八神クリニックへようこそ!   作:ナンジェイ

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カルテ9ー2

 

 

 

 人生の選択において正解はない。間違いもない。どれが正解でどれが不正解かは他ならぬ本人が決める事であり、他者の考えで決められるものではない断じてない。だからこそ生きていく中で訪れる様々な分岐点、その選択は己の意思で決めるものだ。失敗を恐れて他人に選択を迫る者は、現実から逃げていると言えよう。

 

 親にしてもそうだ。我が子に苦労をさせたくない、失敗してほしくない。親心とも言うが、そういった自己的な考えで子供の歩く道を定めるのはどうかと思う。苦労は買ってでもしろと、失敗は成功の元と昔からよく言うではないか。我が子を思う気持ちも行き過ぎると、それはただの束縛になる。親は、子供を縛り付ける存在ではなく導く存在でなければならない。

 

 それが家族ではなく他人ならば尚更の事。それは既に、他人の人生を否定している。その生き方は違う、こういう生き方をしろ。言われている当人からしたら余計なお世話である。

 

 そして、オレもまた他人に選択される事を良しとしない人間だ。

 

 

「(お、お兄さん。いいんですか?)」

 

 

 バインダーが直撃してたんこぶができた頭を擦っていると、隣に立っているシャマルから念話が飛んできた。知らない、シャマルが何を言いたいのかオレは分かりません。そういう事にして。

 

 カメラの後ろではADさんが必死な様子でカンペを見せてくる。そして、そこには太いマジックでこう書かれていた。

 

 

『再現Vで照れている妹さんとハグ!』

 

 

 ……やだよ! なんでバインダー投げてきた凶暴な妹と突然ハグの流れになるんだよ! どう考えてもろくな展開にならないだろ! それにさっきADさんのお願いは聞かないと心に決めました。オレの人生なんだ、他人に動かされてたまるか……!

 

 足元に落ちているバインダーを拾って持ち上げると、平らな部分で涙目のはやての頭へ急降下を執行する。

 

 

「いたっ! な、何するんや!」

 

 

「こっちの台詞だバカ! バインダー投げんな! これの角当たったらめちゃくちゃ痛いんだぞ!」

 

 

 悪い事をしたら怒る。どんなに大切な妹でも、それはそれ、これはこれ。この後も照れ隠しでバインダー投げられたらこっちの身が保たんわ!

 

 そしてカッとなった影響で、本番開始直後に事なきを得たあの事を思い出して段々腹立ってきました。

 

 

「つうかお前さっきズボンのチャック開いてたの気付いてたろ! 教えろよ!」

 

 

「知らんわ! 兄ちゃんなんか社会の窓全開で笑いとっとれ!」

 

 

「このやろう……!」

 

 

「何やこのバカ兄……!」

 

 

 カチカチカッチーン……もう許さないもんね。テレビだろうがなんだろうが知るもんか、今日こそ兄の威厳を見せてくれる……!

 

 オレがバインダーを構えると、はやては車椅子を引いて思いっきり突撃体勢をとった。どうやら退く気はないらしい……ならば思い知らせてくれよう、必殺バインダー剣法──

 

 

「二人ともいい加減にしてください!」

 

 

「いてっ」

 

 

「あいたっ!」

 

 

 仲裁に入ったシャマルの鉄槌で、オレとはやては痛みに頭を押さえた。済まないシャマル、オレ達兄妹はもう少しで見るに耐えない光景をお茶の間の皆さんに届けるところだったよ。ただ、はやてには軽くチョップだったのにどうしてオレだけ本気の拳骨なんですかね? そこは納得いかない。

 

 そんな感じで扱いの差に渋い表情を浮かべていると、突然プロデューサーやアシスタントの人達がカメラ裏で笑い声を上げ始めた。どうやらしょうもない兄妹の言い争いに思わず笑ってしまったようだ。

 

 

「ふふ……あ、ごめんなさい」

 

 

「ええよシャマル……はぁ、皆さんに恥ずかしいところ見せてもうたなぁ」

 

 

「はは……同感だ」

 

 

 周囲につられてつい笑ってしまったシャマルに苦笑で返した後、改めて院内の案内に戻るべくカメラへと視線を移す。診察室をあとにし、次にシグナムが待つ治療室へ向けて歩き始めた。

 

 しかし……

 

 

「……?」

 

 

 不思議そうな顔でちょこんと首を傾げながら、こっちを見上げてくるヴィータかわええ……

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 治療室までの時間を、雑談を混えながら消化する。夏風邪、熱中症、この季節に注意が必要な病名を述べながらその対策についてもそこそこに、丁度説明が終わったところで治療室の扉の前へと着いた。シグナムにはこの中で待機しているように言ったし、真面目な性格だから大人しく待ってくれてるはずだ。

 

 治療室の扉を開き、撮影のカメラが一足先に室内へ入った。シグナムもかなり可愛い部類に入るだろうから、テレビ的にも申し分ない絵図らだろう。

 

 

「そしてここが、私と看護師で治療を行う──」

 

 

──紫電一閃!──

 

 

「ぎゃああああ!?」

 

 

 えっと……あの、カメラマンさんが突然血相変えて飛び出してきたんだけど。おまけに中から物が壊れるような凄い音が聴こえた……

 

 嫌な予感がする、とてつもなく嫌な予感が。テレビ撮影だから不審者が侵入しないように警戒だけ頼んでシグナムを残したし、問題が起こる要素が無いはずなのに……一体何があったし。

 

 

「──何処に逃げた! 主はやて、兄上、丁度良いところに。先程怪しげな機械を抱えた者が現れ、機械を用いて突撃してきたので抵抗しましたが、逃げられてしまい……」

 

 

 ……ナニモキコエナイ。レヴァンティンを手に持ったシグナムが何か言ってるけどワケガワカラナイ。ナニモナカッタ、サアトビラヲシメヨウ。

 

 ──ああ分かってるよ、本当は理解してるよ! シグナムがレヴァンティンでカメラ壊したんだろ、それ以外に何があるってんだよ! そうじゃなかったらどれだけ嬉しいか……!

 

 意を決して室内へ……はい、何かの残骸が焦げていました。

 

 

「なあ、はやて」

 

 

「何や兄ちゃん」

 

 

「カメラって幾らするんだろうな」

 

 

「いや、それどころやないやろ……」

 

 

 これはきっとドッキリか何かだよね?(涙

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

『──紫電一閃!』

 

 

『……あれ? 八神さーん、聞こえますかー? ……ええっと、現場で何かあったようです。映像の復旧まで暫しお待ちください』

 

 

 その日の夜。録画していた番組の八神クリニック紹介コーナーを家族全員で観ましたが、特集はシグナムがレヴァンティンを振りかざしたドアップで終わっていました。スタジオの皆さんが戸惑う中、復旧の見込みが無いという事でコーナーは強制終了。番組内は別の特集へ。

 

 ……思いっきり全部放送されてました(白目

 

 

「も、申し訳ありませんでしたっ!」

 

 

「ええってもう。誰も怪我せぇへんかったし、テレビ局の人達も優しい人ばっかりやったから、機材の弁償だけで済んだ。シグナムも皆さんにちゃんと謝ったしな」

 

 

 八神家一同が座るソファーの前、土下座で謝るシグナムをはやてが一人慰めている。ところで土下座なんてシグナム何処で覚えたのか……ああ、時代劇か。

 

 あの後現場では関係者の皆様へ頭を下げ、プロデューサーの厚意もあって奇跡的な事に機材の弁償だけで済んだ。オレとはやて、同じくシャマルもヴィータも謝罪させられた訳だが、二人ははやてが許すならと目の前のシグナムへ溜め息を吐いている。

 

 オレ? 許すわけないじゃん。

 

 

「そんな……!?」

 

 

 そんな……じゃねぇよ。カメラに幾らかかったと思ってんだよ、八神クリニックの評判どれだけ下げたと思ってんだよ、オレの小遣い何ヵ月分無くなったと思ってんだよ! 本当なら勘当もんだぞこのやろう……家に入れてやっただけありがたいと思えやゴラァ!

 

 

「まあまあ兄ちゃん、シグナムも反省しとるみたいやしええやん」

 

 

「そうですよ、皆さんは許してくださったんですから」

 

 

「……兄貴小さい」

 

 

 まあまあって、元はと言えばオレの小遣いで帳尻合わせたのはやてだろ! シャマルは痛くも痒くも無いじゃん! 誰がどう見ても殆どのとばっちりはオレ……死活問題なんだよ!

 

 それとヴィータだけはオレの味方だと思ってたのに……鬱だ死のう。

 

 

「四人とも、少しは兄の気持ちも察しろ。此度のお怒りも仕方が無いのではないか?」

 

 

 オレの味方はザフィーラだけだった! 唯一の男同士、やはりザフィーラにだけは気持ちが伝わっていたようだ……流石ザフィーラ、ザフィーラ万歳! へっへーん、お前らザフィーラの扱い雑だからこうなるんだよ。

 

 でもよくよく考えたらザフィーラがはやてではなくオレの味方をするのも珍しい……え? オレの小遣い無くなったら今日みたいなお土産が無くなるから?

 

 どうやら帰りに買ってきた高級ドッグフードとジャーキーがお気に入りだった様子……なんか複雑だ。

 

 

「う~ん、そうやなぁ……やったらシグナム、兄ちゃんの仕事手伝い」

 

 

「兄上の仕事……ですか?」

 

 

「そうや。勿論働いた分は給与として貰えるけど、一部は兄ちゃんのお小遣いにする。兄ちゃんも人手が欲しいんやろ?」

 

 

 そりゃあ、確かに人手は欲しいが……効率も良くなるし、給与分差し引いてもそこまで変わらない。オレは引き続きお小遣い貰えるし、なるほど妙案ではないか……あ、でも。

 

 

「健助さんの事どうしよう……」

 

 

 あの嫌がらせにも等しい贈り物を届けてきたあの人を忘れてはいけない。いつ我が家を訪問するか分かったもんじゃないし、シグナムがいないと若干不安だ……ザフィーラいるけど、基本犬だし。これが男手だったら問題なくシグナムをこっちに回せるんだけど……

 

 

「あれ? お兄さん知らないんですか?」

 

 

「兄貴、ザフィーラが人型になれる事知らなかったのか?」

 

 

 ……え。初耳何ですが……ザフィーラってただの喋る犬じゃないの!? いや、喋ってる時点でただの犬ではないのだけれど。

 

 というかはやても知ってるっぽいし、もしかして知らなかったのオレだけ? オレだけ除け者だったの? そうか、そうだったんですかザフィーラさん……オレにだけ教えてないと。別にいいもん、仲間外れでも気にしないもんね。

 

 

「いえ、別にそういう訳では……」

 

 

 何か言い訳をしていたザフィーラの体が突然発光し始める。徐々に大きくなるシルエット、それは段々人型へと変わっていき……気が付けば結構大柄な人のそれへと変容を終えました。

 

 直後にあらわになる筋骨隆々とした体格、犬耳の付いた頭、そして結構強面なイケメンフェイス……あの、ザフィーラさんってこんな感じだったの?

 

 

「説明していたとばかり……申し訳ない」

 

 

「い、いえ……」

 

 

 驚きの余り立ち上がると、ザフィーラさんが一歩前に出てきたので一歩下がる。またまた一歩前に出てきたので一歩下がる。いや、その、余り近寄らないでもらえますかね……?(震え声

 

 ザフィーラさんが一歩前に出てくる度に一歩下がっていたら、いつの間にかリビングの扉まで下がっていました。

 

 

「その……兄?」

 

 

「やあ、こっち来ないで……」

 

 

「一体何を恐れておられるのですか?」

 

 

「いいからこっち来ないで……」

 

 

「いや、話してもらわねば分からないのですが──」

 

 

「いやああぁぁぁ!?」

 

 

 ザフィーラさんが急接近してきたので急いでリビングの扉を開けて二階へ避難しました。自室へ駆け込んで扉をロック、直ぐに布団の中へと潜り込む。やだ、強面やだ……もう見たくない。健助さんの一件のせいか自分でも驚くほど強面に耐性が無くなっているらしい……

 

 この日からザフィーラさんの事をザフィーラさんと呼んでいます。赤いつぶらな瞳がお気に入り、とか言っていたあの頃が懐かしいな(遠い目

 

 

 




尚この日のテレビ番組瞬間最高視聴率、シグナムのドアップ(31.6%)
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