強引に扉の中に引きこまれた僕が次に見た景色は夜の山の中。夜だけど雲のない満月の月明りで周りの様子はよく見える。
まず自分の場所を知るために周りを探索しようと動き始めようとした瞬間。
「そこまでだッ!」
大きな怒鳴り声で僕は動きを止めた。
声の方を見てみると赤い胴着を着た男の人が僕を見下ろしていた。それも鋭い眼光で睨みつけながら。
え、なに!? 僕何もしてないよ?
「私も同胞を手にかけたくはない」
僕に向かって言っている。
いや、違う。あの男の人の目は僕から若干外れている。
「だが、その子に危害を加えれば貴様を同胞とは思わん。畜生として私が殺す」
男の人がそう言うと僕の背後の茂みから獣の顔と鋭い牙に人間の体をした化け物が現れた。
そして再び闇にまぎれて姿は見えなくなる。だけど周りから草木がこすれる音がするから周りを飛び回ってると思う。
「そうだ、それでいい。
姿を見せろとは言わんが、関係ない者を巻き込むのは絶対に許さん。
私と戦いたいのなら初めから私だけを狙え」
男の人が悠然と立っていると後ろの木の上から男の人の首めがけて鎖鎌の刃が飛んできた。危ない!
「だが、座を奪いに来るのではなく命を狙いに来るのであればその命残るとは思うなよ」
しかし、男の人は紙一重でその攻撃を避けて鎖の部分を何かで斬った。
何で斬ったのかは早すぎて見えなかったけど。
だけどその瞬間を狙って化け物が男の人の背中にその大きな牙を突き立てた。
「貴様の返事はそれか、わかった。その命、焼切るぜ」
後ろから噛みつく化け物。
男の人は後ろに手をまわして化け物を逃がさないように組んだ。
「ふんぬッ!」
すると男の背中からまるで火事のような業火が。
「ギャァァァァァァァァァァァっ!!」
背中に噛みついていた化け物も身を焼かれ苦しみのた打ち回る。
だが男の締め付けで逃げることもできずそのまま動かなくなり、もう元の判別ができない程にあっというまに焼死体となった。
「次はどいつだッ!」
男の人が誰に向けるわけでもなく叫ぶと周りがより一層騒がしくざわざわとなり始める。
え、もしかしてあの化け物みたいのがまだたくさんいるの!?
ど、どうしよう。
「どうしたッ!! 私になら勝てるとでも思って襲いに来たのであろう!?
だったらさっさと掛かってこい。全員一度に相手でも構わんぞッ!
それとも、私が迎えに行ってやろうかッ?!」
男の人が再び叫ぶと周りのわざわざとした音はどんどん遠くになっていきやがては消えた。よ、よかった。
僕は成り行きとはいえ助けてくれた男の人にお礼を言おうと思ってそっちを向くと男の人はその場にいない。
その代りに男の人は僕の背後に回り一本だけ鋭く伸びた爪を僕の喉に押し付けていた。
「意識して感じる事で初めて気づいた。君は人間ではないな?」
さっきの化け物もだけどこの人の気配に全然気づかなかった。
しかもあの距離を僕に気付かれずに素早く移動するなんて!?
一体この人は何者なんだ? その前にこの危機をどうにかしないと。
「君の目には敵意も悪意もない、むしろ心優しき善人の目だ。
だがそれすら疑わせてしまう僅かだが邪悪な気配。
だから教えてくれ、君はこの国で生きる者に害をなす存在か?」
この感じは少しでも選択をミスしたら殺されそうだ。
この場合僕はなんていえばいいんだ。僕がこの場を生き残るために言う言葉は?
そうこう考えてるうちに僕が出した答えは。
「ち、ちがいます」
正直に話すことにした。
だって僕は本当に悪いことをしにきたんじゃない。だったら何も隠す必要はない。
だから僕は簡潔に正直に身の潔白を答えた。
「……君の言葉信じさせてもらおう。驚かせてすまなかった」
「い、いえ」
確かにびっくりしたけど僕の正体が悪魔とわかれば当然の反応だよね。
スサノオさんだって最初は僕に敵意を向けてたし。
なんだか悪魔になってからろくな目にあってない気がする。
「ところでなぜここへ? 人のいるところに降りたければ案内しよう」
さっきまであんなに警戒していたのにあっさりと僕を解放してくれたことに違和感を感じた。
たぶん本当に警戒を解いてくれたんだと思うんだけど、部長に見捨てられて少し疑心暗鬼になってるのかな?
「僕を、警戒しないんですか?」
「失礼だが下級妖怪にも気付けない君が何かできるとは思えない」
うっ、その通りです。
僕程度の弱い悪魔じゃできる事なんて大したことない。そもそもこの人の言うとおり下級妖怪の餌食になるのがオチだろう。
「本来人間に肩入れすることはないが、今回は私のいざこざに巻き込んでしまった詫びだ」
人間じゃないけどね。
「もう夜も遅い。私の道場に一晩泊めてやろう」
「あ、ありがとうざいます」
僕は素直にこの人の善意を受け取ることにして後をついていく。
「おっと自己紹介がまだだったな、昇降だ。昇る降りるで昇降だ」
「はい。僕の名前は誇銅、日鳥誇銅です」
月の光が届かないような道にさしかかる。昇降さんはさっさと先へ進んで行ってしまうが僕には周りの様子が見えない。
するとそれを察した昇降さんは手から人魂のようなものを浮遊させて周りが見えるようにしてくれた。
「すまない、邪気のようなものを放っているから夜目が利くと思ったのだが」
「いえ、元々は人間なので」
「ほうなかなかわけありのようだな」
「ええまあ。ところで昇降さんこの人魂のようなものは?」
「私は火車だ、人魂を創り出すくらい造作もない」
「そうでしたか。なら夜道で困る心配はないですね」
「まあ私は火車になる前は猫ショウという猫妖怪だったから必要ないんだがな」
道中おしゃべりをしていると道場のような建物に辿り着いた。
昇降さんはたんたんと道場の入り口に向かってる事からここが昇降さんの道場なのだろう。
僕も昇降さんの後を追う。
「おかえりなのじゃ昇降」
「ただいま。私の留守中に何もなかったか?」
「あ~人間だ」
「あ、本当じゃ! なぜ人間を連れてきておるのじゃ?」
中に入ると二人の小さな少女が僕をじろじろと見てくる。
一人は狐耳と九本の尻尾をはやし、もう一人は見た目は普通だが左胸に球体がありそこから伸びている管が右足と左足につながってる。
たぶん二人とも人間ではないね。
「この子は
「ねーねー人間さん、どこから来たの?」
左胸に球体がある子、こいしちゃんが僕の服をクイクイと引っ張っぱる。
小さな子にはこの服が気になるのか二人とも僕の服をぺたぺたと触っている。
「お前たち質問は朝にしろ。今日はもう寝なさい」
「「は~い」」
そう言って二人は押入れから布団を四人分敷いてくれた。
僕は二人にありがとうと言いながら頭をなでると二人とも嬉しそうに笑ってくれた。
そうして僕はお言葉に甘えてこの場所で寝かせてもらうことに。
この場所で初めて会えた人が親切な人で本当によかったよ。
◆◇◆◇◆◇
次の日、僕は木が倒れるような音と共に目を覚ました。
すると僕以外はみんな起きていた。僕が一番最後に起きたらしい。
「ん? 人間さん起きたの」
僕の真後ろから声をかけるこいしちゃん。寝起きに真後ろから声をかけられたのにびっくりしてしまったよ。
「うん、おはようこいしちゃん」
「?? おはよう?」
僕の言葉に小首をかしげるこいしちゃん。あれ? 僕何か変な事言った?
「目が覚めたか、朝食の準備ができたところじゃ」
「玉藻ちゃんだよね。おはよう」
狐の耳と尻尾をはやした玉藻ちゃんもこいしちゃんと同じように小首をかしげてしまう。なぜだろう?
「あれ? 僕何か変な事言ったかな?」
「そのう、おはようとはなんじゃ?」
この時僕は知らなかった。この時代に「おはよう」と言う文化がなかったことに。
僕はこの時この時代に「おはよう」の文化がない事は理解せずとも「おはよう」が通じない事だけを漠然と知り対処したのであった。
「やあ起きたか」
「は、はい」
外から昇降さんが帰ってきて僕たちはそろって食事をいただくことに。
食事は麦飯に味噌汁に漬物というものだった。
見た目は質素だけど味はおいしかったよ。特に漬物がいい味だった。
「さて町に案内すると言ったがどうする」
「はい、あてはありませんがとりあえず人の町へ降りてみようと思います」
ここにあまり迷惑もかけるわけにもいかないしね。
「そうか、平安城はあまりよそ者に親切ではない。もしかしたら門前払いされるかもしれんが行ってみる価値はあるかもな」
平安城? ものすごく聞いたことのある名前。
ここってやっぱり平安時代なの? 弥生時代から平安時代に来たってことなの僕?
「はい、行くだけ行ってみます」
でもまあいっか。
なんか頭が追いつかない展開ばっかりで考えるのがつかれたよ。とりあえずやるだけやって行き当たりばったりの脳筋思考でやってみよう。
「道場の右側にあるけもの道を抜けると道がありその右側を道なりに進めばつくのだが、私もついて行こうか?」
「ね~ね~人間さん、人間さんはどこから来たの?」
こいしちゃんがまた僕の服を引っ張って話をねだる。
僕がこいしちゃんに一度視線を映して「ちょっと待ってね」と言って視線を戻すと昇降さんはなんだか別の方向を向いている。
「またか」
「どうしたんですか?」
「すまんが急用ができた。もしかしたら日が暮れる頃に帰るかもしれんからその子たちに案内してもらってはくれぬか?
その子たちは町に住んでいる、一緒に行けば確実に通してもらえるだろう」
それだけ言って昇降さんは少し急ぎ足で道場を出て行った。
一体どうしたんだろう?
それと、一泊させてもらったお礼も言いたかったんだけどな。
「人間さんどこから来たの?」
「見たことない衣服じゃのう」
こいしちゃんだけじゃなく玉藻ちゃんも来た。
僕は自分が使った食器と昇降さんの食器を持って洗い場の場所に行きながら質問に答える事に。せめて洗い物くらいはしないとね。
「う~んとね、僕はずっと遠い所から来たんだよ?」
「「ふ~ん」」
「それとね、君たちは僕を人間って言ってるけど僕は厳密には人間じゃないんだよ?
悪魔っていう種族なんだ。外国の妖怪みたいなものだよ」
「じゃあ悪魔さんは外国から来たの?」
「僕はこの国の人さ。それに元々は人間だったんだ。
だけどわけあって悪魔になったんだよ。僕のような人を転生悪魔って言うんだ」
僕は洗い物をしながら小さな子でも理解できる程度に話を噛み砕いてお話してみた。
たぶんだけどこの子たち妖怪である事を加味しても僕より幼いと思うし見た目通りの年齢だと思う。だって幼くてかわいいもん、言動が。
一つ言っておくけど僕はロリコンじゃないからね。
「ん~朝の陽ざしが気持ち……よくはないね」
悪魔になってから本当に朝の陽ざしが気持ちよくない。むしろ気が滅入ってくる。
これは悪魔になって後悔したことの一つ。今はもっと後悔する出来事があるけどね。
「ね~ね~悪魔さん遊ぼ」
こいしちゃんがまた僕の服を引っ張っておねだりする。
本当にこの子人懐っこい性格だね。
「急ぎの用事でもないしいいよ」
「「わ~い」」
僕は玉藻ちゃんを抱き上げてこいしちゃんはいつの間にか勝手に僕に肩車している。
「じゃあ何して遊ぶ?」
「う~んと……」
「誇銅は何か面白い遊びを知らんか?」
「そうだね……」
そうして僕はこの時代で子供が遊べるような遊びを教えた。
しばらく遊べば二人も満足してくれるだろう。僕はその時はそう思っていた。
「楽しかった~♪」
「もっといろいろなお遊びを教えてほしいのじゃ!」
「ハァハァ……完全に日が落ちた」
まさか夕暮れどころか完全に夜になるまで遊ばされるとは。妖怪の子供、甘く見てたよ。しかもかなりの重労働。
「ハッハッハ、それは災難だったな」
「い、いえ」
すっかり夜になってしまったためもう一晩昇降さんの道場に泊めてもらう事に。しょうがないとはいえやっぱり他人に迷惑をかけるのは気が咎める。
「この子たちは子供だが中級妖怪では太刀打ちできない程の実力はある。この子たちの遊び相手はそれなりの体力鍛錬になるが、それだけで一日潰れるのが難点だ」
「僕も人間のままでは耐えきれる自信がありませんでした」
「それにしても今日の飯はうまそうな匂いがするな」
弥生時代の器具で料理ができるようになった僕にはこの時代の器具なら十分料理できる。
だから今日は僕が昇降さんたちに晩御飯を作った。食材は昇降さんがとってきたものを使ってるけどね。
「うまいのじゃ~」
「おいし~」
「うむ、鳥の出汁が良く出ている」
「お口に合ってよかったです」
そうして僕はまた昇降さんの道場に泊めてもらう事に。
そして次の日、昇降さんはまたどこかへ出かけてしまい僕は二人の遊び相手をすることに。
こりゃもう一晩泊めてもらう事になりそうだ。
だけどその時、事件が起こった。
「いくよ~だるまさんが転んだ! ……!?」
だるまさんが転んだで鬼をしている時、後ろを振り向くと玉藻ちゃんの真後ろに玉藻ちゃんとよく似た大人の女性が立っていた。
そして突然玉藻ちゃんを後ろから玉藻ちゃんの頭をゆっくりと、だけどゆっくりとは思えない強さで右の木にたたきつけた。
「た、玉藻ちゃん!? ちょっと何するんですか!?」
玉藻ちゃんになお敵意のようものをもって近づく女性の前に僕は飛び出す。
こいしちゃんは僕よりも素早く玉藻ちゃんに駆け寄っている。
僕はその間に女性を止めようとしたが。
「邪魔じゃ」
僕は目の前に現れた女性に足払いで簡単にこかされてしまった。
それでも玉藻ちゃんたちを助けないと! 弱い僕じゃできる事も少ないだろうけど、せめて二人が逃げて昇降さんに助けを求めるくらいの時間稼ぎはできるかもしれない。
幸い戦車の駒のおかげで体は頑丈だ。
「なんなんですか貴方は! 突然現れて暴力を振るうなんて!」
僕はすぐさま立ち上がり女性の前に立ちふさがる。だけど倒された衝撃で視界が歪んでいる。
「邪魔をするなと言っておる」
僕は今度は足払いをされる前に女性を拘束しようと手を出す。大人の女性くらいなら戦車の力で何とかなると思って。
だけどその前に顔を掴まれ自分でも驚くほど簡単に地面にたたきつけられてしまう。
さっきより視界はドロドロになり足もふらつくけど僕は何とか立ち上がって再び前に出る。
「いい加減にせい」
今度は女性の方から手出してくる。ゆっくりと迫りくる手を僕はチャンスと思い掴んだ。だけどつかんだのは僕のはずなのに宙に浮く僕の体。
視界はドロドロ足はフラフラ頭の中はグシャグシャ、なのに僕は偶然かとっさに投げられる方に自分から飛んで地面への激突を避ける事に成功。
でもダメージは全然抜けきっていない。
「ほう、やるのう。だが、本当に邪魔じゃから寝ろ」
そう言って女性は何かをしたが僕にはそれがなんなのかまったくわからない。女性が僕の喉を突き刺そうとしたことがわかったのは、女性の人差し指が僕の喉手前で昇降さんの手に掴まれていからだ。
よ、よかった。僕は立っていることができなくなりその場で尻餅をつく。
◆◇◆◇◆◇
僕の体調が落ち着くとその場にいた全員が道場に集まった。さっきの出来事の事情を説明してくれるとうことで。
「また私たちのいざこざに巻き込んでしまってすまなかったな。彼女は私の同僚で玉藻の母親だ」
「
玉藻ちゃんのお母さんだったんだ。道理で似てるわけだ。
でもそれとこれとは暴力を振るったこととは関係ない。しつけだとしてもあの暴力はやりすぎだ。
「なぜ玉藻ちゃんにあそこまでの暴力を振るったんですか? 僕の勘違いかもしれませんがその後も何かしようとしませんでした」
「ただのしつけじゃ。生半可なしつけじゃまた繰り返す。
じゃが、既に勝手に家出したのは一度や二度ではないがのう」
実の娘にあれだけ暴力を振るっておいて涼しい顔でお茶をすするこの人に僕は憤りを感じた。
確かに小さな子だけでこんな場所に来るのは妖怪だとしても危ないかもしれない。その危険度は恐らく現代の比ではないのだろう。だとしても言葉もなく暴力だけであそこまでするなんて酷いと僕は思う。
「しかし初心者の小僧が妾の返し技を偶然でも一度凌ぐとは。お主、なかなか見どころがあるのう」
そんな話どうでもいいみたいに話題を変えられる。正直文句の一つでも言いたい気分だけど他人の家庭事情と言う事とこの時代の常識、立場がわからないから今は文句も言いにくい。
「どうじゃ、妾の弟子にならぬか?」
「弟子?」
「藻女は柔術の達人と呼ばれているんだ」
「玉藻とこいしも気に入ってるようじゃし妾の屋敷で働かぬか?
主な仕事は二人の遊び相手とその他雑用。報酬は妾の稽古と使用人としての平均的な金銭でどうじゃ?」
僕は正直この人が好きになれそうにない。だけどこの人の近くで働く事で少しでも玉藻ちゃんの力になれるのなら。
「ありがとうございます。それではお願いします」
「うむ」
「確かに君はこの場所で生きていくにはあまりにも孤独すぎる。
身を守るという意味でも、どこかに所属するという意味でも武を学ぶのは良い判断だと思うぞ」
昇降さんの最後の一言で僕の中にこれからの生きていくうえでのわずかな希望が見えた。
やっぱり誰かに大丈夫と言ってもらえることの心強さはあるね。
そうして僕は昇降さんの道場を離れ、玉藻ちゃんとこいしちゃんと一緒に都にある藻女さんの大きなお屋敷にお世話になる事になった。