バカと喧嘩と言えない秘密   作:mos

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part L

 なんとか清水さんから逃れられたな。

 あの煙を吸ってしまったのだからしばらくは動けないだろう。

 

「うまく行ったわね」

「うん。でもムッツリーニの催涙弾がこんなに早く役に立つなんて思わなかったよ」

「利用できるものはなんでも利用しなくちゃね」

「そ、そうだね」

 

 なんか美波も雄二みたいなこと言うようになったな。

 朱に交われば赤くなるってやつかな。

 おっと、そんなことより早く脱出しよう。清水さんたちが動けない今がチャンスなんだ。

 

「急ごう。清水さんたちが追ってくる前に脱出だ」

「うん」

 

 僕たちは屋上から四階へと続く階段を降りる。

 っと──

 

(ちょっと待って)

 

 踊り場で立ち止まり、僕は腕を横に出して美波を制止した。

 

「どうしたの?」

(静かに)

 

 ここは慎重に行こう。まだ他にもFFF団がいるかもしれない。

 

(……誰かいるの?)

(それを調べるんだ)

 

 壁の陰から四階をそっと覗き込む。

 

「……」

 

 だがそこに人影は無く、踊り場の窓からの柔らかな光が差し込んでいるだけだった。

 どうやら見張りは居ないようだ。

 

(……どう?)

(大丈夫。誰もいないみたいだ)

 

 一応警戒しておこう。誰かが息を潜めているかもしれない。

 

「行こう」

「うん」

 

 僕たちはどちらからともなく手を取り合い、四階へと降りた。

 

 廊下はシンと静まり返っていた。

 真っすぐ旧校舎向かって伸びる廊下に目をやる。

 電灯は消されていて薄暗く、視線の先に動く物は無い。やはり誰もいないようだ。

 こっちは誰も張り込んでなかったのか。

 来る時もこっちを通ってくればよかったな。おかげで無駄な殺生をしてしまった。

 まぁいいか。美波と合流できたし。

 

「このまま一階に降りよう」

「うん」

 

 と、三階への階段に入ろうとすると──?

 

 何だろう。目の前が暗い?

 

 不思議に思って視線を上げると、熊のような大きな影が前に立ちはだかっていた。

 

「「っ──!?」」

 

 反射的に跳び退く僕と美波。

 何だ!? 校舎内に熊!? どこの動物園から逃げ出したんだ!?

 ツキノワグマか? それともグリズリーか!

 どちらにしても冬の熊は冬眠しているはず。それがこうして校舎内を歩き回っているなんて──

 

 あれ?

 

 よく見るとこの熊、ネクタイをしている。

 ははっ、なんともおしゃれな熊だな。

 なんてことを考えていると、この大きな熊はそのまま階段を登って来て、

 

「吉井」

 

 と、野太い声で僕の名を呼んだ。

 ……熊じゃなくて鉄人だ。熊よりもっと危険じゃないか……。

 

「な、なんでしょう。鉄じ──」

「西村先生と呼べ」

「はい……。なんでしょう鉄人先生──じゃなくて西村先生!」

 

 とってもナチュラルに間違えるところだった……。

 

 ところで鉄人は僕に何の用だろう?

 こんな騒動を起こしている僕を捕まえに来たのだろうか。

 いつも硬い表情の鉄人は怒っているのか笑っているのか分からない。

 いや、笑ってるってことはないか。少なくとも今は……。

 

「いいところで会ったな。吉井」

「そ、そうですか?」

「うむ。一緒に指導室に来てもらおうか」

 

 そう言って鉄人は眉間にしわを寄せ、僕を睨み付ける。

 やはり捕まえに来たのか。けど今捕まるわけにはいかないんだ。何とかして誤魔化すしかない!

 

「唐突ですね。理由を聞かせてもらえますか」

「お前が職員室で暴れたからだ」

「う……」

 

 逃げ場に困って職員室に飛び込んだ時のことを言っているのか。

 これはまいった。反論の余地がない。

 あの時は他に手が無かったからなぁ……。

 

「おかげで高橋先生の書類が台なしだ。しっかり反省してもらうぞ」

「へ? 書類……ですか?」

 

 おかしいな。僕は書類なんて触ってないぞ? 机にだって触れていない。

 美波もそんな物には触っていないはずだ。

 

「鉄──西村先生、僕、書類なんて触ってませんけど?」

「確かに書類を踏み破いたのは須川と清水だ。だが職員室で遊んだお前らも同罪だ」

 

 そういうことか。余計なことをしてくれたな須川君。

 今はこんなことしてる場合じゃないのに……。

 早くしないと清水さんに追いつかれてしまう。ここはさっさと逃げて──

 

 ……

 

 いや。ダメだ。

 ここで逃げたりしたら清水さんたちに加えて鉄人からも逃げないといけなくなる。

 ただでさえ多勢に無勢なのに、更に鉄人を加えるなんて無謀もいいところだ。

 

 はぁ……仕方ない。他に方法も無いし、面倒だけど指導を受けてくるか。

 須川君たちが居合わせなきゃいいんだけど……。

 

「分かりましたよ。指導室へ行けばいいんですね」

 

 僕は少しふてくされたような口調で言い、鉄人の方へ進んだ。

 ところが一歩踏み出すと突然、馬の尻尾のような髪が目の前に現れた。

 

「先生! あれはウチが職員室に入ったからなんです! アキはウチについて来ただけなんです! だから指導室にはウチが行きます!」

 

 なっ!?

 

 美波が僕と鉄人の間に入り、庇うように両腕を広げて言う。

 これに対して鉄人は無慈悲な言葉を投げかける。

 

「島田。無論お前も対象だ」

 

 なんだって!? 鉄人の指導は苦痛そのものなんだぞ!?

 美波があの指導を受けるなんて冗談じゃない!

 

「先生! 美波は勘弁してください! その分僕が指導を受けます!」

「何言ってるのよアキ! 美春はウチを狙って暴れたのよ? ウチが原因を作ったようなものじゃない!」

「そんなことは無い! だって美波は何も悪いことなんてしてないじゃないか!」

「ウチが職員室に逃げ込んだから美春が追って来たのよ! だからウチは悪いことをしたの!」

「いいや! そもそも僕が昨日すぐに謝っていればこんなことにはならなかったんだ! だから原因は僕の方だよ!」

「それはウチだって同じことよ! 自分が悪いって分かってるのにすぐ謝れなかったんだから!」

「そんなことは無いって! たとえそうだとしても美波が指導を受けるなんて絶対にダメだ!」

「どうして分からないのよ! ウチが指導室にいれば美春も手出しできないでしょ! その間にアンタは脱出しなさいって言ってるのよ!」

「相手は男子の方が圧倒的に多いんだ! あいつらの狙いは僕なんだから指導室に入るのは僕の方がいいに決まってるだろ!」

 

「あー。お前ら──」

「「先生! 罰なら(僕)(ウチ)が受けます!!」」

「むぅ……」

 

 僕と美波の意見は平行線だ。このまま言い合っていてもお互い譲らないだろう。

 こうなれば鉄人に判断を任せるしかない!

 

 さぁ僕と美波、どっちを連行する!

 もし美波を連れて行くというのなら力ずくでも……!

 

 僕たちは揃って鉄人を睨みつけた。

 鉄人は眼光鋭く、黙ってじっと僕たちを睨み返す。

 

「「「…………」」」

 

 三人での睨み合いが続いた。

 

 一分ほど睨み合っただろうか。

 しばらくして鉄人は美波の方に視線を移すと、フッと口元に笑みを浮かべた。

 

 そして、

 

「吉井」

 

 僕の名が呼ばれた。

 

「そんな……! 先生! どうしてアキなんですか! 考え直してください!」

 

 この決定に美波が食い下がる。

 だが次の鉄人の言葉は美波の訴えに応えるものではなかった。

 

「悩みは解消したようだな」

「「……は?」」

 

 応えるものではなかったが、拒否するものでもなかった。

 

 悩み? 解消? 話が噛み合わない。鉄人は何を言ってるんだ?

 

「いいだろう。今回だけは特別に指導は免除してやる」

「ホントですか!」

 

 美波が目を輝かせ、パッと花が咲いたような笑顔を見せる。

 

 ……僕を許すって言うのか?

 今までどれだけ土下座して謝っても見逃してくれなかった、あの鉄人が?

 一体どうなってるんだ……?

 

「ただし! 二人とも休み明けに英文での反省文を提出するように! 島田。吉井を手伝ってやれ」

「はいっ!」

 

 鉄人の指示に美波が元気に答える。

 

 つまり指導室に入らなくていいから書いて持って来いってことか。

 休み中の課題が増えちゃったな……。

 まぁ無罪放免ってわけにはいかないか。

 それにしても反省文か。これなら僕も美波に教えられそうだな。

 なにしろ週に二回は書いていたからね。

 

「ところでお前ら、清水を見なかったか?」

「美春がどうかしたんですか?」

「うむ。あいつめ、指導の途中でトイレだと言って出て行ったきり戻ってこんのだ」

 

 なんだ。さっきの清水さんは指導が終わっていたわけじゃないのか。

 鉄人の指導を抜け出すなんて清水さんも必死だなぁ……。

 けどここは容赦なくやらせてもらうよ。

 

「清水さんならこの上の屋上にいましたよ」

「ん? そうか。どれ、ふん縛って指導せねばな。お前らもいつまでもウロウロしてないで帰れよ」

 

 そう言って階段を上がっていく鉄人。

 ふぅ……やれやれ。脅威は去ったか。

 これで清水さんも当面追って来られないだろう。僕らの勝利は目前だ。

 

 と、一安心していたら、

 

『吉井』

「は、はいっ!?」

 

 立ち去ったはずの鉄人の声が聞こえ、意表を突かれた僕は反射的に返事をした。

 な……なんだろう……。

 やっぱり気が変わったとか言うんじゃないだろうな……。

 

『大事にしろよ』

「へっ?」

 

 大事にって……何を?

 

 その言葉に説明は無く、鉄人は”のしのし”と階段を登っていった。

 何だったんだろう……?

 今日の鉄人はホントよく分からない……。

 

「アキ?」

「……ハッ」

 

 そうだ、ぼんやりしてる場合じゃなかった。

 

「行こう美波。今のうちに脱出だ」

「そうね。美春には悪いけど、ウチらは負けるわけにいかないものね」

 

 僕たちは階段を降り、一階の昇降口を目指した。

 

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