八神クリニックへようこそ!   作:ナンジェイ

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カルテ15

 

 

 

 以前述べた事があると思うが、人には三大欲求と呼ばれるものがある。食欲、性欲、睡眠欲……これらの三つは人が生きていく上で決して抑える事の出来ない欲であり、一つでも欠けてしまえばそれはもう人では無い。普通に過ごしていれば、三大欲求の全ては何かしら満たされている。

 

 食欲……これは一番重要だ。人体の構成を保つ為には欠かせない欲求で、これが欠けてしまうと生きていく事は出来ない。例外として、食べ物からではなく栄養を直接体内に摂取する場合もあるが、これはあくまで特殊事例だ。普通は肉や魚、野菜を食して栄養を補給する者が殆どだろう。

 

 睡眠欲……これも非常に重要だ。人間は誰であれ、睡眠を取る事によって疲れを癒す。脳を休め、筋肉を休め、何より心を休めるように出来ている。生涯休まず意識を覚醒させる事などまず不可能で、睡眠を要する時間は人によって差はあれど、誰もが必要とする欲である事は間違いない。身体の発育にも深く関わっているので、子供は特に睡眠を取るように。

 

 性欲……はっきりと言えば、人が生きていく上でこれだけは必要ないのだ。性欲など満たさずとも生きていく事は十分可能で、これを欠いたといって生けていけない訳ではない。あくまで、その人だけはという話になるが。

 

 生物とはそもそも、種族を繁栄させる事を第一目的として存在している。人であれば異性が情事を行う事で女性が子を授かり、生まれ落ちたその子が成長を遂げてまた異性と情事を行い子を作る。人の繁栄に限らず、生きとし生けるもの殆どがそうして後の子孫を残す。性欲とはあくまで、人が生きていく上で必要な欲求ではなく、人が存在する為に必要な欲求である。前者の二つとは、そもそも必要とする根底から違う。

 

 とは言えどれも欠かせない事に変わりはない。欠かさないように人というものは出来ている。特に、人が生きていく上ではそれほど必要としない性欲においては、己の考えとは無関係に現れる事がある。非常に困る、これだけは本当にどうにかしてほしい。薬物等で抑えられない事もないが、出来ればそれは避けたい。そうなれば、何とかして常に制御出来るように努力するしかないだろう。

 

 

──しかし、哀しき事かな。人である以上、決して欲というものからは逃れる事など出来ないのだ。

 

 

「ふふ……お兄さんの大事なところ、もうこんなに大きくなっちゃってますよ?」

 

 

 ……OK一旦落ち着こう。現在クリニックの診察室にて、オレはベッドへ仰向けに寝ている。昼休憩だろう、まあいつも通りだ。午後の微睡みに身を委ねるのは毎日の事である。何らおかしい事はない。次だ。

 

 太股の辺りで、シャマルが膝立ちになってこちらの顔を見下ろしてきている。笑顔が相変わらず可愛い、そしてなんかエロい。今日は何処と無く妖艶さを漂わせていた。白衣もはだけて露出度が増している……下着や肌着を身にまとっていない、何故だ。少し着衣がズレれば双丘が顔を覗かせそうだぞ。貴女そこそこ胸あるんでそれ以上動かないでほしい……まあ、それは今置いておこう。次だ。

 

 下半身から違和を感じる。こう、何か温かい感じが。それもあれだ、大事な部分から触られている様な感覚がある。あっ……ちょっと今変な声が口から漏れた。意味が分からない。再びシャマルの顔へ意識を戻す。

 

 

「こんなにピクピクしちゃって……お兄さん可愛い」

 

 

 あ、その手つき駄目……じゃなくて!? お願いしますシャマルさん、そのにぎにぎしているやつ今すぐ放して! 完全に今理解した、シャマルは握っている、アレを握っている。何故か視界に映らないけど分かる、だって思い切り感覚がある。

 

 どうしてこうなった……どうしてこうなった! ……誰かこの状況に至った経緯を説明してください(涙

 

 

「もう、そんなに潤んだ瞳で見詰められたら……私食べたくなっちゃいます」

 

 

 顔を火照らしながら浮かべる悪戯な笑みが可愛い。いや違う、そうじゃない。もっと大事な事があるだろう。今止めなかったら大変な事になる、なってしまう自信がある。はやて達に顔向けが出来ない、一線だけは越えてはならない。何とかして声に出すんだ、目の前で暴走しているシャマルを止めないと……!

 

 

「……優しく、して?」

 

 

 ちがあああぁぁぁうっ!? そうじゃないだろオレ、それじゃあ一線越えちゃうだろ! 言う事聞けオレの口、前言を撤回するんだ。ちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないよ!

 

 ……頑張ってみたけど声が出ない(涙

 

 

「ふふ、甘えん坊さんですね……んっ──」

 

 

 シャマルの顔が視界から外れた。下の方向へ外れていった。おまけにシャマルの甘い吐息が漏れ始めた……アレが何か温かい。もういいや、考えるの止めよう。疲れちゃった。

 

 あ、駄目、シャマル、それ以上動かしたら……あっ──

 

 

 

 

 

「……最悪だ」

 

 

 早朝六時半、自室のベッドで目を覚ました。気怠いながらも何処かすっきりとした目覚め、下半身に感じる濡れた様な不快感。ああ、やっちゃった、やってしまった……この年で夢精するってどんだけ性欲溜まってたんだよ!

 

 いや、それはまだいい。男だし仕方無いと割り切れる。処置を済まして無かった事にすれば、全てが平和に解決するから。だって誰も知らないからね。

 

 問題は過程だ、それに至った経緯だ。オレの記憶が確かなら、夢に登場した人物はオレのアレをにぎにぎしてきたシャマルだった。実際見えなかったけどそうとしか思えない。可愛かった……いやそうじゃない。オレはシャマルをそういった対象として見ていたのか……罪悪感が半端無い。

 

 体を起こして一人落ち込んでいると、不意に扉の開く音が。

 

 

「あ、お兄さん起きてたんですか。朝御飯出来てますから、早く降りてきて下さいね?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 やめてシャマル、その笑顔を今こっちに向けてこないで……オレの心が罪悪感で一杯だから、鬱になって死にたくなるから。みんなに顔向け出来ないよ……朝御飯どうしよう。

 

 シャマルが扉を閉めて、階段を下りるその足音が聞こえる中。取り敢えず被っている布団を除けた。

 

 

「……着替えよう」

 

 

 溜め息をこぼし、事後処理に取り掛かる。出来ればこんな事二度と起きないようにお願いします。この家にいられなくなっちゃうから。でも……どうしよう。

 

 今日からシャマルの顔を直視出来なくなってしまいました。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「でなあ、そこで女の子が剣を抜いてもうてな、王様になってしもうたんよ」

 

 

「へぇ、不思議なお話ですね」

 

 

 朝の食卓。家族団欒の時間、はやてが昨晩見たという夢の話題でシャマルと二人盛り上がっていた。何でも伝承では男の筈のイングランドの英雄アーサー王が、王を決める選定の剣を抜いた人物が少女だった為に性別を偽っていたという話。因みにその少女がはやてらしい。どんなオチだよそれ。シャマルは笑顔ではやての夢の話に聞き入っており、シグナムやヴィータも食事をしながら耳を傾けている。

 

 そう言えば何処かで似たようなものを見た気が……何かのアニメだったと思うけど内容忘れた。あ、でも槍使う人がよく死んでいた覚えがある。

 

 なんてどうでもいい事を思い出しながら、味噌汁を啜る。うむ、中々やるなうちの妹と看護師は……今日も美味だ。

 

 

「ふふ……そう言えば、お兄さんよく眠ってましたけど、夢って見たりしましたか?」

 

 

「っ!? けほっ、けほっ……!?」

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

 突然シャマルから振られた会話の内容にむせかえった。彼女も驚いたようで背中を擦りながら心配してくる。び、びっくりした……味噌汁を吹き出さなかったオレを褒めてほしい。シャマルさん、貴女に今その質問をされるとどう答えていいか分からないのでやめてください。

 

 ……仮にだ、オレが見てしまった夢を話すとしよう。

 

 

『実はさ、診察室のベッドでシャマルがオレの剣を抜いちゃってさ……夢精しちゃったてへぺろ』

 

 

 思考が不埒ですね、非難の嵐が吹き荒れますね。家を放り出される未来しか見えない……ここは無難に答えるのが正解だろう。

 

 

「けほっ……いや、夢は見ていない」

 

 

「そ、そうですか……ってお兄さん顔色少し悪くないですか?」

 

 

 そして問題は起こる。オレの顔色を見て心配したシャマルが、手を出してオレの額へ伸ばしたその時。

 

──何を意識したか、つい反射的に彼女の手をはたいてしまった。

 

 

「あっ……」

 

 

「だ、大丈夫だ。問題ない」

 

 

「えっ、と……はい」

 

 

 食卓の空気が一気に重くなった、無論オレのせいだろう。はやて達も一部始終を目にして困惑し、当のシャマルは顔を俯かせて黙り込んでしまった。視界の端には彼女の落ち込んだ表情が映っている……ちょっと謝れば済む話なのに、オレの口からは声が出てこない。

 

 依然として空気は重い。誤魔化すように味噌汁を啜る。だけど、その味は先程までと違って美味しくともなんともなかった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 夢精とはそもそも、青年期に起こる頻度が高い。精液を作るための組織が活発になり、自律神経を介して射精反射が起こるというのが医学的には一応の原因とされる。特に夜中は尿が溜まる為、それによって組織が圧迫されて刺激される事により射精が起こる。とは言えあくまでも一応の原因付けなので、詳しいメカニズムが分かっていない。寝る前にトイレへ行かなかったから、水分を取りすぎていたから、最近ご無沙汰だから、etc……理由としては色々考えられる。つまり人によって夢精の理由は様々だ。

 

 しかし、この夢精に快感を伴っていない場合。或いは驚くような頻度で起きてしまう時。そこで初めて病気が疑われる。精神疲労、神経疾患、関連組織の異状……心当たりのある人は一度医療機関へ相談する事をお勧めしたい。

 

 という事は、だ。今朝のオレのは健全なもので疾患ではない、良かった……いや良くないから。問題だらけだから。本当どうしよう……

 

 

「はあ……」

 

 

 診察室の椅子で、今日何度目になるか分からない溜め息をこぼす。理由は他でもない、朝の食事以降気まずくなってしまったシャマルとの関係だ。顔を合わせば意識をしてしまい主にオレが目線をそらしてしまうので、中々今朝の一件を謝るに至っていない。

 

 普段はシャマルを傍に控えさせて、患者を診察するスタイルで行っていた。でも今日はシャマルを一度も診察室に入れていない、ロビーに待機している患者の待ち時間の話し相手をしてもらっている。気まずいという事での対処なのだが、いつも働き詰めだし、丁度いい機会だからたまには仕事でゆっくりさせたっていいだろう。ただ、それを提案した時にシャマルの表情が優れなかったのが唯一の気がかりと言えば気がかりか。

 

 しかし、そんな考え事もノックの音で掻き消える。

 

 

「どうぞ、入って」

 

 

──しつれいします!──

 

 

 元気な少女の声、聞き覚えのあるその声は直ぐに分かった。入ってきたのはミコトちゃん、つい最近成長している事を実感してオレが世界に絶望していたその原因の子だ。ノースリーブにフリルスカート姿可愛い、しかも今は役作りかなんかで髪をショートカットにしている。撮影の現場では着せ替え人形の如く大人達に可愛がられているなんて話も聞いた。ミコトちゃんは大変だって話してたけど。

 

 ……ちょっとそこにお兄さんも交ぜてくれませんかね。

 

 

「あれから風邪の具合はどう?」

 

 

「うん、ねつもさがりました。せんせいのおかげです!」

 

 

 この純粋無垢な笑顔がたまらない……うちのヴィータにだって引けをとらないくらいの眩しさだ。どっちかって言われたらそりゃあヴィータなんだけども……だってうちの妹ですし。

 

 取り敢えずその話は置いといて。体調も快復したようだし、これで暫くはまたお役御免だろう。この子は何かと直ぐに体調崩すから、周りの大人には本当にしっかりしてほしいものだ。

 

 少し他愛のない会話をミコトちゃんと交わしてから、数分程で診察を終えた。外まで見送るために立ち上がろうとしたのだが、突然彼女が疑問を投げかけてくる。

 

 

「あの、せんせいシャマルお姉ちゃんとなにかあったんですか?」

 

 

「っ……えっと、どうして?」

 

 

「その、いつもせんせいとシャマルお姉ちゃんっていっしょにいるから。それに……ロビーでお話したときも、お姉ちゃんげんきなかった」

 

 

 ……子供というのは流石、こういった心の変化に敏感というか。全くもって敵わない、こんなに落ち込まれてしまってはどうにかしないといけないではないか。とは言っても、どうすればいいのかオレにも分からないんだが。

 

 一応だ、一応の解答はしておかなければ。

 

 

「分かった。心配してくれてありがとうね……先生頑張ってみるよ」

 

 

「えへへ……ぜったい、なかなおりしてね?」

 

 

「了解だ」

 

 

 これ以上とない激励の言葉を受け取り、ミコトちゃんをクリニックの外まで見送った。前回はタクシーだったのに今回はミニバスだった。今から撮影に向かうんだろう。バスが発進する際、中にいた一人の中年の男性と目が合ったけど、何故か互いにアイコンタクトで通じ合った……なんだ同志か。

 

 さて、ミコトちゃんも見送った事だし……

 

 

「さっさと今日の仕事終わらせないとな」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 窓から差し込む光は茜色で、夕刻の訪れを告げている。時計の時刻は十八時、本日来ていた患者の診察は全て終えた。これから片付けをした後、我が家へ帰宅する事になる。

 

 椅子から立ち上がり、部屋の奥にある流し台へ向かおうとした時。診察室の扉が開く。

 

 

「あっ……」

 

 

「な、なんだシャマルか。こっちはいいからシグナムの方手伝ってやれ」

 

 

 入ってきたのはシャマルだった。でも、思っている事とは反対の言葉を口にしてしまう。違うんだ、オレが今言わなければいけないのはそんな事じゃない。今朝の一件をちゃんと謝って、彼女に許しを得る事だ。歩きかけたその足を止める。

 

 数秒の沈黙が広がった、シャマルもどうしたらいいのか分からないのだろう。本当はオレから切り出さないといけないのに、中々この体が振り向いてくれない。彼女と正面から向き合う事が出来ない。

 

 そして、先に行動を起こしたのはシャマルだった。

 

 

「その、お兄さん……」

 

 

 近付いてくるのが気配で分かる、足音も段々と近付いている。依然オレの体は振り向いてくれない、それどころかこの場から離れようとする力が働く始末だ。本当に情けないと思う、男らしくないというか何というか。

 

 結局、オレの足は行かなければいけない方向とは反対へ動き出した。シャマルから遠ざかる為に歩を進める。別に今すぐじゃなくてもいい、家に帰ってからでも十分謝る事は出来る。そんな甘えが、結局はこの場から逃げるという選択を選んでしまった。

 

 何だけど……彼女はそれを許してくれなくて。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

 シャマルは傍へ駆け寄って左腕を掴んできた。これで逃げる事は叶わない。いい加減振り向けよと心の中で呟くが、それでもこの体は動いてくれない。

 

 一体いつまでこうしていればいいんだろうと、自嘲気味な笑みをこぼして考えていると。

 

──不意に体が反転した。

 

 

「んっ……」

 

 

「っ!?」

 

 

 それを理解するのにかなりの時間を要した。目の前には瞳を閉じたシャマルの顔、唇は彼女のそれに塞がれて自由を奪われている。頬に熱が帯びるのを感じる、同時に彼女の顔が赤くなっていく様も鮮明に映った。思考が現実に追い付いていく中で、互いの唇が離れていく中で、段々と現状を理解し始める。

 

 そう……今、確かにシャマルとキスをしていた。

 

 

「……その、どうしたんだシャマル?」

 

 

「知らない、ですよ……こうでもしないと、お兄さん私の事見てくれないじゃないですか」

 

 

 同時に顔を俯かせる。かなり気まずい、だって家族なのにキスしたんだぞ。まあこの件に関してはシャマルが突拍子のない行動に出たからで、オレに責任はないと思う。

 

 ……いや、あるか。そもそもの話、オレが彼女と向き合っていれば済んだ話だ。このような事になる前に、問題はとうの昔に解決していた。シャマルが今話したように、オレが一日中彼女と顔を合わせなかった事が原因なら……少なくとも、この件に関してもオレに責任がある。

 

 だったら謝ろう。折角シャマルと顔を合わせているんだ、その内に。

 

 

「その……今朝は済まなかった」

 

 

「どうして謝るんですか……私が聞きたいのはそんな事じゃありません」

 

 

 ……え? ちょっと待て、朝の食事でシャマルの手をはたいたりしちゃったから気まずくなってるんじゃないのか? 普段バインダーで叩いてる仕返ししやがったなって心の中で怒ってたんじゃ……

 

 えっと、それじゃあシャマルは一体何が不満で……

 

 

「お兄さん……朝から私の事ずっと避けてますよね?」

 

 

「あ……それか。だからシャマルの手をはたいちゃったからで──」

 

 

「その前からです! 食事の前も、お兄さん私が話しかけたってまともに会話すらしてくれなかったじゃないですか! 私お兄さんに嫌われるような事してたんじゃないかって、ずっと不安で……!」

 

 

 シャマルの体が震えていた。その表情も暗くて、声も怒鳴っている割には力強さを感じない。不安という感情を如実に表していて、瞳には涙が浮かんでいる。

 

 そうか……詰まるところ、元々の原因はあれだ。夢だったんだ。シャマルで夢精してしまったあの一件が、今日一日彼女と気まずい関係を築いてしまった原因だった。そしてそれを無かった事にしようとしたオレの判断が、ここまで話を拗らせただけの事。

 

 で、あるならば。その夢を認めてしまえばいい。

 

 

「いや、実はな……昨日夢を見たんだ」

 

 

「……え? お兄さん、確か夢は見なかったって……」

 

 

「内容が内容だったからな。その、何だ。ちょっと色々特殊でな……その夢の中で、シャマルを女性として見てしまってな。それで、その……変に意識しちゃってた訳だ」

 

 

 我ながら上手く言葉を濁せたと思う。シャマルで夢精しちゃったてへぺろ、何て言えない。言ったら殺される。バインダーでこれでもかってくらい叩かれる。頭の安全は最優先事項だ、ヘルメットも無いのに落石現場に行ってたまるか。

 

 そして、オレの言葉を受けたシャマルなのだが……

 

 

「そ、そうだったんですか。お兄さんが私の事を……その、私はその方が嬉しいです」

 

 

「……えっと?」

 

 

「だから、その……もう、こんな事を二度も女性からさせないでください──」

 

 

 ふと、照れくさそうにシャマルが目を閉じた。頬を朱色に染めたその顔は、何かを待っているようで動く気配がない。いや、分かりますよ? 多分さっきと同じ事をしてという意味だと思われるが……あれをもう一度やれと言うのか。家族だぞ、何かおかしくないか……?

 

 とは言え。かく言うオレ自身もそこまで悪くないと思ってしまっているわけで……

 

 

「その、いいのか?」

 

 

「……」

 

 

 問いに対しては無言である。それは詰まるところ肯定の意思表示である。どうしよう、でもまあここまで来ちゃったらしないわけにも……

 

 そうだ、今回だけだ。家族同士でこんな事しちゃうのは今回だけなんだ。そうやって割り切ろう、じゃないとやってらんない。そうそう、それでいいそれでいい。

 

 シャマル同様に瞳を閉じる、彼女の息づかいが鮮明に耳へと入ってくる。顔には僅かばかりの熱が帯びた、それは仕方の無い事だろう。互いの距離が縮まっていく、触れ合うのは時間の問題だ。

 

 ここでならまだ引き返せる、ふとそんな選択肢が脳内で浮かび上がった。だがそれも一瞬、考えるに値しない選択肢だと即座に切り捨てる。互いに求めての結果なのだ、今更引き返すなどあり得ない。

 

 そうして、オレ達は再び──

 

 

 

 

 

 とその時突然扉をノックする音が。

 

 

──兄上、こちらは帰り支度を終えました──

 

 

 ……シグナムさん空気読んでよおおおぉぉぉ!

 

 

「……その、何だ。帰る準備するか」

 

 

「そ、そうですね……」

 

 

 ああもう恥ずかしい! さっきのオレの決意を返してくれ! 目の前で俯くシャマルは顔が真っ赤だ。オレも顔が赤くなっていると思われる。でもまあ、これはこれで良かったと思うべきなのか……

 

 二人で白衣を脱ぎ、カゴに入れて足元へと置く。もう片付けは明日でいいや、取り敢えず今すぐ二人きりのこの空間を出よう。恥ずかしさで死ねる……!

 

 デスクに置いてあるカバンを手に取り、診察室の扉へ向けて歩き出した。

 

 

「あの、お兄さん」

 

 

「……どうした?」

 

 

「えっと、その……呼んでみただけです」

 

 

 シャマルさんや、不意に向けてくるその照れ隠しの笑みはやめてほしい。心臓に悪い、兎に角胸がドキドキしてヤバイから。

 

 そんなこんなで、朝の一件からシャマルとの間に出来てしまった溝は埋まった。めでたしめでたし。

 

 

 




いや、めでたくねぇよ。考えてみろ、今回の主軸って夢精についてだから……酷い話だなおい。
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