化させたカール・クラフト、楯無を一蹴したエレオノーレ、Mに銃を突きつけるシュライバー、負傷しながらも敵を一時的に行動不能状態にしたヴァレリアン、背中からギロチンの刃を生やした禍々しい姿をした蓮が次々と映し出される。

 

『本当に悪魔みたいな男だよ。束さんは何年も前からこれを知っていたから、ラインハルト・ハイドリヒを倒すために、ISを開発したんだよね。そんな訳で、開発者としては黒円卓に名を連ねる19人の動きが活発になる前に殺して欲しいんだ。特に重要な、織斑一夏、藤井蓮、カール・クラフトの内の誰かを殺すことができた人には……豪華なプレゼント、ISの核百個もあげちゃうよ♪詳しいことは此処にアクセス♬じゃー、頑張ってね~』

 

こうして、動画は終わった。

一夏は薄ら笑いをしている。今回の襲撃の首謀者が束であると、この映像から推測した。

一夏の考えは推測であったが、限りなく確信に近かった。なぜならば、現状において、IS学園を襲撃して得をする者は座に着こうとする束にしかいないからだ。

過去において、IS学園は何度か奇襲を受けている。ISの核をIS学園は多数保有しているからだ。だが、全て失敗に終わっているため、どの国も秘密裏に襲撃することはしなくなった。襲撃の失敗が確定事項である以上、誰もするはずがないのだ。

故に、襲撃の首謀者が束以外に考えられなかった。

そして、束が何を考えて襲撃したのかも一夏は分かっていた。

襲撃の実行犯を捨て駒にし、黒円卓と夜都賀波岐の存在を知らしめるための道具を揃える。彼女の真の目的がそれである以上、黒円卓と夜都賀波岐は今回負けたと言えよう。

 

「敵ながら、見事だ。目的達成ならばと、駒すら捨てる。その冷酷さ、かつての私ならば、持ち合わせていたであろうが、……それには愛がない。今の私には愚かしく見えるよ」

 

愛の無い戦いを許容しない一夏は激情し、手加減を誤り、携帯電話を握りつぶしてしまう。

一夏は少し考えると、踵を返し、教会に向かわず、寮の自室へと向かおうとする。

衆目に晒された以上、今さら隠れたところで追及される。ならば、堂々と姿を見せつけた方が自分には余裕があると誇示できるため、相手への牽制にもなると常人ならば考えるのだが、一夏はそんなことを考えていない。純粋にISが幾ら束になって掛かってこようとも負ける気が無かったからだ。

 

「俺は@クルーズの店じまいをして、身を隠せさせてもらう。余計な問題を起こすなよ。俺たちまで無用な戦いに巻き込まれたくない」

「案ずるな。問題など必然と我らの元に舞い込んでくる」

「お前の場合、それを増やそうとするから問題なんだよ」

「ならば、全て叩き潰してしまえばいい」

「……本当に、お前らしいな」

 

蓮は明らかに不機嫌そうな表情を浮かべると、携帯電話を操作し、司狼に電話を掛けながら、どこかに行ってしまった。香純はヴィルヘルムの元に戻ると言って、立ち去った。ラウラは香純の後を追う。襲撃直後で警備が緩くなっているため、すんなりと変えることができるだろう。箒は紅椿を展開し、IS学園の職員室へと向かった。

その後、一夏はシャルロットたちと合流し、IS学園の寮へと戻った。

幸い、IS学園の避難警報は解除された直後であったため、誰とも遭遇することは無かった。

一夏は自室に戻ると、お茶を入れて寛いでいる。シャルロットとセシリアとエレオノーレもお茶を飲みながら今後の方針について話し合い、シュライバーはソファーの上で寝転がり、鈴は弾と蘭の面倒を見ながら、一夏の話を聞いている。

今後の方針は、今は静観。事態が変われば、臨機応変に対処するというものだった。

話合いが終わった瞬間、シャルロットの携帯電話の着信音が鳴り響く。ディスプレイには姉の名前が映し出されていた。

 

「どうしかしましたか、織斑先生?」

『一夏と連絡が取れないのだが、一夏は傍に居るか?』

「いますよ。代わりましょうか?」

『待て、デュノア、お前にも要件はある』

「なんでしょう?」

『お前、凰、オルコットの携帯電話に首脳から電話は無かったか?』

「ありました」

『どんな電話だった?』

「代表候補除籍とISの核返還命令と帰国命令でしたが、散々僕を利用してきた国に僕は従うつもりはないと伝え、電話を切りました」

『そうか。お前への要件はそれだけだ。織斑に代わってくれ……一夏、携帯は?』

「さきほど、つい握りつぶしてしまった」

『またか……まあ、いい。いつものことだ。別件は先ほどの電波ジャックだが…見たか?』

「あぁ、篠ノ之束の番組だな?」

『どうするつもりだ?』

「こちらからは何も」

『それが黒円卓の方針か?』

「そうだ」

『あの放送で世界中がお前たちの敵になったことを認知したうえでの決定だな?』

「無論。我ら黒円卓が誕生した時から、世界の全てから敵視されている。故に、認知されたところで、これまで通りだ。今さら騒ぐことではない」

『だが、今の時代にはISがある。お前たちの永劫破壊に比べれば、質は落ちるかもしれないが、それでも数が違い過ぎる。……窓から外を見てみろ。ISを展開した教員が常に5人以上常駐し、お前たちの監視にあたっている。有事の際は30機のISがそちらに向かう手はずになっている。更に、数時間もすれば、世界各国の国家代表や専用機持ちが来る手筈になっている』

「私を抹殺する。IS学園の方針はそれか?」

『あぁ、更識姉が殺されたことで、お前たちの存在を危険視することになった。実際には更識妹がお前たちにふっかけてきたというのにな。もう一度聞くぞ。お前たちは20足らず、だが、ISが400以上。その上、束は密かにISの核を作り、無人機を量産しているだろう。……それでも、問題ないと?』

「諄いぞ。姉上。針が何本あろうが」

『山は崩せない。お前の常套句だったな。ならいい。……それと、一つだけ、頼みがある。……束を止めてくれ。束の理は流れ出てはならない』

「ほう?」

『黄昏の女神の理を理解し、守りたいということもあるが、それを引いたとしても束の理で染まることがあってはならない。因果応報。善人は得をえ、悪人は罰を受ける。淘汰により世界は発展するかもしれないが、束が決めた基準で善人と悪人の査定が成されるのなら、それは束による一人遊びだ。世界の理にしてはならない。だから、絶対に止めてくれ』

「殺しても構わんな?」

『殺せるものなら殺してみろ。だが、お前に束は殺せない』

「その根拠は?」

『私は誰よりもアイツを知っている。お前に敗北を叩きつけられたとしても、絶対に、生き残るはずだ。アイツは逃げ足だけは速いからな。脱兎のごとくというだろう?』

 

千冬が終了ボタンを押したことで、二人の通話は終わる。

 

「姉上、卿は確かに篠ノ之束のことは分かっているが、私のことは分かっていない。まだ、私は獅子の爪も牙も使っていないということを」

 

一夏はシャルロットに携帯電話を返すと、黒円卓の会議は終了となった。

会議が終了したことで、解散となり、別室のセシリアは自室へと戻ったが荷物を持って一夏の部屋に来た。現状において、一夏のもとから離れての単独行動は危険だと考えたからだ。エレオノーレは壁にもたれ掛かり一夏の持っていた本を読み、シュライバーは相変わらずゴロゴロしている。シャルロットは会議で決まったことをヴィルヘルムに連絡しようとしたが、ヴィルヘルムと連絡が取れないため、やきもきしていた。

 

「…ん……此処は?…鈴?」

「弾、気が付いたんだ。此処はIS学園の学生寮の一夏の部屋よ」

 

鈴は一夏の方に視線を送ると、弾も同じように一夏の方を見た。

 

「そうか。確か、俺は……ん!」

 

気絶する直前に見てしまった瀕死のヴァレリアンを思い出した弾は思わず吐きそうになる。

鈴は弾をトイレに誘導し、便座に前に座らせ、弾の顔を便器に持ってくる。すると、弾の顔が便器の真上に来た瞬間、弾は胃の内容物をぶちまけた。鈴は弾の背中を摩る。弾の嘔吐が落ち着いたところで、鈴は水をコップに入れ、弾に持って行った。

鈴から水を受け取った弾は胃液で気持ち悪くなった口内を水で濯いだ。

 

「サンキュー、鈴。ちょいスッキリした」

「それは良かった」

「なあ、鈴、……何があったんだ?」

「それは……」

「弾よ。卿と話をせねばならん。今すぐこちらに来い」

「あいよ」

「弾、大丈夫?」

「あぁ、一通り吐いたから、いける」

 

弾はトイレの手すりに捕まり立ち上がると、フラフラと歩き出す。少し弾のことが心配だった鈴は弾を支えながら、一夏のベッドへ連れて行き、弾をベッドに座らせた。

 

「まずは、助けてくれて、サンキューな、一夏」

「卿を保護したのは、私だが、卿を人質に取った襲撃者を倒した者は私ではない。卿のバイト先の店長だ」

「藤井さんが?……いったいどうやって?……それに俺や蘭のことで話ってなんなんだ?」

「テレビを見れば、ある程度のことは分かる。ザミエル」

 

エレオノーレは机の上のリモコンを取り、電源ボタンを押した。

テレビに映し出されたのは、『復活したナチスの残党の特集』という報道番組だった。

報道番組であるにも関わらず、政治評論家や歴史学者やオカルトマニアや芸能人が討論をしている。織斑一夏の正体であるラインハルト・ハイドリヒが危険な存在であり、政府は他の先進国と協力し一夏を抹殺すべきだと、出演していた政治家に出演者は言っていた。

だが、政治家はISの条約が…や、他国との連携が…と言葉が詰まっている。

放送事故になると判断した司会者は、束の言う黒円卓に名を連ねる者達の紹介を始めた。

そこには、弾の知っている鈴やシャルロット、@クルーズの店員たちが出てきていた。

 

「状況は把握できたな」

「聞きたいことは山ほどあるけどよ……とりあえず、お前らが世界中から狙われているってことだけは理解できた」

「左様か」

「でもな、このテレビ番組、どこまで本当のこと言ってるんだ?」

「仔細は着色も甚だしいが、大まかな内容は的を射ている」

「大まかなってのは、お前が世界の転覆を狙っていることか?」

「いや、私がラインハルト・ハイドリヒであり、鈴とシャルロットは黒円卓に属していることだ」

「そうか」

「弾よ、これらのことを踏まえて、卿に聞く。それで卿はどうするつもりだ?」

 

弾は腕を組んで、現状の把握とこれからのことについて考え始めた。

友人がナチスの高官の生まれ変わりで、それが世界規模で騒ぎになっている。そして、そんな友人を抹殺しろという世論が高まっている。テレビの情報からは一夏抹殺に関する情報を見ることはできなかったが、近々動きがあるのは明確だ。

となれば、その関係者に何らかの影響が出るだろう。

弾と一夏の関係を知る誰かに弾が捕まり人質にされる。なんていうのは容易に想像できる。自分だけならまだ良いが、蘭まで巻き込まれるのは絶対に避けたいと弾は考えている。となれば、何処か信用できる団体に保護してもらうのが、最も良いだろう。かといって、一夏に保護してくれと頼みこんだところで、攻撃的な彼は何かを守るなんてのは柄じゃない。蓮の団体に保護されるという選択肢もあったが、一夏曰く、蓮の動向は今のところ掴めていないらしい。黒円卓以外の団体に保護を求めるのならば、人質として利用される可能性もある。だから、慎重に保護される団体は選ばなければならない。

となれば、保護を申し出る団体は一つしかなかった。

 

「だから、俺はIS学園に投降するわ。あそこなら、千冬さんも居るし、悪いようにはしないだろう」

「だが、IS学園の保護を受けたところで、卿等の身が安泰であるという保証はないぞ」

「分かってる。だけど、これ以外に良い選択肢がねぇ。蘭が起きたら、お前たちと一緒に居たいとかって言うだろうから、もう行くな。……一夏、いつかまた俺んちゲームしようぜ」

「あぁ」

 

弾は立ち上がると、蘭を背負い、部屋から出て行った。

一夏は鈴に千冬と連絡を取るように指示し、弾をIS学園が保護するように嘆願させた。数分後、鈴は窓から外を見ると、ISを纏った教員に弾が保護されるのが見え、安心した。

 

 

 

遮光カーテンを閉じたIS学園の視聴覚室は、日が差し込んで来ないため、暗い。だが、モニターの光があったため、何も見えないわけではない。千冬はそんな薄暗い視聴覚室の中央に置かれた椅子に座り、教室の前に置かれたモニターとWebカメラを見ていた。モニターには百人にも及ぶ人の顔が映し出されていた。どの人物も国の舵取りに加担するほどの重要人物であった。千冬は彼女たちと電話会談をしていた。主要人物のほとんどが女性なのは、女尊男卑という風潮によるものだ。電話会談の目的は聖槍十三騎士団への対処についてだ。

 

『IS委員会による緊急会議が行われ、ラインハルト・ハイドリヒ、カール・クラフト、藤井蓮の討伐が決まりました。委員会が指揮を取り、各国の代表と代表候補生ならびにIS学園の教師に実行してもらいます』

 

IS委員会の議長である彼女は数分前に行われた会議での決定事項を千冬に伝えていく。

本来ならば、千冬もこの会議に出席するつもりだったのだが、襲撃を受けたIS学園の指揮でそれどころでなかったため、決定事項を聞くという形となった。

連絡だけなら彼女一人で済むのだが、現在IS学園で指揮を執っている千冬に聞きたいことのある者達が居たため、千冬との電話会談に複数の者たちが参加していた。

 

『…それと、織斑千冬、IS学園からの生徒と職員の避難は非常に迅速かつ的確でした。ですが、一つだけ気になるのですが、何故IS学園への電気や水道、ガスの供給を止めないのですか?』

「生活に必需なそれらを止めてしまえば、黒円卓はそれらを求めて移動するはずです。彼らが移動すれば、監視の手間が増えてしまいます」

『なるほど。そこまで考えての行動でしたか』

 

モニターの中央に映し出されていた女性は納得したのか、頷いている。

次に、画面の右端に移っている女性が話し始めた。

 

『しかし、戦力の過剰投入ではありませんか?たかが、IS操縦者が数人と魔術とやらいうものを使う者数人。合わせても20人以下です。その程度の人数相手にこれほどの人員を投入する必要性を私は感じません。確か、会議が始まる事前に委員会にこの提案をしたのは貴方でしたね、ブリュンヒルデ。もし徒労に終わったら、貴方どう責任を取るんですか?』

「貴方は篠ノ之束の番組を見られましたか?」

『えぇ、見ましたよ。そのうえでの感想です』

「だとしたら、ラインハルト・ハイドリヒを過小評価しているとしか私は思えません」

『それこそ、過大評価ではないのですか?ISは世界最強の兵器なのですよ?』

「では、その世界最強の兵器を倒している彼らはIS以上の戦力を保持していると言えますね」

『あ…あれは、たまたまISの調子が悪く、黒円卓たちの調子が良かっただけかもしれない。えぇ、そうでしょう!』

「仮に、そうだとして、相手側が不調の際の戦力が討伐側の戦力に勝っていないという事実はありません。それに、ISを倒したという事実はある。討伐側は万全を期して戦力を整えておく必要があるのではないでしょうか?それに織斑一夏は魔術もISも使えるとなると危険視するのは当然かと思います」

『うぅ』

 

千冬の指揮に対し異議を唱えた女性は千冬の返答に言いよどんでしまう。

彼女はラインハルトを倒すために戦うのではなく、討伐の際に束から得られるISの核しか目に入っていなかった。自国がラインハルトを討伐する機会を得ることしか考えていなかったため、他国の人間がラインハルトを討伐する機会を得る妨害を考えていた。そのため、多数の他国が結託し、黒円卓の討伐を行う現状を良しとしていなかった。

彼女のように、ラインハルト討伐より束から与えられるISの核のことばかりを気にしている者は多かった。

自国の保有するISの核百個追加は国防の戦力強化において十分すぎる。大量のISの核の獲得は国防の強化だけでなく、外交力強化やIS委員会における発言力強化にも繋がる。

このように、利権が絡むような外交の場というのは大概殺伐としている。

特に、日本に対して良い国交関係にない国出身の彼女には、日本人である千冬が現場で指揮を執っている現状に気に食わなかったという個人的な感情もあった。

こういった感情論に基づいて話す相手の対処法は二つ。

徹底して論破して黙らせるか、完全に無視するかの二つだ。後者の方が容易だが、他者を無視するという行為は傍から見れば、悪い印象を与えてしまうため、千冬は前者の手法を用いて、彼女を黙らせていく。

千冬は彼女以外の質問に対し論理的な回答や反論をしていく。

電話会談は日付が変わろうとする頃にようやく終わった。

 

「ふー」

 

大きく息を吐きながら、千冬は立ち上がり、屈伸し、体を何度か捻る。

千冬はこういった話し合いの場は苦手ではないが、好きではない。体を動かしている方が性に合っている千冬にとって、長時間動か座に椅子に座るというのがどうも慣れない。

 

「お疲れ様です。織斑先生、コーヒーです」

 

伸びを終えた千冬に真耶はコーヒーを持ってくる。

このような長時間の会談の後に千冬は必ずコーヒーを飲むと知っていたからだ。

 

「あぁ、すまない、山田先生」

「大変なことになりましたね」

「大変なんて、次元ですめば良いがな」

「どうして、こんなことになってしまったんでしょうね」

「……」

「織斑先生は織斑君から事情は聴いているんですよね?」

「あぁ、知っている。これからアイツがどうするつもりなのかもだ」

「それは……私たちには話せない内容なのですか?」

「話せなくはない。だが、おとぎ話の主人公ですら驚いて腰を抜かすような内容だ。私は織斑が嘘をつかないということを知っているから、すんなり信じることができたが、お前たちに話したところで、納得できるとは思えない」

「皆さんはどうか分かりませんが、少なくとも私は織斑先生の言葉を信じますよ。だから、話してくれませんか?」

「話を聞いて、納得できないからという理由で委員会からの決定事項に背けば、どうなるか分からないお前じゃないはずだ」

 

IS委員会による決定事項は非常に強い拘束力を持っている。特に今回は命令という形で委員会からIS学園に降りてきている。委員会からの命令は国連の決定事項と同等の拘束力を持つとされている。故に、IS学園に籍を置く者は絶対にこの命令に従わなくてはならない。従わなければ、それ相応の罰が下る。

 

「納得いかないまま生徒を殺して後で後悔するより、納得して罰を受ける方が私は良いです」

 

我は強いが、品行方正、文武両道、成績優秀。絵に描いたような優等生である。何かしらの闇を抱えていることは知っていたが、そんな生徒が篠ノ之束からナチスの残党と言われたことで、世界の敵として討伐されるのが彼女は納得できなかった。

真耶が命令に対して疑問を抱いたのは他にも理由がある。その理由は、世間で言われているほど黒円卓は極悪非道な集団とは思えなかったというものである。

真耶は織斑一夏のクラスの副担任をし、ヴィルヘルム襲撃事件や銀の福音事件を間近で見ていたため、一夏が黒円卓と何かしらの繋がりを持っていたのは知っている。もし、黒円卓が世間で言われているほど極悪非道な集団ならば、千冬が玉砕覚悟で討伐しているはずである。にも関わらず、このような事態になるまで、千冬は放置していた。

だからこそ、真耶は委員会からの命令に対して疑問を持ってしまった。

 

「はぁー……わかった。IS学園教員と繋げろ」

 

真耶は急いで椅子に座ると、パソコンを操作し、教員の非常連絡用の通信回線を使い、全教員と通話状態にする。幸い、一夏たちに動きがない為か、黒円卓の監視組とも連絡を取ることができた。

視聴覚室のモニターにIS学園の教員の顔が表示される。

 

「織斑先生、全教員に繋がりました」

「ご苦労…全教員に通達する。先ほどIS委員会から連絡があった。IS委員会は正式にIS学園生徒織斑一夏、IS学園保険医水谷銀二ならびに藤井蓮の三名の討伐を決定した。IS学園は委員会からの命令に従い、各国の代表、代表候補生と結託し、討伐を行わなければならない」

 

千冬は淡々と委員会からの命令の内容を各教員に伝えていく。

織斑一夏の討伐が決まったこと。

各国から国家代表や代表候補生といった専用機持ちがIS学園に来ること。

IS学園は国家代表らと協力し、一夏を討伐するようにという命令が出たこと。

千冬からの通達を聞いた者達の一部に眉を顰め、いかにも納得できないという表情を浮かべる者がいた。彼女らは銀の福音襲撃事件や夏休み直前のIS学園で行われた会談で黒円卓の存在と首領が一夏であることを知った者達である。

 

「IS学園教員に話さなければならない事項は以上だ」

「待ってください。織斑先生!私は委員会からの決定に納得できません!」

「あぁ、分かっている。さきほど、山田先生からも同じことを言われた。私が知る織斑の事情を全て話そうと思う。聞く必要がないと思う者は今すぐ通話を切ってくれ。それと織斑の事情を知ったからといって何かしらの制約を課すつもりもない。私にそのような権限はない。」

「「……」」

「そして、今から話す内容を立証する術を持たない。だから、私の話を聞いた者達は判断材料として、私からの情報を使ってもらって構わないし、委員会に告げ口しても構わない」

 

千冬はそう言って数分待った。

だが、誰も通信を切ることはなかった。

 

「全員残ったか。……まず改めて、自己紹介をしよう。私の名前は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第五位、織斑千冬、戦女神(ブリュンヒルデ)だ」


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