八神クリニックへようこそ! 作:ナンジェイ
今日は今年に入って一番の暑さを迎えた。各所で真夏日を記録し、時期的に見ると歴代上位の気温に入る所もあるらしい。この七月から九月の上旬にかけて、毎日こんな暑い日が続くと思うと憂鬱だ。
海やプールに行けば水着姿の女の子が沢山いるので、季節としては嫌いじゃない。でも、どちらかと言うと暑いのよりは寒い方がまだ個人的には好きだ。雪ダルマを作ったり雪合戦をしたりする女の子って見ていて微笑ましいよね。できればオレも交ざりたい。
そんな個人の趣味嗜好は置いといて。夏と言えば熱中症の時期でもある。炎天下の中仕事や運動を行い、適度な休息をとらずにいると発症するこの病気。症状は発熱や頭痛、目眩や倦怠感、重度の症状だと意識を失ったりと油断ならない病気だ。
そして熱中症にならない対策なのだが、たまに予防方法は適度な休息と水分補給を行う事なんて答える人がいる。間違ってはいないのだが、一つ足りない物がある事にお気付きだろうか。そう、塩分である。
そもそも人間の体のメカニズムとして、必要以上の熱を帯びると発汗作用が働くように出来ている。汗をかき、体内の熱を放出する事で一定の体温を保つ仕組みになっている。詳しく言えばもっと細かい説明が必要になるのだが、大体このような解釈で問題ない。
重要なのはその汗で、汗をかくと体内の水分と塩分が減少する。汗の成分が主にその二つだからで、ここまで言えば大体分かるだろう。水分補給だけでは対策になっておらず、適度に塩分も摂取していないと、たとえ水分補給や休息を充分にとっていても熱中症になるリスクがある訳だ。昔はお茶と一つまみの食塩を持ち歩いていたものだが、今は塩飴や熱中対策水という便利なものまである。みんなも上手く活用してほしい。
で、何故オレがこれ程懇切丁寧に説明しているのかという疑問が生まれると思うのだが……
「先生! 熱中症の疑いがある患者が三人、今から搬送されてくるそうです!」
「ええい、総合病院や周囲の医療機関は何をやってんだ! 昼前からだけでも四十人目だぞ!」
「私は第一、第二治療室で患者の容態を確認してきます。先生は引き続き第三治療室の患者さんの治療と、今から搬送される方の手当てをお願いします!」
昼前になって立て続けに搬送されてきた熱中症患者と、來院してくるこれまた熱中症の患者をさっきからシャマルと二人で手分けして治療しています。いきなり襲ってきた真夏の暑さに、現場仕事の人や小学生の児童が集団で熱中症にかかった模様。そうだよ、だから熱中症について解説してたんだよ! お前ら絶対熱中症にかかんなよ!
幸い患者の殆どが軽度から中度の症状なので、冷却療法と点滴で何とか対処できています。でも二人だと流石にキツい、このままだとオレとシャマルまで熱中症になるんじゃね?
「ああもうくっそ忙しい! 受付してる暇ないから、体調が快復した奴は診察代と治療費の欄に目を通して金置いてってくれ──!」
何て荒い口調で部屋の中の患者や保護者達に叫んでいると、デスクに置いてある固定電話から着信音が……ってまだ来るの!? 頼むからもっと人手のある病院に電話してよ!
そんな感じで若干キレかかっていると、不意に着信音が鳴り止みました。
「はい、はい、分かりました。ベッドは空いているのでこちらへ搬送してください……先生、今から小学生の女の子が一人搬送されるみたいです!」
「マジかよ……って、君は確か昼前に熱中症で治療に来た──」
「高町美由希です。気分も大分良くなりましたし、お忙しそうなのでお手伝いしようかと……」
黒髪の三つ編み眼鏡少女は高町美由希ちゃんという名前らしい。制服姿だし見たところ高校生くらいの女の子みたいだけど、どっかで見たような……まあこの際誰でもいい、手伝ってくれるのなら助かる。
「病み上がりの体だから、できる範囲で構わない。お願いしてもいいか?」
「はい!」
「分かった。ただし、少しでも気分が優れなくなるようなら休憩して、無理はしないように……約束できるか?」
「っ!? ……はいっ!」
何かちょっと驚いてたみたいだが、気のせいか。患者だった子に手伝わせるのは少し気が引けるが、あの様子なら無理のない範囲でやれば問題ない。お言葉に甘えよう。
冷却用の氷と保冷剤の準備を彼女に頼んで、オレはこれから搬送される患者用の点滴の段取りに入る。今クリニックの治療室にいる患者は一通り処置したし、暫くは大丈夫なはずだ。
──すみません、患者三名搬送しました!──
「もう来やがったか……気合い入れろオレ、もう一息だ!」
自身に活を入れ、搬送されてきた患者の対応に移る。患者の運ばれる頻度は少なくなってきている。この波を越えれば、恐らくある程度余裕が出来るだろう。それまでの辛抱だ!
……そう思っていた時期がオレにもありました。
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「ああ、もう一生分働いた気がする……」
昼前から押し寄せてきた怒涛の患者ラッシュを乗り越え、残り一人の患者となった治療室のベッドの一つに倒れ込みます。不意に横目で壁に掛けた時計を見ると十八時……そうだよ、昼飯や休憩も無しに今まで働きっぱなしだよ! あの後熱中症患者が途切れて休めると思ったら、そんな事はなく更に患者が押し寄せてきました。
クソッ、全部総合病院の奴らが悪いんだ。あんなに人一杯いるのに、殆どこっちに搬送しやがって……覚えてろよ! 今度絶対看護師引き抜いてやるからな!
「こっちは皆さん容態が安定して、さっき帰られました……」
そして同じく息絶え絶えの様子のシャマルが、隣のベッドに倒れ込んで来ました。シャマルもよくやった、本当によくやったよ。今度飴ちゃんあげるね。
そんな感じで二人してベッドで屈伏していると、流し台で片付けをしてくれていた二人の人物が近付いてきました。
「お疲れ様、
「松さん、お疲れ様でした。あの……大丈夫ですか?」
穏やかな口調で話し掛けてくる、栗色の髪の女性は高町桃子さん。昔オレがバイトしていた喫茶店のパティシエで、料理とお菓子作りがめちゃくちゃ上手い人。現在三人の子持ちなのだが、どう見ても美少女図鑑とかに載っている女子大生レベルの容姿です……因みに年齢は三十前半。
そして驚く事に、今オレの顔を心配そうに覗き込んでくる美由希ちゃんは何と桃子さんの娘さんだった。そう言えばどっかで見た事があると思ってたんだけど、まさかあの美由希ちゃんだとは……眼鏡かけてる上にとびきり可愛くなってたから気付かなかった。昔は稽古の相手とかしてあげてたね。素質はオレや恭也以上だったみたいだし、今やったら多分負けるだろうけど。
いつまでもベッドにうつ伏せてたら流石に失礼なんで、体を起こして彼女達と顔を向かい合わせた。
「助かりました、桃子さん。美由希ちゃんも、世話を掛けたな」
「気にしなくていいのよ、私の方も美由希となのはがお世話になったんだから。お互い様、ね?」
「そうですよ。松さんにはこれまでの恩もあるんですから」
「あら? 美由希はそれだけが理由?」
「も、もうかーさんっ!」
何て人が良いんだ、この二人……オレだったら取り敢えず今日の働き分の賃金要求するところなのに。オレみたいな男とは思考が違いますね、もう眩しすぎて直視できないや。
あの、ところでなんですけど……シャマルさんどうしてさっきからオレの事不機嫌そうに見てるの?
「いえ、別に」
いや、どう見ても不機嫌じゃん。オレが一体何をしたの? 今日は今までと違って期待以上の働きをしたのに!? それとどうしてそこで桃子さんまでため息を吐いてるんですかね……
「松くん、相変わらずなのね」
一体何が相変わらずなのか。呆れた様子のその顔にちょっと本気で小一時間程問い詰めたい……でもそんな事したらどんな逆襲が待っているか分かったもんじゃないのでやりません。桃子さんの恐ろしさは、翠屋で働いていた頃に充分味わいましたので。
因みにさっきから松くんとか松さんとか言われてますけど、オレの本名は『八神
「ん~……あれ? わたし寝ちゃってたんだ」
あ……一人で騒いでたらなのはちゃん起こしちゃった。
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あの後なのはちゃんが目を覚まして、シャマルと二人で高町家母娘を見送りました。因みになのはちゃんは九才の小学生で、その容姿は桃子さんがそのまんま幼くなったと言ってもいいくらい似てました。昔ははやてとよく遊んでくれてたんだけど、ここ最近は家の事が忙しくて二人とも会えてないらしい。まあ、LINEとかでよくお話してるみたいなんで近いうちにまた遊びに来るだろう。いや待て、あの男の件があるからはやてを遊びに行かせよう……
そして現在帰り道。シャマルと二人夕焼けの空の下帰宅途中なのだが、さっきから全然会話がありません。寝惚けた顔のなのはちゃんかわええ……って見てたのがいけなかったのだろうか?
「そんなんじゃありません。もしそれが理由だったら、多分私お兄さんの事出会った時から大嫌いです」
「いや、そこまで言わなくても……じゃあどうしてだ? オレが何か気に障る事したんなら謝るから……」
「別にいいです。ただ私が不機嫌なだけですから」
ほら、もうどうしたらいいのこれ? 本人が拒むんじゃ謝ろうにも謝れないじゃん。仕方ない、こうなったら奥の手を見せてやる……
聞いて驚け見て笑え、これぞ奥の手……恐がった振りして然り気無く手を握る大作戦!
「きゃっ!」
「っ……」
はい、変な声上げたのはオレです。そして手を握ってもシャマルは清々しいくらいガン無視です。あの、少しは反応してくれないと場の空気が……ちょっと泣いてもいいですかね?
そんな風に涙が溜まった目を拭おうとして手を離したら、不意にシャマルがオレの手を取って握り返した。ああ、そうですか。涙を拭う事も許してくれないわけですか……
「し、仕方ありませんから……今日はこれで勘弁してあげます」
「え? いや、許してくれるのならそれはそれでいいんだが……どうした? 顔赤いぞ?」
「違います! 夕陽でそう見えるだけですから!」
必死に誤魔化そうとするシャマルがちょっと可愛く見えた。ハッハッハ、さては男と手を繋いだ事がないな? 全く
そんな感じで調子に乗ってたら叩かれました。ごめんなさい、もうからかいません。