バカと喧嘩と言えない秘密   作:mos

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part C

 校庭を走り抜け、体育館横の脇道に入る僕と美波。

 よし、この植え込みの陰に──っと、その前に。

 

「美波はそこの植え込みの奥に隠れてて」

「アキはどうするの?」

「僕も隠れるよ。ただし囮を仕掛けてからね」

 

 体育館の傍らには茶色い箱がいくつか積み上げてある。ダンボールだ。

 中身は分からないけど、『廃棄』と書いてあるから廃品業者にでも引き取ってもらうのだろう。

 これがあるのは昼休みの時に見ていた。

 囮にはこのダンボールを使うのだ。

 

 僕は脇に置かれていたダンボールを乱暴に転がし、通路を塞いだ。

 妨害工作っぽくするため、壁に掛かっていた竹ホウキも適当に地面に放り出す。

 よし、自分も隠れないと。

 

 僕は美波の隠れている茂みに滑り込むように潜った。

 

(ねぇアキ、あんなのが囮になるの?)

(シッ! 静かに!)

 

 茂みに隠れると、すぐに数人の足音が聞こえてきた。

 清水さんたちが追いついて来たようだ。

 

「裏門から逃げるつもりですね? そうはさせません!」

「バカめ! 裏門は既に我らの同胞が確保している! 逃げ場は無いぜ!」

 

 僕たちが息を潜めている植え込みの前を清水さんたちの足が駆け抜けていく。

 地に伏せながら僕の心臓はドキドキと音を立てていた。

 

 今仕掛けた細工の目的はこうだ。

 ダンボールは膝くらいの高さで、簡単に飛び越えられるくらいの大きさだった。

 そこでこれを地面に転がし、進路妨害をしているように見せる。

 僕らが時間稼ぎの苦し紛れをして行ったように思わせるわけだ。

 普段ならどうか分からないけど、今の彼らならこんなものでも引っ掛かる可能性は高い。

 うまく全員が裏門に向かってくれれば作戦は成功。

 後はガラ空きになった正門から出てしまえば僕らの勝ちだ。

 だけど、もし隠れているのがバレるようならすぐに逃げないといけない。

 うまく引っ掛かってくれるといいんだけど……。

 

「ふん! この程度のバリケードで美春を止められると思っているのですか!」

 

 耳を澄ませていると清水さんの小馬鹿にした台詞が聞こえてきた。

 どうやら転がしたダンボール群を見て言っているようだ。

 

 頼む! 通り過ぎてくれ!

 この時、僕は珍しく天に祈った。

 

 その直後、

 

  パキャッ!

 

 と、乾いた音が辺りに響き渡った。

 

「っ────くぅぅ……」

 

 続いて痛みを堪えるような呻き声が聞こえてくる。

 今の音は何だ? 凄くいい音がしたけど……って、そうか。竹ホウキか。

 ついでに放り出したあれを清水さんが蹴飛ばしたんだな。

 ダンボールを飛び越えるのは想定していたけど、図らずもトラップになっていたようだ。

 まさかあんなものに引っ掛かるとは思わなかったな……。

 

「むきぃーっ! あンの豚野郎ぉぉ! 絶対に許しませんっ!!」

 

 清水さんが怒りの雄叫びを上げる。

 

「ぷ……」

「くく……」

 

 それと同時に押し殺すような笑い声も聞こえてくる。

 

「何がおかしいのです!! さっさとあの二人を追いなさいッ! さもなくばお前たちを先に始末します!!」

「お、おう……」

(なぁ、なんで俺たちが清水の命令に従わなくちゃいけないんだ?)

(俺が知るかよ。お前が清水に聞いてみろよ)

(ンなことできっかよ。俺はまだ死にたくねぇよ)

「何か言いましたかッ!!」

「な、何でもありませんっ! 皆、吉井を追うぞ!」

「「り、了解っ!」」

(島田より恐ぇ……)

(逆らうと何されるか分かんねぇな……)

 

 そんな会話とバタバタという足音を残し、清水さんとFFF団は走り去っていった。

 ふう……。なんとかやり過ごせたか。

 なんか無駄に清水さんの怒りを買ってしまったような気もするけど……。まぁ今更か。

 それにしても思ったよりFFF団の連中が冷静だったな。

 毎日のように僕と死闘を繰り広げて来たから、さすがに慣れてきたのだろうか。

 

(美春たち行ったみたいね)

 

 すぐ横で伏せたまま、美波が小声で話す。

 あいつらが通過していったとはいえ、まだ油断は禁物だ。

 もうちょっと遠ざかるまで、できるだけ声も抑えておこう。

 

(まずは一安心、かな)

(囮ってこういうことだったのね)

(うん。こんなに上手く行くとは思わなかったけどね)

(それでこれからどうするの?)

(あいつらがもう少し向こうに行くまで待つ。それで隙を見て正門から出よう)

(そういうこと……。それならそうと言ってくれればいいのに)

(ごめんごめん。話してる余裕が無くてさ。それに清水さんたちに聞かれちゃうかと思ってね)

(それもそうね。それにしてもよくあんな手思いつくわね)

(へへ……研究したからね。あいつらから逃げるためにさ)

(ホント、こういうことだけは頭が働くのね)

(こういうことだけってのは余計だよ。僕だって少しは成績上がってるんだよ?)

(そうなの? どれくらい?)

(どれくらいって言われても……点数なんて覚えてないよ)

(怪しいわね。ホントは見栄張っただけなんじゃないの?)

(ち、違うよ! ホントに点数伸びてるんだって!)

(まぁそういうことにしておいてあげるわ)

(嘘じゃないのに……)

(なんてね、冗談よ。アキの点数くらい知ってるわ。だって一緒に答え合わせしたじゃない)

(あ、そっか。そうだったね。あはは)

(ふふ……)

 

 植え込みの奥で僕たちは和やかな雰囲気に包まれる。

 美波はクスクスと肩を揺らしながら柔らかい笑顔を見せる。

 それはこの僕に向けられた、可愛くて、とっても素敵な笑顔。

 

 これが僕の彼女。

 

 僕はこんな美波と一緒にいるのが楽しくて、心地いいんだ。

 仲直りできて本当によかったな……。

 

(でもこれでウチらの……って──)

(うん?)

 

「あぁっ! ウチの鞄! 教室に置きっぱなし!」

 

 突然、体を起こして声をあげる美波。

 

(シーッ! 大声を出したら見つかっちゃうよ!)

 

 慌てて美波の体を押さえ、伏せさせる。

 

(そうだったわね……今の、聞かれちゃった……?)

(どうだろう……。ちょっと待って)

 

 僕は茂みからそっと頭を出し、清水さんの向かった先を確認してみた。

 裏門の辺りには僕たちを探しているFFF団の姿がある。

 でも今の声に気付いた様子は無いようだ。

 ……よかった。バレてないみたいだ。

 

(大丈夫。気付かれてないみたい)

(ホント? よかったぁ……)

(鞄は後で回収しようよ。今はとにかくこの勝負に勝たないと)

(でも遅くなったら教室に鍵をかけられちゃうわ)

(大丈夫だよ。もう少ししたら正門から脱出できそうなんだ。そうしたら僕たちの勝ちさ)

(ダメよ。美春が簡単に諦めるはずが無いじゃない。今までだってそうだったでしょ?)

(う……)

 

 ……確かにこの勝負に勝っても清水さんは引き下がらないかもしれない。

 

 今までも清水さんには何度も僕と美波の関係について言い聞かせて来た。

 でもいくら説明しても全然納得してくれなくて、僕たちはその都度逃げ回るしかなかった。

 そして彼女は今日もこの騒動を引き起こしている。

 

(そうだね……仕方ない。今日は鞄を諦めて、明日にでも当直の先生に事情を話して──)

(明日じゃダメなの! 今日じゃなきゃ意味が無いのよ!)

(そ、そんなこと言ったってさ……)

(やっぱりウチ取って来る!)

 

 そう言って慌てた様子で飛び出そうとする美波。

 まずい! 今出て行ったらすぐ見つかってしまう!

 

(ま、待ってよ美波! 今はまずいって!)

 

 と肩を押さえ制止するが、美波はそれを振りほどこうと必死に抵抗する。

 

(放してアキ! 早くしないと閉められちゃうじゃない!)

 

 暴れる美波は焦りの表情を見せている。

 この様子からすると余程大事なものが入っているのだろう。

 でも、だからと言って一人で取りに行かせるわけにもいかない。

 いくら美波の運動能力が高いと言っても清水さんとFFF団が相手ではさすがに無理がある。

 鞄を回収して逃げ切れる保証は無い。

 それならFFF団の扱いに慣れている僕の方がまだ動けるだろう。

 

(分かった。僕が取って来る)

(えっ?)

 

 僕がこう言うと、ようやく美波は暴れるのをやめてくれた。

 そして大きな目をぱちくりさせて僕を見つめる。

 

(美波はここに隠れていて。もし危なくなったら僕に構わず逃げるんだ。いいね?)

(そ、そんな、ウチの鞄なのに──)

(じゃあ行って来る!)

(あっ! ま、待ってアキ!)

 

 美波のことだ。きっと、どうしても自分で行くと言い張るだろう。

 でもそんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 そう思って僕は美波の制止を振り切って茂みから飛び出した。

 こうすることで美波が引かざるを得ない状況を作ったのだ。

 

『お、おい! あれ!』

『あっ! あの野郎どこに隠れてやがったんだ!』

『吉井発見! 吉井発見! 総員、ヤツを追え!』

 

 飛び出すとすぐに後ろの方から男子生徒たちの声が聞こえてきた。

 やはり見つかってしまったか。

 裏門付近でうろついていた全身黒ずくめの男たちが一斉にこちらに向かって走って来る。

 だがこれも思惑通りだ。

 なぜなら、あいつら全員が僕を追って来れば美波が安全になるからだ。

 

 よし、追って来い!

 

 と、後ろに目をやると……?

 

「アキっ!」

 

 すぐ後ろに、ポニーテールの髪を左右に揺らしながら走る女の子がいた。

 

「みっ、美波!?」

「ウチも行く!」

「ダメだよ! どうして付いて来たんだ! 隠れてろって言ったじゃないか!」

「待ちなさいこの豚野郎ッ!! よくもあんな姑息な手を! お前だけはこの手で八つ裂きにしてやらないと気が済みません!!」

 

 美波が答えるよりも先に清水さんの怒号が響き渡る。

 さっきのトラップに引っ掛かったのを怒っているようだ。

 だがあんなことを言われて待てるわけがない!

 

 僕たちは校舎に向かって全力で走る。

 

「お姉様! 今、美春がお救いいたします! そこの豚野郎! お姉様から離れなさい! お前のような奴はお姉様に相応(ふさわ)しくありません! お姉様には美春の愛が必要なのです!」

「もういいかげんにして美春! ウチに構わないで!」

「いいえ! お姉様は美春のものです! そんな姑息な豚野郎なんかには渡しません!」

「何を言ってるの! ウチはアンタのものなんかじゃないわ! ウチはアキのものよ!!」

 

 はいぃ!?

 

 ななな何を言ってるんだ美波は!?

 

「ちょ、ちょっと美波! 何言ってるのさ! 清水さんを(あお)るのはやめてよ! 僕は美波を自分のものにしたつもりなんてないからね!?」

「なんか話の流れでつい……。そ、そうよね、本当はアキがウチのものだし」

「いやそれも違うから!!」

 

「こっ……! こンの……ゲスがぁぁ!! お姉様がそんなことを言うはずがありません! お姉様に何をしたのです! もう許しません! 地獄の底まで追い詰めて針の山と血の池と釜茹でのフルコースを味合わせてやります!!」

 

 ま、まずい……ますます清水さんの怒りを買ってしまった……。

 なんだろう。背後からドス黒いオーラを感じる。

 身の毛もよだつような拷問のイメージも飛んでくる。

 何だ? この気配は……。

 

 僕は全力疾走しながらちょっとだけ後ろに目を向けてみた。

 するとそこに見えたのは……。

 

「殺します……コロシマス……コロスコロスコロコロコロ……キシャァァーッ!!」

 

 !?

 

 ちょっ! な、何だあれ!? 鬼神? 邪神?

 

 

  ──── 閻魔大王!? ────

 

 

 ヤバイ!! つ、捕まったら殺される! 恐い! むちゃくちゃ恐い!

 鬼ごっこだったはずなのに地獄の大運動会になっちゃってるよコレ!?

 

「「ヨ~シ~イィ~……コロォス……コロォォス……!!」」

 

 その閻魔大王の後ろからはFFF団も追ってくる。

 血の涙を流しながら上半身を揺らし歩く様はまさにゾンビそのもの。

 だが走る速度がむちゃくちゃ早い! こっちも恐い!

 

 おかしいよ!? ここって文月学園だよね!?

 なんでこんな出来の悪いホラー映画みたいになっちゃってるの!?

 

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