IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅩⅩⅩⅡ:

「単一仕様能力ですって!」

 

単一仕様能力はISにある意識と自分の意識が非常に高い同調しない限り発現しないというのはIS操縦者なら誰もが知っていることである。シュヴァルツェア・レーゲンがヴィルヘルムの手に渡ってから長くても一か月、そんな短期間で専用機が操縦者を主と認めるという前例はない。自分ですら単一仕様能力の発現には数年かかった。

取得が非常に困難な単一仕様能力だが、時間をかけて取得するだけの価値はある。それだけ単一仕様能力には絶対な力がある。単一仕様能力が使える使えないでは雲泥の差がある。それは彼女自身、身を持って知っていた。

 

「代表、一気に攻めましょう」

 

ヴィルヘルムがIS学園に襲撃を掛けた時に、ISのシールドエネルギーが減少するという現象が起きていたという報告があった。この現象がヴィルヘルムによるものであり、ヴィルヘルムが吸血鬼を名乗っていることを考慮すれば、エネルギーは減少したのではなく、ヴィルヘルムに吸収されたのだと代表候補生は考えていた。そして、この現象はヴィルヘルム固有の能力だとも考えていた。

だが、実際に戦った結果、シールドエネルギーが減少するような現象は今のところ発生していない。そこから、ヴィルヘルム固有の吸収能力は単一仕様能力かそれに類似する能力であると代表候補生は目星を付けていた。そう考えていた代表候補生は、ヴィルヘルムが単一仕様能力を発動させた時、これからシールドエネルギー減少現象が起こると考えた。ただシールドエネルギーが減少するのではなく、相手に吸収されるとなると、戦いが長引けば長引くほどこちらが不利になる。故に、短期決戦で終わらせることが吉だと代表候補生は考えた。

 

「分かったわ。一気に終わらせるわよ」

 

国家代表の彼女は大きく息を吸い、ゆっくり吐くと巨鯨の無数の武器を一気に展開する。

一般的な常識では、単なる砲撃はAICで止めることが可能であるとされている。

だが、それはあくまで一般的な常識であって、事実とは異なる。AICは物理的な力で破ることができる。その証拠に、織斑一夏は力技でラウラのAICを破っている。ラインハルト・ハイドリヒの研究の一環で織斑一夏の出場した試合を研究していた彼女たちはそれを知った。そこで、力技でAICを破りヴィルヘルムを倒すという作戦に出た。

数十ある射撃武器を一度に展開し、照準を合わせるのにはかなりの集中力が必要である。

この一斉砲撃が可能なのは彼女が長い年月を費やしてきたからだ。

 

「ってえ!!」

 

国家代表の掛け声で二人の砲撃が開始され、砲弾が一斉にヴィルヘルムに襲い掛かる。

砲弾間に発射されたタイミングや、弾道、威力は違えど、人を殺すには十分な威力を持っていた。たとえ、ヴィルヘルムがISで防御したとしても、AICを使用したとしても、シールドエネルギーが無いため、爆発の衝撃波や熱風による影響を受ける。防御しているヴィルヘルムを殺せないにしても、負傷もしくは防御を崩すことは可能である。相手の攻撃を崩すことができたなら、物量にものをいわせて砲撃を行い、ヴィルヘルムを殺すことは可能であった。それはヴィルヘルムも承知していた。

だが、己の危機を前にしてもヴィルヘルムが笑みを崩すことはなかった。

 

「力技で押し切る戦い方、俺は嫌いじゃない。けどな、テメエ、その程度で、本気で、俺をやれるとでも思ってんのか?」

 

ヴィルヘルムの周囲に生えていた蔓薔薇が急激に成長する。

その成長速度は植物のものと思えないほどの速さだった。たったコンマ数秒間で蔓薔薇は数十メートル四方の防壁となったのだ。壁となった蔓薔薇は飛来してきた砲弾からヴィルヘルムを守る。砲撃による衝撃や熱を防ぐことができているが、砲撃を受けるたびに薔薇は千切れ、焼かれていく。だが、新たに薔薇が成長し壁を形成し、ヴィルヘルムを守る。

 

「何?それが貴方の単一仕様能力?薔薇を操って自分を守るだけなの?防ぐばっかりで攻撃に転じることができない。だとしたら、とんだお笑い草ね」

 

国家代表の彼女は新たな武器を展開し、砲撃を仕掛ける。先ほどまでの砲撃を雨と例えるのなら、今行われている砲撃は暴風雨に相当する。放たれた砲弾の衝撃波や熱の総和はシールドエネルギーが飽和状態にあるIS5機を墜落させるほどのものとなっていた。

物量にものを言わせた砲撃によって蔓薔薇の壁は次第に小さくなっていく。蔓薔薇の成長が追い付かなくなってきたからだ。

壁が薄くなってきたところで、国家代表はある武器を展開した。

巨鯨の唯一の近接武器、大型二蓮パイルバンカー荒波である。

荒波は最新の重機に搭載されている油圧機の技術とPICの技術を併用したことで、圧倒的な破壊力を実現したパイルバンカーである。威力に重点を置き、開発を行ったため、威力はラファールの灰色の鱗殻を上回る破壊力を出すことができた。だが、一発の威力が大きくなるということは、その負担も大きくなる。負担により、荒波は5分に一度しか使用できないという欠点を抱えてしまった。巨鯨は重量型の射撃ISであり、小回りが利きにく、近接戦闘に向かない。荒波を放った直後大きな隙が出来てしまうため、万が一荒波が外れてしまった場合、相手にチャンスを与えてしまうことになってしまう。

だが、彼女が巨鯨を専用機としてから経った月日は三年になる。この三年の間で彼女は巨鯨を乗りこなし、荒波を完全にものにしている。そのため、ここ一年彼女が荒波を外したことはなかった。

 

「くたばれ、ジジイ!」

 

国家代表は蔓薔薇の壁に急接近すると、荒波を装備した右腕を振りかぶる。そして、荒波を放つ動きに転じようとした時、代表候補生の援護射撃によって、蔓薔薇の壁は完全に消滅した。蔓薔薇が消滅した瞬間、国家代表は荒波を放つと同時に瞬時加速した。絶妙のタイミングで放たれた最大威力を発揮させた荒波がヴィルヘルムに襲い掛かる。

ヴィルヘルムは咄嗟にワイヤーブレイドとプラズマ手刀を展開し、荒波を防ぐ。

だが、荒波の威力はヴィルヘルムの予想をはるかに超えていた。

四本のワイヤーブレイドの刃先は割れ、ワイヤーも千切れてしまい、使い物にならなくなってしまった。プラズマ手刀も左腕の装甲が破損したため、作動しなくなった。荒波を受け流そうとしたことで、左肩の装甲が割れてしまい、左腕が露出した。そして、荒波を完全に受け流すことができなかったヴィルヘルムは数十メートル吹き飛ばされ、水面に叩き付けられ、対岸の川岸に衝突したことでようやく止まった。

 

「ハッ、良いね、意外に楽しませてくれるじゃねえか。そうだよ、そうなんだよ。せっかくの怒りの日なんだ。前座でもこれぐらい楽しめるものじゃねえとな。舞台全体の盛り上がりがいまいちになっちまうだろう」

 

ヴィルヘルムは狂気に満ちた笑みを浮かべ、立ち上がる。

地面を蹴ると、ヴィルヘルムの周囲の地面から蔓薔薇の芽が出始めた。

倒壊した鉄橋だけでなく、対岸の川岸も薔薇園となったことで、薔薇の量が先ほどの倍となった。さきほど薔薇が根を張っている鉄橋を代表候補生が焼き払ったが、何度でも芽を出すため、現段階で蔓薔薇を減らす方法を彼女たちは持っていない。

 

「薔薇が増えたとなると、先ほどの戦い方では、対処しきれないかと」

「だったら、こっちも武器の数を増やすまでよ!」

 

国家代表は新たに武器を展開し、照準をヴィルヘルムに合わせる。

再び、物量に物を言わせた一斉砲撃を開始した。

砲撃は苛烈を極める。ヴィルヘルムの立っていた対岸は砲撃によって地形が変わり、岸付近を流れる川の水は熱風によって蒸発すし、岸に生えていた植物が燃える。

だが、ヴィルヘルムを負傷させるに至らない。対岸の面積が広いため、鉄橋に出来た薔薇園の数倍の広さの薔薇園が出来た。薔薇園が広くなったことで、ヴィルヘルムを守る薔薇の数も増えたため、こちらの砲撃に完全に対応出来た。

国家代表は砲撃にかなりの集中力を使っているため、消耗が激しい。一方のヴィルヘルムは相変わらず笑みを浮かべている。その笑みが余裕を意味しているのか、それとも単に戦いを楽しんでいる笑みなのか、それとも両方を含んでいるのか、彼女たちは分からない。だが、ヴィルヘルムの不敵な笑みに国家代表の彼女は怒りのあまり理性が飛びそうになっていた。

 

「アレを使うわよ」

「正気ですかと問いたいですが、それ以外打開策はなさそうですね」

 

国家代表の彼女は全ての武器を展開し、照準を合わせる。

全ての武器の使用はかなりの集中力を使うため、集中力が切れてしまい、一斉砲撃が終了した直後は大きな隙が出来てしまう。そのため、ここぞという時にしか使用しない。

だが、この攻撃を受けて、立っていた相手はこれまで一人もいない。故に、この大技は必殺の集中砲火と彼女の国で伝説となっていた。

念には念をと、伝説の大技を彼女は神業へと昇華させる。

 

「単一仕様能力発動――不倶戴天!」

 

彼女の単一仕様能力の不倶戴天は『相手への憎悪が強ければ強いほど威力を増す』という攻撃的な能力である。そして、この能力の元となった彼女の渇望は『憎い相手の全て滅ぼしたい』という求道の渇望だった。

彼女の渇望が覇道ではなく、求道であるのは、渇望の元が彼女の中にある憎しみであるからだ。憎しみを解消するのに他者の手を借りてはならない。怒りを爆発させ、相手を徹底的に叩きのめすことで、己の中の憎しみを解消しなければならない。故い、彼女の渇望は正確には『憎い相手の全てを滅ぼす力が欲しい』である。

 

ある女の話をしよう。

普通の両親に、普通の家に、普通の収入、これといった問題を抱えていないそんな普通を絵に描いたような普通な家庭に彼女は生まれ、普通の生活を送っていた。

だが、そんな普通の生活を一変する。家庭を激変させたものは、強盗や交通事故などといった小説にありがちな物でなかった。父親がある裁判で有罪判決を受けたことだった。だが、父親は誰かを傷つけたわけでも、嘘をついて金を騙し取ったわけでもない。

ただ、隣国の人間と握手をしただけだった。

その握手が隣国の人間と親密な関係を築いている証拠であり、国家安泰の脅威になると判断された。国家の脅威と見なされた家庭は私財の全てを国に没収された。そして、国家の脅威と判断された両親は裁判の傍聴をした一般市民にリンチされ、殺されてしまった。両親を殺した市民は殺人罪で訴えられるどころか、国の平和を守った英雄だと尊敬されている。私財と両親を失った娘はホームレスとなった。ここから、娘が自国の政府と人間を憎み、犯罪に走ったのならば、よくある光景である。

だが、この国のこの娘は違った。

 

自分が私財と両親を奪った悪は、自国の政府でも、市民でもない。

隣国こそが絶対悪である。

悪の権化である隣国が父親を誑かしたことが悪行だと。

悪に染まりかけた父親を裁いたのは当然の所業であり、政府も市民も悪くはない。

娘はそう判断した。

 

彼女がそのような結論に至った理由はその国の隣国を批判する教育にあった。教育によって洗脳された彼女は自国民を憎むという思考を持ち合わせていなかった。

ホームレスとなった娘は国に対しあらゆる奉仕活動を行い、隣国をパッシングする活動に積極的に参加した。更に、隣国の人間を見つけては、暴行を働き、金銭を強奪していた。それらの活動を通じて知り合った人間から娘は資金援助を受け、ホームレスから抜け出すことができた。

それから、娘は隣国を貶める手段について考えながら、文武に励んだ。

そして、十年前、自分の人生を変える大きな出来事が起きた。

それが白騎士事件だ。

白騎士事件により、ISは世界中から注目されるようになった。ISに大きな可能性を見出した彼女はISの操縦者になり、ISを使って隣国の全てを滅ぼそうと考え始める。

明確な目的を得た娘は憎しみを糧に、IS操縦者としての実力を上げて行った。

故に、数年後、娘が国家代表の座に着いたのは当然の結果だったと言える。

憎悪を原動力とした彼女だからこそ、渇望も憎悪に満ちていた。

 

「殺して、地獄に送ってあげるわ!」

 

濃紫色の光を発する巨鯨から発射された音速を越えた砲弾は薔薇の壁を食い破っていく。

再び、薔薇の再生能力が砲撃を完全に遮ることができなくなってしまい、形勢が逆転した。

巨鯨の放った砲弾の内の一つがヴィルヘルムの左腕に着弾した。砲弾を受けたヴィルヘルムの腕は跡形も無くなり、左腕の傷口から大量の血が流れ出した。

 

「この一気に押し切るわよ!」

 

ヴィルヘルムの負った傷は常人ならば致命傷と言えるほどの傷だ。

傷を負えば、激痛で集中力が低下し、防御の手が遅れる。このまま砲撃を続ければ、ヴィルヘルムを倒せる。国家代表はそう思っていた。

 

「いえ、どうやら、そう上手くいかなそうですよ」

 

代表候補生は下を指したため、国家代表の彼女は下を見る。水は赤く染まっていることに気が付いた。それに気が付いた次の瞬間、水面から、蔓薔薇の芽が自分たちに襲い掛かってきた。

 

「薔薇が水の中から」

「どうやら、対岸から枝を伸ばしてきたようです。一度引いて薔薇の届かない範囲に!」

 

国家代表の彼女はPICを使い急上昇し、蔓薔薇から逃れようとする。通常の植物なら高さに限界があるため、蔓薔薇が届かなくなる高さまで逃げれば、蔓薔薇の攻撃は無くなると考えたからだ。だが、上空百メートルに達しても蔓薔薇は追いかけてくる。

 

「単一仕様能力で生まれた植物だから高さに限界が無いってことかしら?冗談じゃないわね」

「確かにそうですが、あのままあの場に留まっていては、確実に薔薇に飲み込まれている所でした。」

 

回避行動を取りながらも、蔓薔薇の迎撃とヴィルヘルムへの砲撃を同時に行うことができるのは、国家代表の彼女がかなりの実力者である証明に他ならない。

ヴィルヘルムが操っていると思われる蔓薔薇の反撃が始まってから数分間は二人とも完全に対処できていたが、やがてヴィルヘルムへの砲撃の手が止まり、二人を飲み込もうと迫りくる蔓薔薇の対処に二人は集中するようになってきた。二人に迫りくる蔓薔薇の枝が時間が経つにつれ、増してきたからだ。

蔓薔薇の枝が増したのは二人の迎撃に原因があった。二人は襲い掛かる蔓薔薇を砲撃によって焼き払っているつもりなのだが、薔薇にとって彼女らの行為は剪定と同義であった。剪定を受けた薔薇は一つの枝に複数の新しい芽を生やし、新たに生えた芽が枝となって二人に襲い掛かる。そして、新たに襲い掛かってきた枝を焼き払うと、残った部分から新たに芽が出る。鼠算方式で襲い掛かってくる蔓薔薇の枝が増えていく。つまり、彼女たちは自分で自分を追い込んでいたのだ。そのことに気が付いたのは、代表候補生が完全に対処しきれなくなるほど薔薇の枝が増えた時だった。

 

「ひっ!」

 

代表候補生の専用機の右足に蔓薔薇が絡みつく。

絡みついてきた蔓薔薇は紅く、人の体温のような温かさを持ち、小さく確かに脈を打っていた。蔓薔薇の薄気味悪さに代表候補生は恐怖を感じた。慌てて射撃で蔓薔薇を絶ち脱出を試みるが、銃口を薔薇に当てようとした瞬間、蔓薔薇の枝が両腕に絡みついてきた。代表候補生はPICを全開にし必死にもがくが、蔓薔薇の枝は非常に硬く、力で引きちぎれるものではなかった。代表候補生に絡みついた蔓薔薇の枝の数は増えていき、数秒で代表候補生とISの姿が蔓薔薇で埋め尽くされてしまい、見えなった。

代表候補生に絡みついた蔓薔薇の枝が太くなっていく。枝が太くなったことで、蔓薔薇に巻きつかれた代表候補生とISは締め上げられていく。

ISの軋む音と代表候補生の断末魔が周りに響く。

 

「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」

 

国家代表の彼女は自分に襲い掛かる蔓薔薇の隙をみて、代表候補生に絡みついた蔓薔薇の枝の塊を焼夷弾で砲撃する。焼夷弾の炎が蔓薔薇の枝の塊に着火し、蔓薔薇の枝を燃やす。

国家代表は蔓薔薇の枝から解放され地に落ちそうになった代表候補生を抱き留めた。

だが、代表候補生はすでに冷たい肉塊になっていた。

死んだ直後であるにも関わらず、まったく体温を感じない上に、血の気がない。頬はこけ、肌は皺まみれとなり、眼球が今にも飛び出そうになっている。その姿は、大昔の古代遺跡から発掘されたミイラのようだった。たった数秒でこの姿に変わり果ててしまったのは、全身の血液を抜かれたからだ。

 

「血……もしかして!」

 

ヴィルヘルムが吸血鬼と自称していることを国家代表は思い出した。

国家代表はヴィルヘルムに視線を送る。彼が吸血鬼で、この蔓薔薇が彼の物だとすれば、彼はこの蔓薔薇を使って代表候補生の血を吸ったと考えられる。そして、本当に血を吸ったならば、ヴィルヘルムに何かしらの変化があるはずだ。そう考えた国家代表はヴィルヘルムに視線を送った。

無くなっていたはずの左腕は完治しており、血の一滴も流れていなった。

 

「薔薇で吸血して、自分を回復させるなんて、趣味の悪い単一仕様能力ね」

「そうかい。だが、ハイドリヒ卿に言わせてみれば、俺もお前もどっちもどっちだ。俺の真の死森の薔薇騎士は敵を弱体化させる能力で、あの人の渇望である全霊を賭して全力で敵を倒すことの阻害になる。んで、怒りを糧にするテメエの不倶戴天は、喜びに満ちた戦いを好むあの人から言わせて見れば、凡人のつまんねー能力だ」

「私が凡人か。だったら、お前は救いの無い愚か者だな!」

「救いがない?ハーッハッハッハッハハ!そんなもん生まれてこのかたただの一片も感じたことはありゃしねえよ。欲しいものは手に入らねえし、いつも取り逃がしている。俺は一度も満たされたことがないから、いつだって飢えている。今さら、救いがないと言われても、どうってことはねえよ。だが、俺に言わせてみれば、テメエの方が救いがねえわ。凡人の女如きが、黒円卓に関わったんだからな。俺らに銃口を向けた時点でテメエの死の確定事項なんだよ。十分楽しんだし、もう死んどけ、餓鬼」

「なら、さっさと貴様が死ね!」

 

国家代表の彼女は更に憎悪の炎を燃やし、砲撃を再開した。

憎悪によって強化された砲弾は国家代表を四方八方から襲い掛かってくる蔓薔薇を全て迎撃していく。だが、蔓薔薇が増えすぎた上に、蔓薔薇の標的が自分一人になってしまったため、迎撃が精一杯になり、ヴィルヘルムへの攻撃どころでは無くなった。

切羽詰まった状況であるにもかかわらず、彼女の憎悪の炎が増したのは、男であるヴィルヘルムにIS操縦におけるエリートであるはずの代表候補生が殺されたことによる代表候補生の不甲斐なさに対する怒りと、自分が何時まで経っても攻撃に転じることの出来ない展開にもどかしさを感じたからである。

 

「……う…そ」

 

だが、国家代表の怒りはある瞬間に絶望に転換した。

国家代表の彼女は何度も発射の引き金を引くが、砲弾は一発も発射されない。弾薬の残量を確認して彼女は初めて、巨鯨に積まれていた弾薬が底をついたことに気が付いた。

弾薬がなくなり、援護する者がいなくなったことで、彼女の敗北は確定事項となった。荒波を放ちたくとも蔓薔薇が行く手を阻むため、意味がない。

 

「この私が…負けた。全部出しきったのに……万全の状態だったのに……負けた」

 

巨鯨の砲撃が止むと同時に、彼女に直接襲い掛かろうとしていた蔓薔薇は止まり、方向転換すると彼女を包囲するように伸び始めた。伸びた蔓薔薇は薔薇同士複雑に絡み合い、形になっていく。やがて、蔓薔薇はISという鳥を隔離するための鳥かごとなった。

蔓薔薇の鳥かごにISが通れるほどの隙間はない。

 

「あれだけ、ボコスカ撃ちまくったんだ。弾切れは当然だろ。いや、むしろあれだけ撃ちまくって今まで弾薬が尽きなかったことに驚きだわ。これでテメエの負けは確定だな」

「……」

「殺す前に一つ教えてやる。……テメエは一つ勘違いをしている」

「何?」

「俺が、一度でも、俺の単一仕様能力が吸血の薔薇って言ったか?」

 

国家代表の彼女の肩が数度叩かれる。

肩を叩かれるという行為を受けた彼女は心拍が止まるほど、驚いた。

彼女は地上から数十メートルにおり、さきほどまで砲撃を行っていた。この場に居るのは自分とヴィルヘルムだけであり、ヴィルヘルムは正面に居る。だから、自分の肩を叩けるような存在は今この場においていないはずである。

国家代表の彼女は恐る恐る振り向いた。

 

「……貴方ね」

 

すると、そこには白いワンピースを着た赤い大きな目の少女が立っていた。少女の着ていた白いワンピースは数カ所穴が開いており、血に染まっている。その姿はホラー映画に出てくるゾンビのようだった。

この少女こそ、ヴィルヘルムの母であり、姉であるヘルガ・エーレンブルグだ。

国家代表の彼女は右手でヘルガを振り払おうとするが、右手が捕まれた。

右手を見ると、巨鯨の右腕の装甲に白魚のような細い指が掛かっていた。ISの動きを止める程のバカげた握力に国家代表は我が目を疑った。

 

「お前だな」

 

国家代表は自分の動きを止めた者のほうを見る。その者は、紅い瞳に、長い白髪、改造されたIS学園の制服を着たラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「行方不明になっていたドイツの代表候補生が…どうして…殺されたんじゃ」

 

ヴィルヘルムの渇望は『夜に無敵になる吸血鬼になりたい』である。

だが、この時、この場において、夜は既にあり、自分は既に吸血鬼である。昼間だとしても、エイヴィヒカイトの創造を使えば、夜はすぐに訪れる。故に、彼は夜における無敵の吸血鬼として完結していた。

だが、吸血鬼であるにもかからず、ヴィルヘルムには吸血鬼らしからぬところがあった。

それは吸血鬼の眷属、グールの存在だ。グールは吸血鬼の吸血行為を効率的に行うため、独自に人の血を啜り、主の吸血鬼に血を譲渡する使い魔である。

これまで殺してきた人間をグールとして召喚する。

それがヴィルヘルムのシュヴァルツェア・レーゲンの単一仕様能力の正体だった。

 

「「……よくも」」

 

では、吸血の蔓薔薇はいったい何なのか、という疑問が浮かび上がるだろう。

蔓薔薇の正体はラウラの創造だった。

ラウラはカール・クラフトからエイヴィヒカイトの術式を施されていない。だが、長時間、ヴィルヘルムの体内に居たことで、ヴィルヘルムの体質に彼女が適応し、ヴィルヘルムの体質に近いものとなった。これにより、ラウラは自然にエイヴィヒカイトの術者となった。ラウラが魔人となる際に使用された聖遺物は戦場の伝説となったヴィルヘルムの血だった。

ラウラの体質がヴィルヘルムに似た物になったことと、ラウラの渇望が『親とのつながりを感じたい』という求道であったことで、ヴィルヘルムの吸血鬼の特性に類似した創造の能力となった。

 

「「私のヴィルヘルム(父)に……手を挙げたな!!」」

 

正面からヘルガの貫手が首に、背後からラウラのナイフが背中に深々と刺さる。

ISの絶対防御など、吸血鬼の眷属であるグールと化した彼女らにとって、エネルギーの源であるため餌であり、防御としての役割を果たしていなかった。ヘルガとラウラが国家代表をめった刺しにしたため、国家代表の体は人型をしていないかった。

もはや元がどのような形をしていたのか分からなくなるほど、めった刺しにされた国家代表の体は最後には体液を全て吸われたことで、灰になり、消えて行った。

 

「ヒーッハッハッハッハッハッハ!ハハハハハ…ヒャッヒャッヒャッヒャ、無様だな、劣等の糞女、所詮粋がった女じゃ、俺には勝てねえ。……聞こえているか、知らねえが、最後に名乗っておいてやる。聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ、串刺し公(カズィクル・ベイ)、それがテメエを殺した騎士の名前だ」

 

ヴィルヘルムの勝利の歓喜の声が第5のスワスチカに響き渡っていた。




オリジナルIS巨鯨にはモデルがあります。
BALDRSKYという戯画の作品に出てくるトランキライザーがモデルとなっております。
巨鯨の想像が難しい方は、グーグル画像検索で調べてみてください。

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