IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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久しぶりの投稿となりました。
この作品と別の作品の同時並行をしたら、どっち着かずになり、どっちも中途半端な状態になってしまい、時間が掛かりました。


ChapterⅩⅩⅩⅩⅢ:

「東監視組D地点から通信です。繋げます」

 

IS学園全体を監視できる管制室に真耶の声が響く。IS学園全体を監視し始めてから1か月の間静寂に包まれていた管制室が慌ただしくなる。この一か月間、現地で監視を行っている自衛隊やIS操縦者からこのような通信が無かったからだ。

 

『こちら、東監視組。本部応答願います!』

「IS学園監視本部管制室です。何かありましたか!?」

『ヴィルヘルムに押されています。増援は送っていただけないのですか!?』

「どういうことですか?」

『待ってください。東監視組A地点のIS操縦者から連絡は来ていないのですか?』

「真耶、東監視組D地点付近の映像を映し出せるか?」

 

真耶の操作によって、管制室のモニターの映像が切り替わる。

モニターには、シュヴァルツェア・レーゲンに乗るヴィルヘルムと不可解な深紅の蔓薔薇、そして、二人のIS操縦者が映っていた。千冬はこの二人の内の片方に見覚えがあった。

第一回モンド・グロッソで千冬に『IS開発国に取り入られるために、審判がお前に有利な判断をした』と因縁を付けてきた人物だ。彼女の暴論そのものが印象的であったが、無視したら殴りかかってきたので、反撃したらワンパンで終わったという拍子抜けしたエピソードが、千冬にとって印象的だった。

 

「なるほど。おそらく手柄欲しさに先走ったようだな。……D地点、すまない。こちらの配置ミスだ。君たちは撤退してくれ」

『見捨てるというのですか!』

「そうだ。此度の戦いで集まったIS操縦者は、国益や私益のために、野心を抱えIS学園や他国を出し抜こうとする者が多いだろう。だが、それでは連携を取れない烏合の衆の我々はラインハルト・ハイドリヒに敗北するだろう。故に、IS操縦者に此処で黒円卓が強大な敵であると認識させる必要がある。だからこそ、彼女たちを見捨てる必要がある。それに、彼女はもう助からない」

『何故です?』

「IS操縦者を動かすとなると、現場の到着に今から十分近くかかる。戦況から見て、後数分以内にヴィルヘルムは二人を仕留めるだろう。IS操縦者たちが到着したときには既に彼女たちは死んでいる。そして、その時、ヴィルヘルムの体力が温存されていたら、こちらへの被害は更に拡大する。後手に回るのは癪だが、此処は被害を最小にすることを優先しろ」

『はっ!』

 

通信機の向こう側で敬礼をしているであろう自衛官は通信機を切る。現場の部下に指示を飛ばしているのだろう。千冬とその場に居たIS学園の教員たちはモニターに映るヴィルヘルムと国家代表と代表候補生の殺し合いを見る。ヴィルヘルムの周辺一帯から伸びる蔓薔薇が作り出すヴィルヘルムの世界に一同は恐怖しながらも、魅入られてしまう。蔓薔薇というヴィルヘルムの世界は広がり、夜に染まっていた空を赤く染めていく。

空が侵食されたことで、空を飛びまわるISは行き場を失う。そして、一機が蔓薔薇に絡め取られ、締め上げられていく。その姿は虫を喰らう食虫植物に見えた。

その後、国家代表のISの弾薬が尽きたため、国家代表の敗北が確定した。そこへ一同の見覚えのある人物が現れた。

 

「ボーデヴィッヒさん?」

 

ラウラは地上から数十メートルの高さにまで伸びた蔓薔薇に立っていた。

眼孔は鋭く、まるで怨敵を見るような瞳でヴィルヘルムの敵である国家代表を睨んでいた。モニター越しだったが、教員の何人かは恐怖のあまり生きた心地がしなかった。そして、そんなラウラと同じ表情を浮かべた背の低い少しの幼さを持った少女と共に、ラウラは国家代表に致命傷を与えた。絶命した国家代表は乾いたミイラのような姿となる。

ヴィルヘルムの圧倒的な強さに一同は言葉を失う。だが、その次のヴィルヘルムの行動に更に驚かされることとなる。

 

『あー、やっぱり駄目だわ。所詮こんなもの俺から言わせてみれば、玩具だわ。肉の感触、血の暖かさ、そんなものは一切伝わってこねぇ。使い方に寄っちゃあ強いかもしれんが、正直つまんねーわ。すぐに飽きる。つーわけで、テメェに返してやる』

 

ヴィルヘルムはISを待機状態にすると、ゴミを投げ捨てるかのように、ラウラに放った。ISを解除したことで、ヴィルヘルムは元の黒円卓の軍服がきている状態になった。

ラウラはISをキャッチすると、脚に装着し、最適化を始める。

ヴィルヘルムのシュヴァルツェア・レーゲンによる単一仕様能力はグールを召喚することであり、グールと化した人物が望まない限り、グールとして存在し続ける。

故に、ヴィルヘルムがISを手放しても、ラウラは存在することができた。一方のヘルガはヴィルヘルムの中の方が居心地良いのか、ヴィルヘルムがISを閉じた時に消えている。

 

『おい、さっさとしろ。ハイドリヒ卿がお待ちなんだ』

『はい』

 

ヴィルヘルムはイラついているのか、低い声で後ろに居るラウラに恐喝する。ラウラは走ってヴィルヘルムに追い付くと、ヴィルヘルムの横を歩きながら、ISの最適化を始める。

 

『父よ。怒りの日はまだ先です。我々がこの地に踏み入れるには少し早くはありませんか?我々は追われる身です。此処は身を隠すべきかと…』

『あぁん?なんこと知るかよ。ハイドリヒ卿が俺を必要としている。俺が此処に来るにはそれで十分だ。文句あんのか?』

『いえ、そのつもりはありません。ただ、私は我々が堂々と姿を隠さずに此処に入った理由が分からないのです』

『一つはパシリだ』

『え?……買い物を頼まれたのですか?』

『あぁ』

『ですが、荷物など…』

『テメェのISのバスロット?…見てみろ』

 

ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンのバスロットに入っているものを次々と取り出していく。バスロットから出てきた物を見たラウラやIS学園の教員たちは驚きを隠せなかった。それはISの兵器とはかけ離れた物だったからだ。

 

紙パックのオレンジジュース1ダース

チリ産の輸入赤ワイン3本

日本の煙草一カートン

ブラジル産の業務用鶏肉5kg

玉ねぎの入った段ボール一箱

タバスコ業務用5本

 

『一か月の籠城生活で同じ物食い過ぎて飽きたとのことだ。まあ、気持ちは分かる。引き籠もりは飯ぐらいしか楽しみがねーもんな。だがな、シュライバーの言ってきた物には納得いかねー。……濃縮還元じゃないストレートオレンジジュース?このご時世で見つけんのが大変か知ってんのかって話だ。あと、アルテミスの注文も意味不明だ』

『だが、しっかり買い物しに行くあたり、父らしいと思うぞ』

『当たり前だ。……悔しいが、階級はシュライバーやザミエル……ついでに、ドルレアンスの方が上だ。テメェも軍属なら分かんだろ?……上官の命令は?』

『絶対』

『だったら、今は従っておくのが軍隊のあり方ってもんだ。いずれぶち殺して、俺が白騎士の椅子に座ってやるつもりだがな。んで、もう一つの理由だが、陽動だ』

 

ヴィルヘルムが現れたことで、IS操縦者たちはヴィルヘルムを討伐しにくると一夏は考えていた。黒円卓全員を一度に相手にするよりかは一人を相手にした方がIS操縦者の勝率が向上するからだ。その間に一夏は別の目的を果たそうと考えていた。

 

『だが、この惨状を見る限り、陽動には失敗しているようだな』

 

一部のIS操縦者が抜け駆けをしたことで、ヴィルヘルムの陽動作戦は失敗となった。故に、ヴィルヘルムに落ち度はない。だが、先ほど戦った相手の抜け駆けが原因だとということをヴィルヘルムは知らない。

 

『だったら、いっそのこと皆殺しにすればいいんじゃねえのかねと俺は思う。全部殺しゃ―、誰もハイドリヒ卿の邪魔はしねえからな』

 

ヴィルヘルムの殺気が再び露わになる。

モニター越しでも伝わってくる気迫にIS学園の教師たちは気圧されてしまう。檻の向こう側に居る猛獣に怯える子供などいないのだから、彼女たちを臆病者と揶揄する者がいるかもしれない。だが、相手は猛獣ですら怯え逃げ出すような存在だ。モニター越しに恐怖を覚えてしまうのは仕方のないことである。

恐怖を感じながらIS学園の教師たちはほんの少し安堵していた。あの場に居たなら、気を失い、下手をすれば殺されていたかもしれないからだ。

 

『だが、それをする必要はない』

『どうしてですか?』

『この展開をドルレアンスは読んでいた。そして、この展開に陥った時、向こう側で対処すると言っていた。だから、俺らは当初の目的通り、IS学園の学生寮に行けば良い』

 

ヴィルヘルムは足の裏に杭を生やし、颯爽とその場から去る。

疾走するヴィルヘルムを追うために、ラウラは最適化が途中のシュヴァルツェア・レーゲンを展開すると、飛翔し、IS学園の学生寮へと向かう。

 

「織斑先生、監視カメラを切り替えて、ヴィルヘルムとボーデヴィッヒさんを追います」

「いや、その必要はない。彼らの目的は分かっているからな。真耶、それより今すぐ学生寮の監視カメラの映像から、黒円卓を探せ」

「はい」

「手の空いている教員たちは、IS学園の外側を監視している自衛隊と連絡を取り、監視を強化するように連絡しろ。ヴィルヘルムの言う“陽動”が気になる」

「「「はい」」」

 

モニターを操作できる教員たちは監視カメラの映像から一夏たちを探し出す。

千冬が学生寮の監視映像から一夏たちを探すように指示を出したのは、一夏たちが学生寮から出たという学生寮周辺に展開した自衛隊やIS学園の教員から連絡がないからだ。

学生寮の玄関、談話室、食堂、大浴場、屋上など一夏の部屋から遠い所から捜索範囲を狭めていく。この方法なら、一夏たちを見落とすことがないからだ。

数十秒後、一人の教員が声を上げた。

 

「見つかりました!」

 

その教師が操作するモニターを見ると、一夏を先頭に、それに続く形で三人が続いていた。

一人目は黒円卓の白騎士、ウォルフガング・シュライバー。

二人目は赤騎士、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ。

三人目は黒い襤褸着を纏い、その襤褸着の下には黒円卓の軍服が見え隠れしている。フードを深くかぶっている上に、監視カメラの位置が天井であるため、この人物の顔が見えない。顔が見えない為、この人物の正体が分からない。背丈は高くも無く、低くも無い。シュライバーとエレオノーレの間ぐらいの背丈の人物であった。体系は細くも無く、太くも無い。鍛え抜かれた肉体をしていることが分かる。そして、胸の膨らみから、この人物が女だということも分かった。

一人が白騎士、二人目が赤騎士と来ていることから、この三人目が空席だった黒騎士になった人物であろうと千冬は目星を付ける。

このタイミングでの黒円卓の首領と三騎士の出動は先ほどヴィルヘルムの言っていた陽動と関連しているとしか思えない。

 

「織斑先生、如何いたしましょう」

 

真耶が千冬に指示を求めてくる。千冬の指示を求めているのは真耶だけではない。この場に居るIS学園の教員全員だ。この部屋に居る千冬以外全員が千冬に救いを求めるかのように、千冬の言葉を求める。

千冬は彼女らに掛ける言葉を考える。自分の言葉が、自分を信じて着いてきてくれた彼女の人生を左右するからだ。

 

「それは、私が聖槍十三騎士団黒円卓第五位と分かっての質問か?」

「はい。ですが、織斑先生はIS学園の教員でもあります」

「そうだな。おかげさまで板挟みだ。黄昏の女神の為と思って動けば、黒円卓との繋がりを持っているのでは各国の首脳から不信感を持たれてしまう。だが、女神の座を守るためにも、首脳たちの言う通りに動くわけにもいかない。仮に、首脳たちの言われるがままに動いたところで、一夏にも水谷にも勝てない。我々の惨敗は目に見えている」

「織斑先生でも勝てないのですか?」

「アイツに勝つにはいったい私が何万人必要なのだろうな」

 

苦笑いの千冬は立ち上がると、手にしていたマグカップを置く。

千冬が笑ってしまったのは、自分が世界最強という評価を受けているにもかかわらず、自分の弟に勝てないという事実が滑稽に思えた。

 

「それでも、私が一夏に挑まなければならない」

 

千冬は黄昏の女神の座を維持することに対して異論はない。だが、今回の黒円卓と束の戦争に千冬は極力人を巻き込みたくないと考えている。一方のカール・クラフトは座を安定させるためなら、様々な人間を巻き込んでも構わない、むしろ積極的に巻き込んでいこうと考えている。そして、一夏は舞台を盛り上げるならば、どうなっても構わないと考えている。だが、同じ守護者でも蓮は、幻想になった自分は現実を精一杯生きる人間に干渉しすぎてはならないと、人を巻き込まない様に考えている。

 

人への被害を最小限にしようとする千冬。

人を巻き込んで覇道神の衝突を盛り上げようとする一夏。

この思考の相反する二人が衝突しないはずがない。

 

「真耶、行ってくる。後のことは頼んだ」

「待ってください。織斑せゴフッ」

 

千冬は自分を止めようとする真耶の鳩尾に正拳突きを放つ。

手加減したとはいえ、激痛を与え、呼吸のペースを乱すには充分の威力だった。激痛により、呼吸のペースを戻せなくなった真耶はやがて過呼吸になり意識が朦朧となる。最後には立っていられなくなり、真耶は倒れた。

 

「すまない」

 

それが、真耶の聞いた最後の言葉だった。

千冬は自分を止めようとする教員たちをなぎ倒し、謝罪しながら部屋から出て行った。

廊下に出た千冬は屋上に向かう。廊下では誰にもすれ違わなかった。IS学園に残っている関係者は先ほどの部屋に居た教員だけだったからだ。

屋上への扉を押すと、冷たい風が体を押し戻そうとする。だが、その向かい風は弱いため、誰でも無視しできる。千冬は何食わぬ顔で歩き、屋上の中央に立つ。

見上げると空は夜の闇に包まれており、遮る雲が一片も無い。ISで空を飛ぶに適した天候である。さらに、空気が澄んでいるため、空から地上の人間を探すのに適している。

つまり、今夜はIS操縦者にとって最高の気象条件ということだ。

 

「織斑千冬・ブリュンヒルデ、押して参る」

 

二次移行した白式を展開した千冬は空へ舞いあがる。

千冬は瞬時加速を使用し、ISを展開してからわずか十数秒で学生寮の真上に到着する。上空は強風が吹いているおり、推進力がないため、停止し姿勢の維持はIS操縦の初心者において困難である。だが、ブリュンヒルデの彼女にとって、空中停止は目を閉じていてもできる。千冬は真下を見下ろし、一夏たちを捜索する。すると、IS学園の学生寮前が慌ただしくなっていることに気付いた。

十数台の装甲車と戦車が学生寮の付近に集合し、数台の巨大なスポットライトが着き学生寮を照らす。アサルトライフルを持った自衛官たちが隊列をなして、慌ただしく走り、装甲車や物陰に隠れて、銃を構え、銃口を学生寮の入り口に向けている。自衛官たちの見つめる先、スポットライトを浴びた学生寮の入り口はまるで昼間のように明るかった。

自衛隊も一夏の動きを知り、独自の判断で警戒態勢に入ったらしい。千冬の元に情報が来ていないのは、千冬が管制室にいたIS学園の教員全員の意識を刈り取ったため、通信が出来なかったからだ。千冬はIS学園の教員を気絶させるのではなく、単に手足を少し動かせる程度に無力化させておくべきだったと悔やむ。

 

「不味い!手を出さないでくれ」

 

千冬は急降下する直前、三騎士を引き連れた一夏が学生寮前に姿を現した。

一夏が自衛隊に手を出す前ましくは自衛隊が一夏に手を出す前に、両者の間に立たなければ、一夏と三騎士による蹂躙が開始されるだろう。千冬は連続瞬時加速で急降下し、一夏の方を向き、一夏と自衛隊の間に着陸する。

 

「これはこれは、姉上」

 

ハイドリヒ化していない一夏は両手を広げ、嬉しそうに千冬に近づく。

まるで長らくあっていなかった旧友に会ったかのような、そんな表情を浮かべていた。無謀な一夏に対し、千冬は雪片二型の刃先を向ける。

実の姉から敵意を向けられた一夏は一瞬驚くが、今度は悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「姉上、それでは私と姉弟喧嘩をしてみたいと捉えてしまうぞ」

「それで構わん」

 

一夏は打鉄を部分展開し、黎明を左手で持つ。最初からエイヴィヒカイトを使わないのは、黎明で構えを取らないのは、一夏の余裕の表れである。

 

「聡明なる卿ならば、私と戦うことで卿自身の得られる物が無いと気付いているはずだ。私たちの衝突に人を巻き込みたくないのであれば、徹底して私を危険視し、私から遠ざかればよい。卿は逃げた方がその願いが成就されるはずだ。触らぬ神に祟りなしと言うであろう。だからこそ、分からん。卿は何故私に剣を向ける?」

「確かに、お前と戦った所で、私は何か得るわけではない。だがな、私が逃げれば、勝手に誰かがお前に立ち向かうかもしれない。そして、お前はその者達を蹂躙し、グラズヘイムに落とすのだろう。だったら、私がお前と全力で戦い負けることで、人は誰もお前に勝つことができないという事実を世界中に示すことができる。それに成功すれば、人への被害は最小に収まるはずだ。違うか?」

「なるほど。確かに卿の言い分は正しい。だが、それを達成するには卿が私に殺されるという事実が必要だな。卿はそれも辞さないと?」

「黒円卓の第五位は総じてそういう席なのだろう?」

「自分を犠牲にしてでも道を示す。ヴァルキュリアもレオンハルトも……そして、ブリュンヒルデの卿もそういう人物だったな。……だが、それに付き合う義理など私には無い。二代目マキナ、卿が相手しろ」

「Jawohl」

 

フードを深くかぶる『二代目マキナ』と一夏に呼ばれた女が前に出る。

武器を出すことなく自分の前に立ったことから、千冬はこの女もエイヴィヒカイトの術式を施された魔人なのだろうと推測する。

 

「だが、やることは変わらん」

 

エイヴィヒカイトの術者との戦いで千冬は知った。彼らは技の出し惜しみをする。使用回数に制限があるのか、出しどころが決まっているのか、単なる慢心からなのか、理由は分からないが、そのような傾向にある。だから、千冬は最初から全力を持ってして叩けば、倒せるのではないかと考えていた。

 

千冬は零落白夜を発動させ、二代目マキナに斬りかかる。

千冬の使った技は、取得した剣技において最強にして最速の技である抜刀術だ。

たとえ鈍を使用したとしても、人を殺すには充分の威力がこの技にはある。そんな技をISの武器で使えば、この技はISのシールドエネルギーを全て奪い、操縦者に重傷を負わせ戦闘不能にするだけの威力を持つ。故に、たとえエイヴィヒカイトの術者でも致命傷を負わせるだけの自信が千冬にはあった。そんな必殺技を千冬は瞬時加速を併用することで究極の抜刀術に昇華させた。

雪片二型は二代目マキナの右腕を肘から切断し、右わき腹と左肩を通り両断した。腕が落ち、上半身が下半身からズレ崩れ落ちそうになる。念には念をと、千冬は雪片二型で二代目マキナの首を切断する。二代目マキナの首、胸、腕から夥しい量の血が出て、白いタイルの地面と白式を赤くしていく。そして、ゆっくりと首と上半身が落ち、下半身も倒れた。下半身が倒れたことで、ひっくり返したバケツのように一気に血が流れていく。

 

千冬にとって、これが初めての殺人だったが、千冬は惨殺死体に対して何も感じなかった。

それは、ISが人の魂を吸収し燃料にするからということもあるが、千冬は人を守るという使命感を持っていたからだ。その使命感が罪悪感を消し飛ばした。

 

「見事、二代目マキナを斬るとは、さすがは私の姉上」

 

一夏は千冬に賛辞の拍手を送る。

千冬は一夏を睨む。

一夏の後ろにひかえるザミエルとシュライバーは無反応だった。

 

「だが、それで本当に終わったのか?」

 

 

 

「聞くが良い。愚かな女よ

私は飢えた孤児のお前を道で拾ってやった

お前に名前を与え、熱く狂おしいほどの愛を送った

だが、情愛は失い欲望に染まったお前は私の愛を裏切った

私はお前と同じ愚か者だが、道化ではない

この顔は恥と復讐のために白く染まったが、

私はお前の血で恥辱を流し、尊厳を取り戻すのだ」

 

「創造――霧世界・混沌変生(ヨートゥンヘイム・エチューデン)」

 

 

 

その言葉の直後、千冬の背後に鈍重な衝撃が襲い掛かってきた。

ISシールドエネルギーが削られ、千冬はよろめきながら、振り向いた。

 

「龍砲だと?」

 

千冬はすぐに体制を立て直し、雪片二型を構え、振り向いた。

二代目マキナと呼ばれていた女の死体があった場所には、死体は無く、液状の黒い物体と龍砲の砲身があった。黒い物体はやがてアメーバのように姿形を変え、ある人物になる。

 

「更識?」

 

それは先日の無人機の襲撃でザミエルに殺された更識楯無だった。

誰がどう見てもその姿は間違いなく楯無だった。

楯無の形をしたそれは、ミステリアス・レイディの装備である蛇腹剣ラスティー・ネイルを展開すると、千冬に向けて振るった。蛇腹剣は特殊な構造をしているため、剣でありながらしなりがあり、弾くことができない。そこで、千冬は後退し、距離を取る。

首を刎ねても死なない上に他人のISを使う能力を持つ相手を千冬は分析する。

この能力を使う人物だが、セシリア、鈴、シャルロットでないことは分かる。鈴の単一仕様能力は暴君の傍の虞美人であり、単一仕様能力は創造に類似するならば、鈴の創造がこのようなものであるはずがないからだ。とするならば、自分の知る限りでは、この能力を使う可能性を持つ人間は楯無に絞られる。だが、自分の知らない人物が黒騎士になっている可能性は十分にある。

そして、この能力の正体だが、現状において分析しようにも情報がない。

 

「もういい、考えるのはコイツを倒してからでいいだろう。策がどうだの、相手の正体がどうだの、能力がどうだの……勝ってから知ればいい。真に強い者は能力や策という小細工などに頼る必要はない。真の猛者は気がついたら敵を倒しているのだからな」

 

千冬は楯無の姿をしたなにかとの距離をつめ、零落白夜の突きを放つ。だが、楯無の姿をしていたなにかの顔が突然歪み、シャルロットの顔に変化する。シャルロットの姿をしたなにかは左腕を胸の前に置くと、ある武器を部分展開し、千冬の突きを防ごうとする。それは、シャルロットのラファールに装備されたガーデン・カーテンだった。

 

「今度はデュノアか」

 

だが、ISによって増長された千冬の力によって、ガーデンカーテンのエネルギーシールドは突き破られ霧散し、実体シールドに刃先が刺さりひびが入る。千冬は雪片二型を引き抜き、横の一閃で実体シールドを両断しようとする。だが、自分の体が動かない。千冬はこの感覚を知っていた。

 

「AICもか」

 

シャルロットの姿をしていたなにかはラウラの姿に変化していた。

ラウラの姿をしているなにかは右肩にレールカノン・ブリッツを展開すると、千冬に照準を合わせる。AICで相手の動きを止め、ブリッツで仕留める。一対一におけるラウラの常套戦術だ。ブリッツが起動してから電気が完全に供給されるコンマ数秒の間に千冬は力づくでAICから逃れることで、ブリッツの砲撃を避けた。

ブリッツの砲撃の直後は大きな隙が出来てしまうことを知っている千冬は雪羅で砲撃し相手の怯ませることで、大きな隙を更に大きな隙へと変えた。

 

「これなら!」

 

無防備ななにかに向けて、千冬は零落白夜の突きを再び放つ。今度の突きは瞬時加速も付けられていたため、威力が倍どころの話ではない。しかも、千冬の狙いは、なにかの脳である。たとえ不死身だとしても思考能力を失えば、再生などできないだろうと千冬は睨んだからだ。千冬は必中のタイミングで、必殺の技を使い、絶命させることのできる場所に叩き込む。念には念をと、更に、千冬はなにかの頭に突き刺さった雪片二型を振りおろし、何かを一刀両断した。体の中心を通ったため、脊髄や内臓、背骨へのダメージはあるはずだ。たとえ不死身だとしても反撃はできないはずである。

 

「『それでは』『私を』『『倒せない』』」

 

だが、そんな千冬の期待は裏切られた。両断され千冬の左右のなにかの塊からラウラの声が聞こえてくる。もし、この状況で、この左右のなにかが姿を変え、自分に挟み撃ちをしてきては危険だと判断した千冬は瞬時に後退する。

両断されたことで二つになったなにかは、黒いアメーバのような姿になり、一つになった。そして、一つになったそれは最初の深くフードをかぶった女となった。

 

「どうかな、姉上、私の二代目マキナは?」

 

ハイドリヒ化した一夏は二代目マキナの左肩に手を置く。

その姿はまるで子供を自慢する親のようだった。

 

「二代目マキナ。名乗りを上げ、卿の存在を高らかに示せ」

 

二代目マキナと呼ばれた女は黒円卓の軍服の上に羽織った襤褸着を脱ぎ捨てる。

襤褸着を脱ぎ捨てた女性は千冬と瓜二つの姿をしていた。

背丈、体型、肌の色、髪型、髪の色、筋肉量から瞳の色まで同じだった。二代目マキナの能力で自分に姿を変えているのかと思うほど、誰もが見間違えるほど一致していた。ただ違うのは、服装と仮面を被っているかの二つだけだった。

 

「私は私というモノを持たない。だから、名乗りに意味はないのだろうが、ハイドリヒ卿の命令であり、折角だ。…名乗っておこう」

 

二代目マキナの付けている仮面は、古びたただの白い仮面だった。

鼻、頬、両額を覆いながら、目と口元を隠さない中世のヨーロッパの仮面舞踏会で使われていたと思われる物だった。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第七位、大隊長……黒円卓の連中からは『二代目マキナ』と呼ばれている。この席にはマキナという男が居たからだろう。だが、それは与えられた名前だ。便宜上の物であり、私にとってその名は無価値だ。だからこそ、私と貴方だけに価値のある名前を名乗ろう。私の名前は」

 

 

 

 

 

「織斑マドカだ」

 




黒騎士マドカ、参上!

ということで、少しだけ二代目マキナこと織斑マドカの霧世界・混沌変生の詠唱についてお話させていただきます。これは『道化師』というオペラから、ある人物の台詞を少しいじり、自分なりに語呂を合わせて使わさせていただきました。

道化師というオペラのあらすじですが、
簡潔に言えば、ヤンデレ男が芝居中に発狂してマジで好きだった女殺して、その恋人も殺したってお話です。

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