バカと喧嘩と言えない秘密   作:mos

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part F

 翌朝。

 

 教室に入った僕は突然全身を縄でぐるぐる巻きにされた。

 須川君の口ぶりからして僕が美波と喧嘩したことを知っていたようだ。

 昨日のあの場を見ていたのだろうか。

 でもそんなことはどうでもよかった。

 美波と喧嘩してしまった。そのことしか考えられなかった。

 

 ……どうしてあんな喧嘩をしちゃったんだろう……。

 

 一時間目が終わり、今は休憩時間。

 姫路さんが教壇で鉄人に何やら質問をしている。

 鉄人がここにいるからか、須川君たちも僕に手を出してこない。

 いつもは邪魔でしかない鉄人の存在は気力の無い今の僕にとっては助けとなっていた。

 今の教室は図らずも安全だ。

 

 隣を見ると、美波の姿は無かった。

 昨日の出来事が脳裏を過る。

 叩かれた左頬に手を当ててみると、まだヒリヒリと痛む気がした。

 

 ……

 

 痛かった。

 美波には過去に殴られたり関節技を極められたりしてきた。

 でもこんなに痛いと感じたことは無かった。

 そしてこんなにいつまでも痛みが残ることも無かった。

 

 ……痛いな……。

 

 痛むのは頬だけではない。

 昨日の夜から胸を突き刺すような痛みが消えない。

 この感覚が頬の痛みより辛く、苦しい。

 

「吉井。ちょっと職員室まで来い」

 

 いつの間にか姫路さんの質問は終わっていたようだ。

 どうせ授業中にぼんやりしていたことを叱られるのだろう。

 面倒だけど反抗する気力もない。

 僕は無言で立ち上がり、鉄人の後をついて教室を出た。

 

 

 廊下を歩いている間、鉄人は一言も話さなかった。

 無言で廊下を歩き、階段を降りて行った。

 僕も言葉を発することもなくそれについて行った。

 

 今まで職員室に呼び出されて叱られることなど、週に三回はあった。

 その時もこうして鉄人の後ろを歩いたが、その背中からは凄まじい怒りのオーラを感じていた。

 だが今日、この時だけは不思議とその威圧感を感じなかった。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 職員室に入るとそこには一人だけ。学年主任の高橋先生が窓際の席に座っていた。

 他に先生はいないようだ。きっと皆休みなのだろう。

 

 鉄人は高橋先生に軽く会釈し、自席へと向かう。

 僕もその後ろをついて行った。

 そして鉄人は椅子に腰掛けるとこちらを向き、意外な言葉を掛けてきた。

 

「どうした吉井。何か悩み事か」

「……は?」

 

 あまりに予想外の問い掛けに僕は耳を疑った。

 

「今日のお前はまるで生気が感じられん。何か悩み事があるんじゃないのか?」

 

 ……信じられない。あの鉄人が僕にこんな言葉を掛けてくるなんて。

 今まで僕を叱ることしかしなかったあの鉄人が……。

 でもこの目。冗談などではなく、本気で言っているようだ。

 

 ……確かに悩み事はある。

 けど、鉄人に相談してどうにかなるものでもないと思う。

 

「……いえ」

 

 僕は嘘をついた。

 

 その返事を聞くと鉄人は眉間にしわを寄せ、僕を真っ直ぐに睨みつけた。

 何も言わずにただじっと僕の目を見据える鉄人。

 僕はそのすべてを見透かされたような視線に耐えられず、目を逸らした。

 

「お前のご両親が海外で働いていて不在だということは先生も知っている。相談できる者も少ないだろう。先生はお前より長く生きている分、経験もある。話してくれれば何かアドバイスしてやれるかもしれんぞ」

「……」

 

 まるで子供を心配する父親のようなことを言ってくる鉄人。

 

 嬉しかった……。

 

 今の僕の心境を理解してくれていような気がして、凄く嬉しかった。

 けど、それでも美波との喧嘩を話す気にはなれなかった。

 

「誰かと喧嘩したのか」

「っ──!」

 

 鉄人の鋭い質問に一際強く胸が痛んだ。

 

「やれやれ……。分かりやすいやつだなお前は。そんな顔をしたら丸分かりだぞ? 相手は坂本か」

「…………ち……違います……」

「そうか」

 

「「……」」

 

「後悔しているのか」

「……はい……」

 

 僕は小さく呟くように答えた。

 鉄人はその答えを聞くと一度大きくため息をつき、落ち着いた低い声で話しはじめた。

 

「吉井。後悔しているということは自分の非を認めているんだな?」

「……」

 

 分からない。

 後悔はしてるけど、僕の何がいけなかったのかが分からないんだ。

 あの時、どうすべきだったのかも分からない……。

 

「ならその気持ちを真っ直ぐ相手にぶつけてみろ。腹を割って話し合えばきっと理解し合えるだろう」

 

 僕は頭を垂れ、俯きながらその言葉を聞いた。

 

 そんなこと言われてもな……。

 何をどう謝ればいいのかなんて分かんないよ……。

 それに美波は僕の話なんて聞いてくれないんじゃないのかな……。

 

「なぁに、お前の仲間ならすぐ仲直りできるだろう。しっかりやれ吉井。さぁもう教室に戻れ。授業を再開するぞ」

「……はい……」

 

 僕は力無く返事をし、出入り口の方へ向かった。

 

「……失礼します」

 

 扉の前でいつものように振り返りお辞儀をすると、高橋先生の顔が一瞬見えた。

 その眼鏡の奥の瞳は僕に微笑みかけているような気がした。

 僕はそのまま扉を締め、職員室を後にした。

 そして教室に戻りながら鉄人の言ったことを考えた。

 

 ……

 

 真っ直ぐに気持ちをぶつけるって言ってもな……。

 

 昨日、僕は精一杯美波のことを思って一緒にやろうと持ち掛けたつもりだった。

 でもそれは拒まれてしまった。

 

 わけも分からず謝ったとしても美波は許してくれないんじゃないのかな……。

 

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