バカと喧嘩と言えない秘密   作:mos

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part K

「そっか。霧島さんがそんなことを……」

 

 そうだったのか……美波もずっと悩んでいたのか。

 僕がグズグズしていたから余計に辛い思いをさせてしまったんだな……。

 こんなことならもっと早く謝ればよかった……。

 でもやっと納得した。美波が急に謝ってきたのはこういうことだったんだ。

 

「そう。だからウチが勇気を出せたのは翔子のおかげなのよ」

 

 これは霧島さんにもお礼をしないといけないな……。

 

「でもびっくりしたわ」

「うん? 何が?」

「だってアキったら急に謝ってくるんだもの」

「いやぁそれはお互い様だよ。僕だって美波が謝ってきたのにはびっくりしたさ」

「そうね。お互い様ね。ふふ……あっ、そうそう、びっくりしたといえばもう一つ」

「ん?」

「あの時アキ、二階の窓からウチを呼んだじゃない?」

 

 あの時っていうのはムッツリーニに教えてもらって屋上に向かってた時のことか。

 

「うん」

「アンタいつの間に校舎に移動したの?」

「ほぇ? 僕はずっと校舎にいたけど?」

「えっ? そうなの? おかしいわね」

「美波こそ屋上にいたんじゃないの? だから校庭にいるのを見かけてびっくりしたんだけど」

「ウチは屋上なんて行ってないわよ? 土屋がアキを体育館の方で見たって言うから行こうとしてたんだから」

「へ? そうなの? おかしいな。僕はあいつから美波を屋上で見たって聞いて向かってたんだけど……」

「変ね……ウチが聞いたのは土屋が職員室から出て来た時よ?」

「僕が会ったのは一階と二階の間の踊り場だよ」

 

 つまり職員室の前で美波と会って、その後階段で僕と鉢合わせをしたということか。

 なるほど……読めて来たぞ。

 

「……ムッツリーニのやつ、僕たちを会わせないためにわざと別々の場所に誘導したんだな?」

「えっ? 何よそれ。酷いじゃない!」

 

 きっと廊下に罠を張るための時間稼ぎをしたかったんだろう。僕を捕えるためのね。

 僕たちはその作戦にまんまと引っ掛かってしまったわけだ。

 でも工藤さんが通り掛かってくれてよかった。おかげで命拾いしたよ。

 

「土屋のやつ許せないわ。今度会ったらタダじゃ置かないわよ!」

「まぁまぁ、落ち着いてよ」

「でも酷いじゃない! ウチらを罠にかけるなんて!」

「こうして僕も美波も無事だったんだからいいじゃないか。今回は許してやろうよ」

「う……まぁ、アキがそう言うのなら……」

 

 美波が本気を出したら本当にあの世に行っちゃいそうだからね。

 さすがにそれは可哀想だ。あれでも根はいい奴なんだし。

 それにムッツリ商会にはずいぶん世話になったしな……。

 

 ん……? 待てよ?

 そういえばなんで休み時間のたびにAクラスなんかに行ってたんだろう?

 

「美波、一つ聞いてもいいかな」

「? うん」

「さっき休み時間はAクラスに行ってたって言ったよね?」

「! う、うん……」

「Aクラスなんかで何をしてたの?」

「……それは……」

 

 僕が問うと美波は困惑した表情を見せ、俯いてしまった。

 返事に困っているみたいだ。

 この時、僕は秀吉の言葉を思い出した。

 

 

 ──── どんなに親しい友でも話せないことの一つや二つ、あるのではないかの ────

 

 

 ……そうだね。秀吉。

 

 

「美波、言えないならいいんだ。今のは忘れてよ」

「……ごめんね」

「ううん。でもこれだけは教えて。美波のやってた勉強って学校の科目じゃないんだろう?」

「……うん」

「やっぱりか……それは姫路さんでも教えられないようなもの?」

「……うん」

「そっか。それだけ分かれば十分さ。姫路さんには僕から説明しておくよ」

「ごめんねアキ」

「いや、気にしないでいいよ。でも僕に出来ることがあったら何でも言ってよね」

「うんっ……」

 

 元気に話していた美波はすっかり消沈してしまった。

 

 そんな美波を見つめながら僕は思う。

 

 僕は美波と喧嘩をしてしまった。

 理由を言ってくれないことや、思い通りに事が進まないことに苛立って。

 でもそれは美波のせいじゃない。

 誰にだって人に言えないことくらいある。僕だってまだ美波に言えないことがあるんだ。

 それを責めてしまった僕が大人げなかったんだ。

 

 そうさ。言えないことの一つや二つ、あったっていいじゃないか。

 今はこうして傍にいてくれるだけでいい。

 それだけで幸せなんだ。

 

 だから……。

 

 だから僕はもう一度。心の底から謝りたい。

 

 

「昨日は強く言ったりして、ごめんね」

 

 

 ──これが僕が昨日からずっと言えなかった一言。

 

 

「ううん。ウチの方こそ叩いたりしてごめんね」

 

 

 ──それはきっと心からの一言。

 

 

「……痛かったでしょ?」

 

 美波はそう言いながら僕の左頬に手を伸ばしてくる。

 

「平気だよ。慣れてるからね」

「……バカ……」

 

 美波の手が僕の頬を丁寧にさする。

 何度も、何度も、繰り返し優しく撫でる。

 

「「…………」」

 

 会話が途切れ、僕たちはただ見つめ合った。

 美波は僕の頬に手を添えたまま、潤んだ瞳で僕の目をじっと見つめる。

 僕もその綺麗で大きな瞳を黙って見つめ返す。

 

 もう十分に謝り合った。

 これ以上僕たちの間に謝罪の言葉は要らない。

 あとはこの気持ちを再び伝えるのみ。この心の底から湧き上がる気持ちを。

 

 僕はこの思いのすべてを込めて顔を寄せる。

 

 美波もそれに応えるように目を細めながら顔を寄せてくる。

 

 僕たちは自然に、極自然に顔を寄せ合い……。

 

 そして────

 

 

  バンッ!!

 

 

「「!!」」

 

 突然、扉を蹴破るような大きな音が響き渡った。

 心臓が止まるかと思った……。

 続けて屋上に出てくる数人の足音と共に、聞き覚えのある甲高い声が周囲に響き渡る。

 

「きっとこの屋上にいるはずです! 見つけ次第抹殺……! いえ、ここへ連れてきなさい! 奴だけはこの手で始末しなければ気が済みません!」

 

 まずい。清水さんだ……。

 どうやら僕がこの屋上にいることがバレてるみたいだ。

 さっき毒殺した二人が発見されてしまったのだろうか。

 壁の端からそっと覗き出すと、鬼気迫る顔で周囲に目を配る清水さんの姿が見えた。

 

(……美春?)

(うん。そうみたい)

 

 この屋上に隠れる場所は少ない。このままじゃ見つかるのは時間の問題だ。

 どうする……打って出るか?

 足音の数からして相手は清水さんを合わせて三人──いや、四人だろうか。

 さすがに四人を相手に武器もなしに立ち回るのは無理だ。

 

 ……こういう時は逃げるに限る。

 

 でもこの入り口は彼らに近過ぎる。

 となれば手段は一つ。このまま屋上を走って新校舎から中に入るしかない。

 

(アキ、新校舎側へ走るわよ)

 

 美波が僕の耳元で囁く。彼女も僕と同じ意見のようだ。それなら話は早い。

 

(分かった。一気に駆け抜けよう)

(待って。美春たちが追って来られないように足留めするわ)

(ん? 足留めって……そうか!)

(そういうこと。じゃあ行ってくる!)

(えっ? ちょ、ちょっと待っ──)

 

 足留めする方法はある。

 それはもちろん、さっきムッツリーニから没収したあの催涙弾。

 ただ、あれは使った自分が吸い込んでしまう危険性もある。

 だからムッツリーニもガスマスクで防御していたのだろう。

 そんな危険な役を美波にさせるわけにはいかない。当然僕の役目だと思っていた。

 でも美波は僕が止める間もなく、飛び出して行ってしまった。

 

「美春っ!」

「お姉様! やはりここにいらしたのですね! さぁ美春と共に二人だけの愛の巣へ帰りましょう!」

「それはできないわ」

「何故ですお姉様! まだあんな男のことを信じているのですか!? お姉様は騙されているのです! どうして分かってくださらないのです!」

「美春、アンタはアキのことを誤解してるわ。アキが人を騙すなんてできるわけないじゃない」

「いいえ! あんな姑息な罠を張る男です! 奴の本性は人を騙すことを何とも思わないクズ野郎なのです!」

 

 取り残されてしまった僕は壁の陰から二人の様子を見守る。

 清水さんまだあのトラップを根に持っているようだ。執念深いなぁ……。

 それにしてもかなり興奮してるみたいだけど大丈夫かな美波……。

 

「男など最低の生き物です! そもそもこの世に不要な存在なのです!」

「言いたいのはそれだけ?」

「お、お姉様……!」

「アンタが何と言おうとウチはアキを信じてる。この気持ちが揺らぐことは無いわ。絶対に」

 

 美波が真剣な眼差しで清水さんを見据え、静かに言い放つ。

 その言葉に僕は胸がジンと熱くなってきてしまった。

 

 ありがとう美波……。

 この勝負、必ず勝ってみせる……!

 

「お姉様……どうしても聞き入れていただけないのですか?」

「……」

 

 清水さんの問いに美波は黙って頷いた。

 

「そうですか……。こうなったら……実力行使しかありません!!」

 

 清水さんがそう叫ぶのと同時に美波に飛び掛かる。

 だが美波は落ち着いた様子で彼女を睨み付けていた。

 

 そして────

 

「アキっ! 行くわよ!」

 

 美波が僕への呼び掛けと共に身を(ひるが)し、新校舎に向かって走り出す。

 僕はこの合図と共に飛び出した。

 

「何ッ!? 吉井もいやがったのか!」

 

 清水さんと美波のやりとりで影が薄かったFFF団が僕の存在に気付く。

 だが彼らは初動は遅かった。

 

「吉井ですって!?」

 

 清水さんは僕の名前を聞くと動きを止め、後ろを振り返った。

 その横を僕は一気に駆け抜ける。

 

「おのれ吉井明久! お前だけは逃がしませんっ! お前たち! 何をしているのです! 早く吉井を捕らえなさい!」

「お、おう!」

「待ちやがれ吉井!」

 

 清水さんの後からFFF団が慌てた様子で追いかけてくる。

 だが彼らが動き出した時にはもう僕は美波に追いついていた。

 そのまま僕らは新校舎への連絡通路を走り抜ける。

 

 二十メートル程の連絡通路を抜けると美波は体を反転させ、さっきのボール状の催涙弾を取り出した。

 そして片手で口を塞ぐと、通路に向かってそれを投げ付ける。

 

  プシュゥゥ……

 

 コンクリートに叩き付けられた玉からすぐに煙が吹き出し始める。

 

「なっ!? 何ですのこれ!?」

 

 煙はみるみる広がり、通路でたじろぐ清水さんたちに襲い掛かっていく。

 

「げほっ! げほっ! な、何だこりゃ!?」

「うがぁっ! 目が! 目が痛ぇ!」

 

 煙をモロに浴びた彼らはその場にうずくまり、盛んに目を擦り始めた。

 よし、作戦は成功だ。

 

「今のうちよアキ」

「うん!」

 

 僕たちは新校舎の入り口に向かって走り出した。

 

「ま、待ってくださいお姉様! こんな仕打ち酷いです! お姉様! お姉様ぁーっ!」

 

 清水さんの叫び声が屋上に響き渡る。

 ちょっと気が(とが)めるけど……でもこれは勝負なんだ。

 僕たちは負けるわけにはいかないんだ!

 悪いけどこのまま逃げさせてもらうよ!

 

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