バカと喧嘩と言えない秘密   作:mos

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part D

 僕らの教室は旧校舎の三階だ。とにかく校舎に入ろう。

 入り口は新校舎と旧校舎の一ヶ所ずつ。

 だが新校舎側の扉はロックされていた。今開いているのは旧校舎側だけのはずだ。

 ならば選択の余地はない。旧校舎側に入って中から扉を閉めるんだ。

 そうすればあのゾンビどもは追って来られない。

 後は僕がなんとか扉を維持して、その間に美波が鞄を取って来れば──

 

 !

 

 ……どうやら僕の考えは甘かったようだ。

 旧校舎の昇降口の中に黒いマントを羽織ったFFF団の姿が見え隠れしている。

 きっと僕たちを待ち伏せしているのだろう。

 くそっ……これじゃ校舎に入れないじゃないか!

 

「オネエサマァ……オネエサマァァ……キヒヒヒ……」

 

 清水さんがうわ言のように繰り返す。

 ヤバイ……。既に悪魔に意識を支配されているんじゃないだろうか。

 捕まったらホントに八つ裂きにされそうだ。

 なんとかして清水さんたちを引き離さないと……!

 

 でもどうしよう。昇降口内に待ち伏せがいる以上あそこに飛び込むわけにはいかない。

 かといって下がるわけにもいかない。下がればあの悪魔どもの餌食だ。

 こんな時に召喚獣が使えたらなぁ……。でも召喚許可なんか降りるわけがないか……。

 

 ちらりと視線を送り、横の美波の様子を伺う。

 その美波は歯を食い縛り、焦りの表情を見せながら走っている。

 

 ……このまま昇降口に突入しても突破できる可能性は低い。

 それなら昇降口の中の奴らも含めて僕が引き付けておいて、その間に美波に行ってもらうしかない!

 

「美波、二手に分かれよう。きっと清水さんたちは僕を追って来る。僕があいつらを引っ張り回すから、その隙に校舎に入って鞄を取ってきてくれ」

「そんなのダメよ! ウチはアキと一緒に行くんだから!」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

「絶ッッ対にイヤ!!」

 

 もう……どうしてこう聞き分けが悪いんだ。

 美波らしい反応と言えばその通りだけど……今は素直に聞いてほしかった。

 

「でもこのままじゃ二人とも──」

 

 と僕が言い掛けた時、

 

「絶対に離さないって約束したでしょ!」

 

 左手に温かい感触があった。

 

 …………

 

 そうだ。確かに約束した。

 美波と想いが一つになったあの時。二人で交わしたあの約束。

 一時たりとも忘れたことはない。

 

 僕は左手をぎゅっと強く握り返した。

 

「行こう。一緒に!」

「うん!」

 

 美波は僕の手を更に強く握る。

 細くてしなやかな美波の手はとても温かかった。

 

 僕たちは手を繋いだまま疾走する。

 示し合わせたわけではない。けど、僕たちは自然と二人三脚の要領で息を合わせていた。

 ……なんだろう。こうして美波の手に触れていると不思議と落ち着くな。

 

「オネェサマ…… ミハル ノ オネエサマァァ……」

「「ヨォシィイィ~……」」

 

 後方から地獄の底から響いてくるような呻き声が聞こえてくる。

 同時に身震いするような凄まじい殺気も浴びせられる。

 皆、頼むから人間に戻ってくれ……。

 

 これは落ち着いてる場合じゃないな。……とにかく校舎に入る手を考えよう。

 昇降口が両方使えない以上、他の入り口を探すしかない。

 と言っても他に入れそうな所なんて無いし……。

 もう後はそこらへんの窓をぶち割って侵入するくらいしか思いつかない。

 でもそんなことをしたら鉄人がすっ飛んでくるよね……。

 ただでさえ観察処分者で目を付けられているのに、これ以上悪行を重ねたら進級すら危うい。

 せめてどこか開いている窓があればいいんだけど──って、あった!

 

 ただし”二階”のが……。

 

 そうか。あれはさっき僕が開けた窓だ。

 そういえばあの時、校庭の美波に声を掛ける時に開けてそのままだったんだ。

 けど二階か……。他に開いている窓は無い。二階……二階か……。

 あの高さでは普通に飛び付いたところで手すら届かないだろう。

 周りには踏み台にできそうなものは無いし、棒高跳びにできそうな棒も転がっていない。

 

 ……もうあの手しかないか。

 前に鉄人から逃れるために雄二とやったあの逃走術。あれなら二階の窓にも届く。

 でもあれは結構危険な技だ。果たして美波にできるだろうか?

 もし失敗すれば美波に怪我をさせてしまうかもしれない。

 その上、清水さんたちに捕まって僕たちは……。

 

 ……

 

 えぇい! 悩んでいる暇は無い! 美波を信じるんだ!

 

(美波、二階のあの窓に飛ぶよ)

 

 僕は後ろの連中に聞こえないように小声で話す。

 

(えぇっ!? そ、そんなの無理よ! あんな高い所に届くわけないじゃない!)

(大丈夫。如月ハイランドでやったジャンプがあるだろう? あれであの窓に跳ぶんだ)

(確かにあれなら窓まで届きそうだけど……。でもそれじゃアキが……)

(美波が窓から入った上着の端を渡す。それで僕を引き上げてくれ)

(……他に手は無さそうね。分かった。やってみる)

 

 僕たちはお互いに目を合わせると、同時に頷いた。

 

「よし! 行くぞっ!」

 

 そして校舎に向かって猛然とダッシュする。

 

「なっ、何をするつもりですお姉様! まさか逃げ切れないと思って心中するおつもりですか!? おやめください! そんな男と心中なんて! お姉様! お姉様ぁーっ!」

 

 清水さんの叫ぶ声が後ろから聞こえてくる。

 その声はさっきの悪魔の呟きのようなものではなく、いつもの甲高い声であった。

 どうやら正気を取り戻したらしい。

 でも全力で逃げなくちゃいけない状況に変わりはなさそうだ。

 ……大丈夫。心中するつもりなんて微塵もないさ。

 

(僕が先に行く。いいね)

(うん!)

 

「うおぉぉっ!」

 

 僕は限界まで足を回転させ、先に校舎の壁に到達した。

 そして180度向きを変えて校舎に背を向け、両手を前で組む。

 

 よしっ!

 

「美波!」

「うんっ!」

 

 追いついてきた美波が僕の組んだ手に片足を乗せる。

 

「「せぇ──のっ!」」

 

 両腕に美波の重さを感じた僕はそれを一気に持ち上げた。

 美波はその反動を利用して華麗に宙を舞う。

 

 ……

 

 逆光でスカートの中が見えなかったのが残念だ。

 

「アキっ! いいわよ!」

 

 美波が二階の窓から身を乗り出し、片手を伸ばして僕に呼び掛けている。

 残念がってる場合じゃなかった!

 僕は慌てて上着を脱ぎ、二階に向かって振り上げた。

 その端を美波が掴む。

 それを確認した僕は校舎の壁を蹴り、駆け上がった。

 

 ──が。

 

 登り切ることはできなかった。

 

「ん~っ……お、重い~っ……」

 

 僕の重さに美波が顔をしかめる。

 やはり美波も女の子だ。ちょっと無理があったか……。

 まずい。このままではあの悪鬼羅刹どもに追い付かれてしまう……!

 

「美波! もういい! 手を放すんだ!」

「イヤっ……! 絶ッ対に……放さ……ないっ……!!」

 

 強く目を瞑り、必死に僕を持ち上げようとする美波。

 だが僕の壁に掛けた足は徐々にずり下がっていく。

 ダメだ! このままじゃ登るどころか美波が落ちてしまう!

 こうなったら仕方ない! ちょっと寒いかもしれないけど上着を諦めて──

 

「ダメよアキ! 放したりしたら絶対許さないんだからね!!」

 

 ……僕の考えていることはお見通しか。

 

 はは……。

 

 なんか……不思議だな……。

 

 昨日あんな言い合いをしたのに。

 さっきまであんなに喧嘩していたのに。

 それなのに、今はこんなにお互いのことを思って……。

 

 ホント、バカなことしたもんだな……。

 最初からもっとちゃんと美波の言うことを聞いていればよかった。

 そうすればあんなに辛い思いをしなくて済んだのに。

 

 ……

 

 分かったよ美波。

 僕がなんとかする!

 

「美波っ! 一気に登る! ちょっとだけ我慢してくれ!」

「う、うんっ!」

 

 行くぞっ!

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

 僕はできる限り上着に力を入れないようにしながら、雄叫びと共に壁を駆け登った。

 

 古来より、鯉は険しい滝を登り、その姿を龍へと変えると言われている。

 この壁を登り切った時、僕の姿も龍へと変貌していることだろう。

 

 ──今、僕は龍となる!

 

 ……

 

 なんて、そんなかっこいい登り方じゃなかった。

 不格好に窓にしがみ付き、足をじたばたさせながら、やっとのことで僕は二階に入り込んだ。

 

「あぁっ! な、なんてことを……! 逃がしませんっ! そこのゾンビども! お姉様を追うのです!」

「「う゛~……」」

 

 そんな声が校庭から聞こえ、足音が遠ざかっていった。

 ひとまず脅威は去ったようだ。

 って言うか皆、完全に清水さんの下部(しもべ)状態じゃないか……。

 

 僕は倒れ込むように窓から降りた。

 その先には美波がいて、息を切らせながら座り込み、安堵の表情を見せていた。

 

「はぁ……はぁ……重かったぁ……」

「いやぁ助かったよ美波」

「まったく……。なんて無茶をさせるのよ」

「あはは……ごめんごめん。でもこうして逃げられたんだし、よかったじゃないか」

「そうね。でももうウチにこんなことさせないでよね。こんなに重いアキを持ち上げるなんて二度とやりたくないわ」

 

 えっと……これはツッコミを入れた方がいいんだろうか。

 この前うちに泊まった時、姉さんと二人で僕を投げまくってたよね?

 それも軽々と……。

 

「さ、急ぎましょ。美春たちが追ってこないうちにね」

 

 そう言いながら美波が僕の上着を差し出す。

 ゆっくりと今の件について話したい所だけど……。そんな暇は無いか。

 

「そうだね。急ごう」

 

 差し出された上着を羽織り、最短ルートを考える。

 えぇと、ここから教室に行くには……。

 ……鉄人の手を逃れた奴がいないとも限らない。

 新校舎側の階段の方がいいかな。

 

「こっちから行こうか」

「うんっ」

 

 僕たちは自然にどちらからともなく手を取り合い、廊下を歩き出した。

 

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