バカと喧嘩と言えない秘密   作:mos

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part L

「では授業を始める! この科目で補習授業は最後だ。皆、最後まで気を抜くなよ」

 

 教室にはFクラス全員が揃っている。

 後ろの雄二に視線を送ると、あいつは窓の外を眺めていた。

 いつものように、つまらなそうな顔をして。

 隣では美波が鉄人の授業に耳を傾けている。

 

 ……今度は失敗できない。

 もし次にちゃんと話が出来なければ本当におしまいだ。

 

 美波は僕の視線に気付くと、一瞬辛そうな目をして、顔を逸らした。

 

 ……

 

 でも……。

 

 話すって言っても、なんて話せばいいのかな。

 変な話し方をしたらまた怒らせちゃうだけだし……。

 

 ……それに……。

 

 またあの久保君と楽しそうに話していた光景が脳裏を過る。

 

 僕は……。

 

「──吉井、どうした。その顔は」

 

 気付くといつの間にか目の前に鉄人が立っていた。

 どうやらアザになっている頬を見られてしまったようだ。

 

 まずい。鉄人はきっとこの理由を問い詰めてくるだろう。

 もし雄二と殴り合ったことがバレれば指導室送りは確実だ。

 そうなれば美波と話す機会も失ってしまう。

 

「……柱にぶつけました」

 

 僕は鉄人の指摘に嘘で答えた。

 

「嘘を言うな。どう見てもそれは──」

「ぼんやり歩いていて柱にぶつかりました」

 

 今ここで捕まるわけにはいかない。

 どうあってもこの嘘を押し通す!

 

「……」

 

 鉄人は刺すような視線を僕に送る。

 僕も負けじと鉄人を睨み返した。

 

 クラス内の皆はこの様子を静かに見守っている。

 妙な緊張感が教室内を満たしていた。

 その中心で僕と鉄人は睨み合う。

 

 程なくして、鉄人は顔をしかめたまま、スッと背を向けた。

 そして、

 

「後でちゃんと手当てしておけよ」

 

 とだけ言うと、教壇へと戻って行った。

 助かったのか? よかった……。

 

 ほっと安堵の息を漏らすと、急に誰かの強い視線を感じた。

 その方向に目を向けてみると、慌てて顔を伏せるポニーテールの髪が見えた。

 

 ……とにかく美波と話す機会だけは失っちゃいけない。

 この授業だけは大人しく聞いておこう。

 

 

 

      ☆

 

 

 

「ではこれで補習授業を終わる! 休み中くれぐれも事故を起こすなよ。新学期、全員元気に出席するように! 以上だ!」

「「っしゃぁぁ! 休みじゃー!!」」

 

 四日間に及ぶ長かった補習授業が終わった。

 明日から冬休みだ。

 教室内からは歓喜の声が湧き上がる。

 

 静かだった教室は一気に賑やかな話し声で満たされた。

 休みの間の予定を話し合っている人もいれば、さっさと帰る者もいる。

 でも僕はまだ席に座ったまま、どうするか悩んでいた。

 

 明日から休みに入ってしまう。

 このまま冬休みに突入してしまえば美波と顔を合わせる機会も減ってしまう。

 そうなればますます話し辛くなってしまうだろう。

 

 今、話しておかないと……。

 

 ……

 

 でも……。

 

「明久よ。ちょっと良いかの」

「……秀吉?」

 

 考え込んでいたら、秀吉が僕の顔を覗き込むように話し掛けてきた。

 

「少し話でもせんか?」

「え? でも──」

「いいから来るのじゃ!」

「えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ秀吉!」

 

 珍しく強引な秀吉。

 秀吉は僕の腕を引っ張って教室から出ようとする。

 

 まずい。このまま出てしまったら美波が帰ってしまう。

 と美波の席を見ると、そこに彼女の姿は無かった。

 でも鞄がまだ置いてある。

 

 きっとまだ校舎内にいるのだろう。

 それなら秀吉の話をさっさと聞いて──

 

 ……

 

 僕に話ができるのか? 美波と……。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 悩んでいるうちに僕は屋上に連れ出されてしまった。

 屋上には冷たい北風が吹き抜けている。

 秀吉は風を避けるように物置の陰に座ると、僕も座るように言ってきた。

 僕はその言葉に従った。

 

「単刀直入に聞くぞい。お主、島田と喧嘩をしておるのじゃな?」

「っ! ……それは……」

「何故こんなことになっておるのじゃ? お主ら、あれほど仲が良かったではないか」

「……」

 

 僕は秀吉の問いに答えられなかった。

 無言で両膝を抱え、目を逸らした。

 

「お主が余計なことでも言ったのかの?」

「……分からないけど……多分そうだと思う……」

「ふむ……」

 

 何故こんなことになってしまったのか、僕にも分からない。

 昼休みの時、何故あんなことを言ってしまったのかも……。

 

「明久よ。ワシは演劇に全てを捧げておる。それは知っておるな?」

「うん」

「稽古の場でワシは色々な台本を読んできた。じゃが、それらを読んでいて一つ思ったことがあるのじゃ」

「……?」

「物語は大きく分類するとフィクションとノンフィクションの二つじゃが、細かく分類すればその種類は多彩じゃ。悲しい悲劇。笑いを取る喜劇。中には恋物語もあるぞい」

 

 なんだ? 秀吉は何を言ってるんだ?

 

「じゃが、それら物語の人物を演じる上で総じて言えることがあるのじゃ。何か分かるかの?」

 

 質問の答えが分からないというか、何故こんな話をするのかが分からない。

 僕は黙って首を横に振った。

 秀吉はその返事を待っていたかのようにフッと笑みを浮かべると、嬉しそうに語り出した。

 

「演劇とはその役になりきることが重要なのじゃ。その人物になって、思い、行動するのじゃ。故にその者の思想や性格を把握する必要があるのじゃ。じゃから、ワシは役が決まればその者の性格をよく調べるようにしておるのじゃ」

 

 なんか不思議だな……。

 秀吉が演劇のことを僕に話すなんて今までほとんど無かったことだ。

 それにこんなに楽しそうに話をする秀吉は珍しい。

 本当に演劇が好きなんだな……。

 

 でもなんで唐突にこんな話をしだしたんだろう?

 

「何故このような話をするのか分からない。と言った顔じゃな」

「あっ……い、いや、そんなことは無いよ?」

「否定せずともよい。顔に出ておるぞ?」

 

 僕の顔ってそんなに物を言ってるのかな。鉄人もそんなこと言ってたし……。

 

「まぁ聞くのじゃ。もう一つ、演劇には大事なことがあるのじゃ」

「う、うん」

「演劇とは言葉の掛け合いなのじゃ。自分の台詞が終われば役目が終わるわけではない。演じる者すべてが言葉を掛け合う。それが物語を作り出すのじゃ。分かるかの?」

「うん。なんとなくだけど……」

「台詞にはその者の主張が込められておる。それを言葉にしてぶつけ合うのじゃ。互いの主張がぶつかり合い、時としてそれは(いくさ)に発展することもある。じゃがの、言葉を通じて相手の気持ちを知ることも出来るのじゃ」

「言葉……」

「んむ。結局のところ今も昔も変わらぬ。大切なのは言葉を掛け合い、相手の気持ちになって考えることじゃと、ワシは思うのじゃ」

 

 秀吉は冬空を見上げながら満足げな表情を見せていた。

 僕をここに連れ出したのはこれを伝えたかったからなんだろうか。

 

 ……

 

 相手の……美波の気持ち……。

 

 あの時、美波を手伝いたい一心で勉強会の話を持ち掛けたけど……。

 迷惑に思ってたのかな……。

 

 美波の目に僕はどう映ってるんだろう。

 僕は得意なことは特に無いし、頭も悪い。

 日頃の勉強だって美波の足を引っ張ってばかりだ。

 そんな日々の鬱憤(うっぷん)が溜まっていたから怒ったのかな……。

 

「……ねぇ秀吉。さっき性格をよく調べるって言ってたよね」

「んむ」

「それって人を見る目があるってことだよね?」

「そういうことになるかの?」

「じゃあさ、秀吉から見て僕ってどうなのかな」

「んむ? なんじゃ。ワシにそれを言ってほしいのか?」

 

 秀吉は僕のことをどう思ってるのか。

 それが分かれば僕の何が悪かったのか分かるかもしれない。

 

「そうじゃな……。ワシから見たお主の人物像は……」

「うん」

「バカじゃな」

「…………」

 

 聞くんじゃなかった……。

 

「まぁそう落ち込むでない」

「……どうせ僕はバカだよ……」

「じゃが世辞を聞きたかったわけでもあるまい?」

「それはそうだけどさ……」

「早まるでない。バカはバカでもお主の場合は良い方のバカじゃ」

「なんだよそれ……」

「一途に取り組むことを『バカ』と言うじゃろう? バカ真面目やバカ正直といったように使うアレじゃ」

「……それって、誉められてるのかな」

「んむ。お主はバカが付くほど真っ直ぐで正直だったはずじゃ。じゃが、今のお主にはそれが無いのじゃ。一体何処へ落としてきたのじゃろうな」

「……」

「……のぅ明久よ。ワシはお主と島田の関係を羨ましく思っておったのじゃ」

「え……? 秀吉が?」

「勘違いするでないぞ? 別にお主と恋仲になりたいと言っておるわけではない」

「じゃあ……美波と?」

「何を言っておる。島田がお主以外の者になびくわけがなかろう」

「……」

 

 またあのAクラス前での光景が頭に浮かんだ。

 

 そんなこと……無いんじゃないかな……。

 

「ワシが言っておるのはそういう意味ではない。お主らの何でも遠慮無く話せる関係が羨ましいのじゃ」

「え……?」

「……ワシにはそこまでの関係の者はおらぬからの」

 

 秀吉が寂しそうな目をしながら呟く様に言う。

 そんな……! 秀吉にとって僕は遠慮するような相手だって言うのか!?

 

「そっ! そんなことないよ! 秀吉は僕に何でも話してくれればいいじゃないか!」

「……そうじゃな。これからはそうさせてもらうぞい。じゃが──」

「?」

「……どんなに親しい友でも話せないことの一つや二つ、あるのではないかの」

 

 どんなに……親しくても……?

 

「ところで明久よ、お主はどうしたいのじゃ?」

「? 何が?」

「島田のことに決まっておろう。お主、このままあやつと疎遠になりたいのか? それとも元どおり仲を取り直したいのか?」

「……」

「どちらにせよ、すべてはお主次第じゃ。お主自身で考えねばならぬ」

「うん……」

「さて、ワシはそろそろ帰るとするかの」

 

 そう言うと秀吉はゆっくりと立ち上がり、いつもの澄ました顔で歩き出した。

 その後ろ姿をぼんやりと見送っていると、

 

「しっかりの。明久よ」

 

 と言いながら背を向けたまま手を振り、校舎に戻っていった。

 

 ……

 

 秀吉……僕に頑張れって言いたかったのかな。

 




今回、秀吉に演劇について語ってもらいました。
僕は演劇関係者ではないため、これらは自分で調べたことと持論を総合した内容になっています。

もしこの語りに違和感もしくは間違いなどありましたら、感想でご指摘いただければ幸いです。
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