八神クリニックへようこそ!   作:ナンジェイ

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カルテ11

 

 

 

『もし、明日世界が滅ぶとしたら……貴方はどうしますか?』

 

 

 たまにこんな質問をする人間がいるが、実に馬鹿馬鹿しい事だと思う。そんなもの誰もが分かりきった事ではないか。そんな事態は有り得ない、仮に世界が滅ぶとしてもその前に人類が滅びている。質問をするのであれば、『明日人類が滅ぶとしたら貴方はどうしますか?』だろう。

 

 敢えてその問いに答えるとすれば、その選択肢は主に次の三つの内に絞られる。そう、人が持つ三大欲求に他ならない。

 

──食欲。これを選択する者は一番多いのではないだろうか。最後の晩餐、人類が生きた最後の日くらいは旨いもん食べて終わろうという考えが殆どだと思う。その通りだ、最後くらいは満足感を得て終えたいものだ。しかし、オレが選択するのはこれではない。

 

──性欲。もしかしたら次にはこれを選ぶ者が多いかもしれない。俗に情事や夜の営みと呼ばれるそれだが、そもそも性欲というのはそれだけを指す言葉ではない事をご存じだろうか。スポーツや娯楽も性欲を発散する行為の一つである。最後の日、己が打ち込んだ運動や趣味に時間を費やすのも悪くないだろう。とは言えこの選択肢を選んだ者は、殆どが本来の意味として選んでいると思われるが。因みにオレはこれを選ばない。

 

──睡眠欲。恐らく一番少ないのではないかと思う。明日になったら人類が皆居なくなるというのに、そんな時に寝てられるか! そう感じた人は間違っていない。この選択肢を選んだ者が間違っている。もし選んだ人は今から仕事を辞めるといい。働いたって良いこと無いよ?

 

 そして言わずもがな。前者の二つを選ばなかったという事は、オレの選択は睡眠欲になる。

 

 

「明日も変わらず人類は元気です。ですから早く起きて仕事してくださいっ!」

 

 

「あいたっ!」

 

 

 診察室のベッドで午後の微睡みに身を委ねていると、ご機嫌斜めなシャマルがバインダーの面積狭い部分で額目掛けて強烈な目覚ましを実行してくれました。だからその部分めちゃくちゃ痛いって何度も言ってるだろ! 頭割れたらどうするんだよ!

 

 最近シャマルの機嫌が悪いです、起こし方が段々過激になってきています。恐らく結婚が云々の勘違いをした日に誤解を解いてからだと思う……そろそろ本気で体罰とか加えてきそうな勢いなんですけど。えっと、まさかあのムチまで使ってきたりしないですよね?

 

 

「使ってほしいんですか?」

 

 

「虐待いくない」

 

 

 ベッドの布団に潜り込んで緊急避難、だって今シャマルの手元に健助さんが送ってきたムチが見えたもん。何で持ってんのそれ、はやてから取り上げて全部棄てた筈なのに!

 

 これは新手のパワハラだよ、職場的にはオレが上司だけど多分間違ってない。

 

 

「もう……叩いたりしませんから早く起きて下さい」

 

 

「……ホントに? 『私を女王様とお呼びっ!』とか言いながら叩いたりしてこない?」

 

 

「しません、しませんから……一体私を何だと思ってるんですか」

 

 

 困ったように笑うシャマルさん可愛い。ハッ! もしかしてこうやってアメとムチ効果でオレを手懐けようって訳か……恐ろしい子!?

 

 ではそんなシャマルに称号を与えよう。丁度印象聞いてきたし。

 

 

「えっと……『ムチ打ちの騎士』……?」

 

 

「叩きますよ」

 

 

 ごめんなさいっ! 湖の騎士でした! お願いですから叩かないで……(涙

 

 シャマルが手に持っているムチに身体を震わせながら起き上がった。くそっ、ツンデレってレベルじゃねぇよ……今度絶対に労働基準監督署に訴えてやる。

 

 

「全く。巫山戯てないで早くしてください、患者さんはもうロビーで待ってるんですよ?」

 

 

「はぁ……憂鬱だ」

 

 

「はーい、お待ちの方どうぞー」

 

 

 溜め息をこぼしつつ椅子に座ると、シャマルが扉を開いて待機しているロビーの患者へ呼び掛けた。因みに受付やらはシグナムが全部してくれています、剣士だからと事務仕事は苦手じゃありませんでした。お陰で診察に集中できて仕事が捗りんぐ、この調子だと機材の弁償代金分も直ぐに稼げそう。いや、医者が稼ぐとか不謹慎でしたすみません。患者の皆さんごめんなさい。

 

 

「失礼します」

 

 

 一言断りを入れて入室してきた患者さんは、金色の髪をした九才程の少女だった。だから何故この街は可愛い女の子ばっかりなのか……別にいいんだけど。

 

 デスクに設置しているPCを操作すると、シグナムから送られてきた患者の情報が映し出された。えっと……アリサ・バーニング? 帰国子女なのか……しかし何とも熱い名前だな。

 

 

「さて、バーニングさんは今日どうしたのかな?」

 

 

「あの……バニングスです。アリサ・バニングス」

 

 

「……え」

 

 

 待てよ、一旦PCを確認しよう……やっぱりバーニングだ。でもアリサちゃんはバニングスと……己シグナム、打ち間違えやがったな! 減給だ減給、オレに恥をかかせやがって……!

 

 あ、でも減給したらオレの小遣いが減るんだった。取り敢えず後で注意だけしておこう。

 

 

「ごめんね、バニングスさん。えっと、今日はどうしたのかな?」

 

 

「アリサでいいです。私の友達の月村すずかとも知り合いみたいですので」

 

 

 おお、すずかちゃんのお友達だったのか。そう言えばすずかちゃんもアリサちゃんがどうとかこの前言ってたな……類は友を呼ぶってやつか、こりゃあ同じ小学校の男の子が羨ましいな。

 

 その、羨ましいっていうのはオレが小学生だったらの話ですから。だからシャマルさんジト目を向けてくるのやめて。

 

 

「えっと……先生いいですか?」

 

 

「ごめんごめん、どうぞアリサちゃん」

 

 

「はい。実は最近、喉の調子が悪くて……」

 

 

 アリサちゃんの話では、この間とある騒ぎに巻き込まれてから暫くして喉に不快感を覚えるようになったらしい。御付きの内科医に見てもらっても、炎症が見られないから原因がよく分からないと言われたようだ。試しに口を開けてもらって喉を診てみるが、確かに炎症の類いは見当たらない。

 

 ただ一つ引っかかる事がある。とある騒ぎ、とある騒ぎねぇ……

 

 

「もしかして、この前すずかちゃんと誘拐されたのはアリサちゃんかな?」

 

 

「っ!?」

 

 

 ビンゴだった、恐い出来事を思い出させたかもしれない。小刻みに身体が震えているし、もう少し慎重にするべきだったか……

 

 しかしこんな少女を恐がらせるとは誘拐犯め……マジで許すまじ。

 

 

「ごめんね、ちょっと恐い事を思い出させちゃったね」

 

 

「大、丈夫です。恐くなんかないですから」

 

 

 大丈夫な筈がない、たった九才で誘拐なんていう恐い目に遭ったんだ。一見気の強そうな子だと思ったけど、その実強がっていると言った方が合っているかもしれない。それでも、こうして我慢できているという事は強い子なんだと思う。

 

 だからご両親も事件が解決してからそれほど心配していなかった可能性がある。オレの推察が当たっているなら、内科医が見抜けなかったという点も頷けるしな。

 

 ──咽喉頭異常感症……突然喉の不快感に襲われる、鬱状態の子に起きる事がある疾患の一つだ。

 

 

「いいか、アリサちゃん。恐がるのは恥ずかしい事じゃない」

 

 

「……え?」

 

 

「恐かっただろう、助けが来るまで不安だっただろうと思う。それに、すずかちゃんは少し内気なところがあるから、その分君が無理して励ましてあげたんじゃないか?」

 

 

「どうして……その事を知ってるんですか? もしかしてすずかから──」

 

 

「いや、すずかちゃんからは何も聞いていないよ。医者には人を診る目が必要だからね……観察眼も、それなりに身に付けておかなくちゃいけないスキルなんだ」

 

 

 驚いた様子のアリサちゃんかわええ……いかんいかん、また女の子の可愛さに集中力を欠くところだった。やはり可愛いというのは罪だな……いや、診察に集中しますから。だからシャマルさんそんな冷めた瞳で見ないで……!

 

 

「知らない男達に拐われて恐かったよね? 不安で一杯だったよね? でも、大丈夫だ。ここには今、アリサちゃんとオレ、後は看護師の人しかいない。抱えてる思いを先生にぶつけてみ?」

 

 

「あ……で、でも……」

 

 

 う~ん、やっぱり医者って言っても初対面の男性には抵抗あるよな。おまけに他人だからそう感情を露にさせる事も難しいときた。ヤバい、どうしよう……

 

 こうなったら、少し可哀想だけど……荒療治しかないか。そう決めるや否や、アリサちゃんを突然胸に抱き寄せて、その頭を優しく撫でる。

 

 

「暗い部屋に閉じ込められて、拳銃や刃物を持った人が沢山いて……恐かったよね?」

 

 

「っ……」

 

 

「隣ですずかが怯えてる、せめて私だけは強くいなきゃって。守ってあげなきゃって……だけど、本当は不安だったよね?」

 

 

「あ……」

 

 

 当時の状況を知っている訳じゃないが、出来るだけ鮮明に思い起こすように事細かく語りかける。失敗したら一生もんのトラウマだけど……克服できれば問題ない。オレにはこの子が克服できるという自信がある。

 

 何故なら……アリサちゃんはとても強い子だからだ。

 

 

「いいかいアリサちゃん。無理に強がる必要はない、恐い思いを我慢する必要はない。だって、君の傍には頼りになる家族がいる、友達がいる、大人達がいる……勿論先生もアリサちゃんの味方だ」

 

 

「ふぇ……」

 

 

「だから今だけは我慢しないでほしい。他に誰も見てないから……思いっきり泣いてみな」

 

 

 そりゃあもうアリサちゃんはわんわん泣いた。平然を装う中で、やっぱり相当な恐怖や不安を抱えていたようだ。当たり前だ、ある程度成熟した身でも一生トラウマ抱えるような出来事をこんな小さな時に体験したんだ。その心の不安定さは考えるまでもない。

 

 ただ、誘拐されて間もない時期にアリサちゃんがここに来てくれて本当に良かった。もし年月が経っていれば……深い傷になっていたかもしれないからだ。

 

 

「ばかばかばか! 何でみんなもっと早く助けてくれなかったのよ! 何で私達があんな目に遭わないといけないのよ!」

 

 

「よしよし、大丈夫大丈夫。もう何も恐くなんてない」

 

 

「ふええぇぇぇん!」

 

 

 取り敢えず何とか症状は治まりそうだな……これだけ不安を吐き出せば、原因のストレスも粗方無くなってくれるだろう。後は精神安定剤を処方箋して、まあこれは無くてもいいかもしれんが念の為にだ。

 

 しかし……

 

 

「見たかシャマル……これがツンデレだ!」

 

 

「はぁ……これが無かったら完璧だったのに……お兄さんのバカ」

 

 

 




原作組を大体登場させたら、閑話を幾つか挟んでから一気に時間軸が跳びます。多分蒐集が始まる頃ぐらいかな……
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