「──
僕の掛け声に呼応し、白金の腕輪が鈍い光を放ち始める。
同時に足元に幾何学模様が浮かび上がり、そこから僕の二体目の召喚獣が姿を現した。
「なっ! なんだと!?」
「召喚獣が二体!?」
FFF団の二人が僕のもう一体の召喚獣に驚く。
この二人は白金の腕輪のことを知らなかったのだろうか。
「落ち着け! ヤツの召喚獣は強さが半分になっている! 一体に集中攻撃しろ!」
間髪入れずに須川君が取り乱す二人に指示を送る。
いい判断だ。いつの間にか指揮官らしくなったじゃないか。
「「り、了解ッ!」」
須川君の指示通り、すぐに二人の召喚獣が飛び掛かってくる。
僕はそれを主獣で迎え撃つ。
襲い来る二人が続けざまに刃を繰り出す。
それを避けると今度は須川君の棒が死角から伸びてくる。
なんとかそれもかわすと、また刃が迫ってくる。
こんな攻防が何度も繰り返された。いや、攻防というより防戦一方だった。
「く……」
これは……思った以上にキツい……!
二体の召喚獣を同時にコントロールするには二倍の集中力が要る。
その上、三人の攻撃は巧みにタイミングをずらしていて、反撃する余裕が無い。
勢いに乗る彼らは主獣を執拗に攻める。
主獣は相手の攻撃をかわすので精一杯だ。
くそっ……これじゃ二体目を召喚しても気を回している暇が無い……!
「ヤツは疲れが見え始めている! このまま一気に攻め落とすぞ!」
「「おうっ!」」
須川君の言うように僕は疲れはじめていた。
主獣はそれを示すように動きが鈍くなり、刃が頬や腕に当りはじめる。
その度に僕の身体に肌を切り裂くような痛みが走る。
僕の召喚獣は物理干渉できる代わりに、受けたダメージの何割かが本人にフィードバックする。
これが”観察処分者”に課せられた罰なのだ。
長くは
「美波ッ! 投げるよ!」
「えっ? 投げるって、何を?」
「鞄をしっかり握るんだ!」
「えっ? 鞄?」
「いいから早く!」
「もう! 一体なんなのよ!」
困惑しながらも美波は鞄を胸の前でしっかりと抱える。
説明している暇は無い! 一気に行くぞ!
僕は集中力を限界まで高め、副獣を動かす。
だがやはり主獣のコントロールが甘くなり、攻撃を何発か受けてしまった。
「ぐ……!」
フィードバックにより腕や背中に痛みが走る。
でも途中で止めるわけには……いかない!
僕は痛みを堪えながら副獣に美波を持ち上げさせる。
「きゃっ! ちょ、ちょっとアキ! 何をする気!?」
副獣の行動に戸惑う美波。
説明したいのは山々だけど、今はそんな余裕は無い! とにかく集中するんだ……!
「アキ? まさか……」
「せぇ……のっ」
「ま、待ってアキ! やめ──」
「おりゃぁぁーーっ!」
僕は気合と共に副獣に指令を出し、美波を力いっぱい投げさせた。
「きゃぁぁーーーっ!!」
「「「!?」」」
美波の身体は砲弾のように綺麗な放物線を描いて須川君の頭上を飛んで行く。
こんな手荒な真似、他の人にはできない。でもきっと美波なら大丈夫。
そう信じて取った行動だった。
──頼む! うまく着地してくれ!
僕は祈るような気持ちでその軌跡を目で追う。
「「「…………」」」
途中、視界に入って来た須川君たちFFF団はポカンと口を開けていた。
攻撃の手も完全に止まっている。
”何が起こったのか分からない”といった感じだ。
数秒後、美波は十メートルほど先で転びそうになりながらも、なんとか着地してくれた。
よし、さすが美波だ。思った通り無事着地してくれた。
芸術点を付けるなら9.5点ってところかな。
『こらーっ! アキーっ! 何てことするのよ! 危ないじゃなーい!』
美波がいきり立って文句を言い始める。
そんなこと言ってる場合じゃないって!
「後で謝る! 今はそのまま走れ!」
『えっ? ……あ!』
包囲網を突破したのを理解したようだ。
美波は身を
『『『ハッ!』』』
FFF団が我に返ったようだ。急ごう。次は僕の番だ!
『『『吉井! 貴様ぁーっ!』』』
状況を理解したFFF団全員が僕に襲い掛かる。それも召喚獣ではなく本体が。
だが遅いッ! 副獣はもう僕を抱え上げている!
「行っけぇーっ!!」
副獣に指示を送り、僕自身を投げさせる。
僕の身体は弾丸のように一瞬で須川君の頭上を越えていった。
どうやら慌てるあまり力が入り過ぎてしまったようだ。
まるで安全バーの無いジェットコースターのような感じでとっても怖かった……。
僕は風を切りながら美波と同じ軌跡を描く。
この間、僕はずっと息を止めていた。というか息ができなかった。
やがて速度も落ち、数秒後に僕はつんのめりながらもなんとか着陸する。
ふぅ。こんなこともう二度とやりたくないな。でもこれで包囲網突破だ!
「アディオス! 須川君!」
僕は美波の後を追い、校門へ向かって走り出す。
『アキーっ!』
門の外では美波が手を振り、僕を待っている。
あれが僕にとっての勝利の女神ってわけだ。
僕の足取りは軽く、跳ねるように美波の元へ向かった。
『『『待ちやがれーッ!』』』
後方より五人の鬼たちが追ってくる。
待てと言われて待つバカはいない。
なにしろあの門さえ出てしまえば僕たちの勝ちなんだから。
「吉井テメェ! 逃げるなんて卑怯だぞ!」
「そうだ! 正々堂々勝負しやがれ!」
なんとでも言え。
僕らの勝利条件は時間切れか学園の脱出なんだ。君たちと戦う必要は無いんだよ。
って……ちょっと待て!
「どっちが卑怯だよ!! 僕を騙し討ちしようとしたのは君らの方じゃないか!!」
彼らのあまりに身勝手な台詞に僕は思わず振り向いて怒鳴ってしまった。
すると彼らは円陣を組んで話し込み始めた。
「騙し討ち?」
「なぁ、騙し討ちって何のことだ? お前知ってるか?」
「さぁ? 覚えがねぇな」
「俺も知らねぇな。待ち伏せはしたけどな」
「待ち伏せは立派な戦略の一つだよな?」
「うむ。その通りだ。つまり我らの行動に問題は無いということだ」
『『『なるほど!』』』
……分かってはいたが、いろいろと酷い連中だ。
「ところで会長殿! 質問があります!」
「何かね?」
「報酬の聖典とはどのような趣向のものでしょうか?」
「うむ。詳しくは言えぬが、諸君らにもまだ見せたことのないものだ。少しだけ言うとだな……耳を貸せ」
(ゴニョゴニョ……)
「…………といった感じだ」
『『『うおぉぉっ!』』』
「マジっスか会長! マジでそんなの報酬に出しちゃっていいんスか!?」
「これも我らの規律を守るためだ。仕方あるまい」
「さすが会長殿! 太っ腹!」
「こらこら。俺の腹は出てないぞ?」
『『『いや、そういう意味じゃないっス』』』
「はっはっは。冗談だよ諸君」
えっと……。
なんか僕をそっちのけで談笑をはじめちゃったよ。
いいのかな。僕、このまま逃げちゃうよ?
でも須川君があんなに自信を持って言う聖典ってどんなものなんだろう。
ちょっと気になるな……。
『アキーっ! 何やってんのよーっ!』
あ……。
こんなことしてる場合じゃなかった!
僕は180度向きを変え、一目散に校門へと走り出す。
『『『吉井ぃぃーっ!!』』』
彼らも事態に気付いたようだ。
でも校門はもう目の前。今更気付いても遅いのさ!
「アキ! 危ない!!」
突然、美波が叫ぶ。
何が危ないと言うんだ? もう勝利は目前じゃないか。
僕は美波の言うことが分からないまま、目の前の門を抜けようとした。
ところが僕が門を抜けると、すれ違うように美波が門の中へ駆け込んで来た。
そして、
バシッ!
と音がして、何かが地面に落ちた。
「美春!! いいかげんにしなさい!! やっていいことと悪いことがあるでしょ!!」
「でっ、でもお姉さ──」
「でもじゃない! いいこと美春! アキに怪我なんかさせてみなさい! ウチは一生アンタを許さないから!!」
美波が凄い剣幕で怒っている。そうか、いつの間にか清水さんが追い付いて来たのか。
でもどういうことだ? 僕が怪我?
僕が怪我をするような何かを清水さんがしたってことか?
考えられるのはさっき美波が鞄で叩き落としたであろう何かだ。
そう思って僕は先程地面に落ちた物に視線を向けてみた。
するとそこには業務用とも思える大きなカッターが、刃を出された状態で転がっていた。
頭から血の気が引いた。
こんなのが刺さったら大怪我だよ……。
「……ごめんなさいお姉様……」
美波の逆鱗に触れてしゅんとする清水さん。こんな彼女は初めて見る気がする。
「謝れば済む問題じゃない! 今まで何度同じことを言ってきたと思ってるの! 今日という今日は許さないわよ!」
目を吊り上げて怒り心頭の美波。今まで清水さんをこんなに怒ったことは無い。
なんとか話し合いで解決しようとしてきた美波もさすがに今回は頭に来たのだろう。
……けど……。
「美波、もういいよ」
僕は美波の肩に手を置いて止める。
もう……美波の怒った顔は見たくない……。
「止めないでアキ! 今日こそは思い知らせてやるんだから!」
「もういい。もういいんだ。僕はこうして何ともなかったんだからさ」
美波の前に出て両手を肩に添え、言い聞かせる。
清水さんへの視線を切ることで少しでも怒りを静めようとしたのだ。
「……ハァ……まったくアンタは……」
美波は吊り上げていた目を少し緩め、呆れたように言う。
でもなんとか分かってくれたみたいだ。
「美春、ウチらの勝ちよ。もう諦めなさい」
そうだ。鬼ごっこに負けた清水さんは美波を諦めなくちゃいけない。
それが条件のはずだ。
「……分かりました。今日のところは引き下がります」
へ? 今日は?
「あの……清水さん? 今日のところって──」
「
「えぇ~……」
いやまぁ確かにあの時”金輪際”とは言わなかったけどさ……。
「悔しいですが今回は美春の負けです。…………けど! いつかこの豚野郎の本性を暴いてお姉様に教えて差し上げます!」
そんな挑戦状のような言葉を残し、清水さんは引き上げて行った。
まだ諦めないつもりなのか……。
「豚ども! 今日のところは引き上げです!」
「チッ、しゃーねぇな」
「あーあ、負けちまった」
「覚えてろよ吉井!」
……おかしいな。あれってFクラスの人たちだよね?
なんでDクラスの清水さんの指揮下に入ってるんだろう……。
FFF団の五人は清水さんに続いて校舎の方へ去って行く。きっと裏門から帰るのだろう。
「清水さんにも困ったもんだね」
「しっかり約束させなかったのは失敗だったわね……」
僕らは話しながら彼らを見送っていた。
すると昇降口から鉄人が怒りのオーラと共に現れた。
それを見た清水さんは慌てた様子でこちらへ走って戻ってくる。
しかしすぐに捕まり、抵抗する清水さんを抱え上げた鉄人は昇降口の中へ消えていった。
また指導を抜け出していたのか。鉄人相手によくやるなぁ……。
あの昇降口はさっきまで僕たちが戦っていた所。
既に召喚フィールドは無くなっている。
試召戦争はもう終わったのだろうか。何にしても助かった。
「……帰ろうか」
僕は左手を差し出した。
「うんっ……」
美波は笑顔でその手を取り、僕たちは歩き出した。
……あれ?
そういえば今日ってFクラスしかいないんじゃなかったっけ?
霧島さんや久保君は来ていたけど試召戦争なんかするわけが無いし……。
なんで召喚フィールドが出たんだろう?
僕は気になって後ろを振り向いてみた。
だがそこには誰もおらず、日が落ち始めて薄暗くなりはじめた校庭が広がるのみであった。
「アキ? どうかした?」
「……あ、ううん。なんでもない」
……まぁ、いいか。
☆
「まったく。世話の焼ける奴らだな」
「……でも、放っておけない?」
「違うな。むしろ迷惑だ。あのバカは何かとトラブルを起こしやがる。……ま、それが面白くもあるんだがな」
「……素直じゃない」
「あ? ンなことねぇよ。本来ならトラブルなんか無い方がいいに決まってるだろ」
「……そういうことにしておく」
「なんだよそりゃ」
「……吉井たち帰ったみたい。私達も帰ろう。雄二」
「そうだな」
「あぁそうだ、帰る前にひとつだけ言っておきたいことがある」
「……何?」
「ケーキ、すまなかったな。翔子」
「……うん。また作る。今度は雄二に食べてもらう」
「今度は姫路のと混ぜるなよ」
「……大丈夫。でも今度は瑞希に教えてもらった隠し味を使う」
「んなっ!? い、いや! そこはやっぱりお前のオリジナルにするべきなんじゃないか?」
「……雄二がそう言うならそうする」
「あ、あぁ、そうしてくれ……俺の命のためにも」
「……?」
「んじゃ帰るか」
「……うん」
「って、なんだよ。おい、くっつくなって」
「……私も美波みたいに歩きたい」
「や、やめろって。ンな恥ずかしいことできるかよ」
「……」
「いててて! 翔子! や、やめ……! 関節を極めながら歩くのがあいつらと同じなのかよ!」
「……素直じゃない」
「い、いやそうじゃねぇだろ! いいから放せって!」
「……」
グキッ
「あぎゃぁーーっ!」
「……雄二はもっと素直になるべき。吉井みたいに」
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