僕は公園に到着した。葉月ちゃんと待ち合わせする時によく使っている公園だ。
そこには一人ブランコに腰かける葉月ちゃんの姿があった。
考えてみればこんな夜遅くに小学生の女の子を公園で待たせるなんて良くなかったな……。
早く話を聞いて家に送ってあげないと。
「葉月ちゃん」
「あっ! バカなお兄ちゃん!」
僕が呼び掛けると葉月ちゃんはブランコから降り、こちらをじっと見つめていた。
どうしたんだろう。いつもなら僕を見るなりロケットのように飛びついてくるのに……。
美波の元気が無いことに関係しているのかな。とにかく話を聞こう。
「ぐすっ……」
僕がブランコの方へ歩きはじめると、葉月ちゃんはみるみる顔を崩していき、涙を溢しはじめてしまった。
「お兄ちゃぁぁん!」
「ぐふっ……!」
そしてやっぱりロケットのように飛びついてきて、見事な頭突きを僕の鳩尾に入れてきた。
「ど、どうしたの……葉月ちゃん……」
「バカなお兄ちゃん……っ! 助けてください……っ! 葉月……葉月……っ……!」
僕の服にしがみ付き、取り乱した様子で涙を流す葉月ちゃん。
助ける? 葉月ちゃんを? どういうことなんだろう?
とにかく落ち着いて話してもらわないと。
「葉月ちゃん、何があったの? 落ち着いて話して……くれる?」
うぐぐ……声を出すと鳩尾が痛む……。今日のは一段と強烈だった……。
僕はズキズキと痛む鳩尾を押さえながら葉月ちゃんの頭をいつも通りに撫でてやった。
そうしてやっと葉月ちゃんは分かる言葉を発してくれた。
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが死んじゃうです……」
「なっ! なんだって! 美波が!?」
そんなバカな! 今日だって美波はちゃんと授業を受けていたじゃないか!
まさか元気が無かったのは重い病気を患っていたからなのか!?
「葉月ちゃん! 詳しく教えて! どういうことなの!?」
「お、お兄ちゃん……痛い……です」
「へ? あ……ご、ごめん!」
気付けば僕は葉月ちゃんの両肩を強く掴んでしまっていた。
「ごめんね葉月ちゃん。お姉ちゃんのこと、詳しく聞かせてくれる?」
「はいです……」
僕は葉月ちゃんをブランコに座らせ、詳しく話を聞かせてもらうことにした。
「最近のお姉ちゃん、朝までお勉強してるみたいです。今朝もお姉ちゃん起きてこないから見に行ったら机で寝てたです」
そっか、病気じゃないのか……。よかった……。
美波が授業中に居眠りしてたのはそいうことだったんだな。
「それなのにお姉ちゃんお料理とかお洗濯とかいっぱいやってて……昨日は包丁で怪我しちゃいました……」
「そういえば今日指に大きな絆創膏付けてたね。でもあれは大したことないって言ってたよ」
「はいです。それでその時にお勉強忙しいなら葉月がやるって言ったです。でもお姉ちゃん自分でやるって言って……。このままじゃお姉ちゃんお体壊しちゃいます……でも葉月の言うこと聞いてくれないです……。だからっ! バカなお兄ちゃんならお姉ちゃんを止めてくれると思ってお電話したです! お願いですっ! バカなお兄ちゃん! お姉ちゃんを助けてほしいです!」
両手を合わせ、神様に祈るように僕を見つめる葉月ちゃん。
葉月ちゃん……こんなに美波のことを心配してるんだ。ホント、姉思いのいい子だな……。
「……分かったよ葉月ちゃん! お兄ちゃんに任せて!」
「ほんとですか! ありがとうですっ!」
美波が体を壊すなんて僕だって嫌だ! なんとしても助けなくちゃ!
よし、そうしたらまずは何の科目を──って……あれ?
おかしいな。期末テストはこの前終わったばかりじゃないか。
むしろ今は羽を伸ばして遊ぶ時期のはずだ。『補習授業さえ無ければ』という条件付きだけど。
それに徹夜で勉強しても授業で居眠りしてちゃ意味が無いじゃないか……。
なんでそんなに急に頑張るようになったんだろう?
帰り道でテストの出来具合の話をした時はそんなに悪かったようには思えなかったけど……。
美波としては納得できない点数だったのかな。
それとも他に何か勉強しなければならない理由ができたんだろうか。
うーん……。
……ダメだ。分かんないや……。
葉月ちゃんは何か聞いてないかな。
「ねぇ葉月ちゃん、美波がそんなことをはじめたのはいつ頃?」
「えっと……葉月は見たのはおとといです」
一昨日か。ちょうどテストが終わった頃だな。
やっぱりテストに関係があるんだ。
「その時に美波何か言ってなかった?」
「おとといですか? ん~と……」
「何でもいいよ。思い出してみて」
「あっ! そういえば『もうすぐ大事な日だから急がないと』って言ってたです!」
「大事な日?」
なんだ? 大事な日って。テストに関係するんじゃないのか?
余計に分からなくなっちゃったな……。
大事な日……勉強……。模試とか?
でもそんな話は全然してなかったけどなぁ……。
「葉月ちゃん、他に美波に変わった所は無かった?」
「他にですか? 特に無かったと思うですけど……。あっ! でも凄いって思ったことはあるです!」
「凄いこと?」
「はいですっ! その時のお姉ちゃん、両手に鉛筆持ってお勉強してたです! 葉月にはできないすっごいことです!」
「えぇっ!? 両手に!? そりゃ凄い……」
そんな勢いで勉強してたのか……。これはただ事じゃないな……。
でも分かってきたぞ。まず美波の元気が無かったのは寝不足だったからだ。
そしてその理由は徹夜をして勉強していたから。
何故こんなに根を詰めるようになったのかは分からないけど、勉強なら手伝いようもある。
僕には無理だけど姫路さんならきっと助けになってくれるはずだ。
よしっ……。
「葉月ちゃん、教えてくれてありがとうね。お姉ちゃんは必ず助けてみせるよ」
「ほんとですか……?」
「うん。約束するよ。だから安心して」
「はいですっ! お願いしますです!」
「よし、じゃあ帰ろうか。家まで送るよ」
「はいですっ!」
☆
僕は葉月ちゃんを連れて家に到着した。
美波に話を聞けるかな。
「葉月ちゃん、美波を呼んでくれるかな。ちょっと話してみるよ」
「はいですっ! 呼んでくるです!」
トトッと元気に玄関へ入って行く葉月ちゃん。
良かった。すっかり元気になったみたいだ。
さて、なんて言って切り出そう。
昼間眠そうにしていた理由から確認してみるか。
「お兄ちゃん」
玄関で待っていたら葉月ちゃんが戻ってきた。
「ん、どうしたの? 葉月ちゃん。美波は?」
「お姉ちゃん寝てたです。起こした方がいいですか?」
そっか。あんなに眠そうにしてたし、疲れが溜まっているのだろう。
それなら明日話すことにするかな。
「いや、いいよ葉月ちゃん。可哀想だからそのまま寝させてあげて。話は明日してみるよ」
「はいですっ」
「それじゃ僕は帰るね」
「ありがとうですっ! バカなお兄ちゃんっ!」
僕は葉月ちゃんに手を振り、美波の家を後にした。
さて、明日忘れずに話をしなくちゃな。