バカと喧嘩と言えない秘密   作:mos

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part D(終)

 僕は美波を背負い、街灯が照らす道を歩く。

 

 そういえば肝試しの時もこうして美波を運んだっけ。

 あの時はお化けを見て気を失っちゃったんだよな。

 

 ── ずっと隣にいてあげるって言ったら、アキは受け入れてくれるの? ──

 

 あの時の言葉……今なら分かる。

 美波はあの時も『ずっと一緒にいたい』って言いたかったんだ。

 でも僕はその問い掛けに対して見当違いな答えを返してしまった。

 ごめんよ美波。あの時気付いてあげられなくて。

 

 今なら言える。僕の本当の気持ち。

 そう。僕は君に──

 

「ずっと……隣にいてほしい」

 

 星の夜空に向かって、僕は一人呟いた。

 

「ん……」

 

 すると、背中の美波が僅かに動いた気がした。

 この言葉を聞いていたのだろうか。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 気のせい……かな。

 

 規則的な寝息を吐く美波を背負い、僕は美波の家へと向かった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 美波の家の前に着いた。

 

 えーと……。

 

 両腕には美波の脚を抱え、それぞれの手には僕と美波の鞄。これじゃインターホンを押せない。

 でもこんな所で美波を下ろすわけにもいかないし……。

 そうだ。ここは頭を使おう。

 

 というわけで──よいしょ。

 

  ピンポーン

 

 僕は頭でインターホンを押した。

 フフ。頭は使いようさ。

 

『はいです』

 

 ん、この声は葉月ちゃんか。

 

「こんばんは葉月ちゃん」

『あ! バカなお兄ちゃん! 今開けるです!』

 

 インターホンから葉月ちゃんの元気な声が聞こえてくる。

 程なくして玄関の扉が開き、ツインテールの頭が飛び出してきた。

 

「いらっしゃいです! バカなお兄ちゃんっ!」

 

 と、僕に飛び付こうとしたところで美波の存在に気付いたようだ。

 

「お姉ちゃん! どうしたですか!? 具合が悪いですか!?」

「大丈夫だよ葉月ちゃん。眠ってるだけだからね」

「ほぇ? そうなんですか?」

「うん。ずっと徹夜で疲れてるみたいなんだ。だから部屋で寝かせてあげたいんだけど、上がっていいかな?」

「はいですっ! 葉月が鞄持つですっ」

「ありがとう葉月ちゃん。じゃ、頼むね」

 

 僕は二つの鞄を葉月ちゃんに渡し、家に上がらせてもらった。

 

 そして美波の部屋に到着し、コートと上着を脱がせてベッドに美波を寝かせる。

 なんか……コートとはいえ脱がせるのってドキドキするな……。

 そんな僕の気も知らずに美波はベッドで寝息を立てている。

 僕はベッドの横で膝を突き、美波の寝顔を眺めた。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 可愛い寝顔だな……。

 

 ……?

 

 しばらく美波の様子を眺めていると机の方に違和感のようなものを感じ、僕は目を向けた。

 普段は辞書や参考書が並んでいる机。

 横では青い大きなキツネのぬいぐるみが写真立てを大事そうに抱えている。

 写真は美波の看病をしたあの時に見たものとは違っていた。

 そこには僕と美波がカメラに向かってVサインを出しながら微笑む姿があった。

 これは以前デートした時に撮った物だ。だが違和感の正体はこれではない。

 

 それは机の上にあった。

 手袋と同じ色をした毛糸玉。それが机の上に転がっている。

 今まであそこに勉強道具以外が置かれているのを見たことはない。

 だから違和感を覚えのだろう。

 

 僕は上着のポケットから手袋を取り出し、じっと見つめた。

 

 ここで毎日夜遅くまでこれを作っていたんだな……。

 

 改めてそれを認識し、僕はベッドに視線を戻した。

 いつの間にか美波は顔をこちらに向けて寝ていた。寝返りを打ったのだろうか。

 そのせいか前髪が目にかかっていて、少し眉をひそめて痒そうにしているように見える。

 

 ……美波、ありがとう。

 

 僕はその前髪を脇に除けてやり、心の中で礼を言う。

 そして横髪に軽く触れる程度に撫でながら──

 

 

(……大好きだよ……)

 

 

 小さく呟いた。

 するとその直後、撫でていた僕の手に何かが触れた。

 

「えへ……聞いちゃった……」

 

 !?

 

「みっ、美波!? 起きてた!?」

 

 それは美波の手だった。

 

「……やっと……言ってくれたね……」

「い、いやこれは! その……」

 

 うわあぁぁどどどうしよう! 眠ってると思ったのに!

 恥ずかしい台詞聞かれちゃったよ!?

 

「ず、ずるいぞ! 寝たふりするなんて!」

「ううん……今起きたのよ」

「そっ、そうなの?」

「ねぇ……アキ……」

「は、はいっ!」

「どうして……今まで……言ってくれなかったの……?」

「へっ? な、何を?」

「好き……って……」

「うぐっ……そ、それは……」

 

 やっぱり答えなくちゃダメかな……。

 美波はまだ眠そうな、半分開きの目で僕を見つめる。

 こんな目をしているけど美波の質問は真剣だ。誤魔化すわけにはいかない……。

 

「その……は、恥ずかしい……から……」

「……それだけじゃ……ないんでしょ……?」

「う……」

 

 確かに理由はもう一つある。

 それは僕たちが付き合うことになったあの日の夜、夜空を見上げながら心に決めたこと。

 まだ誰にも明かしたことは無い。もちろん美波にも。

 

 けど……。

 

 気になっていることを話してくれない辛さは身に染みて分かっている。

 あんな辛い思いを美波にしてほしくない。だから──

 

「分かった。言うよ。でも誰にも言っちゃダメだよ?」

「……うん」

 

 僕は一度大きく深呼吸し、秘密を打ち明けた。

 

「僕はまだ観察処分者でさ、解いてもらおうと頑張ってるつもりなんだけどなかなか上手く行かなくて……でもこのままじゃ美波と釣り合わないって、少なくとも観察処分が解かれるまでは僕に言う資格は無いって、思って……それで……言えなかったんだ……」

 

 秘密にしていたことを話してしまった。やっぱり恥ずかしい……。

 

「……」

 

 美波は何も言わなかった。何も言わず、ゆっくりと(まばた)きをするのみだった。

 何も言われないのは罵倒されるよりも辛い。

 

「いや、あの──」

 

 僕は恥ずかしさを紛らすため、何か別の話しをしようとした。

 だがそれとほぼ同時に美波が少し呆れたように口を開いた。

 

「なんだ……そんなことだったの……」

「ば、僕にとっては大事なことなんだよ……」

「前にも言ったでしょ? アキは今のままでいいのよ……?」

「そんなこと言ってもさ……やっぱりかっこ悪いじゃん……」

「ううん……そんなことない……。アキはウチの……自慢の彼氏よ……」

「うぅ……」

 

 そう言ってくれるのは嬉しい。

 けど……すっごく……恥ずかしい……。

 

「わ、分かったよ。でも僕にも男の意地があるんだ」

「……?」

「だからっ……! つ、次に言うのはやっぱり観察処分が解かれてからってことで!」

「……うん……楽しみに……して………………」

 

 美波は重たそうにしていた(まぶた)を閉じ、言葉途中で黙り込んでしまった。

 どうやら再び眠りについたようだ。

 

 その寝顔は口元に笑みを浮かべ、どこか満足げに見えた。

 

(……おやすみ。また明日……)

 

 僕は眠る美波にそう囁いて、部屋を後にした。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 部屋を出ると葉月ちゃんが目の前にいた。

 

「お姉ちゃんどうですか?」

「一旦起きたけどまた眠ったみたい」

「そうですか……」

 

 心配そうに目を潤ませる葉月ちゃん。ホントに姉思いのいい子だ。

 僕にもこんな妹がいたらよかったのにな。

 

「大丈夫だよ。風邪を引いたりしたわけじゃないからね。一晩眠れば元気になるからね」

 

 僕はしゃがんで目線を合わせ、葉月ちゃんの頭を撫でてやる。

 

「……はいです」

 

 すると葉月ちゃんはにっこりと笑顔を作ってみせた。

 

「バカなお兄ちゃん、お姉ちゃん今夜もまたお勉強するですか?」

 

 葉月ちゃんは美波の勉強のことをまだ知らないようだ。

 手袋のこと、葉月ちゃんにも明かしていなかったんだな。

 

「大丈夫だよ葉月ちゃん。お姉ちゃんはもう徹夜なんかしなくてもいいんだ」

「ほぇ? そうなんですか?」

「うん。だから今日はゆっくり寝させてあげようね」

「はいですっ!」

 

 うん。いい返事だ。

 

「それじゃ僕は帰るね」

「えっ? もう帰っちゃうですか?」

「うん。でも明日また来るからね」

「ほんとですかっ! 嬉しいですっ!」

 

 葉月ちゃんが飛び上がって喜ぶ。どうやら僕が遊びに来ると思っているらしい。

 明日は反省文を書くために来るんだけどな。

 

「でも明日は課題をやる約束だから……ごめんね」

 

 美波だって妹にそんなかっこ悪い所を見せたくはないだろう。

 

「そうですか……じゃあそれが終わったら遊んでくれますか?」

「うん、いいよ」

「お姉ちゃんも一緒ですか?」

「あぁ、もちろんさ」

「わかりましたっ! 葉月、お兄ちゃんたちのお勉強が終わるまで待ってるです!」

 

 美波も遊ぶのは勉強の後って言ってたし、いいよね。

 

「うん。それじゃまた明日ね」

「はいですっ! また明日ですっ!」

 

 僕は美波の家を後にし、帰路に就いた。

 

 

 

 玄関を出ると急に身体が重くなってきた。僕の体力も限界が近いようだ。

 暗い夜道を歩いているうちに僕の身体はどんどん重くなっていく。

 まるで身体が鉛に変わっていくような気分だ。

 でも美波のように道端でダウンするわけにはいかない。

 なんとか家までは持ち堪えないと……。

 

 重たい身体を引きずり、僕はやっとの思いで自宅に辿りついた。

 だが玄関を入るとすぐに猛烈な睡魔に襲われ、僕の記憶はそこで途切れた。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 目を覚ましたのは翌朝。自分のベッドの上だった。

 制服を着たままののところを見ると無意識にベッドに入ったのだろう。

 これも動物の帰巣本能というやつだろうか。

 

 今日は美波と課題──というか反省文を書く約束だ。

 僕はさっとシャワーを浴びて着替え、美波の家へと向かった。

 

 

 

 美波は笑顔で僕を迎えてくれた。すっかり元気になったようだ。

 

 早速僕たちは反省文を書きはじめた。

 そしてその時、横で顔をしかめる美波を見て思った。

 

 ──こうして隣に美波がいる。

 

 当たり前になりつつあったこのことが、僕にとって最も大切なことだったのだと。

 

 結局昨日、僕らは自分たちでは何もできなかった。

 姫路さんや秀吉、それに霧島さんの力を借りて、ようやく仲直りできたんだ。

 最後には雄二にも黒金の腕輪を使わせてしまった。

 ムッツリーニは、まぁ……後日話をつけるとして。

 

 今回、色んな事を学んだ気がする。

 僕たちはまた喧嘩することもあるかもしれない。

 けど、もし今度喧嘩になっても、今度は皆に力を貸してもらわなくても解決できると思う。

 皆に大切なことを教えてもらったからね。

 

「ねぇ、アキってば!」

「あ、うん。何?」

 

 全然気付かなかった。

 どうやら美波が何か話していたようだ。

 

「何をぼんやりしてるのよ。反省文終わったわよ。アンタは?」

「あぁ、終わってるよ」

「どうしてそんなに早いのよ……」

「ん? んー。慣れてるから?」

「ハァ……まぁいいわ。じゃ、次は数学の勉強ね」

「う……」

「何よ。文句あるの?」

「……いや、よろしくね。美波」

「やけに素直じゃない」

「まぁね」

 

 だって、僕の当面の目標は観察処分者の返上だからね。

 まずは数学から成績を上げて行くことになりそうだ。

 

 美波の教えに僕の頭がついて行けるかどうかは分からない。

 でも頑張らなくちゃ。

 

 一日も早く美波に言えるように、ね。

 




『バカと喧嘩と言えない秘密』

  ── 終 ──
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