八神クリニックへようこそ!   作:ナンジェイ

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カルテ1

 

 

 

 もしもの話だ。もし目の前に悲しんでいる人達がいて、自分にそれを助けるだけの力があるならどうする? 相手が助けを乞うならば手を差し伸べる、あるいは先に自分から手を差し伸べるという選択もある。前者は求められての行動だが、後者は自発的に介入する所謂お節介というやつだろう。ただそれらに共通して言えるのは、どちらもお人好しだという事だ。後々感謝をされ、周りからも慕われる人間として評価を受ける。

 

 だが人なんてものは十人十色、全ての人間がそんなに出来た人間ばかりじゃない。目の前で誰かが悲しんでいようと我関せず、酷い場合はそれを嘲笑って傍観する者までいる。人は誰しも優越感に浸りたい、自分より弱い者を認識する事で自身の精神を保つ。言いようではあるが、先に話した慕われる人間ですらその優越感に浸りたいが為に手を差し伸べるという場合もある。

 

 仮に相手を助ける理由が、本当に助けたいという純粋なものだったとして。それでも一部からは周りに慕われ、自身の価値を上げるためだけの偽善行為と捉えられる事もある。助けたにも関わらずそれらからは敵対視され、厄介な事に巻き込まれる可能性も否定できないだろう。善行をしたからと、それらが因果応報で返ってくる訳じゃない。

 

 だったら初めから助けなければ良かった、何でもない良心などで手を差し伸べなければ良かった。そんな後悔が生まれる。理不尽とはまさにそういう事なのだろう。

 

 そして、そんな理不尽な目に遭うのが嫌で。今、オレは目の前で助けを乞う人達がいても手を差し伸べる事はない。

 

 

「先生、さっきから意味の分からない独り言言ってますけど早く診療してください」

 

 

「はい、すみません」

 

 

 薬臭漂う白一色の室内。後ろに控える白衣を身に纏った金髪のボブカットの女性……シャマルの声で、目の前の椅子に座っているご老人の診察へ渋々移る事にした。あれだけはっきり診療したくないと言っているのに訳が分からないとは、解せぬ。

 

 肌着を捲ってもらい、胸に聴診器を当てる。因みにご老人は女性だ、垂れた女性のシンボルが目に入りそうだったので直ぐにシップを貼っておいた。これで安心して診察に移れる。

 

 

「何処に貼ってるんですか!?」

 

 

「いや、だって見たらセクハラだろ? と言うか見たくもない」

 

 

「お兄さんはお医者さんなんですよ! 本当にしっかり診察してください!」

 

 

「……はぁ、分かったよ」

 

 

「ホッホッホ、賑やかな事だねぇ」

 

 

 気が付けばシャマルが額に青筋を立てていた。これ以上巫山戯ると本気で叱られるので、仕方なく真面目モードに移行しよう……取り敢えず婆さん、胸にシップ貼ったオレが悪かったから剥がす時に感じるのは止めてくれ。

 

 婆さんがここへ来た理由は、最近になって時折頭痛に襲われるようになったというものだ。この老体だ、若者なら気にせず過ごせても年取った身体には堪えるのだろう。試しに心音や脈を測るが.特に異常は見られない。続いて口を開けてもらい口内と喉の様子を確認するが、健康的な薄紅色で炎症らしき箇所もない。風邪でもなさそうだ。

 

 

「シャマル、どう思う?」

 

 

「う~ん、見る限りでは異常は見当たらないですね……お婆さん、最近身の回りで何か変わった事はありますか?」

 

 

「特には無いねぇ……ああ、そう言えば先週息子が帰ってきてねぇ。畑も手伝わずに遊び呆けて、困ったもんだよ」

 

 

 先週帰ってきたバカ息子か……なるほど。ふと後ろに目配せしてみるが、シャマルも納得した様子でこちらに頷いて見せた。どうやら同じ見解らしい。

 

 こういった事例は日常茶飯事だ。個人差はあるが、大方それと見て間違いない。

 

 

「婆さん、あんたの頭痛の原因はそのバカ息子だ」

 

 

「先生、もう少し言葉をオブラートに包んでください」

 

 

「婆さん、頭痛の原因はそのロクデナシのどうしようもない息子だ」

 

 

「誰が粉末薬撒き散らせって言いましたか!?」

 

 

 今日もシャマルのツッコミは好調らしい。真面目な話に移るにしても、これがないとオレの診療は始まらない。と言っても今まで真面目に診察した覚えがないのだが。

 

 シャマルの小言が次々と耳の中へ侵入してくる最中、目の前の婆さんは笑顔で気にするなと言ってくれた。でも悪いな婆さん、気にしてたら多分最初からこんな発言してない。

 

 

「次巫山戯たら、はやてちゃんに報告します」

 

 

「うぐ……分かった、真面目にやるよ」

 

 

 顔をしかめて話すシャマルの言葉で、そろそろマジで仕事しないといけない事態になっている事に気付いた。今年九才になった我が妹……はやてへの報告だけは本当勘弁してください。この前仕事しない人間にご飯は要らないとか言われて泣き付いた記憶が甦って若干涙出てきた。

 

 仕方がないので本題に移るべく、一つ咳払いをして仕切り直した後、横のデスクに右腕を置いて足を組みながら告げる。

 

 

「婆さん、今からその息子さんを連れてきてくれ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「こっちは今からアキちゃんと待ち合わせだってのに……何の用事だヤブ医者」

 

 

「こらこら健ちゃん、先生に失礼な事は言わないようにね」

 

 

 婆さんに件のバカ息子を連れてきてもらうよう頼んで三十分後。現在目の前には、スキンヘッドの黒光りしたグラサン野郎が婆さんの隣で偉そうに腰を下ろしています。因みに年齢は四十一らしい、まあどうでもいい事だが。

 ……やっぱり手を差し伸べるんじゃなかった。今更ですけど診察放棄しても良いですかね?

 

 

「健助さん……でしたか? 最近お母様の家にお帰りなさったそうで」

 

 

「アアン? それがお前と何か関係あんのか?」

 

 

「いや、それが……」

 

 

 健助さんの威圧的な雰囲気が、額に冷や汗を滲ませる……強面は昔っから大の苦手です。小さい頃に親父とキャッチボールしてて、ヤーサンの車に当てたのがトラウマの始まり。町中でチャカを片手に追っ掛けてくるとか当時のこの町の治安どうなってたんだ……

 

 そんなトラウマはこの場において言い訳にならず、頭の中では後ろに立つシャマルからの頑張れという激励の声が響いていた。確か念話とか言ってたな……っと、話が段々とそれて──

 

 

「黙ってねぇで何とか言いやがれ!」

 

 

「はい、すみませんっ!」

 

 

 思わず怖じ気付いたオレは悪くない、頭の中でシャマルの溜め息が響くが決してオレは悪くない。急に怒鳴られたら誰だって驚くと思う……漏らさなかっただけでも褒めてほしいくらいです。

 デスクに置いてある鏡へ視線を移すと、長い茶髪の男が情けない顔でビクビクしています……どう見てもオレしかいませんね。この醜態、とても妹には見せられない。

 

 

「はぁ……健助さん、でよろしかったでしょうか?」

 

 

「ん? 何だ……って、よく見たらお姉さん美人じゃねぇか。このあとお茶でもどうだ?」

 

 

「結構です……さっそくですが、うちの医師が頼りにならないので私の方から説明させて頂きます」

 

 

 健助さんの迫力に怯んでいると、シャマルが前に出てきて誘いをキッパリと断りながら本題に入った。堂々としたその姿は可憐で、凛々しくて、大人の魅力溢れる素敵な女性で……シャマルさんありがとう! お陰で助かった!

 そう一通り念話で伝えたら、今日の事ははやてに報告すると返ってきました。容赦がないね! 今夜もカップラーメンになるのか……

 

 

「──と言う訳で、お母様の頭痛の原因は貴方です。今からでも遅くありませんので、しっかり親孝行してあげてください」

 

 

 今夜の食事を想像して落ち込んでいると、いつの間にかシャマルが説明を終えていた。こんな強面相手に堂々と言い放ったシャマルさん素敵! 尊敬するけど真似をしようとは思いません、はい。

 ……ん? でも女性からこんな風に言われて健助さん──

 

 

「巫山戯た事ぬかしやがって……!」

 

 

 あばばばば、やっぱり激おこぷんぷん丸じゃないですか!? 健助さん頭から湯気が出てるよ! シャマルさん一体どうするのさっ!? シャマルさーん!

 ……あれ、シャマルさん?

 

 

「ふ……」

 

 

「ふ?」

 

 

「巫山戯ているのは貴方の方でしょう!」

 

 

 その瞬間、シャマルの怒鳴り声が室内に響き渡る。その瞳は鋭く、目の前の男に激しく嫌悪感を抱いている表情からはオレでも見たことがないほどの怒りを感じた。彼女の突然の声に、健助さんと婆さんも驚きでたじろいでいる。

 シャマルは我慢の限界を超えたんだろう、彼女の怒りも納得だ。この男の現状は、いい年こいて母親のスネかじりで働きもしないロクデナシ。おまけに遊び呆けているのにも関わらず、悪びれた様子がないという救いようのない態度。オレも法律が無かったら、拳の一つは振るっている事だろう……嘘ですごめんなさい、法律無くても拳は振るえないです。

 

 

「四十過ぎて情けないと思わないんですか! お母様はこのお年で畑仕事をこなしているのに、貴方はその収益で得たお金で遊んでばかり。畑を手伝う訳でもなく、家事をしている訳でもなく、今の貴方はただ親のスネをかじっているロクデナシです!」

 

 

「あの、シャマルさん? そのくらいで──」

 

 

「いいえまだ言い足りません! 大体さっきもアキさんという女性と約束していながら私を誘って、複数の女性と関係を持ちたい願望駄々漏れです! 最低です! あり得ません! 女の敵です! 一度小学校から教育受け直したらどうですか? お兄さんに頼んだら編入させてもらえるんじゃないですか? 何か言ったらどうですか!」

 

 

 シャマルさん、やめてあげて……健助さんのライフはもうゼロよっ! あと流石にオレでも健助さんを小学校に編入させる事は出来ません、いや出来てもやらないけど。

 じゃなくて!? こんなにプライド傷つけられたら、健助さん激おこぷんぷん丸どころか通り越して激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだよ!?

 

 

「……イイッ!」

 

 

「……ぇ」

 

 

「お姉さんイイよ! もっと罵ってくれ!」

 

 

 だから言わんこっちゃな……ってえ? 健助さん愉悦に満ちた表情なんですけど!? だらしのない顔が気持ち悪いんですけど! あとグラサン外した目がつぶらな瞳なんですけど! ……そんな事どうでもいいわ!

 流石にこの状況は予想の斜め上をいったよ、もうどう収拾つけたらいいのか……

 

 

「あの~、シャマル?」

 

 

「ええっと……」

 

 

 シャマルが目をそらしやがった! 事態招いたのお前だろ! 何とかしろよ! そして健助さん、急に上着脱ぎ出さないで!? 誰もそのふくよかな肉体なんか見たくないから!?

 婆さんは余りの息子の醜態に気絶しちゃったし……仕方ない、こうなればオレが何とかしないと。これでも八神家の長男、五人と一匹の家族を支える大黒柱的な存在なんだ! ここは漢の見せ所……!

 

 

「お、お……お大事にッ!」

 

 

 何とか二人を引きずって外へ放り出しました。よくやったオレ、あの見るに耐えない男を抱えてよく外まで連れ出せたよ。もう二度と婆さんは診察しません、いや婆さんが悪い訳じゃないんだけども。

 入り口の自動ドアの電源を落とし、鍵をかけてブラインドを降ろす。もう診察する気にもならない、休診の札はあとで掛けておこう。独断だけど、オレが医院長だから問題ないよね! 

 ……やっぱり念のため、うちのクリニックに勤めるただ一人の看護師でもあるシャマルに確認しておくか。

 

 

「シャマル、今日はもう閉めようと思うんだが……」

 

 

「あれ? お兄さん今日は休診日じゃありませんでしたっけ?」

 

 

「……うん、そうだったね」

 

 

 首を傾げながらとぼけた様子でシャマルが此方に訊ねてくる、どうやら彼女も無かった事にしたいらしい。それがいいね、きっと! 婆さんは尊い犠牲になったんや……

 二人揃って白衣を脱ぎ、私服になると裏口から外へ躍り出る。入り口の方からは今尚健助さんの奇声が聞こえるが、オレは今日誰も診察してないから何も知らない。

 

 

「はやてを迎えに行くか」

 

 

「はい、確かヴィータちゃんと図書館に行っている筈です」

 

 

──看護師さん! もっと罵ってくれ!──

 

 

 ……あの、今日中に帰ってね?(震え声

 

 

 

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