秀吉が帰った後、僕は独り屋上で考えた。
どうしたいかって……そりゃ仲直りしたいさ。
また美波のあの笑顔を見せてほしいよ。
でもどうしたらいいのか分からないんだよ……。
僕の何がいけなかったんだろう。
確かに強く言い過ぎたのはあると思うけど……。
あんなに怒ったんだからそれだけじゃないよね……。
……
相手の気持ちになって……か。
あの時、僕は美波の気持ちを分かってなかったのかな。
……もう一度最初から考えてみるか。そうすれば何か分かるかもしれない。
えっと──
美波の様子がおかしいことに気付いたのは四日前。ちょうど補習授業が始まった頃だ。
あの日から美波は酷く眠そうにしていた。
それが次の日も続いて……その夜に葉月ちゃんが電話してきたんだ。
美波が徹夜で勉強しているから助けてほしいと。
すぐに美波に話を聞こうと思ったらその日はもう寝ていて……。
それで昨日、姫路さんにこの話をして手伝ってもらおうとしたら美波が断って……。
それで……。
『──アキのバカっ!! ウチの気も知らないで!』
美波……泣いてたな……。僕のせいだ。
もう二度と悲しませないって心に誓ったのに……。
『──皆で一緒にやろうって言ってるんだよ!』
『──だから今はできないのよ!』
できない……か。
どうして理由を言ってくれないんだろう。
今まで何でも気兼無く話してくれたのに……。
──── 話せないことの一つや二つ、あるのではないかの ────
そうかもしれないけどさ……。やっぱり寂しいよ。
せっかく姫路さんも協力するって言ってくれたのに……。
ん? ……あれ? 待てよ?
そういえば……。
『──今回はダメなのよ』
今回は?
そうだ。確かに『今回は』と言っていた。どういうことだ?
それじゃあ今回だけは姫路さんにも協力できないものだということなのか?
……いや、ただの言葉の綾という可能性もあるか。
達者になったとはいえ、まだ美波の日本語はおかしい時もあるし。
他に何か見落としていることは無いだろうか? 他に何か……。
……
いや。やっぱり違う。言い間違いや言葉の綾なんかじゃない。
だってあの時、姫路さんにも同じことを言っていたじゃないか。
やっぱり今回に限って何か理由があるんだ。
!
そうか……。
『──私じゃダメな理由があると思うんです』
姫路さんはあの時、美波の言ったことをちゃんと聞いていて、その意味を理解していたんだ。
聞いていなかったのは僕だけなんだ……。
そうか……そうだったのか……!
美波は姫路さんにも手伝えない何かを勉強しているんだ。
それが稽古事なのかそれとも別のことなのかは分からない。
ただ、美波にとってそれはどうしても言えないことなんだ。
でも僕はそれを聞き出そうと必死だった。
どうしても言えないことに対して強く問い詰めてしまったんだ。
きっとそれが美波を追い詰めてしまっていたんだ……!
くそっ! 僕はなんてバカだったんだ!!
美波のためを思っているつもりで逆に苦しめていたんじゃないか!!
──美波っ!!
僕は何かに弾かれたように立ち上がり、校舎への入り口に飛び込んだ。
教室を出てから何分経っただろう。もう美波は帰ってしまっただろうか。
走って追えば今ならまだ間に合うかもしれない──!
美波の後ろ姿を頭に思い浮かべながら、僕は全力で走った。
階段を飛び降り、壁にぶつかりそうになっても足を緩めず走った。
美波が何故理由を話してくれないのか、それはまだ分からない。
久保君と楽しそうに話していたことについても分からない。
でも今はそんなことはどうでもいい。
とにかく美波に会いたい。会って話がしたい。
そして……。
──── 謝りたい ────
ただ純粋に、そう思った。
その衝動が僕を突き動かした。
僕は転がるように三階に降り、Fクラスの扉を外さんばかりの勢いで開ける。
するとそこに残っていた数人の生徒が一斉にこちらを向いた。
彼らの視線を一身に浴びながら美波の席を見る。
──いない。でも鞄が置いてある。
鞄があるということはまだ校内にいるんだ。捜さなくちゃ!
急いで体を反転させて教室を出る僕。
どこだ! どこを探せばいい!? えぇい! とにかく手当たり次第に──!
僕は廊下を走った。ただひたすら美波の姿を捜して。
Aクラス……霧島さんはいない。僕らの授業が終わったから雄二に会っているのだろう。
反対側のBクラスにもいない。どこだ……! どこにいるんだ!
い、いや待て。落ち着くんだ。
ただ闇雲に捜してもすれ違ってしまう可能性もある。
焦るな……。落ち着いて考えるんだ。
えぇと……この数日間、三階は何度も探したけど見つからなかった。
つまり、いるとすれば他の階ということになる。
Fクラス以外で見かけたのは霧島さんと久保君。それに鉄人と高橋先生だ。
これ以外の人は一切見ていない。
ということは、三階以外の人のいない教室には恐らく鍵がかかっているだろう。
そうなると残るは職員室か部活用の部室……一階か?
よし、とにかく行ってみよう!
僕はすぐ横の階段へ飛び込み、駆け降りた。
転びそうになりながら二階へ駆け降り、そのまま一階への階段に入る。
そして踊り場を曲がろうとした時、
ガンッ!
という激しい衝撃を額に受け、思わず尻もちをついた。
「いっっててぇ……また頭かよ……もう勘弁してよ……」
「…………急に飛び出すな」
ん? この声は……?
ジンジンと痛む額を押さえながら片目を開くと、僕と同じように尻もちをついて額を押さえているムッツリーニが見えた。
今ぶつかったのはムッツリーニの石頭だったのか。
「ご、ごめん! ムッツリーニ! ちょっと今急いでて!」
「…………トイレか」
「い、いやそうじゃなくて──って、そうだ! ムッツリーニ! 美波を見なかった!?」
「…………島田?」
「そうなんだ! 鞄があるからまだ校内にいると思うんだ! もし見かけていたら場所を教えてくれ!」
「…………」
僕が問うとムッツリーニは顎に手を当てて何かを考え出した。
い、急ぐんだけどな……。
「知らないならいいんだ! 自分で捜すからさ!」
そう言って階段を降りようとすると、
「…………旧校舎の屋上」
後ろからムッツリーニが答えた。
旧校舎の屋上だって? おかしいな。僕はそこから来たんだけど……。
入れ違いになったということか? くそっ! なんてことだ!
「分かった! ありがとうムッツリーニ!」
僕は二階に戻り、廊下を走った。
まず旧校舎へ。そして美波のいる屋上目指して。
ところが途中の渡り廊下に差しかかった所で──
えっ!?
校庭側の窓に映ったものに驚き、僕は足を止めた。
あれって──美波じゃないのか!?
窓に張り付いてよく見ると、ポニーテールに黄色いリボンの見慣れた後ろ姿が見える。
間違い無い。あれは美波だ。
キョロキョロと辺りを見渡し、何かを探しているようだ。
どういうことなんだ? ムッツリーニは屋上で見たって……。
いや、そんなこと今はどうでもいい!
とにかくあそこに美波がいるんだ!
僕は窓を開け、校庭に向かって叫んだ。
「美波!!」
美波は僕の声に気付き、こちらを見上げて返事をする。
『アキ!』
こんな所で叫んだらFFF団に聞かれてしまうかもしれない。
一瞬そう思ったが、それでも僕は声を張り上げた。
「話したいことがあるんだ! 聞いてくれるかい!」
『うん! ウチも話したいことがあるの!』
「わかった! 今そっちに行く!」
『うん!』
美波は頷くと、方向転換して校舎に向かって走り出した。
よしっ! 急ごう!
僕はまた新校舎側へ戻り、一階を目指して駆け降りた。
駆け降りながら、あいつの残していった言葉の意味を理解した。
──雄二。分かったよ。僕のやるべきこと。
僕は臆病になっていたんだ。
恐かったんだ。美波を失うことが。
失いたくない……世界中で一番大切な存在だから。
僕は失敗してしまった。美波を泣かせてしまった。
だからまた失敗することを恐れて、話すことすらできなくなっていたんだ。
でもそれじゃいけなかったんだ。
僕のやるべきこと。それはあれこれ悩むことや、後悔することなんかじゃない。
素直に謝ることだったんだ……!