そして一階。新校舎の昇降口に着いた僕はやっと美波に会え────なかった。
そこに美波の姿は無く、辺りはシンと静まり返っていた。
ガラス扉の向こうにも人影は無かった。
おかしいな。確かに美波は真っ直ぐここに向かっていたはず。
どうしていないんだろう? どこかに隠れて僕を驚かせようとしているのか?
いや……それはありえないか。まだ怒ってるだろうし……。
それじゃあ……やっぱり会ってくれないってことなのかな……。
そう思ったら、急に寂しさが込み上げてきてしまった。
一応外も捜してみるか。いないと思うけど……。
と、肩を落としながらガラス扉を押すと──?
開かない。
ガラス扉だから重いのかと思って力を入れてみたが、それでもビクともしない。
もちろん引き戸だったなんて勘違いでもない。
どうやら扉がロックされているようだ。
今日はここは開けていないのか。
そうか! ここが入れないから旧校舎側の昇降口に向かったのか!
さっきも美波は話したいって言ってた。やっぱり会うのが嫌だったわけじゃないんだ!
僕は急いで体を反転させ、旧校舎へと走った。
廊下に差し掛かるとすぐに髪を振り乱しながら走ってくる女の子の姿が目に入ってくる。
美波だ。やっぱり旧校舎に向かっていたんだ!
廊下を走り、互いに駆け寄る僕と美波。
──そして職員室前。
僕はようやく美波と対面することができた。
きっと全力で走って来たのだろう。目の前の美波は息を切らせ、肩で息をしている。
「ア、アキ、あの……」
先に口を開いたのは美波だった。
しかし美波はこれだけ言うと、口を
「美波……」
僕も重い口をなんとか開いたものの、いざ面と向かって話そうとすると言葉が続かない。
きっと美波はまだ怒ってる。謝っても許してくれないかもしれない。
許してくれなかったら僕はどうしたらいいのか……。
そんな恐怖が僕の全身を硬直させる。
「「…………」」
互いに俯き、向き合ったまま沈黙する僕と美波。
……しっかりしろ吉井明久! さっきの決意はどうしたんだ!
謝るんだ! 許してもらえなければ許してもらえるまで謝るんだ!
それが僕のやるべきことなんだ!
僕は意を決して勢い良く頭を下げた。
そして背筋を伸ばし、腰を曲げ、ありったけの気持ちを込めて謝った。
「「ごめんなさい!!」」
!?
「「えっ?」」
僕たちは同時に謝り、そして同時に驚いた。
何? どういうこと!? なんで美波が謝ってるの!?
予想外の出来事に驚き思わず頭を上げると、美波も目を丸くして驚きの表情を見せていた。
「あ……いや、ぼ、僕が悪かった。ホントにごめん」
「えっ? あっ……ううん。ウチが悪かったわ」
「いや、違うよ。悪いのは僕の方だよ」
「違うわ! ウチよ!」
「そんなことはない! 美波の都合を考えずに勝手に姫路さんにお願いした僕が悪かったんだ!」
「それはウチがちゃんと説明しなかったからよ! だから悪いのはウチの方なの!」
言い合ううちに興奮してきて、次第に声が大きくなる僕と美波。
「いいや! 絶対に僕の方が悪かった! 昼休みの時だって素直に謝ればよかったのに喧嘩腰になっちゃったんだから!」
「それはウチだって同じよ! 変に意地を張って謝れなかったんだから!」
「そうだとしても僕が悪かったことには変わりないよ! だから僕の方が謝るべきなんだ!」
「だから違うって言ってるでしょ! もうっ! どうして分からないのよ!」
どちらも譲らず、互いの主張は平行線を辿った。
「「う~~っ!」」
ひとしきり言い合った後、僕たちは唸りながら睨み合う。
……
おかしい。僕の思っていた展開と違う。
予想では美波は目を吊り上げて怒っていて。
僕が土下座して謝って。
それに対して美波は『どうしても許してほしいなら』と何かを条件に出してきて……。
という展開だったのに。
それなのに……なんだろう。
なんでお互い謝りながら怒鳴り合ってるんだろう。
……
けど……。
「ぷ……はは」
「ふふ……」
喧嘩とは……昼休みの時とは違う。
言い争っているけど、心地良い。
「変なの。どうしてウチら怒鳴り合ってるのかしらね」
美波がクスクスと肩を揺らして笑い始める。
「ホントだね」
僕もおかしくなってきて、思わず笑みが溢れる。
よく分からないけど、美波は怒ってないみたいだ。
それどころか自分が悪いと思っているようだ。
何故だろう? 昼休みに会った時はあんなに怒っていたのに。
考えてみても思い当たることなんてまるで無い。何がなんだかさっぱりだ。
ただ、一つ言えることがある。それは、美波はもう怒っていないってこと。それだけは確かだ。
そうは言っても、今回悪かったのは確実に僕の方だ。
美波の都合を考えずに勝手なことをして苦しめてしまったんだ。だからやっぱり僕は謝るべきなんだ。
でもこの様子だといくら謝っても受け入れてくれそうには無いな。
どうしたら受け入れてくれるだろう?
と考えはじめると、その方法はすぐに思いついた。
「じゃあ、こうしよう」
「? こう、って?」
「まず、美波が悪かった」
「なっ!? た、確かにそう言ったけど……改めて言われるとやっぱり腹が立つわね」
「そして僕も悪かった」
「えっ?」
「お互い悪かった。だからお互い謝った。それじゃダメかな」
「……ううん」
どちらが悪かったなんて決める必要なんてない。
お互いが悪いと思ったからお互いに謝った。それでいいんだ。
「じゃあ、僕を許してくれる?」
「許すも何もウチが悪か……ううん。何でもない」
この時、美波の激しく吊り上がっていた目はいつの間にか優しく緩んでいた。
「ごめんね」
僕はもう一度、心を込めて謝った。
「ううん。ウチの方こそ……ごめんねアキ」
美波は目を細めてそう言うと、素敵な笑顔を見せてくれた。
あぁ、やっと……やっとだ。やっと仲直りできた。
昨日喧嘩してからずっと辛くて堪らなかった。
よく『何も手につかない』なんて言うけど、今回初めてそれがどういう状態か分かった。
こんな思いはもう懲り懲りだ。二度とこんなことは繰り返さないぞ!
って……前にも美波を悲しませないって誓ったんだった。
結局僕は繰り返しちゃったんだな……。やっぱり僕は成長してないのかな……。
……今度こそ絶対に繰り返さないようにしなくちゃ。絶対に!
それから、何か償いをしないといけないな。
何か美波が喜ぶような──って……。
「な、何? どうしたの美波?」
気付くと美波は僕の顔をじっと見つめていた。
「……ねぇアキ、一つ聞いていい?」
「う、うん」
何だろう。凄く真剣な目をしている。
ま、まさかケジメに一発殴らせろとか言うんじゃ──!?
「そのアザ、ホントに柱にぶつけたの?」
「へっ?」
アザ? アザって……あ。
そうか。雄二に殴られた所がアザになってまだ残ってるのか。
「えっと……これは──」
雄二にやられたなんてかっこ悪くて言えないよな……。
「そ、そうだよ! 柱にぶつけたんだ!」
「嘘でしょ。ホントのこと教えなさいよ」
僕の嘘をあっさり見破り、美波が疑いの眼差しを向ける。
「ほ、ホントだよ!」
「柱でそんなアザができるわけないじゃない。誰かに殴られたんでしょ?」
「う……」
ダメだ。誤魔化せそうにないや……。
「嘘ついてごめん……ホントは雄二に殴られたんだ」
「やっぱり……。でもどうして殴られたりしたの?」
「それは……」
言葉でそう言われたわけじゃないけど……こう言いたかったんだろ? 雄二。
「美波に謝ってこいって、さ」
「えっ? そうなの?」
「うん。きっとね」
「ふ~ん……坂本がねぇ……」
美波がとても意外そうに言う。
確かに今考えると意外だな。いつもの雄二ならこんなことに首を突っ込んできたりしない。
なんで今回に限って口を出してきたんだろう?
そういえばあいつ昼休みの時に何かわめいてたっけ。
持ってるとか持ってないとか……。もう忘れてしまったな。
なんてことを考えていたら、
「まぁいいわ」
美波がそう言いながら右手を差し出してきた。
手? 仲直りの握手を求めているんだろうか?
それとも『お手』でもしろというのか?
「帰りましょ。それ、ウチが手当てしてあげるわ」
微笑みながら美波が言う。
……あぁ、そっか。
──── 一緒に歩く時は必ず手を繋ぐこと ────
「約束だったね」
美波との約束を思い出し、僕はその手を取った。
「うんっ」
美波は元気に、そして嬉しそうに返事をする。
僕たちは手を取り合いながら、足を踏み出した。
こうして僕と美波の喧嘩はようやく終息を迎えた。
の、だが……。
後編に続く