part A
「これより裏切り者『吉井明久』についての審議を始める」
「島田とは言え、よくも今まで一人だけいい思いをしてくれたな! 吉井!」
「俺たちがどんな思いで見ていたか、お前に分かるか!」
「貴様は我々の血の盟約に背いたのだ!」
「「「裏切り者に死の鉄槌を!」」」
「諸君、静粛に」
「「「失礼しました! 会長殿!」」」
「よろしい。ではまず罪状を――と言いたいところだが諸君も知っての通りだ。よって、本日はこの裏切り者の処刑方式について議論する」
暗幕で覆われた教室の一角。見慣れた光景。
僕、吉井明久は異端審問会『裁きの間』に吊し上げられている。
何故こんなことになっているのか。その理由は明白だ。
僕は去年から同じクラスの美波――『島田美波』と付き合っている。
それは剣道やフェンシングの試合なんて言うベタな誤解などではなく、正真正銘、彼氏彼女の関係として。
これがFFF団の掟に対する反逆行為なのだ。
きっかけは美波の告白……いや、僕が美波の部屋で写真を見たことだろうか。
美波はこんな僕を好きだと言ってくれた。
それを聞いた僕は悩んだ。僕自身、美波の想いに応えられる自信が無かったから。
悩んで、悩んで、悩み抜き、そしてあのデートの翌日。自分の本当の気持ちに気付いた。
僕はその場で自分の気持ちを美波に伝えた。
以来、僕は美波と付き合っている。
でもそれは一ヶ月以上前のこと。
この間、僕がFFF団に捕まるようなヘマをやらかしたことはない。
それは僕が彼らの動きに細心の注意を払っていたことに加え、美波が睨みを利かせていたからだ。
今、僕は全身を縄でぐるぐる巻きにされ、みの虫の如く天井から吊るされている。
更に『さるぐつわ』で口を封じられ、まさに手も足も出ない状態だ。
いつもならこんなドジを踏んだりはしない。
でも今日の僕の注意力は最低だった。
……僕は美波と喧嘩をしている。
そのことで頭が一杯でFFF団の接近に気付けなかった。
今もこうして裁きに掛けられているのに、頭に浮かぶのは美波との喧嘩のことだけだ。
「────! ────!!」
須川くんたちFFF団が何か言い争いをしている。
僕の処刑方法について意見が割れているのだろう。
でも今の僕にとって、そんなことはどうでもよかった。
ハァ……。
塞がれている口からため息が漏れる。昨日から何度こんな息を吐いただろう。
「「「異議無し!」」」
「よろしい。では第二案を採用とする」
どうやら僕の刑が確定したようだ。
もうどうでもいいや……好きにしてくれ。
ふと教室の隅に目をやると、雄二が退屈そうにこの様子を眺めていた。
ムッツリーニも興味無いといった感じで、いつも通りカメラの手入れに精を出している。
「あ、あの、止めないと明久君が……」
「むぅ。確かにワシも少々やり過ぎと思うのじゃが……。雄二よ。放っておいて良いのか? あのままでは本当に処刑されてしまうぞい?」
「あぁ? あいつなら自分でなんとかするだろ。放っておけよ」
「友達甲斐の無いやつじゃのう。じゃが今日の明久は何か様子がおかしいぞい? それに島田の様子もいつもと違うようじゃ」
「美波ちゃん、止めなくていいんですか? 明久君が……」
「い、いいのよ! アキなんか須川にやられちゃえばいいんだわ!」
「美波ちゃん……」
「ふんっ!」
姫路さんたちの会話が耳に入ってくる。
美波はまだ怒っているようだ。
「なんだ島田、お前あのバカと喧嘩してるのか?」
「坂本には関係ないでしょ!」
「ま、そりゃそうだな」
「やれやれ。困った連中じゃのう」
朝になれば機嫌が直っているかもしれない。僅かにそんな期待を抱いていた。
でもここから見える美波はいつもの吊り目を更に吊り上げ、怒りをあらわにしている。
あの様子では昨日から状況は変わっていないだろう。
そうして眺めているうちに僕は縛り上げられたままFFF団に抱え上げられ、いずこかへと運び出されようとしていた。
「……もういいです! 私ひとりでも助けに行きます!」
「ま、待つのじゃ姫路よ! お主ひとりでは危険じゃ!」
視界の横に姫路さんが険しい顔をしてこちらに近づいてくるのが見える。
その後ろからは慌てて引き止めようとしている秀吉の姿もあった。
「あ、あのっ! 皆さん!」
「「「あぁ?」」」
姫路さんの声にFFF団全員が振り向く。
その異様な出で立ちに姫路さんが一瞬、たじろいだ。
でも姫路さんはすぐに勢いを取り戻し、眉を吊り上げて凛とした声を張り上げた。
「こ……こんなこといけないと思います! どうして明久君ばかり――――」
ガラッ
「授業を始める。全員席に着け」
姫路さんが言い始めるのとほぼ同時に教室の扉が開き、野太い男性教師の声が響き渡った。鉄人こと西村先生だ。
きっと見慣れているのだろう。
鉄人は暗幕が引かれたこの一角の異様な光景に物怖じもせず教壇へと踏み進む。
「なんだ姫路、今日はお前も一戦交えているのか? あまりこいつらに関わるとバカがうつるから気をつけろよ」
相変わらずの言われようだ。だが否定できない。
「お前らもバカなことやっとらんで席に着け。欠席扱いにするぞ」
「チッ! 運のいい奴め」
「命拾いしたな吉井」
捨て台詞を吐いて去って行く須川君たちFFF団。
鉄人の登場により異端審問会議はその時点で解散となった。
が、僕だけは縛られたまま床に放置されていた。
「吉井。いい格好だな。そのまま授業を受けるか」
「……」
普段の僕なら鉄人の言葉に何らかの反論をしていただろう。でも今は口を開く気にならなかった。
もっとも、『さるぐつわ』を口に巻かれたままだったから何か言ったところで言葉にはならなかっただろうけど。
「なんだ、今日は反抗しないのか? 少しは心を入れ替えたか。誰か、吉井を解いてやれ」
「「「……」」」
鉄人の言葉に反応する者はいない。
──ただ一人、姫路さんを除いて。
「明久君、今解きますからね」
姫路さんは心配そうな顔を見せながら僕に巻き付けられた縄を解き始めた。
だが縄は固く結ばれ、姫路さんの力ではなかなか解けないようだ。
それでも姫路さんは懸命に力を入れているようだった。
「姫路よ、ワシも手伝うぞい」
姫路さんの苦戦を見かねてか、秀吉も一緒に縄を解き始める。
そうして僕はようやく解放された。
「明久君、大丈夫ですか?」
「ひとまず席に戻るのじゃ」
解放された僕は二人に支えられ、重い足取りで席に向かう。
その途中、美波の寂しそうな表情が目に入った。
でも目を逸らしていて、僕が近付いてもこちらを見てくれない。
僕も目を向けることなく席に座った。
「授業を始める前に言っておく。試験も終わって本来なら今日も休みのはずだ。それが何故こうして連日補習授業を受けなければならないか分かるか」
鉄人の問いに誰ひとりとして答える者はいなかった。
それは誰もが知っているからだ。原因が自分たちにあり、そのせいで鉄人に休日出勤を強いていることを。
「お前らだってこんな日に勉強などしたくないだろう。だがこれはお前らが普段の授業を邪魔した結果だ。補習が嫌なら今後、授業の邪魔をするな。いいな。じゃあ始めるぞ。まずは英語からだ」
鉄人の前置きが終わり、全員が教科書を開く。
鉄人の言う通り、本来ならば今日は休み。
でもFクラスだけは授業だ。
Fクラスは他のクラスに比べて授業の進みが遅い。
その遅れを取り戻すため、今日もこうしてFクラス全員が集められて授業を行なっている。
この期間中、ほとんどの先生は休みだ。そのため補習授業はすべて鉄人が担当するらしい。
重圧な声が教室に響く。相変わらず鉄人の授業は威圧的だ。
私語を発する者もなく、全員が真面目に授業を受けているように見える。
だがちゃんと話を聞いているのは極少数だ。かく言う僕も鉄人の声は耳に入っていなかった。
それは当然、美波との喧嘩の件が頭から離れなくて。
今、隣では美波が座って授業を受けている。
横目に視線を送ってみると、美波は鉄人の授業を真面目に受けているようだった。
美波は気にならないのかな……。
こんなに悩んでいるのは僕だけなんだろうか……。
そんな考えばかりが頭を巡り、時間が過ぎていった。
☆
「では十分間の休憩を取る」
気付けば一時間目の授業が終わっていた。
鉄人が教壇を降り、教室を出ようと扉に手を掛ける。
「あぁ、それとな」
手を掛けたまま振り向く鉄人。その声に教室内のざわめきが一気に静まる。
そして鉄人は周囲を見渡しながら、
「次の授業に来なかった者がいる場合は全員で追加補習をするからそのつもりでいろ」
と、脅し文句を残して去って行った。
追加補習か……。それは勘弁してほしい。今はそれどころじゃないし……。
周囲からも様々な愚痴が聞こえてくる。
補習授業も今日で四日目だ。嫌気が差してサボろうとする者もいたのだろう。
できるなら僕だって授業なんか投げ出して美波と仲直りする方法を考えたいさ……。
そんなことを考えていたら、一つの大きな影が僕の前に現れた。
「お前が寝ないで授業を受けるなんて珍しいじゃねえか」
雄二が僕のちゃぶ台の前に座り、話しかけてくる。
「別にいいだろ。僕だって真面目になる時くらいあるさ」
「なんだ、ご機嫌斜めだな」
雄二がニヤけながら、からかうように言う。
きっと僕の反応を楽しんでいるのだろう。
いつもなら多少なりとも言い返していたところだが、今はそんな気分ではない。
「うるさいな。ほっといてくれよ」
僕がそう言い放つと、雄二は『つまらない反応だ』と言わんばかりの表情を見せた。
「明久よ。どうしたのじゃ? 須川に捕まるなぞ、お主らしくないではないか」
そこへ秀吉もやってきて僕の様子を伺う。
秀吉が気に掛けてくれるのは嬉しい。けど正直、今は放っておいてほしい……。
「ごめん秀吉。今は一人にしてくれないか」
僕が会話を拒むと、いつもポーカーフェイスの秀吉が珍しく寂しそうな表情を見せたような気がした。
「……そうかの……」
そう言って秀吉は背を向けると、席に戻って行った。
気付けば前にいた雄二もいつの間にか自分の席に戻っていた。
……ハァ……。
周りが静かになり、またため息をつく。
ふと隣の席を見ると、美波の姿は無かった。
……どうしてこんなことになってしまったんだろう。
あの時……僕は何か間違ったことをしたのかな……。