僕たちは公園を後にし、美波の家に向かっていた。
いくら一緒にいたいと言ってもずっと公園にいるわけにもいかないから。
もちろん手を繋いで。
僕は歩きながら右手を見つめた。
ベージュ色の手袋。
美波の手編みの手袋。
……温かいな。
これを見ていると幸せな気持ちになれる。
きっと美波の思いが沢山詰まっているからなのだろう。
あれ? そういえばこの手袋って右手だけ?
それに手の甲の部分に編み込まれている文字。”MINAMI”って、どういうことなんだろう?
「ねぇ美波、この手袋って美波のじゃないの?」
「どうして?」
「だって美波の名前が縫い込まれてるし」
「あ、ううん。それはアキので合ってるのよ」
「へ? そうなの? じゃあなんで美波の名前が?」
「それはアキにね、ウチの名前を……持っていてほしいから……」
「名前を?」
名前を持つって……どういうことなんだろう?
「うん。ウチのことを忘れないようにって、思って……」
なるほど。そういうことか。
でも美波を忘れるなんてこと、あり得ないんだけどな……。
「な、何よその顔。おかしいとでも言いたいの?」
「あぁいや、そうじゃなくて」
まぁいいか。美波がそうしたいのなら。
「全然おかしくなんてないよ」
「本当に?」
「うん」
「本当に本当?」
「本当に本当だよ」
「……よかった。えへ……」
暗くてよく見えないけど、きっと美波は嬉しそうな顔をしていると思う。
確かにこの縫い込まれた文字を見ていると美波の笑顔が目に浮かぶようだ。
「あっ……そういえば片方しか渡してないじゃない。すっかり忘れてたわ」
「あぁ、やっぱり両方あるんだね。そりゃ片方なわけないか」
美波は鞄からベージュ色の手袋を取り出すと、僕に差し出してきた。
「はい、こっちが左手用よ」
「うん。ありがと──ん?」
この手袋……なんか変だぞ?
親指以外が一体になったミトン形をしている。右手用は指がそれぞれ入る分離型なのに。
それになんだかサイズも少し大きいみたいだ。
そうか。きっと時間が足りなくなって省略形にしたんだな。
それに慌てて作ったからサイズも間違えたんだろう。
普段はとことんやる美波でもこういうことがあるんだね。
「これ、ミトン型なんだね」
「うん」
「時間が足りなくなっちゃったんだね。僕はこれでも全然構わないよ」
「あ、ううん。違うの。それはわざとその形にしてあるのよ」
「ほぇ? わざと?」
どういうことだろう。わざわざこんな形にする理由って──ん?
そういえばこの左手に編み込まれている文字……。
手の甲側に”MINAMI”。手に平側に”AKI”。
僕と美波の両方の名前が編み込まれている。
それに何だろう、この手首の辺り。もう一つ手が入るような穴が……?
「気付いたみたいね」
「うん。何? これ」
「こうするのよ」
美波は嬉しそうにそう言うと、その大きな穴に手を差し入れてきた。
あ……これ……。
なるほど。そういうことか。
今、僕の左手と美波の右手は手袋の中でしっかりと繋がれている。
「これはウチとアキの二人で使う手袋なのよ」
そう言いながら美波は左手をひらひらと振って見せた。
その左手には同じベージュ色の手袋が付けられ、返した瞬間に見えた手の甲部分には赤い”AKI”という文字が見えた。
「なるほど。手を繋ぐための手袋ってわけだね」
「そういうこと。暖かくなるまでずっとこれを使うからね」
「うん!」
僕たちはお揃いの三つの手袋を付けて歩き出した。
……とっても温かい。
さっきも手は繋いでいたけど、風に晒されて冷たく感じていた。
でも今はその左手を美波の手と手袋が暖めてくれる。
手袋をしていてもこうやって手を繋げるなんて思ってもみなかったな。
こんなに凄い物を作ってくれたなんて……。
──ありがとう美波。
もう二度とあんな喧嘩はしないよ。
それから、僕はもっと大人になる。皆に自慢できるくらいの男になってみせる。
それにはまず観察処分者を返上しないといけない。
あ、その前に鉄人に言われた反省文を書かないと。
はぁ……先は長いかもしれないな。
でも頑張らなくちゃ。美波のためにもね。
「美波、明日さ、一緒に反省文書かない?」
「……忘れてたわ」
「僕が覚えやすく教えてあげるよ」
「そんなの覚えたくないわよ……じゃあそれが終わったらウチが数学を教えてあげるわ」
「えぇ~……せっかく冬休みに入るんだから遊ぼうよ」
「遊んでばっかりじゃ……ダメよ? もう補習授業なんて懲り懲りよ……」
「う……わ、分かったよぅ……」
「……遊ぶのは勉強の後でね」
「うん!」
反省文を書くだけのつもりだったけど……まぁいいか。
美波と一緒なら嫌いな勉強だって楽しくできるようになるかもしれない。
それに頑張らないといつまで経っても目標を果たせないしな。
よし、頑張ろう!
……それでいつか、観察処分が解けたら……。
僕は────
「──ぁ」
「うわっとっと!」
急に美波が
でも足を踏ん張り、なんとか転ばずに済んだようだ。
ふぅ。びっくりしたなぁ……。
「美波、大丈夫? 急にどうしたのさ」
「大丈夫……ちょっと
本当に大丈夫だろうか。
暗くてよく分からないけど、なんだか虚ろな目をしているような気が……?
「行きましょ」
そう言って美波は再び歩き出した。けど……。
「「……」」
やっぱり何かおかしい。
なんだか目を瞑って歩いているような感じがする。
それに上半身をゆらゆらと揺らして────
!
「美波!!」
歩き出してすぐ、美波は膝を折るように崩れ落ちてしまった。
僕は咄嗟に美波の前に出てその身体を抱き止め、なんとか地面への激突を防いだ。
「美波! どうしたの美波!?」
「……なんか……力が……入んな…………」
僕の胸に顔を押しつけながら美波が力なく答える。
まさか公園に長居し過ぎて風邪を引いてしまったのか!?
慌てて手袋を外し、美波の額に手を当ててみる。
「……」
特別熱いというわけでもない。熱は無いみたいだ。
じゃあ一体どうしたって言うんだ?
って……。
「美波?」
あ、あれ? これって……。
「すぅ……すぅ……」
寝てる……?
「ちょ、ちょっと待ってよ美波、こんな所で寝ないでよ」
「ん……」
「ほら、起きてよ。風邪引いちゃうぞ?」
「…………すぅ……」
えぇ~……ど、どうしようコレ……起きてくれないぞ?
なんで急に寝ちゃったんだろう。さっきまで元気に話していたのに……。
「……すぅ……すぅ……」
……
気持ち良さそうな寝顔だな。
……そうだよね。
この手袋のために毎日徹夜していたんだ。
それに今日はあれだけ走り回ったのだから、疲れも相当溜まっているはず。
きっと眠気に負けないように今までずっと気を張っていたのだろう。
それでようやく目的を果たせたから緊張の糸が切れたんだろうな。
僕は美波のこの様子をそう解釈した。
下ろす視線の先では美波が無防備にその身を僕に
これは起こすのは可哀想だな……。
仕方ない。
ゆっくり寝させてあげたいけどこんな道路の真ん中で寝かせるわけにもいかないし。
僕は後ろを向いて美波の両腕を肩に担ぎ、
「よい──しょっと」
落とさないように注意しながら美波の身体を背負った。
さて、家まで送り届けなくちゃな。
僕は美波の家に向かって歩き出した。
次回、最終話