FFF団は姫路さんのおかげですっかり大人しくなっていた。
まったく、単純な奴らだ。
でもあんな美味しいケーキを奴らに与えるのはちょっと悔しい気もするな。
「……瑞希」
ケーキを受け取る彼らの様子を眺めていたら、後ろから姫路さんを呼ぶ静かな声が聞こえた。
誰だろう? と後ろを振り向くと、扉の所に黒髪の綺麗な女性が息を切らせて立っていた。
霧島さんだ。
「翔子ちゃん? そんなに慌ててどうしたんですか?」
あ、これ慌ててるんだ。
いつもクールで表情があまり変わらないから分からなかったよ。
「……瑞希、ケーキは?」
「ケーキですか? それならさっき明久君に食べてもらいましたけど……」
「……全部?」
「あ、いえ。残りはそこの皆さんに差し上げました」
そう言っておずおずと指差す姫路さん。
指差すその先では、ケーキを掲げて奇怪な踊りを捧げる三人の姿があった。
そんなに嬉しいのか君たち……。
まぁあの姫路さんの手作りケーキを貰ったんだ。踊るほど嬉しいのは分かるよ。
それにしてもホント怪しい集団だよなぁ……。
「……あれは違う」
「えっ? 何が違うんですか?」
霧島さんが何かを探すように辺りを見回す。何を探しているんだろう?
彼女は教室内を見渡し、そして雄二の手にしている物を見つけると、少し顔を綻ばせた。
「……雄二。それ、雄二が食べてくれたの」
「ん? これか? これは明久に食われちまったぜ」
「何言ってるのさ! 僕の口に無理やり押し込んだのは雄二じゃないか!」
と雄二を睨みつけると、急に身震いするような殺気を感じた。
なんだ!? この殺気! まさか清水さんか!?
慌てて身構え、辺りを見渡す。だがドリル髪の女の子の姿は無い。
違う……?
発信源を探し、更に周囲に目を配る。
すると、それはすぐに見つかった。
「霧島……さん……?」
雄二の前にいた霧島さんはいつの間にか黒いオーラを立ち昇らせていた。
この表情って……怒ってる……よね?
「……赤いカップは私が雄二のために作ったもの」
「あ? 何がだ?」
「赤いカップ? ……あら? そういえばカップの色が違うような……?」
ホントだ。姫路さんの言うとおり、確かに雄二の持っているケーキカップは赤茶色だ。
これに対してFFF団が祈りを捧げているのは黄色い。
そうか。赤いのは霧島さんが作ったものなのか。
それであっちの黄色いのが姫路さんが作ったものと。
なるほどね。うんうん。
…………
って!!
「「「ゴぱっ!」」」
目の前で三つの命が散った。
遅かったか……敵ながら可哀想なことをした。安らかに眠れ……。
「……雄二。どうして私のケーキを吉井にあげたの」
「い、いや! ちょっと待て! 俺はこれをお前が作ったなんて聞いてなかったんだ!」
「……一緒に来て」
「ままま待て翔子! 落ち着け! 俺は──ぐがっ! や、やめろ翔子! 顔が剥がれる! や、やめっ! ぐあぁぁぁぁ……!!」
廊下に響き渡る雄二の悲鳴が次第に小さくなっていく。
この後、霧島さんのお仕置きかな。さすがに死んだかな……雄二……。
「えっと……皆さん急に動かなくなっちゃいましたけど……どうしたんでしょう?」
FFF団の三人は畳に俯せに倒れたまま、ピクリとも動かない。
だがその手には食べかけのカップケーキがしっかりと握り締められていた。
こんな目にあっても姫路さんのケーキは放さないのか。アンタら漢だよ……。
「きっと姫路さんのケーキがあんまりおいしいから感動して気を失っちゃったんだよ」
「まぁ、そうなんですね! よかった! 一生懸命考えて作った甲斐がありました!」
「あはは……そ、そうだね……」
言えない。これが必殺料理人の仕業だなんて、とても言えない……。
「さて、翔子ちゃんも忙しそうですし、私は調理実習室を片付けて帰りますね。明久君はどうしますか?」
「あ、うん。僕は──」
PiPiPiPiPi
返事をしようとした時、急にポケットの中から着信音が聞こえてきた。
これは僕の携帯の着信音だ。電話……いや、メール?
ひょっとして美波か!
「ごめん姫路さん、ちょっと待って」
慌てて携帯を取り出して開いてみると、
【アキ大丈夫? まだ土屋と戦ってるの?】
やっぱり美波からのメールだ!
メールが来たってことは今のところ無事なんだな。よかった……。
でもどこにいるんだろう? ひとまず返信だ。
【なんとか逃げ出して今はFクラスだよ。美波は今どこ?】
──送信っと。
……
メールを送信した後、閉じた携帯を見ていてふと思った。
お互い携帯持ってるんだから昨日もこうして連絡取り合えばよかったんじゃないか?
そうすれば喧嘩になることもなかったんじゃないだろうか。
はぁ……。こんなことにも気付かないなんて、僕もバカだなぁ……。
「メール、美波ちゃんですか?」
手にした携帯をじっと見つめていると姫路さんが聞いてきた。
「あ、うん。そうだよ」
「仲直りできたんですね。美波ちゃん話してくれましたか?」
「あ……いや。実はまだちゃんと話はできてないんだ。色々と邪魔が入っちゃってさ」
確かに仲直りはしたけど、清水さんやFFF団とこんなことになっちゃって、結局まだ美波とはまともに話ができていない。
この勝負が終わったらもう一度ちゃんと話さないといけないな。
「そうなんですか……。美波ちゃん、まだ学園内いるんですか?」
「うん、多分ね」
どこにいるか分からないけど、美波はきっとまだ校舎内だ。
なんとか清水さんが解放される前に合流したい。
僕の経験からすると、清水さんの解放にはもうちょっと時間が掛かるだろう。
問題は須川君だ。あの職員室以来、彼の姿を見ていない。
あの時に鉄人に捕まって指導を受けていたのであれば、もう解放されていてもおかしくない頃だ。
そうだとしたら、既に僕を捜して行動をはじめていることだろう。
PiPiPiPiPi
ん? 美波から返信か!
【今屋上なんだけど、男子が見張ってて身動き取れなくなっちゃったのよ】
男子? って言っても見張っている男子なんてFFF団しかいないか。
つまりこの三人以外にまだ校舎内を見張っている奴がいるということだな。
須川君だろうか。こうしちゃいられない!
手早く返事を書く僕。
【今行く! 見つからないように気をつけるんだ!】
送信っと。
「ごめん姫路さん。僕、行かなくちゃ」
「……はい。行ってあげてください」
?
なんだろう。姫路さんが寂しそうな顔をした気がする。
──いや、考えてる暇は無い! 急がないと!
僕は自席に置いてあった自分の鞄を取り、教室を走り出た。
えっと、屋上……屋上ってどっちの屋上だ?
えぇい! とにかく行ってみよう!
僕は近かった旧校舎の階段を駆け登った。
新校舎でも旧校舎でもどっちでもいい。とにかく屋上に上がれば分かるはずだ。
そう思って、とにかく走った。
PiPiPiPiPi
走っているうちに更に美波からの返信が来た。
【来ちゃダメ! 男子が見張ってるの! 時間切れになるまで別行動で隠れましょう】
別行動だって? そんなのダメだ!
僕は階段を全力で駆け登った。
四階を通過し、一気に屋上へ──
!
まずい! 誰かいる!
咄嗟に身を隠して様子を伺う。
そっと物陰から階段を覗き込むと、そこに二人のFFF団員の姿が見えた。
あれが美波の言う見張りか。
……ここは通れないな。
そうなると新校舎側から登るしかないか。
けど、この廊下を通ったら奴らに見つかってしまう。
三階に戻って新校舎に向かうしかないか。
僕は止む無く元来た道を駆け戻る。
くそっ……一刻も早く美波の所へ行きたいのに……!
「あら? 明久君? どうしたんですか?」
三階に戻ると廊下で姫路さんに再会した。
どうやら調理実習室に戻るところらしい。
「ちょっと事情があって新校舎に──」
そういえば新校舎に見張りがいないとは限らないよな。
いや、きっといるだろう。こういう時ばかり統率が取れる奴らだし。
ならば奴らに対抗する武器が必要だろう。それも一撃必殺の強力なやつが。
「姫路さん、さっきのケーキってまだあるのかな?」
「あ、はい。あと一個ですけどありますよ?」
「よかったら貰えないかな。帰ったらまた食べたいんだ」
「もちろんいいですよ! はい、どうぞっ」
嬉しそうに笑顔でケーキを差し出す姫路さん。
その素敵な笑顔に僕は少し罪悪感を覚えた。
ホント、普通に食べられる物を作ってくれるといいんだけどなぁ……。
「ありがとう姫路さん! それじゃ!」
「また作りますね。明久君っ」
僕は姫路さんに手を振り、再びさっきの階段に向かって走り出した。
……今何か不吉な言葉が聞こえたような……?
気のせいだよね! 気のせいだよきっと!
僕は襲い来る不安を振り払うように走った。
☆
再び屋上前の階段まで来た僕。
まだあの二人は見張っているようだ。
でもここを突破すればきっと美波がいる。
武器はある。問題はこの武器をどうやって奴らに食わせるかだ。
そうだな……。
そこら辺に転がして……って、いくらFFF団でも拾い食いするがわけないか。
じゃあ釣りの餌のように吊るして……?
ダメだ。ここら辺に吊るすものなんて無い。
そもそも彼らがそんなものに食いつくほど飢えているとも思えない。
……
えぇい面倒だ! 正攻法だ!
姫路さんからって言えば食いつくだろ!
「や、やあ君たち」
僕は出来る限り平静を装い、彼らの方へ歩み寄った。
「吉井!」
「バカな奴だ。のこのこ出てくるとはな」
「会長の指示は正しかったな」
「あぁ、そうだな」
ん? こんな所で張り込んでるのは須川君の指示なのか?
「……須川君になんて指示されたのさ」
「吉井はきっとどこかに隠れる。屋上、体育倉庫、女子更衣室。この辺りをマークしろってな」
「……」
返す言葉も無い。完全に見切られているなぁ。
この様子じゃ新校舎側の階段も見張られているな。
武器を持ってきて正解だった。
「さぁ吉井。大人しく捕まってもらおうか。おい、皆を呼んで来てくれ」
「おう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なんだ、今更命乞いか? 往生際が悪いぞ」
「そうじゃなくてさ、実は君たちに預かってきたものがあるんだ」
「「俺たちに?」」
「うん。姫路さんからなんだけどさ」
「「何ッ!? 姫路さんからだと!?」」
よし、思ったとおり食いついてきた。
「実はこれを渡してほしいって言われて持ってきたんだけど……」
僕はわざと言い辛そうに言ってみせた。
そして後ろ手に隠していたカップケーキを差し出す。
「そ、それはまさか姫路さんの手作りケーキか!?」
「マジか!? 姫路さんが俺のために愛を込めて作ってくれたってのか!?」
「おい! ふざけんな! あれは俺のために作ってくれたんだよ!」
「なんだと! 貴様こそふざけるな! お前のためなわけがないだろ!」
「まぁまぁ二人共。これは君たち二人にって預かってきたんだよ」
「「俺たち二人に?」」
「うん」
量が半分になってしまうけど……。
でもさっきの破壊力を見る限りは半分でも十分過ぎる程の致死性を持っていると思う。
「一個しかないから半分ずつでどうぞってさ」
「姫路さんがそう言うんじゃ仕方ねぇな」
「そうだな」
「それじゃ……ほい、半分ずつ」
僕は秘密兵器を半分に割り、それぞれを渡した。
「すまねえな吉井」
「サンキュー」
こうして見ると普通のカップケーキなんだけどなぁ……。
「「いただきまーす」」
僕は目を瞑り、十字を切って冥福を祈った。
「「ゴぱぁ!」」
聞き慣れない音を口から発し、二人はその場に卒倒する。
また二つの命が失われてしまった。いつまでこんな戦いが続くんだろう。
こんな命のやりとりはもうウンザリだよ……。
なんてね。しばらくすれば目を覚ますだろう。
……
きっとね……。
僕は倒れた二人を掃除用具入れの陰に隠し、扉を開けて屋上に出た。