無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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無意義な冥界旅行の終わり

 俺———アザゼルはモニターが写している映像に釘付けになっていた。

 

「……これが現赤龍帝か」

 

 観戦している重鎮の誰かが呟く。VIPルームは、なんとも言えない空気が漂っていた。

 誰もが赤龍帝の最後のあがきに期待していたのにモニターに映ったのは、バカな新技とそれの不発だったのだからだ。

 

  ――パイリンガル――

 

 あまりにも頭が悪すぎる。エロに寛容な俺でさえ一瞬何が起きたが全く理解できなかった。それも肝心の相手には不発というバカな発想で情けない結果で終わったのだから、他の連中の心中は酷いだろうさ。

 重鎮の殆どがイッセーの失敗に目が行き、期待外れだと思っていることだろう。しかし、このパイリンガル。実際のところ恐ろしい技だ。

 今回はソーナ眷属が対抗策を持っていたから大失敗に終わったが、相手が女なら高確率で様子が逆転する。何せ、心の内を露わにされるんだからな。これほど相手にとって怖い技もない。

 しかしそう考えると、ソーナ・シトリーが言っていた心を読んだり精神をかき乱そうとする相手はたくさんいたというのが気になる。そんな高度な技術をポンポン使える奴にそうそう出会えるわけがない。

 ソーナ・シトリー眷属全員が仙術を習得してたこと以上に気になることだぜ。

 どちらにせよパイリンガルはゲームで使うのは禁止にするようリアスに言っておこう。このままでは他の悪魔とゲームしてもらえんぞ。悪魔の多くは女性悪魔を眷属にしているからな。

 ヴァーリ。イッセーよりも格段に格上のおまえが、歴代最弱と呼び声の高い赤龍帝『兵藤一誠』に興味を持ったのもわかる。

 おもしろい―――この一言に尽きる。こういう飽きない奴は、バトルマニアにとって最高の相手だ。

 なあ、ヴァーリ。イッセーはおまえと違う方向に進化して強くなるぞ。その時おまえはどうする? どう戦う? こいつは俺たちの予想をはるか斜め上に行く存在だ。

 おそらく歴代最高の赤白対決になるに決まっている。俺は実に楽しみだ。

 さて、イッセーを失い圧倒的不利に立たされた眷属たちはどう動く? ここで立ち止まってるようでは先が知れるぞ、リアス、朱乃。

 

「はぁ~」

 

 ごついガタイのスサノオが退屈そうにモニターを見てため息をつく。他のゲストや重鎮たちの殆どがこれからの展開に期待してるなら、スサノオだけは何も期待してない。というかコイツはほぼ最初から一貫して退屈そうにしていたな。まるでこうなることがわかっていたかのように、こうなることが当然のように。

 そんなスサノオがサーゼクスに話しかけた。

 

「なあ、悪魔の王よ」

「はい」

「この試合、何がこの結果を生んだと思う?」

「そうですね。やはりシトリー眷属の隠し玉の多さでしょうか。リアスたちは確かにいいものは持っていましたが、それらは既に知られてしまっている。対するシトリー眷属は情報を与えず多くの戦術を駆使して戦えた。ここに差があったのではないかと」

「まあ、間違っちゃいないだろうな」

 

 サーゼクスの言う通り、この試合のカギはそこにあった。リアスたちが強いと言ってもその功績は既に多くの悪魔に知られてしまっている。一方ソーナ眷属は無名であるがゆえに実力を隠したままこちらの対策を一方的に練ることができた。この差はとてつもなくデカイ。

 もちろんソーナ眷属自身の強さもあるだろう。仙術や精神攻撃対策に暗闇からの不意打ち。どれも一朝一夕で出来るものではない。

 力が足りないから側面から打ち崩す。理にかなった戦闘スタイルこそソーナ・シトリーなのだろう。今回リアスたちは見事それに嵌りこうして危機に立たされた。だからこそここが正念場だリアス。こちらに主力を根こそぎ奪い去ってゲームも終盤戦。もう大した隠し玉はないだろう。

 イッセーを失ってもおまえらは十分戦えるほど強い。まだまだ勝機は十分にある。

 

「所詮この程度の認識か……」

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 レーティングゲーム終了後、僕は国木田さんの結界から出された僕はたった一人だけ試合開始前の場所に。他のメンバーは全員リタイヤだから僕一人なのね。

 こんな場所に一人でいても仕方ないと思ったから地上に移動。そこから他の皆が送られた病院へ連れて行ってもらった。

 移動中にリアス眷属が今どういう状況なのかを教えてもらった。

 レーティングゲーム前には圧倒的、勝率9割と言われていたリアス眷属のまさかの敗北。ゲーム開始と同時に一人取られ、二人取られたところで一人取り、その後は一人も取ることもなく駒をすべて失っての敗北。相手の策の全てに見事嵌り、赤龍帝の新技も不発にされてグレモリー眷属はその評価を大きく下げてしまったと。まあ当然の判断だと思うよ。

 圧倒的差から最後は『(キング)』同士の直接対決。話ではとても直接対決とは言えないような戦い方をしたらしいけど、それでも圧倒的敗北を味わったらしい。

 二度目の大敗にリアスさんは心底悔しがっていたと。それもそうだよね。こちらには悪魔として最高の眷属が揃っていた。リアスさんと朱乃さんの高い魔力、一誠の赤龍帝の力、アーシアさんの回復、木場さんの聖魔剣にゼノヴィアさんの聖剣、ギャスパーくんの魔眼。悪魔の価値観でこれらの強さは僕でもわかるよ。それでいてあれだけ期待され大敗したんじゃリアスさんの負けず嫌いな性格からして悔しがるのも理解できる。

 

「それにしても誇銅さまはリタイヤされていなかったのですね。リアス様の眷属は全員リタイヤされたと聞いたのですが」

「ま、まあなんて言うか、運よく生き残っちゃったって言いますか。情けないことに身動きができないようにされていました。一人だけ生き残ってしまいお恥ずかしいです」

 

 そりゃ僕の存在感で画面から姿を消されたら誰もがリタイヤしたと思うよね。例えアナウンスが鳴ってなくても当然リタイヤされたと思われても不思議じゃない。ちょっと寂しいけど。

 病院に到着した僕は病院内の椅子で一人ビクビクして縮こまっている。一応リアスさんたちがいる病院に来たのだが、正直なところ他のみんなに会うのが怖い。なんせ何一つ貢献せずに無駄に生き残ってたのだから。

 誰かの病室に逃げ込むのも唯一安心できるギャスパーくんは入院してない。このまま逃げてしまうのもまずい。僕に逃げ道がない。

 他のみんなに出会ってしまった時の嫌な想像をしながらビクビクしていると、誰かが僕の肩に手を置く。嫌な想像をしてる最中だったためものすごく驚いてしまった。

 

「ぴゃぁぁ!」

「おっ、驚かせてしまって申し訳ございません」

 

 後ろを振り返るとそこには、片メガネに執事服の二十歳くらいの男性が立っていた。だ、誰? いや、それよりもこの人少しおかしい。僕の感覚的なものなんだけど、人と思えない。

 もちろん僕の周りで人間じゃない人なんてたくさんいる。僕自身ももう人間じゃないし。だけど、人型であたらさまに人間と思えないなんて思ったことは一度もない。なのにこの人は人型でありながら人とは思えない。なんだろうこの感覚!?

 

「あの、何か御用ですか……?」

「失礼」

 

 執事服の男性はそれだけ言うと僕の手をとって手相を見るかのように僕の手を見る。しばらく僕の手を見た後、再び僕の顔をじっと見つめる。

 

「やはり」

「え?」

 

 僕から手を離すとその男性は急に跪いて

 

「お待ちしておりました、❝誇銅様❞」

 

 僕のことを誇銅様と呼んだ。一体何がなんやら僕にはさっぱりわからない。え? これどういう状況?

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 病院内でビクビクおびえていたら僕を様付けで呼ぶ執事さんに出会った。そしてそんなわけのわからない事態に混乱していた僕は、今現在病院内とは明らかに違う場所に来ている。

 

「……え?」

 

 ちょっと整理しよう。僕のことを急に様付けで呼んだ執事さん。その執事さんが「ここではまずいので場所を変えましょう」と言うとこの場所に来ていた。うん、全くわけがわからない。

 窓から差し込む日の光。窓の外をのぞいてみると地上の青い空、日本でも冥界でもない町の風景。そしてリアスさんの家のような無駄に豪華ではないが、明らかに高価そうなこの部屋。リアスさんの家の豪華さは落ち着かないがこの部屋はギリギリ落ち着けるレベルでとてもいい感じ。

 

「あの、ここは……?」

「政治家やマフィアのボスなどが秘密の話し合いに使われる特別なホテルでございます。ちなみに先ほどのは人外世界の大物も含まれるので情報が外に漏れる心配は一切無用、一部の隙も無く完璧です。少なくとも三大勢力程度の技術力とパワーではどう考えても突破することは不可能なのでご安心を」

 

 ここがどこなのかはわかった。だからと言って警戒がなくなったわけではない。

 なぜこんな場所に連れてこられたのか。この人は一体何者なのか。むしろアメリカなんて未知の土地に飛ばされたことでより一層警戒しなければならない。

 僕は地獄の鬼と対峙するかの如き警戒心で様子を伺う。正直この人の能力はわからないし勝てるかも怪しい。だけどいざとなったら精一杯の反撃はして見せる。

 

「いきなりこんなところにお呼びして申し訳ありません。しかし、あの場を一刻も早く去る必要があったのです。事は手短にいたしますし終われば速やかに元の場所へお送りします。なのでどうかご容赦ください」

 

 僕の警戒に対し一部の隙も見せずに誠意の籠った礼儀正しい態度で僕に接する執事さん。

 部屋の中心に置かれているテーブルの椅子を引いて座るように促す。僕が警戒心むき出しの表情で疑っても執事さんは笑顔でただ待ち続ける。このままでは埒があかないので進められるまま座ることに。もちろん警戒は怠らずにね。

 僕が座ると執事さんも対面するように椅子に座った。

 

「ありがとうございます。遅れながら自己紹介させていただきます。(わたくし)はアメリカ勢力特別部隊『コズミック』のリーダー兼アメリカ勢力首領アトラス様の執事長をしております、ヨグ=ソトースと申します」

 

 座ったまま深々と頭を下げて自己紹介をした執事さん。それに対して僕も頭を下げる。

 

「ところで誇銅様はクトゥルフ神話というものをご存じでしょうか?」

「……いいえ」

「それでは私の種族からご説明しましょう」

 

 執事さんがそう言うといつの間にかテーブルの上に一冊の本が現れた。何の気配も感じさせずまるで初めからそこに置いてあったかのように現れた本。

 この能力。僕も気づいたら初めからこの場所に立っていたかのようにこの場所に連れてこられた。これがこの人の力なの? テーブルの上に置かれた本のタイトルは『恐怖と混沌のクトゥルフ神話 ビジュアルガイド』

 

「こちらは日本で売られている若者向けのクトゥルフ神話の本でございます。一応要点は書かれているので手早く説明するためにこちらを使用させていただきます」

 

 執事さんはその本を僕の方に向けたままページをめくり、12pを抑えたまま再び説明を始めた。

 

「クトゥルフ神話とは、二十世紀前半に書かれたホラー小説の中から生まれた、架空の神話体系の名前です」

「架空の神話」

「ええ、架空の神話でございます。だが我々は実際存在します。それも他の神々が生まれるよりずっと前から。この世界を、星の進化を、人間の進化をずっと見続けておりました」

「ずっと僕たちを見続けていた?」

「はい。生物がまだ単細胞だった頃からずっと」

 

 相変わらず愛想のいい笑顔で僕に話しかける。生物が単細胞の頃ってどのくらい昔の話なんですか!? それってもしかして恐竜とかが生まれるよりずっと前じゃないんですか!? いくら悪魔や天使が存在する世界だと知ってもなんだか信じられない。

 

「信じられないといったご様子ですね」

「ま、まあ……」

「まあそこは重要ではないので適当に流してもらってかまいません。今はクトゥルフ神話は実在することのみ知っていただければ結構。それでは次のご説明に移りましょう」

 

 ページをめくり他の説明に移る。一枚一枚スピーディーに丁寧にめくられたページは異形の神々について挿絵と共に書かれたページに辿りつく。そしてその章の二ページ目で手を止めた。

 

「そしてこれが、私です」

 

 そのページに書かれていたのは『ヨグ=ソトース』。目の前の執事さんが言った自分の正体と同じ名前の異形の神。

 『門にして鍵』。あらゆる次元と空間を超越し、すべてを知る存在。外形は太陽のような虹色の球体の泡立ったものとされている。一種のエネルギータイのようなもの。

 時空を超えているため、これまでに行った事、これから起こる事すべてを知っており、ゆえにその知識を求める者も多い。

 人間との間に子を作ったという物語も存在するが、いずれも奇形となっている。

 現在では『全てに繋がり、どこにも繋がっていない場所』に追放されているという。

 そう書かれていた。

 

「もちろんすべてが真実ではありませんが、まあ他の神が神話にある程度基づいてる程度には合ってます」

「ヨグ=ソトースさんがどういった存在なのかはだいたいわかりました。しかし、それと僕がここに連れてこられたのはどう関係するのですか?」

「その関係は、誇銅様に宿る神器と呼ばれるものにあります」

 

 執事さんは本を開いていた手を放してページを触っていた僕の手を優しくとる。僕の左手を右手で軽く引いて左手で手の甲をトントンと叩く。

 

「誇銅様の持つ力。現在では神器などと同列に扱われていますが、それは全くの間違い。誇銅様の持つ力はもっと崇高なものです」

「僕の神器が……?」

「あなたの持つ神器と思われているそれはには、この世界の基盤となるものを創り上げた二人の神が宿っているのです」

「僕の神器に……二人の神?」

 

 僕の神器の中にそんなにすごい神様が二人も宿っているって!? 事の大きさに疑い以上にスケールの大きさに戸惑うよ。だってこんな僕にそんな偉大なものが宿ってると言われてもしっくりこないよ。

 

「二人の神はそれぞれ世界の基盤となるものの表と裏をバランスよく別々に作り出した。片方の神はよく知られており様々な名前があります。インドではヴィシュヴァカルマン。ギリシャではデミウルゴス。日本では天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)など。しかし、もう片方には一つの名前のみ」

 

 執事さんは僕の手を放して再び本のページを開く。それは先ほど開いたページの一つ前。異形の神々の章の一番最初に書かれたページ。そこを開いて執事さんは言った。

 

「誇銅様にはこの神の力を宿しているのです。そして今、誇銅様はこちらの力に目覚めております。だから私は誇銅様に気づけたと言ってもいいでしょう」

 

 そのページに書かれた神の名前は。

 

「アザトース」

 

 万物の王

 宇宙の始まりから存在するとも、この世界の創造主であるとも言われる、盲目、白痴の神。それがアザトース。

 その正体は混沌そのものであり、この世界自体が、このおぞましい邪悪な神の見る夢でしかない。

 アザトースは「無名の霧」「闇」「這い寄る混沌」を生み出した。「無名の霧」からは副王ヨグ=ソトース、「闇」からは女神シュブーニグラス、「這い寄る混沌」からは従者のナイアラルトホテップが生まれたという。

 アザトースについて書かれた説明はまさにアザトースを神の神としてあがめている。

 

「我ら邪神の神であるアザトース様。そのお力を引き継ぐ誇銅様に出会える時を我らはずっと待ち続けていました。そして今日、やっとその使命を果たす時がきたのです」

 

 僕を待ち続けていたと言う執事さん。なんだか話が大きすぎでうまく呑み込めないよ。

 だけど、今の話をよく考えるとやっぱりおかしいところがある。

 

「僕意外にもこの神器の所有者は存在していたはずです」

 

 この神器の所有者は当然僕意外にも存在した。それはアザゼル総督が言っていたから間違いない。なのにこの執事さんの言い方だとまるで僕一人を待ち続けていたみたいに聞こえる。

 この執事さんが求めていたのはアザトースの力を引き継ぐ人。ならば僕以外の歴代初秋者も対象のはず。なのに執事さんは今日やっと使命を果たす時が来たと言った。それはつまり僕が最初と言う意味。少しばかり矛盾を感じる。

 

「その力を目覚めさせたのは誇銅様のみです。そして、その力を目覚めさせられるのは未来永劫誇銅様ただ一人。私は本の説明にあったとおりこれから行われることのすべてを知っております。膨大な記憶は人間の姿をしている時には邪魔になりますゆえ別の場所に保管し必要なものだけしか頭に入っておりませんが、誇銅様のみが目覚めさせることができるのは間違いありません。故に目覚めさせた誇銅様を神と崇め、我々はあなたの命に従います。それがアザトース様が存命の頃から与えられた我らの使命なのです」

 

 僕の疑問に対して納得がいく答えが返ってきた。まあ納得できると言っても一応だけど。事の大きさで頭がついて行ってない部分もあるけど。日本神話の真実を知った時とは逆方向の戸惑いを感じてるよ。

 執事さんは僕の質問に対して真摯に答えてくれるし敵意も感じない、むしろ好意的なものすら感じる。

 だからと言ってすぐには信用できない。今すぐ警戒する必要はないかもしれないけど、僕はまだまだこの人のことを信用できない。だってこの人との間には何もないのだから。

 三大勢力の和平会談の一件以来、僕は大きな組織に対して極度な警戒心をもってしまったようだ。

 

「……まだ私たちを信用していただけないのですね」

「……はい」

「まあ、仕方ないことです。初めて会った我々が突然忠誠を誓うと言い、その理由が突拍子もない理由なのですからむしろ疑って当然。いやはや頼もしいお方です」

 

 執事さんは愉快そうにクスクスと笑った。

 

「その辺はこれから時間をかけてゆっくりといたしましょう。時間はたっぷりあるのですから」

「は、はあ」

 

 執事さんは懐からメモ帳とペンを取り出してサラサラと何かを書き始める。書き終わるとそのページをちぎって僕に差し出した。

 

「別に無理に我らをまとめる必要はございません。我らの力が必要な時に使っていただければ結構。好きな時に我らをお呼びください。誇銅様がお望みなら我らの力を一切使わないことを選んでいただいても結構でございます。逆にお望みなら今すぐにでも誇銅様に直接仕えましょう」

 

 そのメモには国際電話の掛け方と電話番号。魔術的な方法での連絡の取り方。一番下には『ゲート』と書かれていた。

 

「何か御用があればその連絡先にご連絡ください。どちらも私に直接繋がります。ちなみに私、普段は『ゲート』と名乗っております。ヨグ=ソトースの名で通すのは少々無理があったので」

 

 ニッコリと笑顔で説明する執事さん。とりあえずそのメモ帳のページを受け取りポケットに仕舞う。使うこと……あるかな? たぶん、ないかな。僕は日本勢力所属の悪魔。邪神の王なんてガラじゃない。

 邪神の事で悩むのは一旦止めて頭をリセットさせた。うん、なんだか気分がよくなってきた。

 ……ダメだ、頭をリセットさせたら今度は別の疑問が浮かんできた。

 

「あの、ヨグ=ソトースさんはアメリカ勢力のリーダーの執事長なんですよね? あと特殊部隊の隊長を務めているとか。そんな偉い立場の人が急に僕に仕えるなんて言って大丈夫なんですか?」

 

 最初の自己紹介でこの人アメリカ勢力の首領の執事長に特殊部隊のリーダー、さらにはアメリカ勢力創設時からの古株。気軽に抜けられるポジションの人じゃない! いなくなったらかなり困る部類の人じゃないのかな!?

 僕の質問に執事さんは「なんだ、そんなことか」みたいな表情で反応した。なんかものすごく軽い反応なんだけど。

 

「アザトース様が我々のもとから去った後、我々は時が来るのをひたすら待ち続けようと思いました。しかし、ある時我々の一人が気づいたのです、とても退屈と」

 

 先ほどとは違い僕の質問にただ答えるだけでなく、何か前振りを語り始めた執事さん。意外としっかりした理由があるのかと思ったけど、いきなり退屈というワードが出てちょっとがっくり。

 

「なのでちょうど人間たちもそれなりの文明を築き始めていたので干渉しないように外の世界を覗くことにしました。中でも一番楽しみだったのが人間の夢を覗くことでした。誰にも見つかる事なくひっそりと。クトゥルフ神話の始祖、H・P・ラヴクラフトに発見されるまでは誰も我らの存在に気づきもしませんでした。しかし、そのたった一人の発見者が我々がこうして地上に出るきっかけを作ったのです。一人の人間が書いた完全フィクションと思われた話から我々に自力で辿り着いたただ一人の神。それがアトラス様なのです。アトラス様は我々の巨大な力を見越してスカウトに来たのでした」

 

 人間が書いた物語から架空と思われた邪神に辿り着いた。す、すごい執念だ……。一歩間違えば果てしなく徒労に終わる狂気じみた行動力。顔も知らないそのアトラスという人に僕は畏怖の念を覚えた。

 そもそもどうしてフィクションだと思われた物語から邪神が存在すると気づけたのか。どうして邪神に辿り着くことができたのか。純粋にすごく興味が湧くよ。

 

「通常、我々の本当の姿を見れば誰もが正気を失い発狂します。しかしアトラス様はギリギリの所で正気を保った。なので暇つぶしに我々もその誘いを受け、アトラス様のもとでアメリカ勢力創設と発展に裏方で今も昔も協力してきたのです。おかげでよい退屈しのぎができました」

「退屈しのぎって……」

「まあ我々も邪神なもので。契約も数年単位の更新制なので辞めるのもそこまで難しくありません。アトラス様にも最初からアザトース様を受け継ぐ者に仕えることは伝えてありますし」

 

 意外としっかりと社員だった!? 冥界で言う眷属のような扱いかと思ったらむしろ人間側に近いシステム。なじみ深いだけにある意味ここにきて一番の驚きかもしれない。

 

「しかし、契約期間を更新したばかりなので引き継ぎも考えて正式に誇銅様にお仕えするのは三年後になってしまうでしょう。まあ、お望みならばすぐに辞めて誇銅様に仕えることもできますが」

「いえ、僕はそんなガラじゃ」

「逆にこのポストを保ったまま誇銅様にお仕えすることもできます。アトラス様もアメリカ勢力に打撃を与えなければお許しになられるでしょうし。その方がこちらの権力を仕えて便利ですよ?」

「だから大丈夫ですって!」

 

 相変わらず笑顔でとんでもないことを言う執事さんに首を大きく横に振って返事をする。押しつけまではいかなくてもグイグイ来るよこの人。

 僕の反応に対して執事さんは小さく笑う。

 

「クフフ、誇銅様がお望みでない事はわかっております。別段急いで決めることではないのでゆっくりと考えてください」

「冗談ではないんですね」

「もちろんでございます」

 

 笑っているけど、この人からはやると言ったら必ずやる威圧にも似た何かを感じる。たぶん僕が言えば本気で大抵のことは成し遂げてしまうだろう。

 それに、この人の強さは底が見えない。自分よりも圧倒的に強い相手の底は通常感じることもできない。だが、ある程度の経験からどれだけ深いかくらいは感じられる。この人の実力の深さは間違いなく七災怪。いや、アマテラス様やスサノオ様に届く。もしかすればそれ以上だ。

 僕程度でも圧倒的深さを感じる実力に有言実行の威圧、一勢力の大幹部。そんな人が僕に忠誠を誓うと言うのは頼もしいよりも恐ろしく思う。

 

「他に何かご質問などはございますか?」

「いいえ、今のところは」

 

 これ以上何を訊いたらいいかわからない。とりあえず今は現状維持で留めたい気持ちでいっぱいだよ。

 

「あの、そろそろ帰していただけませんか?」

「かしこまりました」

 

 執事さんがそう言うと、また一瞬にして元の場所に戻ってきていた。本当にずっとここに立っていたみたい。幻術でもかけられて違う場所と錯覚でもされていたのかもしれないと感じてしまう。だけど地上と冥界独特の空気の違いがそうではないとはっきりと物語っている。

 なんだかまた気分が少し悪くなってきた。あれ? もしかして気分がよくなったのって悩むのを止めたからじゃなくて地上の空気のおかげ?

 

「それでは私はこれで。この後アトラス様の代理で会合に出席しなくてはならないので」

「アメリカ勢力も三大勢力との関係が?」

「ご冗談を。三大勢力如きに我がアメリカが傘下に加わることなどありません。この現状で三大勢力の傘下に加わるのは取るに足らない勢力のみでございます」

 

 冗談交じりに笑う執事さん。思った以上に三大勢力に対して評価が悪かった。だけど三大勢力と繋がってないってわかって少し安心したよ。まあ結局僕が信頼してるのは日本勢力だけってことには変わりないけど。

 執事さんは最後に深々と頭を下げて去っていった。

 その後、僕は勇気を出して病院内を歩くことに。策など一つもない、頼れるのは勇気だけだ。その結果、みんなとっくに退院していて莫大な待ちぼうけを受けることに。

 ……まあいいか。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 八月の後半———。

 僕たちグレモリー眷属は、人間界に帰るために本邸前の駅にいた。

 やっと帰れると思うとすっごいうれしく思う。やっと藻女さんや玉藻ちゃんの声が聴けるし日本勢力の皆さんとも会える。そして何より気まずい夏休みから解放される! 気分はまるで遠足前日!

 

「それでは、一誠くん。また会える日を楽しみにしているよ。いつでも気兼ねなく帰ってきてくれて構わんよ。グレモリー家は君の家と思ってくれたまえ」

 

 大勢の使用人をうしろに待機させて、リアスさんのお父さんが一誠に言う。

 

「ありがとうございます! で、でも、ちょっと恐れ多くて……」

 

 その気持ちはわかる。気兼ねなくと言われても偉い人の家に気安く立ち寄れない。僕もアマテラス様に気兼ねなく高天原に遊びに来ていいと言われた時同じ気持ちになった。そんな神聖な場所に友達の家に遊びに行く感覚では行けないよ。

  リアスのお父さんの発言に対して苦笑いする一誠。しかしリアスさんのお母さんも肯定した。

 

「そんなことありませんわよ。一誠さん。人間界ではリアスをよろしくお願いしますわね。娘はちょっと我儘なところがあるものだから、心配で」

「お、お母さま! な、なにをおっしゃるのですか!」

 

 

「……うぅ、私も涙もろくなったものだ。我が家の将来は明るい……」

「ちょっと、あなた。そこは父親らしく、『娘はまだやらん!』ぐらい言って返すものですわよ?」

「そんな事言ってもだな、一誠くんは既に私の力を超えそうなのだから、もう十分だろう? そろそろ落ち着いてもいいのではないかと思ってな」

「隠居めいたことをおっしゃるのは、せめてリアスが高校を卒業して初勝利を収めてからにしてください」

 

 自分たちの世界で勝手に盛り上がるリアスさんの両親。当事者の一誠は何で盛り上がってるのかわからない様子。一誠が普通なのかわからないけど、僕はちょっと鈍いなと思った。

 だけどこういう当事者を置き去りにした盛り上がりは僕も経験あるな。『娘はまだやらん』か。藻女さんの場合は『娘はまだやらん!』ではなく『娘にはまだやらん!』だったからね。

 玉藻ちゃんと長時間じゃれてて藻女さんをほったらかしにしてると、大人げなく後ろから抱き着いてきて娘から僕を取り上げようとしたっけ。あの時は藻女さんの好意に気づいててもこの人は何を言ってるんだ? と、本気で思ったね。

 

「リアス。残りの夏休み、手紙くらい送りなさい」

「はい、お兄様。ミリキャスも元気にね」

「うん、リアス姉様!」

 

 そして僕たちは、駅のホームで別れの挨拶をして列車に乗り込み、大勢の人たちに見送られて冥界を後にした。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 帰りの列車の中。

 一誠は夏休みの宿題を忘れていたようで宿題に追われていた。

 冷静に人のことを言ってるけど、僕だってあまり宿題が終わってない。修行中にできた宿題なんて微々たるものだからね。

 山の中でキレ気味のドラゴン相手に夏休みの大半を過ごす。それも力を貸したくない人の為に。自由と気まずさを犠牲にして得られたものと言えば広大な練習スペース。だけどそれも隠れ隠れのためあまりはかどらなかった。仕方ないとはいえ結構無駄な時間を過ごしたと思うよ。

 せっかくなら夏休みは日本勢力の人たちと過ごしたかったなと思いながら、僕は数学の宿題をこなす。

 

「あの、誇銅先輩」

「ん?」

 

 前の席に座っていたギャスパー君が僕に話しかける。宿題の手を止めてギャスパー君のことを見る。

 

「今回のレーティングゲーム。僕は十分な役目を果たせませんでした。それどころか、試合開始から数秒でリタイヤしてしまいました」

 

 ギャスパー君は暗い表情でそう言った。

 その様子からギャスパー君が何におびえてるのかもうわかる。ギャスパー君は試合前から役目を果たせるかどうか自分を疑っていた。そしてその結果があれではギャスパー君の性格から考えればどんな心境なのかは容易に想像がつく。

 

「今回の試合、役目を果たせた人はこちら側には一人もいない」

「それでも、僕は一番初めにリタイヤしてしまいました」

 

 僕がフォローしても自分で自分自身を追いつめてしまう。気休めな言葉では今のギャスパー君を元気づけることはできなさそうだ。

 僕はそっとギャスパーくんの頭に手をのせて軽く撫でる。こればっかりだけど、これしかできない。何度も同じことを言うだけだけど、僕にはこれぐらいしか元気づけてあげられる言葉を持っていない。

 

「僕はギャスパー君が安心できる場所であり続けるよ」

 

 例えギャスパー君が昔の僕のような立場になってしまっても、僕はギャスパー君の拠り所になってみせる。僕がギャスパーくんにしてあげられる唯一のこと。

 根本的に不安を消してあげられないのはつらいところだね。

 こうして僕たちは、自分たちの住む世界へと列車は進む。

 

 

 

 

 宿題がひと段落つくと、ちょうど列車も人間界に辿り着いた。

 

「んーっ、着いた着いた。さてさて、我が家に帰ろうぜ、アーシア―――」

 

 一誠が後ろを振り返ると、アーシアさんが冥界で見た若手悪魔に詰め寄られているのに気付いた。

 

「アーシア・アルジェント……。やっと会えた」

「あ、あの……」

 

 詰め寄られて困惑しているアーシアさん。一誠の表情が少し険しくなる。

 

「おいおいおい! アーシアに何の用だ!」

 

 険しい表情のまま間に割って入る一誠。そんな好戦的な態度で話す必要なんてないと思うんだけど。

 しかし若手悪魔はそれを無視してアーシアさんに訊いている

 

「……僕を忘れてしまったのかな。僕たちはあの時出会ったはずだよ」

 

 真摯な表情に見えるけど、なんだか白々しい。なんでだろう? 若手悪魔は突然胸元を開き、大きな傷跡を見せてきた。それなりに深い傷に見える。

 

「その傷は……もしかして」

「そう、あの時は顔を見せられなかったけれど、僕はあの時の悪魔だ」

「———っ」

 

 その一言にアーシアさんは言葉を失った。

 

「僕の名前はディオドラ・アスタロト。傷痕が残らないところまで治療してもらえる時間はなかったけれど、僕はキミの神器(セイクリッド・ギア)によって命を救われた」

 

 確かアーシアさんは、偶然悪魔を助けたことで教会を追放された。そしてこの人がその時救われた悪魔。

 

「ディオドラ? ディオドラね? 何故ここに」

 

 リアスさんがこの人の名前を呼ぶ。すると、一誠も何かを思い出したような表情をした。たぶん若手悪魔の会合のことを思い出したのかな? この人その時居たし。

 ディオドラさんはアーシアさんのもとに跪き、その手にキスをした。

 それを見て飛び出そうとする一誠。だけどそれより先にディオドラさんがアーシアさんに言う。

 

「アーシア、僕はあなたを迎えに来たの。会合の時に挨拶が出来なくてゴメン。でも、僕とあなたの出会いは運命だったのだと思うの。私の、妻になって欲しい。僕はキミを―——心から愛しているんだ」

 

 ディオドラさんはドストレートな求婚をアーシアさんに申し込んだ。

 こんなことを今思うのは非常識だろうけど―――――先に帰っていいですか?

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