『うわぁーっ!』
『で、出たぁぁっ!』
歩き出してすぐ、旧校舎側の廊下の先から男子生徒たちの悲鳴が聞こえてきた。
何だ!? まさか本物の化け物でも出たっていうのか!?
思わず立ち止まって声のする方を見る僕と美波。
だがそこには誰もいない廊下が真っ直ぐ旧校舎へと伸びているだけだった。
『馬鹿者!! 教師を何だと思っとる!』
廊下の先を見つめていると、ドスの利いた男性教師の怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやら一階から聞こえてきているようだ。
出たのは化け物じゃなくて鉄人だったのか。まぁ似たようなものだけど。
続けて清水さんや男子生徒の声も聞こえてくる。だが会話の内容までは聞き取れない。
声の感じからして鉄人と何か言い合っているのだろう。何の話をしているんだろう?
なんとなく気になり、僕は聞き耳を立てる。
すると、急に清水さんの大きな声が廊下に響き渡った。
『先生! 今はそれどころではありません! このままではお姉様が危ないのです! 一刻も早くあの男からお救いしなければならないのです!』
『お前はまず自分のやったことを反省しろ! 貴様らもだ!!』
『お、俺たちは吉井が入ったから追いかけただけなんだ! 悪いのは吉井なんだ!』
『やかましい!! 吉井も後で捕える! まずは貴様ら全員まとめて指導だ!』
廊下を通して言い合いが聞こえてくる。
僕が入ったからってなんだろう? 入ったと言えば職員室くらいだけど……。
もしかして職員室の窓から出たことを叱られているのか?
『先生! 今は見逃してください! お、お姉様! お姉様ぁーっ!』
『指導は嫌だぁぁー!』
『た、助けてくれぇー……』
『────……』
彼らの断末魔のような叫び声は次第に小さくなっていく。
そのまま聞き耳を立てていると、それはついに聞こえなくなってしまった。
食われた……? いや、指導室に連れ込まれたのか。
しかし今のは言い合いというにはあまりに一方的で、言うなれば”問答無用”だな……。
「美春たち、西村先生に捕まったみたいね」
「あはは……僕も捕まえるとか言ってたね……」
「ウチらが職員室に逃げ込んだりしたからよね……。どうしようアキ……。先生に謝ってきたほうがいいのかな……」
「うーん……」
今はまずいよな……。
もし許してもらえなかったら清水さんたちと一緒の部屋に放り込まれてしまう。
そんなことになったら今度は指導室で大騒動だ。
それより今なら鉄人は彼らの指導で手が離せないはず。
ならば今のうちに鞄を回収して脱出した方が得策だろう。
「と、とりあえず今は鞄を取って脱出することを優先しよう」
「謝りに行かなくていいの?」
「今行けば清水さんたちに会いに行くようなものだよ」
「う……それもそうね……。それじゃ、教室に急ぎましょ」
「うん」
このまま逃げたら休み明けの鉄人がちょっと恐い気もするけど……まぁなんとかなるだろう。
そう自分に言い聞かせながら僕は回れ右をする。すると、
コンッ……
と、カカトで何かを蹴飛ばした。
足元を見ると、そこには灰色の野球ボールサイズの玉が転がっていた。
? 何だコレ。ボール? でも見た感じプラスチック製のように見える。何だろう?
「アキ? 何? それ」
「何だろ。僕のじゃないよ?」
不思議に思い、それを拾おうと屈むと……。
プシュゥゥ
という音と共にそのボールは煙を吹き出しはじめた。
「「!?」」
こっ! これは──!
咄嗟に身構える僕。
「美波! 息を止めるんだ!」
こいつの正体は分からない。けど、とにかくこの煙には身の危険を感じた。
「えっ? えっ? 何? なんなのこれ!?」
しまった! 美波が対応しきれていない!
「み、みな──うっ……」
ダメだっ! 喋ると煙を吸い込んでしまいそうだ……!
そうしているうちに煙はみるみる広がっていき、僕たちを覆い尽くす。
これはきっと誰かが仕掛けた罠に違いない。
でも清水さんや須川君たちFFF団は鉄人に捕まっているはず。
誰がこんなことを? FFF団の残党の仕業か?
息を止めて犯人像を思い浮かべていると、煙はすぐに引いてきた。
次第に視界が戻っていく。
「うぅ……何よこれ……。すっごい目に染みるわ……」
袖で目を擦りながら美波が恨めしそうに言う。やはり煙をモロに浴びてしまったようだ。
それにしても今のは一体何だ?
「…………よく避けた」
その時、煙の中から聞き慣れた声と共に一つの影が現れた。
「君は──!」
「…………お前を待っていた」
「ムッツリー……! ニ……?」
「…………なぜ疑問形」
煙の奥から出てきたそいつは異様としか言えなかった。
……おかしい。僕はどこの世界に迷いこんでしまったのだろうか。
あの窓か? あの窓が異世界に繋がっていたのか? そうだ。きっとそうに違いない!
でなきゃ学校内でこんな異形の者が僕を待ち構えているわけがない!
「大変だ美波っ! ここは地球じゃないんだ!」
「はぁ? 何言ってるのよ。頭でも打ったの?」
「そうじゃないんだ! どうやら僕たちは違う世界に来ちゃったみたいなんだ! だってこんな生物が僕を待っていたなんて、どう考えても──」
「そんなわけないでしょ! しっかりしなさいよ! あの声は土屋でしょ!」
「ほぇ?」
言われて再びその者に目を向ける僕。
全身を黒いタイツで包み、顔にはガスマスク。
……なるほど。異様な出で立ちだが、確かによく見ればムッツリーニだ。
気が動転して人外の何かと勘違いしたようだ。これもさっきのゾンビ軍団の影響だな……。
「ちょっと土屋! 何なのよこれ! 目が痛くてたまらないじゃない!」
そのエイリアンのような姿を眺めていると、後ろから美波が怒鳴りつけた。
結構頭に来ているようだ。
「…………催涙弾」
「「は?」」
ムッツリーニの答えに僕と美波が耳を疑う。
催涙弾……?
それって機動隊とかが立て篭りの犯人を逮捕する時に使ったりするやつだよね?
「…………危険は無い」
「いや、そうかもしれないけどさ。なんでそんな物持ってるのさ」
「…………護身用」
「何から身を守るつもりだよ」
「…………」
「どうせ覗きがバレて逃げる時にでも使うつもりだったんだろ」
「…………!!(ブンブン)」
首を横に激しく振り、全力で否定するムッツリーニ。相変わらず嘘の下手なやつだ。
「でもこんなの普通に売ってないよね。どこで手に入れたのさ」
「…………作った」
「あぁ、そうなんだ……」
コイツ、ホントに器用だな。
って言うかこれホントに危険は無いのか? 美波は大丈夫だろうか。
「美波、大丈夫?」
「う、うん。なんとか……」
目を擦りながら美波が返事をする。よかった。なんとか無事のようだ。
くそっ……。やってくれたなムッツリーニ!
「美波は下がってて」
僕は美波を後ろに隠すように前に出て、ヤツに食ってかかる。
「ムッツリーニ! なんでこんなことをするんだ!」
「…………お前を捕えるため」
「なんでムッツリーニに捕まらないといけないのさ」
「…………お前の協力が必要だった」
「言ってることがよく分からないんだけど……」
「…………お前の……せいで……」
「うん?」
「…………お前のせいで、売り上げが減った!」
「は? なんで僕のせいなのさ」
「…………お前が協力しないから……収益が上がらない!」
「協力?」
もしかしてあの美波とのデート写真のことを言っているのか?
確かに以前、あの写真をネタにムッツリーニが女装を強要してきた時は断固拒否した。
おかげでクラスの皆に美波と付き合ってることがバレちゃったんだけどね。
でも後悔はしていないさ。
「…………お前の……せいでッ! ……新型カメラが買えないッ!」
あぁ、なるほど……。
ムッツリーニは新しいカメラが欲しいのか。
うん。逆恨みもいいところだ。
「土屋! まさかウチの写真を撮って売ろうってんじゃないでしょうね!」
「…………確かに最近お前の売上も伸びている」
「えっ? そうなの? そ、そんな……こ、困っちゃうな。ウチにはもうアキがいるわけだし……。で、でもそれはそれで悪い気はしないわねっ」
もじもじと体をくねらせ、照れる美波。なんだかとっても嬉しそうだ。
でも美波の写真を欲しがるなんて誰なんだろう。
もしかして久保君だったりするのかな……。
「…………主にDクラス女子に」
「いやあぁぁーっ!! どうしてウチはこんなのばっかりなのよーっ!」
頭を抱え、一転して悲しみに暮れる美波。
ごめん美波。ちょっとだけホッとした僕を許してくれ。
「…………俺の狙いは、お前だ」
と、ムッツリーニは僕を指差す。
「へっ? 僕?」
「何よ! ウチよりアキの写真の方が売れるって言うの!?」
美波がムッツリーニに食ってかかる。
そんなに自分の写真より売れていることが納得行かないのだろうか。
というか、僕ってそんなにモテたっけ?
「…………明久じゃない」
「「はい?」」
何を言ってるんだ? わけが分かんないぞ?
「狙いが僕じゃなくて僕ってどういうことさ」
「…………アキちゃん」
「ちょっと待てぇっ! 僕の女装写真なんかに需用があるわけないじゃないか!!」
「…………売上のうち半分近くをアキちゃんが占めている」
「おかしいよ!? 絶対おかしいよ!」
「確かにアキの女装姿は似合うし、ウチから見ても可愛いと思うけど……でもなんか屈辱的ね……」
「美波も否定してよ! あんなのが可愛いわけないじゃないか!」
「…………謙遜するな」
「謙遜じゃないよ!!」
「…………大人しく撮らせろ」
「嫌だよ!! 大体あんなの誰に需用があるって言うのさ!」
「…………Fクラス男子。それと大口顧客が約一名」
「あぁ……そう……」
なんかもう、あいつら根絶やしにしちゃってもいいよね?
放っておくと僕の社会的尊厳が失われそうだ。
でもコイツが僕たちを襲った理由が分かった。
僕を捕えて女装姿の写真を撮り、それを売りさばいて収益を伸ばしたいのだろう。
つまりムッツリーニの標的は僕のはず。
ならばここは──
「美波、先に教室に行ってくれ。ムッツリーニは僕がなんとかする」
「で、でも──」
「いいから行くんだ!!」
「アキ……」
「……後で必ず追いつく」
「……うん……絶対だからね」
美波は渋々といった感じで、階段を駆け上がって行った。
ムッツリーニは暗殺術に長けている。恐らく素直に通してはくれないだろう。
今ここで二人とも足留めされていては無駄に時間を費やすだけだ。
こうしているうちに清水さんや須川君たちが解放されてしまうかもしれない。
ここは美波だけでも先に行かせるべきだ。僕はそう判断した。
「…………清水はどうした」
「さぁね。どうしてそんなこと聞くのさ」
「…………時間稼ぎにはなったか」
ん? 清水さんが来ていることを知っているのか?
ハッ! ……まさか!
「ムッツリーニ! ひょっとして清水さんに喧嘩のことを教えたのは君なのか!?」
「…………」
黙して語らず……か。恐らく犯人はコイツだ。
きっと教室のどこかに隠しマイクかカメラが仕込まれていたのだろう。
それで僕たちの喧嘩を知って、清水さんや須川君に情報をバラ撒いたんだ。
きっと彼らに僕を襲わせておいて、体力を消耗した所で捕まえようって魂胆だろう。
だが、そうはさせない!
「…………俺の目的はお前だ」
「相手をしている暇は無いっ! ──って言っても、聞いてくれそうには無いね」
「…………当然」
ムッツリーニが腰を落とし身構える。何か仕掛けてくる!
僕も肩を張り、ヤツの攻撃に備える。