八神クリニックへようこそ! 作:ナンジェイ
子供の頃。夏の季節がやって来ると、昆虫採集に夢中になった人も少なくないだろう。虫かごを提げ、虫取網を振り回しながら駆け回ったあの時期も今ではかけがえのない思い出である。大人になれば当時の純粋な心は何処へ行ったのやらという程冷めている思考回路だが、出来ればその純粋な心を今でも持ち合わせていると思いたい。
耐性の無い人は毛嫌いする昆虫。だが、実は虫取りという遊びは幼少期に行う事で豊かな心を育んでくれる。子供ながらに命というものを知り、飼育をする事によって育て方を学ぶ。そしてそれを土台とし、後々成長していく中で道徳心を身に付けていく事になる。なので、親御さん方は子供が青虫を持って帰っても怒らないであげてほしい。一緒に蝶々まで育ててあげてね。
しかし、昆虫と言っても例外がある。人体に害を及ぼす虫や、それ自体に害はなくとも衛生的によろしくない虫。所謂害虫と呼ばれるそれだが、名前を出すとしたらキリがない程の種類がおり、そういったものには注意しなければならない。子供は分からずに何でも手に取ってしまう癖がある、だからこそ周りの大人達が気を付ける必要があるのだ。一番いいのは子供に知識を持たせる事なのだが、これが理解力にも個人差があって中々難しい。単純に、これは駄目だと教えるのが妥当か。それで言う事を聞かない子供は害虫と仲良くなってオレ達のお世話になっても知らないよ?
医者という立場だからという訳ではないが、オレ自身も衛生面は割りとしっかりしている。はやてが聡い事もあり、整理整頓や清潔清掃を怠らないよう努めているし、潔癖症ではないが家の中はそこそこ綺麗に出来ているつもりだ。大事な事なのでもう一度言っておくが、オレは潔癖症ではない。だって潔癖症って嫌われるって聞いた事があるし。
ただ、潔癖だろうとそうでなかろうと相容れない存在というものはある。ほら、例えば今家のリビングを徘徊している触覚のついた黒光りするアレとか……
「お、お兄さん早く取って下さい!?」
「兄ちゃん気持ち悪いから早うして!?」
「兄貴、あのキモいの何だ?」
現在リビングをカサカサと歩き回るゴキちゃんに我が家が騒然としています。シャマルとはやては怯えながらオレの背中に回り込んで、ヴィータは隣でちょっと気持ち悪そうにゴキちゃんへ向けて指を差していた。OK一旦落ち着こう……何でうちにゴキブリがいるの!?
ちゃんと毎日掃除してるのに! ゴミだって分別した上で溜めないように棄ててるのに! 何処にゴキブリが住み着く要因があるのさ!?
「今すぐにこの家を去れば見逃してやろう。然もなくば……!」
レヴァンティン片手に先陣を切るシグナムさん素敵! あの、ただし間違ってもリビングでそれ振り回さないでね? ゴキちゃんどころか家までめちゃくちゃになるから……
でも取り敢えず何とかしてあのゴキちゃん駆除しないと、落ち着いてテレビも観れやしない。くっ、しかも今から特番の『ハレトーーク』が始まるってのに……今回は『大きなお友達芸人』回なんだ、悠長にしていられない。一刻も早くゴキちゃんを何とかしなければ……!
「無言という事は抵抗の意思として受け取るが?」
「……」
「そうか……忠告はした。ならばこの私、烈火の将シグナムが相手になろう。いざ、尋常に勝負──ッ!」
どうしようかと考えてたら、シグナムがいきなり突撃を始めた。無言てそりゃああんた、ゴキブリが喋ったら可笑しいでしょ、悪夢でしかないよ……ってちょっと待て! あんまりゴキちゃん刺激しないで……!?
瞬時にゴキちゃんの正面へ躍り出たシグナムは、両手持ちのレヴァンティンで神速の如く斬りかかる。しかし、彼女は力をセーブしているらしくレヴァンティンは床スレスレで止まった。そして──
「しまった!」
「いやああああああ!?」
一撃を見事に回避してみせたゴキちゃんが、シグナムの後ろで観戦していたオレ達へ牙を剥いて来ました。飛んでる! ゴキちゃんが飛んでる! お願いだからこっちに来ないで!?
必死の願いも届かず、家の中を駆け回るオレ達の後ろを羽根を広げて追いかけて来るゴキちゃん。オレ達が何をしたってんだよ、手を出したのシグナムじゃんか! 八つ当たり反対!
「逃さん!」
シグナムも戦闘モード解除して! このまま外に逃がしてあげて! 逃げ回る中でリビングの窓を少しずつ開けて何とかゴキちゃんの逃げ道を作る。よし、後は上手い事ゴキちゃんが窓から出ていってくれれば……
因みに現在の時刻は午後の九時、外は暗闇に染まっています。待てよ、部屋の明かりが点いたまま窓を開けたら──
「くっ……新手か!」
入ってきちゃったよ蛾の集団。やめて、蝶は良いけど蛾は無理なんだよ! ……何でだろうね。
シグナムは蛾に行く手を阻まれてゴキちゃんへの対処に回れない。仕返しとばかりにゴキちゃんはオレ達を追い続ける。何このカオス……誰か助けてよぉ!
「我は守護獣、ここから先は一歩たりとも通さん……!」
いたよ、まだ味方がいたよ! 我らが守護獣ザフィーラさんが! なんか目の前に三角形のでっかい魔法陣みたいなの展開してる、もしかして俗に言うシールドってやつじゃなかろうか。流石は盾の守護獣、このお人だけは期待を裏切らないぜ! ……犬だけど。
ザフィーラさんが展開したシールドに激突したゴキちゃんは跳ね返され、力無く床へと落下を始める。今のシールドは触れただけで少しダメージがあるようだ、仰向けで床へ転がるゴキちゃんは体の三分の一を失ってピクリとも動かない。
やったの? もしかして退治できたの? ザフィーラさん万歳! 流石は盾の守護獣だぜ! 見たかゴキちゃん、うちのザフィーラさんにかかればこんなもんだよ!
……正直ゴキブリの生命力を侮っていました。
「お、お兄さん今動きましたよ!?」
「……え」
「嘘、やろ……」
「な、何なんだアイツ!?」
急に足をバタバタさせて、体を起こそうともがき始めたゴキちゃん。眼前の衝撃的な光景に皆さん驚愕の表情です……って言うか何でまだ生きてるんだよ!? 何か更に気持ち悪くなった(涙
オレ達があたふたとしている間に、ゴキちゃんは見事体を起こして行動を再開しました。流石に飛べないみたいだけど……動くスピードはさっきよりも速くなってる。ただこの家にいると危険だと判断したのか、開けておいた窓へ向かって一直線だ。良かった、取り敢えず逃げてくれるみたい……
でもうちのザフィーラさんは許してくれなかった。
「それ程の怪我を負いながら尚動いてみせるか……やはり、こちらも全力で仕留めなければならんようだ」
人型に変身したザフィーラさんは不敵な笑みをこぼすと、突然足元に先程と同様の魔法陣を展開させる。そして両腕を交差させたと思いきや、急に雄叫びを上げ始めた。えっと、もう夜だから近所迷惑になるんですけど……ザフィーラさんもう少し静かにしてね?(震え声
チキンなオレは注意する事も出来ず、ただ後ろで震えながら見ている事しか出来なかった。気が付けばいつの間にか天井へ、先端の尖った白い棒状の何かが出現している。そして次の瞬間、ザフィーラさんの鋭い眼光がゴキちゃんを捉えた。
「縛れ──鋼の軛ッ!」
するとどうでしょう。先程の白い棒状の何かが床を這い回っていたゴキちゃんを貫きました。貫きました。大事な事なので二回言った……どう見ても縛ってないよねそれ!?
そんなザフィーラさんの全力に、流石のゴキちゃんも力尽きたらしい。ゴキちゃんが死んだ!? この人でなしっ!
それと……あの、ザフィーラさん? 駆除してくれたのはありがたいのだけれど、使うところ絶対間違えてると思うんですがそれは……(汗
「主はやて、兄上。こちらも今迎撃を終えました」
そしていつの間にかシグナムが傍に来ていた。彼女が視線を向けた先に目をやると……何かススのような物が床へ広がっています。ああ、成る程……貴女も魔法使ったんですね。もう何が起きても驚きません。
という訳で、シグナムとザフィーラさんの活躍によって我が家の危機は去りました。死骸を処理して窓を閉めた後、家族仲良くテレビ観賞に戻ります。やっぱり平和が一番だね、出来ればもう二度と魔法を見るような事態が起こらない事を願いたい。
『テレビの前の女の子達~。僕達みたいな人がもし近付いてきた場合は、絶対に離れてね? くれぐれも無闇に近づいたりしちゃ駄目だよ?』
む、こいつ中々出来るな。幼女は遠くから見守る存在だという事をよく理解している。女の子と距離を縮めたい気持ちを抑え、紳士の皮を被った者を牽制するその姿勢。機会があったらぜひ話してみたいものだ。
でも、今の彼の言葉ではやてとシャマルがオレから距離を取ったのはどういう事何ですかね……
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人が人たり得るのは、情と言う心を持っているからに他ならない。喜怒哀楽の感情だけではない。何かを慈しみ、尊ぶ事。また何かを愛おしく、大切に思う事。これらの感情は全て、人が人であるという証だろう。
人の在り方として代表的なのは、母親と幼子の関係だ。母親は無償の愛を我が子へ注ぎ、子もまた母親からの愛をひたすらに求めるもの。純粋な感情であるそれらは尊く、最早美しいとさえ言える。子を虐げる親など存在しない、もしいればその人は何らかの出来事を切欠に、人として破綻したのだろう。そのような悲しい出来事が、この世界では出来るだけ起きない事を願いたい。
無論、オレも幼少期は親達から無償の愛を注いでもらった。今のオレが人として真っ当な道を進み、踏み外していないのはそのお陰と言えよう。亡き両親には感謝の気持ちで一杯だ。この恩を返せないというのは、とても悔やまれる事ではあるが。
しかし、はやては幼少期に親達から充分な愛を注いでもらっていない。親が悪いわけではない、ただ彼女が幼い頃に不幸な出来事があったというだけ。交通事故という、突然の災厄がオレ達の両親を襲った。誰にでも起こる可能性のあるそれが、たまたま間が悪く、はやてが幼少期の頃に起きたというだけの話だ。
それでもはやては健やかに育った。多少の我が儘を言う事はあったが、子どもならそれは寧ろ当然の感情だろう。オレが辛い時は気を遣わせたりもした。本当に良い子で、自慢の妹だと言い張れる。目に入れても痛くないとはこの事なのかもしれない。半身不随を治して治療を終えれば、この先安心してはやての成長を見守る事が出来る。
ただ……最近になって少し気になる事が。
「はやてが……夜中に泣いてる?」
「そうなんです。それも、私が一緒に寝ている時だけで……シグナムとヴィータちゃんは知らないみたいなんです」
休診日の今日。リビングでヴィータとシグナムの二人と仲良く遊んでいるはやての姿を、庭で洗濯物を取り込んでいるシャマルと二人眺めていた。あれだけ普段楽しそうに過ごしているのに、夜中に泣いているとはどういう事なのか。それもシグナムとヴィータの時は何も無いのに、シャマルに限って……ははぁん、成る程な。
「嫌われてるんじゃない?」
「叩きますよ」
嘘です! はやてはきっとシャマルの事大好きなはずだよ! だからその、シャマルさん? お願いだからその振り上げている竿を降ろしてくれませんかね……(震え声
「はぁ、全く……でも本当にそうだったとしたら、私どうしたらいいんでしょうか……」
「馬鹿言え、それはまずあり得ん。第一寝る時に誘ってるのははやての方なんじゃないのか?」
「それはそうですけど……はやてちゃんいつも私達に気を遣ってくれていますし」
「だったら尚更だ。嫌いな相手に気を遣うにしても、一緒に寝ようなんて考えはまず起きない」
冗談で言ったのにシャマルが割りと本気にし始めたので、一応否定しておく。でもシャマルの時だけってのは引っ掛かるな……
オレ? そう言えば一度も誘われた事なんてありません。あれ、それってもしかしてオレだけはやてに嫌われてるの? 何か悲しくなってきた……(涙
「お兄さん、いきなり泣き出してどうしたんですか?」
「……何でもない」
戸惑った様子で顔を向けてくるシャマルに返事を返し、涙を拭ってから再び窓越しのはやてを視界に捉える。その姿には終始笑顔が浮かんでおり、どう見ても悩んでいる様には見えない。シャマルの話も何かの見間違いなんじゃなかろうかと思ってしまう。
しかし、はやては悩みを打ち明けずに抱え込んでしまう一面がある。一時期足が動かない事に相当な不安を抱え、それでもオレの前では心配をかけまいと無理に笑顔を作っていた事があった。その点を踏まえると、シャマルの見間違いと判断するのは早計だ。
何か判断材料があれば対応も出来るんだけど、はやての性格だと間違いなく自分から打ち明けるような事はしない。切欠さえあればな……
洗濯物を取り込み終え、シャマルと二人悩んでいたその時。突然リビングの窓が開いた。
「二人とも、終わったんならみんなで遊ぼうや~」
シグナムに抱き抱えられたはやてが、リビングからトランプ片手に笑顔を向けてくる。その姿にオレとシャマルは顔を見合わせて笑みをこぼし、先程の話は一先ず保留にしておこうと決めた。家の中へ戻るべく、オレは洗濯カゴを持ち上げる。
そして、そんなオレ達の姿を見ていたはやてがふと、ニヤリと笑みを浮かべながら口にした。
「なんや二人ともええ雰囲気やなぁ……まるで新婚さんみたいやで?」
「は、はやてちゃん!?」
「そりゃどうも」
はやてのからかいにシグナムが笑い、シャマルが頬を赤らめて取り乱す傍、オレは苦笑を漏らしながら彼女達の姿を眺めていた。まあ実際問題シャマルみたいなのが嫁さんだと嬉しいけど。優しいし、献身的だし、何より料理出来るし。
はやての冗談につられて、ふとそんな想像を脳内で描く。結構アリなのかもしれないと、割りと本気で思ったりもしてきた。とは言え流石に家族で結婚は無理ですけどね。
そしてその時だった。オレはある違和感に気付く。
「……」
家の中に戻る途中、三人の顔がリビングに向いて見えなくなるその瞬間。はやての顔にだけ、僅かな陰りが見えた事に。
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「すぅ……はぁ……よしっ」
時計の針が午後十時を指した現在。お兄さんの部屋の扉の前で深呼吸を一つ、胸に手を当てて気持ちを落ち着かせます。何だか段々ドキドキしてきました……
夕御飯を食べた後、不意にお兄さんが言った一言。『今日は一緒に寝てくれないか?』その言葉を聞いてから心臓はドキドキしっぱなしです……この体はプログラムですけど、そこは喩えという事で。
拗ねてしまったヴィータちゃんを宥めて、漸くお兄さんの部屋の前に来たのはいいんですけど……男性と二人きりの寝室、やっぱりそういった事があるんじゃないかと勘繰ってしまいます。お兄さんは私達をそんな目で見る人ではありませんけど、そこはどうしても考えてしまって……酷いですね、私ったら。
ただ、一つ不思議に感じる事があって。仮にお兄さんとそういった展開になったとしても、何故か嬉しいと思う自分がいて……何故でしょうか? お兄さんを信頼しているから? 心を開いているから? ちょっぴり疑問です。
あんまりここで立っていても埒が明かないので、取り敢えずお兄さんの部屋の中に入りましょうか。少し顔に熱が帯びていくのを感じながら、ドアノブに手をかけて扉を開きます。
「おっ、来たな」
「なんやシャマルも呼ばれてたんか。堪忍な~、まさか兄ちゃんがこんな怖がりやとは思わんかったわ」
「あれ……はやてちゃんもこちらにいらしたんですか?」
部屋の中ではベッドに座りながら手を挙げるお兄さんと、お兄さんのベッドの上で苦笑いのはやてちゃんが手を振ってくる姿が見えました。お兄さんは兎も角、はやてちゃんがいた事には少し驚きです。そうですか、それなら安心ですね……何だか少し残念な気もしますが。
扉を閉めた後、二人が待つベッドに近付いて腰を下ろすとはやてちゃんが笑いかけてきました。
「シャマルは右側や、兄ちゃんの隣やと何が起きるか分からんから」
「えっ……と?」
「男の人はみんなオオカミさんやからな。兄ちゃんかて一時の気の迷いとか起こさんとも限らんし」
「あのなぁ、お前ら一体オレの事どんな目で見てんだ……オレに襲われたかったら三十は過ぎてからこい」
湿った目で睨み合うはやてちゃんとお兄さんの姿に、ついつい笑みがこぼれます。こういった息の合っている様子を見ていると、やっぱり兄妹なんだなぁと思いますね。
それにしても……お兄さんは年上が好みだったんですか。小さい子の事ばかり考えているのでどうなのかと思ってましたけど、これなら私にもチャンスが……って、何を考えてるんでしょうか私。
「それじゃあ電気消すで? お休み~」
「ああ、お休み」
「お休みなさい」
はやてちゃんがリモコンのスイッチを押して照明を消すと、布団を被って目を閉じる。何だかよく分かりませんけど……取り敢えず寝ましょう!
どうか二人が、良き夢と巡り合いますように……
──嫌や……二人とも、いかんといて……!──
「ん……あれ? 目が覚めちゃいましたね。今、何時でしょうか……」
ふと目が覚めてしまい、被っていた布団を剥がして両目を擦りながら時計を確認する。現在時刻は午前二時……ってまだ夜中じゃないですか。起きるにはまだ早すぎますね。
布団をもう一度被って、眠りにつくために目を閉じる。でも、そう言えばさっき何か聞こえた気がするんですが……
「ひっぐ……いや……」
……気のせいじゃなかったみたい。隣に目を向けると、少し体を震わせて眠るはやてちゃんがいました。その頬には涙の流れた跡があって、閉じている瞳にもうっすら涙が浮かんでいます。
最近、夜中にはやてちゃんがこうして泣いている姿を見るようになりました。私と一緒に寝る時に限って、一体どうしてなのか……お兄さんに相談してみたけど、結局分からず終いで。
そうだ、お兄さんを起こした方がいいかもしれません。閉じていた目を開けて僅かに顔を上げると、はやてちゃんの寝ている向こう側……お兄さんがいる場所に視線を向ける。
「成る程、こういう事だったか」
「あ……お兄さん、起きてたんですか?」
「まあな。はやての事は心配しなくていい、何か恐い夢でも見てるんだろ」
どうやらお兄さんはずっと起きていたみたいで、私が話した事を気にかけてくれたようです。突然一緒に寝ようって言ったのはこういう事だったんですね……やっぱりお兄さんは私が思っていた通りの人でした。
お兄さん曰く、はやてちゃんが泣いている原因は夢という事ですけど……でしたら、私はどうすればいいんでしょうか。
一人悩んでいると、突然お兄さんははやてちゃんの頭を撫でながら、その左手を優しく握り始めました。
「大丈夫だ。親父とお袋は天国に行ったけど、オレ達の事をずっと見守ってくれてる。はやては一人なんかじゃない、オレが一人になんかさせない」
はやてちゃんの事を優しくあやすお兄さんは、どちらかと言うと父親のように見えて。微笑みながら語りかけるその姿に、何故か見ていた私の顔が少し熱を帯びた。理由はよく分からないですけど、心が温かくなっていくのは感じます。
はやてちゃんの様子は少しずつ落ち着いて、いつの間にかスヤスヤと寝息をたてていました。私は魔法の力を使えますけど、お兄さんがはやてちゃんに使ったのもある種の魔法なのかもしれません。私までその魔法にかかってしまった気がしないでもないですけど。
「もしはやてが泣いてたら、こうして安心させてやるといい。落ち着いて泣き止むはずだ」
「分かりました。ふふ……やっぱりお兄さんは凄いです。でも、結局私の時にだけはやてちゃんが泣いてたのはどうしてなんですか?」
「泣いてた理由は多分、親父達がいなくなった時の夢でも見てたんじゃないか? 或いはオレ達がいなくなった夢とかな。シャマルに限ってってのは……お前が母親みたいに感じてるからだろう。見た目とかじゃなくて、どこか雰囲気がお袋に似てない事もないしな」
私が、はやてちゃんのお母さんに……もしそう感じてくれているのならとても嬉しいです。二人がとても近くにいるように思えて、私達は家族なんだって思えるから。
でも……もしはやてちゃんがそう思ってくれてるとして、お兄さんは私の事どう思ってくれてるんでしょうか?
「えっと……因みに、お兄さんは私の事をどう思いますか?」
「そうだな……大切な家族だよ。かけがえのない……それこそ、死んだ親父達と同じな」
「そうですか……ふふ。私も、お兄さんは大切な人です」
はやてちゃんの頭に置いている、お兄さんの手へ私の手のひらを重ねて、空いた片方の手ではやてちゃんの右手を優しく握った。二人の手はとても温かくて、こうしてると本当の家族になったみたいで……プログラムの私でも、生きてるんだって実感できる。
あの日、私達が闇の書の守護騎士として覚醒したはやてちゃんの誕生日。主になったはやてちゃんは、闇の書を完成させなくていいと、その代わりにここで一緒に家族として暮らしてほしいと言ってくれた。
はやてちゃんの兄であるお兄さんは、好きにするといいと、私達に自由をくれた。闇の書を完成させるために、戦う事でしか存在意義を見出だせなかった私達に新しい居場所を、家族という温もりを与えてくれて。そして癒しの力を持った私には、人を助ける医療の場へと迎えてくれて。
私達の主がはやてちゃんで、その家族がお兄さんで本当によかった。どれだけ返しても返しきれない恩だけど、二人をずっと見守っていく事で、傍に寄り添い続ける事で返していきたい……ううん、違う。恩とかじゃなくて、私達がそうしたいと思ってる。
だから、もし神様がいるのなら。はやてちゃんと、お兄さんと、私達に。この、穏やかな日常をいつまでも……
なるほど、シャマルがお母さんのように感じると……つまり老けて見え(ry