無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 大変長らくお待たせしました! いろいろ思案した結果、やっととりあえず納得がいくものが書きあがりました。
 書きたい部分を削らざる得なくなって難産でしたが、なんとかやりたいことは押し込められました。


頑強な機械群の進撃

 曹操は球体を足元に置くと宙に飛び出した。それを追いかけようとフリードが空中に宙を踏む。フリードはかつてヴィロットが使った空中歩行と同じ術式を仕込んでいた。

 しかしある程度の高さに飛んだ曹操はフリードとガヴィンの上空を通り過ぎ一誠をターゲットにした。

 

「は、なんで俺たちを無視して赤龍帝を」

「曹操は赤龍帝と戦いがってたな。生前の意思が色濃く出たか」

 

 曹操は球体の一つの任意の場所に相手を転移させる能力を使い一誠達の目の前で消えたり現れたりする。

 一誠の背後に現れ槍を伸ばす。それに反応はしているが肉体が若干追い付いていない。堅牢な鎧で身を守りブースターでの高速移動に慣れてる一誠は地に足付けた咄嗟の回避に慣れていなかった。

 しかし次の瞬間には一誠の姿も消えガヴィンに担がれていた。

 

「あんまり野郎を担ぎたくないんだけどな」

 

 地面に刺さった槍を戻すと、槍の先端に球体が出現する。

 球体はグレモリー眷属目掛けて衝突しようとしたが、方向を変えたフリードが曹操を通り過ぎ横から球体を弾いた。弾かれた球体は防火扉の炎の中に静かに消えた。

 

「悪魔であろうと約束は守る」

 

 グレモリー眷属の前で立ち塞がるフリード。

 曹操は安易に動かずグレモリー眷属へ槍を向けたまま一誠を見ていた。

 

「一応命令は守ってるみたいだな。赤龍帝を優先的に狙ってはいるが。グレモリー眷属を攻撃したのは挑発の意味合いもあるな」

 

 フリードは飛び出そうとする一誠を手で制しながら少し考え言った。

 

「赤龍帝――ちょっと生き残ってろ」

 

 そう言うと機械兵の群れの中一直線にヒトラーへと駆け出した。度々新しく投入される機械兵でヒトラーとの間は大混戦と化している。

 機械兵を躱しながら駆け抜けるが全ての機械兵を躱すことはできず一機の機械兵に足が止められた。

 

「ちっ、仕方ねぇ」

 

 フリードはあれほど出し渋っていた十字架の銃を取り出す。それほどに決着を急いだ。

 

「今一度私に力をお貸しください。ガギエル!」

 

 銃口の先から巨大なロボットが召喚発射される。

 ヒトラーはマントを壁に貼り付けるように広げた。マントの内側には血で描かれた魔法陣が描かれている。

 ロボットがヒトラーを討とうとする瞬間に血の魔法陣を叩くと眩い光と共にロボットの姿が消えた。

 

「X-LAWSの天使使いがいることは事前報告にあったからな。もちろんそれなりの対策はしてきた」

「血の魔法陣!! 天使祓いか!!」

 

 ロボット天使をかき消され動揺を隠せないフリードだがそれでも足を止めず機械兵を一刀両断し駆け抜ける。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

 ヒトラーへ辿り着いたフリードは全力の一太刀に斬り捨てようとするが、ヒトラーは手にした振った缶コーラをフリードに向けて開けた。

 

「ぐぅっっ!?」

 

 勢いよく噴き出た炭酸がフリードの顔面に噴きつけられる。炭酸が目に染みても剣を振り下ろすが闇雲な太刀筋など容易く避けられた。

 目を押さえてる間にヒトラーは大きく距離を離すとそこへ大量の機械兵がフリード目掛けて飛んできた。

 襲撃が失敗に終わったことで本格的に戦闘に入ってしまい、完全に足が止まってしまったことでフリードはしばらくあの場から動けなくなってしまう。

 ヒトラーは悠々(ゆうゆう)と離れ腰かけ眺める。ナチスの幹部級は全員戦場のど真っ只中とは思えない程にリラックスしていた。それは圧倒的優位からか相応の実力差かもしくはその両方なのか。全貌の見えない今までとレベルの違う敵組織の存在に誇銅は恐怖を感じた。そして曹操との睨み合いでお茶を濁すのも限界に来ていた。

 

 しびれを切らした曹操が一誠へと襲い掛かる。それとほぼ同時に防火扉も壊れ機械兵が解放されてしまった。

 誇銅はもうなあなあで護るのは無理と判断し、他を見捨ててレイヴェルとギャスパーだけを守る方向に切り替えることにした。

 それぞれが対処しようとした瞬間、空から太い光炎が降り注ぎ機械兵を飲み込んだ。

 いまだ降り注ぐ光炎の火柱から飛び出した影が曹操を横から蹴り飛ばす。

 

「すまん、遅くなった!」

 

 その正体はフョードル。神器(セイクリッド・ギア)である足の鉄球は浮遊する太陽のように輝く火の玉に変化していた。その姿が禁手化(バランス・ブレイカー)であることは明白。

 

「どうやら間に合わなかったようだな」

 

 周りを一目見て現状をなんとなく把握し、自分達が間に合わなかったことを痛感する。それでもすぐに気持ちを切り替え曹操を見据える。

 

「フョードル、曹操は生きたままゾンビとして操られてる。フリードの話では肉体が無事なら呪が解ければまだ助かるかもしれない」

「ならまだ助かる見込みはあるのだな」

「ああ、だけど肉体的な制限を無視するから取り押さえるのも難しい。後は赤龍帝に執着してることぐらいだな」

 

 その話を聞き機械兵の大群の中で戦うフリードをちらりと横目で見た。

 

「赤龍帝、頼みがある。君を含め君の仲間が無事この場を離れられるようにすると約束する。その代わり曹操との戦いは私に譲ってほしい」

 

 フョードルは曹操と睨み合ったまま一誠に勝負を譲るように頼んだ。残された希望を全力で掴みに行く強い意志を込めて。

 ヴァーリと違い戦闘狂ではない一誠だが胸にもやもやしたものを感じていた。

 

「……これは私達なりの償いの一つなのだ。曹操をこの場に留める為に君には残ってもらうことになるが、どうか私に曹操を止めさせてもらいたい」

 

 そのもやもやを気配で感じ取ったフョードルはさらに懇願する。その真剣な気持ちを感じた一誠は勝負を譲ることを決心した。

 

「わかった。必ず勝てよ」

「命に代えても」

 

 赤龍帝の鎧を纏ったまま一歩下がりフョードルと曹操の戦いを見守る姿勢。

 曹操とフョードルがぶつかる。聖槍の間合いを潰す蹴り主体のインファイトに一誠が入り込む隙間はない。

 

「ガヴィン! 彼らを頼みました!」

「了解」

 

 そうしてる間に状況の変化に気づいた機械兵がこちらへ追加投入される。

 今度は先ほどの三倍ほどの数の機械兵だが投入されるがフョードルの太陽の高熱フレアに焼かれる。ゾンビ化した曹操と戦いながらまだ周りに気を配る余裕を持っていた。

 しかし片方がもう片方を盾にして一機が直撃を防ぐ。さらに盾にされた機械兵も機能停止には至っていない。凄まじい学習能力と頑丈さを誇銅達に見せつけた。

 それでも今度は鉄球として蹴り飛ばされた太陽に溶解されながら粉砕される。その間にもフョードルは蹴りと鎖で曹操を逃がさないように聖槍をあしらっていた。

 

 それを見た誇銅はふと思う。焼かれた機械兵は機能停止してなかった。……もしかして!?

 不安は的中。最初に焼かれた機械兵がまだ動いていた。迎撃とは桁違いのダメージで機能停止寸前ではあるが。

 さほど脅威ではないと思いながらも念のために壊しておいた方が良さそうとトドメを刺しに動く。

 銃口をゆっくりとグレモリー眷属に向ける。それに反応してか僕より一足遅れてヴァーリが動き出した。

 

「ほう、あの攻撃を受けてまだ動くか」

 

 誇銅は片手の炎で機械兵の銃撃を受け止め、もう片手はいざって時にレイヴェルを守れるようにフリーに。

 機械兵の反応が鈍くそのまま懐へ入り込んで(コア)を鎧通しで破壊。無事一機を機能停止へ。

 残る一機へ同じ攻撃を仕掛けようとすると同時にヴァーリが攻撃を仕掛けたが、機械兵はヴァーリに目もくれずその攻撃で機能停止もしなかった。

 

「なんだと……ッ!?」

 

 本気には程遠い攻撃だったがそれでも停止寸前の機械兵を破壊できなかったことに驚きを隠せない。ボロボロであろうと堅牢な装甲は健在だった。

 機械兵は真っすぐ誇銅だけを見据えて鎧通しを躱そうと動き出すが、その行動も読んで打ち込んだ。だが機械兵は自分の噴出装置に耐え切れず足が壊れて体制を崩す。そのせいで狙いが大きくズレてしまった。

 それでも(コア)への鎧通しは外れたが今の内部衝撃で機能停止寸前の後押しになり機械兵は完全に機能を停止した。

 

「ん、これって……?」

 

 熱で溶けた装甲の下が目に入る。ハイテクロボットにしては妙に古臭い感じがするそれに誇銅はなぜか見覚えがあるような気がしてなかった。

 それを数秒間見続けていると不意に古い記憶が脳裏に蘇った。それは誇銅が死ぬ前に見たもの。駒王での会談に現れた強固なゴーレム達に彫られていたルーンによく似ていた。

 

(確か全ての呪文が相互関係になるように彫られていたんだっけ。それを高スペックなロボットで再現し装甲で覆い文字を削れないようにしているのか。装甲に使われている金属も普通の物ではないだろう。もしかしたらあの時の犯人もナチスの実験に利用されていたのか)

 

 誇銅は過去と今の思わぬ繋がりを思案する。

 

「誇銅さん!」

「……はっ!」

 

 戦場の真っただ中で考え込んでしまった誇銅だが、レイヴェルの声ではっと我に返る。一誠も合流したことだし邪魔になるだけだから素早く撤退しよう。そう思って振り向くと……既に退路も断たれていた。

 逃走方向に炎の壁を創り飛んできた鋭い刃物を受け止める。殺気の出所がわからなかったから広範囲の薄壁だったので貫通されなくてよかったと安堵する。

 しかし安堵も束の間、逃走方向から十機程の機械兵がグレモリー眷属を殲滅せんと襲い来る。

 

「くっ、挟み撃ちにされていたのか!」

 

 戦闘は避けられないと木場は皆を守るように聖魔剣を構え、ゼノヴィアも“オーラの宿らないエクス・デュランダル”を構えた。

 リアス、朱乃、イリナもただ守られてるだけじゃないと臨戦態勢に入る。

 機械兵の強さを正しく感じ取った一誠、ヴァーリ、サイラオーグは先ほどの壊れかけの機械兵と違い万全の機械兵の襲来により一層警戒心を高めた。

 

「最初に約束したハズだぜ。こっち関係は全部俺達が受け持つってな」

 

 一番に飛び出そうとした一誠に鞭を巻き付け一誠を、他のグレモリー眷属をも飛び越して一番前に躍り出るガヴィン。

 

「自分の身を護ることだけに集中しな!」

 

 鞭を携え機械兵の小隊へと単身で乗り込む。

 機械兵は当然銃口を向け攻撃の構えをするが、撃たれる寸前に銃口の腕を鞭で取り飛び上がりながら空中で銃口を他の機械兵へと向けさせ同士討ちさせた。

 誇銅もガヴィンは救助や援護に特化したタイプであり直接の戦闘力は低いと見立てた。実際その通りである。だからこそ敵の妨害(サポート)をすることでその戦闘力を利用したのだ。

 ガヴィンを厄介と判断した機械兵はガヴィンをほぼ無視してグレモリー眷属に襲い掛かる。

 

「雷光よ!」

 

 朱乃が指先から膨大な量の雷光を生み出し、機械兵の大群を包み込むが全く効かない。

 

「だったら消し飛びなさい!」

 

 リアスも大きな滅びの弾を幾重にも撃ちだすが、通常の魔力弾のように意に介さず突っ込んで来る。

 それを見て迎え撃とうとサイラオーグが一番に動き出すが。

 

「させねぇよ」

 

 先程と同じように機械兵を飛び越え前に躍り出ると、行動のタイミングにピッタリ合わせて誘導し同士討ちを誘発させる。

 それならばと機械兵も行動パターンを変えてくるが、ガヴィンは一機の機械兵の体全体を鞭で締め上げると手元に引き寄せ、

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっッ!!」

 

 鉄球のように振り回し機械兵の大群の中へと投げつけた。

 それでもやはり混戦は避けられずグレモリー眷属も交えた戦闘へと発展してしまう。グレモリー眷属の面々はそれぞれ多対一になるように立ち回りなんとか対処する。危なくなればガヴィンが鞭の救助によって一時離脱させてくれる。

 

「鞭の消耗が激しいな」

 

 しかしグレモリー眷属では機械兵相手に全く対応できていなかった。そもそも多対一で対処できるようになっているのもガヴィンが絶妙なタイミングで救助と妨害をこなして同士討ちさせているだけだ。

 

「絶対に護ります。ですから僕の傍を離れないでください」

 

 誇銅もレイヴェルとギャスパーを守ることを第一に援護に回る。誇銅が機械兵を仕留め得るため機械兵も積極的に誇銅に近づかず、遠距離攻撃は炎で簡単に防ぐことができる。炎のサポートもガヴィンの邪魔をせず、相性の悪いグレモリー眷属の攻撃はそもそも機械兵には通じない。悪化はせずとも好転もしない状況だが、その事実が誇銅に少しだけ余裕を与えた。

 

 その余裕の中で誇銅はふと思った。さっきの刃物はどこから飛んできた?

 機械兵の気配は探りづらく鳴りを潜めれば誇銅も気づけない。なのに刃物の殺気には気づけた。そもそも機械兵はナイフのような刃物は使わない。

 誇銅の中で答えが出た。機械兵が出現した辺りまで円形に気配を探ると一瞬だけに何かの気配を感じ取った。

 

禁手化(バランス・ブレイク)ッ!」

 

 敵の気配を感じると誇銅はグレモリー眷属にひた隠しにしていた自身の禁手(バランス・ブレイカー)を発動させた。

 

「『世界五大病苦(ファイブ・ディダスター)』第二の厄災!!」

 

 めったに攻撃に出ない誇銅が一番近くにいた機械兵に掌底を当てる。当てられた場所から苦痛の概念が広がり、苦痛なんてものを感じるハズのない機械兵が痛みに混乱するような仕草を始めた。

 その機械兵を炎を操って他の機械兵へとぶつけると、ぶつけられた機械兵も同じような仕草を始めた。

 

「敵は機械兵だけじゃない! 人間の敵が隠れてる!」

 

 探った気配から敵の強さを感じ取った誇銅は機械兵まで相手にしてる余裕がないと判断し禁手(バランス・ブレイカー)を晒すのも厭わず敵の数を早急に減らすことを優先した。そうしなければ守りたい人を守れないと。

 誇銅が攻撃に意識を割いたせいで途切れた感知を再開しようとしたその刹那、すぐ近くから細く嫌な殺気を感じ取った。

 

「ッ!!!?」

 

 その正体はわからず殺気に敏感な誇銅も余所見しては気づけなかった。だが気づいてしまえば方向ぐらいはわかる。その殺気は一番外側にいたレイヴェルに向いていた。

 誇銅はそれに気づくよりも先に炎目を放ってレイヴェルを守ろうとしていた。それは標的がレイヴェルと気づいたからか、レイヴェルだけは絶対に守ろうとしたのか誇銅にはわからなかった。それでも体が反応したのは幸いと思った。

 

「ひぃっ!」

 

 なんとか間に合った炎目がレイヴェルに迫る手を弾く。

 

「ラウァ!」

 

 誇銅はそのまま炎目で包んで拘束しようとするがすぐに離れてしまい失敗。

 今ので全員が襲撃者の存在に気づき誇銅もその襲撃者の姿を目にした。

 

「ウルルルル」

 

 野獣のような唸り声と眼光を放つその人物は、駒王町で連れ去られたフーリッピだった。

 

「なんだこいつは!?」

 

 フーリッピは皆が警戒を始めた瞬間、構えも許さず驚きで緩んだ隙を確実に狙いに行った。一番厳重な場所にいて一番無防備で弱いアーシアを。手裏剣のような鋭い刃物を驚愕から警戒へ移り変わる意識の間と隙に沿って綺麗に投げ込まれた。 

 投げ込まれた刃物はアーシアの喉を深く抉ろうとしたが、アーシアを過ぎて線上に居たサイラオーグの上腕を抉るだけに留まった。

 

「レディが傷つけられるのは見過ごせないぜ!」

 

 今の一瞬でガヴィンが縄で救助し流れるように優しくアーシアを地面に降ろす。

 まだ数機残っている。フーリッピはそこに紛れて皆の視界から消え様子を伺っている。それを確実に追えるのは誇銅だけであり、対処できるのも誇銅だけ。

 一連の流れから数も減り機械兵の猛攻が緩やかになっているうちに誇銅はガヴィンに話しかける。

 

「彼は僕が相手をします。その代わり……」

 

 僕の大切な人を守ってほしい。誇銅は今後の事を感がえてみなまで言うのは控えた。

 それでもガヴィンはみなまで言うなと理解したと目で伝えた。

 

「頼みました!」

「我が命に代えても!」

 

 誇銅はレイヴェルのもとを離れ隠れたフーリッピを追撃する。追撃に意識を割いた誇銅はかなり無防備だが先程の苦痛の中で消滅した同胞(機械兵)を見た機械兵はプログラムに反し誇銅を避けた。

 

「もう逃がさない! 今度は絶対に“救ってみせる”!」

 

 誇銅の脳裏に浮かぶは自分達に助けを求めるフーリッピの顔だった。

 

「逃がさない!」

 

 誇銅は距離を取ろうとするフーリッピに一気に間合いを詰めて急接近した。

 本来防御とカウンターを主体とした長期戦を得意とする誇銅だが短期決戦を仕掛けた。それは技量を自分を上回り長期戦だできない状況において誇銅が打てる手段がそれだけしかなかっただけ。

 力では大きく、技術力も総合的には劣っている誇銅だが勝算はあった。それが禁手(バランス・ブレイカー)

 禁手(バランス・ブレイカー)を発動すれば相手は自分の両手に必要以上に意識を向けることは重々承知していた。だからこそ両手以外の意識外の奇襲が生きる。だからといって炎では目立ちすぎる。だからこそ誇銅が選んだのは。

 

「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 誇銅が使用したのは自分の悪魔の翼。悪魔の翼なら炎のように目立つことなく、直前まで隠し自由自在に扱うことができる。

 両手のように扱える悪魔の翼でフーリッピの両手を弾いて無防備を晒させ、右手をフーリッピの額に軽く触れさせた。

 

「『世界五大病苦(ファイブ・ディダスター)』第五の厄災!!」

 

 能力が発動すると誇銅の右手が漆黒に染まりフーリッピの頭の中へと入っていく。

 誇銅が与える痛みの呪い。その最後の厄災(五番目の厄災)。その呪いは記憶を侵食する。呪いによって浸食された記憶は痛みの記憶となり、その記憶が表層へ出てくる度に耐えがたい痛みの概念に(さいな)まれる。

 

「あった。これだ!」

 

 侵食された記憶を思い出さなければ痛みはない。しかしその記憶が思い出さざる得ないものなら。例えば食の記憶を侵食すれば食べ物を目にするだけで、食というものを認識するだけで耐え難い痛みを味わうことになる。思い出さないなんて不可能。

 やがて防衛本能から食にという概念を記憶の奥底へ忘れ去る。そして痛みから逃れる為に餓死しようとも食べるという行為を思い出しはしない。

 

 そんな自身が最も恐れる禁手(バランス・ブレイカー)を使ってまで誇銅が侵食したのはフーリッピの戦争の記憶。仲間が目の前で無残に死んでいく恐怖の記憶。

 誇銅はフーリッピの簡単な過去を知り凶暴な多重人格が戦争の過去による防衛本能ではないかと考えた。ならばその記憶を痛みの概念をもって忘却の彼方へと沈めてしまえばと考えた。自分の痛みの概念自体で死ぬことは決してない。ならば激しい生存本能で狙い通りになるだろうと。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

 痛みに叫び散らすフーリッピ。数秒間叫び続けたフーリッピだったが、ふと何事もなかったかのように叫ぶのを止めた。その顔は凶暴とは無縁の顔つきだった。

 

「え、あっ、君は……」

「よかった。助けられた」

 

 誇銅はフーリッピを救うことができたことを確信すると安堵の表情を浮かべた。

 しかしすぐに気を引き締め直す。誇銅にはまだそんな時間は許されていない。

 

「すぐに安全な所へ避難させます。ですからもう少しだけ待っていてください」

 

 それだけ言い残してレイヴェルのもとへと駆け戻る。そこでは残り一機となった機械兵に手を焼いていた。たった一機だけになってしまい同士討ちをされられなくなった。グレモリー眷属とガヴィンには機械兵を直接破壊する力がない。最後の最後で手詰まりを起こしていた。それでも全員で残り一機を囲い千日手にはすることができた。

 

「お待たせしました!」

 

 第二の厄災で機械兵を侵食し苦痛に悶え始める機械兵を速やかに鎧通しで沈黙させる。例え機械であろうと無駄に苦しめたくはないから。

 

「助かったぜ。これでとりあえず一難去っ……うごっ!?」

 

 全ての機械兵を倒し一息ついたところに何かが突進してきてガヴィンが横から吹き飛ばされる。その正体は新たな機械兵。それも誇銅が見たこともない最新型。

 

「本日初披露の最新型だ。どうか試してくれたまえ」

 

 高所から家電型の機械兵のスピーカーからヒトラーが響き渡る。

 そちらへ視線を向けて誇銅は初めて向こう側の様子の変化に気づいた。パペットの禁手(バランス・ブレイカー)で数の不利は抑えているが、追加投入されたたった二機の最新型で戦況は押され気味になっていたのだ。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 その最新型はフョードルの方にも来ており曹操の相手は一誠へ交代を余儀なくされていた。最新型の性能と遊びが減った曹操に両者若干押され気味。

 投入された最新型は計四機。脱英雄派の面々に一機ずつ対応する戦場に配置された。

 さらに悪い状況は続く。一度は全て撃退した機械兵が再び逃走経路側から湧いてきた。ガヴィンは最新型が妨害に入らないように引き付けておくので精一杯で対応できない。

 

「来いッ! レグルスゥッ!」

「我、目覚めるは―――」

 

 サイラオーグはレグルスを呼びヴァーリも『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』の呪文を唱え全力で最前線に飛び出そうとするが。

 

「邪魔だから下がってて!!」

 

 誇銅にしては珍しく怒鳴り声を上げた。例え信頼してなくても礼儀を重んじて物腰柔らかに接していた誇銅だがこの時ばかりは邪険に扱った。それほどまでに余裕がなかった。

 

「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」

 

 大きく息を吸い込みその酸素を炎に変えるかのように翼に巨大な炎纏わせる。そうして形を成し出来上がったのは全てを掴み取る悪魔の大腕。それは一匹たりとも決して取り逃さない魔神の如き意思に満ちていた。それでもやはり全てを相手取るのは不可能だと誇銅も理解していたし、戦闘データを取られているなら自分は避けられる。それでも機械兵のサーモグラフを誤魔化し注目を集めるぐらいはできると考えた。

 それでもいざとなれば……。誇銅の中では守るべきものの明確な優先順位は決まっていた。

 しかしあるものを見て誇銅の思考は吹き飛んだ。

 

 ズゥゥゥゥン!! ズゥゥゥン!! ズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!

 

 迫り来る機械兵の大群の奥、転送ゲートから誇銅達の目の前に現れたのは重厚感あふれる巨大な機械兵。若干の劣勢で保っていた戦力差が一気に崩れ去る。

 

(レイヴェルさんとギャスパー君さえ守れればいい。なりふり構わずやればそれぐらいならできると思っていた。だけどもうそれさえできる気がしない。ほんの少し周りの悪魔より優位に立ち回れることに思い上がっていた)

 

 本物の格上が油断もなく圧倒的質量をもって潰しにかかれば自分の命すら守り切れない。誇銅は現代に戻って初めて自分の力が遠く及ばない敵の存在に恐怖した。

 八方塞がりな窮地に絶望しまるで意識が眠りに落ちるような感覚と引き換えに誇銅の中の何かが目覚めよとする。

 だがそんな絶望的な戦況に一筋の光が差し込む。

 

「ラミエル!!」

 

 光と共に突如現れた右手が異様に大きなロボットが左ストレートで巨大機械兵を殴り飛ばす。そしてトドメに膨大な光を溜め込んだ右が膨大な光のエネルギー波と共に繰り出される。

 上半身に大きな拳サイズの大穴が開いて、巨大機械兵は倒れた。

 眼前の機械兵達が聖なる魔力弾と斬撃でほぼ同時に全て破壊される。誇銅の放っていた膨大な熱量に機械兵のセンサーが反応し背後に気づかない。

 

「フィナーレには間に合ったようね」

 

 破壊された機械兵の奥には右手に大聖剣を、左手に天使の銃を持ったヴィロットが立っていた。

 絶望に兆しが舞い込み希望に目が覚めると誇銅の中の何かが再び深い眠りに落ちる。


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