僕らは一階まで降りて来た。
三階、二階と通過してきたが、ここまでFFF団の姿は無い。
おかしいな。皆、諦めたのか?
……そんなわけないか。
あいつらがそんなに簡単に諦めるわけがない。
この程度で諦める連中なら僕はもっと平穏な毎日を送っているさ。
念のため警戒したほうがいいな。
階段からそっと顔を出して左右の廊下を見渡し、注意深く耳を澄ませる。
「……」
周囲は不気味なくらい静かで、物音ひとつ立てるものは無かった。
「誰もいないみたいね」
「よし、行こう」
薄暗い渡り廊下を通り、旧校舎へ入る。
そのまま実習室の前を通過し、何事もなく昇降口の靴箱前まで辿り着いた。
──なんだ……この静けさ。ホントに諦めたのか?
周囲に警戒しながら靴を履き替える。
──僕の考え過ぎなんだろうか……?
美波も靴を履き替えるのを確認し、静かに出口へ向かう。
と、ここまでは順調だった。
だが──
「……待った」
「どうしたの? アキ」
「誰かいる」
扉の先の地面に人の影が映っている。壁の向こうに誰かがいる証拠だ。
「勘がいいじゃないか。吉井」
聞き覚えのある声と共に壁の陰から一人の男子生徒が姿を現す。
やはり居たか。須川君。
「……おかげさまでね」
FFF団との付き合いも長い。
美波の想いを知り、自分の気持ちに気付いた時、かつての友は敵となった。
それからは戦いの日々であった。
ちょっとでも油断すればあっという間に縛られ、吊るし上げられた。
毎日命の危険に晒され、それを美波と共に切り抜けてきた。
そのおかげで危険を察知する能力だけは向上したというわけだ。
「須川君。悪いけどここは通させてもらうよ」
「フッ……。通りたくばこの俺を倒して行くことだな」
……気取った台詞がこれほど似合わない男も珍しいな。
見たところ相手は須川君一人。それなら僕に任せてもらおう。
「吉井、一対一の勝負だ」
どうやら向こうも美波は眼中に無いらしい。
「望む所だ!」
それなら美波には先に脱出してもらおう。
(須川君は僕が抑える。美波は先にここを抜けてくれ)
(でも……)
(なぁに。まともに相手はしないさ。すぐに逃げ出して追い付くよ)
(……分かったわ)
さてと、それじゃ出口は開けてもらわないとね。
「そこをどいてもらうぞ須川君!」
「来い吉井! ここは通さん!」
一気に押し出して、道を開ける!
「ッ──!」
僕は小さく息を吐き、須川君目がけて突進する。
これに対して須川君は身構えもせず、不敵な笑みを浮かべている。
おかしい……何かある!
僕はその顔に悪意を感じ、扉の手前で急停止した。
すると、
「「チッ!」」
黒いマント姿の男が二人、須川君の左右から飛び出してきた。
「気付きやがったか!」
「くそっ! もうちょっとだったのによ!」
「くっ……他にもいたのか……!」
危なかった……あのまま突撃していたら彼らの餌食だった……。
「須川君! 一対一じゃなかったのかよ!」
「お前を捕えるためだ。悪く思うな」
「悪く思うよ! 卑怯じゃないか!」
「バカめ! 戦いに卑怯もへったくれもないのだ!」
「汚い! なんて汚いんだ! 一対一なんて言葉を信じた僕がバカだったよ!」
さすがFクラス。姑息、卑怯、卑劣はお手の物か。
でも確かに僕が須川君の立場なら同じ手を使ったかもしれないな。
それにしてもこれはまずい。出口を完全に塞がれてしまった。
さすがに三人を相手に道をこじ開けるのなんてのは無理だ。
ここは一旦校舎内に下がって────
「アキ! 挟まれたわ!」
「なんだって!?」
美波に言われて後ろを振り向くと、黒マントの男二人が行く手を阻んでいた。
くそっ! こんな所で挟み撃ちか!
「やってくれるな須川君……!」
「俺は異端審問会会長の名にかけてお前を粛正しなければならない。さぁもう逃げ場はないぜ!」
前方に三人。後方には二人。確かに逃げ場は無い。
「アンタたち! ウチらの邪魔をしたら承知しないわよ!」
「「うっ……」」
美波が声を荒げ、男たちを威嚇する。その迫力にたじろぐFFF団。
っていうか、こいつらホントにどれが誰なんだ?
須川君以外は全員黒い覆面をかぶっていて、誰が誰だかさっぱり分からない。
「臆するな! 俺たちの底力を見せてやるんだ!」
「で、でもよぉ……」
「あの島田だぜ? 殺されちまうよ……」
須川君の檄にも弱気な発言が相次ぐFFF団。
うーん……そんなに恐いかなぁ?
確かにちょっと乱暴な所はあるけど、優しくて女の子らしい所は沢山あると思うんだけど。
「ウチ……どこで道を間違ったのかしらね……」
美波が愁いに満ちた目をして嘆く。
そりゃまぁ去年からなんだろうけど。
なんて、正直に言ったら僕が殺されるな。
「ウムム……ならば……ッ! 吉井を捕えた者には俺秘蔵の聖典を授ける!」
「「「了解ッ! 会長殿!!」」」
須川君……そこまでして僕を捕えたいのか。
何が君をそこまで駆り立てるのだ……?
「ねぇアキ、聖典って何?」
「……美波。世の中には知らない方が幸せなこともあるんだよ」
「……言わなくていいわ。なんとなく分かったから……」
ちなみに聖典とはFクラス男子間での呼び名で、一般的には”エロ本”と呼ばれているものだ。
この呼び方をすることで我々は教室内で堂々と話すことができるのだ。
なんて解説してる場合じゃない。この状況は最悪に近い。
せっかく皆が戦意喪失しかけたのに須川君の捨て身の作戦で元に戻ってしまった。
でも諦めるわけにはいかない……!
僕は須川君たちと対峙したまま考えを巡らせる。
何か煙幕のようなもので目を眩ませたいところだけど、ムッツリーニの催涙弾は屋上で使ってしまった。
あと持っているのは教科書の入った鞄だけど、こんなものじゃ武器にならない。
それなら周りに何か────ダメだ。靴箱しかない。
くそっ……本当に場所が悪い……!
そうしているうちに須川君がFFF団に指示を出す。
「諸君。宴の再開だ!」
「「「ヒャッハー!!」」」
黒マントをはためかせながらFFF団が前後から襲い掛かる。
く、くそっ……万事休すか……!
と、観念しかけたその時──!
「「何ッ!?」」
「こ、これは!?」
突然周囲が暗くなり、見慣れた空間が広がる。
これは……。
──── 召喚フィールド!? ────