それは三日前のことだった。
その日、僕はいつも通り美波を家まで送っていた。
いつも通りの帰り道。
いつも通り手を繋いで。
でも、その日はいつもとちょっと違っていた。
付き合いはじめたあの日から、帰り道での美波は常に明るい笑顔を見せていた。
ところが、その日は沈んだ暗い表情をしていた。
それに口数も普段に比べて少なかった。
気になった僕はそのことについて聞いてみた。
「美波、どうしたの? もしかしてテストの点数が悪かったとか?」
「……」
美波は僕の問いに返事をしない。
虚ろな目をして、無意識に歩いているようだった。
「美波?」
「……えっ? あ、ごめん。何?」
僕の問い掛けに反応が遅れているし、話も聞いていなかったみたいだ。
どうしたんだろう。何か心配事でもあるんだろうか。
「なんか元気が無いみたいだけど……大丈夫? 何かあった?」
「べ、別に何も無いわよ?」
「でも今ぼーっとしてたみたいだけど……」
「そ、それはほら、せっかくの休みなのに補習なんかあったから気分的に……そう、気分が滅入ってたのよ」
「……それは分かるんだけど……」
「大丈夫よ。気にしないで」
「う、うん」
でもこの様子。なんかいつもと違うんだよな……。
僕はこのことが気になりつつも、その日はそのまま美波を家まで送った。
☆
異変は翌日も続いた。
(……ちゃん……美波ちゃんっ)
ん……?
姫路さんの声が聞こえる。
その声の方を見ると、姫路さんが美波に心配そうな顔を向けていた。
僕の隣の席では美波がこっくりこっくりと舟を漕いでいる。
美波が居眠りなんて珍しいな。
僕なら毎日のようにしてるけどさ。
「ん……」
(美波ちゃん、具合が悪いんですか? 一緒に保健室に行きしょうか?)
姫路さんが美波を気遣う優しい言葉を掛けている。
もともと姫路さんは体が弱い方だ。
だから具合が悪い時の辛さはよく分かるのだろう。
(……瑞希……? 大丈夫よ……心配しないで……)
(そうですか? それならいいんですけど……)
美波は教科書に目をやるが、昨日と同じ虚ろな目をしていて、とても大丈夫なようには見えない。
(美波、ホントに大丈夫?)
(大丈夫って言ってるでしょ。アンタこそちゃんと授業を受けなさい)
(でも────)
(いいから言うことを聞きなさい!)
(わ、分かったよ……)
「吉井、私語は謹め」
「は、はいっ!」
鉄人に睨まれてしまった。
なんで僕だけ……。
☆
補習授業が終わり、僕たちは帰路に就いた。
でもやっぱり様子がおかしい。
いつもの綺麗な吊り目は淀んでいて、よく
「なんか今日はずっと眠そうだね。夜更かしでもしてるの?」
「うん。ちょっとね……やることがあって」
「ふ~ん……。ゲームとか?」
「アンタじゃないんだからそんなことしないわよ」
「なんで僕が寝る間も惜しんでゲームしてることを知ってるのさ!」
「ホントにそうだったのね……呆れたわね。そこまでしてゲームしなくたっていいじゃない」
「だって雄二に負けたくないじゃん」
「だからそんなの負けていいって前にも言ったでしょ!」
「嫌だよ! アイツにだけは負けたくないんだ!」
「ハァ……。その情熱を勉強に向けられないのかしらね……」
「はっはっは! そりゃ無理だね!」
「バカっ! そんなんじゃいつまで経っても観察処分者返上なんてできないわよ!」
「う~ん……それもそうか。──ん?」
その時、美波が左手の指に大きな絆創膏を付けているのが目に入った。
「ねぇ美波、その指どうしたの?」
「あ……。これはちょっと……ね」
「怪我でもしたの?」
「うん。昨日夕飯の支度をしてて包丁で切っちゃった」
「えぇっ!? そりゃ大変だ! 医者に行かなくちゃ! どどどどうしよう! この辺りに病院なんてあったっけ!?」
「大丈夫よ。ほんのちょっと切っただけだから。数日で治るくらいの傷よ」
「あぁなんだ……。それを早く言ってよ」
「そんなの見れば分かるじゃない。相変わらずね。アンタは」
大した怪我じゃなくてよかったけど……。
でも美波が包丁で怪我をするなんて今まで無かったことだ。
それに今日もずっと眠そうにしている。
やっぱり何かあるんじゃないだろうか……。
でもこの日はこれ以上のことは聞き出せなかった。
そしてその日の夜遅く。
そろそろ寝ようかと思っていた頃――――
Prrrrr Prrrrr
ん? 携帯に電話? 誰からだろう?
開いた携帯の画面には『島田 美波』と表示されている。
美波だ。こんな時間にどうしたんだろう?
「美波? こんな時間にどうしたの?」
『あ、バカなお兄ちゃんですか?』
ん? 美波じゃない?
この声は……葉月ちゃんか。
どうして葉月ちゃんが美波の携帯で掛けてくるんだろう?
「その声は葉月ちゃん? どうしたの?」
『実は、バカなお兄ちゃんにご相談したいことがあるです』
「僕に?」
『はいです。今からお会いしたいです。いいですか?』
「今から? 僕構わないけど……美波には相談したの?」
『……お姉ちゃんには相談できないことです』
「へ? どういうこと?」
『それは……会ってからお話ししたいです』
電話から聞こえてくる葉月ちゃんの声はどこか暗く、沈んでいる感じがする。
それに美波の携帯を使ってまで僕に電話をしてきたってことは、余程大事なことなんだろう。
「分かったよ葉月ちゃん。じゃあいつもの公園でいいかい?」
『はいです。葉月、すぐ行くです』
「うん。じゃ、公園で」
Pi
葉月ちゃん、こんな夜遅くにどうしたんだろう。
それに美波にも相談できないことって……。
とにかく急ごう。