八神クリニックへようこそ!   作:ナンジェイ

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カルテ3

 

 

 

──ありがとう。

 

 

 その言葉をもらえると、つくづく医者という職業を選んで良かったと感じる。感謝の言葉というものはやはり、誰であれもらって嬉しくない訳がないだろう。この人の力になれた、医師として職務を全う出来たと感じる事のできる瞬間だからだ。

 

 患者の症状や悩みから原因を追及し、適切な処方をして私生活を支援する。オレ達医者の仕事は病気を治す事じゃない、病気を治すのは本人の仕事だ。医者はあくまで、病気を治す為の手助けでしかないとオレは思っている。だから、治してくれてありがとうと言われるのは嬉しいのだが、やはりちょっとした違和を感じたりする。

 

 

「せんせい、ありがとう!」

 

 

「どういたしまして、お大事にね」

 

 

「シャマルお姉ちゃんもありがと!」

 

 

「ふふ……ばいばい、ミコトちゃん」

 

 

 今日も今日とて、八神クリニックには悩みや不安を抱えた者達が訪れる。そして現在、風邪を拗らせて熱が出たという三つ編みの女の子(六才児)を診察し、処方箋を出してから診察室をあとにするのを見送っていた。熱で辛いだろうに、顔を火照らしながら笑顔を向けてくるフリルスカート姿のミコトちゃんかわええ……小さな女の子が浮かべる、純粋無垢な笑顔というのはやはり癒されるものだ。

 

 ……いや、別に恋愛観はノーマルな方なんで。幼女に向ける視線はただの保護欲からなんで。シャマルさん、お願いですから軽蔑の眼差しでこちらを見ないでください。

 

 

「はーい、次の方どうぞ」

 

 

 冷めた表情から笑顔に戻したシャマルの呼び掛けで、ロビーのソファーにて待機していた次の患者が立ち上がる。パッと見た感じ八人はいるな、どうして近くに総合病院あるのにみんなここへ来るのか……診察代が格安だから来てる? そうですか、やはり金ですか。

 

 しかーし。診察料金に差はあれど、医者の質はそこいらの病院にも引けはとらないと自負している。まあ、医者はオレ一人で、おまけに採血とかで気分が優れなくなる体質なんですけどね。つまり血が苦手という訳で……何で医者になったんだオレ。

 

 そんな風に意味の分からない自問自答をしつつ、椅子に腰を下ろして次の患者を待つ。

 

 

「先生、昨日はバカ息子がお世話になりました」

 

 

「ブフォッ!?」

 

 

 ちょちょちょちょちょ……昨日の婆さんじゃマイカ!? 驚きの余り紅茶を溢してしまった……しかし一体どうしたものか、シャマルも隣で気まずそうにしているし。

 

 もしかしてあれか? 昨日の一件に対するクレームに来たのか!? まあ、取り敢えず息子さんの件は兎も角として、昨日のあれは流石にご年配の方へ取る行動ではなかった。素直に頭を下げる事にしよう。

 

 

「婆さん、昨日は申し訳なかった。うちの看護師も大分反省してますんで……」

 

 

「本当に申し訳ありませんでした──って、どうして私だけが失礼したみたいな言い方なんですか!?」

 

 

「いや、だってそもそもあんな事態を招いたのはシャマルが原因だろ?」

 

 

「ぐ……お兄さんに言い返せない事がこれほど悔しいなんて……!」

 

 

 悔しがるシャマルの顔を横目に、自然と笑みがこぼれる。ハッハッハ、オレを言い負かそうなんざ百年早いわ!

 

 婆さんは気にしなくていいとか言ってくるが、昨日も言った筈だぞ婆さん。シャマルは兎も角、オレは全然気にしてないから。

 

 

「甘やかして育てたツケが回ってきたのかねぇ。今更だけど、厳しく接していく事にしたよ」

 

 

 何でも婆さんの旦那はその筋では有名な資産家らしく、健助さんは一人息子だったから甘やかして不自由なく育ててきたらしい。これまでも親のスネをかじり、実家からの仕送りで生活していたんだと。

 

 ……待てよ。旦那が有名な資産家って……オレヤバくね? ま、まああれだ! 婆さんは気にしなくていいって言ってくれてるから良いよね! ……問題ないよね!?

 

 

「私に聞かないで下さいよ……でもお兄さん、本当に心を込めて謝らないとこの病院潰れちゃいますよ?」

 

 

「お婆様、この度は大変失礼をいたしました。この通り、どうかお慈悲を……どうかこの病院だけは潰さないで……!」

 

 

 困り顔を浮かべながらシャマルが横から脅してくるので、仕方なく涙ながらに婆さんへ縋りつく。ほら、シャマルも婆さんに謝って!

 

 ……あの、念話が返ってこないんですが。シャマルさんはオレの味方じゃないんですか?(涙

 

 

「ホッホッホ、気にしないでください。息子の醜態を見せてしまい、私が謝らなければいけないくらいだよ」

 

 

「ありがとう、ありがとう婆さん!」

 

 

 思わず婆さんの手を取ってしまった。ああ、この人はただの婆さんなんかじゃなかったんだ……とても良い婆さんだったのか。何てことだ、これまでの己の愚行が情けないぜ……

 

 ……何? いい年こいた大人が婆さん相手にみっともないって? だって今後の生活が懸かってたんだよ、プライドなんか窓の外に投げ捨てたよ!

 

 

「私の用事はこれだけでね、そろそろ帰らせてもらうかねぇ……あ、それと頭痛はあれから直ぐに良くなったよ。ありがとね、先生」

 

 

 感謝の言葉を最後に、婆さんは診察室をあとにした。たったそれだけを言うためだけに来てくれただなんて……ありがとう婆さん! 何か困った事があったらうちに来なよ! 絶対来なよ! 湿布くらいなら出してやれるからさ!

 

 シャマルと二人で婆さんを見送り、弱々しくも力強いその背に向かって手を振っていた。今度からは婆さんもしっかり診察しよう……別に今回の件でビビった訳じゃないし。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「お、終わった……」

 

 

「お兄さん、お疲れ様でした」

 

 

 時刻は既に二十時を過ぎ、窓の外は暗がりを見せている。あの後婆さんを見送って、残り七人の診察を終えたら帰れると思った矢先、駆け込みの患者が入って今の時間まで仕事をするはめになった。朝九時から開院しているから十一時間、出勤したのは八時だから実質十二時間労働。あの、労働基準法って一体何だったんですかね……?

 

 人員がいればこんなに苦労しないで済むんだろうなぁ……そろそろ本気で働き手募集しないとやってらんない。因みに今日は日曜日なんですが、うちは木曜祝日が休診日でやっています。土日出勤というのも募集出して来ない理由なのだろうか。

 

 

「さっさと帰るか」

 

 

「はい。シグナムには連絡していますけど、早く帰らないとはやてちゃん心配してるかもしれませんね」

 

 

 明日も早いので、とっとと着替えて帰る事に。白衣はたたんでかごの中へ、明日洗濯しよう。

 

 使っていたカップを濯ぎ、乾燥機に入れて片付け終了。これで、これでやっと帰れる──と思った矢先、入口の自動ドアが開く効果音が……あるぇ?

 

 

「シャマル、表の照明切ったよな?」

 

 

「そのはずなんですけど……患者さんでしょうか?」

 

 

 マジでか……もう二十時過ぎてるんだから、総合病院の夜間診療とかに行ってくれよ。何でまたこんな所に……あれだよね、帰れると思って帰れなくなった時ってすっごいテンション下がるよね。今それです。

 

 かごに入れていた白衣を取り出し、シャマルと二人それを羽織って診察室を出る。流石に突き返すのも可哀想だし、診察くらいはしてあげよう。表情はテンション下がってる感出てるけど、そこは仕方無いよね。

 

 

「はいはーい、どうかしましたかー?」

 

 

「兄貴っ!」

 

 

「おっと……ヴィータだったのか、どうした?」

 

 

「私達もおるでー」

 

 

「はやてちゃんにシグナムまで……どうしたんですか?」

 

 

「二人の帰りが遅くなると聞いて主に話したら、出迎えに行こうという話になってな」

 

 

 なんと、患者かと思って出たらオレとシャマルを迎えに来たと言うはやて達。テンション下がってたから嬉しさ倍増だね、こんな出来た妹をもってお兄ちゃんは幸せです。

 

 ……え? ご飯が遅くなるから迎えに来ただけ? ああ、心配したのはオレの事じゃなくて夕飯の方でしたか。誰もオレの心配なんてしてなかったよ!

 

 はやてが告げた理由に若干涙目になっていると、オレに抱き付いていたヴィータが心配そうな表情で見上げてきます。ヤバい、この子の上目遣いヤバい……このままだと何かに目覚めそうだったので、取り敢えず頭を撫でて安心させてあげました。直後に満面の笑みを咲かせるヴィータかわええ……

 

 

「そうそう、今日うちにこんな包みが届いてな? 兄ちゃん心当たりある?」

 

 

「包み? どれどれ……」

 

 

 突然うちに届いたという包みをはやてから受け取り、差出人の欄へ視線を移す。全く見覚えの無い名字なんですけど……名前は健助ねぇ……健助!?

 

 隣で顔を覗かせるシャマルも、その名前に気付いたようで顔を引きつらせている。何これ? もしかして昨日の仕返しとかで爆弾でも送ってきたんですか?(震え声

 

 

「兄貴ー開けてみようぜ!」

 

 

「私もさっきから中身気になってん、はよ開けてぇな」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 何かとてつもなく嫌な予感がしないでもないが、大した重さじゃないし中から音とか聴こえないし爆弾とかじゃないだろ。でも最近じゃあ爆弾も軽量化されてるんだってね、やっぱり開けらんないよ……

 

 とは言ったものの、怖いもの見たさが無いわけでもない。はやてが催促してくるし、何よりヴィータの期待の眼差しに応えないわけには……ええい、ままよ!

 

 意を決して包みを開封する。

 

 

「何これ……」

 

 

 思わず呟いてしまった。いや、だって中身がムチとか目隠しとかロープとか手錠とか訳分かんないラインナップ何だもん。どういった意図があってこれ送ってきたの?

 

 はやて達が興味津々に中身の物を手に取っていく中、底に貼られていた紙を剥がして確認する。そこには達筆な文字でこう書かれていた。

 

 

『健助です。先生昨日はごめんなさい、あれからパパとママにこってり絞られました。シャマル先生にも言われた通り、四十にもなって情けないと今猛反省しています』

 

 

 ふむふむ、謝罪の手紙だったのか……取り敢えずあの顔でパパとか気持ち悪いな。まあ、反省はしているようだから良いんだけど。

 

 

『そこでお詫びの品と言っては何ですが、僕が愛用している物と同じ品を同封させていただきました。僕的にはシャマル先生に素質がありそうだったので、試しに使ってもらえると幸いです。

 

──PS,今度改めてお邪魔させていただきますので、シャマル先生にそのムチで叩かれたら嬉しいな(キャッ♪』

 

 

「……はやて、それ今すぐ棄てろ」

 

 

「え? 何て?」

 

 

「それ早く棄てろ!」

 

 

 ふざけんなこの野郎! 誰もがアンタと同じSM好きだとか思ってんじゃねぇよ! あれか? 善意の振りした新手の嫌がらせか? 中身に悪意しか感じないよ!

 

 と言うかうちに来る予定なの!? その前に何でオレの家知ってるの!? あ、そう言えばこの人のお父さん資産家でしたね。個人特定するのも簡単という事か……あの、個人情報くらい守ってもらえませんかね。

 

 

「シグナムよ」

 

 

「はい」

 

 

「もしうちに健助と名乗る者が訪ねてきたら、レヴァンティンとか言うやつで追い返すように」

 

 

「御意」

 

 

 争い事は自称剣士のシグナムが適任だね、きっと期待以上の働きをしてくれるはず。魔法とかよく分かんないけど、健助さんでも追い返してくれるよね……でも待てよ、その時の痛みすらこの男にとってはご褒美なのか?

 

 いや、考えるのやめよう……もしかしたら来ないかもしれないし。

 

 

「……でもちょっとだけ興味あるかも。これで叩いたらお兄さんも仕事してくれそうですし」

 

 

「そうやな、兄ちゃんも少しくらい痛い思いした方が丁度ええかもなぁ」

 

 

 ……あの、二人して何物騒な事を話してらっしゃるんですか? 痛い思いとか仕事意欲無くすどころか引きこもりますよ? そしてシャマルさん、取り敢えず目を光らせながらその手に持っているムチをこっちに向けないで……(涙

 

 

「シャマルもはやても、兄貴をいじめたらアタシが許さないからな!」

 

 

 シャマルの視線で涙目になっていると、ヴィータが目の前で両手を広げながらオレを庇ってくれました。良い子や、この子本当に良い子や……

 

 ああ、オレの味方はヴィータだけだね。もうヴィータがいれば何も要らないよ。

 

 

 

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