バカと喧嘩と言えない秘密   作:mos

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part I

 屋上に出ると、太陽の眩しい光が目に飛び込んできた。

 天気は快晴。日差しは感じるが暖かくはない。

 外気はそれなりに冷たく、校舎内との温度差に僕は多少身震いした。

 

 さて、美波はどこだろう?

 眩しさに目を細めながら屋上を見渡す。しかし視界に人影は映らない。

 もう移動してしまったのか、それともやっぱり新校舎側なのか……。

 どちらにしても、ここに美波はいないようだ。

 

 仕方ない。とりあえず新校舎側に行ってみるか。

 と僕は足を踏み出す。すると、

 

(アキっ……アキっ……!)

 

 どこからか小声で僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

 これは美波の声? どこから聞こえるんだ?

 

(美波? 美波だね? どこ?)

(こっちよ、こっち!)

 

 こっちってどこ────っ!?

 

 声の主を探してキョロキョロと見回していると、急に強い力で腕を引っ張られた。

 驚く間もなく出入り口の裏側に連れ込まれる僕。

 引っ張られた腕の方を見ると、そこには目を吊り上げた美波の顔があった。

 

「な、なんだ美波か。びっくりした……」

「なんだじゃないわよ! あんな所をうろついてたら見つかっちゃうでしょ!」

「そ、そうだね、ごめん」

「ホントにもう! 来るなってメールしたじゃない! 見てないの?」

「いや、見たよ」

「じゃあどうして来たのよ!」

 

 どうしてって? そんなの決まってる。

 

「だって約束したじゃないか」

「えっ? 何をよ」

「……絶対に離さないって、さ」

「!」

 

 一瞬、美波が驚いたような表情を見せた。

 

「だっ……だからってこんな時まで約束守ることないじゃない!」

「いいじゃないか。僕がそうしたかったんだからさ。でも無事でよかったよ」

「あっ、当たり前でしょ! ウチがあいつらなんかに捕まるわけないじゃない!」

 

 そう言いながら少し拗ねたように口を尖らせ、顔を背ける。

 いつも通りの美波の仕草。

 

「……でも……ありがと」

 

 しかしすぐに吊り上げた目を緩ませ、嬉しそうな表情を作る。

 これもいつも通りの仕草。

 付き合いはじめてからよく見せるようになった笑顔。

 

「ところで土屋はどうなったの?」

「あぁ、工藤さんに任せてきちゃったよ」

「愛子に?」

「うん。よく分かんないんだけど僕を(かば)ってくれてね」

「そうなんだ。じゃあ今度お礼しなくちゃいけないわね」

「そうだね。でも工藤さんにお礼って何がいいんだろ」

「う~ん……ウチもあの子の好み知らないのよね。土屋をからかってるのはよく見るんだけど……」

「それじゃあ今度霧島さんに聞いてみようよ。同じクラスだし、何か知ってるんじゃないかな」

「そうね。そうしましょ。それはそうと……」

「うん?」

「座りましょ」

 

 そう言えばずっと立ち話しだった。

 

「うん」

 

 僕は壁を背にして座った。そして美波も同じように隣に腰を下ろす。

 ……コンクリートがちょっと冷たいな。

 

「美春たちはまだ指導室かしら」

「そうだと思うけど、そろそろ解放される頃かも」

「そう……。それじゃ今校舎に戻ったら危ないわね。時間切れになるまでここに隠れましょ」

「え? ここで? 僕は構わないけど……美波は寒くないの?」

「大丈夫よ。なんとか我慢できるわ」

 

 我慢できるって言ったって……。

 確かに今日は太陽も出ていて比較的暖かいけど、風はやっぱり冬の冷たさを感じさせる。

 美波はコートを羽織ってはいるが足にタイツなどは履いておらず、赤いスカートからはスラリとした素足が伸びている。

 さすがにこの冬空の下では寒いんじゃないだろうか。

 

 今何時だろう? と、携帯を開いて時間を確認する。

 時刻は午後三時過ぎ。約束の時間まであと三十分程ある。三十分か……。

 ここで清水さんをやり過ごすにしても、このままじゃ美波が風邪を引いてしまいそうだ。

 

 とはいえ、僕が持っているのは教科書の入った鞄だけ。

 普段ゲームや漫画にお金を費やしている僕がコートなんか持っているわけもなく、今日も制服のジャケットが防寒具だ。

 でもこのジャケットを貸してしまったら今度は僕が凍え死んでしまう。

 何か他に寒さを和らげるようなものは──

 

 ──そうだ。

 

「美波、冷たいだろう? これに座ってよ」

 

 僕は持っていた鞄を差し出す。

 これでお尻の冷たさだけでも防げば、体感温度もだいぶ違うはず。

 

「えっ? そんなのダメよ。鞄が傷んじゃうじゃない」

 

 美波がそう言って差し出す僕の手を押さえる。

 

「別に傷んだっていいよ」

「ダメったらダメ!」

「でもそれじゃ美波が……」

「大丈夫よ。こうすれば──」

 

 と言いながら、美波は僕の右腕に両腕を絡ませてきた。

 

「──温かいから」

「なるほどー……って、僕の腕は暖房機代わりなの?」

「そうよ。だってこんなに温かいし」

 

 美波が目を細めて幸せそうな笑顔を見せる。

 そのまま見ていたら彼女は僕の腕をぎゅっと締め上げ、肩に頬を擦り寄せてきた。

 

「そ、そう? それならいいんだけど……」

 

 右腕から美波の温もりが伝わってくる。

 ほのかに香るシャンプーのいい匂いが僕の鼻をくすぐる。

 

「んふふ……」

 

 まるで無邪気な子供のように腕に(じゃ)れ付く美波。

 その仕草や姿に胸の奥をくすぐられるような感覚を覚え、僕の鼓動はどんどん早くなっていった。

 

 こういう所、可愛いよな……。

 この笑顔を見てると僕も幸せな気分になってくる。僕は美波のこんな笑顔が大好きだ。

 

「はぁ……それにしてもお腹空いたわね」

「ん? お昼ご飯食べてないの?」

「うん。今日ってウチがお弁当作る番だったじゃない? でもあんなことがあったから作ってなくて……。あっ、じゃあアキも食べてないわよね。ごめんね……」

「僕は平気だよ。塩水生活で鍛えてあるからね」

「……もうそんなのやめなさいよね」

「大丈夫だよ。姉さんが戻ってきてからはちゃんと食べてるから」

「そうだったわね。う……」

 

 急に美波が小さく呻き声を上げた。

 何かと思って右肩を見ると、美波が眉をひそめ、辛そうな顔をしていた。

 

「どっ、どうしたの美波!?」

「……食べ物の話はやめましょ。余計にお腹が減ってきたわ……」

「あぁなんだ……びっくりしたぁ……驚かさないでよ。寒くて具合が悪くなったのかと思っちゃったじゃないか」

「心配性ね。ウチはそんなにヤワじゃないわよ?」

「そ、そうだよね。いつも元気なのが美波のいいところなんだし」

「何よ。まるでそれだけが取り柄みたいな言い方じゃない」

「あ……い、いや! そんなつもりはなくて……」

「ふふ……分かってるわよ。褒めてくれたのよね。ありがと」

 

 美波はそう言って再び笑みを浮かべる。

 

「う、うん」

 

 それにしても変わったな……美波。

 以前はこんな風にお礼を言うことなんてあんまり無かったからな。

 まぁそういう自分も変わったと思うけどね。

 こんなにも美波のことを大切に感じるようになるなんてさ……。

 

「……はぁ……早く時間切れにならないかなぁ」

 

 美波が僕の腕にしがみつきながら、ため息を付く。

 あれだけ走り回ったんだ。お腹が空くのも当然だろう。

 僕はさっきカップケーキを食べてるから大丈夫だけど……。

 

 食べ物か。そういえば霧島さんから貰ったお菓子があったな。

 えぇと……。

 上着の左ポケットを探ると──丸い、ボールのようなもの? 何だこれ?

 取り出してみると、それは例の催涙弾だった。

 そういえばさっきムッツリーニから奪ったんだっけ。

 

「アキ? 何? それ」

 

 美波が不思議そうに僕の手を覗き込んでくる。

 

「さっきムッツリーニが使ってた催涙弾さ。もう一個持ってたみたいでね。たまたま工藤さんが受け止めたんだけど、それを僕にくれたんだ」

「ふ~ん……。こんなもの作っちゃうなんて土屋も器用よね」

「うん。相変わらずね。でもこんなの危ないし、捨てちゃおう」

 

 変に衝撃を与えて炸裂したりしたら自爆になっちゃうし、持っていてもいいことなんて無いだろう。

 

「待ってアキ。それウチに頂戴。何かの役に立つかもしれないじゃない?」

「いいけど……気をつけてよね。衝撃で煙が吹き出すみたいだからさ」

「分かったわ」

 

 まぁ煙幕にして追っ手から逃げるのには使えるかな?

 っと、そうじゃなくてお菓子を探すんだった。

 

 さっきと逆の右ポケットを探る。するとお菓子袋の感触があった。

 これだ。こっちのポケットだったか。

 確か一口サイズのクッキーとチョコレートが数個入ってるはずだ。

 これを食べてもらおう。ご飯の代わりにはならないかもしれないけど、少しでもお腹に入れないと体温も下がる一方だからね。

 

「美波、僕少しだけお菓子を持ってるんだけど、食べる?」

「えっ! ホント? 貰っていいの!?」

「うん」

 

 お菓子と聞いてぱっと嬉しそうな顔に変わる美波。

 お腹が空いているからか、それともお菓子が好きだからか。まぁ両方だろうな。

 僕はポケットからお菓子袋を取り出し、美波に手渡してやった。

 

「クッキーとチョコね。ありがとアキ! でもどうしてこんなもの持ってるの?」

「昨日霧島さんに貰ったんだ。補習が終わる時間を教えてあげたらお礼にってね」

(あぁ、あの時の……)

「うん?」

「あっ! ううん! 何でもないわ! でもこれ、ウチが貰っちゃっていいの?」

「うん。遠慮無く食べてよ」

「アキの分は?」

「ん。僕はいいよ」

「でもアキだってお昼ご飯食べてないんでしょ?」

「うん。でも僕は大丈夫。一食抜くくらい、どうってことないさ」

 

 酷い時は数日間、水と砂糖だけだったからね……。

 

「そんなのダメよ。これはアキが食べるべきだわ」

「いや、いいよ。僕はさっき姫路さん──じゃなくて霧島さんのカップケーキを貰ったし」

「カップケーキ?」

「うん。姫路さんと一緒に練習で作ったものらしくてさ。美波を追って教室行った時にたまたま貰ったんだ」

 

 ホント霧島さんのケーキで助かったよ。

 もし姫路さんのだったらこうして美波と会うこともできなかっただろうし……。

 

(……それでケーキ作りの本なんて読んでたのね……)

「ん? 何か言った?」

「ううん! 何でもないわ!」

「?」

 

 何だろう。さっきから霧島さんの話をすると何か呟いているような?

 

「……やっぱりこれ、ウチが貰うわけにいかないわ」

「へ? なんでさ」

「だってアキが貰ったものなんでしょ?」

「いいんだよ。美波がお腹空かせてるんだからさ」

「でも貰った物を他の人にあげるなんて良くないことよ?」

「いいからいいから。美波なら霧島さんもダメとは言わないよ」

「……分かった。じゃあアキ、ウチのこのお菓子、半分食べなさい」

「ほぇ?」

「ウチが貰ったんだからウチの好きなようにしていいのよね? だから半分アンタが食べなさい」

「え……で、でも──」

「いいからっ!」

「は、はいっ!」

 

 なんでこうなっちゃうんだろ……。

 仕方ない。美波は言い出したら聞かないからな。

 僕は突き出されるクッキーとチョコレートを一個ずつ受け取った。

 

 

 

「……おいしい」

 

 クッキーを食べながら美波が小さく呟く。

 

「うん」

 

 ポリポリと音を立ててクッキーを噛み砕く。

 すぐ横では美波が幸せそうにチョコレートを口に運んでいる。

 ホント、甘いものが好きなんだな……。

 

 僕はいつの間にかその様子をじっと見つめてしまっていた。

 

「? ……なぁに?」

 

 僕の視線に気付いた美波は更に笑みを深める。

 

「あ……ううん。なんでもない」

 

 やっぱり美波は笑顔が一番だ。

 

 ん? そういえば半分って言ってたけど、お菓子は全部で五個だ。

 一個半端になっちゃうな。

 まぁいいか。残りは美波にあげよう。

 

  パキッ

 

 と考えていたら、美波は残りの一個のクッキーを半分に割っていた。

 そしてその片方を僕の口元に差し出してきた。

 

「はい」

「ん? これは?」

「半分って言ったでしょ?」

 

 そこまで厳密に半分にしなくても……。

 

「いいよ。それは美波が食べてよ」

「いいから口を開けなさいっ!」

「でも……」

「言うことを聞かないと口移しで食べさせるわよ」

「わわわ分かった! 分かったから落ち着いて!」

 

 そんな恥ずかしいことされちゃたまんないよ……。

 まぁ誰も見てないけどさ……。

 

 僕は仕方なく口を開ける。

 すると美波は、

 

(……聞かないでやっちゃえばよかったかな……)

 

 などと呟いていた。

 

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