無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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強戦士な北欧の戦女神

 オーディン様が来日して数日経ったある日の夜。

 スレイプニルという八本足の巨大な軍馬の馬車に僕たちオカルト研究部メンバー、アザゼル総督、オーディン様、ヴィロットさんが乗っていた。

 かなりの大人数だが、スレイプニルに見合う馬車だから余裕がある。巨大な軍馬が空を飛んでいるのはすごいことだけど、巨大麒麟の否交(ひこう)さんを知ってるからそれ程すごく感じない。

 外には護衛として木場さん、ゼノヴィアさん、イリナさん、バラキエルさんがいる。

 

「日本のヤマトナデシコはいいのぉ。ゲイシャガール最高じゃ」

 

 オーディン様は日本で夜遊びを満喫して、満足げに「ほっほっほ」と笑っている。

 僕たちはこの数日間、スレイプニルの馬車に乗って日本の各地を連れ回されていた。都内のキャバクラに行ったり、遊園地に行ったり、お寿司屋さんに行ったりと。要するにオーディン様の日本観光につき合わされたと言うこと。

 だからもうね、精神的な疲労がそこそこ溜まっている。特にオーディン様の夜遊びにつき合わされた時なんかがね。未成年だから店の中には入れず、わざわざ入口付近の待合室でただ待機なんてことも多々あった。

 そんなわけで、馬車の眷属たちは疲れた表情をしている。もちろん僕だって、何日も天照様に遊びにつき合わされた時ほどではないにしろ疲れたよ。

 

「オーディン様。もうすぐ日本の神々との会談ですので、旅行気分はそろそろ収めください。このままでは、帰国した時に他の方々からの評価を大きく下げることに繋がります」

 

 ヴィロットさんはここ数日、ずっとオーディン様の行動に終始冷静に対処していた。真面目に、しかしおふざけにはまともに取り合わないで流す。オーディン様の気分を損ねるようなこともせずに、自分自身も過度なストレスを受けないように付き添っていた。

 

「全く、お前は遊び心が分からない女じゃな。もう少しリラックスしたらどうじゃ? そんなだから男の一人も出来んのじゃよ」

「ふん!」

「ぬごぉっ!」

「仕事とプライベートはキッチリ分けているだけです。それと、好きで独り身でいるので問題ありません」

 

 反論よりも先にヴィロットさんの頭突きがオーディン様の頭部を襲う。自らの主神に対し暴力を振るうことに一切の躊躇がない。

 日本神との会談も失敗が目に見えオーディン様の権威が失われても、この人がいれば北欧は何とか持ち直せそうな気がする。

 ————あ。

 

 ガックンッ!

 ヒヒィィィィィィィィィィィンッ!

 

 突然、馬車が停まり、僕たちを急停止の衝撃が襲う。

 皆、不意の出来事に体勢を崩すが、ヴィロットさんだけはそのままの状態を崩さない。馬車が急停止する一秒ほど前に敵の存在に気づき、近くの物を掴んで足に踏ん張りを入れたからだ。

 

「気を付けろ! こういう時は大抵ロクでもない事が起きるもんだ!」

「ついに……いや、やっぱり来ましたか」

 

 アザゼル総督が強く警戒するのに対し、ヴィロットさんは一切取り乱さない。そして一人先に馬車の扉へ歩いていく。

 馬車の窓から外を見てみると、バラキエルさんを中心に木場さんとゼノヴィアさんとイリナさんがそれぞれ展開し、戦闘態勢に移っていた。

 僕の悪魔の翼は飛ぶことの用途を放棄してしまって飛ぶことはできない。

 どうしても空を飛びたい時は、炎で飛べる生物を創造する必要がある。筋斗雲みたいな魔法の手ごろな乗り物を創造したりもしたけど、飛行能力を付与するには生物の形が必要なのがわかった。

 悪魔として飛べなくなったことは少し不便だけど、もともとはなかった能力と考えればそれほど痛くない。妖怪の世界にもめったに使わないが空中戦用の術はある。いずれそれを覚えようと思う。

 ……前方から大きな気配。そこには、少々目つきの悪い若い男性が浮遊していた。

 身につけているものがオーディン様の礼装のローブと似ている。黒がメインなところに少しだけ色違いがあるけども。

 男性を確認したアザゼル総督は舌打ちしていた。アザゼル総督の反応から見て、悪い意味で知ってる人みたいだね。

 男性はマントをバッと広げると、口の端を吊り上げて高らかにしゃべりだした。

 

「はっじめまして、諸君! 我こそは北欧の悪神! ロキだ!」

 

 北欧の悪神、と言うことはオーディン様の神話勢力の人ということ。なるほど、だからアザゼル総督は舌打ちしたのか。

 でも、ならなんでヴィロットさんはあんな予想通りみたいな表情をしているのだろうか? ……あ、単純に北欧神話の中で反対の意見が強いのを知っていたからか。そう言えばそんなことを言っていたような。

 アザゼル総督が黒い翼を羽ばたかせて、馬車から出ていく。

 

「ロキ様、何か私たちに御用ですか? 一応言っておきますが、この馬車には北欧の主神たるオーディン様が乗っておられています。わかっておいでと思いますが、そのことを踏まえてお願いします」

 

 先に出ていたヴィロットさんが冷静に問いかける。

 それをロキは腕を組みながら口を開いた。

 

「付き人のヴァルキリーか。もちろん承知の上だ。スレイプニルを見れば一目瞭然であろう」

「ではご用件をどうぞ」

「いやなに、我らが主神殿が、我らの反対意見を押しのけて、独断で他の神話体系に接触していくのが耐えがたい苦痛でね。我慢できずに邪魔をしに来たのだ」

 

 ロキの宣言には静かだが怒気が感じられた。その怒気は時折ヴィロットさんがオーディン様に向けるものとは比にならない。まあ、同族にこんなに怒気を向けられるオーディン様も大概だけど。

 それを聞き、アザゼル総督も会話に加わる。

 

「堂々と言ってくれるじゃねぇか、ロキ」

 

 アザゼル総督の声音にも怒気が含まれる。アザゼル総督は平和が好きらしく、平和を乱しにくる人が嫌いなんだろう。この人の考える平和については賛同しかねるけども、平和にいたずらに干渉して来る人は嫌いだ。

 アザゼル総督の一言を聞いて、ロキは小さくため息をつく。

 

「はぁ。これは堕天使の総督殿。本来、貴殿や悪魔たちと会いたくはなかったのだが、邪魔だてするなら致し方あるまい。———オーディン共々我が粛清を受けるしかあるまい!」

「おまえが他の神話体系に接触するのはいいってのか? 矛盾しているな」

「これは貴殿らが我の邪魔だてをするからだ。我が用があるのはオーディンただ一人。そもそも、我々の領土に土足で踏み込み、そこへ聖書を広げたのはそちらの神話だろう」

「……それを俺に言われてもな。その辺はミカエルか、死んだ聖書の神に言ってくれ」

 

 アザゼル総督は頭をボリボリ掻きながらそう返す。

 

「どちらにしても主神オーディンと言えど独断で極東の神々と和議するのが問題だ。これでは我々が迎えるべき『神々の黄昏(ラグナロク)』が成就できないではないか。———ユグドラシルの情報と交換条件で得たいものは何なのだ」

 

 そう訊くロキの声は、なんだか少し悲しそうに感じた。

 それに対してアザゼル総督は指を突き付けて訊いた。

 

「ひとつ訊く! おまえのこの行動は『禍の団(カオス・ブリゲード)』と繋がっているのか? って、それを律儀に答える悪神様でもないか」

 

 ロキは心底不愉快そうに返す。

 

「貴様らの行為が生み出した愚者たるテロリストと、我が想いを一緒にされるとは不愉快極まりない。我は己の意思でここに参上している。そこにオーフィスの意思など微塵もない!」

 

 その答えを聞いて、アザゼル総督は体の力を抜く。

 

「……『禍の団(カオス・ブリゲード)』じゃねぇのか。だが、これはこれでまた厄介な問題だ。なるほど、爺さん。これが北が抱える問題点か」

 

 アザゼル総督が場所の方に顔を向けると、オーディン様が馬車から出る所だった。足元に魔法陣を展開させ、魔法陣ごと空中を移動していく。

 ヴィロットさんはオーディン様について行かず馬車の外でじっとロキを見つめている。

 

「ふむ。どうにもの、頭の固い者がまだいるのが現状じゃ。こういう風に自ら出向く阿保(あほう)まで登場するのでな」

「そんな阿呆でもしなくては真面目に我の話を聞かんだろう」

 

 ロキは皮肉げに言い返す。

 そう返されたオーディン様は白い髭をさするばかり。

 

「……オーディン、もう一度だけ訊きたい。まだこのような北欧神話を超えたおこないを続けるおつもりなのか?」

「そうじゃよ。少なくともお主よりサーゼクスやアザゼルと話していた方が万倍も楽しいわい。日本の神道を知りたくての。和議を果たしたならお互い大使を招いて、異文化交流しようと思っただけじゃよ」

 

 返答を迫られたオーディン様は平然と答えた。

 それを聞いたロキは、諦めたように目を閉じる。

 

「……認識した。ならば仕方ない。———ここで黄昏を行うしかないのか」

 

 ……びくっ!

 

 さっきまでなぜか安心感すら覚えたロキの気配が一転、凄まじいまでの敵意に変わり僕たちに向けられる。

 僕たち、いや、オーディン様に向けられた敵意に僕たちも触れていると言った方が正しい。この決意に満ちた敵意……似ている。

 

「それは、抗戦(こうせん)の宣言と受け取っていいんだな?」

「いかようにも」

 

 ドガァァァアアアンッ!

 

 アザゼル総督の最終確認にロキが肯定した瞬間、遠距離の波動攻撃がロキを襲う。

 攻撃したのはゼノヴィアさん。ロキが敵意を露わにした辺りから手に持つ聖剣、デュランダルにオーラを溜めていた。

 

「先手必勝だと思ったのだが」

 

 素早い先制攻撃は戦況を有利に進めることができる。それ以外にも単純に一撃与えた状態から戦闘を始められる。———だが。

 

「どうやら、効かないようだ。さすがは北欧の神か」

 

 ———それはダメージを与えられる攻撃力があって成り立つ。

 ゼノヴィアさんの攻撃を受けたロキは、何事もなかったかのように空に浮いている。

 当然だね、地力(じりき)が違う。単純な力押しでは分が悪すぎる。

 

「聖剣か。いい威力だが、神を相手にするにはまだまだ遠い。出直してくるがいい」

 

 木場さんも聖魔剣を創り出し、イリナさんも光の剣を手に発生させる。

 

「無駄だと言うのが理解できないのか。これでも神だ、たかが悪魔や天使の攻撃など」

 

 ロキが左手を前にゆっくりと突き出す。

 その手に静かに力が集まるのが感じられる。

 あれをまともに受けたら……かなりマズイね。

 

『Welsh Dragon Blance Breaker!!!!』

 

 禁手化が完了した一誠が馬車から飛び出し、高速でロキ目掛けて突進する。

 

『JET!!』

 

 宝玉から音声が鳴り響き、背中のブーストが噴かされる。

 

 ゴゥンッ!

 

 瞬時に間を詰め、打拳を叩きこもうとしたのだろうが、ロキには軽やかに避けられてしまう。

 相手は遥か格上の神様だし、一誠の気配は漏れすぎて読みやすい。あのスピードに対応できる能力があれば、そこまで高い感知能力も必要なく躱せる。

 

「部長! プロモーションします!」

 

 一誠はリアスさんにプロモーションを宣言すると、了解を得て素早く『女王(クイーン)』へ昇格した。力は増強されたけど、それでも雀の涙だ。

 

「っと、そうそう、日本には赤龍帝がいたんだったな。かなりの武功(ぶこう)を上げたそうじゃないか。———だがな」

 

 ロキの手に光輝く粒子が集まっていく。もはや感じる必要はない、強大な力を圧縮して打ち込むつもりだ。

 

「神を相手にするにはまだ早い」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 今まさに二つの強力な波動がぶつかろうとした、その時!

 

 シュッ! ドバンッ!

 

 一つの影が二人の間に割って入り、強力な一撃を放とうとした二人の手のひらに自分の手のひらを合わせてはじき返した!

 放たれる前に防がれた波動は本来の威力に及ばないが、それでも強力な二人の波動を力技で押し返して見せたことは驚愕だ。

 例えるなら、クラウチングスタートで走ろうとした選手を走り出そうとした瞬間に止めるようなもの。推進力は走り出して勢いが付いた時よりも弱いが、それでも走り出しのパワーは強い。それも片手ずつで二人分!

 自らの力を弾かれた一誠は大きく吹き飛ばされ馬車へ激突し、ロキは少しばかり吹き飛んだ所で体勢を立て直した。

 

「ロキ様の言う通りよ。下がってなさい」

 

 二人の激突を防いだのはなんとヴィロットさん。スーツ姿のまま僕たちの方を向いている。その言葉は、僕たち全員に向けられた言葉なのだろう。

 リアスさんと朱乃さんも翼を広げて馬車から出て臨戦態勢に入るが、ヴィロットさんが睨みを利かせてるので動けない。

 僕たちが動かないのを見届けると、ヴィロットさんはロキの方を向く。

 

「ロキ様、主神に牙を向く行為が許される事ではないとは理解しておられると思っています。同時にロキ様の覚悟も理解してるつもりです。ですが、これは越権行為(えっけんこうい)。そうなれば私もロキ様に剣を向けねばなりません。どうかここは引き下っていただき、公正な場で異を唱えていただけませんでしょうか?」

「一介の戦乙女ごときが我の邪魔をしないでくれたまえ。と、普通なら言うが、貴殿には通じんだろう」

 

 自らの力を強引にはじき返されロキの手のひらから白い煙が立ち上がる。

 それを見てロキは少しだけ満足そうな顔をしたように見えた。

 

「それにしても特別手を抜いていたわけではないのだがな。まさかこれほどとは……。その強さに噂に一切の偽りなしか―――北欧最強の戦乙女(ヴァルキリー)、戦女神」

「周りが勝手にそう呼んでるだけです」

 

 北欧最強の戦乙女!? 確かに、気配を探った時にかなり洗礼された気配で強者だと思った。だけどまさか最強と言われてる程とは……。

 

「堕天使幹部が二人、天使が一匹、現魔王の血筋に眷属の悪魔が数人、そこに赤龍帝。最強のヴァルキリーがいるのに贅沢なほど厳重だ」

「お主のような大馬鹿者が来たんじゃ。結果的に正解だったわい」

 

 オーディン様の一言にロキは軽くため息をつき、再び決意をその目に宿す。

 

「よろしい。ならば呼ぼう」

 

 そう言うと、マントを広げ高らかに叫ぶ。

 

「出てこいッ! 我が愛しき息子よッッ!」

 

 ロキの叫びに一泊空けて、宙に歪みが生じる。

 なんだこの異質的な強大な気配は!?

 

 ヌゥゥゥッ。

 

 空間の歪みから姿を現したのは―――灰色の狼!

 巨大な灰色の狼が僕たちの前に現れた。十メートル……十二メートルってところか。

 

 びくッ!!

 

 すごい威圧だ……。思わず体が臨戦態勢をとってしまったよ。

 もしも対峙なんてしてしまったら、今までのように弱い振りをして誤魔化せはしないだろう。本気を出さないと自分すら守れるかかなり怪しい。

 馬車の中にいるギャスパーくんとアーシアさんは狼の威圧で怯えている。外を見れば他の眷属のみんなも全身を強張らせて震えていた。

 若干無謀な勇猛さを持つうちの眷属でも流石に狼の重圧には怯えを見せていた。

 当の狼は威嚇行為は一切せず、何もせずただこちらを視線で射抜いてるだけだけなのに。

 

「先生! あの狼、何なんですか?」

 

 一誠の問いにアザゼル総督は絞り出すような声で答えた。

 

「———『神喰狼(フェンリル)』だ」

『———ッ!?』

 

 アザゼル総督の一言に殆ど全員が驚愕し、同時に納得したかのように見える。

 

「フェンリル! まさか、こんなところに!」

「……確かにマズいわね」

 

 木場さんとリアスさんも相手を把握し、一層警戒態勢をとる。

 フェンリルってのがどういう魔物なのかはわからないけど、もしもの時の心構えはしておいた方がよさそうだ。

 

「イッセー! そいつは最悪最大の魔物の一匹だ! 神を確実に殺せる牙を持っている! そいつに噛まれたら、いくらその鎧でも持たないぞ!」

 

 神を確実に殺せる牙か。こりゃリアス眷属が束になってかかっても勝てそうもない。おそらく一人一撃で殺される。

 そしておそらく神を殺せる牙を持つだけの狼ではない。純粋な身体能力も牙に劣らないレベルだろう。そうなると防御できるかすら怪しい。

 ロキはフェンリルを撫でながら言う。

 

「堕天使の総督殿の言う通り。こいつは我が開発した魔物の中でトップクラスに凶悪な部類だ。何せ、こいつの牙はどの神でも殺せる代物なのでね。試したことはないが、他の神話体系の神仏でも有効だろう。上級悪魔も伝説のドラゴンも余裕で致命傷を与えられる」

 

 ロキの指先がリアスさんに向けられる。

 

「本来、北欧の者以外に我がフェンリルの牙を使いたくはないのだが……。この際仕方ない、この子に北欧の者以外の血を覚えさせるのも良い経験となるかもしれない」

 

 指先をリアスさんに向けたままその場でしゃがんでフェンリルの耳に顔を近づけるロキ。しかしすぐに立ち上がり、フェンリルに命令を下す。

 

「まずは有象無象の悪魔共から片づけるとしよう。———魔王の血筋。その血を舐めるのもフェンリルの糧となるだろう。———やれ」

 

 オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオンッッ!

 

 闇夜の空で灰色の狼が月まで届くような見事な遠吠えをしてみせる。

 その鳴き声は、リアスさんたちを震え上がらせるには十分すぎるもの。そして、聞き惚れてしまいそうなほどの見事な美声でもあった。

 フェンリルは眼前のヴィロットさんの横を抜け、まっすぐにリアスさんの方へ向かう。

 抜けられたヴィロットさんは瞬時に魔方陣を展開した。だが、とてもリアスさんを救うのには間に合いそうもない。———その時。

 

「触るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 一目散にリアスさんのもとに向かい、フェンリルがリアスさんに近づくよりも前にフェンリルに近づく一誠。神速で襲い掛かるフェンリルの顔面を正面から殴りかかる。

 今の一誠の動きには正直驚いた。恐怖に耐性のある僕ですら思わず臨戦態勢を取るのに、あの一誠が動けるなんて。

 これも良くも悪くも思いの力が強い一誠の強みと言えるのだろう。

 しかし、フェンリルは一誠の拳が触れる直前に方向転換し、一誠の拳は空を切る。

 

「なにっ!?」

 

 まっすぐにリアスさんを狙っていたハズのフェンリルは、突如方向を変えてオーディン様へと進路を変更した! さっきロキが耳打ちしていたのはこのためか!?

 高らかとリアスさんを狙うと宣言し注目を集め、その隙に少しでも手薄になったオーディン様の方へ襲わせる。フェンリルの強い脅威をうまく利用した策だ。

 

「しまった! 本当の狙いは爺だったか!!」

 

 フェンリルの予想外の行動にアザゼル総督もとっさには動けない。オーディン様自身も予想外だったためか対応できそうもない。

 馬車の中に突如魔方陣が現れ、そこからヴィロットさんが飛び出した!

 魔方陣から飛び出したヴィロットさんはその勢いのまま馬車の壁を破壊し外に飛び出しす。

 フェンリルがオーディン様に襲い掛かる前にオーディン様の前に立ったヴィロットさんは、神速で襲い掛かるフェンリルを自らの左腕を差し出して止めた!

 左腕にフェンリルの牙が深々と刺さり、黒いスーツに赤みがかかる。

 

「ヴィロット!」

「念のために馬車に魔方陣を作っておいて正解だったわ」

 

 なるほど! さっき展開した魔方陣は馬車内にあらかじめ張っておいた転移魔方陣だったのか!

 もしもオーディン様に何かあった時、馬車の近くにいるであろうオーディン様のもとに駆けつける為の。

 

「グルルルルルルル」

 

 腕を噛まれてるヴィロットさんは弱みを見せずフェンリルとにらみ合う。

 数秒間にらみ合った後、ヴィロットさんは右手をフェンリルに近づけて、ゆっくりと頭を撫でた。

 

「グルルルルルル! ……クゥ」

 

 すると、フェンリルはヴィロットさんの左腕を放した。

 

「ロキィィィィィィィッ!」

 

 アザゼル総督とバラキエルさんが光の槍と雷光をロキに向けて高出力で放つ。

 が、ロキはそれを見もせずに大きく展開した魔方陣の盾で難なく防ぐ。

 

「———ッ! 北欧の術かッ! 術に関しては俺らの神話体系よりも発展していたっけな! さすがは魔法、魔術に秀でた世界だ!」

「やはり他はフェンリルがいれば十分だが、貴殿一人いるだけでそうもいかなくなる」

 

 アザゼル総督が憎々しげに吐き捨てたが、ロキはそれを全く無視してヴィロットさんの方を見続けていた。

 左腕を放したフェンリルにヴィロットさんが無事な右手で犬を躾けるようにダメと現すと、フェンリルは主人であるロキのもとへ戻る。

 

「お褒めいただき、こうえいへす」

 

 傷口に布を巻きつけ、口で締め上げながら言うヴィロットさん。左手に重傷を負ったものの、あれだけ脅威を振りまいていたフェンリルを何もせずに退けてしまった。

 すごいと言う言葉で片づけていいのかわからないが、それ以外が出てこない。

 

「大変不本意でしょうが、これでロキ様では私を倒すことはできないことはご理解いただけたと」

 

 ロキは戻って来てしょんぼりしたフェンリルを気にするなと伝えるかのように撫でている。

 フェンリルに対しては優しい顔を見せるが、僕たちの方を向くと毅然とした態度の中にままならないと言った感情が見え隠れしている。

 そんなロキに対してヴィロットさんが言う。

 

「いかに最強と言われても私は一介の戦乙女、大した発言権はありません。例え意義があったとしても主神オーディン様が決めたことに異議を唱えても無意味。ですがロキ様は違います。神の一柱としての発言権があります」

「それはどうかな? 我だって直接意見も言わずにこんなことはせぬ。確かに我にはそれなりの発言権はある。しかしな、それでこの結果なのだよ」

 

 ヴィロットさんの言葉にロキは口調を強めて返した。ロキから溢れたある種の苛立ちがヴィロットさんに向けられる。

 それでもヴィロットさんは平然とした表情で再び言葉を返した。

 

「公正な場を整え多数の反対意見をまとめてくだされば、オーディン様も無視することは決してできません。いざとなれば私が力づくでオーディン様を公正の場に引きずり出しましょう。それはお約束します」

「ヴィロット! おぬしはどっちの味方じゃ!」

「私はいつでも正義の味方です」

 

 オーディン様の抗議をさらっと流すヴィロットさん。自勢力のトップにそんなこと言っていいのかと思ったが、今までのオーディン様とヴィロットさんの間柄を見るといいような気がしてくる。

 反抗的な言葉を使ってはいるが、ずっとオーディン様を身を(てい)して守っている。だけど同時にロキも守ってるように見える。

 あくまで中立に、それでいて自分の役割はきちんと果たすと言うことか。それによって自分がどれだけ傷つこうと、どれだけ立場が悪くなろうと貫き通す。本当にすごいよ、ヴィロットさんは。

 ロキは目を閉じて考えるように沈黙し。

 

「……オーディンの意見に反対意見は、僅かだが賛成意見より少ない。オーディンの意見にもそれなりに筋は通っている。ずるずると引き伸ばされ、最後は多数の反対派が折れるのが目に見えるな」

 

 目を見開き、再び決意を瞳に灯す。

 

「そうですか、残念です。なら……全力で拘束させていただきます!」

 

 ヴィロットさんのスーツが瞬時に鎧へと変わり、目に見える程にオーラを高める。それに対してロキも先ほどまでとは段違いのオーラを放つ。

 

「我が息子が存分に力を発揮するために、貴殿は我が全力を持って止めねばならぬな」

 

 フェンリルは二人の近くを離れ、邪魔にならない位置からこちらを狙っている。

 堕天使幹部二人の攻撃を難なく凌ぎきったロキも、そんなロキを素手で圧倒していたヴィロットさんもまだまだ本気じゃなかった。

 ヴィロットさんのオーラはアザゼル総督の倍くらいに対して、ロキのオーラはさらにその何十倍! しかし、オーラの質は逆にヴィロットさんの方が何十倍も上だ!

 悪魔の目線から見れば本気を出したヴィロットさんをロキが本気で圧倒してるように見えるだろうが、おそらく量と質のバランスから見て互角。

 わかっていたけど、パワーの質、総量が悪魔なんかと違いすぎる!

 一触即発の雰囲気、割って入る無粋な程の威圧。

 ———その時、一瞬だが確かにこの場の誰でもない異質な視線を感じとった。どっちの方角から感じたがもわからない程一瞬だったけど、今の視線はなに?

 その視線の正体を確かめるべく感知能力を研ぎ澄ませながら外の景色を探っていると、僕の視線に光が一閃過ぎ去っていく。違う、これじゃない。

 

『Half Dimension!』

 

 グバババババンッ!

 

 フェンリルを中心に空間が大きく歪んでいく。フェンリルも空間の歪みにその身を捕らわれ動きを封じられた。

 が、すぐさまその歪みを牙で噛み切るように脱出した。

 一誠たちとフェンリルの間に白銀の翼を持つ男性が降りてくる。

 

「兵藤一誠、無事か?」

「ヴァーリ……」

 

 それは、赤龍帝と対を成す白龍皇のヴァーリさん……だったと思う!

 ん~名前の感じからして合ってるとは思うけど、なんか記憶が曖昧でイマイチ自信ないな。

 えっと確か能力は……倍加の逆の半減だっけ? とうことは今の技もそういう系統の広範囲技ってことか。確かに能力、威力共に悪魔としては破格のパワーだったけど、精密性は悪魔の域を出ていない。

 これではヴァーリさんより強いフェンリルに破られても仕方ない。

 

「白龍皇か……」

 

 ロキはヴァーリさんの登場で微妙な顔をした。

 今まさに一対一の真剣勝負が始まろうとした中、見知らぬ人の邪魔が入ればしらけるのも無理はない。

 ヴァーリさんは知らずか、そんなこともお構いなしに自己紹介を始めた。

 

「初めまして、悪の神ロキ殿。俺は白龍皇のヴァーリ。———貴殿を(ほふ)りに来た」

「……邪魔が増えた」

 

 ヴィロットさんは鬱陶(うっとう)しそうにヴァーリさんを横目で見る。

 ヴァーリさんの宣戦布告を聞き、ロキもヴィロットさん同様に邪魔者を見る目を向けた。

 

「……興がそがれた。今日は一旦引き下がろう」

 

 ロキはフェンリルを自身のもとに引き上げさせる。

 ロキがマントを(ひるがえ)すと、空間が大きく歪みだしロキとフェンリルを包でいく。

 

「だが、この国の会談の日、我は再び貴殿らの前に姿を現す! オーディン! 次こそ我と我が子フェンリルが、主神の喉笛を噛み切ってみせよう!」

 

 そう言い残すと、ロキとフェンリルはこの場から姿を消した。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 戦闘を終えヴァーリさんたちと合流した僕たちは、駒王学園近くの公園に降りた。夜間だから人の気配は特にないから大丈夫だね。

 

「オーディンの会議を成功させるためにはロキを迎撃しなければいけないのだろう?」

 

 ヴァーリさんは全員を見渡してから、遠慮なく言う。

 

「このメンバーと赤龍帝だけではロキとフェンリルを凌げないだろうな。しかも英雄派の活動のせいで冥界も天界もヴァルハラも大騒ぎだ。こちらにこれ以上人材を割くわけにもいかない」

 

 ヴァーリさんの言い分に誰も言い返さない。

 

「そっちのヴァルキリーがフェンリルに噛まれた傷を回復させればもう少し勝率が上がるのだがな。フェンリルに噛まれた傷だ、相当深いのだろう?」

 

 ヴァーリさんがヴィロットさんの方に顔を向けるが、ヴィロットさんはずっと黙ったまま。

 

「そうだぜ、神喰狼(フェンリル)に腕を噛まれたんだ。変な意地張ってないでアーシアに回復してもらえ」

「お断りします」

「そこまでして治療を断る理由はなにかのぅ?」

「……」

 

 治療を拒否する理由を訊くと断固として無視する。例え主神のオーディン様が訊いても(かたく)なに答えようとしない。

 何か強い信念のようなものを感じるよ。

 

「おまえがあいつを倒すとでもいうのかよ?」

 

 一誠が低い声音で訊くと、ヴァーリさんは肩をすくめる。

 

「残念ながら今の俺でもロキとフェンリルを同時に相手にはできない」

 

 かなりの自信家に見えたけど、そこまで勇猛と無謀をはき違えたような人たちではないようだ。だけど、僕がこんなことを言うのはおこがましいけど、若い戦闘狂って感じがする。

 ヴァーリさんの言う通り、ヴァーリさんから感じる力ではフェンリルどころかロキにも全く届きそうもない。後ろにいるお仲間たちも同じだ。……あれ? あの黒い着物の女性って猫ショウ?

 

「だが―――二天龍が手を組めば話は別だ」

『———ッ!』

 

 ヴァーリさんの提案に、この場にいる殆どが驚愕した。驚いていないのは僕を含めてヴィロットさんとヴァーリさんの仲間たちだけ。

 でも残念だけど、僕には二天龍が手を組んでも勝率が劇的に上がるとは思えない。最悪、(つたな)いコンビネーションで足の引っ張り合いが起こる気すら。

 

「今回の一戦、俺は兵藤一誠と共に戦ってもいいと言っている」

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