どこか特定の場所に行こうという考えは無かった。
とにかくがむしゃらに走っていた。
どこでもいいから一人になりたい。そう思っていたら──
「「あ……」」
今一番会いたくない人に出会ってしまった。
……美波だ。
なぜ会いたい時に会えなくて、会いたくない時に会ってしまうのか……。
渡り廊下の真ん中。向かい合い、互いに俯く僕と美波。
……気になる。さっき久保君と何を話していたのか。
聞きたい。
でも……それを聞いてどうする?
絶望的な返事が返ってくるだけじゃないのか?
自分にとどめを刺したいのか?
……
いや……。
もしかしたら違うかもしれないじゃないか。
姫路さんの言うように男には話せないことかもしれない。
久保君と話していたのだって勉強の件とは全然違う可能性も──!
「み……美波、あの……!」
僕はありったけの勇気を振り絞って声を掛けた。
「…………っ!」
だが美波はその呼び掛けに応じることなく、僕の横を駆け抜けて行こうとする。
そうか……。やっぱり美波は僕なんか……。
「そうかい……美波にとって僕は取るに足らない存在ってわけだね」
僕のこの言葉が聞こえたのだろう。
美波は立ち止まって振り返り、吊り上げた眉を見せた。
「そうよ! アキなんてウチにとっては空気みたいなものよ!」
「あーそうかい! 僕は空気みたいに何も感じないくらい軽い存在ってわけだね!」
売り言葉に買い言葉だった。
言ってしまったことを後悔しなかったわけではない。
ただ、この時は自分で自分を抑えきれなかった。
「何よ。瑞希とイチャイチャしちゃって……」
「なっ!? 何言ってるのさ! 僕がいつ姫路さんと──」
「じゃあこれは何なのよ!」
そう言って美波は一枚の写真を突き出す。
それには僕に抱きつく姫路さんの姿が写っていた。
こ、これって二時間目の後の! 誰だこんな写真を撮ったのは!?
すぐに小柄な男子生徒の姿が頭に浮かんできた。
ムッツリーニめ……。余計なことをしてくれる……!
でもあれは姫路さんが転んでしまったのを支えてあげただけ。
それを説明すればいいだけのはずだった。
けど、写真を見せられた僕はそれを言えなかった。
それはずっと脳裏にチラついている、Aクラス前でのあの光景が邪魔をして。
そして──
「そ、そういう自分だって久保君と楽しそうに話してたじゃないか!」
言ってしまった。
何を言ってるんだ!
こんなことを言ってしまったら仲直りなんてできるわけないだろ!
仲直りしたくないのか!
僕は心の中で自分にそう言い聞かせていた。
「ア、アンタには関係ないでしょ! ウチが誰と話そうが勝手じゃない!」
「っ……! あぁそうさ! 確かに関係ないさ!」
だが僕の口は意思に反し、喧嘩腰の言葉を並べていく。
「アンタの方こそ瑞希とずいぶん仲がいいじゃない!」
「そ、そりゃクラスメイトだし、当たり前じゃないか!」
やめろ──
「ウチはクラスメイトじゃないとでも言うつもりかしら?」
「そんなこと言ってないだろ! 僕がいつそんな差別をしたのさ!」
やめろ──!
「じゃあどうしてウチにはそんな言い方するのよ!」
「それはお互い様だよ! それに話を聞いてくれないのはそっちじゃないか!」
素直に謝れ──!
「ア、アンタが謝るまで話すつもりなんてないわ!」
「どうして僕が謝らないといけないのさ! 勉強なら姫路さんに教えてもらうのがいいって言っただけじゃないか!」
謝るんだよ──!!
「それが余計なお世話だって言うのよ! ウチの気も知らないで!」
「あぁ分かんないよ! 何もかも分かんないよ! そんなに言うならもう勝手にしろ!」
「言われなくても勝手にするわよ!!」
なんで……。
「「ふんっ!」」
……
なんで……素直に謝れないんだよ……。
何を……何をやってるんだよ……僕は……。
美波が背を向け、僕の前から走り去って行く。
僕はただその場に立ち尽くし、その姿を見送ることしかできなかった。