無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 やっと少し涼しくなってパソコンのある部屋に長時間いられるようになった。
阿吽の呼吸法。実は人は自分自身と呼吸を合わせることが完璧には出来ていない。だから自分というものを把握しきれず体がイメージ通りに動かない。自分自身の出来ること出来ないこと限界を把握できず致命的なズレが生じる。呼吸が合えば自分自身を知り、イメージ通りに体を動かすことができる。自分自身のデータが全て正確に体全体に伝わる。


咎人な英雄の意志

 これまでの悪魔関係では考えられない程に手強い敵が矢継ぎ早に襲って来る現状にかつてない程の焦りを感じていた。とても多くの枷を付けた状態では対処しきれない。だからこそ多くの枷を外す決意をした。本当に大事なものを一つ二つぐらい守り通せる力はあると自負している。だけどそれは間違いだった。

 迫り来る危機はどんどん大きさを増し間髪入れずやって来る。それらを跳ね返す力はなく、どう頑張っても守れないと痛感させられるそれはまさに絶望と呼ぶに相応しい。

 絶望に心を閉ざしてしまった僕は向かってきていた大きな希望の存在を感知することができなかった。

 巨大機械兵が倒れると巨大ロボット天使のラミエルが光の粒子となって姿を消した。

 

「おまたせ」

「ヴィロットさん!」

 

 いつもと変わらない様子で話すヴィロットさん。

 この危機的状況でも日常を感じる凛とした姿に頼もしさを感じる。その背後にはいつもの変わらぬ平和な日常が待っていると安心させてくれる。

 僕に向けられていたヴィロットさんの視線がふと外れる。その視線の先ではガヴィンが新型機械兵相手に善戦していた。ロデオドライブで拘束ロデオをしているがそこからの決め手がないようだ。

 

「あれと戦ってるのは味方でいいの」

「はい」

 

 僕の返事を聞くとすぐさま飛び出し動けない新型機械兵を一刀両断してみせる。新型機械兵も行動を妨害されつつも電磁バリアを纏った腕でガードしたものの意味はなかった。

 

「ヴィロットよ。とりあえずお仲間から話は聞いてるわ」

「頼もしいお嬢さんだ。できれば原型を留めるぐらいにしてくれればパペットが操れて戦力が増えるんだが」

「無理」

 

 即答するヴィロットさん。そういう手加減は一切できないのね。

 ガヴィンを助けたヴィロットさんはリアスさん達をガン無視して僕のところへ来ると、

 

「頑張ったわね」

 

 優しく微笑んで僕の頭を撫でてくれる。まるでお姉ちゃんのようだ。僕一人っ子だけども。

 

「ヒーローは遅れてやって来るとはよく言ったもんだ。本当に大遅刻でもう来ないと思ったぜ」

 

 向こうで戦っていたフリードがこちらに戻って来た。怪我はないが服は血塗れだった。

 

「安心しろ、全部返り血だ」

「真っ赤な血が通ってるロボットねぇ」

 

 平然と見え見えの嘘を吐くフリード。

 もちろん機械兵から生命力は感じない。服が真っ赤になるほどの返り血なんて浴びようがない。つまり服の血はフリード本人のものということ。怪我がないのは合成獣(キメラ)の再生能力だろうか。

 

「薬と体力は大丈夫?」

「もう息苦しさも感じねぇよ」

「……」

 

 平気な顔して言うフリードだがあれだけ苦しそうにしていたものが簡単に治るはずがない。やせ我慢ではないのならフリードの体がもう……。

 

「まあ普通に考えたらそうなんだろうけどさ。こうやって動けるってことは俺にはまだ時間が残されてるってことだ」

「……最後まで付き合ってあげるわ。ちょうど片づけたい要件もあるし」

「じゃあ見送りまで頼むわ」

 

 二人の会話から二人が信頼し合う仲であることがよくわかる。同じ(メイデン)を信じる者同士からなのか。これが信仰心というものなのだろうか。

 

「先に言っとくがガギエルは使えない。さっき天使祓いの魔法陣で吹き飛ばされた。それと曹操がブードゥー教の古代呪術でゾンビにされた」

「最新鋭のロボット工学に失われた古代魔術か……本当に何者?」

 

 一瞬驚いた顔をしたヴィロットさんだがすぐに鋭い目つきで戦場を見つめる。新旧併せ持つ謎の組織ナチス。全貌の見えない敵の脅威は計り知れない。

 

「ヒトラーは私が相手するわ。剣術で貴方に勝ったことないけど天使が残ってる私の方が分がいいわ」

「よく言うぜ。剣術では勝っても最終的に殴り飛ばされた記憶しかねぇよ」

 

 ヴィロットさんよりフリードの方が剣術は上なんだ。確かに数回とはいえ二人の剣術を間近で見た僕としてはテクニックではフリードに軍配が上がるのが正直な感想だ。だがカバー範囲の広い大剣で強引に補う剛腕のテクニックは並大抵では打ち負かせないだろう。

 失礼な感想なのだが戦闘スタイルも聖剣使いとしても二人は木場さんとゼノヴィアさんの上位互換のような存在に感じる。唯一上回るのが聖剣の知名度というのはある意味皮肉だ。

 軽口をたたき合う二人が膝をつくガヴィンに目を向けた。

 

「大丈夫かい?」

「まあ、支障はあるが戦えないことはない」

 

 新型の攻撃を耐え続けていたガヴィンだが大怪我していないだけでダメージが蓄積しているであろうことは見て取れる。

 

「情けない話だが俺は大人数を守って戦える程の実力はない。俺の能力は妨害と離脱に特化させちまってる」

 

 ガヴィンのサポートにより僕達は幾度となくメンバー欠如の危機を間一髪救われた。一機の旧型機械兵にすら苦戦する集団を補助し続けたサポート能力は驚異的と言わざる得ない。

 

「自分を卑下するなよ。そういう能力が控えてる安心感は回復役にも引けを取らないぜ」

 

 レーティングバトルのような試合形式ではそこまで有用な能力ではないが、こういった戦場では確実に撤退し立て直せるというのはとても頼もしい。悪魔基準では評価されないだろうが心強い。

 

「そう言ってくれるのはありがたいが鞭が使い過ぎでちぎれかけてんだ」

「…………」

「なんか言えよオイ」

 

 ガヴィンのサポートが限界を迎えつつあるようだ。

 

「どちらにせよ安心なさい。勝利はもうすぐやって来るわ」

 

 ヴィロットさんが言う勝利とは一体何のことなのだろうか。

 なんにせよ眼前の問題としてガヴィンのサポートが限界を迎えつつある中でグレモリー眷属かいつまで五体満足でいれるか。

 

「せいぜい死なないように頑張りなさい」

 

 その心配も二人が飛び出す背中を見ていると幾分軽くなった。

 ヴィロットさんはその勇猛さに幾度となく勇気をもらった。この戦いの中でフリードには何度も救ってもらった。二人とも頼もしい助っ人だ。二人がいなきゃ脱英雄派とは共闘は難しかっただろうし、もっと序盤に誰かは欠けていただろう。もしかしたら壊滅まであったかもしれない。

 絶望的な局面も一先ず越した。ここが最後の踏ん張りところだ。……とは言ったものの現状数少ないヴィロットさんの進撃を止めるためか僅かの機械兵すらこちらには振り分けられていない。随時新たな機械兵が投入されてなお。

 あちらの戦場にはイクサやパペットの禁手(バランス・ブレイカー)で奪取した機械兵もいる。心配はないだろう。むしろ問題はこっちだ。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

「よく生き残ってたな赤龍帝! 上等上等!」

 

 フリードが曹操と一誠の戦いに割って入る。

 

「またダメそうだな、選手交代してやるよ」

「こんなもん平気だ!」

「そうかい? だいぶ分の悪い戦いしてたようにお目見えしますが?」

「そんなことねぇよ!」

 

 強く反論するも余裕のない一誠の表情を見透かすように覗き込む。

 これまでグレモリー眷属が曹操を退けられていたのは戦いを楽しむ遊び心が曹操の中にあったから。

 しかしゾンビ化してることで曹操の戦い方に遊びがなく、積み上げてきた修練の時間の差が重く圧し掛かっていた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 高層ビルが建ち並ぶ空中で一誠はドラゴンショットを繰り出した。巨大な一撃を見舞うが、曹操は球体の1つを近付けさせる。球体の前方に渦が発生し、攻撃を受け流す七宝がドラゴンショットを吸い込む

 今度は何処かから攻撃が吐き出されるかと警戒していると―――2人の真下から渦が発生してドラゴンショットが返ってくる。

 瞬時に反応したフリードは反応が遅れた一誠を蹴り飛ばし、自身もひょいと避ける。

 

「ほら、やっぱ余裕ないじゃん」

「うるせえ! お前に邪魔されて反応が遅れただけだ!」

 

 フリードが横にいるせいでか真っ只中で気が散ってる一誠。まだフリードのことを味方どころか敵として認識してしまっていた。

 何とかやり過ごしたのも束の間、今度は聖槍から生み出された聖なる波動が飛んでくる。

 それを避けて、もう一度魔力を放つ。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 今度は散弾式のドラゴンショットを撃ち出す。

 曹操が球体の1つを前方に移動させると、それが弾けて光り輝く人型の存在が複数出現する。自分の分身を多く生み出す七宝。

 それらは散弾式のドラゴンショットを受けて消滅していくが大半は残ったが、フリードの聖剣の横なぎから放たれた聖なる波動を受けて完全に消滅していく。

 今の攻防に紛れて曹操の姿が消えており、一誠の横合いから伸びてくる聖槍をフリードが片手間に弾く。

 

「てめえ! 木場と同じ能力使いやがって! しかもお前がバカにした木場の能力とお前の能力、あんま差が無いように思えるぜ? そっちのもまだお前の技術とか反映できてないじゃないか! よくそれであいつをバカに出来たもんだな!」

 

 物言えぬゾンビに指摘したところで答えなんて帰ってこない。

 

「ゾンビ化の影響でいろんなタガが外れてんな。その分動きは大味になってるようだが、悪魔と戦ってた時は遊んでたから体感変わんねえか。能力自体も調整中って感じだな」

「ったくよ、アザゼル先生に勝った相手はキツいったらありゃしねぇ!」

「へーそうなんだ。まあこの様子なら次は勝てるだろう」

「? 何でだ?」

「アザゼルは研究者気質(かたぎ)の実力者だからな。次戦う時には曹操の能力を徹底的に研究してるだろう。脆い人間の神器(セイクリッド・ギア)持ちならかなり優位に立ち回れる。堕天使総督の名は伊達じゃないってこった。……聖書の中ではな」

 

 フリードの考察の最後の一言に引っ掛かる一誠だがあまり気にしてる余裕はない。

 曹操はクセのように槍をくるくると回した後に構える。

 

「おしゃべりはこのぐらいだ。戦闘再開されるぜ」

 

 相手を任意の場所に転移させる七宝の能力を応用し姿を消したり、現れたりして二人を翻弄する。

 町中での空中戦の為、下にまで気を回さなければならなく神出鬼没な出現の仕方に2人は神経を磨り減らす。

 七宝の球体はどれも同じ形と大きさなので、仕掛けてくるまで能力の把握が極めて難しく、曹操の七宝の多様性は群を抜いている。

 悪魔である一誠はただでさえ致命傷となる聖槍の攻撃を警戒しなければならないのに、七宝の能力も加わって対処が厳しくなっている。逆にフリードは曹操を上回る技量と聖なる属性を持つことで聖槍を苦手としない。

 しかしゾンビ化で無限の体力を持つ曹操に長期戦は不利にしかならない。

 

『参ったな。体の感覚が鈍くなってきた。痛覚が消えた時はラッキーと思ったんだが、後どれぐらいまともに戦えるか……仕方ない、ゾンビ化させられた時点で曹操の命は終わったと諦めてもらうか』

 

 フリードはポケットから注射器を取り出す。それはフリードが打っていた物とは形状が違う、ピストル型の注射器――『魔人化(カオス・ブレイク)』だ。

 

「その注射器ってジャンヌが使おうとしてた」

「“神器(セイクリッド・ギア)の能力を格段に上げる”英雄派の秘密兵器だ。だからって別に英雄派だけが強くなれるもんじゃないかなら、いざって時の為に拾っておいた」

 

 そう言うと、フリードは針を首に射ち込むとフリードの体が脈動する。フリードの精錬されつつも弱々しかったオーラが増大されていく。

 鈍い音を立てながら肥大化しようとする肉体を抑え込む。それでも一回り程大きくなった肉体に合わせるように聖剣が纏う時空のオーラを一回り大きくなった。

 どことなく優れなかった顔色に生気が戻る。それでも口の中に溜まった血を吐き出し自分の限界を知った。

 それでも爽やかな顔で口元を笑ませた。

 

「『業魔人(カオス・ドライブ)』だっけ。それなりの負担はあるが気に入った。ある程度の問題はあるみたいだが、実践投入する価値はある代物だ」

 

 先程までの無理していた声色とは変わってご機嫌な調子で言う。

 多少オーラが禍々しくなってしまったが、それでも受け入れる聖剣の聖なるオーラがフリードを優しく包み込み中和し混ざり合う。

 その姿を見て自我のないはずの曹操の口元が僅かに笑った。

 

 魔人化(カオス・ブレイク)したフリードが聖剣を振るうと、聖魔を合わせた時空の斬撃が生まれ、空間に見えぬ斬撃を残した。

 見事に反応してみせた曹操は球体で対処しない正しい判断で避けた。

 どのような攻撃を仕掛けても球体の能力で受け流す、防ぐかされてしまい、あらぬ方向から伸びてくる聖槍の攻撃を避けるので精一杯だった状態を崩し均衡させた。

 ただしそれは一誠が介入しないことを前提としている。

 悪魔同士の戦いではまず見られない真のテクニックのぶつかり合い。悪魔になって浅いながらも実践を積んだ一誠はパワー馬鹿の自分では割り込めない事をしっかり自覚した。もしも一誠が介入すれば聖槍に貫かれる前に見えぬ聖魔の時空斬撃に肉体まで切断されていただろう。

 

 一方で曹操は空間に残る時空斬撃に触れぬよう動き、どうしても避けられない時には転移の球体でしっかりと脱出し距離を離す。

 時には球体で作り出した兵隊を瞬間移動させ僅かな足止めの中から隙を作り出そうと戦略を組み立てていた。どれだけ距離を詰めても態勢を立て直しを図る。

 安全地帯に移った曹操を一誠が高速で距離を詰めても転移で逃げられるか、球体で生み出した分身を盾にして回避までの時間稼ぎにされてしまう。

 何とか追い詰めて破壊力のある一撃を叩き込もうとしても槍で弾かれるか、球体による能力で避けられる。

 

「同じ人間同士としても正々堂々の決闘しようぜ! まあ、お互いほぼ化け物だけどな!」

 

 自分たちの似た境遇を皮肉るフリード。

 曹操との空中戦は激戦の一途を辿る。どの様な攻撃を仕掛けてもフリードの攻撃は避けられ、一誠の場合は球体の能力で受け流す、または防ぐ。聖槍の攻撃も避けるだけで精一杯。

 撃ち出した魔力の軌道をふいに変えても曹操の虚を突けない。更に曹操が球体で作り出した分身も転移の球体で瞬間移動させて間を詰めてくることも。どれだけ離れていても体勢を立て直す暇が無い。

 ならばと高速で距離を詰めても転移で逃げられるか、球体で生み出した分身を盾にして回避までの時間稼ぎにされてしまう。

 何とか追い詰めて破壊力のある一撃を叩き込もうとしても槍で弾かれるか、球体による能力で避けられる。

 曹操はオーラの揺らぎから何処から攻撃されるのか予測していた。過剰なパワーアップでオーラの集中がわかりやすい鎧装着型など簡単に予測される。それを実践で可能とするのは(ひとえ)に曹操の技量の高さである。

 お互い攻めきれない紙一重の膠着状態。それでも消耗具合で少しずつ押されつつある。

 

 そんな戦いの最中にフリードは曹操に違和感を感じ始める。先程まで回避中心だった曹操が追撃する一誠に反撃を与えるようになってきたのだ。

 それらは自分の攻撃に慣れて余裕が生まれたように思えるが、フリードにはどうも強引な動きに見て取れた。

 その行動を観察し原因を理解したフリードは、曹操を一誠から引き剥がして一時戦闘を止めさせた。

 

「何すんだ!」

「曹操の自我がだいぶ薄くなってる」

「それがどうしたってんだ!」

「曹操がお前に執着してるのは死に際に残った我ゆえのものだ。曹操の自我が薄れる程に執着は薄れ命令にただ忠実になる。命令はあくまで全員の抹殺。つまり狙いやすいお前の仲間から襲う可能性が高くなった」

 

 それを聞いた一誠の意識が切り替わる。一誠の目的は守ることであり曹操を倒すことではないためこれまでのような攻め一辺倒では済まなくなった。

 

「だからここからは守りに重きを置け。どうせ攻撃しても当たらないんだから魔力の無駄だ。守りに集中してればその対処ぐらいはできるだろ」

 

 棘のある言い方にムッとなるがフリードの言うことに一理あるとしぶしぶ納得する。

 

「その代わりに俺が曹操と直接戦うことになるが、その最中に致命的な隙があれば俺ごと大技でやれ」

「ッ! ……いいのかよ」

「腹はくくってる」

 

 曹操が二人の攻撃スタイルを把握すると同時にフリードも曹操の動きを把握しつつある。

 枷が全て無くなったフリードが押されつつあった戦況の均衡を着々と取り戻した。消耗も損傷も、何より一誠の行動を考慮する必要がなくなったのが大きい。

 はじめてみる木場すら軽く超える、真のテクニックタイプの攻防。パワー重視の一誠では相性が悪すぎる。

 ふいに何かを感じ取る一誠。そちらの方に翼を羽ばたかせると、一筋の紅い閃光が一誠のもとに届いてオーラを回復させていく。

 遠目にビルの屋上から一誠におっぱいビームを放つリアスの姿が確認できた。

 その様子を見て思わず苦笑いするのが数名。

 

「これでもくらいやがれッ!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 一誠は腹の中の種火に力を与えて一気に膨大な火炎を吐き出した。広範囲に渡る炎が空一面を覆い尽くす。その際には一応味方のフリードにも考慮し離れたタイミングを狙った。

 相手はゾンビ化してるが人間、直撃しなくとも炎の熱によるダメージは免まぬがれない。

 だが、聖槍が強大な聖なる光を放ち、炎のブレスを一掃してしまう。

 逆に隙ができてしまった一誠に向かって横薙ぎに振るう。

 不味いと思った一誠が回避のため上昇すると、後方のビルが聖槍の波動一閃で真っ二つに崩落。

 悪魔の身であれを喰らってたらと戦慄する一誠だったが、回避した先には球体で既に回り込んでいた曹操の姿が。一切の遊びも油断もない曹操は回避後の一誠の動きも読み切っていた。

 回避の安堵で完全に油断した一誠は聖槍が振るわれてもすぐには気づけず、気づいたのは追撃を妨害しに来たフリードが横槍を入れたと同時だった。

 

「さ、さんきゅー……」

「曹操から一瞬たりとも目を離すな。見失ったら回避のため全方位に集中しろ。1秒油断したら次は死ぬと思え」

 

 一誠を救って仕切り直しと思われたが、ビルの屋上で無防備を晒すリアスを放っておくはずがなかった。

 

「リアスに手を出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 目標に“フリードよりもはやく気づいてしまった”一誠が曹操を止めようと飛び出す。

 戦闘に神経を集中していたフリードは目標の変更に気づくのが遅れてしまった。

 

 向かって来る一誠に移動しながら槍を回転させながら器用に振るい迎撃する。

 下からの斬りかかりを避け、そのまま上からの一撃も後方に退いて回避するが、聖槍の先端に球体が出現する。

 球体が一誠の腹部目掛けて突き進んでくる。寸前で一誠は両手にオーラを集めて肉厚な腕を形成し、両腕を縦に合わせて受け止めようとするが……直撃の瞬間、ありえない程の衝撃が一誠の腕を通り越して全身を襲う。それこそが破壊力重視の七宝だった。

 一誠は球体の直撃を受けて後方に吹っ飛ばされていく。

 ビルを次々と突き破っていき、遂にはその姿が見えなくなった。

 致命的な一撃を与えても曹操は追撃せず移動する。時間が掛かる相手から手早く倒せる相手へと私情なく機械的に切り替えた。

 

兵士(ポーン)も取らずに(キング)は取れねぇだろうよ!」

 

 一誠が僅かに足止めしたおかげで機動力の低いフリードも追いた。

 

「好きなだけ恨んでくれやぁぁっ!」

 

 勢いよく突き出された聖剣が曹操の体を貫く。曹操が通常の状態なら今の一撃で勝負は決していた。しかしゾンビと化した体は致命傷程度では止まらない。

 それをわかってるフリードは内側から外側へ一刀両断しようとするが、体を貫き動きが止まる一瞬に曹操が右足に濃厚なオーラを集め腹部を蹴りぬいた。

 その蹴りは『業魔人(カオス・ドライブ)』で強化された肉体に大きなダメージを与えた。

 蹴りに押し出され体から剣も抜けフリードは地面へと落ちる。

 

「がぁぁっ……今のは……聖主砲……。はぁはぁ、使える仲間がいるんだから教えてても不思議はないか」

 

 着地の際にオーラのクッションで受け身を取ったが腹を押さえながら息苦しく起こった事を整理する。

 どうしたものかと考えていると、あるものが視界に入る。

 

「時間を掛け過ぎたか……!」

 

 一誠とフリードを蹴散らした曹操はそう時間が掛からずリアスを射程内に捉えた。

 曹操の攻撃は常に最前線で実践を体験した一誠が勘と神滅具(ロンギヌス)に頼ってやっと避けられるもの。それ以下のリアスが避けるどころか反応することすら難しい。

 曹操の槍の一撃はリアスが立っていたビルを一振りで瓦礫へと変えた。

 

「気持ちは分かるが無茶するお嬢ちゃんだぜ」

 

 そのビルの跡地を背にリアスを担ぎながら走るガヴィンがつぶやく。

 リアスが死を確信した刹那、有効範囲ギリギリから全力を振り絞ったガヴィンが救助に成功したのだ。

 

「か、感謝するわ……」

「レディの為なら命を……ッ!?」

 

 背後からの爆発に吹き飛ばされ倒れるガヴィン。担がれていたリアスは攻撃寸前に前方へ投げ飛ばされていたので爆発のダメージはない。

 爆煙の中から現れたのは新型機械兵。戦いが想定より長引いたため新たな新型機械兵がこちらに投入されてしまった。

 

「小出しにしてただけで物がねぇってわけじゃないってわけか」

 

 新型機械兵だけでも絶望的な状況で曹操も降りてきてしまう。

 どうしたものかと刹那の中で頭をフル回転させたその時、一誠達を見覚えのある霧が覆い、霧の中から人影を視認する。

 現れたのは――ボロボロのゲオルクだった

 片目と片腕を失っており、左足も黒く変色していた。

 

「逃げろゲオルグ! ヒトラーは俺達ごと皆殺しにするつもりだ!」

 

 最悪な状況で現れてしまったゲオルグ。そう言われるも状況の理解が追い付けないでいた。

 負傷し体力も限界なガヴィンでは先程の速さで鞭を振るうことができない。

 全員手一杯で突然現れたゲオルグの危機に駆けつけられる味方はいない。

 そんなゲオルグを救ったのは――

 

「曹操……!」

 

 ――曹操だった。

 自我のないゾンビとなり皆殺しを命じられた曹操だったが、溢れるオーラを纏わせた槍で新型機械兵を突き刺し、内側から波動で破裂させた。

 

「帰還しよう、曹操」

「ゲオルグか……」

 

 何が起こったか知らないゲオルグが曹操に語り掛ける。

 曹操も先程までと違い目に生気が戻り意思疎通ができるようになったため、ゲオルグも重症ぐらいにしか思っていなかった。 

 

「曹操、俺達は……多少の計算違いはあれど、大きくは間違っていなかった。間違っていなかったハズなのに」

 

 曹操の手を取り、転移の魔法陣を展開するゲオルグ。ガヴィンも含めて敵としての視線を向ける。

 リアスを救おうとこちらに向かっていた木場とサイラオーグが取り押さえようとするが、ガヴィンが身を盾にして立ち塞がる。

 

「……二天龍に関わると、滅びる。シャルバ達のように……」

「……違う」

「えっ」

「俺達は……いや、俺は間違っていたんだ。俺は、英雄になりたかった。だからこそ……欲望に付け込まれた。悪魔の囁きに耳を傾け、我を忘れた」

「いったい何を言ってるんだ……? もういい、しゃべるな。傷口に響く」

 

 転移の魔法陣を発動させようとするも、それを拒むかのようにゲオルグを握る手を強める。

 

「……俺を英雄と呼んでくれた仲間の言葉に耳を塞ぎ、多くの仲間を破滅へと導いてしまった。それでも見捨てず止めようとしてくれた仲間がいた。俺は……本当に仲間に恵まれていた。それなのに俺は……」

「本当に何を言ってるんだ……?」

「今思えば俺はもともと英雄として相応しくなかったのかもしれない」 

 

 曹操は神滅具(ロンギヌス)に選ばれるだけあって英雄の資質を持っていると自負していた。周りの人間もそれを認め、曹操も英雄となることを望んでいた。

 人間界では武力で英雄と成れる時代ではなかったが、幸か不幸か人外勢力に目を向ければ神滅具(ロンギヌス)を持って英雄と呼ばれることは可能である。

 曹操は生まれ持った才能を活かし人外の被害者を救い続けた。そうしてるうちに仲間も増え、自分が救った人々が自分を英雄と呼んでくれるようになっていった。

 しかしそれで曹操は満足していなかった。それは自分が恋焦がれていた英雄像とは遠くかけ離れているものであったから。

 このままチマチマと被害者を救うことで自分は英雄となれるのか。本当に平和になってしまったら英雄となれる機会は来るのだろうか。そんなことを心の奥底で考えるようになっていった。

 曹操は英雄としての資質に恵まれていたが、素質には恵まれてるとは言い難かった。

 

「最期ぐらい夢に見た英雄のようにいたい」

「曹操、一体何を……!」

「英雄失格な俺を支えてくれてありがとう」

 

 そう言うと曹操はゲオルグを突き飛ばし自身は転移の魔法陣から出ていく。

 

「俺の体は魔法でまだ動き続けるだろう。だけど意識はここで終わりだ」

「曹操!!」

「さようなら。ありがとうと皆にも伝えてくれ」

 

 転移の魔法陣はゲオルグ一人だけを転移させ消えていった。

 

「赤龍帝のようには……期待すまい」

 

 意識が朦朧とする中で薄ら笑いに自嘲する。自分は赤龍帝のように時代に愛されていないと。

 しかし聖槍の先端が大きく開き、そこから莫大な光が輝く。

 

覇輝(トゥルース・イデア)……」

 

 アザゼルの話では、聖槍に込められたのは亡くなった聖書の神の遺志。

 ヴァーリ(いわ)く『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』と近くて遠い能力。

 呪文を唱えることなく発動したそれを見て曹操は目を見開き、絶句する。と、同時に少しばかり嬉しそうに微笑んだ。

 

「それがあなたの「意思」か。そうか俺はまだ――――選んでくれたことは身に余る光栄。しかし――大事な仲間を、これ以上俺に傷つけさせん……!!」

 

 聖槍を両手で握るとグッと手に力を籠め、最後の力を振り絞り聖槍を真ん中から折った。僅かに生き残る可能性を捨て去り、自ら神器を破壊し仲間を傷つける術を捨てて見せた。

 所有者の命と繋がる神器(セイクリッド・ギア)を破壊し自ら命を絶った。これ以上希望に囚われぬようにと。まだ自分に希望を見出してくれていた仲間に、見限らないでくれた「意思」に申し訳ない気持ちを胸一杯に抱えたまま完全に息を引き取った。


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